Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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プログラニュリンは脳梗塞に対し,多面的な脳保護作用を有する

2015年04月03日 | 脳血管障害
脳梗塞急性期の根本療法として使用できる薬剤は,組織プラスミノゲンアクチベーター(tPA)のみである.しかしtPA療法の恩恵を受ける脳梗塞患者は5%未満にすぎない.この理由は,発症から4.5時間を超えると脳出血の合併率が急増し,予後が増悪するためである.このため出血合併症を防止する血管保護薬の開発が進められている.私達,新潟大学脳研究所脳循環代謝チームではこれまで,自家血血栓によるラット脳塞栓モデルを用いて,血管内皮増殖因子(VEGF)の抑制がtPA療法後の出血合併症を抑制し,予後を改善させること(J Cereb Blood Flow Metab 2011),ならびにアンギオポイエチン1の補充がtPA療法後の出血合併症を抑制することを示した(PLOS ONE 2014).現在,前者に関しては米国ベンチャー企業と臨床試験を目指している.

また私達は,核蛋白であるTDP43(43kDa TAR DNA結合蛋白)が脳虚血後に限定分解され,その結果.核外に移行し,虚血に伴う神経細胞死に関与する可能性を報告した(J Neurochem 2011).その後,このTDP43の限定分解を上流で抑制する自己分泌型成長因子プログラニュリンについて注目し,解析を行なったところ,①ラット一過性脳虚血モデルにて,生存神経細胞や血管内皮細胞,ミクログリアにプログラニュリンの発現が誘導されること,②プログラニュリン・ノックアウトマウスに対する一過性脳虚血実験で,野生型と比較し,脳浮腫が著明に増悪し,その機序としてVEGFを介していること,③in vitroの実験系において,プログラニュリンはTDP43の核外移行抑制を介する神経細胞保護作用,IL10を介する抗炎症作用を有すること,そして④ラット脳塞栓モデルにて,プログラニュリンをtPAとともに静注すると,出血合併症の抑制に加え,脳梗塞サイズおよび脳浮腫サイズを抑制し,予後を改善することが判明した.つまりプログラニュリンはTDP43を介した神経細胞保護,VEGFを介した血管保護,IL10を介した炎症抑制という3つのメカニズムで,脳虚血に対し脳保護的に作用する.従来のような神経保護単独,血管保護単独といった治療ではなく,多面的な作用を持つという意味で「脳保護薬」という名称を用いたい.現在,日本医療研究開発機構(AMED)および国内製薬企業と臨床応用を目指した研究を行っている.

さてこのプログラニュリンは,細胞の増殖や創傷の治癒などに関与することが知られているタンパク質である.もともと東京大学農学部西原真杉教授らのグループが,その脳における発現が性ホルモンであるエストロゲンにより促進されること,そして脳の性分化や神経新生に関与することを発見した.また近年,その遺伝子の変異によるハプロ不全が前頭側頭葉変性症を引き起こすことや,アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症等の神経変性疾患の発症リスクを高めることも明らかになっている.これらは,プログラニュリンが神経保護作用をもつことを示唆している.変性疾患の発症にかかわる変異分子が,本来は虚血神経細胞の保護に作用するのは興味深いと言える.一方,プログラニュリンは脳梗塞モデルにて血管保護に関与する可能性や,腎梗塞モデルで腎保護作用を有すること,慢性関節リウマチの動物モデルにて炎症を抑制することも報告されている.これらの知見から,非常に多彩な作用をもつことが推測される.この分子の脳梗塞における作用を詳細に解明すること,臨床試験の実現すること,そして治療薬として患者さんに届けることがこれらからの目標である.

Kanazawa M et al. Brain 2015, on line
 



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