Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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6時間以内に施行したtPA療法は80歳以上の脳梗塞患者の予後を改善するか? -IST-3 study-

2012年05月30日 | 脳血管障害
毎年,世界中で2200万ほどの人々が脳卒中に罹っており,うち400万人がtPA療法が可能な地域に住んでいるのだそうだ.そのなかで高齢者の割合は年々増加し,80歳以上の患者はtPA療法が可能な国では年100万人ほど存在すると見積もられている.

tPA療法はヨーロッパでは発症3時間以内,80歳未満の患者に限って行われている.またECASS-IIIの結果から4.5時間まで有効であることも分かっている.11の臨床試験(計3977名)を検討したコクランレビュー(2009)では,経静脈的なtPA療法は身体障害を伴わない自立した生存者を有意に増加させる一方,3%の患者に生命に関わる脳内出血をもたらすことを示した.さらに発症6時間まではtPA療法は有効である可能性も示した(もちろん早期治療ほど予後良好となる).ただし,問題点として,80歳以上の患者がリスクの高さから臨床試験にあまり含まれておらず(前述の3977名のうち79名),tPA療法の有効性は不明である点が挙げられる.このためtPA治療基準を満たさない症例,とくに高齢者に対するtPA療法の有効性と治療可能時間の検討を目的として,the third international stroke trial 3(IST-3)が行われた.

研究は国際大規模ランダム化オープン比較試験として行われ,ヨーロッパ諸国を中心に12カ国,156施設で実施された.対象は発症6時間以内の脳梗塞患者で,2000年から2011年までに登録された3035症例であった.実薬・偽薬の2群に無作為に割り付けた.tPAの使用量は0.9 mg/kgとした.特筆すべき本研究の特徴的な点として,明らかにtPA療法が適応と考えられる患者と適応とならない患者は除外したことがあげられる(明らかに適応となる患者には通常通りのtPA療法が行われた).つまり治療効果が期待されるものの適応基準を明確には満たさない患者が対象である.主要評価項目は,発症6ヶ月の時点でのOxford Handicap Score(OHS)による評価で0~2点の,自立した生存者の割合である.

結果であるが,まず患者背景としては80歳以上の高齢者は53%(1617名)含まれていた(90歳以上の210名を含む).前方循環梗塞(TACI)は43%(1305例),心房細動は30%(914例), NIHSSによる重症度評価では16点以上は32%(970例)であった(42点満点で高得点ほど重症).割り付けはtPA療法群1515名,対照群1520名として行われ,全例がITT解析された.2群間において患者背景に有意差を認めなかった.主要評価項目である「発症6ヶ月における自立した生存者の割合」は,tPA療法群で37%(554例),対照群では35%(534例),オッズ比1.13(95%CIは0.95-1.35,p=0.181)と統計学的な有意差を認めなかったが,介入による絶対増加は1000人につき14人(95%CI:20~48)であった.

副次評価項目の6カ月後のOHSスコアの変化では,転帰が良好となった症例は,tPA療法群で27%と有意に多く(オッズ比1.27,95%CIは1.10~1.47,p=0.001),tPA療法群で障害が軽度となる生存者が多かった.また転帰良好な結果が得られる患者を1000人につき29人増加させた.治療開始7日以内の致死性,および非致死性の症候性脳出血の頻度は,tPA療法群で7%(104例),対照群では1%(16例)であり,tPA療法群で有意に高かった(オッズ比6.94,95%CIは4.07~11.8,p<0.0001).死亡率はtPA療法群で27%(408例),対照群で27%(407例)と両群間に有意差なし.しかし,発症7日以内に限るとtPA療法群11%(163例),対照群7%(107例)で,tPA療法群において有意に高かった(p=0.001).逆に発症7日から6カ月間では,tPA療法群16%(244例),対照群では20%(300例)となり,tPA療法群で有意に低かった(p=0.009)。

さらに主要評価項目に対するサブグループ解析が行われた.問題の年齢に関しては,80歳未満の患者は,80歳以上の患者と比較し有意に良好であったが(p=0.029),80歳以上の患者であってもtPA療法により,自立した生存者が1000人につき30人増加し有効性が確認された.

以上より,tPA療法は,80歳以上の高齢者を含むハイリスク患者に対する検討で,主要評価項目である自立した生存者の割合こそ改善できなかったが,発症6時間以内の治療であっても機能予後を改善することが明らかになった.ハイリスク患者において治療効果が得られた意義は大きい.主要評価項目において有意差が出なかった理由としては,tPA療法群で治療開始7日以内の症候性脳出血の頻度,および発症7日以内の死亡率が有意に高かったことが影響しているものと考えられる.

<font color="blue">よってハイリスク患者に対するtPA療法の予後をさらに改善させるためには治療早期の脳出血の合併,すなわち血液脳関門の破綻をいかに防止するか(血管保護療法の開発)が今後重要な意味をもつものと考えられた. 

The Lancet, Early Online Publication, 23 May 2012
The benefits and harms of intravenous thrombolysis with recombinant tissue plasminogen activator within 6 h of acute ischaemic stroke (the third international stroke trial [IST-3]): a randomised controlled trial


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パーキンソン病友の会新潟県支部 定期総会(薬の飲み方と効果的なリハビリ)

2012年05月21日 | パーキンソン病
パーキンソン病友の会新潟県支部の定期総会に参加しました.例年,個別医療相談や病気に関する講演を担当させてもらっていますが,今年は若年性パーキンソン病の患者さんおふたりとのトークショーでした.初めての試みでどんなことになるのかしらと少し心配でしたが,まさに杞憂で,とても楽しい時間を過ごしました.話題になったのは大きく分けて3点で,抗パーキンソン病薬の飲み方,主治医とのつきあいかた,良いリハビリ方法の3つでした.とても参考になったのでご紹介したいと思います.

1.抗パーキンソン病薬の飲み方
興味深かったのは,内服のタイミングと食べ物の影響についてでした.内服のタイミングは「空腹時に内服すると早く吸収され早く効く一方,効果が切れるのは早い.逆に,食後に内服するとゆっくり吸収されて効き始めには時間がかかるが,効果は長くつづく」傾向があることはよく知られています.でも場合によってはその中間の食事中に内服するという方法もあること(なるほど,両方の中間になるということかな).

また薬との組み合わせで注意する食べ物として例に上がったのは,アボガドとバナナ.知らなかったので調べてみると,アボガドに含まれるビタミンB6(ピリドキシン)はL-DOPAの分解を促すそうで,たくさん食べ過ぎると効果が落ちることもあるようです(アボガドの食べ過ぎに注意).またL-DOPAは酸に溶けて吸収されるので,グレープフルーツやレモン,みかんなど柑橘類とかジュースと一緒に取るのは吸収を促しますが(季節,季節の柑橘類を探すのは楽しいとのこと),バナナやバナナジュースは相互作用のためL-DOPAの血中濃度を下げてしまい,症状を悪くしかねないようです.

2.主治医とのつきあいかた
診察室に入るのは一人が良いか家族と一緒が良いか,診察室で言いたいことをすべて言えずに残念に思うことがあるがどうしたら良いか,いうご質問がありました.前者については病気のことをご家族にも理解していただくことはとても大切なことなので,毎回でなくてもよいので一緒に入っていただくことが良いのでは,後者については主治医に伝えたいことを日頃メモに取っていただいて,それを持参することが良いのではとお伝えしました.その他,主治医とゆっくり話をするには診察予約の最後の順番にしていただくと良いとか,主治医にオフの症状を見ていただくことも時に大切であるというお話もありました.

3.リハビリテーションについて
ノルディックウォーキングとカラオケが良いという話になりました.ウィキペディアによるとノルディックウォーキングは2本のポール(ストック)を使って歩行運動を補助して,運動効果をより増強するフィットネスエクササイズの一種で,もとはクロスカントリーの選手が,夏の間の体力維持・強化トレーニングとして,ストックと靴で積雪のない山野を歩き回ったのがはじまりだそうです.背筋が伸びるし,オフの際にも歩きやすくなるなどの効用があるようです.リハビリ用のポールがあり,ポールの長さの調節が必要であること,肘が90°の角度になるようにすること,着地は踵からつくことなど実演もありました.またカラオケはパーキンソン病の症状のsmall voice(小声)にはとても有効だそうです.とくにAKBやラップなど(!)少し早口の歌も効果が高いとのこと.元気も出そうですしね.

