Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソニズムに伴う幻視 ―practical neurology誌のご紹介―

2008年07月28日 | パーキンソン病
 私の好きな医学雑誌のひとつにpractical neurologyがある.あまり知られていないかもしれないが,JNNP誌の姉妹誌で,JNNPなどにpublishされたレベルの高い臨床研究を噛み砕き,より実践的な内容を神経内科学の専門家以外のドクターにも伝えようとする雑誌である.とても分かりやすく,実践的で,かつ質の高いreviewを読むことができるので,レジデントや学生さんの勉強の資料として,また専門医であっても知識の整理に役立つと思う.さて今回はそのpractical neurologyの最新号の記事What to doのなかから,「パーキンソン病患者に幻覚が出現したら・・・」という内容のreviewを紹介する.著者はオーストリア・インスブルグ大学のPoewe W教授.以下,サマリーを記載する.

 幻視はDLBでしばしば生じ,パーキンソン病でもその経過中40%の患者に生じる.MSA-PやPSPのような疾患より,Lewy body diseaseに比較的特異的に生じる(注.ただしMSAなどでも稀ながら生じうる).通常,その幻視は色彩があり,細部まで細かく分かるがが,「誰かがそこにいた感じがする」とか,「ひとが通り過ぎた」といった軽微なタイプもある.

 幻視の出現に関しては,加齢と認知機能低下が最も重要な危険因子だが,外的要因として,脱水や感染,電解質異常も重要である.もちろん薬剤(抗パ剤や他の中枢神経系薬剤)も重要である.抗パ剤のなかではL-DOPAと比べ,ドパミン・アゴニストが重要であるが,治療を開始して早期に幻視が出現した場合はParkinson disease with dementia(PDD)である可能性が増加する.
 
 治療方針としては,すぐに非定型抗精神病薬を開始せずに,脱水や感染,電解質異常の有無を確認し,あればその治療を行う.つぎに内服薬の調節を行うが,以下の順番を勧めている.

1. 抗コリン剤,セレギリン,シンメトレル中止
2. アゴニストの減量・中止
3. L-DOPA減量

これでも幻視が残存する場合には以下を行う.
1. PDDの可能性が高い場合,コリンエステラーゼ阻害剤(rivastigmine 3-12 mg/h;日本未発売)を開始する
2. もしくは非定型抗精神病薬を開始する.まずセロクエル眠前 25mgから開始し,200mgまで増量可能.クロザピン(世界初の非定型抗精神病薬.日本未発売)は第2選択で,その場合,毎週採血を要する.

 治療の最後の部分で1に関しては日本のガイドラインに記載がなく興味深い.確かに個人的にもDLBの幻覚にアリセプトが明らかに有効であることは経験しており,コリンエステラーゼ阻害剤はPDDやDLBの幻覚に試してよいのかもしれない.一方,非定型抗精神病薬のクロザピンは世界初の非定型抗精神病薬で,最も効果があると言われるが,無顆粒球症や心血管障害,けいれん発作などの危険な副作用を発現する.最も効果的かつ最も危険な非定型抗精神病薬とも評されている .

Pract Neurol 8; 238-241, 2008 
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Critical illness myopathy の予後は悪くない

2008年07月21日 | その他
 敗血症や多臓器不全,全身性炎症反応症候群(SIRS)に伴って発症するaxonal motor-sensory polyneuropahtyもしくはmyopathyのことをcritical illness polyneuropathy(CIP)もしくはmyopathy(CIM)と呼び,しばしばICU入室患者において経験する.両者は合併することもある(CIP/CIM).鎮静から解除されても四肢麻痺が残存するといったことで神経内科にコンサルトされることが多い.ステロイドや神経筋遮断薬の使用は危険因子と言われ,積極的に血糖コントロールすることによりリスクが低下すると言われている.

 両者の鑑別のポイントを以下に述べると,CIPに伴う筋力低下は遠位筋優位で,感覚障害の合併もありうるが,意識障害のため感覚障害の評価は難しいことも多い.一方,CIMは四肢近位筋や頚筋の筋力低下が多く,半数で軽度のCKの上昇を伴う.電気生理学的検査では,CIPは軸索型でCMAP,SNAPとも低下するが,伝導速度の低下は見られない.CIMでは筋障害に伴いCMAPが低下することが多い.針筋電図ではshort duration,low amplitude で筋原性変化を示す.当然,有機リン中毒,ボツリヌス中毒,横紋筋融解,頚髄損傷,ギラン・バレー症候群,重症筋無力症,ALSなどの他の疾患の除外が必要になる.しかしよく考えてみると,このCIPとCIMの両者を鑑別する意義,すなわち診断の違いによって予後が変わるのかについては不明であった.

 今回,イタリアからこの両者の長期予後に関する検討が報告された(CRIMYNE study;critical illness myopathy and/or neuropathyの略).1年間の前向きコホート研究で,対象はICU治療時にCIP, CIM,もしくはCIP/CIMと診断された28症例(28/92=30.4%の発症率).うち18例がICU退出時にも残存した.うち15例が生存し退院したが,その内訳は CIP 4例,CIM 6例,CIP/CIM 3例であった(2名は十分な検査協力が得られず診断不能であった).

 1年後の予後としては,CIM 6例では,1例は死亡したものの,残りの5例は完全に回復した(3例は3ヶ月以内,2例は6か月以内).3例のCIP/CIMでは,1例は死亡,1例は回復,1例は後遺症として四肢麻痺を認めた.4例のCIPでは,1例は回復,2例は筋力低下が残存し,1例は四肢麻痺のままであった.

 以上より,CIM のほうがCIPを認める症例より予後が良好である可能性が示唆され,両者の鑑別は予後の推定や長期的な療養の計画を立てる上で重要という結果であった.きっちりと電気生理学的検査を行うことが大切である.

JNNP 79; 838-841, 2008

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多系統萎縮症のred flag(MSA-Pとパーキンソン病との鑑別)

2008年07月14日 | 脊髄小脳変性症
 多系統萎縮症(MSA)には疾患特異的な診断マーカーがないため,その診断は難しい.具体的にはMSA-Pとパーキンソン病(PD)の鑑別は容易ではないが,臨床的にL-DOPAに対する治療反応性が乏しいことや,錐体路症状や小脳失調症状,自律神経症状の合併はMSA-Pを疑わせる警告サインである.

 今回,European MSA study group(EMSA-SG)は,これらのような警告となる臨床的なサイン(彼らはこれをred flagと呼んでいる)が,2つの疾患の鑑別に有用であるのかどうかを検討する目的で,23項目からなる「標準red flagsリスト」を作成した.このなかには早期からの転倒や喉頭喘鳴,いびき,構音障害,嚥下障害,顔面口腔ジストニア,腰曲がり・首下がりのほか,興味深いものとして感情失禁(泣き・笑)やRaynaud現象が含まれている.そしてこのリストを57名のprobable MSA(Gil,an分類)と116名のprobable PDで検討している(ちなみにPDの診断はUnited Kingdom Parkinson’s Disease Society Brain Bank Criteriaに従った).まずこの検討で特異度が95%以上となった14項目をリストに残した(例えばRaynaud現象はMSA-Pで11.1%,PDでは3.4%,よって特異度96.6%で残った).その後,項目を減らす目的で因子分析を行い,最終的に以下の6項目にまでリストを絞った(日本語に訳すとニュアンスが損なわれることがあるので英語で記載する).

1. Early instability
2. Rapid progression
3. Abnormal posture(Pisa症候群,首下がり,手か足の拘縮を含む)
4. Bulbar dysfunction(高度の発声困難,構音障害,嚥下障害を含む)
5. Respiratory dysfunction(日中もしくは夜間の吸気性喘鳴,もしくは吸気性のため息)
6. Emotional incontinence(不適切な泣き,笑い)

 グループは次に,この診断セットを17例のpossible MSAで,経過観察中にprobable MSAに移行した症例群に当てはめた.この結果,2つ以上のred flagをもつ症例では特異度が98.3%,感度が84.2%にまで上昇するという結果であった.またconsensus criteriaではpossible MSAであっても,この診断セットを併用することで,最初の段階でpossible MSAであった症例のうち13症例(13/17=76.5%)でprobable MSA-Pと診断することができ,平均15か月,consensus criteriaのみより早く診断が可能となった.以上より,probable MSAの診断のために,possible MSAであってもred flags診断カテゴリー6項目のうち2項目以上を満たすせばprobableと診断して良いということを,診断基準に追加することを提案したいというのが本研究の要旨である.将来的に開始されると思われる治療介入を意識すれば,早期の診断は極めて重要であり,とても歓迎すべきことではないかと思われ,possible MSAではこの6項目を検討することをお勧めしたい.

追伸;ところで,MSA-PとPDの臨床像の違いについても面白いデータが載っていた.以下に列挙してみる.
たとえばCamptocormiaはMSA-Pで32.1%,PDでは5.9%,よって特異度94.1%
Pisa症候群はMSA-Pで42.1%,PDでは2.5%,よって特異度97.5%
首下がりはMSA-Pで36.8%,PDでは0.8%,よって特異度99.2%
RBDはMSA-Pで43.1%,PDでは27.4%,よって特異度72.6%

Bendingの症状はやっぱりMSAで出やすいことがデータでも分かる.

Mov Disord 23; 1093-1099, 2008 
Comments (3)
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