Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳梗塞に対する血栓溶解薬テネクテプラーゼはアルテプラーゼより優れているようだ

2012年03月25日 | 脳血管障害
脳梗塞急性期の血栓溶解薬として現在認可されている組織プラスミノーゲンアクチベータ(tPA)はアルテプラーゼだけだが,より効果の高い薬剤を求めて検討が続けられている.そのひとつ,テネクテプラーゼは,アルテプラーゼと比較して,24時間後の再開通率(=血栓溶解率)が高く,神経学的所見の改善度も大きかったことが,オーストラリアで行われた第2B相試験で明らかになった(TAAIS試験).

臨床試験の説明の前に,少しtPAの問題点についてまとめたい.tPAによる血栓溶解療法における予後増悪因子として,脳出血の合併が重要視されているが,実はtPA自身も脳出血の誘因となる.その機序として,①出血時間の延長,②プラスミンによる基底膜構成蛋白の分解,③再灌流に伴うフリーラジカルの産生,④マトリックスペタロプロテアーゼ(MMP)の活性化が指摘されている.アルテプラーゼは,他の蛋白との相互作用により,興奮性神経毒性や血小板由来成長因子(PDGF-CC)の活性化,ミクログリアの活性化も引き起こす.

このため血栓溶解作用を高めつつ脳出血合併を来さない薬剤として,テネクテプラーゼやデスモテプラーゼの開発が進められた.テネクテプラーゼ(Genentech, Inc.)はフィブリンの存在下でプラスミノゲンをプラスミンに変換するセリンプロテアーゼであるが,アルテプラーゼcDNAを遺伝子改変してある.具体的にはK1ドメインの2ヶ所のアミノ酸置換と,触媒ドメインの4つのアミノ酸のアラニン置換が行なわれている.この結果,テネクテプラーゼは,アルテプラーゼと比較しフィブリン特異性が高く,PAI-1(t-PAと複合体を形成し,プラスミン産生,つまり線溶系を抑制する)に対して耐性があり,かつ生物学的半減期が長い(アルテプラーゼの10分に対して18分).よって血栓溶解作用の向上と出血合併の減少が期待でき,アルテプラーゼに代わる新規血栓溶解薬となる可能性がある.

さてNEJM誌に報告されたテネクテプラーゼを用いた脳梗塞に対する第2B 相試験(※)をまとめたい.対象は急性期脳梗塞患者75例.Inclusion criteriaは,18歳以上の初回脳梗塞で,梗塞部位は大脳半球,NIHSSは4より大きく,発症前のmRSは2以下の症例.除外項目はアルテプラーゼに準拠している.さらに治療から利益を受ける可能性が高い患者を選択するため,CT画像による選択も併用している.具体的には,まずCTアンギオにて閉塞血管は前・中・後大脳動脈閉塞に限定し,内頚動脈と椎骨動脈閉塞症例は除外した.CT灌流画像にて,梗塞巣の20%以上(体積にして20 ml以上)の低灌流病変が存在することも条件に加えた(すなわち,血流再開により改善するペナンブラ領域が十分残っている症例に限定).介入の方法としては,発症後 6 時間以内にアルテプラーゼ(0.9 mg/kg)を投与する群と,テネクテプラーゼ(0.1 mg/kg または 0.25 mg/kg)を投与する群に割り付けた.主要エンドポイントは,画像と臨床症状の2つを設定した.つまり,24 時間後に灌流強調MRI上で,再灌流がみられた低灌流領域の割合と,NIHSSで評価した 24 時間後の臨床的改善である.

さて結果であるが,3 群にそれぞれ25例ずつ割り付けた.全例の平均NIHSS スコアは 14.4±2.6 であり,投与までの時間は 2.9±0.8 時間であった.2つのテネクテプラーゼ群を合わせると,まず画像のエンドポイントせある24 時間後の再灌流はテネクテプラーゼ群は79.2±28.8%であるのに対し,アルテプラーゼ群は55.4±38.7%と有意にテネクテプラーゼ群で良好であった(P=0.004).一方,24 時間後の臨床的改善はテネクテプラーゼ群は8.0±5.5であるのに対し,アルテプラーゼ群は3.0±6.3とこちらもテネクテプラーゼ群で良好であった(P<0.001).頭蓋内出血またはその他の重篤な有害事象については,両群間で差は認められなかった(脳実質出血の頻度は有意差はないものの,テネクテプラーゼ群4%,アルテプラーゼ群16%).さらにテネクテプラーゼの高用量群(0.25 mg/kg)は,90日目での評価を含むすべての有効性転帰に関して,テネクテプラーゼの低用量群(0.1 mg/kg)およびアルテプラーゼ群よりも優れていた.

