Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳神経内科医のキャリアパスとリーダーシップ@Brain Nerve誌2022年1月号

2021年12月28日 | 医学と医療
脳神経内科は間口が広いため,自分の取り組みたい領域を必ず見つけることができると言われています.しかし間口が広いがゆえに,さまざまな年代において選択の機会が訪れ,悩むことも多いように思います.私のキャリアパスもまったく予定通りではなく,予想外の出来事の繰り返しでした.人生はまさに偶然とそれに対する決断の連続だと思います.

ユニークなタイトルの本特集号は,脳神経内科医としてのさまざまな時期や岐路において,この先生にアドバイスを伺いたいと思う方々にご執筆を依頼いたしました.若い脳神経内科医や脳神経内科に関心をもつ研修医・医学生に読んでいただきたいと企画しましたが,各原稿は名言やアイデア,驚きに溢れ,時間を忘れて一気に読み終えました.指導医クラスの先生方も参考になることが多いと思います.ぜひ手に取っていただければと思います.最後にご執筆いただきました下記の先生方に厚く御礼申し上げます.

【目次】
◆脳神経内科医のキャリアパスとリーダーシップ(下畑享良)
◆臨床力とは何か?――どのように身につけるか?(福武敏夫先生)
◆文献の探し方,読み方,まとめ方(渡辺宏久先生)
◆症例報告の書き方(阿部康二先生)
◆科学的なプレゼンテーションと発表の仕方(松島理明先生,矢部一郎先生)
◆脳神経内科後期研修医が習得すべきノンテクニカルスキル(安藤哲朗先生,福武敏夫先生)
◆大学院で何をどう学ぶか(勝野雅央先生)
◆海外留学で学ぶべきこと(関島良樹先生)
◆コロナ禍での臨床留学(原田陽平先生)
◆コロナ禍における基礎研究留学(西山修平先生)
◆女性医師のキャリアパスとリーダーシップ――市中病院(饗場郁子先生)
◆女性医師のキャリアパスとリーダーシップ――大学病院(三澤園子先生)
◆脳神経内科で開業するためのキャリアパスは存在するか(目々澤肇先生)
◆キュアからケアへ――在宅診療医へのキャリアパス(渡辺良先生)
◆臨床研究・治験PIのキャリアパス(桑原聡先生)
◆臨床をベースとする基礎研究者のキャリアパスとリーダーシップ(岡澤均先生)
◆脳神経内科医にとっての医系技官のキャリア(桑原宏哉先生)
◆製薬企業で働く医師としてのキャリアパス(藤本陽子先生)
◆大学発ベンチャーの現状と設立のためのキャリア(山本卓先生,横田隆徳先生)

追伸;残念ながらAmazonは執筆時,在庫切れです.年末年始で在庫が復活するのが早くて年明けの2022年1月7日(金)になるそうです.お急ぎの方は,医学書院HPないしお近くの書店でお買い求めください.


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年齢ごとのアルツハイマー病予防

2021年12月27日 | 認知症
期待されたアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」が,有効性を明確に判断することは困難として承認判断が見送られ継続審議になりました.患者さんからほかの予防法について質問を受けたので,論文をもとに説明しました.用いた論文は,243の観察的前向き研究と153の無作為化対照試験を対象としたシステマティックレビューとメタ解析でした.最終的に104の修正可能因子と11の介入が解析されています.

解析の結果,クラスⅠ推奨として19の要因が見いだされました.そのうち,レベルAの強いエビデンスを持つものが10項目(図の緑文字;若い頃の教育,読書やチェスなどの知的活動,後期高齢者の高肥満度の是正,高ホモシステイン血症の改善,うつ病の治療,ストレス軽減,糖尿病治療,頭部外傷防止,中年期の高血圧の改善,起立性低血圧の改善)で,レベルBの弱いエビデンスを持つものが9項目(黒文字;中年期の肥満の改善,後期高齢者の軽度の減量,運動,禁煙,睡眠障害の改善,脳血管疾患の防止,フレイル防止,心房細動の治療,ビタミンC)でした.一方,エストロゲン補充療法とアセチルコリンエステラーゼ阻害剤による介入は推奨されませんでした.

図の文字が小さいので拡大して見ていただくと,X軸は観察的前向き研究の平均年齢と範囲を示し,Y軸は相対リスクを示します.つまりX軸で予防の時期を見て,Y軸で1より大きいほど危険因子,1より小さいほど防御因子となります.こうみると50歳代以降,まだまだ取り組めることがありそうです.運動と食事に気をつけて体重・血圧をコントロール,フレイルも防止をして,知的活動をし,よく眠り,ストレスを減らして・・・言うは易く行うは難しですね.私はまずビタミンCから始めました(笑).
J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020;91(11):1201-1209.(doi.org/10.1136/jnnp-2019-321913)









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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月25日) 

2021年12月25日 | 医学と医療
今回のキーワードは,オミクロン株と迎える冬,レムデシビルは進行リスクが高い外来患者の入院・死亡を抑制する,経口薬モルヌピラビルは,危険因子のある成人患者の入院または死亡のリスクを減少させる,脳静脈洞血栓症のリスクは,アストラゼネカワクチン接種後の若年層で高い,COVID-19感染後の精子の質は妊娠に最適でない可能性がある,です.

◆オミクロン株と迎える冬.
JAMA誌に「Winter of Omicron」という論評が掲載された.3点ほど印象に残った.1つ目は「完全なワクチン接種状態」の定義を変更するかどうかの議論が米国で始まっている点である.現在,米国CDCは,mRNAワクチンの場合,2回接種してから2週間後を「完全なワクチン接種」としているが,多くの大学やスポーツ団体,そしてニューメキシコ州で,ブースター接種まで行って「完全なワクチン接種」と定義を変更したところが増えている.オミクロン株によるブレイクスルー感染が増えてくると,日本でも同様の議論がなされるものと思われる.

2つ目は米国では今後数週間,3つの呼吸器系ウイルスの脅威にさらされる可能性がある点である.それはデルタ株,オミクロン株,そして季節性インフルエンザである.インフルエンザの流行が例年になく少なかった昨年と異なり,今年は流行する可能性が高い.すでにいくつかの大学キャンパスで,インフルエンザA(H3N2)の発生が報告され,CDCのサーベイランスでもすでに2000件以上の呼吸器系サンプルからインフルエンザ陽性反応を検出している. COVID-19とインフルエンザの両者に対するワクチン接種を推進する強力な取り組みが必要である.

3つ目はオミクロン株の出現は,今後,さらなる変異株が出現する可能性を示唆し,そのための対策が必要と述べている点である.阻止できるかどうかは,新たな変異株に対する効果的なサーベイランスと,世界中が平等にワクチンにアクセスできるかどうかに掛かっている.発展途上国におけるワクチン供給や接種を強化する取り組みは,世界全体にとっても役に立つことを認識する必要がある.
JAMA. Dec 22, 2021. (doi.org/10.1001/jama.2021.24315)

◆レムデシビルは進行リスクが高い外来患者の入院・死亡を抑制する.
レムデシビルは,中等度から重度のCOVID-19入院患者の転帰を改善するが,症状があり進行リスクが高い外来患者にレムデシビルを使用することで,入院を防ぐことができるかどうかは不明である.米国から,危険因子(60歳以上,肥満,併存症)を1つ以上有する外来COVID-19患者を対象に,発症後7日以内のレムデシビルの効果を検証するランダム化比較試験(PINETREE試験)が報告された.参加者はレムデシビルの静注群279名(1日目に200mg,2日目と3日目に100mg),または偽薬群283名に割り付けられた.主要評価項目は28 日目までの COVID-19 関連の入院,またはあらゆる原因による死亡の複合エンドポイントとした.この複合エンドポイントの発生は,レムデシビル群で2名(0.7%),偽薬群で15名(5.3%)であった(ハザード比,0.13,P=0.008)(図1).有害事象はレムデシビル群で42.3%,偽薬群で46.3%の患者に発生した.以上より進行リスクが高い非入院患者において,レムデシビルの3日間の使用は許容できる安全性を示し,入院または死亡のリスクを偽薬と比較して87%低下させる.ただしワクチン接種歴のある患者が除外されているため,ブレイクスルー感染に対するレムデシビルの有用性について不明であることや,外来での3日間の静脈注射は現実的に困難であることという問題がある.後者に関しては効果的な経口薬の登場が待たれる.
New Engl J Med. Dec 22, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2116846)



◆経口薬モルヌピラビルは,危険因子のある成人患者の入院または死亡のリスクを減少させる.
厚労省が承認するニュースが報道されている米国メルクの経口低分子抗ウイルスプロドラッグ,モルヌピラビルの効果について報告がなされた.第3相ランダム化比較試験で,対象は軽度から中等度のCOVID-19患者で,重症化の危険因子を少なくとも1つ持つ,非入院のワクチン未接種成人とした.発症5日以内にモルヌピラビルの使用を開始した場合の有効性と安全性を評価した.具体的な主要評価項目は,有効性に関して29日目の入院または死亡の発生率,安全性に関して有害事象の発生率を検討した.参加者はモルヌピラビル群716名(800mgを1日2回,5日間)と偽薬群717名に割り付けられた.29日目までのあらゆる原因による入院または死亡のリスクは,モルヌピラビル群(385人中28人[7.3%])が偽薬群(377人中53人[14.1%])と比較し低かった(差 -6.8%,P=0.001)(図2).29日目までの死亡例は,モルヌピラビル群で1名,偽薬群で9名であった.有害事象はモルヌピラビル群では216/710名(30.4%),偽薬群では231/701名(33.0%)であった.以上より,モルヌピラビルによる早期治療は,危険因子のあるワクチン未接種の成人患者の入院または死亡のリスクを減少させる.
New Engl J Med. Dec 16, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2116044)



最新の病期ごとの治療薬について,分かりやすい図が掲載されていたのでご紹介したい(図3).
New Engl J Med. Dec 22, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMe2118579)



◆脳静脈洞血栓症のリスクは,アストラゼネカワクチン接種後の若年層で高い.
欧州からの報告で,ワクチン接種後の血小板減少症を伴う脳静脈洞血栓症(CVST)の年齢層別危険度を調べた研究が報告された.25カ国の成人2280万人が対象となった.初回接種後28日以内の血小板減少を伴うCVSTの絶対リスクは,アストラゼネカ,ジョンソン&ジョンソン,ファイザー,そしてモデルナの初回接種量100万回当たりそれぞれ4.4,0.7,0.0,0.0であった(推定バックグラウンド率は0.1)(図4).アストラゼネカワクチンでは,絶対危険度は18~24歳の年齢層で最も高く(3.7),70歳以上では最も低くなった(0.2).
Neurology. Dec 17, 2021.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000013148)



◆COVID-19感染後の精子の質は妊娠に最適でない可能性がある.
ベルギーからCOVID-19感染から回復した後の精子の感染性と受胎能力への影響を調べる研究が報告された.対象はCOVID-19感染が確認されたベルギー人男性120名.結論として,SARS-CoV-2ウイルスRNAは,感染後間もない時期,およびそれ以降でも精液中に検出されなかった.しかしCOVID-19感染直後(1か月未満)に検査した男性の60%,感染から1~2か月後の男性の37%,感染から2か月以上後の男性の28%において,精子の平均進行性運動量(mean progress motility)が減少していた.また平均精子数も,感染直後(1か月未満)に検査した男性の37%,1~2か月後の29%, 2か月以上後の6%で減少していた.以上より,感染後1週間以上経過した精液(平均53日)によりCOVID-19に感染することはない.しかし妊娠を希望するカップルに対し,COVID-19感染後の精子の質は最適でない可能性があることを伝える必要がある.また一部の男性に永続的な障害が生じるかの追跡調査が必要である.
Fertil Steril. Dec 20, 2021.(doi.org/10.1016/j.fertnstert.2021.10.022)



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Long COVIDに立ち向かう@#医学界新聞 座談会

2021年12月20日 | 脳血管障害
本日発行の医学界新聞に,私が司会をさせていただき,コロナ後遺症専門外来を担当されておられる髙尾昌樹先生(国立精神・神経医療研究センター病院 臨床検査部・総合内科 部長),そして急性期から後遺症まで長期的な患者フォローを行っていらっしゃる石井 誠先生(慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 准教授)と行ったLong COVIDに関する座談会を掲載いただきました.下記のリンクから全文アクセス可能です.ぜひご覧いただければと思います.
Long COVIDに立ち向かう

【議論の内容】
◆知られざるLong COVID患者の苦悩
◆診療を難しくする多様な症状
◆現在有力なメカニズムの仮説
◆診断・治療の指標開発が急務
◆患者に寄り添い,All Japanでの対応を







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ALSにおけるbad newsの伝え方 ―ALS ALLOW―

2021年12月18日 | 運動ニューロン疾患
ALS患者さんに,病名の告知や人工呼吸器装着の必要性などのbad newsを伝えることは難しい作業です.その理由として,bad newsに対する患者さんの反応は多彩であること,経験豊富な脳神経内科医でも予後の予測は難しいこと,ウェブ上にはALSに関する情報が氾濫し,なかには苦痛や誤解を招くものがあること,bad newsを聞いた際の患者さん,家族の感情に対応する必要があることなどが挙げられます.医師はbad newsを伝えたあとの患者さんの反応に不安や恐れを抱き,bad newsを伝えたくないと思う傾向があります(mum(無言)効果と呼ばれています).よってbad newsを伝えるためのトレーニングが脳神経内科医には必要になります.

医師がbad newsを伝えるためのテクニックはこれまで複数開発されています.がんにおいて開発されたSPIKESや,さらに医師の感情も考慮したABCDEなどがあります.

SPIKES (Setting up the interview, assessing the patient's Perception, obtaining the patient's Invitation, giving Knowledge and information to the patient, addressing the patient's Emotions with Empathetic responses, and Strategy and Summary),

ABCDE (Advance preparation, Build a therapeutic environment/relationship, Communicate well, Deal with patient and family reactions, Encourage and validate emotions)

SPIKESはALSでも有効であることが示されていますが,プロトコールをALS患者さん向けに調整した「ALS ALLOW」というプロトコールが米国から提案されました.名称は図の8つのステップの頭文字になります.以下に8つのステップを紹介します.



ステップ1:出発点を確認する(Ascertain)
まず医師は出発点を確認する必要がある.出発点とは,患者さんとその介護者の考えや意見,信念などである.病気の初期では,診断告知する前に,問題になっていることや,今まで言われてきたこと,インターネットで知ったことなどを尋ねる.病気の後期では,予後やケアの目標,自分たちの方向性を尋ねる.

ステップ2: 対話の機会を残す(Leave opportunity)
話し合いは,対話のための十分な機会を残して徐々に始める.

ステップ3:議論の優先順位をつける(Stratify)
患者さんとその介護者が理解できるように,段階的に情報を提示する.情報や議論を整理し,優先順位をつけ,層別化して提示することが医師の役割である.検証や査読のされたウェブサイトなど,最適な情報源を説明することも有効である.

ステップ4: 情報量を最適化する(Anchor)
情報が多すぎても少なすぎても問題があるので,医師は情報量を適切に固定しなければならない.病気の初期では情報が多すぎると圧倒されたり,時期尚早だったり,不必要だったりするが,少なすぎるとフラストレーションになったり,誤解を招いたり,準備不足になる.病気の後期では,ケアの目標や事前指示についての話し合いが少なすぎると,患者さんや介護者は準備ができず危機的状況に陥る.

ステップ5:反応をありのまま受け入れる(Let it be)
病気の初期には,否認を含むさまざまな反応がみられる.ALSを理解することは,時間をかけて進化するプロセスであり,否認は重要な防御メカニズムである(注;キュブラーロスの死の受容の5段階.否認⇒怒り⇒取引⇒抑うつ⇒受容).否認に反駁することで得るものは少なく,信頼を犠牲にする可能性さえある.しかし病気の後期には否認は準備不足や危機につながるため「Let it be」するわけには行かず,医師は患者に方針についての重要な話し合いを迫らなければならない.

ステップ6:沈黙して聴く(Listen in silence)
医師の沈黙は強力であり,重要であるが,あまり教えられてこなかった.患者や介護者が感情を抑えられない場合,とくに沈黙は有効であり,時にはプライバシーを守るために部屋から出て行くことが有用である.感情が高ぶっているときに話し合いをしようとしても非生産的である.

ステップ7:時間をかける(Offer over time)
議論により患者さん,介護者,医師のいずれもが激しく疲労する.1回の議論で,30~60分が限界なので,改めて話し合いをする.

ステップ8:一致協力する(Work together)
ALSのケアは,医学的なものと心理社会的なものがある.ALS集学的クリニックは重要なリソースであるが,特に病気の初期には圧倒されかねない.精神的,感情的にも準備ができていない人には,単独の医師によるフォローアップが最適である.一方,病気の後期には,在宅ケアやホスピスが適しているかもしれない.医師は,フォローアップの方法とスケジュールを個別に決める必要がある.

いずれも非常に重要であり納得できる内容です.経験的にステップ1をしっかり行い情報収集することはとくに重要だと思います.
Wesleigh F. Edwards, et al. Delivering Bad News in Amyotrophic Lateral Sclerosis -Proposal of Specific Technique ALS ALLOW-. Neurol Clin Prct. Dec 2021; 11 (6) 

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うとうとしたときに「ひらめき」が湧く!

2021年12月13日 | 睡眠に伴う疾患
写真は手に鉄球を持ったトーマス・エジソン像です.エジソンは発明がうまくいかなくなると,鉄球を持って肘掛け椅子で昼寝をしました.睡魔に襲われて眠ると手にした鉄球が落ちますが,その音で目が覚めたときにインスピレーションが湧き上がったという有名な逸話があります.

それから100年以上経った今,フランスの研究者たちが,睡眠と覚醒の間の移行期,すなわち深い眠りの直前のうとうとし始める頃(睡眠医学的にはノンレム期のstage N1)に共通する脳活動が,創造的な閃きを引き起こすか検証しました.ちなみにこの時間帯は,筋が弛緩して,ヒプナゴジア(hypnagogia)と呼ばれる半覚醒状態になりますが,通常は外部から起こされない限り本人は気づきません.

さて実験は103名の眠りやすい参加者が集められ,ほとんど瞬時に解くことができる隠れたルールがある数学の問題を,そのルールを知らずに受けました.その後,右手にボトルを持って,暗い部屋の中で目を閉じて椅子に座って眠ってもらいました.そしてstage N1に15秒以上眠ることで,この隠れたルールを発見する確率が,眠る前の約3倍になりました(覚醒では15/59人:30%であったのに対し,N1後は20/24人:83%).この効果は深い眠りに入ると消失しました.

以上より,睡眠中には創造的なスイートスポット(creative sleep spot)が存在する可能性が示唆されました.さすがエジソンという感じですが,私も早速,ペットボトルを持って試してみたいと思います.
Sci Adv. 2021 Dec 10;7(50):eabj5866.(doi.org/10.1126/sciadv.abj5866)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月11日)  

2021年12月11日 | 医学と医療
今回のキーワードは,米国におけるオミクロン株感染者の特徴,ブースター接種はデルタ株感染による死亡率を大幅に低下させる,ブースター接種はデルタ株感染による重症化率を大幅に低下させる,COVID-19感染小児例における精神・神経症状も自己免疫性の場合がある,です.

2回目のワクチン接種から8ヶ月経過したため,昨日,ブースター接種を受けました.過去2回よりやや腕の痛みやだるさが強いですが,今週のNew Engl J Med誌の2つの論文を読むと,やはりブースター接種はしたほうが安心だと思いました.今回紹介する2番目,3番目の論文になります.ぜひエビデンスをご確認ください.また米国のオミクロン株感染者43名の臨床像がWHOにより報告されています.最初の論文です.

◆米国におけるオミクロン株感染者の特徴.
2021年11月24日にWHOに初めて報告されたオミクロン株は,12月1日から8日の間に,米国の22州から報告されるに至った.初回の追跡調査を行った43名のうち25名(58%)は18~39歳であった. 14名(33%)が,症状の発現または検査結果の陽性化に先立つ14日間に海外旅行をしていた.感染の原因は海外・国内旅行,大規模な公共イベント,家庭内感染であった.うち34 名(79%)は症状出現または検査陽性となる 14 日以上前にワクチン接種を完了し,うち 14 名はブースター接種受けていた(ただし5 名はブースター後14 日以上経過していなかった).6名(14%)はCOVID-19の感染歴があった.多い初発症状は,咳(33名),疲労(24名),鼻水・鼻閉(22名),発熱(14名),悪心・嘔吐(8名),息切れ・呼吸困難(6名),下痢(4名),味覚・嗅覚喪失(3名)であった.ワクチン接種済みの1名が2日間入院したが,これまでに死亡例は報告されていない.
Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR) December 10, 2021. (https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7050e1.htm)

◆ブースター接種はデルタ株感染による死亡率を大幅に低下させる.
イスラエルでは,デルタ株の出現とファイザーワクチンの経時的な効果の低下により,早期にワクチンを接種した集団での感染が再燃した.イスラエル保健省は,この再燃に対処するために,2021年7月30日に3回目のブースター接種を承認した.ブースター接種がCOVID-19による死亡率を低下させるかの検証が報告された.対象は50歳以上で,少なくとも5カ月前に2回の接種を受けたClalit Health Servicesの会員84万3208人とした.うち75万8118人(90%)が54日間の試験期間中にブースター接種を受けた.COVID-19による死亡は,ブースター群では65人(10万人当たり0.16人/日),非ブースター群では137人(10万人当たり2.98人/日)であった.COVID-19による死亡の調整後ハザード比は,ブースター群では非ブースター群と比較して0.10(95%信頼区間,0.07~0.14;P<0.001)であった.以上より,ファイザーワクチンの2回目接種から少なくとも5ヵ月後にブースター接種を受けた人は,ブースターを受けなかった人に比べてCOVID-19による死亡率が90%低かった.
New Engl J Med. Dec 8, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2115624)



◆ブースター接種はデルタ株感染による重症化率を大幅に低下させる.
60歳以上の人にファイザーワクチンのブースター接種を投与したところ,初期の結果が良好であったため,イスラエルでのブースター接種キャンペーンは,少なくとも5カ月前に2回目の接種を受けた若い年齢層の人にも徐々に拡大された.今回,イスラエルにおける重症患者の発生率に対するブースター接種の効果を検証した研究が報告された.対象はイスラエル保健省のデータベースから,2021年7月30日から10月10日までの期間に,5カ月以上前に2回目の接種を受けた16歳以上の469万6865人とした.主要解析では,少なくとも12日前にブースター接種を受けた人(ブースター群)と,受けていない人(非ブースター群)の重症化および死亡の割合を比較した.また,副次的な解析として,ブースター群と3~7日前にブースターを受けた人(ブースター後早期群)の比較を行った.結果は,感染が確認された割合は,ブースター群では非ブースター群に比べて約10倍低く,5つの年齢グループに分けても9.0~17.2倍低かった(図2).またブースター群はブースター後早期群に比べて4.9~10.8倍低かった.主要解析および副次解析における重症化率は,ブースター群では,60歳以上ではそれぞれ17.9倍,6.5倍,40~59歳ではそれぞれ21.7倍,3.7倍と低下した(図2). 60歳以上の高齢者では,死亡率が主要解析では14.7倍,副次解析では4.9倍と低下した.以上より,重症患者の発生率は,調査した年齢層全体で,ブースター接種を受けた人は受けなかった人に比べて大幅に低くなる.
New Engl J Med. Dec 8, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2115926)



◆COVID-19感染小児例における精神・神経症状も自己免疫性の場合がある.
COVID-19の小児における感染で精神・神経症状が出現することがある.これらの患者の脳脊髄液中に抗SARS-CoV-2抗体および自己抗体が存在するかを検討した研究が米国UCSFから報告された.対象はCOVID-19感染が確認され入院し,神経学的診察を依頼された10代の患者3名である.3名は重度の不安から妄想性精神病といった亜急性神経・精神症状を呈した.ちなみにこの期間に入院した感染小児は合計18名であった.対象となった3名のうち,2名に髄液抗SARS-CoV-2抗体が認められた.この2名の患者の髄液中のIgGは,免疫染色を行うと抗神経抗体陽性であった.また免疫療法に良好な反応を示した1名の患者では,統合失調症を含む精神疾患でリスク遺伝子として報告されているtranscription factor 4(TCF4)を標的とする自己抗体が,cell based assayにて確認された(図3).COVID-19感染後,亜急性に神経精神症状を呈する小児では,髄液中に抗SARS-CoV-2抗体と抗神経抗体を有し,免疫療法に反応する可能性がある.
JAMA Neurol. 2021;78(12):1503-1509.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.3821)






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脳神経内科診断ハンドブック 予約開始です!

2021年12月09日 | 医学と医療
◆病態修飾療法の時代に突入した脳神経疾患診療の必携書です.多岐にわたる疾患,複雑化した診断基準と重症度評価をこの1冊で確認できます.日常診療で役立つ,各疾患の基本的事項,診断基準使用のコツ,臨床亜型,今後の課題を考えるうえで役に立つ診断基準の問題点をわかりやすく解説しています.適切な診断と治療のための必須知識をまとめた診察室に常備したいマニュアルとなっています.

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◆以下,ご執筆いただきました先生です(執筆順).この場を借りて,厚く御礼申し上げます.

永山正雄 国際医療福祉大学大学院医学研究科脳神経内科学教授
八木田桂樹 川崎医科大学脳卒中医学教授
猪原匡史 国立循環器病研究センター脳神経内科部長
作田健一 東京慈恵会医科大学脳神経内科講師
井口保之 東京慈恵会医科大学脳神経内科教授
関島良樹 信州大学医学部脳神経内科,リウマチ・膠原病内科教授
堀江信貴 長崎大学脳神経外科講師
藤本 茂 自治医科大学内科学講座神経内科学部門主任教授
和田健二 川崎医科大学認知症学教授
渡辺宏久 藤田医科大学医学部脳神経内科主任教授
石川英洋 三重大学大学院医学系研究科神経病態内科学
冨本秀和 三重大学大学院医学系研究科神経病態内科学教授
前田哲也 岩手医科大学医学部内科学講座脳神経内科・老年科分野教授
下畑享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野教授
中村雅之 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科精神機能病学分野教授
保住 功 岐阜薬科大学特命教授
瓦井俊孝 兵庫県立姫路循環器病センター脳神経内科部長
坪井義夫 福岡大学医学部脳神経内科教授
矢部一郎 北海道大学大学院医学研究院神経病態学分野神経内科学教室教授
池田佳生 群馬大学大学院医学系研究科脳神経内科学教授
吉田邦広 鹿教湯三才山リハビリテーションセンター鹿教湯病院副院長/脳神経内科
瀧山嘉久 山梨大学大学院総合研究部医学域神経内科学講座教授
沖 良祐 徳島大学大学院医歯薬学研究部臨床神経科学分野(脳神経内科)
大崎裕亮 徳島大学大学院医歯薬学研究部臨床神経科学分野(脳神経内科)
和泉唯信 徳島大学大学院医歯薬学研究部臨床神経科学分野(脳神経内科)教授
高橋祐二 国立精神・神経医療研究センター脳神経内科診療部長
勝野雅央 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学教授
橋詰 淳 名古屋大学大学院医学系研究科臨床研究教育学講師
佐橋健太郎 名古屋大学医学部附属病院脳神経内科講師
亀井 聡 上尾中央総合病院神経感染症センター長
濵口 毅 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科脳老化・神経病態学准教授
山田正仁 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科脳老化・神経病態学教授
櫻井謙三 聖マリアンナ医科大学内科学脳神経内科講師
山野嘉久 聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター病態解析部門/脳神経内科教授
林 祐一 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野講師
吉良潤一 国際医療福祉大学大学院医学研究科教授
中島一郎 東北医科薬科大学医学部老年神経内科学教授
河内 泉 新潟大学大学院医歯学総合研究科医学教育センター・医歯学総合病院脳神経内科准教授
横山和正 順天堂大学医学部附属順天堂医院脳神経内科臨床講師
服部信孝 順天堂大学医学部附属順天堂医院脳神経内科教授
木村暁夫 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野准教授
久永欣哉 国立病院機構宮城病院副院長/脳神経内科
清水教一 東邦大学医療センター大橋病院小児科教授
佐野輝典 国立精神・神経医療研究センター病院臨床検査部
髙尾昌樹 国立精神・神経医療研究センター病院臨床検査部部長
吉倉延亮 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野臨床講師
三井良之 近畿大学医学部総合医学教育研修センター・脳神経内科臨床教授
神 一敬 東北大学大学院医学系研究科てんかん学分野准教授
東田和博 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野臨床講師
竹島多賀夫 富永病院副院長/脳神経内科部長・頭痛センター長
大熊壮尚 学校法人聖マリアンナ医科大学脳神経内科特任教授川崎市立多摩病院神経内科部長
今井 昇 静岡赤十字病院脳神経内科部長
中山秀章 東京医科大学睡眠学講座兼任教授
小野太輔 スタンフォード大学睡眠・生体リズム研究所
神林 崇 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構
鈴木圭輔 獨協医科大学脳神経内科主任教授
咲間(笹井)妙子帝京大学医療技術学部臨床検査学科准教授
安藤哲朗 亀田総合病院脳神経内科部長
池田将樹 埼玉医科大学保健医療学部共通教育部門教授
海田賢一 埼玉医科大学総合医療センター神経内科教授
山﨑 亮 九州大学大学院医学研究院神経内科学准教授
橋口昭大 鹿児島大学病院脳・神経センター脳神経内科講師
高嶋 博 鹿児島大学医歯学総合研究科神経病学講座神経内科・老年病学教授
三澤園子 千葉大学大学院医学研究院脳神経内科学准教授
小平 農 信州大学医学部脳神経内科,リウマチ・膠原病内科講師
中根俊成 日本医科大学脳神経内科准教授
村井弘之 国際医療福祉大学医学部脳神経内科主任教授
大野欽司 名古屋大学大学院医学系研究科神経遺伝情報学教授
松村 剛 国立病院機構大阪刀根山医療センター特命副院長/脳神経内科
尾方克久 国立病院機構東埼玉病院副院長/神経内科
諏訪園秀吾 国立病院機構沖縄病院脳・神経・筋疾患研究センター長
井上道雄 国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第一部
西野一三 国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第一部部長
沖山奈緒子 筑波大学医学医療系皮膚科講師
山下 賢 熊本大学大学院生命科学研究部脳神経内科学准教授
高橋正紀 大阪大学大学院医学系研究科生体病態情報科学講座教授
青木正志 東北大学大学院医学系研究科神経内科学教授
前田明子 東京大学医学部附属病院脳神経内科
杉江和馬 奈良県立医科大学脳神経内科学教授
古賀靖敏 久留米大学医学部小児科学教授
井原健二 大分大学医学部小児科学講座教授
下澤伸行 岐阜大学科学研究基盤センターゲノム研究分野教授
酒井規夫 大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻成育小児科学教授
曽根 淳 愛知医科大学加齢医科学研究所講師
池内 健 新潟大学脳研究所生命科学リソース研究センター教授
下島恭弘 信州大学医学部内科学第三教室准教授,リウマチ・膠原病内科診療教授
小池春樹 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学准教授
今 智矢 弘前大学医学部脳神経内科学
冨山誠彦 弘前大学医学部脳神経内科学教授
朝倉英策 金沢大学附属病院高密度無菌治療部(血液内科)病院臨床教授
廣畑俊成 信原病院副院長/リウマチ科
滑川道人 埼玉県立大学保健センター所長
大塚美恵子 国際医療福祉大学脳神経内科病院教授

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世界の感染症専門家が語るオミクロン株 -これまでとはまったく異質な変異株が生じた機序の仮説-

2021年12月08日 | 医学と医療
JAMA誌のインタビューでオミクロン株について議論がなされています.2名は米国の著名な感染症部門の教授,もう1名は疫学・国際保健学の教授です.12月1日の収録ですが,興味深く思った点をメモしました.

◆スパイク蛋白の変異数が35ほどと非常に多く,誰もが驚愕した.この変異体で明白なのは,1つの株が他の人に伝染して変異が蓄積されたものではないということだ.これらの変異はすべて同じ個体,あるいは同じ宿主で発生したことは明白である.系統樹を見てみると,従来の変異株とはまったく異質なものだ.

◆なぜこの変異株ができたかについては2つの説がある.1つはHIVなどの免疫不全の宿主における感染である.感染が長期間になれば選択が起こり,変異が蓄積されるのに十分な時間が得られる.もう1つは「逆人獣共通感染症」の可能性である.つまりSARS-CoV-2ウイルスが他の動物に感染したという考え方である.動物を宿主とした場合,人間を宿主とした場合とはまったく異なる進化を遂げる.それが全く異なるウイルスとして人間の集団に戻ってきた可能性がある.

◆公衆衛生の観点からできることは,ブースター接種の推進,ゲノム配列の決定の規模の拡大,海外からの旅行者を検査する方法をより厳密にすることである.また米国では初回接種を受けていない人が今なお多い.オミクロン株の発生を機に,ワクチン接種を改めて推進すること,そしてすでに接種した人は,ブーストを受けてもらうことが重要である.

◆オミクロン株はモノクローナル抗体による治療効果を失う可能性があるが,これらの変異がどのように相互作用するのか不明であるため判断は難しく,データを待つ必要がある.そもそも世界の大部分の国では,モノクローナル抗体は使用できないので,やはり経口抗ウイルス剤の開発が求められる.

◆オミクロン株に対するワクチンの効果を検証する研究も時間がかかる.あらゆる種類のバイアスや交絡因子をコントロールする必要があるためである.

◆オミクロン株の出現で,すべてがまた最初から始まったように感じられる.しかし,パンデミックが始まった頃に比べればはるかに進歩している.ワクチンも治療薬も出てきた.解決しなければならない問題は山積しているが,私たちは驚異的な進歩を遂げている.まだまだ先のことのように感じるが,この疾患を克服するという魔法のポイントに向かって進んでいる.

JAMA Dec 6, 2021(Video 42 min 31 sec)
Infectious disease experts Adam Lauring, MD, PhD, and Carlos del Rio, MD, join JAMA Associate Editor Preeti Malani, MD, MSJ, for a discussion of the newly emerged Omicron variant.
doi.org/10.1001/jama.2021.22619
(動画はフリーです)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月5日)  

2021年12月05日 | 医学と医療
今回のキーワードは,オミクロン株に関してこれから明らかにすべき疑問,ファイザー・ワクチン2回目の接種90日後には感染リスクの緩やかな上昇が見られる,long COVIDやワクチン後副反応に抗イディオタイプ抗体が関与する可能性がある,です.

◆オミクロン株に関してこれから明らかにすべき疑問.
オミクロン株(B.1.1.529)は11月初めにボツワナで初めて確認された.スパイク蛋白だけで少なくとも32の変異を認める.他の「懸念される変異株(VOC)」で報告された多数の変異を含み,さらにウイルスの複製に不可欠なウイルスRNA複製に関与するRNA依存性RNAポリメラーゼ(nsp12)や,RNA複製時のエラーを構成する酵素(nsp14)にも変異がみられる.オミクロン株は,オリジナルのSARS-CoV-2ウイルスの少なくとも3倍の感染力を持ち,おそらくデルタ株よりも感染力が高いと考えられている.J Med Virol誌では,緊急に解決すべき3つの課題を紹介している.
①オミクロン株がより重篤な疾患や感染の長期化を引き起こすか?
②ウイルスRNA複製に関与するnsp12やnsp14の変異が,オミクロン株に見られる高い変異率を引き起こしているのか?
③オリジナルのSARSCoV-2株に基づいて作成された現在のワクチンが,この新しい変異株に対して保護効果をもつかどうか?
J Med Virol. Nov 30, 2021(doi.org/10.1002/jmv.27491)

またNature誌も複数の解決すべき疑問点をコメントとともに示している.
①オミクロン株に対するワクチンの効果は?(中和抗体,T細胞やNK細胞への影響,リアルワールドでの入院に対する保護率等)
②ブースター接種でオミクロン株に対する防御力は向上するのか?(ロックフェラー大学のウイルス学者Paul Bieniasz教授は,ブースター接種者は中和活性を持つ可能性がかなり高いと述べている)
③オミクロン株感染はこれまでの変異型と比べて,より軽症もしくは重症か?(変異株の違いによる重症度への影響を明らかにするのはかなり難しく,年齢,ワクチン接種の有無,経済的困窮などの要素を一致させた2グループで症例対照研究を行う必要がある)
④オミクロン株はどの国に拡散しているか?(迅速にウイルスの配列を明らかにする能力は,裕福な国に集中しているため,オミクロン株の拡散に関するデータには偏りがある.ウイルスサンプルの5%をシークエンスするように各国に求めるガイドラインがあるが,そのような余裕のある国はほとんどない.一部の国が南部アフリカ諸国に対して行った渡航禁止措置は,頑張って取り組んだ国を罰するもので,各国政府によるゲノム監視データの共有を阻害する恐れがある)(図1も参照;WHO.12月1日データ)
Nature. Dec 2, 2021(https://www.nature.com/articles/d41586-021-03614-z)



◆ファイザー・ワクチン2回目の接種90日後には感染リスクの緩やかな上昇が見られる.
イスラエルからファイザー・ワクチンの2回目の接種を受けた人において,接種後の経過時間とCOVID-19感染のリスクの関連を検討した研究が報告された.対象は2021年5月から9月の間に,2回のワクチン接種から少なくとも3週間後にPCR検査を受けた18歳以上の成人で,COVID-19感染の既往がない者とした.調査期間中に 8万3057 人がPCR 検査を行い,9.6%がPCR陽性であった.陽性となった人では,ワクチン接種からの経過時間が有意に長かった(P<0.001).ワクチン接種から90日以上経過した時点での感染の調整オッズ比は,基準(90日未満)と比較し,90~119日で2.37,120~149日で2.66,150~179日で2.82,180日以上で2.82と有意に上昇した(各30日間隔でP<0.001;図2).以上より2回目のワクチンを接種した人において,少なくとも90日後に感染リスクの緩やかな上昇が見られた.
BMJ 2021;375:e067873(doi.org/10.1136/bmj-2021-067873)



◆long COVIDやワクチン後副反応に抗イディオタイプ抗体が関与する可能性がある.
New Engl J Med誌に,COVID-19感染ないしワクチン後における抗イディオタイプ抗体の役割について議論した記事が掲載された.ここでの抗イディオタイプ抗体は,感染ないしワクチンによって作られる抗スパイク蛋白に対する抗体の可変領域の一部を抗原として認識する抗体である.これまでほとんど議論されてこなかった.

抗イディオタイプ抗体の概念は1974年に提唱され,1983年にウイルス感染後に起こる自己免疫疾患との関連性が示唆され注目された.具体的には,コクサッキーウイルスB3に対する抗イディオタイプ抗体は,心筋細胞抗原と結合して自己免疫性心筋炎を引き起こしたり,アセチルコリン受容体のアゴニストとして働き,ウサギに重症筋無力症様症状を引き起こしたりする.よってウイルス感染後の新たな疾病の発生や,ワクチン接種後に起こる種々の副反応との関連も示唆されてきた.

図3のAb1は,感染ないしワクチン後に産生されるスパイク蛋白を中和する抗体を示す.Ab2はAb1に対する抗イディオタイプ抗体を示す.このAb2はさまざまな作用を持つ.まずAb1と結合して免疫複合体を形成しそのクリアランスをもたらし,Ab1の効果を減弱させる.またAb2のなかには,抗原結合ドメイン(パラトープ)が,元の抗原(スパイク蛋白)そのものと構造的に似ているものがある.このためスパイク蛋白と同じ標的であるACE2に結合し,ACE2の機能を阻害することも促進することもあり,細胞傷害性に作用する可能性もある.つまりウイルスが存在しなくなった後も,Ab2がACE2に結合して症状が持続し,後遺症(long COVID)を招く可能性がある.神経組織でもACE2が発現することから感染やワクチン後の神経症状に関与する可能性もある.またワクチンコンストラクトの違い(RNA,DNA,アデノウイルス,タンパク質)によっても,Ab2の誘導に異なる影響が生じる可能性があり,mRNAワクチン後心筋炎や,ウイルスベクターワクチン後VITTといったワクチン特有な副反応の発現に関わる可能性がある.今後の検討が必要である.
New Engl J Med. Nov 24, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMcibr2113694)





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