トークショーの後に,腰痛とむずむず脚症候群についての講演とブレインバンクのご案内,そして個別医療相談をさせていただきました.和やかで終始笑顔が絶えない楽しい午後となりました.

最後にとても役に立つ本とホームページをご紹介します.

オン・オフのある暮らし―パーキンソン病をしなやかに生きる
今日のゲストのおひとかたを含む,若年性パーキンソン病の3人の素敵な女性たちがご自分の経験をもとに情報をまとめた本です.病気とのつきあいかた,暮らしの工夫,衣服の工夫,食べ物,書く話す,お出かけ・趣味,運動,薬,介護など情報満載で患者さん,家族,医療関係者にもオススメです.

明るく生きるパーキンソン病患者のホームページ
患者さん,家族の情報スペース.充実しています.

ノルディックウォーキング(happyさんのブログです)
Comments (5)
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My Stroke of Insight ―奇跡の脳―

2012年05月12日 | 脳血管障害
回診の際,左大脳の脳梗塞を起こしたものの幸い急速に回復した患者さんに「症状が出たときどんな気持ちでしたか?もしかして気分は良かったなんてことはありませんか」と伺ってみた.患者さんも若い先生方もみなびっくりしてしまったようで「へんな質問をしてしまった」と気がつき,あわてて質問の意図をお話した.実は「奇跡の脳」という本を読んだ影響だ.著者のJill Bolte TaylorのTEDカンファレンスにおけるプレゼンテーションを見てとても関心を持った.アメリカで大ベストセラーとなった本で,すでに読まれた方も多いと思うが,確かに強烈な印象を受けた.

著者は1959年生まれの米国人.統合失調症の兄と健康な自分の脳の何が違うのか知りたいと思い,神経解剖学を志す.ハーバード医学校で研究に携わり,権威あるマイセル賞を受賞する.精神疾患に関する知識を多くの人に啓蒙すべく,全米精神疾患同盟の理事を務めるなどして活躍.その彼女が37歳のある朝,生まれつきの脳動静脈奇形により左大脳に脳出血を発症する.その後8年のリハビリを経て復活し,2008年にはタイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた.

本の原題はMy stroke of insightである.日本語訳には困ったのではないか.というのはStrokeには「脳卒中」に加え「衝撃」,そして「ひらめき・天啓」の意味があり,著者は多義的なニュアンスを込めたのではないかと思われるためだ.では彼女は脳卒中から何を授かり,衝撃を受けたのか・・・

脳卒中の発症時,彼女は「脳科学者であれば願ってもない研究の機会」を得たと考え,自分の認知力が壊れていく過程をしっかり記憶した.そして脳出血の拡大により左脳の機能が徐々に失われると,右脳の機能が前面に現れてくることに気がつく.それは彼女が全く予期しなかった宗教的ともいえる平穏な境地であった!

「脳の中に静寂が訪れ,絶え間ないおしゃべりからひととき解放されたことがうれしかった・・・左脳の言語中枢が徐々に静かになるにつれて,わたしは人生の思い出から切り離され,神の恵みのような感覚にひたり,心がなごんでいきました.意識は悟りの感覚,あるいは宇宙と融合して『ひとつになる』ところまで高まっていきました・・・仏教徒なら,涅槃(ニルヴァーナ)の境地に入ったと言うのでしょう」

脱抑制による右脳機能の表出がこのような形で起こるとは俄に信じがたい気もするのだが,「宇宙との融合」は,死に瀕した人が生き延びて報告する「臨死体験」に似ているし,長く修行した宗教家がたどり着く涅槃の境地は実は右脳が本来持っている機能であるという説もあり本当かもしれないという気もしてくる.著者は,その後,深い心の平和は,右脳の意識の中に存在するため,いつも人を支配している左脳の声を黙らせて,どんな瞬間でも右脳のその回路につなげばよいと考えるようになる.本の後半部分ではそのようなスピリチュアルな話が展開され,脳卒中の体験が彼女の考え方にいかに大きな影響をもたらしたかがよく分かる.いずれにしても著者が指摘するように,右脳と左脳の非対称性を,神経学の側面(局所症状)から説明するだけで満足していてはいけないのかも,つまりトータルな存在としての右脳とか左脳というものも考えても良いのかもしれないと思った.

しかし,この本で一番考えさせられたのは,脳卒中患者さんへの接し方はどうあるべきか,ということだ.以下の著者のことばをお読みいただきたい.

「脳の主な機能が右側に移行したことによって,私は,他人が感じることに感情移入するようになっていました.話す言葉は理解できませんが,話す人の顔の表情や身振りから多くのことを読み取ることができたのです」

「健康な人が,脳卒中を起こした人と話すのがとても不快なのは分かっています.ですが見舞いに来てくれた人々が前向きのエネルギーを見せてくれることが大切なのです.会話することはもちろんできませんが,私の手をとって優しくゆっくりと,彼らがしていたこと,考えていたこと,そしてどんなに私の回復力を信じているかを伝えてくれると,とっても嬉しい.逆に,ものすごく心配なのよぉという負のエネルギーを発散しながら入ってくる人に対応するのはとても辛い」

「私のような状態の人間とのコミュニケーションの方法を,お医者さんたちが知らなかったのは悲しいことでした.気持ちが通じない専門家たちには,エネルギーを吸い取られるだけ.だから私は,そういった連中の要求を無視して自分自身を守ることにしました」

「脳卒中で一命をとりとめた方の多くが,自分はもう回復できないと嘆いています.でも本当は,彼らが成し遂げている小さな成功に,誰も注意を払わないから回復できないのだと,私は常日頃考えています」

「私の脳の『配線』は昔とは異なっており,興味を覚えることも,好き嫌いも,前とは違ってしまっているのです.右脳が支配的になった人格を認めてくれる人が必要だったのです」

脳卒中患者さんのことをどれだけ理解できているか・・・これからはもっとお話を伺ってみたいと思った(実際,このような右脳の体験をした患者さんや見聞きした医療関係者はどのぐらいいらっしゃるのでしょうか?).きっと診療や看護・介護に活かせることもあるように思う.本書にはさらに脳卒中のリハビリの秘訣も書かれている(睡眠がとても大事らしい).脳卒中の医療に関わるもの,脳卒中患者さんや家族もぜひ手にとっていただきたい.必ずしも科学的な内容ではないのだが,今までとは違った側面から脳卒中を考えるヒントになる本である.


奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫) 

TEDカンファレンス
(18分ほどの映像で,日本語字幕もありますのでぜひ見て下さい.聴衆はstanding ovation,本物の脳も出てきます!)


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米国神経学会年次総会2012

2012年05月01日 | 医学と医療
AAN annual meeting 2012@New Orleansに参加した.まず今年の学会の印象は,さらに電子化が進んだように感じた.これまでもTwitterやFacebookを用いた質問の受付や案内告知など行われていたが,今年は印刷物が極力減らされ抄録集も廃止,そのかわりiPadの使用を前提とした複数のアプリが配布された.もう一つの印象は学会をあげて研究費確保に力を入れていると感じた.もともとAmerican Academy of Neurology Foundationという研究支援財団があったが,これをAmerican Brain Foundationに改称し,大々的に宣伝し,より積極的な研究支援活動を行おうとしている.事実,研究費支援のメールも来ていた.研究費をめぐる状況は米国でも厳しいようで,危機感が背景にあるのではないだろうか.

さてお蔭さまで自身の「多系統萎縮症におけるfloppy epiglottis」に関する口演や仲間のポスター3演題も無事終了した.ここでは関心を持った演題を紹介したい.何と言ってもハイライトは参加者全員が巨大な会場(写真をクリック)に集まるplenary sessionで,3日間連続でPresidential plenary session,Contemporary clinical issues plenary session,Frontiers in translational neuroscience plenary sessionが行われた.Presidential plenary sessionで印象に残ったものつぎの2演題.
Epigenetics: A New Science of Brain and Behavior(Mark F. Mehler)
Neurology Collides With the RNA World(Robert B. Darnell)
神経内科の領域にいよいよpost-genomic eraが本格的に到来したことを思わせる内容.ALS(TDP43,FUS,C9ORF27,ataxin-2のshort CAG repeat expansion)やSMA,筋強直性ジストロフィー,タウオパチー(tau遺伝子のsplicing),傍腫瘍性小脳変性症(Hu抗体の対応抗原は神経細胞特異的RNA結合蛋白だった),脳梗塞など病態の理解のみならず,この領域の進歩は診断や治療薬(例えばDNA methylation inhibitor,HDAC inhibitor)への応用が期待されるとのことであった(例えば脳梗塞の領域では以下の文献を紹介していた;Arch neurol 68; 294-302, 2011).

Contemporary clinical issues plenary sessionは注目すべき臨床トピックスが紹介される(招待講演のみならず応募演題からも選出される).面白いのは演題を発表して終わりでなく,予め指名されたその領域のエキスパートがその発表の問題点や今後の展望を講演する点でより理解が深まる.演題としては,治験において患者さんの参加登録に何が障壁になっているか検討した発表(患者側と同等に医師側の問題も大きい)や,多発性硬化症の進行を評価するバイオマーカーとして,MRSにおけるMi/NAA比(アストロサイト活性化と神経細胞障害を反映)が有用という発表,睡眠中の記憶の固定に関する発表があった.個人的にとくに関心を持ったのはハンチントン病の新たな表現型(?)と抗NMDA受容体抗体脳炎に関する2題.少し詳しく紹介したい.

Analysis of the Behavioral Features Conferred by the Intermediate Allele for Huntington Disease in the Prospective Huntington at Risk Observational Study (PHAROS)
ハンチントン病(HD)は原因遺伝子IT15のCAGリピートが36以上に伸長すると発症するが,健常者と罹患者の中間のサイズ(Intermediate size)である27-35リピートを有する人の臨床表現型を明らかにすることを目的とした前向き研究(PHAROS study).HDの発症リスクのある983名のうち50名(5.2%)が中間サイズで,その他346名(35.1%)が伸長,587名(59.7%)が正常範囲であった.中間サイズ保持者をUHDRSスコアにて評価すると,認知,運動の面では異常を認めないものの,アパシー,うつ,自己欺瞞,いらだちの点で患者と同様に高得点であった(うつと自殺の危険性がある).つまり脆弱X症候群に対するFXTASのように,リピート伸長が軽度にとどまった結果生じる独立した臨床表現型ではないかというわけだ.しかしまだ症例数が少ないことや,CAGリピートの閾値はどこか不明などの問題点もあり,まだ確立したわけではないと考えておいたほうがよさそうだ.

Clinical Features, Treatment, and Outcome of 500 Patients with Anti-NMDA Receptor Encephalitis
スペインのDalmau教授とPenn大の共同研究.500名超(!)の抗NMDA受容体抗体脳炎の臨床像を検討し,診療ガイドライン作成の基礎データを作成することが目的である.患者の性別は82%が女性,発症の年齢(中央値)は21歳(範囲1~85歳;36%が18歳未満,4%が46歳以上).42%で腫瘍が発見され,その内訳は95%が奇形腫.12歳以上の女児の55%に卵巣腫瘍を認めるが,12歳未満では8%と減少.12歳未満症例で頻度の高い初発症状は,異常行動,てんかん,運動異常症で,頻度はそれぞれ36%, 35%, 14%.一方,成人では異常行動と記憶障害が 70%,13%と多い.90%の症例で以下の症状のうち4つ以上を呈した(精神症状,記憶・言語障害,てんかん,ジスキネジア,意識障害,自律神経不全,低換気).小児では発症1ヶ月以内に運動異常症と失調が高頻度となり,成人では記憶障害と低換気が目立つようになる.無治療の場合,38%が死亡ないし予後不良となる.治療としては免疫抑制療法が93%で行われ,腫瘍摘出も行われる.完全回復や良好の回復は発症8ケ月で61%,24ヶ月で77%(24ヶ月での死亡率は7%).早期からの治療開始は遅れた場合と比べ予後良好である(75% vs 64%;p=0.001).1st lineの免疫療法(steroids, IVIG and/or plasma exchange)で効果不十分の場合,2nd line免疫療法(rituximab or cyclophosphamide)は,何も追加しない場合ないし1st line免疫療法を繰り返した場合と比較し,有効率が高い(56% vs 27%,p=0.006).脳炎の再発は14%でみられ,うち73%では卵巣腫瘍再発を認めなかった.以上より,本症は重症な疾患だが,可能な限り早期に治療を開始し,腫瘍を摘出,そして強力に免疫療法を進めれば75%は完全ないしほぼ治癒しうることが分かった(ただし時間はかかる).

3日目のFrontiers in translational neuroscience plenary sessionの目的は,いかに基礎研究を臨床に還元するかという自分もとても関心を持っている領域.NIHにおけるtranslational researchの方針(複数施設の共同研究や多数薬剤の網羅的研究など)や,gliomaの領域のシグナル伝達遮断薬を用いた新しい治療,アルツハイマー病におけるamyloid imagingと早期の治療介入の可能性が議論された.面白かったのは,運動(療法)は身体に良いことは自明だが,脳疾患,例えばパーキンソン病(PD)ではどうだろうかとう問題を,動物モデルを用いて示した発表(Exercise and Parkinson Disease: Studies with Animal Models).マウス,ラット,サルのPDモデルで運動効果(トレッドミル,ホイール)を観察.実際,行為の面で改善が得られたほか,ドパミン含有ニューロンにおいてもミトコンドリア機能維持,抗炎症作用,複数のニューロトロフィン分泌やリン酸化キナ-ゼによる神経保護といった現象が確認された.運動療法とは研究テーマとして以外に思ったが,自信を持って患者さんに運動療法の効果をお話でいるという点で,臨床的意義はとても大きいと思われる.

最後に自分の好きなMovement disorder領域のトピック(口演,ポスター)を列挙して終わりにしたい.
来年のAANはSan Diegoで開催です.とても刺激を受ける学会ですのでぜひご参加をご検討ください.


痙性対麻痺の新たな遺伝子が3つ同定された(SPG28, 46, 49).いずれの遺伝子産物も脂質代謝に関連するものであった.

ハンチントン病4078人の解析で,CAGの短いリピートのアレルは発症年齢に影響をしないことがわかった.

フリードライヒ失調症患者由来のiPS細胞が作成された.成熟が遅い点やミトコンドリア膜電位の低下など疾患の病態を反映し,治療や病態研究に有用なモデルになりうる.

成人発症原発性痙性ジストニアの原因遺伝子が判明した(CIZ1遺伝子).CIZ1も含め,ジストニアを引き起こす遺伝子はG1/Sチェックポイントに影響を与える分子が多い(ATM,TAF1,THAP1).

発作性運動誘発性ジストニア(PKD)の一部の遺伝子がPRRT2であることがわかった(カルバマゼピンが有効な典型的PKDにはこのPRRT2遺伝子変異はなく,病因的にヘテロな疾患と考えられた).

多価不飽和脂肪酸摂取が少ないこと,酸化的ストレスを招くパラコート(農薬)曝露が少ないことはパーキンソン病発症リスクを下げる.

PDに関して,生前のコーヒー(カフェイン)摂取量毎に剖検脳のレビー病理を調べたところ,摂取量が多いほど病理変化は軽く,カフェインの抗パーキンソン病効果が確認された.

Parkin変異を認める若年性パーキンソニズムではジストニアの出現頻度が高く,認知症は少ないことを遺伝カウンセリングで情報として使用すべき.

PDでglucocerebrosidase遺伝子変異を有する群は,有さない群と比較して,発症年齢が早く,MCIや認知症の頻度が高い.

VPS35遺伝子変異によるPD13名の特徴は,早期発症以外,一般的なPDと違いはなかった.

皮膚生検組織(汗腺など)に対するαシヌクレインに対する免疫染色が,PDの診断に有用である.

L-dopa/carbidop合剤ゲルの経腸投与がオフ時間を劇的に改善した.

Carbidopaは一部中枢神経に移行し,L-dopaの効果の発現を阻害するという懸念があったが,そのような心配は無用であることが確認された.

メチルフェニデートはSTN-DBS後のすくみ足症状を改善する.

Impulse control disorderに関する初めての前向き試験が報告され,出現率は39.1%と既報より高いことが分かった.

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