Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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成人における自己免疫性舞踏病

2013年02月25日 | 舞踏病
成人の舞踏病はさまざまな原因で生じるが,普通,ハンチントン病を思い浮かべる.しかし遺伝子診断を行なっても,IT-15(ハンチンチン)遺伝子のCAGリピート伸長を認めないことを少なからず経験する.このような症例の中には歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)や,私どもが以前報告した家族性良性舞踏病2型(BHC2)のような変性疾患もあるが,自己免疫的機序を介して発症する舞踏病も認められる(文献1,2).

自己免疫が関与する舞踏病としては,SLEや抗リン脂質抗体症候群のほか,傍腫瘍性として小細胞癌に合併するCRMP-5(collapsin response-mediator protein 5)-IgG関連傍腫瘍性舞踏病,傍感染性としてシデナム舞踏病(成人では多くはない)が有名である.ちなみにこれらの疾患とハンチントン病の鑑別のポイントは,亜急性の発症,症状の変動,自然寛解を認めることが知られている.しかし,これら自己免疫性舞踏病に関する臨床,血清学的データは乏しい.今回,傍腫瘍性と特発性(非傍腫瘍性)の舞踏病の臨床像を比較した研究がMayo clinicから報告されたので紹介したい.

対象は1997年から2012年までの16年間に経験した36名の自己免疫性舞踏病症例である.うち21名(58%)が女性で,発症年齢の中央値は67歳,18歳から87歳に及んでいた.シデナム舞踏病は18歳よりも若い発症であった.Olmsted郡における罹病率は1.5/100万人年と推定された.舞踏病の家族歴は全例で認められないが,13名(40%)に自己免疫疾患の家族歴を認めた.いずれの症例も頭部MRIで基底核における虚血を示唆する所見はなく,診断に有用ではなかった.全例で発症は亜急性であった.舞踏運動の部位としては,全身性舞踏運動が16名,局所性が20名(hemichorea 9名,limbs chorea 8名,顔面・舌 3名)であった.ハンチントン病ではhypometric saccadic eye movementが有名であるが,36名におけるabnormal saccadic eye movementは4例と稀であった(全例傍腫瘍性であった).3名がホルモン療法(エストロゲン2名,プロゲステロン1名)開始後3ヶ月以内に発症し,中止後も舞踏運動は改善しなかった.この現象は妊娠舞踏病や経口避妊薬誘発舞踏病に通じるものと考えられ,女性ホルモンの使用は,SLEやAPS症例における舞踏病発症の危険因子と考えられた.また血清学的な検討に関しては,NMDA受容体抗体陽性例はなく,またマウス脳を用いた免疫グロブリン(IgG)染色パターンの検索でも基底核に特異的な反応を認めた症例もなかった.しかし2名で,舞踏病では初めて報告されるシナプスIgG抗体(GAD65およびCASPR2)を認めた.

36名の内訳として14名の傍腫瘍性舞踏病と22名の非傍腫瘍性舞踏病が認められた.傍腫瘍性の14名中13名で組織所見が確認され,小細胞癌と腺癌が多かった.うち6名で腫瘍関連自己抗体が陽性で,とくにCRMP-5 IgGとANNA-1が多かった(ほかにはANNA-2,amphiphysinが認められた).抗癌剤治療を受けた7名中3名,免疫療法を受けた11名中5名で舞踏運動の改善を認めた.つまり,免疫療法の有効率は高くなかった.

一方,非傍腫瘍性群では22例中19例で自己免疫疾患を認め,SLEないし抗リン脂質抗体症候群が多かった.自己抗体は21例で認められ,やはりSLEないし抗リン脂質抗体症候群関連の抗体であった.

傍腫瘍性群および非傍腫瘍性群の比較では,傍腫瘍性群は高齢で(p=0.001),男性に多く(p=0.006),4kg以上の体重減少(中央値11kg)がしばしば認められ(p=0.02),末梢神経障害をより多く合併した(p=0.008).有意差は認めないものの重症例が多い傾向を認めた(p=0.06).末梢神経障害の原因は化学療法や糖尿病の合併によるものではなかった.

以上より,自己免疫性舞踏病は稀ではあるものの,その背景に腫瘍や自己免疫性疾患が存在しうるため鑑別診断として検討する必要がある.とくに男性,高齢発症,末梢神経障害の合併,体重減少を認める症例では,悪性腫瘍の検索が必要である.

Autoimmune chorea in adults. Neurology 80; 1-12, 2013

文献1.舞踏運動の鑑別診断 BRAIN and NERVE 61;963-971, 2009
文献2.Novel locus for benign hereditary chorea with adult onset maps to chromosome 8q21.3 q23.3. Brain 130:2302-2309, 2007

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創薬を目指した研究

2013年02月10日 | 医学と医療
10年ほど前,「治療を目指した研究を行いなさい」とメンターから御指導をいただいた.以来,自分なりにこの課題に取り組んできたが,とても難しい課題だと思う.医薬品メーカーの研究者として新薬開発に携わってきた著者の記した「医薬品クライシス」という本には,「創薬は人類最難の事業である.創薬という事業の難易度はノーベル賞獲得にほぼ匹敵すると言ってもいいだろう」とも記載され,その理由として以下が挙げられている.

1)膨大な臨床データを要する厳しい審査.
2)確立された医薬がある病気では,その医薬を投与された患者を比較対照群として試験を行うよう勧告が出されていること(ヘルシンキ宣言).
3)新規の優れた動物モデルの不足.
4)ヒトと実験動物の相違(ヒトと動物の両方に有効で,かつヒトと動物の両方に安全でなければならない).
5)副作用に対するやや過剰なリスク意識.
6)発想の芽を摘む成果主義.

ではこのような難しい状況の中で,どうすれば新薬を世に送り出すことができるのだろうか?前述の著者は画期的な新薬を開発した研究者に共通するのは「何としても薬を出す」という,どこか狂気さえ感じさせる異様なまでの信念だと述べている.苦しむ患者さんを救いたい,世に役立つものを創り出したいという想い・passionが一番大切である.そして,加えて,創薬を目指すためのノウハウを理解することも大切である.

研究機関だけでは新薬は創れない.例えば我々が行なっている動物レベル,あるいは少人数での臨床研究と,大規模に患者さんに処方される医薬の間には極めて大きな隔たりを感じる.前述の著作にも記載されているが,膨大なノウハウ,人的資源,巨額の臨床試験を行えるだけの資金力,そして医療機関とのネットワークを兼ね備えた製薬企業とのcollaboration,すなわち産学連携は,この巨大なギャップを乗り越え,「化合物」を「医薬」へと進化させるために必要である.

創薬を意識した研究は,アカデミックな純粋学問とは異なるものと私は考えている.つまり産学連携を可能とする研究がどのようなものか知る必要がある.私はこれまでの経験で,少なくとも以下の点が大切であると学んだ.

1)特許を出願する・・・純粋な基礎研究ほど評価されやすく,特許出願など研究の本道から外れる行為だと考える人がいることも理解している.しかし現実には,特許出願されていない研究シーズには製薬企業も,研究をサポートする投資家も見向きもしない.特許出願は創薬には不可欠で,そのためには知的財産権の知識は大切である.さらにその知財を産業界にライセンス化するノウハウを持った専門家との連携も重要である.
むしろ大学において問題となるのは,出願前の論文や学会での発表は研究シーズの新規性を失う行為であるため,大学院生は出願まで何も発表できないという非常に苦しい状況を経験させることである.これを防ぐためには複数の研究テーマを持たせ,少なくとも1つは自由に発表可能なテーマを持ってもらうといった工夫が必要となる.

2)臨床に即した動物モデルを確立する・・・動物モデルが実際の臨床に即したものでなければ,たとえ動物で有効であったとしてもヒトの疾患で有効でない可能性が高くなる.新規の動物モデルの作成は時間がかかる地味な仕事であるが,これこそ大切で全力で取り組む必要がある.さらに種差を乗り越えるためにげっ歯類よりヒトに近い動物での検討が望ましいが,倫理的な問題と経済的な問題が大きなハードルとなる.

3)臨床試験を想定した基礎研究を行う・・・基礎研究で良い結果が出せても,その結果を臨床試験にて検証できなければ創薬は実現しない.基礎研究を行なっている段階から,臨床試験のデザインを考えてくことが大切である.具体的には誰を対象として選択するか,何を効果判定の指標とするかが重要である.臨床試験デザインの知識は基礎研究の段階から必要と言える.

4)採算を考慮する・・・症例数の少ない疾患に対する希少疾病用医薬品(OD)は別として,対象患者数や,これまでの既存薬など,採算が取れるかどうかは産学連携の立場からは重要な問題である.

5)利益相反をマネージメントする・・・産学連携による医学研究が盛んになればなるほど,学術機関としての責任と,産学連携活動に伴い生じうる個人が得る利益とが衝突する状態が不可避的に発生する.これが利益相反(conflict of interest:COI)である.COIが深刻になるほど,臨床試験での被験者の人権や身体の安全が損なわれ,研究の方法や結果の解析・解釈が歪められる恐れも生じる.逆に適切な研究成果であるにもかかわらず,公正な評価や発表がなされないことも起こりうる.産学連携活動を適切に推進するうえで乗り越えていかなければならない重要な課題であり,適切なCOIマネージメントによって正当な研究成果を社会へ還元する努力が必要である.

さらに多くの仲間を引き込むためにプレゼン技術や英語能力を向上させることも大切である.とはいえ,最後はpassionが一番大切という話に戻る.
創薬研究に熱意をもって取り組む若い臨床家・研究者が増えることを期待したい.

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