以上より,CT 灌流画像に基づいて選択した脳梗塞患者において,テネクテプラーゼはアルテプラーゼと比較して血栓溶解・再灌流と臨床転帰の改善に優れていることが分かり,将来のテネクテプラーゼの臨床使用に期待が持てる結果となった.考察にも書かれているが,今後,適応症例を増やすためにはCT 灌流画像を行わない症例でも有効性を示すことができるのかが大きなポイントとなるものと考えられた.

※第2B 相試験・・・第2相試験は,第2A 相(前期)と第2B 相(後期)に分けられる.前期では複数の用量を用いて治験薬が有効かどうかと,用量を増やすことで効果が強まるかを確認する.後期は検証的な位置づけのことが多く,第2A 相から得られたデータをもとに仮説を立て,その仮説を検証することを目的とする.当然,ここでの仮説はテネクテプラーゼはアルテプラーゼを上回る有効性を持つということ.

A Randomized Trial of Tenecteplase versus Alteplase for Acute Ischemic Stroke
N Engl J Med 2012; 366:1099-1107 March 22, 2012


ABCテレビでの紹介ビデオ(youtube)

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脳の性分化と同性愛

2012年03月18日 | その他
Pride Celebrationはサンフランシスコ最大のお祭りで,いわゆるゲイ・パレードのことだ.ゲイ(gay)とは同性愛の人々,とくに男性同性愛者を意味する.留学中,このパレードを見学に出かけたことがある.参加者全員がゲイというわけではないそうだが,非常にたくさんの参加者がいることと,みなさん陽気であることに驚いた.とても楽しかった覚えがある.

ゲイ・パレード(サン・フランシスコ)の雰囲気

1.脳の性的興奮は視床下部から

書店で興味深い本を見つけた.「同性愛の謎―なぜクラスに一人いるのか (文春新書)」というタイトルだ.動物行動学の著作で知られる竹内久美子さんの新著.まず面白かったのは性フェロモンについて.性フェロモンは昆虫で研究が進められた物質で,匂いとしては感じられないほどの低濃度であっても,脳を性的に興奮させる.何と人間におけるフェロモン候補物質は最近のPETを用いた研究で分かっているそうだ.ラベンダーオイルなど良い匂いをかぐと前梨状皮質,扁桃体,視床下部,大脳皮質嗅覚野といった嗅覚中枢の局所血流が増加する.しかし,男性ホルモンの代表格テストステロンの構造が少しだけ変化し,揮発しやすい性質を持つアンドロスタジエノン(AND)の臭いを女性異性愛者が嗅ぐと,上記部位の血流は増加しない代わりに視床下部の血流量が増加する(ProS One 5; e8651, 2010).この視床下部は,動物が性フェロモンにより交尾を始める際に重要であることが知られている部位であることから,性的興奮の中枢の1つである可能性がある.
そして,男性同性愛者が男性に惹かれるのは,男の性フェロモンであるANDに,視床下部が興奮するためらしい.その血流増加のパターンはANDに対する女性異性愛者とよく似ていた.逆に男性異性愛者や女性同性愛者にANDを嗅がせても視床下部の血流は増加しない.つまり性行動は性フェロモンに対する視床下部の反応で規定されうるというわけだ.一方,女の性フェロモンについても分かっていて,エストラテトラエノール(EST)が有力視されているとのこと.ちなみにANDは汗,とくに脇の下や下腹部などのアポクリン腺からの汗に多く含まれ,ESTは尿に多く含まれるのだそうだ.

2.なぜ同性愛者の頻度は保たれるか?

さてこれから本題.この本によると,生涯にわたり同性とのみ関係を持つ人の頻度は多くの調査で4%,つまりクラスにひとりはいる計算で,一定の割合を保っているのだそうだ.しかし男性同性愛者(バイセクシャルを含む)は男性異性愛者と比べ5分の1程度しか子を残さないという.同性愛者は子を残しにくいはずなのに,なぜ同性愛に関係する遺伝的性質が消え去らず,同性愛者が一定の割合を保ち続けているか? 本書では上記命題に対するさまざまな仮説が紹介され,最終章に一番有力な仮説が示される.わかりやすく書かれているので本を読んでいただきたいのだが,有力な説として,免疫説と遺伝説が紹介されている.

3.免疫説

まず免疫説のヒントはカナダで行われた「男性同性愛者には男性異性愛者と比べ兄の数が多い(Arch Sex Behav 25; 551-579, 1996)」という発見であった.この現象は西洋人以外でも確認された.「たくさん男に囲まれているとその影響で・・・」と考えたくなるところだが,この「兄の人数効果」は血のつながりのない兄弟(養子など)では認められないことから単に環境の問題ではないということが分かった.まだ証明はされてはいないが,おそらく母体が男の子をお腹に宿すと,男の赤ちゃんの成長に必要な物質(Y染色体関連蛋白,候補として一番有名なのはH-Y抗原※)に対して免疫反応,つまり抗体産生が起こる.H-Y抗原はY染色体のSRY遺伝子(sex determining region Y)上に存在する遺伝子により作られるタンパク質で,生殖腺原基を精巣として分化させる作用を持つ.男性から女性に臓器を移植する際には女性には存在しないこの抗原の存在により拒絶反応が起る場合があることが知られている.おそらく,男児を妊娠する回数が増えるほど,この免疫反応は強くなる.この抗体が男児の脳,おそらく性の決定に関わる視床下部に存在するに物質(H-Y抗原)に対し影響を及ぼすという説である.よって脳の男性化が十分に起こらなくなり,男性同性愛者は女性的なのかも説明できる.しかし,同性愛者の頻度は保たれる理由については説明できない.

4.遺伝素因説

もう一つの仮説は,男性同性愛に関係する遺伝子がX染色体上に存在するというもの.その男性同性愛遺伝子が女性に存在する場合,繁殖にとって有利な働きを持っているのであれば,たとえ男性の体に存在して,彼の繁殖に不利になる働きをしたとしても,その不利を十分補いうる.つまり,男性同性愛遺伝子は母方の女に対してのみ,よく子供を産ませる働きをするので,男性同性愛者の遺伝子は残るという仮説である(父方では増えない).実際に男性同性愛者の母と母方のおばでは,男性異性愛者の母と母方のおばよりも,子供の数が多いというイタリアの報告がある(子供の数;2.69,2.32 vs. 1.98,1.51;Proc Biol Sci 271:2217-21, 2004).この現象は別の調査でも確認されている.たしかにそう考えれば,同性愛に関係する遺伝的性質が減少しない(自然淘汰されない)説明がつくかもしれない.しかしそのような原因遺伝子が同定されたわけでもないし,レズビアンについては説明がつかない.

5.その他の仮説

「同性愛の謎・・・」はわかりやすいのだが,どうも話を単純化している印象がある.実際,最近のreviewを読んでみると免疫説,遺伝説のほかにもいろいろな説があり,そんなに単純明瞭ではないことが分かる.

遺伝説・・・双生児研究に加え,分子遺伝学的研究でも可能性が指摘されている.連鎖解析にてXq28が男性同性愛家系に連鎖したとの報告があるが,連鎖しないという報告もあり論争が続いていて,必ずしも確定したわけではないことが分かる.

ホルモン説・・・先天性副腎低形成の女児におけるバイないしホモセクシャルの頻度増加が知られており,成長過程における性ホルモンの影響も可能性がある.妊娠中にdiethylstilbestrol(DES;エストロゲン関連化合物)の妊娠中曝露も女児におけるバイないしホモセクシャルの頻度増加をもたらす.内分泌かく乱物質,例えばプラスチック品の可塑剤として使用されるフタル酸エステルも,男児を「女性化」させる可能性が指摘されている.胎児のニコチン曝露もレジビアンの頻度を増加させるという報告がある.

社会因子説・・・妊娠初期のストレスは男性同性愛者の出現増加をもたらす.

6.おわりに

脳の性文化の領域は重要でありながら,まだまだ未解決の問題が残っているように感じた.今後さらに研究が進みメカニズムが解明され,誤解や偏見をなくす方向に向かうのであれば素晴らしいと思う(逆のリスクもありうる).しかし「なぜ生まれてくるか」のメカニズムにこだわるより,同性愛者が過ごしやすい世の中を考えることのほうが本当は大事であろう.TV等で取り上げられるような興味本意なものでなく,同性愛についてきちんと考える機会を持つ必要があるように思う.その点,「同性愛と異性愛 (岩波新書)」はホモフォビア(同性愛嫌悪)の実情,カミングアウトの意味,同性愛者が肯定的に生きていくための取り組みなどを紹介していてとても考えさせられる.

同性愛の謎―なぜクラスに一人いるのか (文春新書)

同性愛と異性愛 (岩波新書)

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「シワのある霊長類の脳」を用いた脳梗塞治療研究

2012年03月10日 | 脳血管障害
脳梗塞の基礎研究の領域は,よほど大きな発見でもないかぎり,Nature誌のような注目度のきわめて高いジャーナルに取り上げられることは多くはない.しかし最近,カナダからのひとつの論文がアクセプトされた.タイトルは,“Treatment of stroke with a PSD-95 inhibitor in the gyrencephalic primate brain. ”である.“in the gyrencephalic primate brain”は直訳すると「脳にシワのある霊長類の脳において」であり,具体的に言うと「皺脳類」,さらに言うと「マカク属」の「カニクイザル」という小型のサルのことで,これを用いた脳梗塞の治療薬研究の論文である.(シワが強調されているのは,シワのないげっ歯類との対比のためである)

もう一つのキーワードのPSD-95 inhibitorは,正式にはTat-NR2B9cという化合物である.NMDA型グルタミン酸受容体のNR2BサブユニットのC末端の9アミノ酸に,HIV Tat蛋白の11アミノ酸を結合し細胞透過性を高めた20アミノ酸からなる化合物である.これはシナプス後肥厚部タンパク質95(PSD-95)とNMDA受容体の間の相互作用を阻害することにより,神経細胞に有害なシグナル伝達を軽減すると言われている.これまで,げっ歯類の脳梗塞モデルを用いた研究にて,脳虚血に対し神経細胞保護作用をもつことがすでに明らかにされている.つまり本研究は「げっ歯類で有効性が確認されている薬剤をサルのモデルでも確認したぞ」という論文である.

さて具体的な内容だが,モデルは2つの中大脳閉塞モデル(一過性局所脳虚血モデル;transient MCAO)を使用している.脳外科的手術により中大脳動脈を直接クリップし,一定時間後,再開通する.閉塞箇所により,MRIで確認したペナンブラ(ここではPWI/DWIミスマッチの意味)の消退のスピードが異なることを確認している.重症モデルでは虚血3時間後で,灌流低下部位の80%がDWI陽性となり,軽症モデルでは30%未満が陽性となる.この2つのモデルを使用し,PSD-95 inhibitorの有効性を調べている.

主要評価項目としてはT2強調画像で確認した虚血30日後の脳梗塞体積とし,副次評価項目としては,拡散強調画像で確認した虚血4時間ないし24時間後の脳梗塞体積や,30日後の運動機能,病理組織,網羅的なRNA発現変化とした.

結果としては,重症モデル(90分間の一過性脳虚血)にて,PSD-95 inhibitorを再開通の1時間後に投与すると, 24時間後ないし30日後の脳梗塞体積が有意に縮小され,30日後の組織学的評価でも梗塞サイズは縮小していた.また虚血後30日までのいずれの時点でも偽薬群より機能予後が良好であった.RNA発現についても,転写レベルが減少する遺伝子を有意に減らすことができた.

つぎに同じ重症モデルで一過性脳虚血時間を4.5hまで伸ばし,PSD-95 inhibitorを再開通の1時間後に投与しているが,7日目の時点で脳梗塞体積と12時間以降の運動機能が偽薬群と比べ有意に良好であった.

最後に治療可能時間(therapeutic time window)を検討する目的で,軽症モデルを用い,3.5hの一過性脳虚血後,3時間経過した後にPSD-95 inhibitorを投与しているが,14日目における脳梗塞体積が有意に小さく,運動機能も良好という結果であった.いずれにおいても有効性が認められた.

さて本研究がNature誌に取り上げられた意味は何であろうか?正直なところ,すでに有効性が指摘されている薬剤の研究で,驚くような内容のものではない.これはおそらく脳梗塞の神経細胞保護薬開発を目指した研究は今後,こうあるべきだというスタンダードを示そうとしたのではないだろうか.

これまで,げっ歯類を用いた動物モデルで脳梗塞治療薬(神経保護薬)候補が数限りなく報告されたが,ヒトにおける臨床試験で,tPAを除きことごとく失敗した.この結果,薬剤による神経細胞保護はヒトにおいては絶望的という悲観的な考えが支配的になった.しかし本研究は薬剤の有効性を評価するためには,ヒトにより近いサルモデルでその有効性を確認し,その上で臨床試験を目指すべきということを主張し,Nature誌もそれが正しい方向性だろうと認めたということであろう.おそらくこの考え方は他の疾患にも波及していく可能性がある.ただ現実問題としてサルを用いた研究は,さまざまな面でハードルが高く,さらにサルで有効であれば本当にヒトで有効であるのかという確証があるわけではない.しかしいずれにしても本研究は治療研究の方向性に大きなインパクトを与える可能性があり,注目すべき論文である.

Nature. 2012 Feb 29;483(7388):213-7. doi: 10.1038/nature10841. 


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