Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

COVID-19:失調性歩行と動作時振戦にて発症し,脳梁病変を認めた75歳男性の経験

2020年05月28日 | 医学と医療
下記論文を,J Neurol Sci誌に発表しましたので,以下,ご紹介します.岐阜大学医学部循環器内科佐橋勇紀先生,林美紗代先生,大倉宏之教授,岐阜県総合医療センター馬場康友先生とともに執筆しました.
Hayashi M, Sahashi Y, Baba Y, Okura H, Shimohata T. COVID-19-associated mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion. J Neurol Sci. May 26, 2020

【症例】75歳男性.数日前から左手に目立つ両手のふるえと歩行時のふらつき,尿失禁が出現.このため前医内科外来を受診.神経学的診察では指鼻指試験で両側性の運動時振戦(左優位),失調性歩行を認めたが,その他の神経徴候は認めなかった.脳血管障害が疑われ施行された頭部MRIにて,脳梁の異常信号を認めたため入院した.リンパ球減少とCRP高値を認めたが,発熱や呼吸器症状,味覚・嗅覚障害は認めなかった.入院してまもなく,発熱と低酸素血症を認め,さらに娘がPCR陽性であることが判明した.本人にもPCR検査が行われ陽性であることがわかり入院翌日に転院.転院後,小脳性運動失調はすみやかに消失したものの,呼吸器症状は徐々に悪化し,種々の治療が行われたにもかかわらず,入院から発症から12日目に呼吸不全にて死亡した.



【考察】COVID-19の従来,報告にない神経症候を提示した.第1に小脳性運動失調を初発症状としうること,第2に脳梁病変を呈することを示した.本例の神経症候は「可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion;MERS)」と伴うものと考えられる.MERSは以下の特徴を示すが,小脳性運動失調をしばしば合併することも知られている.

1.発熱後1週以内に異常言動・行動,意識障害,けいれんなどで発症する.
2.多くは神経症状発症後10日以内に後遺症なく回復する.
3.急性期に脳梁膨大部に拡散強調画像で高信号を呈する.
4.病変は脳梁全体,対称性白質に拡大しうる.
5.病変は1週間以内に消失し,信号異常,萎縮は残さない.

MERSの原因として電解質異常,臓器不全,薬剤が知られているが,本例ではこれらの関与は否定的であった.またウイルス関連MERSも報告され,インフルエンザウイルス,ロタウイルス,ムンプスウイルスにおける報告がある.しかし渉猟した限り,コロナウイルス感染に伴うMERSの報告は見当たらず,コロナウイルス関連MERSとして初めての報告になる.以上より,急性発症の小脳性運動失調の鑑別診断として,COVID-19関連MERSも考慮する必要がある.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

★「国立病院機構東名古屋病院」でも進行性核上性麻痺を対象とした医師主導臨床試験を開始します!

2020年05月26日 | その他の変性疾患
岐阜大学医学部附属病院では,進行性核上性麻痺(PSP)の方を対象とした臨床試験を2019年4月に開始しましたが,このたび国立病院機構東名古屋病院でも開始されることになりました.ご参加,および近隣の病院の先生方にはご紹介をどうぞ宜しくお願い申し上げます.なお試験の内容は,PSPのすくみ症状に対して,効果があるかどうかを調べるために,試験薬を一定期間内服し,効果を観察するものです.

国立病院機構東名古屋病院のリンク
一番下左のバナー「進行性核上性麻痺 臨床試験に参加しませんか?」をクリックしていただくと,案内記事にリンクします(研究責任者は饗場郁子先生です).

岐阜大学病院はこちらのリンクです.

【試験薬,試験の方法について】
今回の試験では,進行性核上性麻痺患者さんのすくみ症状や歩行障害に対して,試験薬を内服し,効果(すくみ症状や歩行障害の改善)と安全性(副作用など)を調べます.試験の対象となるのは40歳以上で,すくみ症状を認める患者さんです.使用する薬剤の一般名は,塩酸トリヘキシフェニジルという,パーキンソン病やパーキンソン症候群に用いられる薬剤です.約4か月程度の治療観察期間があります.なお,試験の詳細につきましては,試験担当医師がご説明いたします.




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月24日) 

2020年05月24日 | 医学と医療
今回のキーワードは,抗体検査の注意点,ヒト→イヌ感染,禁煙すべき理由,小児が感染しにくいわけ,糞口感染はしない?急性心筋梗塞入院の減少,全身性ミオクローヌス,サルの感染防御免疫の獲得,動物におけるワクチンの成功,米国におけるレムデシベル試験の結果です.
 感染拡大の第2,第3波が心配されていますが,別の意味の「パンデミックの第1~4波」も提唱されています(図1:@VectorStingのtwitterより).これはパンデミック後に経時的にもたらされる変化を指し,第1波はCOVID-19の罹患と死による大きなインパクト,第2波は医療資源不足によるCOVID-19以外の疾患患者へのインパクト,第3波は慢性疾患患者に対するケアの中断によるインパクト,そして第4波は精神的ダメージ,心的外傷後ストレス障害,バーンアウトといった時間とともに重くなるものです.静かに進行する第3,第4波への対策が求められています.



◆ロサンゼルスの抗体保有率は4.65%.4月10~14日にかけてロサンゼルス郡にて無作為に抽出した成人863名における抗体保有率は4.06%だった.人種や性別,年収,そして検査キットの感度,特異度(82.7%,99.5%)にて調整を行うと4.65%と推定された.この結果に基づくと36.7万人が感染していたと推定されるが,これは同時期の感染者数8430名の43倍であった.→ 著者も述べるように研究の問題点が2つある.1つは選択バイアス,すなわち検査対象者が本当に集団を代表するかに加え,研究参加同意後の脱落が49%と多いことの影響.もう1つは検査キットの感度・特異度により推定値が変わりうること.つまり感染者推定はそう簡単でなく,数字だけが独り歩きする危険がある.JAMA. May 18, 2020(doi:10.1001/jama.2020.8279)

◆ヒト→イヌ感染.香港からの報告.2003年のSARSでは,ネコのみならずイヌの感染も報告されている.このため飼い犬15匹を調べたところ2匹が感染していた(1匹では実際にウイルスの分離もなされた).1匹は17歳のポメラニアン・オスで,鼻咽頭拭い液PCRから5回,計13日間にわかりウイルスが確認された.もう1匹は 2.5歳のシェパード・オスで,鼻咽頭と口腔の拭い液からウイルスが分離された.いずれも中和抗体を有していた.検出されたウイルスのゲノム配列は,感染した飼い主のウイルスと同一であり,飼い主から感染したものと考えられた.いずれのイヌも無症状であった.ネコの場合,ヒト→ネコ→ネコ感染まで報告されているが,イヌの場合,ヒト→イヌ感染までは分かった.イヌ→イヌ感染や,イヌ→ヒト感染が起こるかは不明.Nature. May 14, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2334-5)

◆喫煙は肺ACE2発現を増やす.米国からの報告.げっ歯類,およびヒト肺を用いた検討.ウイルス受容体であるACE2の肺における発現は,年齢や性別に影響を受けないが,喫煙量に依存して発現が増加した(図2).シングルセル解析の結果,ACE2は気道の分泌細胞の一部に発現していたが,慢性の喫煙は,このACE2陽性分泌細胞の増加を引き起こし,禁煙はこの変化を改善した.喫煙がCOVID-19の重症化因子である理由はACE2発現促進によるものと考えられる.またACE2発現はウイルス感染やインターフェロンといった炎症シグナルによっても促進されたことから,喫煙→ACE2発現↑→ウイルス感染→ACE2発現↑というpositive feedbackが生じると考えられた.Developmental Cell. May 16, 2020(doi.org/10.1016/j.devcel.2020.05.012)



◆小児の鼻は感染しにくい?小児は患者数の2%と少ないことが知られているが,このメカニズムとして,小児ではACE2発現が少ないという仮説がある.この検証のため,小児と成人の鼻腔上皮におけるACE2遺伝子発現の比較が行われた.対象は2015~2018年にニューヨークのMount Sinai Health Systemを受診した4~60歳の305名(喘息のバイオマーカーを研究するために募集されたため,49.8%が喘息患者).10歳未満,10~17歳,若年成人(18~24歳),および成人(25歳以上)の4群に分類した.この結果,10歳未満の小児で遺伝子発現が最も少なく,年齢が上がるにつれて有意に増加した(図3).性別と喘息の分布が4群間で異なっていたが,遺伝子発現と年齢との間の正の相関は,性および喘息とは無関係であった.→ 鼻と肺のACE2発現は異なることが知られており,肺にもこのデータが当てはまるかは不明である.JAMA. May 20, 2020(doi:10.1001/jama.2020.8707)



◆患者肺における微小血栓と血管新生.COVID-19剖検例7名,インフルエンザA(H1N1) 感染に伴う急性呼吸窮迫症候群剖検例7名,肺移植に使われなかった非感染者10名の肺の病理所見を比較した.COVID-19,およびインフルエンザ患者の肺は,ともに血管周囲のT細胞浸潤を伴うびまん性肺胞障害を呈していたが,さらにCOVID-19肺では以下の3つの特徴的所見を認めた.(1)細胞内ウイルス侵入と細胞膜破壊を伴う高度の血管内皮病変,(2)微小血管障害(microangiopathy)と肺胞毛細血管の閉塞を伴う広範囲の血栓症(インフルエンザの9倍多い;P<0.001),(3)血管新生(インフルエンザの2.7倍多い; P<0.001).血管新生は発芽(sprouting)ではなく,主に陥入(intussusception)によって生じていた.発芽は微小血管が欠如している組織に内皮細胞が進展するが,陥入は既存の血管の管腔内への間質細胞の列の挿入を特徴とするもので,血管内皮の炎症と血栓症がこの変化をもたらすと推測された(図3).またCOVID-19に固有の血管新生関連遺伝子の発現が69種類認められた.少数例での検討であり,さらなる解析が必要である.NEJM. May 21, 2020(DOI: 10.1056/NEJMoa2015432)



◆糞口感染はないかもしれない.米国からの報告.腸管はSARS-CoV-2の感染,複製部位として知られている.今回,内視鏡検査で採取した腸管上皮を培養して作成した人工小腸(small intestinal enteroid)に,SARS-CoV-2を感染させたところ,ACE2陽性成熟腸細胞に感染して複製すること,ならびに粘膜に特異的なセリンプロテアーゼであるTMPRSS2とTMPRSS4が,ウイルス侵入と感染を促進することが分かった.しかし複製の後,腸管腔に放出されたウイルスは大腸液により迅速に不活性化され感染力を喪失した.このため,患者10名の便を調べたところ,3名からウイルスRNAが検出されたものの,感染力のあるウイルスは検出されなかった.まだ検討数が少なく結論は出せないが,糞口感染は生じない可能性がある.Science Immunol, May 13, 2020(DOI: 10.1126/sciimmunol.abc3582)

◆COVID-19の流行後の急性心筋梗塞入院の減少.カリフォルニア州北部の440万人以上の医療圏における,1週間あたりの急性心筋梗塞入院数は,3月4日にこの地域に初めて患者が確認されて以降減少し,流行前と比較して最大48%も低下した.例年見られる季節性の変動を大きく超える変化である.同様の現象がイタリア北部でも報告されている.原因については記載されていない.→ 心筋梗塞のリスク因子を有する患者がCOVID-19に罹患し,死亡しているといった可能性があるかも知れない.NEJM. May 19, 2020(DOI: 10.1056/NEJMc2015630)

◆神経症状(1)全身性ミオクローヌス.スペインから全身性ミオクローヌスを呈した3症例(63~88歳)の報告.いずれもCOVID-19の炎症症状,嗅覚障害後に軽度の過眠症に引き続き,ミオクローヌスを急性発症した.陽性,陰性いずれのミオクローヌスも認め,鼻咽頭,顔面,上肢に出現した.自発的に生じるが,音刺激・触覚刺激,ないし随意運動によっても誘発され,ときに驚愕反応を伴った.呼吸停止や低酸素血症は認めなかった.抗てんかん薬は無効.感染後・免疫介在性ミオクローヌスと考え,ステロイドパルス療法を行ったところ,消失ないし改善した.嗅覚障害→過眠症→ミオクローヌスという進展様式は,脳内におけるウイルスの感染伝播の可能性も疑わせる.Neurology. May 21, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000009829)

◆神経症状(2)大脳皮質異常信号病変.トルコの8病院のICUに入室した235名の頭部MRIに関する報告.50名(21%)が神経症状を呈し,うち27名(54%)で頭部MRIを施行され,12名(44%)で異常所見を認めた.12名中10名(37%)は,FLAIR画像における大脳皮質の異常信号であった.異常信号は前頭葉,頭頂葉,後頭葉,島皮質,帯状皮質などに認められ,一部の症例では軟膜の造影所見を認めた(図4).このうちの5名に髄液検査を行った.蛋白は平均79.9 mg/dLと上昇していたが,細胞数,IgG indexは正常,SAS-CoV-2 PCRは陰性.残り2名は,横静脈洞血栓症,右中大脳動脈領域の急性期脳梗塞をそれぞれ1名で認めた.一方,神経症状を呈しながら,頭部MRI異常を認めなかった15名中2名で髄液検査が行われたが,蛋白は上昇していた(平均98 mg/dL).大脳皮質の異常信号の機序として,ウイルスの神経向性,免疫学的機序,低酸素,けいれんなどが関与する可能性がある.Radiology. May 8 2020(doi.org/10.1148/radiol.2020201697)



◆アカゲザルにおける感染防御免疫の獲得.米国からの報告.SARS-CoV-2に対する感染防御機構の解明は,ワクチン開発やパンデミック終息に不可欠であるが,初回感染により,再感染に対する感染防御免疫を得ることができるかは不明である.このため,経鼻ないし経気道ウイルス感染アカゲザルモデルを作成した.このアカゲザルは,上下気道の高ウイルス発現と,液性・細胞性免疫反応を呈し,さらにウイルス性肺炎の病理変化を示したことから,ヒトCOVID-19を再現するモデルと考えられた.初回感染からの回復後(35日後)に再感染させたところ,初回感染と比較して,気管支肺胞洗浄液や鼻粘膜におけるウイルス排出量は5 log10減少した.症状はほぼ,もしくはまったく認められなかった.非ヒト哺乳類において,一度感染すれば,感染防御免疫が得られることが確認された.しかしサルとヒトの免疫反応は同一とは限らないため,慎重な解釈が必要である.Science. May 20, 2020(DOI: 10.1126/science.abc4776)

◆新規治療(1)SARSウイルス交差抗体.2003年にSARSに感染した患者のメモリーB細胞から産生された複数のモノクローナル中和抗体が,SARS-CoV-2に対して交叉反応性を示すことが,スイスVir Biotechnology社により報告された.S309と名付けられた1つの抗体は,スパイク受容体結合ドメインを介して,SARS-CoV-2およびSARS-CoV偽ウイルス,ならびに本物のSARS-CoV-2を強力に中和した.クリオ電顕と結合アッセイを用いて,S309 がサルベコウイルス亜属に保存されている糖鎖含有エピトープを,受容体結合と競合することなく認識することを確認した.このS309と,今回同定された他の抗体を含む抗体カクテルを用いることにより,SARS-CoV-2の中和はさらに増強され,かつ中和から免れる変異体の出現を抑制する可能性がある.S309およびS309を含む抗体カクテルは感染リスクが高い人に対する予防として有望である.Nature. May 18, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2349-y).

◆新規治療(2)その他のワクチン.米国にて複数のDNAワクチンが作成され,アカゲザルで効果が検証され,中和抗体が作成されること,ならびに感染実験にて,中和抗体の抗体価に相関して防御効果が得られることが報告された.Science 20 May 2020(DOI: 10.1126/science.abc6284).

また,患者から分離したSARS-CoV-2ウイルスのCN2という株を用いて不活化ワクチン(PiCoVacc)が作成され,同様にアカゲザルの実験系で中和抗体が誘導されること,ならびに感染実験でも防御効果が得られたことが報告された.Science. May 06, 2020(DOI: 10.1126/science.abc1932).

一方,米国Moderna社によるmRNAワクチン「mRNA-1273」の第1相試験が大きく報道された.45名が参加し,ワクチンの安全性を確認できた.さらに8名のみのデータであるが,全員に中和抗体を認めたと発表され,株価が高騰した.しかし文書のみで論文報告やデータの提示はなし.医療関連ニュースサイトSTATもこれを批判し,同社の株価が徐々に下げ始め,米株式相場を押し下げた.

◆新規治療(3).レムデシビル続報.米国で緊急使用が認められ,日本でも承認されたGilead Sciences社のレムデシビルの二重盲検ランダム化比較試験(ACTT-1試験)の結果の一部が報告された.初日200 mg,残りの9日間は100 mg静注するプロトコールである.主要評価項目は回復(退院)までの期間.治験委員会はレムデシビル群で回復までの期間が短いという結果に基づいて,盲検の早期の解除を推奨した.対象は1059名(レムデシビル群538名,偽薬群521名)で,レムデシビル群は回復まで11日(95%信頼区間9~12日),偽薬群は15日(95%信頼区間13~19日)であり,介入により4日間,回復が短縮した(図5).14日目における死亡率は,レムデシビル群7.1%,偽薬群11.9 %で有意差なし(ハザード比0.70; 95%信頼区間0.47~1.04).層別解析では酸素投与なしのような軽症例で有効で,人工呼吸器やECMO治療を行っているような重症例では無効.重篤な副作用は有意差なし.28日後における死亡率については,今回の論文には含まれていない.→ ウイルスの増殖を抑制するRNAポリメラーゼを標的とする薬剤は重症化してしまった症例では無効だろう.NEJM. May 22, 2020(DOI: 10.1056/NEJMoa2007764).





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

PCR検査率からから考える封じ込め政策の今後

2020年05月19日 | 医学と医療
帝京大学脳神経内科,園生雅弘教授を筆頭著者とする2つの論文が,プレプリントサーバmedRxivに公開されました.世界各国のPCR検査率と検査陽性率の関係から,現在見つかっているよりはるかに多く感染者が広がっていること(第1論文),ならびに封じ込めの成功は,PCR検査を広く行うこととは関係しないことを示しています(第2論文).以下が園生教授による解説になります.私も執筆に協力させていただきましたが,今後の政策を考える上で重要な論文になるものと思います.

第1論文
Sonoo M, Kanbayashi T, Shimohata T, Kobayashi M, Hayashi H. Estimation of the true infection rate and infection fatality rate of COVID-19 in the whole population of each country. medRxiv 2020.05.13.20101071
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.05.13.20101071v1
67ヶ国のCOVID-19についての公開データでPCR検査率(ER)と検査陽性率(IR)の関係を調べたところ,有意な負の相関が見られた.これは検査率が低い国ほど検査施行を疑いの濃い例に絞っているためと考えられる.これを利用して全人口での陽性率(TIR)を回帰から推定できる(表1)
.その結果ほとんどの国で,現在見つかっている数の10倍〜数百倍の感染者がいる(TICR)と推定された.東京都での感染率は6.8%と推定され,これは慶応大学での6%のPCR陽性率とよく一致する.米国での2つの抗体検査の結果とも推定感染率はよく一致していた.また,これを元に感染者死亡率(IFR)も推定できる.欧米主要国では0.2〜0.9%,アジア諸国は一般に低く,日本は0.015%で欧米の1/10以下であった.このように現在見つかっているよりはるかに多く感染者が広がっていると考えられることからは,世界どこでも完全な封じ込めは無理である.日本を含むアジアでは既に比較的弱毒であることから,院内感染を防いで強毒ウイルスを封じ込めて自然選択を模倣する弱毒化戦略が特に有効と期待される.



第2論文
Sonoo M, Idogawa M, Kanbayashi T, Shimohata T, Hayashi H. Correlation between PCR Examination Rate among the Population and the Containment of Pandemic of COVID-19. medRxiv 2020.05.13.20100982
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.05.13.20100982v2
90ヶ国のCOVID-19の封じ込め成功度とPCR検査率の間には有意な相関があったが,GDPを説明変数に加えた重回帰を行うとPCR検査率の貢献は消えて,封じ込め成功度はGDPのみで説明できた(図1).GDPはsocial distancingへの遵守度に関連すると推測される.個々の国を見ても,タイ,マレーシア,シンガポールの近接3国を見ると検査率が低いほど(前記の順番,タイが最低)封じ込めは成功しており,全く逆の関係にある.日本はPCR検査率の低さ(0.19%)を批判されているが,検査率2〜7%の欧米主要国と比べると,最新の封じ込め成功度において,日本は欧米での優等生国(フランス,スペイン,ドイツ,イタリア)に匹敵しており,英国,米国,スウェーデンなどよりもはるかに良い.封じ込めの成功はsocial distancingが主因であり,PCR検査を広く行うことは関係しない.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

進行の速いALS症例に対しては高カロリー脂肪食が有効かもしれない

2020年05月19日 | 運動ニューロン疾患
体重減少はALSにおいて予後不良の予測因子であることが,動物実験や予備試験の結果知られている.しかし,高カロリー栄養が生存期間の延長につながるのかは不明である.このため高カロリー脂肪食(high-caloric fatty diet;HCFD)の効果を確認するLIPCAL‐ALS studyと名付けられた臨床研究が行われた.

方法は治療群と対照群を1:1に割り付けるランダム化二重盲検比較試験を2015年2月から2018年9月にかけて行った.割付後,3, 6, 9, 12, 15, 18ヶ月後に経過観察を行った.この研究はドイツのALS/MND‐NET と呼ばれる12施設からなるネットワークにおいて行われた.治療(HCFD)群は通常食とリルゾール100 mg/dayに加え,405 kcal/day, 100% fat,対照群は偽薬を摂取した.主要評価項目は生存期間(死亡までの期間と最終イベント時の生存率)とした.

さて結果であるが,201名(男:女121:80,年齢62.4±10.8 歳) が参加した.主要評価項目の検討の結果,最終死亡のあった28ヶ月後に評価した生存率は,偽薬群で0.39 (95%信頼区間0.27–0.51) ,治療群で0.37 (0.25–0.49)で有意差なし,ハザード比は0.97(1サイド97.5% CI −∞~1.44, p = 0.44)であった.副次評価項目であるALSFRSや肺活量,さらに体重でも有意差はなかった.つまりALS全体を解析の対象とした場合,高カロリー脂肪食が生存期間の延長をもたらすエビデンスは得られなかった.またドロップアウト率は26%と,通常の薬剤による臨床試験(例:ラサギリン試験では13%;Lancet Neurol 2018; 17: 681-8)より高かった.

しかし,事後解析(post hoc analysis)では,進行速度が速い群(ALSFRSスコアが1ヶ月に0.62より低下する群)において有意な生存期間の延長効果と体重の維持が認められた.具体的には主要評価項目は18ヶ月後に評価した生存率では,偽薬群で0.38 (95%信頼区間0.21–0.54) ,治療群で0.62 (0.47–0.74)で有意差あり,ハザード比は0.50(2サイド95% CI 0.27-0.92, p = 0.02)であった.

このことから再度,高カロリー脂肪食の効果を,進行の速い群において行う必要が考えられた.ただし研究デザインには十分な考慮が必要である.まず,高カロリーが効果があるのか,脂肪食が効果があるのかが不明である.また進行速度を客観的に評価するために,介入開始前に経過観察期間を設けて,正確な進行速度を評価した上で,試験への参加を行う必要がある.また薬剤を用いる臨床試験と比較して,栄養療法の継続は難しく,ドロップアウト率が高くなる可能性があることから,工夫が必要と考えられた.いずれにしてもALSのような難病における栄養療法についてはさらなる検討が必要と言える.

Ludolph AC et al. Effect of High–Caloric Nutrition on Survival in Amyotrophic Lateral Sclerosis. Ann Neurol 2020;87:206–216 (doi: 10.1002/ana.25661)





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月17日)  

2020年05月17日 | 医学と医療
今回のキーワードは,事前確率,偽陰性,子供の頃のBCGは無効,死亡率・重症化率の予測,ネコ・ネコ感染,脳卒中画像検査の減少,川崎病様症候群の多発,有望な新規治療(抗IL-6抗体,抗凝固療法)とカトレラ®試験失敗の理由です.

PCRの検査拡大が求められています.しかし臨床診断に関する基礎知識が共有されていないため,一部,誤った議論がなされています.オスラー先生がおっしゃったように,臨床診断はあくまで確率の問題ですし,検査は正しく用いて初めて意味を持ちます.「患者さんの希望でPCRを行い,陽性ならCOVID」と言うだけなら医師でなくてもできます.まず必要なのは事前確率(=有病率)や尤度比といった「ベイズの定理」を考えることです.緊急事態宣言によりフェーズが変わり,事前確率が低下した現在,むやみに検査を拡大すれば偽陽性が増え,感染してない人を患者と誤診するばかりでなく,個人防護具やベッドの枯渇,医療者の負担増加を招きます.PCR検査を拡大し,確実に行うべきは,事前確率が高い患者,濃厚接触者,院内感染に関わるエアロゾルを発生しうる患者です.PCR検査は絶対ではありません.偽陽性を防ぐための事前確率を高める努力や,偽陰性を防ぐためのPCR検査タイミングの理解が不可欠です.

◆嗅覚消失症状を含む臨床症状からのAI診断.英国・米国のアカデミアと企業の共同研究.自覚症状を記録するスマホアプリを用いてデータを分析した.英国の参加者245万人の32.2%(80万人) がCOVID-19らしき症状を記録していた.PCR検査を受けた1.8万人に限ると,陽性者と陰性者で10項目を比較したところ,差を認めたのは「嗅覚喪失,食欲低下,疲労」の3項目のみだった.とくに嗅覚・味覚の喪失を記録した人の割合は,陽性者(65%)は陰性者(21%)の約3倍高く,重要な予測因子と考えられた(オッズ比6.74).陽性者を予測するために,年齢,性別,上記3症状,持続する咳を組み合わせた数学モデルを作成すると,ROC曲線のAUCは0.76と中等度の予測能を示した.症状ありと記録した80万人に適用すると,14万人(17.4%)が感染者である可能性が考えられた.→ 予測因子として,発熱や咳より「嗅覚喪失,食欲低下,疲労」に注目すれば,事前確率を高め,最も必要とされるところに追跡やPCR検査を集中できる.Nature Med. May 11, 2020.



◆医療者のPCR陽性率.無症状の医療者400名を対象としたPCR陽性率に関する報告.ロンドンがロックダウンし,感染のピークと考えられた3月23日から1週ごとに5回,鼻咽頭拭い液を用いたPCRを行い,陽性率を検討した.順に7.1%,4.9%,1.5%,1.5%,1.1%であった(図1).陽性率の変化は院内感染によるものではなく,市中感染の増減を反映するものと考えられた.一般に医療者に対するPCRは症状を認めた場合に行われるが,流行時には無症状であってもチェックが必要である.Lancet. May 7, 2020.

◆偽陰性を避けるための検査タイミング.米国の報告.鼻咽頭拭い液を用いたPCR検査の7つの既報(計1330名)から,感染日ないし発症日からのPCR偽陰性率を算出した.感染した直後の偽陰性率(感染しているのに検査が陰性である割合)は100%(!)と全例間違っていた.その後,偽陰性率は低下し,発症時(感染から4日後)では38%,発症から3日目(感染から7日目)では20%と最低になり,その後,再び上昇し,感染から21日後には66%になった(図2).→ COVID-19が臨床的に疑われる場合,PCR陰性という結果のみで診断を除外すべきではない.また偽陰性率は発症後3日目が最も低いことから,医師は検査を発症から1~3日間,待つべきである.Ann Intern Med. May 13, 2020.



◆BCGに予防効果なし.BCG接種の有無で感染率を比較した報告.イスラエルでは1955~1982年にBCGワクチンが義務化され,その後,結核の罹患率が高い国からの移民に対してのみに行われたことから,接種群と未接種群が存在する.このためBCGの予防効果の比較が可能である.PCR陽性率を比較すると,接種群は11.7%(361/3064名),未接種群は10.4%(299/2869名)と有意差はないもののむしろ摂取群で多かった(95%CI:-0.3%~2.9%,P=0.09).小児期のBCGが成人期のCOVID-19に対して予防効果を持つという仮説を支持しない結果である.JAMA. May 13, 2020.

◆血液検体による死亡率の予測.武漢における患者485 名の血液検体を用いて,死亡を予測するバイオマーカーの同定を目的とした機械学習.結果として,LDH高値(カットオフ値365 U/L)・高感度CRP高値(41.2 mg/L),リンパ球減少(14.7%)の3項目を用いると,患者の死亡を9割を超える確からしさで,10日以上前に予測することが可能になった(AUCスコアは開発コホートと確認コホートで各々97.8%, 95.1%).実際にはLDH高値単独で,迅速な医学的介入を要する患者の多くを見出すことができる(AUCスコア94.2%,92.3%).Nature Med. May 14, 2020.

◆重症化予測オンライン計算ツール.中国575病院が参加し,患者が重症化(ICU入室,侵襲的人工呼吸器装着,死亡)するリスク予測をするスコアが開発された.開発コホートと確認コホートの患者数はそれぞれ1590名と710名.72の候補から,以下の10項目が独立した予測因子と考えられた:入院時の胸部X線異常(オッズ比3.39),年齢(1.03),喀血(4.53),呼吸困難(1.88),意識障害(4.71),併存症の数(1.60),癌の既往(4.0),好中球/リンパ球比(1.06),LDH(1.002),直接ビリルビン(1.15).これを組み合わせたオンライン計算ツールが開発され,ウェブ上に公開されている(図3).JAMA Intern Med. May 12, 2020. “Calculation Tool For Predicting Critical-ill COVID-19 At Admission”
http://118.126.104.170/?fbclid=IwAR229PyvSDVhMLv7AcZSMauikE3Hik-7vpQY-44VdQqgGpdHS0vzqgdgZt0



◆ネコ間での感染伝播.ウィスコンシン大学や東京大学などの共同研究.3匹のネコにSARS-CoV-2を感染させ,その翌日からそれぞれ,別のもう1匹のネコと飼育した.ベロ細胞を用いた感染実験で,最初のネコは感染翌日から5~6日間,感染力のあるウイルスを排出した.もう1匹の猫は接触開始後3~6日目には感染力のあるウイルスを排出するようになった.いずれのネコも発熱や体重減少などの症状を認めなかったことから,飼い主が気づかないまま感染源となる可能性がある.ヒト→ネコへの感染は確認されており,「ヒト→ネコ→ヒト」という感染の連鎖が生じるかが問題になる.NEJM. May 13, 2020

◆ウイルスの腎臓や脳への親和性.ドイツからの報告.ウイルスの種類によって増殖可能な細胞や臓器が決まっている(トロピズムと言う).SARS-CoV-2のトロピズムを明らかにするため,剖検27名の検体を用いて,各臓器の1細胞あたりのRNAコピー数を算出した.肺,咽頭以外に,心臓,腎臓,肝臓,脳,血液からもウイルスが検出された.また併存症が3つ以上ある場合,とくに腎臓で検出された.感染を助長するACE2,TMPRSS2,カテプシンLを発現する細胞が腎臓に複数あることが関連している可能性がある.脳についても8/26名(31%)で認められ,併存症が多い症例で検出される傾向がある.→  SARS-CoV-2は脳に対しトロピズムがある.NEJM. May 13, 2020.

◆神経疾患(1).外出自粛による脳卒中画像検査の減少.米国856病院における脳卒中検査ソフトウェアRAPIDを用いた患者23万人に対する調査.本年2月に各病院1日あたりの患者数は1.18人であったものが,流行中の3月26日からの2週間には39%減少し,0.72人になった.この減少はCOVID-19の入院患者が少ない病院でも見られ,感染を恐れて検査を躊躇したためと考えられた.脳卒中患者が治療のタイミングを逸している様子が窺われた.NEJM. May 8, 2020

◆神経疾患(2).髄膜脳炎の病態.軽症の呼吸・全身症状を呈し,鼻咽頭拭い液PCR陽性でCOVID-19と診断された2症例.発症から5日ないし17日後,急速に神経・精神症状を呈した(1名はてんかん重積発作).髄液所見はウイルス性パターン(蛋白461,466 mg/L,細胞数17,21/mm3)で,いずれも髄液PCRは陰性.頭部MRIで器質的変化がなく,速やかに神経症状が改善したことから,ウイルスによる脳の直接障害ではなく,parainfectious(傍感染性脳症)の病態が推定された.Eur J Neurol. May 7, 2020.

◆小児における川崎病様症候群の多発.イタリアのロンバルディア州において,小児の重症の川崎病様疾患が10名報告され,うち8名は新型コロナウイルス抗体陽性であった.過去5年間の川崎病様小児19名と比較して,30倍以上発生頻度が高く,より年長で(平均7.5歳対3歳),心エコー異常が多く(60%対11%),川崎病ショック症候群(50%対0%)やマクロファージ活性化症候群(50%対0%)をより多く認めた.さらにステロイド治療をより要した(80%対16%)(Lancet. May 13, 2020).川崎病ショック症候群は英国ロンドンからも小児例8名が報告されている(Lancet. May 07, 2020).→ COVID-19の新たな病態であり,小児において注意が必要である.

◆肺局所のIL-6上昇.急性呼吸窮迫症候群(ARDS)と多臓器不全を呈した66歳男性の症例報告.血漿,気管支肺胞洗浄液,胸水のIL-6やIL-10濃度を経時的に測定した.血漿濃度は臨床経過や血漿交換療法を含めた治療介入とは相関せず,死亡当日に上昇したのみであった.この原因として加齢と併存症による免疫抑制が関与している可能性が考えられた.しかし気管支肺胞洗浄液は血漿の10倍以上高く,肺局所のサイトカイン上昇が病態に関与する可能性が示唆された.抗IL-6抗体(トシリズマブ)による局所のIL-6抑制が治療効果を有するか検討が必要である.Ann Intern Med. May 12, 2020.

◆新規治療(1)トシリズマブ.個人的に重症化阻止に一番期待を寄せている抗IL-6抗体療法.中国からの報告.トシリズマブ投与後の臨床症候,胸部CT,検査所見に関する後方視的検討.まず投与後初日に発熱は消失し(図4B),2~3日後には他の症状にも顕著な改善が見られた.さらに5日以内に15/20名(75%)の症例で酸素投与量を減らすことができた(図4C,D).胸部CTのすりガラス様陰影は19/21 名(91%)で改善した.リンパ球減少は10/19名(52.6%)で改善した.CRPの低下は16/19名(84.2%)で認められた(図4A).重篤な副作用なし.全例,トシリズマブ投与の15.1日までに退院した.トシリズマブの有効性が示唆されるが,ランダム化比較試験による評価が必要.Proc Natl Acad Sci. Apr 29, 2020.



◆新規治療(2)抗凝固薬.ニューヨークのMount Sinai病院に入院した2773名の観察研究の結果,入院中に抗凝固薬(経口,皮下,静注を含む)が投与された786名(28%)の生存期間は,非投与群に比べて長かった(中央値21日対14日.しかし死亡率は22.5%と22.8%で変わらず)(図5A).また侵襲的人工呼吸器を装着した患者395名に限ると,抗凝固薬投与群は非投与群と比較して,死亡率は減少し(29%対63%;P<0.001,調整ハザード比0.86),生存期間も延長した(中央値21日対9日)(図5B).出血合併症は有意差なし(3%対1.9%).今後,ランダム化比較試験を行う必要がある.J Am Coll Cardiol. May 6, 2020.



◆新規治療(3)ロピナビル・リトナビル試験の失敗の理由.期待されたものの臨床試験に失敗した抗HIV薬カレトラ®(ロピナビル400 mg・リトナビル100 mg;1日2回)に関する,オーストリアからの薬物動態に関する報告.同剤を使用した8名の患者の血漿濃度を調べたところ,そのトラフ値6.2~24.3 g/mL(中央値13.6)はHIV患者に投与した場合の約2倍であった.しかもCRPに正の相関をしたことから(Rs=0.81),炎症によりチトクローム依存性薬物代謝が阻害されたものと考えられた.しかしロピナビルは血漿蛋白に結合し,その1~2%のみが活性をもつことから,SARS-CoV-2に有効な50%効果濃度(EC50)16.4 micro-g/mLに達するには,約60~120倍の血中濃度が必要と推定され,この薬剤を使用することは困難と考えられた.→ 急がば回れであり,やはり創薬は正しいステップを踏む必要がある.アビガンも薬物動態に関する検討が必要であろう.Ann Intern Med. May 12, 2020.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月9日)  

2020年05月09日 | 医学と医療
今回のキーワードは,血糖コントロールの効果,しもやけ様皮膚病変の意義,死後脳MRI,深部静脈血栓症による肺塞栓,ループスアンチコアグラントと抗凝固療法,抗体検査の問題点,新規治療(中和抗体,可溶性ACE2,アマンタジン・メマンチン)です.最後に治療薬開発におけるランダム化比較試験の重要性について述べた総説を紹介したいと思います.

◆COVID-19肺炎のAI診断.4154名の患者胸部CTのデータベースを用いた深層学習により,COVID-19肺炎と他のウイルス性肺炎を鑑別する診断システムが中国にて開発された.熟練した放射線科医と同等レベルの診断能力を有する.迅速診断を可能とし,医療システムが逼迫した状況の医師,放射線医師を支援する.また予後予測や薬剤治療効果の予測に寄与する可能性がある.著者らはこのAI技術をCOVID-19と戦っている世界の医療従事者に提供すると述べている.Cell. April 29, 2020.

◆血糖コントロールの重要性.糖尿病はCOVID-19の予後不良因子である.しかし血糖コントロールが治療や死亡率に影響を及ぼすかは不明である.このため湖北省の多施設において,2型糖尿病952名を含む7337名を対象とした後方視的研究が行われた.まず2型糖尿病患者は,より高度の治療を要し,死亡率も高かった(7.8%対2.7%;調整済みハザード比1.49).多臓器障害を呈する頻度も高かった.しかし血糖値が良好にコントロールされている患者(70~180 mg/dl)では,コントロール不良の患者と比較して,入院中の死亡率は顕著に低かった(調整済みハザード比0.14).→ 糖尿病を認めても,血糖コントロールを厳密に行うことで,予後の増悪を防ぐことができる.Cell Metabolism 31;1-10, 2020.

◆しもやけ様皮膚病変.スペインからの6症例の報告.おもに10~20歳代の患者における「つま先,かかと,指のしもやけ様病変」で,重症ではない症例の回復期や無症状感染者に認められる.まず発赤し,しもやけ様であるが(図1),1週間もすると紫色になり,治療せずに消退する.レイノー現象や虚血徴候はない.かゆみや痛みを呈しうるが,多くは無症状である.生検は行われておらず機序は不明だが,血管炎や微小塞栓による閉塞,皮膚型結節性多発動脈炎などが考えられる.このような皮膚病変を認めた場合,発熱や呼吸器症状の既往の有無を確認する.また無症状感染者における診断に役立つ可能性がある.Intern J Dermatol. April 24, 2020.



◆死後脳MRI解析.患者の死後24時間以内に,頭部MRIにて脳障害をvirtopsy(= virtual + autopsy)する前方視的研究がベルギーより報告された.対象は19名.2名にSWI画像で描出される皮質下の大~微小出血を認めた(図2のD2/D4).ウイルス感染に伴う血管内皮細胞傷害によるものと考えられた.また1名にFLAIR画像で,PRES(可逆性後頭葉白質脳症)を思わせる皮質・皮質下の浮腫性病変を認めた(D7).嗅球の非対称性を4名に認めたものの,それ以降の嗅覚路に異常信号は認めなかった.例として,D8は嗅裂の閉塞を伴う左嗅球腫脹を呈する.脳幹には異常信号は認めなかった(D9).呼吸困難に脳幹障害が関与する可能性が指摘されてきたが,その仮説を支持する所見は認めなかった.medRxiv. May 08, 2020



◆深部静脈血栓症による肺塞栓による死.ドイツからの12症例の剖検例の報告(院内死亡10名,院外2名).オートプシー・イメージング(CT)と臓器を試料としたPCR検査を行った.7名(58%)に死亡前に分からなかった下肢の深部静脈血栓症(DVT)を認めた.4名ではDVT由来と考えられる肺塞栓を認め,死因と考えられた.男性9名中6名で前立腺静脈叢に血栓を認めた.PCR検査ではウイルスRNAは全例で肺に認め,高濃度であった.12名中5名で肝,腎,心にも高濃度に認められた.10名中6名でウイルス血症を認めた.→ 循環動態の急な変化を認めたら,肺塞栓症を疑う必要がある.Dダイマーの上昇を認めたら,抗凝固療法開始を検討する.また重症例では全身臓器にウイルス感染が生じていた.Ann Intern Med. May 6, 2020.

◆ aPTT延長と抗凝固療法.COVID-19患者216名に対する凝固機能検査の結果,44名(20%)に活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)の延長を認めた.うち35名に詳しい検索を行ったところ,31名(91%)がループスアンチコアグラント(LAC)陽性であった.臨床的に,肺塞栓症1名,静脈血栓症疑いを1名認めた.LACは,in vitroでは顕著な凝固時間の延長とaPTT・PTの延長傾向を示すにもかかわらず,臨床的にはほとんど出血傾向を認めず,むしろ血栓傾向を示す.この検討でも出血は認めなかった.→ aPTT延長は,COVID-19患者におけるDVTの治療・予防に抗凝固薬を使用する妨げにはならない.またaPTT延長のために,肺塞栓症に対する血栓溶解治療を控えるべきではない.NEJM. May 5, 2020.

◆抗体検査の問題点.鼻咽頭拭い液PCRは発症から1週間以内に陽性となるピークがあり,軽症例では3週目には陰転化しうる.しかし6週目でも陽性の症例も存在する(図3).一方,抗体検査で最も感度が良く,かつ迅速なものは総抗体であり,その値は発症2週目から上昇し始め,2-3週目にピークに達する.よく話題になるのは臨床現場即時検査(Point of Care Testing;POCT),すなわち血糖値のように医療現場でリアルタイムに行う検査であるが,品質にはばらつきがあることと,抗原が何かを多くのメーカーが明らかにしていないという問題がある.また純粋に定性的な検査であり,抗体の有無しか判定できない.さらに重要なことは,抗体検査陽性が,ウイルスに対する防御能をもつ中和抗体の存在を意味するわけではないことを認識する必要がある(ただしELISAで検出されるIgG抗体は中和抗体と正の相関があることが示されている).JAMA. May 6, 2020.



◆中和抗体の評価法.COVID-19から回復し,退院して間もない8名と,退院から2週間経過した6名をpseudotype entry assay(中和抗体の測定方法)にて調べたところ,13/14名(93%)で中和抗体を有していた.抗体価は患者により異なるが,年齢の影響はなく,また少なくとも退院から2週間は,中和抗体は維持されていた.また中和抗体価はウイルスがヒトACE2に結合するS蛋白の受容体結合部位(S-RBD)に対するIgGのAUC値と相関していた.さらに中和抗体価はウイルス特異的T細胞数と相関していた. → ウイルスに対する防御反応として液性免疫,細胞性免疫の双方が関与する.また中和抗体価の予測に抗S-RBD IgG抗体の測定が有用であるとともに,S-RBDがワクチンの標的となることを意味する.Immunity. May 03, 2020.

◆新規治療(1).初の中和抗体(ヒト・モノクローナル抗体)の開発.SARS-CoV-2と SARS-CoV-1のS蛋白のアミノ酸配列の同一性は77.5%で,構造も類似している.このため,51種類のSARS-CoV-1ハイブリドーマ上清を用いて,SARS-CoV-2に交差反応する中和抗体の探索を行った.この結果,4つの交差反応性を認める抗体を見出し,うち1つが中和活性を持っていた.つまり初の中和抗体47D11が作成された.47D11はSARS-CoV-2のS蛋白のS1B領域に結合したが,意外なことにウイルス側のS1Bとヒト側のACE2の結合を阻害せず,未知の機序によりSARS-CoV-2の感染を阻害するものと考えられた (Nat Commun. May 04, 2020).一方,ベルギーで飼育されるラマを,SARS-CoV-1/MERS-CoVのS蛋白で免疫後にできたH鎖のみの抗体の1つ(VHH)が,SARS-CoV-2のS-RBDに結合(交差反応)することが判明した.このVHHをもとにして,二価のヒト型IgG Fc融合体(VHH-72-Fc)を作成したところ,培養細胞へのSARS-CoV-2感染を防止し,中和抗体として作用した.ヒトでの臨床試験を目指す(Cell. Journal pre-proof).

◆新規治療(2).可溶性ACE2による感染の抑制.ACE2がSARSにおけるウイルス感染のヒト側の受容体であることや,ACE2が肺損傷に対して防御機能を持つことを発見したオーストリアのグループが,臨床使用可能グレードの可溶性人工ACE2(hrsACE2)を作成し,競合阻害により(図4),ベロ細胞へのSARS-CoV-2感染を防止できること,ならびに人工の血管や腎臓(血管オルガノイド,腎臓オルガノイド)への感染を,完全ではないものの抑制できることを示した.→ 当初から期待された治療がいよいよ臨床試験に進む.Cell. April 24, 2020.



◆新規治療(3).アマンタジンとメマンチンは有効?ポーランドからの報告.アダマンタンは10個の炭素がダイヤモンドの構造と同様に配置されるかご型の分子である.RNAウイルスが感染細胞から放出される際に必要なイオンチャネルタンパク質(viroporin)を阻害することが報告されている.アダマンタンのCOVID-19に対する効果を検討すべきという論文もあることから,アダマンタンの誘導体で(図5),パーキンソン病治療や多発性硬化症の疲労に対して使用されるアマンタジン,そして認知症に使用されるメマンチンを,少なくとも感染の3ヶ月以上前から通常量,内服していた多発性硬化症10名,パーキンソン病5名,認知症7名の濃厚接触者からの感染後の転帰について検討した.1例もCOVID-19の症状を呈さず,かつ原疾患の増悪も見られなかった.少数例での横断研究であるため,今後の検討が必要である.Mult Scler relat Dis. April 30, 2020.



◆治療薬開発におけるランダム化比較試験の重要性.英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者が,レムデシビルに対して行われた単一群試験(single arm trial)の限界について言及した.情報量が多く,標準治療と比較して,有効性や副作用について明確にできるランダム化比較試験(RCT)を行う必要性を強調している.RCTによるデータがなければが,症状が悪化したときに薬剤を中止すべきかさえ分からない.単一群試験は,①有効であってほしいという願いが強い場合,②臨床試験に対し投げやりな状況になっている場合,③医師がその薬剤の有効性が非常に高いと述べることから始まる場合がある.そのような状況下での有効率は,患者の組み入れにおいて,高齢者,併存症,肥満等の患者を含まない場合には90%を超えうるものになる.ファビピラビル(アビガン®)も単一群試験であることから,この研究を行った中国チームにRCTを行うことを推奨している.Med. May 04, 2020.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

COQ8A-ataxiaの臨床・画像所見と治療

2020年05月08日 | 脊髄小脳変性症
【COQ8A-ataxiaとは】
小脳失調症の多くはいまだ治療困難であるが,さまざまな病態が含まれるため,治療可能な症例を見逃さないことが重要である.当科で取り組んでいる自己免疫性小脳失調症に対しては免疫療法が有効である可能性があるし,常染色体劣性遺伝性であれば原因遺伝子産物の補充により改善する可能性がある.後者の例としてCOQ8A-ataxiaを紹介したい.

これは上述の通り,常染色体劣性遺伝性運動失調症(ARCA)のひとつで,ミトコンドリア呼吸鎖に必要な補酵素Q10(COQ10)欠乏を呈する.これまでARCA2と呼ばれてきた.原因遺伝子はかつてCABC1ないしADCK3遺伝子と呼ばれていたが,これらは(COQ 10合成に必要な)酵母Coq8ホモログをコードするため,近年,COQ8A遺伝子と呼ばれている.ちなみにCOQのあとの数字はイソプレン側鎖の数を表している(図).まれな疾患で全体像が分かりにくかったが,今回,国際研究にてARCA2すなわちCOQ8A-ataxiaの多数例での検討が報告された.治療可能な症例を見逃さないためにも,臨床像と治療についてまとめておきたい.



【遺伝子変異と症候】
症例はドイツ,イタリア,フランス,英国,米国等から集積された59症例.方法は遺伝子型と表現型の関連,臨床像,頭部MRI所見,進行速度,およびCoQ10補充による進行抑制効果を検討している.
まず遺伝子変異は18の新規変異を含む44種類の病的変異が同定された.遺伝子変異にホットスポットはなく,さまざまな機能領域に認められた.ミスセンス変異は蛋白の構造にさまざまな影響を与えるものと予測された.
臨床像としては種々の系統におよぶさまざまな症候を呈した.発症は小脳失調症で,10歳未満にピークがあった(図).小脳失調症のみの症例も25%に認めるため,常染色体劣性のpure cerebellar ataxiaでは鑑別に加える必要がある.そのほか,認知機能障害(49%),てんかん(32%),運動不耐(25%)を呈した.認知機能については精神発達遅延とした既報もあったが,進行性であり,認知症と考えられた.Hyperkineticな運動異常症も認められ,多い順に,ミオクローヌス(28%),ジストニア(28%),頭部の振戦,姿勢時・運動時振戦を認めた.ミトコンドリア脳筋症を思わせる症候として,ミオパチー,脳卒中様発作,難聴,糖尿病も認められた.



小脳失調症に加えて他の系統の症候,特にてんかんとミオクローヌスを呈する症例は,両対立遺伝子の機能喪失型変異例(biallelic loss of function variant)よりミスセンス変異例において頻度が高かった(82-93%対53%, P= 0.029).ミスセンス変異によるgain of functionないしdominant negative(異型の遺伝子産物の働きが優性になること)の機序が関与しているものと考えられた.

しかし明らかな遺伝子型と表現型の関連は認められなかった.また同じ遺伝子変異であっても異なる表現型を呈することもあった.おそらくミトコンドリアのヘテロプラスミーが関連する可能性や,COQ8遺伝子に対する修飾因子がシス・トランスに作用する可能性が考えられた.

【頭部MRI所見】
頭部MRI所見では,小脳萎縮を全例で認めた.小脳虫部に限局しうるため,発症から長期経過していない若年例では見逃しうる.また大脳萎縮(頭頂葉と前頭葉~島回)や歯状核・橋背側のT2高信号をいずれも28%の頻度で認めた.この歯状核・橋背側のT2高信号は本疾患では指摘されていなかったが,同様の所見が同じnuclear-encoded mitochondrial recessive ataxia(核にコードされたミトコンドリア蛋白の異常により生じる劣性遺伝性失調症SPG7:プレガバリン遺伝子変異)でも報告されており,興味深い.脳梗塞様の異常信号も11%に認めた(図).



【進行速度と治療効果】
横断的解析を34名(図)で,縦断的解析を7名で行うことができ,進行速度はSARAによる小脳性運動失調の評価で,年0.45のスピードと緩徐であった.ちなみにフリードライヒ失調症は年0.8,ARSACSは年2.6と報告されている.



CoQ10ないしその誘導体であるイデベノンの補充により,進行の停止ないし改善ができることが示された.カルテなど臨床情報上では14/30例で改善が認められ,SARAによる定量的評価では8/11例に改善が認められた(年-0.81の抑制).また補充の中止により改善していた症状が再度悪化する「治療のON-OFF効果」が確認された症例もあった.
最後に治療介入により50%の進行抑制を示すためには,サンプルサイズが1群48名以上必要と考えられた.



【終わりに】
渉猟した範囲では本邦例の報告を見いだせなかったが,若年性小脳失調症では鑑別診断に加え,血清ないし血漿のCoQ10を測定し,treatableな疾患を見逃さないことが重要であろう.COQ10の低下する若年性小脳失調症ではカルシウム依存性クロライドチャネルであるanoctamin-10をコードするANO10の遺伝子変異により生じるSCAR10(autosomal recessive spinocerebellar ataxia-10)が存在する.臨床像も似ているが,発症年齢の平均が30歳代であることと痙性失調を呈する点は鑑別の参考になるかもしれない.

Traschütz A, et al. Clinico‐genetic, imaging and molecular delineation of COQ8A‐ataxia: a multicenter study of 59 patients. Ann Neurol. April 26, 2020
Kawamukai M. Biosynthesis of coenzyme Q in eukaryotes. Biosci Biotech Biochem 80:1-11, 2015

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アビガン®の薬理学的特徴と臨床試験における問題点

2020年05月06日 | 医学と医療
アビガン®(ファビピラビル)が,国内では5月中の承認が予定されているという.本剤に関する2つの総説をもとに正しい情報を共有したい.

【薬理学的特徴】
体内で代謝されてから活性を持つプロドラッグである.リボシル化・リン酸化を受けて活性型である三リン酸化体に変わり,RNAウイルスが複製に必要とするRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)を競合阻害することにより効果を発揮する(図).肝代謝であり,肝細胞の細胞質でアルデヒド・オキシダーゼにより不活化される.半減期は2~5.5時間だが,連続投与で血中濃度は上昇する.

【臨床での使用を目指す上での問題点】
①SARS-CoV-2に対するin vitroおよび動物実験が報告されていない.
②アルデヒド・オキシダーゼ阻害作用のある治療薬は多く(Ca拮抗薬,H2ブロッカー,三環系抗うつ薬,エストロゲン製剤,NSAIDs等),併存症に対するこれらの使用はファビピラビルの血中濃度上昇をもたらし,薬剤相互作用が問題となる.
③副作用として肝機能障害,精神症状,胃腸症状,高尿酸血症,好中球減少が生じる.承認用量より低用量で実施された国内臨床試験及び国際共同第III相試験での副作用発現率は19.96%(100/501例).
④動物実験で初期胚の致死および催奇形性があり,母乳や精液にも移行する.→ サリドマイド事件のように胎児が被害を受ける薬害を防止するために,輸出する輸出する相手国を含めて徹底した情報提供が不可欠である.

【これまでの臨床試験の状況】
本来なら前臨床試験と,催奇形性を伴わない薬剤の開発を行うべきであるが,これらをすべて省略してcompassionate use,すなわち生命に関わる疾患や身体障害を引き起こすおそれのある疾患を有する患者の救済を目的として,代替療法がない等の限定的状況において未承認薬の使用を認める制度による使用がなされている.既報の臨床試験はいずれも中国の報告で,1つめは少数例の(投与群35名),ランダム化も二重盲検化もなされていないオープンラベル試験で,有効というもののエビデンスレベル(信憑性)は低い.もう一つはプレプリント論文で,アルビドールという薬剤との比較を行ったが,やはりオープンラベル試験で(実薬群116名),効果についての結論は出ない(medRxiv.).本邦では介入研究ではなく「観察研究」が行われていて,対照群がないことに加え,他の薬剤の併用も可能で,同じく結論は出ない.レムデシビルと比べるとエビデンスレベルは相当低く,マスコミ報道とは異なり,その使用に戸惑う医師は少なくない.

【現在進行中の臨床試験】
臨床試験に関する情報を提供する国際的データベースClinicalTrials.govを調べると,進行中が3試験,準備中が10試験ある(日本の研究は登録されていない).米国ではマサチューセッツ総合病院では進行中,スタンフォード大学は準備中である.また中国では6つのランダム化比較試験が行われる.将来的にはこの薬剤の効果について正しい結論が出るだろう.上記の懸念を上回る有効性を期待したい.

Du YX, et al. Favipiravir: Pharmacokinetics and Concerns About Clinical Trials for 2019-nCoV Infection. Clin Pharmacol Ther. 2020 Apr 4
Mehta N et al. Pharmacotherapy in COVID-19; A narrative review for emergency providers. Am J Emerg Med. 2020 Apr 15.




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月2日)  

2020年05月02日 | 医学と医療
今回のキーワードは,無症状患者の感染性,低酸素状態の簡便な改善法,個人用保護具の限界,川崎病,新しい神経合併症(主幹動脈閉塞症,筋炎),抗体の動態と検査の意義,ワクチンは諸刃の剣,レムデシビル承認の是非です.経済活動の再開のために一刻も早いワクチン,治療薬の開発が期待されますが,その承認は純粋に科学的根拠に基づいて行われるべきです.なぜならこれらは患者の命を縮める恐れもあるためです.

◆無症状患者の感染性.ベトナム・ホーチミンにおいて患者と濃厚接触した14,000名中のうち,鼻咽頭拭い液PCR検査が陽性であった49名のなかから,30名が前方視的研究に参加した.なんと13名(43%!)は経過を通して無症状だった.PCR検査の陽性率を症状の有無で比較すると,無症状感染者のほうが19日目まで陽性率が低く(P<0.001;図1),より早くウイルスが除去されているものと考えられた.また無症状感染者のうち2名が,接触者4名に感染させていた!→ 無症状感染者はかなり多い,かつ自分が感染していることに気付かず,誰かに感染させうるという根拠となる論文.感染は症状で分からないので,濃厚接触者にはPCR検査をするしかない.medRxiv. April 29, 2020.



◆確立した重症化因子.高齢(65歳など),慢性肺疾患,心血管病,糖尿病,肥満,免疫不全宿主(AIDS,ステロイド・免疫抑制剤長期使用,骨髄・臓器移植),喫煙,腎疾患進行期,肝疾患.New Engl J Med. April 24, 2020.

◆腹臥位による低酸素血症の改善.COVID-19では低酸素血症に対して酸素吸入が効きにくく,かつ非侵襲的陽圧換気療法もエアロゾルを発生するため行えない.このため早期から気管内挿管が選択されるが,これは人工呼吸器不足に拍車をかける.2017年のChest誌の論文で,急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の低酸素血症に腹臥位(うつ伏せ)が有効で,気管内挿管を防止ないし遅らせる効果が報告されている.本研究では,救急外来に低酸素状態(SpO2 <90%)で来院し,酸素吸入しても改善に乏しい患者50名を対象として,腹臥位の効果を検証した.酸素吸入しつつうつ伏せになってもらったところ,うつ伏せ前84%(四分位範囲75-90%)が,5分後には94%(90-95%)に改善した(P=0.001).ただし13名(24%)では効果がなく, 24時間以内に気管内挿管された.考察には腹臥位→左・右の側臥位→坐位と30~120分で変えていく方法が提案されている.Acad Emerg Med. April 22, 2020.

◆完全防御の難しさ.WHOが推奨する個人用保護具(N95マスク,目の保護具,隔離ガウン,手袋)のウイルス防御効果についての検証試験.救急外来にて,成人ないし小児の患者に対し,気管内挿管と血管確保を,医師2名,看護師2名で行うというシナリオのもと,マネキンに咳による飛沫を暴露させた(紫外線を当てると可視化できる蛍光マーカーを含む飛沫を,MAD Nasalという霧化器を用いて作成した).4名×2(成人,子供)で8名のマネキンで行った.結果は露出していないはずの髪の毛に7名,首に6名,靴に4名,耳に1名で蛍光が検出された(図2).よってPPEでは皮膚への暴露を完全に防ぐことができない可能性がある.すべての皮膚を覆う衣服の着用が望ましいと著者は言っている.処置後,顔を触らずに,早めにシャワーを浴びることが良いかもしれない.JAMA. April 27, 2020.



◆エアロゾル中のウイルスRNAの残留.武漢の2つの病院内の3つのエリアから採取したエアロゾル中のウイルスRNA濃度を測定した研究.①患者エリアでは,隔離病棟や風通しが良い病室では非常に低い.しかし換気の悪い患者用トイレでは上昇していた.②医療スタッフエリアでは,個人用保護具(PPE)着脱室では高い.しかしPPEの消毒後,ウイルスは検出されなくなった.③公共エリアではほとんど検出されなかったが,混雑するデパートの入り口と病院隣接地でやや高く,無症状感染者がそこにいたためと考えられた.以上より部屋の換気,トイレやPPEの消毒は,エアロゾル中のウイルスRNA濃度を低下させ,感染予防に役立つ可能性がある.ただし本研究では,エアロゾル中のウイルスが実際に感染性を持つかの検討がなされていない.Nature. 27 April 2020.

◆川崎病.川崎病は発熱,眼球結膜充血,特徴的な口唇・口腔所見,非化膿性頸部リンパ節腫脹,不定形発疹,四肢末端の変化を呈する小児の血管炎症候群である.英国から川崎病の診断基準を満たすCOVID-19の6ヶ月女児が報告された.川崎病治療ガイドラインに従い,IVIGと高用量アスピリンにて治療し解熱した.著者らはCOVID-19は川崎病を呈しうること,ならびに川崎病とCOVID-19の病態の関連についての検討が必要と指摘している.→ COVID-19は成人,小児を問わず,血管炎+凝固異常を引き起こしうる.Hosp Pediatr. April 7, 2020.

◆神経症状(1).若年患者における主幹動脈閉塞症.ニューヨークからの報告.2週間で50歳未満の主幹動脈閉塞による脳梗塞を5例経験した(男女4:1,33~49歳).NIHSSは平均17点と重症.若年主幹動脈閉塞症は,過去12ヶ月では,2週間で0.73例のペースであり,明らかに増加している.凝固異常や血管内皮障害が関与している可能性がある(D-dimerは52~13800 ng/mlと著増).New Engl J Med. April 28, 2020.

◆神経症状(2).筋MRIで異常信号を呈した急性筋炎.起床後の筋痛,下肢筋力低下(MMT 3レベル),転倒にて発症し入院.発熱や呼吸器症状なし.CK 25,384 IU/Lと著増.CRP 54 mg/L,リンパ球減少を認めた.入院4日目に発熱,5日目に胸部CTですりガラス陰影,7日目に酸素投与開始.筋MRIで両側外閉鎖筋と大腿四頭筋に浮腫を認めた.筋炎に関連する既知の抗体は陰性.呼吸状態が悪化し,11日目にICU入室.肺胞洗浄液で初めてPCRが陽性となった.急性筋炎の鑑別診断としてCOVID-19感染も考えるべき.Ann Rheum Dis. April 23, 2020.

◆神経症状(3).COVID-19に感染したパーキンソン病患者10名の転帰.イタリアと英国からの報告.イタリアの2例は施設入所中の進行期PD.1例は感染後も無症状.認知障害と幻覚を認めた1例は呼吸器症状出現し死亡.英国の8名(男女6:2)は全例60歳以上であったが,感染後,5/8例でL-ドパの必要量が増加した.また不安や疲労,起立性低血圧,認知機能障害,精神症状といった非運動症状が増悪した.3名が死亡した.高齢で罹病期間の長い患者(平均78.3歳,罹病期間12.7年)における死亡率は40%(4/10名)と高く,デバイス補助療法 (DBSないしLCIG)中の4名では50%だった.パーキンソン病において,高齢,進行期,デバイス補助療法は予後不良因子の可能性がある.Mov Disord. April 298, 2020.

◆抗体の動態と検査の意義.中国からの報告.PCR陽性患者285名の検討で,IgGは発症17~19日後に100%が陽転,IgMは20~22日後に94.1%が陽転.いずれも発症後3週間上昇し,IgGは横ばいになるが,IgMは若干低下する.IgG/Mとも重症例で高力価であった.また63名で経時的(3日毎)に抗体を測定したところ,入院期間を通じてIgG/Mとも陰性であった症例が2名(3.2%)存在した.1回目検査で抗体陰性で,その後,IgG/Mの少なくとも一方が陽転化した26名の検討では3つのパターンがあった(①IgGとIgMが同時(9名),②IgMが先(7名),③IgGが先(10名)).IgGは初回に検出されてから6日で横ばいになった(図3).
MERS(中東呼吸器症候群)の診断基準に採用されている①抗体陽転化,あるいは②IgGの4倍上昇をCOVID-19患者41名に当てはめると,29名(70.7%)が基準を満たした(①は21名,②は8名).また胸部CTでCOVID-19が疑われたもののPCRが陰性であった52名中4名(7.7%)で抗体が陽性.濃厚接触者でPCR陰性の148名中7名(4.7%)で抗体が陽性であった.→ よって抗体検査はPCR検査を補うものとして有用である.Nat Med. April 29, 2020.



◆ワクチンは諸刃の剣.ワクチンの有効性は,どれだけウイルスに対し抑制効果のある中和抗体の産生を誘導できるかにかかっている.一方,ワクチンでは「antibody-dependent enhancement (ADE)」と呼ばれる,むしろ病原性を高め逆効果となる現象の存在が知られている.SARS-CoVの場合,ワクチンにより誘導された抗体が,Fc受容体を発現する細胞(単球,マクロファージ,B細胞)に結合し,これらの細胞にウイルスが侵入しやすくしたり,Toll様受容体の活性化やサイトカインを介して,炎症や急性肺損傷を引き起こすことが知られている(図4).ワクチンにより誘導される抗体が中和抗体となるか,ADEを引き起こすかは,エピトープの種類,親和性,アイソタイプなどに依存する.SARSでは,不活ウイルスや,ウイルスベクター・DNAワクチンによるS蛋白によるワクチンがADEを引き起こしたことが報告されている.さらに高齢者においても,安全で有効な抗体の誘導できるかの検証が必要である.このような制約のあるワクチンよりも,安全で効果的な中和抗体を大量生産して投与するほうが良いかもしれない.→ 早期の経済活動の再開のためにも,本邦のDNAワクチン開発に期待したいが,ADEによる増悪リスクを忘れてはならない.Nat Rev Immunol.April 21, 2020.



◆治療薬(1).降圧剤ACE阻害剤(ACEi)/ARBの結論.5つの後方視的な臨床試験のメタ解析が報告された.これらの降圧剤を使用している高血圧合併患者308名は,使用していない1172名と比較して,重症化率は44%減少(オッズ比0.56:95%信頼区間0.34-1.89),死亡率は62%減少(オッズ比0.56:95%信頼区間0.19-0.74)した.ACEi/ARBはCOVID-19患者に安全して使用でき,おそらく重症化や死亡を抑制する.medRxiv. April 28, 2020

◆治療薬(2).米国FDAが緊急認可し,厚労省が「特例承認」を行うレムデシビル(ウイルスRNAポリメラーゼ阻害剤).4月18日の記事で紹介したように,先行する臨床試験で有効性が期待できたものの(NEJM. April 10, 2020),対照群がないため評価が難しい状態であった.今回,武漢の10施設で行われたランダム化比較試験の結果が報告された.組み入れ基準は18歳以上で,発症から12日以内,低酸素血症と画像上肺炎を認める症例とした.治療群(静注10日間):プラセボ群=2:1で割り付けられた(158名:79名).主要評価項目は臨床的に改善するまでの日数で,改善の定義は,6段階スケールで2段階改善するまでの日数,もしくは退院までの日数のいずれか早い方とした.主要評価項目は両群間に有意差なし(治療群:プラセボ群=21.0日:23.0日,ハザード比1.23)(図5).死亡率も有意差なし(14%:13%).患者発生が減少して予定人数が集まらず,統計的検出力が低下したことを考慮しても,PCR検査によるウイルス排出量や,28日後のPCR陰転化例の割合にも有意差なく,かつ治療群では有害事象のために中止した患者が多かった(12%対5%)ことから,明らかに失敗だろう.→ 米国立アレルギー・感染症研究所(NIAD)は,レムデシビルは回復期間を短縮する(11日対15日;P<0.001)とプレスリリースしたが,論文は未発表.こんな中途半端な状況で日本は本当に「特例承認」するのだろうか?にわかに信じがたい.



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする