Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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髄液プログラニュリンは,中枢神経における腫瘍転移の有望な診断バイオマーカーである

2018年01月27日 | その他
中枢神経への腫瘍の転移を正確に診断することは,予後の推定と適切な治療のためには非常に重要である.しかし早期診断は非常に難しい.通常,その診断は画像検査や髄液診断にて行うが,これらの方法では感度,特異度に問題がある.このため,髄液を用いたバイオマーカーを発見する試みが多くなされてきた.例として中枢神経リンパ腫では,可溶性IL2受容体,β2ミクログロブリン,フェリチン,AT-Ⅲ,特異的なマイクロRNAの組み合わせ,ネオプテリン,オステオポンチン,ケモカインが上昇することが報告されている.しかしいずれも中枢神経における腫瘍転移のバイオマーカーとして使用されていない.またフローサイトメトリーは感度が高く,少量の髄液からも悪性腫瘍細胞を検出可能であるが,コストや簡便さにおいて問題がある.このためしばしば脳生検が行われるが,侵襲的であり,部位的に施行困難な症例もあり,病理学的にも判断が困難な場合もある.すなわち,より簡便で感度・特異度の高い診断バイオマーカーが求められている.

一方,プログラニュリン(PGRN)は分泌型の成長因子で,様々な生理作用を有している.神経内科領域では,PGRN遺伝子の変異が前頭側頭型認知症やセロイドリポフスチン症を引き起こすことで有名であり,これらの疾患においては髄液PGRN濃度が低下する.また私たちは動物モデルを用いた検討で,組み換えPGRNが脳梗塞に対し,血管保護,神経細胞保護,抗炎症作用を介して脳保護的に作用する新しい治療薬になる可能性を明らかにし,臨床応用を目指している(Brain 2015).

またPGRNは細胞分裂を刺激し,腫瘍形成を促進することが知られている.がん細胞株でも高度に発現し,また肝細胞がん,卵巣がん,乳がん,子宮がん,子宮横紋筋肉腫,胆管がん,リンパ球性白血病,非小細胞がん,膀胱がん,神経膠芽腫なども高発現することも知られている.しかし,これまで中枢神経における腫瘍転移において,髄液PGRN値を検討した報告はない.このため,岐阜大学神経内科・老年学の木村暁夫准教授をはじめとするチームにより中枢神経における腫瘍転移症例の髄液PGRN値が測定され,非常に重要な所見が得られた.

対象は,病理学的に診断した中枢神経悪性リンパ腫患者12名と中枢神経浸潤のある癌患者10名,中枢神経浸潤のない悪性リンパ腫患者6名,中枢神経浸潤のない癌患者11名,感染性神経疾患患者37名,自己免疫性神経疾患患者45名,非炎症性神経疾患患者89名,機能性神経疾患患者20名の合計230名の髄液PGRN値をEIA法により測定し,各疾患群間で比較した(図).中枢神経悪性リンパ腫と中枢神経浸潤のある癌患者の間には,PGRN値に有意差を認めなかったが,両群ともに中枢神経浸潤のない悪性リンパ腫や癌,その他の非腫瘍性神経疾患群との間に有意差をもってPGRN値の上昇を認めた.検査の精度を示すROC(receiver operating characteristic curve)曲線による解析の結果,髄液PGRN値による中枢神経悪性リンパ腫と,中枢神経浸潤のない悪性リンパ腫および非腫瘍性神経疾患との識別能はROC曲線下面積(AUC) 0.969と極めて良好で,さらに中枢神経浸潤のある癌と,中枢神経浸潤のない癌および非腫瘍性神経疾患との識別能もAUC 0.918と極めて良好であった.

すなわち本研究は,中枢神経浸潤のある悪性リンパ腫および癌患者の髄液において,髄液PGRN値が上昇をすることを初めて報告しただけにとどまらず,悪性リンパ腫患者や癌患者の経過観察中に髄液PGRN値を測定することにより,これら疾患の中枢神経浸潤の合併を疑うことができ,早期診断,早期治療につながることを示した重要な研究である.髄液PGRNは,中枢神経における腫瘍転移の有望な診断バイオマーカーであり,今後,臨床応用を目指した努力を加速させたい.

Kimura A, et al. Higher levels of progranulin in cerebrospinal fluid of patients with lymphoma and carcinoma with CNS metastasis. J Neurooncol. 2018 Jan 16. doi: 10.1007/s11060-017-2742-z. [Epub ahead of print]


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ノーベル化学賞から見たポリグルタミン凝集体

2018年01月23日 | 脊髄小脳変性症
【ポリグルタミン凝集体と私】
私が初めて取り組んだ研究は,ハンチントン病や遺伝性脊髄小脳変性症の病因蛋白に含まれる「伸長ポリグルタミン鎖」が細胞に与える影響を明らかにすることであった.培養細胞であるCOS細胞やHeLa細胞にトランスフェクション法により一過性に病因遺伝子の導入を行い,伸長ポリグルタミン鎖が核の近傍に塊,すなわち凝集体を作る様子を毎日毎日,蛍光顕微鏡で観察した(図A).先輩医師と取り組んだこの研究は,凝集体の形成におけるトランスグルタミナーゼの関与と,治療としてその阻害剤が有用である可能性を示し注目された(Nat Genet 1998).その後,私はこの凝集体の意義を寝ても覚めても(笑)考え続けて,①ポリグルタミン鎖は細胞骨格の微小管に沿って輸送され,微小管形成中心という核近傍の構造物内に集められること(Neurosci Lett 2002;図B-D),②神経細胞の生存に必要なCREB転写に必要な転写コファクターTAF130は伸長ポリグルタミン鎖と結合し,凝集体内にトラップされ,CREB転写が機能しなくなることを明らかにした(Nat Genet 2000).ちなみに図Aの矢印はGFPタグ付きで緑色に光る,伸長ポリグルタミン鎖が形成する核近傍の凝集体,図Bは微小管形成中心を示すマーカーであるγチュブリンの局在,図Cは細胞骨格ビメンチン,図Dはβチュブリンとの関係を示している.

現在,伸長ポリグルタミン鎖の毒性はオリゴマーにあると考えられ,凝集体形成は細胞が毒性を軽減するための保護機構であると考えられている.また伸長ポリグルタミン鎖はin vitroではfibril (線維を構成している微小な組織単位)を形成することが報告されているが,細胞内ではどうななのか明らかにすることは技術的に困難であった.

【ノーベル化学賞,クライオ電子顕微鏡の登場】
クライオ電子顕微鏡(Cryo-Electron Microscopy)は,構造生物学者が原子レベルの分解能で構造解析を行なうための手法である.2017年,開発に関わった3人の研究者がノーベル化学賞を授与されたことは記憶に新しい.これまで原子レベルで生体分子の構造解析を行なう方法は,X線結晶構造解析と核磁気共鳴のみであったが,第3の構造解析法として注目されている.「クライオ」は「低温・冷凍」の意味の接頭語であるが,水が氷になれないほどのスピードで,極低温により急速凍結し,「ガラス質(アモルファス)の氷」で凍結水和した試料を観察することにより,試料の超微細構造を損なわずに元の状態のまま観察することができる.このため従来困難であった巨大なタンパク質や複合体が解析できる.

【クライオ電子顕微鏡から見たポリグルタミン凝集体】
ドイツを代表するMax Planck研究所の研究者らは,ハンチントン病の病因タンパク質ハンチンチン(Htt)をコードする遺伝子のうち,伸長CAGリピート(97リピート)を含み,GFPタグが付いたハンチンチンエクソン1(Htt97Q-GFP exon1)をマウス初代培養神経細胞に強制発現させた.図Eは前者に発現させたものであるが,私が塊として見ていた凝集体は,青色で示したアミロイド様のfibrilが放射状に伸びた構造物であったことが分かる.その周囲にある緑色の構造物はリボソームで,赤が小胞体膜,金色がミトコンドリアである.小さな四角を拡大したものが図Dで,小胞体の膜がfibrilによって串刺しにされ,形態が歪められていることが分かる.一方,核内にも凝集体ができるが,核膜には異常な形態変化はなかった.さらにHeLA細胞にて同様の実験を行い,やはり小胞体膜の形態に障害が生じていることを確認している.さらに凝集体周囲の小胞体膜動態が著明に抑制されていることを確認している(図G).これらの結果は細胞保護的に作用すると考えられてきた凝集体が,小胞体の膜障害を介して,細胞毒性をもつ可能性を示唆している.

【研究の限界】
私が昔から観察してきたものの正体を見ることができ,しかも非常に美しい画像の連続で,感激しながら論文を読んだ.しかし,本研究のポリグルタミン病の病態解明に対する貢献は乏しいように思う.①全長ハンチンチンではなく,エクソン1のみという人為的な蛋白での検討であること,②過剰発現の実験系であること,③小胞体ダイナミクスを含む多くの実験が非神経細胞を用いていること,があげられる.結果の解釈についても,凝集体による小胞体膜の障害を介した毒性を示したものの,細胞保護的な効果が否定されたわけではない.恐らく凝集体はその両面を併せ持つのだろう.

Bäuerlein FJB, et al. In Situ Architecture and Cellular Interactions of PolyQ Inclusions. Cell. 2017 Sep 21;171(1):179-187.e10.


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すくみ足に対する「パーキン・メガネ」vs「レーザー・シューズ」

2018年01月16日 | パーキンソン病
パーキンソン病の歩行障害に,足を前に踏み出せない「すくみ足」がある.歩行の開始時,方向転換時,狭い場所を通るとき,目標に近づいたときに生じる.転倒やケガにつながり,QOLの低下を招く.薬物療法の効果は乏しい.一方,不思議な現象として「逆説的歩行(kinesie paradoxale)」が認められる.例えば足下に,カラーテープなどで跨ぐもの(視覚的キュー)を示すとすくみが改善します.平地では歩きにくい患者さんでも,階段昇降が可能であるのはこの現象のためである.

私が大学院生の頃,実験を指導してくださったI先生が仰った「わし,すごいアイデアを思いついた!レンズに線を入れたメガネをつくれば,すくみ足が良くなるはずだ(図A)」.研究室のみんなは「それはすごい!」と興奮し,特許出願すべきとか,会社を興すべきとか盛り上がり,そのメガネは「パーキン・メガネ」と名付けられた.その後,I先生がメガネに細工をして,効果を試されたかは不明だが,うまく行かなかったものと思われる.理由は,歩幅は左右で異なったり,抗パーキンソン病剤のオンとオフなどでも異なるため,適切なタイミングおよび位置に,指標をもってくるのが難しいと思われるためである.過去にも「視覚的キュー」を利用する道具がいろいろ作られたが,必ずしも効果は十分ではなかったようである.

今回,決定版とも言うべきデバイスがオランダから報告された.レーザー・シューズである(図B).左右のくつの前面にレーザー発射口が装着され,「クローズループ制御」による線の位置決めがなされる.位置決めに関する理論として,指令だけをしてフィードバックを取らない「オープンループ制御」と,指令からフィードバックを取り,補正を加える「クローズループ制御」がある.後者は,このシューズにおいては,一側の足が着地すると踵のスイッチが押され,その情報をもとに,対側の足を踏み出すのに適したレーザー光が発射されるという仕組みだ.

臨床試験は,21名のすくみ足を認める患者さんにおいて,オン時およびオフ時に,すくみ足を生じやすい環境を含めて歩行していただき,すくみ足の回数とその時間(割合)を評価した.対照は同一人物で,同じシューズを履き,レーザーを止めた状態とした.さて結果であるが,レーザーにより,すくみ足の回数はオフ時で45.9%,オン時で37.7%減少した.すくみの割合もオフ時で56.5% (p = 0.004),オン時で51.4%(p = 0.075)減少した.患者の主観的な改善効果もこの結果に一致した.ただしすくみ足以外の,歩幅などの歩行自体には効果はなかった.また効果に対して,前頭葉機能障害の程度は影響しなかった.

結論として,レーザーシューズは練習もなく速やかに,すくみ足を改善をした.考察の中に,靴では下を向いての歩行になるため,「むしろメガネが良いのではないか!」,つまりグーグルグラスのようなスマートグラスで,前方視野に指標を出したほうが良いのではないかという意見があるかもしれないと書かれていた.しかし著者らは恐らくうまくいかないだろうと言っている.その理由として,かえって気が散ってしまい視野の妨げにもなること,そもそもパーキンソン病患者さんは前屈姿勢があるため下向きの傾向があり,苦にならないこと,下を向くのはすくみ足が出た時だけであることを挙げている.今後は,治療効果の出やすい症例の特徴を明らかにすること,家の中での生活における有効性について評価することが課題である.早期の実用化が望まれる.





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『脳卒中病態学のススメ』の発刊

2018年01月12日 | 脳血管障害
高齢化が進行し,日本人の2人に1人が脳卒中に罹患する時代に突入しました.すなわち,脳卒中の治療薬開発は喫緊の課題であり,事実,他の神経疾患と比べても多くの臨床試験が行われてきました.その背景の一つとして,脳梗塞では,他の神経疾患,例えば病態機序の分からない神経変性疾患などと比較して動物モデルが作成しやすく,in vivoでの実験を行うことができたことが挙げられます.実際に多くの脳虚血に対する神経保護薬候補が動物実験により見出されましたが,そのほとんどの薬剤は臨床試験においてその効果を見出すことができませんでした.その原因は動物モデルとヒトの臨床との相違に関する理解不足や,動物モデルが厳密なデザインのもと行われなかったことなどが考えられています.さらに臨床応用を目指したトランスレーショナルリサーチに関する知識や経験も,圧倒的に不足していました.創薬を実現するためには,以下のような多くのハードルを乗り越える必要があります.

・治療標的分子の適切な決定 
・ヒトの臨床を反映する動物モデルの確立
・知的財産の獲得 
・産学連携の実現 
・臨床試験の成功
・レギュラトリーサイエンスの理解

つまり創薬は基礎研究者や臨床医のみでは実現不可能で,さまざまな領域の多くの専門家を巻き込み,みんなで目標に向かって取り組みを進めるという「チームとしてのつながり」が必要となります.そしてそれぞれのチームによる成功例や失敗例から得たノウハウを共有し,さらにそれを糧にして,新たな創薬にチャレンジし,次の世代に引き継いで行く必要があると思います.

今回,脳卒中の病態と創薬に関する最新の情報を網羅し,さらに各自の経験やノウハウを共有することを目的とした書籍を企画させていただきました.それが標題の「脳卒中病態学のススメ」です.「脳卒中の際,脳で生じている病態を知りたい!」と考えている臨床医は,私の知る限りとても多いことから,この名前に致しました.脳卒中病態学の知識は,日々の臨床において有益であり,その意味で,ぜひ臨床医の先生方にお読みいただきたいと思います.さらに本書は基礎医学からトランスレーショナルリサーチに至るまで広範囲の内容を網羅しており,若手から専門家に至るまで活用できる内容になっています.また脳卒中での創薬の取り組みは,その他の領域の創薬研究の絶好の参考となるため,創薬を志す他の領域の研究者にもお読みいただき,意見を交換させていただきたいと思っています.

編者の私は力不足ではありますが,将来の脳卒中治療を本邦から発信するために,全力で書籍作りに取り組みました.本領域を牽引してきたエキスパートの先生方に加え,脳循環代謝学会や脳卒中学会の学術総会において,「若手脳循環代謝研究者の会」と称して会合を行い,熱い議論を戦わせてきた同志のメンバーにご執筆いただきました.本書の趣旨に賛同し,熱のこもったご原稿をご執筆くださったご著者の先生方に心より感謝致します.2月初旬に南山堂より発刊され,オールカラー,350ページ超えで定価7,000円になります.

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道徳心は脳のどこにあるのか? ―コネクトームから見た犯罪者の脳―

2018年01月08日 | 医学と医療
1.脳の特定の領域は犯罪を引き起こす
脳はひとの心,そのものである.このため脳の病気がひとの心を変えてしまうことがある.つまり,性格や道徳心を変えてしまい,犯罪や暴力につながることさえある.優秀なテキサス大学の学生であったCharles Whitemanは,右側頭葉の脳腫瘍のため性格が変わり,母・妻を含む16人を射殺した(テキサスタワー乱射事件;図Aは新聞記事).脳腫瘍が扁桃核を圧迫し,暴力衝動を誘発していたと推測された.以前,ブログで紹介した,まじめな鉄道建築技術者であったPhineas Gageは,爆発事故で鉄パイプが左目の下から前頭葉の腹側正中前頭前皮質(ventromedial prefrontal cortex; vmPFC)に突き刺さったあと性格が一変し,反社会的,下品で決断のできない人間になった(アメリカの鉄梃事件:図BC).これらは稀な事例ではなく,日常でも前頭側頭型認知症,ピック病では人格障害や反社会的行動が出現し,万引きなどの犯罪行為につながってしまう.

2.40名の犯罪者の脳病変に共通のネットワーク障害を認めた
これらのことから,脳のどの部位の障害が犯罪につながるのだろうかという疑問が生じる.これまでの犯罪者の脳の病変に関する研究では,犯罪者によって病変はさまざまで,また多数例で検討した報告もなく,よく分かっていなかった.裏を返せば犯罪を起こさない正義や道徳心を司る脳の部位は未だ分かっていなかった.

今回,米国バンダービルト大学から,脳に病変を持つ40名の犯罪者に関する検討が報告されている.目的は,近年,研究が進んでいる脳内の各領域を結ぶネットワーク(コネクトーム)を犯罪者脳に当てはめて,共通部位がないか確認しようというものである.つまり,共通する脳のネットワークに生じた障害が犯罪を起こすのではないかという仮説である.

方法は,犯罪者の脳画像検査を報告した論文を集め,40症例を集積している.つぎに脳病変の出現後に犯罪を起こしたという時系列が明白である17症例を対象とした.図Dのように前頭前皮質や眼窩前頭皮質,側頭葉など障害部位はさまざまで,単一の病変では説明がつかない.

次に病変ではなく,病変がつながる脳ネットワークの障害が原因であると仮説を立てた(lesion network mappingという手法である).1000人の健常者の脳コネクトームを調べ作成したデータベースを用いて,17例の障害部位を重ね合わせると,ほとんどが,Gageが損傷を受けたvmPFCと結合しており,さらにdmPFC(dorsomedial PFC;背側正中前頭前皮質)とも結合していた.この「犯罪関連ネットワークパターン(図E赤)」はこれまで報告された神経精神疾患のネットワークパターンとは異なるもので,認知制御や共感・感情移入の領域は含まれていなかった.その一方で,道徳,価値感に基づく意思決定,theory of Mind(他人が自分と同じように考えているという認識部位)のネットワークを含んでいた(図E緑および黄).

最後に,脳の障害時期と犯罪の時間関係が分からないため,最初の検討から除いた23例について,各自の脳ネットワーク障害が,今回特定した犯罪行為と関わるネットワークと重なることを検討し,再現性があることを確認している.

3.本研究の注意点と課題
この論文を読んでまず感じたのは,注目してきたコネクトーム研究がこのような領域に役立ったという驚きである.「脳の回路や活動」を直接見ることができれば,脳や疾患の理解が変わるのではないかと考えていたが,罪を犯す心を解明しうるとは想像もつかなかった.さらに次のことを考えた.
1)将来,脳の病気で自分や周囲の者が罪を犯すかもしれないと考えると非常に怖い.
2)脳の病気により罪を犯した者をどのように罰すればよいのか?
3)自分や周囲の者が犯罪の被害者になり,その犯罪が脳の病気によるものと診断された場合,犯罪や犯罪者をどう考えるだろうか?

加えて,医師として考えたのは以下の3点である.
1)これまで脳病変が原因で罪を犯した者を正しく診断できていたのか?
2)脳病変が原因で罪を犯した者の責任能力を正確に問うことができるのか?
3)脳病変が原因で罪を犯した者,犯すかもしれない者を正しく治療できるのか?
いずれも非常に難しい問題である.それだけこの論文の社会的インパクトは非常に大きい.

しかし,著者も考察で述べているように犯罪行為は脳のネットワーク障害単独で説明がつくものではないことを強調する必要がある.これまで犯罪に対して遺伝,環境因子,社会的サポート,発病前の人格的特徴等が影響することが知られている.さらに著者らの示したネットワークの障害を来す病気は非常に多いが,犯罪を来すのは一部の症例である.この論文を出発点として,多くの領域の人々による議論を要する問題である.

Darby RR et al. Lesion network localization of criminal behavior. Proc Natl Acad Sci U S A. 2017 Dec 18. pii: 201706587. 

【過去の記事へのリンク】
新しい脳の捉え方 ―コネクトーム・脳透明化・次世代スパコン―
Phineas Gageの頭蓋骨と対面する@ハーバード大学



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読書案内(医学生,レジデント篇)

2018年01月02日 | 医学と医療
新年,明けましておめでとうございます.
岐阜大学医学部生協から依頼されて,お勧めの本の紹介文を書きました.丹羽宇一郎さんによる新書「死ぬほど読書 (幻冬舎新書)(幻冬舎)」のなかには,本の好みは人によって違うため「あなたが面白いと思う本を選びなさい」とあり,自分の好きな本を紹介することは野暮な気もするのですが,そうお返事するわけにもいかず,医学生,レジデントに読んでほしい本を選んでみました.

■ 平静の心―オスラー博士講演集
■ 医学するこころ――オスラー博士の生涯 (岩波現代文庫)
いずれも臨床医・研究者・教育者として生きたオスラー博士に関する本です.医師として目指すべき姿を学ぶのに最適です.岐阜大での病棟実習の前に,オスラー先生の次の言葉を紹介しています.「本を読まずして医学を学ぶことは海図を持たずして航海に出るに等しく,患者を診ずして医学を学ぼうとするは全く航海に出ないに等しい」

■ 生き方―人間として一番大切なこと(稲盛和夫)(サンマーク出版)
著者は京セラ・KDDIを創業し,日本航空では会社更生法の適用から2年でV字回復をやってのけた稀代の実業家です.心の持ち方や求めるものが,そのまま,その人の人生を形づくっていくことを教えてもらいました.

■ 精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)(立花隆,利根川進)
若き日の利根川博士が免疫学の新天地を切り開いていく様子は爽やかで魅力的ですし,研究とはどういうものか学ぶことができます.

■ 20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義 スタンフォード大学集中講義(ティナ・シーリグ)
起業家精神とイノベーションの考え方はこれからの医師には必要だと思います.最初,読んだときには感激して,たくさんの付箋がつきました.

■ 僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版 (講談社文庫)(瀧本哲史)
20歳台をどのように行きていくべきかを論じた本として,日本人によるものであればこの著者のシリーズがお薦めです.戦略的思考が必要であることが分かります.医学部生向きのものとしては「君たちに伝えたい3つのこと―仕事と人生について 科学者からのメッセージ」(中山敬一)(ダイヤモンド社)が素晴らしいです.

■ たかが英語!(三木谷浩史)(講談社)
2010年,楽天は「社内公用語英語化宣言」をして社会を驚かせましたが,その過程と結果,日本の英語教育の問題点を綴った本です.英会話が得意でない私はこの本に勇気づけられました.過去にブログで紹介しました.

■ ベッドサイドの神経の診かた(南山堂)改訂18版
神経学の基本を教えてくれる本です.

■ Harrison's Principles of Internal Medicine 19/E (Vol.1 & Vol.2)
医学の共通言語は当然,英語です.学生・レジデントの頃から,たとえよく分からなくても「医学英語を学ぶのだ!」という気概が絶対必要です.世界で活躍する準備を始めてください.

■ Beautiful Brain: The Drawings of Santiago Ramon y Cajal
病理学者カハールが描いたゴルジ染色による脳細胞のスケッチ集です.今年出版されました.あまりの美しさに,今年一番,感激した本です.

最後に宣伝です.岐阜大学神経内科・老年学では一緒に勉強するレジデントを募集しています.当科の様子はフェースブックページより,見学の申し込みはホームページよりお願い致します.「教育第一」を掲げ,濃厚な教育を行なっています.ぜひ見学にお越しください.





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