Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

MDS2014 Video Challenge@ Stockholm

2014年06月13日 | パーキンソン病
Movement Disorder Societyが主催する国際学会に参加した.学会で一番盛り上がるのが,世界各国の学会員が症例ビデオを持ち寄り,運動障害のエキスパート5人が,その特徴や診断を議論するVideo Challengeだ.最も興味深い演題が表彰されるため,各国プライドを掛けてこのイベントに臨む.珍しくて役に立つ症候のビデオが見られるだけでなく,エキスパートがどのように診断に迫るのかを学ぶことができる.ワインや軽食が振舞われたあとの午後8時から開始され,終了は10時を過ぎていた(でもStockholmなので外はまだ明るい).毎年のことながら,ホスト役のAnthony Lang,Kapil Sethi両先生の司会は軽妙で,本当に楽しい.さてどんなビデオが提示されたが,14例をご紹介したい.ぜひキーワードを頼りに診断を考えていただきたい(ちなみに本オリンピックのシンボルはMovement disorderの学会らしく,写真のようになっている).

【問題編】
Case 1(スウェーデン)
全身のジストニアが目立つ成人女性.顔面にもdystonic movement.軽度尿中銅排泄増加.頭部MRI正常.末梢神経障害もあり.・・・・・加えてAFP上昇

Case 2(イギリス)
40歳男性,子供の頃からつま先で歩く.全身性ジストニア,無動に加え,眼球運動失行,側彎,下肢クローヌスを認める.頭部MRIでは小脳萎縮あり.

Case 3(カナダ)
65歳女性,59歳で両手の姿勢時・動作時の震えにて発症.無動は軽度.体幹失調もあるがこれも軽度.子供精神発達遅延.頭部MRIでは小脳の軽度の萎縮.

Case 4(ドイツ)
32歳.小児期成長遅延.易感染性があり,髄膜炎,中耳炎,扁桃炎を繰り返す.さらに出血もたびたび見られる.神経学的にはパーキンソン症状,四肢失調,Babinski徴候,PTR陰性.頭部MRI正常.検査所見で好中球減少,出血傾向,網膜・虹彩の色素異常あり,透けて見える.

Case 5(米国)
兄妹例(18, 19歳).振戦,筋強剛,歩行障害を呈する.L-DOPAは有効だが,短期間(2年)でwearing off,ジスキネジアが出現.ジスキネジアは極めて高度で激しくL-DOPA中止.下肢感覚障害(深部覚).頭部MRIは軽度の小脳萎縮.PARK関連遺伝子で異常なし.一人死亡し,剖検では黒質に神経メラニン皆無.青斑核は保たれていた.後索にも変性所見あり.

Case 6(タイ)
60歳女性.亜急性の経過で,歩行障害が出現.右に寄ってしまう.左手の開閉困難.さらに失行,記銘力低下を認める.

Case 7(カナダ)
79歳.進行性の右手足の拙劣さ,hemi-choreaを認める.性格変化,知能低下,saccadic EOM.検査上,血小板減少あり.

Case 8(タイ)
18歳.13歳時,シデナム舞踏病を疑われペニシリンにて治療,症状は改善.18歳,再度,手指の不随意運動が出現したが,自然に改善した.頭部MRIでは分水嶺に異常所見(Ivy sign).側副血行路が目立つ.

Case 9(中国)
28歳,耳が一瞬ビクッとする不随意運動!?

Case 10(オランダ)
7歳.ミオクローヌス,小脳失調,反射消失を呈する.

Case 11(国名?)
6歳,小脳失調,知能低下.歩行障害は変動し,運動により増悪する.

Case 12(オランダ)
18歳,左への痙性斜頸.起立で症状出現.

Case 13(イタリア)
29歳.発作性の激しい不随意運動.意識消失を伴うことあり.

Case 14(国名?)
5歳,斜頸.

【解答編】
Case 1;ataxia telangiectasia
ATM遺伝子変異あり診断確定.軽症例では全身性ジストニアを呈しうるのだそうだ.

Case 2;HABC syndrome
hypomyelination with atrophy of the basal ganglia and cerebellum のこと.hypomyelinating leukodystrophy-6 (HLD6)とも呼ばれる.2013年報告された疾患で,乳幼児期に発症,運動発達遅延,歩行障害,ジストニア,舞踏病アテトーゼ,筋強剛oculogyric crises,失調などを呈する.原因遺伝子はTUBB4A geneで,同じ遺伝子はDYT4 dystoniaを起こす.

Case 3;FXTAS in woman
Fragile X associated tremor/ataxia syndrome(FXTAS)の原因遺伝子であるFMR1遺伝子CGGリピートがpremutation expansion である女性保因者であってもFXTASを発症しうることが報告されている.

Case 4; Cediak-Higashi症候群
常染色体劣性遺伝.原因遺伝子はLysosomal trafficking regulator gene(Rab27A遺伝子).小児発症例は血液異常が主体だが,成人発症は神経症状が主体となる.易感染性,皮膚・眼症状(メラニン細胞異常による皮膚,毛髪,網膜,虹彩などの色素異常),多彩な神経症状, 血小板機能異常による出血傾向を認める.

Case 5;POLG 遺伝子変異に伴う若年性パーキンソニズム
POLG(mtDNA polymerase gamma)遺伝子は進行性外眼筋麻痺をはじめ,さまざまな表現型を呈しうるが,若年性パーキンソニズムも来しうる.L-DOPA有効,かつ深部覚障害がヒント.

Case 6;Malignant dural AV fistula
極めて高度な硬膜動静脈量.塞栓術後に症状は顕著に改善した.

Case 7;原発性抗リン脂質抗体症候群

Case 8; シデナム舞踏病様のエピソードを繰り返したモヤモヤ病
ivy sign はleptomeningeal high signal intensity on FLAIR imagesのこと.もやもや病の脳軟膜がFLAIRでびまん性に高信号を呈する.脳虚血に対する代償性の軟膜の血管,うっ血による軟膜の肥厚を反映していると言われている.

Case 9;耳の舞踏運動を呈したハンチントン病

Case 10; North sea progressive myoclonus epilepsy
進行性ミオクローヌスてんかんの一つ.常染色体劣性遺伝.小児期発症し,ミオクローヌスてんかんの出現前に小脳失調を呈する.GOSR2(Golgi SNAP receptor complex member 2)遺伝子変異.

Case 11;GLUT1欠損症
ケトジェニックな食事(糖質制限食)で治療し,症状は軽減した.

Case 12;compulsive respiratory stereotypies

Case 13;良性インスリノーマに伴う低血糖発作

Case 14;Sandifer症候群
裂孔ヘルニアと斜頸を呈する症候群.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マウスの医者より人の医者

2014年06月02日 | 医学と医療
今回の日本神経学会学術大会@福岡の新しい企画の一つに,「私シリーズ」というものがあり,6人の著名な研究者が自ら生涯をかけた研究について語るというものであった.

私は,三本博教授(コロンビア大学病院ALSセンター)の「私とALS:ALSとの取り組み35年」というご講演を拝聴した.座長の福永秀敏先生が,『三本先生はこの業界では世界のイチローに並ぶような先生』とご紹介されておられたが,その通りの先生である.

三本先生は1979年にタフト大学でALSのリサーチ・フェローを始めた時,主任のBradley教授からWobblerマウスの病理所見を研究するよう課題を与えられた.このWobblerマウスはSOD1変異マウスが作成されるまで,ALSのモデル動物として使用されたものである.2年間,その病理電顕に取り組みながら,人間のALSと対比して,運動ニューロン疾患を考えたそうだ.そして1983年にクリーブランドクリニックにてALSのチームクリニックを設立し,ALSだけで年間250例の新患をご覧になって,患者さんの診療に力を入れながら,マウスの運動ニューロン病モデルの軸索輸送等の研究を行われた.そして現在まで,20を超えるALSの大規模臨床試験に参加されたが,残念ながらリルゾール以外まったく効果はなかった.その三本先生の学会発表の抄録の最後の言葉はとても印象的であった.

今日までALSという「大横綱」との「取り組み」では,一瞬のうちに負かされる黒星の連続であったが,多くの研究者が一体となって当たれば「行司の軍配」が我々に挙げられる日が近い将来必ず来ると信じつつ,現在も現役で患者治療と臨床研究にあたっている.

また三本先生の言葉にはいろいろ考えさせられた.まず「自分はマウスのドクターではなくて人間のドクターだ」とおっしゃっていた.「何とか人間をやらなくてはならない,患者さんのためになるようなことをしなければならない.どう臨床試験の方法を改善すればよいのか考えねばならない」

そして原因究明のアプローチについても言及されていた.「いろいろな病態仮説がでてきたが,どれが良いのか分からない.バイオマーカーを色々調べたが,残念ながら,一番良いのは今なお,打鍵器だ.原因を明らかにする研究を,動物だけではなく,人間に対する研究として行う必要がある.難しいかもしれないが,どのような人間の臨床研究から原因究明ができるか考えねばならない

そして最後にこうおっしゃっていた.「患者さんの症候改善のための治療研究も進めたい.生存期間が伸びなくても病気による苦痛が減ればQOLは変えられる.医師だけではなくALSはチームを作って取り組むべき疾患である」

私も動物モデルを脳梗塞治療薬の開発に関わっているが,たくさんの臨床試験,動物実験に関わってこられた三本先生の言葉は非常に含蓄に富むものに感じられた.ご助言をきちんと受け止めて,研究のあり方について改めて考えてみたい.


追記;三本先生の留学35年のご経験は,つぎのPDFで読むことができる.
アメリカ35年、インターンからアミトロ(ALS)へ

講演のなかでも触れておられたが,「日本の医療制度,患者治療体制,とくに日本のALS患者治療などはアメリカよりはるかに優れており,日本は自国の良さを更に大いに延ばしてほしい」と書かれてある.日本も財政的に厳しい時代に突入し,難病医療も変わるが,それでも日本の医療の良さを堅持し,延ばす努力が必要だろう.

コロンビア大学ALSセンター

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする