Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

PEI/ODI比の低下は多系統萎縮症患者の予後不良を反映する可能性がある.

2023年08月31日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)において認められる睡眠中の突然死のリスクを予測するバイオマーカーが待ち望まれています.岐阜大学と新潟大学,東京医大の共同研究で,終夜パルスオキシメーター検査におけるPEI/ODI比という簡便な指標がそのバイオマーカーになるかもしれないという報告をParkinsonism Relat Disord誌に発表しました.ODI(oxyhemoglobin desaturation index)は,平均酸素飽和度から少なくとも4%低下した1時間あたりのイベント数で,PEI(pulse event index)は,平均脈拍数から6 bpm以上増加した1時間あたりのイベント数です.PEI/ODI比が1未満になると,上気道閉塞による低酸素イベントに対する脈拍反応の鈍化を意味し,高度の低下は突然死のリスクを反映する可能性があります.

対象はMSA患者26例を後方視的に解析しました.ODIの中央値は11.6/h,PEIは8.9/h,PEI/ODI比は0.91で1未満と低下していました(全員が低下するわけではなく,12/26例(46%)では1より高値でした).突然死を来した3人は,0.10,0.91,0.41と全員1未満で,最後の検査からそれぞれ0.7年後,1.3年後,4.2年後に突然死されていました.7人の患者でPEI/ODI比の経時変化を確認したところ,図のようにすべての患者で低下傾向を示し,PEI/ODI/年は-0.43/yearでした.

PEI/ODIの減少の正確な病変部位はまだ明らかではありませんが,MSAの病理学的研究では、腹外側延髄の外側傍巨細胞核(LPGi)にあるGABA作動性ニューロンの喪失が証明されています.これらのLPGiニューロンは,間欠的な低酸素と高CO2血症に反応し,疑核の心臓迷走神経の抑制を増加させ,睡眠中の低酸素と高CO2血症における心拍数の増加に寄与することが知られていますので,論文ではここが責任病変ではないかと推測しました.いずれにしましても,今後,より詳細な終夜ポリグラフ検査(PSG)データを用いた前方視的研究が必要と考えられます.

Ohshima Y, Hokari S, Nagai A, Aoki N, Watanabe S, Koya T, Kanazawa M, Nakayama H, Kikuchi T, Shimohata T.
Variation of respiratory and pulse events in multiple system atrophy. Parkinsonism Relat Disord.
https://doi.org/10.1016/j.parkreldis.2023.105817(原文をご覧いただけます)



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

治療に関する患者さんの意思決定に関して認識すべき2つの言葉

2023年08月27日 | 医学と医療
第19回日本神経摂食嚥下・栄養学会学術集会 福岡大会(大会長 福岡大学 梅本丈二先生)に参加しました.これからの高齢者および神経疾患患者の医療において,摂食嚥下障害,栄養障害への対策は極めて重要で,今後,大きく発展する領域です.今回の学術集会でも非常に活発な議論が行われました.そのなかで教育講演の和泉唯信先生(徳島大学)と,特別講演の荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)による2つの言葉は,若い医療者にぜひ伝えたいと思いました.

①「患者さんの気持ちは日々揺れ動く(和泉唯信先生)」
胃ろうや人工呼吸器装着などの治療に関して一度,意思決定がなされても,その決定で良いのか患者さんの気持ちはつねに変化しうる.このことを理解・認識して,医療者は患者さん,家族を支援する必要がある.(Advanced Care Planningでも,一度決めた治療方針を変更しても良いことを予め伝えておくことも大切)

②「患者さんの言葉をそのまま受け入れてよいのか考える(荻野美恵子先生)」
延命治療はしないと決めているという患者さんの言葉をそのまま受け入れて良いのか熟考する必要がある.胃ろうやNPPVなどの医療処置がなされたときと,なされなかったときの自分の生活がどのように変わるのかを十分に理解できているのか?つまり医療処置のメリット,デメリットの理解が現実に即したものになっているかを検証し,必要があればさらに説明を追加すべきである.例えば胃ろうは単なる延命措置ではなく,回復を目指した栄養管理,投薬ルート確保という意義があることを理解できているかである.

また和泉唯信先生からはALS患者さん・家族に対する「安楽死」に関するアンケートの結果を元に,本邦でも議論を行う必要があるという発言がありました.荻野美恵子先生は装着した人工呼吸器を離脱する消極的安楽死と,海外の一部の国で行われている積極的安楽死・医師幇助自殺(PAS)を区別して議論を進める必要性について発言されました.私は座長を務めましたが,オランダではALSにおける積極的安楽死の頻度が急増し,過去8年で全死亡の25%に及んでいる状況を紹介し,「死を望む患者にいかに医療者は向き合うべきか」を考える必要があると発言しました.

ぜひ日本神経摂食嚥下・栄養学会にご入会いただければと思います.「最期まで食べたい」と望む患者さんに何ができるか,摂食嚥下・栄養障害をめぐる問題をいっしょに学びましょう!今大会の抄録集も公開されています.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

MOG抗体関連疾患(MOGAD)と視神経脊髄炎(NMOSD)と多発性硬化症(MS)のMRIによる鑑別ポイント

2023年08月25日 | 脱髄疾患
標題に関してとても分かりやすい図を掲載した総説がありました.以下,まとめです.

1)視神経(図1)
MOGAD ではガドリニウム造影病変(Gad+)は前方に長く,視神経鞘や眼窩脂肪の異常信号や乳頭浮腫を伴う.NMOSDではGad+は視神経交叉に認められる.MSではGad+は短く,多くの場合,中ほどに認める.Gad+は通常経過観察ですべて消失する.



2)脊髄(図2)
MOGADでは脊髄のT2病変は長大で多発し,脊髄円錐も傷害し,軸位断ではH型を呈する.NMOSDでは単発性で長大で,軸位断で中央に円形を呈する.MSでは多発性,短く,辺縁に認められる.経過観察では MOGADの病変はしばしば消失するが,NMOSDとMSでは残存し,MSでは新たな病変が生じる.



3)大脳病変
①MOGAD(図3)
FLAIR異常信号を,橋,中小脳脚,視床,大脳白質,皮質に認め,Gad+は軟膜・くも膜に認める.6~12ヵ月後の寛解期では,病変の大部分またはすべてが消失する.



②NMOSD(図4)
FLAIR異常信号を第4脳室(最後野),第3脳室,内包,脳梁膨大部に認め,Gad+は上衣に線状に認める.フォローアップでは,異常信号は劇的に減少するが,持続し消失しない.



③MS(図5)
FLAIR異常信号はMOGADやNMOSDより小さく,より末梢に認める.環状または開環状のGad+を伴う卵形および脳室周囲病変である.フォローアップでは,異常信号は残存する.ただしGad+は消失する.



NMOSDでは初回発作後に維持療法を開始すべきであるが,MOGADでは半数以上の症例で単相性の経過を取るため,一般的には2回目の発作が生じるまで維持療法は開始しない.
Cacciaguerra L et al. Treatment. A Tale of Two Central Nervous System Autoimmune Inflammatory Disorders. Neurol Clin. August 07, 2023(doi.org/10.1016/j.ncl.2023.06.009)

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本神経学会 第4回医学生・研修医のための脳神経内科ウェブセミナー (どなたでもご参加いただけます)

2023年08月17日 | 医学と医療
2023年9月10日(日) 13:00から,標題のウェブセミナーを開催します.今回のテーマは「脳神経内科の明るい未来」です.具体的な講演内容は「神経難病の早期診断・治療開発」「アルツハイマー病の疾患修飾薬」「筋疾患の病理」「脳卒中」です.いずれも当学会を代表する第一人者による講演です.

医学生(3年生~6年生)・初期研修医を主な対象としておりますが,どなたでもご参加頂けます.若い脳神経内科医にとっては専門医試験対策,ベテランの先生には生涯教育としてお役立ていただけます.他領域の先生がたにとっても話題のアルツハイマー病の新規抗体薬などの最新情報を学ぶ機会になるかと思います.一般のかたもよろしければご参加ください.参加費は無料です.

事前申込が必要で,個人もしくは団体申込(大学ないし出身大学ごと)をお願い致します.ぜひ各ご教室,ご施設の先生がたより,医学生・研修医にお声がけいただけますと有り難く存じます.こちらからお申し込みをいただけます.締切は2023年9月9日(土) 17:00まです.どうぞ宜しくお願いいたします!!




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オススメの脳神経内科の本2冊のご紹介

2023年08月15日 | 医学と医療
最近,気に入ってオススメしている2冊の本です.
1冊目は「脳神経内科の薬がよくわかる本(野元正弘先生著)」です.非常に分かりやすい本です.脳神経内科医にとって知識の整理に有用ですが,専門外の先生にとって日常診療で即戦力になると思います.昔は「脳神経内科は診断ばかりで治療ができない」と言われた時代がありましたが,この20年で大きく変わり,非常に多くの治療薬が登場しています.超高齢社会になり神経疾患患者は激増していますので,「脳神経内科の薬」を服用している患者さんを診療する機会も激増しているわけです.しかし「脳神経内科の薬」は難しく敷居が高いという話をよく伺います.このようなときに役立つ本です.要点整理から始まり,病態生理,病気の説明,使用される薬剤,処方例,効果と副作用,ひとくちメモ,文献と,コンパクトですがとても分かりやすいです.患者さん,家族にも役に立つ本だと思います.

もう1冊は「700 Essential Neurology Checklists(Ibrahim Uman先生著)」です.私は自分が読んだ論文で臨床に役立ちそうなものをチェックリストとしてEvernoteに保存していますが,まったく同様のことを本にまとめたという感じです.すべてチェックリストでシンプルですが,情報源はNeurology,Brain,JNNP,Practical Neurology,Journal of Neurologyなどで申し分なく,エビデンスに基づくガイドライン,総説,画期的な研究,関連する症例報告に重点を置いています.著者のIbrahim Uman先生は英国で開業している神経学のコンサルタントで,英国王立医師協会(FRCP UK)のフェローであり,神経学に関する著書多数です.有料ウェブサイト「Neurochecklistsを立ち上げ,本書はそれを書籍化したものです.ウェブサイトは毎日のようにどんどん更新されており,この先生の勉強意欲と守備範囲には感心させられます.神経学のあらゆる側面について,便利で実用的,かつエビデンスに基づいた情報を提供するチェックリスト集でオススメです.


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

長期間の原因不明の髄膜炎の鑑別診断として抗NMDA受容体脳炎も考慮する

2023年08月12日 | 自己免疫性脳炎
当教室の山原直紀先生らによる抗NMDA受容体脳炎に関する症例報告です.脳炎に先行して,症例1は60日,症例2は22日間の髄膜炎症状(発熱,頭痛)を認めました.抗菌薬やアシクロビルなどによる治療が行われましたが無効でした.当院に紹介され,脳脊髄液抗NMDAR受容体抗体陽性が判明し,ステロイドパルス療法と血漿交換療法により改善しました.いずれの患者にも腫瘍の合併はありませんでした.またHSV感染やクリプトコッカス髄膜炎,MOGAD,NMOSD,GFAPアストロサイトパチーの合併も認めませんでした.



抗NMDAR脳炎では頭痛や発熱が先行しうるものの,既報では頭痛は2週間以内,発熱は中央値5.5日程度で,これら2症例のような長期の髄膜炎の報告は渉猟した範囲ではありませんでした.長期間の持続する髄膜炎の鑑別診断としてNMDA受容体脳炎も検討する必要があります.
Yamahara N, Yoshikura N, Takekoshi A, Kimura A, Harada N, Mori Y, Shimohata T. Anti-N-methyl-d-aspartate receptor encephalitis preceded by meningitis lasting up to 60 days. J Neuroimmunol. 382; 2023, (期間限定ですが,フリーでDLできます)


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

可逆的な脳ドーパミントランスポーターシンチ異常

2023年08月12日 | 運動異常症
【パート1.カタトニアとは?】
カタトニアは,広範な運動,言語,行動の異常によって特徴づけられる複雑な神経精神症候群です.統合失調症や気分障害に認められることが多いため,精神科領域にみられる神経症候と考えがちですが,感染症(ウイルス性脳炎,神経梅毒,SSPE,プリオン病等)や自己免疫性脳炎(NMDAR脳炎,傍腫瘍症候群,SLE),変性疾患(ハンチントン病,パーキンソン病),低/高ナトリウム血症,自閉症,アルコール離脱症候群,薬剤性などさまざまな原因で生じ,ときどき経験します. 症候学的には,重力に抗して姿勢を自発的・能動的に維持し(posturing),受動的にとらされた姿勢を重力に拮抗したまま保持し(カタレプシー:catalepsy),屈曲の際に検査者に蝋(ろう)を曲げるような感触を与えるという筋トーヌスの特徴を示します(waxy flexibility).



上記の3つがカタトニアでよく認められる運動異常症ですが,他にも多くの特徴があり,正確な診断のためには,この現象の全スペクトルを認識することが重要です.DSM-Vでは以下の12項目のうち,3項目を満たせばカタトニアの診断が可能になります.
1.昏迷(stupor)
2.カタレプシー(cataplexy:受動的にとらされた姿勢を重力に拮抗したまま保持する)
3.蠟屈症(waxy flexibility:他者が姿勢を取らせようとすると,ごく軽度で一様な抵抗がある)
4.無言症(mutism)
5.拒絶症(negativism:指示や刺激に対して反対する,あるいは反応がない)
6.姿勢保持(posturing:重力に抗して姿勢を自発的・能動的に維持している)
7.わざとらしさ(mannerism:普通の所作を奇妙,迂遠に演じる)
8.常同症(stereotypies:反復的で異常な頻度の,目的指向のない運動)
9.外的刺激の影響によらない興奮(agitation)
10.しかめ面(grimacing)
11.反響言語(echolalia:他人の言葉を真似する)
12.反響動作(echoplaxia:他人の動作を真似する)

治療についてはRCTは不足してエビデンスレベルは高くないものの,ベンゾジアゼピン系薬剤が第一選択薬とされ,N-メチル-d-アスパラギン酸受容体拮抗薬も有効であると考えられています.具体的にはロラゼパム,ジアゼパム,ゾルピデム,アマンタジン,メマンチン,トピラマート,オランザピンの有効性を示した前方視的試験,症例集積研究があります.電気けいれん療法(ECT)は薬物治療に抵抗性の患者に用いられます.カタトニアを早期に完全に消失させるためには,その根本的な原因を特定し,治療する必要があります.以下の総説がお薦めです.動画が3つほどありますが,フリーで見ることができます.次回,意外なことが判明したカタトニアのDATスキャンについて議論します.
Wijemanne S, Jankovic J. Movement disorders in catatonia. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2015 Aug;86(8):825-32.

【パート2.DAT-SPECTの集積低下が回復する疾患】
DAT-SPECTは,パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)などの診断に役立つ画像診断法です.岐阜大学チームは自己免疫性脳炎に伴うパーキンソニズムの2症例におけるDAT-SPECTの集積低下が免疫療法で改善しうることを報告しています(文献1, 2).ただし集積が回復する機序は不明です.

さてDAT-SPECT集積低下の改善を認めたうつ病5症例が鹿児島大学精神科から報告され注目を集めています.全例女性でカタトニアも認めました.Yahr 2度のパーキンソニズムを2名で,認知機能低下を3名で認め,2人はDLBの診断基準をprobableで満たしていました(ただしMIBG心筋シンチに異常はなく,レム睡眠行動異常症や嗅覚障害もなし).治療として抗うつ薬,ベンゾジアゼピン,カタトニアに対するロラゼパム,ECTが行われ,うつ症状,パーキンソニズム,認知機能障害は軽快しました.DLBの2名はいずれも診断基準を満たさなくなりました.同時にDAT-SPECTの集積低下も改善しました!



考察されることは以下の3点です.
1)5症例に認めたDAT集積低下は,うつ病よりもむしろカタトニアと関連している.逆にカタトニアの病態の一部に,線条体のドパミン作動性伝達障害が関与している可能性がある.
2)5症例におけるDAT集積低下は,恐らくαシヌクレイノパチーに伴うものではない.
3)集積低下が回復した機序は不明.

以上より,カタトニアでは可逆的なDAT-SPECT集積低下を認めることが示されました.DAT-SPECTで集積低下を認め,DLBを疑っても,カタトニアを合併する場合は,慎重に診断する必要があります.

1) Fuseya K, et al. Mov Disord Clin Pract. 2020 May 5;7(5):557-559.

2) Ono Y, et al. Autoimmune encephalitis presenting with atypical parkinsonism: A case report and review of the literature. Neurol Clin Neurosci 28 April 2023

3) Arai K, et al. Aging-Related Catatonia with Reversible Dopamine Transporter Dysfunction in Females with Depressive Symptoms: A Case Series. Am J Geriatr Psychiatry. 2023 Jun 2:S1064-7481(23)00310-X.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

頭蓋骨と脳は密接なつながりがある:神経疾患を頭蓋骨から診断し治療する時代が来る!!

2023年08月11日 | 医学と医療
4月8日のブログで,long COVIDのメカニズムに関して,SARS-CoV-2ウイルスが頭蓋骨の骨髄から,脳をつつむ髄膜の一番外側で最も丈夫な層である硬膜を,頭蓋骨・髄膜結合(skull-meninges connection;SMC)と呼ばれる小さな孔を通って脳に到達するという驚きのプレプリント論文を紹介しました.頭蓋骨と脳は直接の相互作用がないという従来の理解を覆すもので,近いうちにSMCの詳細に関する論文が出ると思っていましたが,なんとCell誌に発表されました.それも神経疾患の診断・治療を大きく変えうる驚くべき内容でした.

ドイツの研究チームはまずマウスにおいてscRNAseqとプロテオミクスを用いて,骨髄細胞は全身の骨ごとに不均一で,頭蓋骨が最もユニークな特徴を持つことを見出しています.つぎにヒトに移り,プロテオミクスを用いて,脊椎や骨盤と比較して頭蓋骨のプロテオームが特殊であることを見出しました.驚くべきことに,頭蓋骨では脳に存在するシナプスタンパク質が多数,同定されました!このことは,頭蓋骨と脳の間の双方向のやり取りがあることを示唆します.

このため近年発達が著しい透明化技術を駆使して,健康なヒトの脳,髄膜,頭蓋骨を透明化し,驚くべきことに,ヒトのSMCは硬膜を越えて硬膜下腔まで広がっていることを示しています(図1).また頭蓋骨は免疫防御に重要な役割を果たす好中球や単球を保持していることも確認されました.



最後にヒト頭蓋骨のtranslocator protein(TSPO)-PETを行っています.TSPOは活性化したミクログリアやアストロサイトで発現が亢進し,脳に浸潤したマクロファージでも発現します.アルツハイマー病,4リピートタウオパチー,脳卒中,多発性硬化症などの様々な疾患において頭蓋骨における取り込み増加が確認されました.頭蓋骨からの信号が,その下にある脳からの信号を反映し,これらの信号の変化がアルツハイマー病や脳卒中患者の病気の進行に対応していることを発見しました.具体的には脳卒中患者では時間とともに減少しましたが,アルツハイマー病患者では経時的に増加しました(図2).



以上より,頭蓋骨は体表に近い場所にあるため,光音響イメージング技術などの携帯型センサーによって簡単かつ迅速に画像化できるようになるかもしれません.そうなると頭蓋骨を通して脳の健康状態を確認したり,神経疾患の早期診断ができるようになる可能性があります.またアルツハイマー病や脳卒中などにみられた神経炎症も,頭蓋骨経由で制御できる可能性もあります.この発見は,神経疾患の診断・治療のゲーム・チェンジャーになるかもしれません!
Kolabas ZI et al. Distinct molecular profiles of skull bone marrow in health and neurological disorders. Cell. August 09, 2023(doi.org/10.1016/j.cell.2023.07.009)

SARS-CoV-2ウイルスとSMCに関するブログ

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

成人における胸腺摘出術は,全死因死亡率とがん,自己免疫疾患のリスクを上昇させる

2023年08月07日 | 重症筋無力症
胸腺は胸骨の裏にある臓器で,骨髄で作られた未熟なTリンパ球が正常に働くようにする役割を担っています.胸腺は幼児期まで活発に働き,思春期で最も大きくなり,その後は加齢とともに萎縮します.成人における胸腺の機能は不明で,かつ生理的萎縮を受ける最初の臓器であるため,成人では重要な役割を果たさないと広く信じられています.この認識に基づいて,胸腺摘出がさまざまな外科手技でルーチンに行われています.脳神経内科でも重症筋無力症に対する治療として,胸腺摘出術を数多く行ってきました.今週のNew Eng J Med 誌にハーバード大学から胸腺摘出術を受けた患者の全死亡とがんのリスクを検討した研究が報告されており,非常に大きな関心を持って読みました.研究チームは 「成人の胸腺は,免疫機能と全般的な健康状態を維持するために必要である」という研究仮説を立てています.

方法としては,胸腺摘出術を受けた成人患者の死亡,がん,自己免疫疾患のリスクを,類似の心臓胸部手術を受けた,胸腺摘出術の経験のない対照と比較しています.患者のサブグループで,T 細胞産生量(新たに発生した胸腺T細胞におけるTCR再配列の副産物として形成されるシグナル接合T細胞受容体(TCR)切除円の頻度で評価)と血漿中サイトカイン濃度も比較しています.

さて結果ですが,胸腺摘出術を受けた1420 例と対照6021 例が研究に組み入れられ,このうち胸腺摘出術を受けた1146 例が対照とマッチし検討が行われました.術後 5 年の時点で,全死因死亡率は胸腺摘出術群のほうが対照群よりも高く(8.1% 対 2.8%,相対リスク 2.9)(図),がんも同様の結果でした(7.4% 対 3.7%,相対リスク 2.0).自己免疫疾患については2群間で有意差はありませんでしたが(相対リスク 1.1),術前に感染症,がん,自己免疫疾患を認めた患者を解析から除外すると,有意差が認められました(12.3% 対 7.9%,相対リスク 1.5).マッチした対照の有無を問わず追跡期間が 5 年を超える全例を対象に解析を行うと,全死因死亡率は胸腺摘出術群のほうが米国の一般集団よりも高く(9.0% 対 5.2%),がん死亡率も同様でした(2.3% 対 1.5%).



T 細胞産生量と血漿中サイトカイン濃度を測定した胸腺摘出術群 22 例と対照群 19 例(術後の追跡期間は平均 14.2 年)の検討では,胸腺摘出術群はCD4 陽性リンパ球と CD8 陽性リンパ球の新生量が少なく,逆に血中炎症性サイトカイン濃度が高いことが分かりました.具体的には,胸腺摘出術群で15種類のサイトカイン値が有意に変化し,炎症性サイトカインのIL-23,IL-33,トロンボポエチン,thymic stromal lymphopoietinのレベルは対照群の10倍以上でした.つまり胸腺摘出術群患者の免疫環境は,免疫調節異常と炎症を引き起こすことが知られるサイトカイン環境にシフトしていました.Editorialでは「胸腺は,成熟T細胞のこの臓器への生理的再循環を通して,T細胞機能を調節しているのではないかと推測したくなる」と述べられています.

重症筋無力症(MG)では,胸線摘出術の有効性を検討したMGTX研究の結果に基づき,現在は「胸線摘除の有効性が期待でき,その施行が検討される非胸腺腫MGは,50歳未満の発症で,発症早期のAChR抗体陽性過形成胸線例である(重症筋無力症診療ガイドライン 2022)」とされ,以前と比べその適応患者は限定されていますが,上記患者であっても,今回の新しいエビデンスを提示し,shared decision makingにより治療方針を決定する必要があります.また今後のMG患者においても今回の論文と同様の検討が必要であると思われます.

N Engl J Med 2023; 389 : 406-17.


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月6日)  

2023年08月06日 | COVID-19
今回のキーワードは,PASC(Long COVID)患者では約2年にわたって大腸におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染と免疫調節異常が生じている,PASC患者の味覚障害は舌におけるウイルスの持続感染により生じる,嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくいが,神経侵襲性が減少するわけではない,アカゲザルの感染モデルで,神経炎症と血管調節異常が認められた,罹患後の認知障害は発症2年経っても認められ,long COVIDの人ほど目立つ,です.

Long COVIDの一因がSARS-CoV-2ウイルスの持続感染であることはこれまでも紹介してきましたが,この説の正しさを示す知見が続々と発表されています.舌の茸状乳頭で最長1年3ヶ月,大腸では約2年の持続感染が報告されました.よってlong COVIDの治療は,ウイルスを体内から完全に除去する必要があります.このため,抗ウイルス薬Paxlovid を通常処方の5日間でなく,15日ないし25日間使用するRECOVER VITAL試験がNIH主導で始まりました.また今回,興味深かったのは,動物への感染実験で,オミクロン株は(ワクチンのためでなく)やはり武漢株等と比べ弱毒化し,嗅覚障害も減少することが示されましたが,それでも嗅覚伝導路を経由して脳に伝わるようです.オミクロン株になっても,神経向性(neurotropism)は相変わらずで,感染アカゲザルの脳の炎症画像は衝撃的です(図4).つまりヒトでも感染時に脳に神経炎症が生じることを覚悟する必要があるようです.例えばその人にアルツハイマー病理(アミロイドβの蓄積)が存在すれば,神経炎症により発症リスクが増加したり,認知症が増悪したりします.また日本の第9波では子供の感染が多いことを外国の研究者のtwitterで知りましたが,子供の未熟な脳の発達に神経炎症が影響しないか気になります.学校におけるマスク再装着の感染者減少効果はエビデンスがありますので,マスク再装着を考えるべきではないかと思います.

◆PASC(Long COVID)患者では約2年にわたって大腸におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染と免疫調節異常が生じている.
米国からの研究で,感染後27日から910日の24人に対して,活性化Tリンパ球を標識する新規トレーサー[18F]F-AraGを用いたPETイメージングを行った.PASC群におけるトレーサー取り込みは,対照群と比較して,脳幹,脊髄,骨髄,鼻咽頭および肺門リンパ組織,心肺組織,腸管壁を含む多くの解剖学的領域において有意に高かった(図1).Tリンパ球活性化は,急性期ほど高度であったが,感染から2.5年後までトレーサーの取り込み増加は認められた.脊髄および腸管壁におけるTリンパ球活性化は,Long COVID症状の存在と関連していた.さらに,肺組織におけるトレーサー取り込みは,肺症状が持続する患者で高かった.注目すべきことに,これらの組織におけるTリンパ球活性化は,PASCを発症していない多くの感染者にも観察された.PASC患者より大腸組織を採取し,in situハイブリダイゼーションを行った結果,発症後158~676日経過した全患者において,直腸S状結腸の固有層組織でSARS-CoV-2 RNAが同定され,ウイルスの持続感染が長期にわたる免疫調節異常を引き起こす可能性が示唆された.
medRxiv 2023.07.27.23293177; doi.org/10.1101/2023.07.27.23293177



◆PASC患者の味覚障害は舌におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染により生じる.
米国からの研究.SARS-CoV-2感染後,6週間以上続く味覚障害を訴えた患者16人において,舌の茸状乳頭生検を行った.6人は感染後6ヵ月までに味覚は回復したが,10人は6ヵ月以上,味覚障害が持続したため複数回の生検を行った.4人は論文投稿時も味覚は完全に回復していない.結果としては,すべての患者において,茸状乳頭の上皮細胞において,最長63週間後まで,SARS-CoV-2蛋白(スパイク蛋白,ヌクレオカプシド蛋白)が認められた(図2).またこれに伴う免疫反応(CD8 T細胞による細胞傷害性免疫応答),間質の神経線維の消失,味蕾構造の破壊(不整形化または欠如)が認められた.著者らは,PASCにおける味覚障害は,ウイルスの長期にわたる局所的な存在とそれに伴う舌乳頭内の病理変化が原因と推測している.
NEJM evidence July 20, 2023(doi.org/10.1056/EVIDoa2300046)



◆嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくいが,神経侵襲性が減少するわけではない.
嗅覚喪失はパンデミック初期にCOVID-19の特徴として同定されたが,ウイルス変異株の出現に伴い,臨床像は変化し,嗅覚喪失の頻度も低下しった.カナダから,武漢オリジナル株,その同種のORF7欠失変異体,および3つの変異株(ガンマ,デルタ,オミクロン/BA.1)に感染したゴールデンハムスターの臨床症状,嗅覚,神経炎症を検討した研究が報告された.この結果,感染動物が嗅覚喪失を含めて,ういるすの種類ごとの臨床症状を呈すること(嗅覚障害は武漢株>>ガンマ株で,デルタ株,オミクロン株はなし.体重減少や肺重量で評価した重症度は経時的に伴い低下),ならびにSARS-CoV-2のORF7が嗅覚障害の出現に寄与していることが分かった.しかしすべての種類で共通して神経侵襲性を有していた.すなわち,神経侵襲性と嗅覚喪失は独立して生じるものと考えられた.さらに新たに作製したナノルシフェラーゼ発現SARS-CoV-2ウイルスを用いて,著者らは嗅覚伝導路がウイルスの脳への主な侵入経路であることを確認した(感染4日後,嗅球の腹側に集積が認められる;図3).またin vitroの実験において,SARS-CoV-2ウイルスが神経細胞―上皮細胞ネットワーク中の軸索に沿って,逆行性および順行性に移動することを確認した.嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくくなっているものの,神経侵襲性が減少するわけではない.
Nat Commun 14, 4485 (2023).(doi.org/10.1038/s41467-023-40228-7)



◆アカゲザルの感染モデルで,神経炎症と血管調節異常が認められた.
PASCに認める神経後遺症に,神経炎症が関与している可能性が高い.SARS-CoV-2感染後の神経炎症の過程を縦断的に調べるため,SARS-CoV-2ウイルスに感染させたアカゲザル4頭を[18F]DPA714を用いた18-kDa translocator protein(TSPO)PETで7週間モニターした.TSPOはミトコンドリア外膜に存在するタンパクで,全身臓器に発現するが,脳におけるシグナル増加は多発性硬化症やアルツハイマー病のような疾患で認められる.結果としては,感染後2日目からすべてのサルの脳全体でトレーサーの取り込みが増加し,感染後30日目までで約2倍に増加した(図4).つまりSARS-CoV-2感染後に活発な神経炎症が生じていた.また海馬と大脳皮質の免疫組織化学分析では,IBA1陽性ミクログリア,GFAP陽性アストロサイト,コラーゲンIV陽性内皮細胞でTSPOの発現が認められた.感染サルの海馬では,TSPO陽性面積とTSPO陽性細胞数が対照と比較して有意に増加していた.細胞数の増加はいずれかの細胞に特異的ではなく,グリア細胞,内皮細胞,いずれにも認められたことから,神経炎症と血管調節異常が示唆され,PASCの病態と考えられた.
J Neuroinflammation 20, 179 (2023).(doi.org/10.1186/s12974-023-02857-z)



◆罹患後の認知障害は発症2年経っても認められ,long COVIDの人ほど目立つ.
COVID-19罹患後に認知機能障害が生じることが知られているが,時間とともに改善するかどうかは不明である.2021年7月~2021年8月(第1ラウンド)と2022年4月~2022年6月(第2ラウンド)の間に,英国COVID症状研究バイオバンクの参加者を対象とした前向きコホート研究で認知機能を評価した.3335人が第1ラウンドを完了し,うち1768人が第2ラウンドも完了した.ラウンド1では,過去にSARS-CoV-2検査で陽性であった人の認知機能テスト正確度は低下し,その低下は症状が12週間以上持続する人や入院患者で大きかった(図5).自己申告による層別化では,COVID-19からの回復を自覚しないSARS-CoV-2陽性者(=PASC患者)においてのみ低下が認められたが,完全回復を報告した者では低下は認めなかった.縦断的解析では,経時的な認知機能改善は認められず,罹患者の認知機能障害は初感染からほぼ2年経過した時点でも持続していた.以上より,COVID-19罹患後の認知障害は感染から2年近く経過した時点でも認められ,症状の持続期間が長い人や重症な人ほど目立ったが,自覚的に完全回復した人では認めなかった.
eClinicalMedicine July 21, 2023(doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.102086)




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする