Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルコールによる健康被害はワイングラスを小さくして防ぐ!?(BMJ誌クリスマス論文)

2017年12月24日 | その他
恒例のBritish Medical Journal(BMJ)誌のクリスマス特集号の論文で,ケンブリッジ大学からの報告を紹介したい.アルコールは多くの疾患の危険因子である.イギリスでは近年,アルコール消費量が増加傾向にある.この原因として,製造や流通,ライフスタイルの変化が考えられるが,著者らは環境要因としてワイングラスの大きさが関与している可能性を考えた.この仮説は,食器類のサイズが過去100年で大きくなったことに伴い,摂取カロリーが増加し,肥満に繋がったという既報に基づいている.

研究方法は,ワインを飲むのにワイングラスが使われるようになったのは18世紀初頭とのことであることから,1700年から2017年まで,イギリスで作られたワイングラスを5つの入手先(オックスフォード大学美術館,ロイヤルハウスホールド,eBayオークション,ダーチントン・クリスタル,ジョン・ルイス・オンラインストア)から合計411個を収集し,その容量を測定した.

さて結果であるが,1700年代には66 mLであった容量が,19世紀になってから増加し始め, 2000年代には417 mLにまで増加していた(図).とくに近年,サイズが急速に大きくなり続けて,2016~2017年におけるグラスの容量は449 mLになっていた.年代別のグラスの販売実績データは入手できなかった.

本研究は,経時的なワイングラスのサイズの変化について調査した最初の報告である.ワイングラスが大きくなった要因としては,ワインの販売促進に大きいグラスが良かったり,テイスティングには大きなグラスが適していたり,複数の要因があるだろうと考察されている.研究の限界として,イギリス以外の国において検討できていないことを挙げている.これらの結果から,ワイングラスのサイズを減少することによってアルコール消費量を減少でき,健康被害を防止できる可能性があるのではないかと述べている・・・・

ご存知,これらはクリスマス企画のおふざけ論文である(昨年はポケモンGOの運動効果の論文などでした).でもたぶん個人的な経験で,この仮説は正しいと思う(笑).そのほかの論文としては,満月とバイク事故での死亡率の関係を調べた論文などが掲載されている.

Wine glass size in England from 1700 to 2017: a measure of our time. BMJ 2017;359:j5623



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16世紀の進行性核上性麻痺 ―絵画に見るPSPの徴候―

2017年12月18日 | パーキンソン病
進行性核上性麻痺(PSP)の原著として引用される論文は,1964年,カナダのSteele,Richardson,Olszewskiによるものだ.1963年,神経内科教授であったRichardsonが姿勢保持障害と後方への転倒,垂直性核上性注視麻痺を主徴とし,さらに筋強剛,球麻痺を呈する症例を記載し,翌年,学生であった Steeleと病理学教授のOlszewskiにより病理所見が確認され,進行性核上性麻痺と名付けられた(Arch Neurol 1964;10:333-59).7人の剖検例を含む9例のPSP患者の報告である.

しかし,もっと早い時期に,フランスで症例報告がなされていたという報告がある.Nouvelle Iconographie de la Salpetriereという雑誌に,1889年に,Jean-Martin Charcotの弟子であったA. Dutilがパーキンソン症状を呈した女性を短報として報告している.振戦はごくわずかで,項部硬直があり,眼はほとんど動かなかったと記載されている.その写真が図Aの2枚の写真であり,1996年にシカゴのGoetzによりMov Disord誌に紹介されている(Mov Disord. 1996;11:617-8).

これが最初の報告だと思っていたところ,最新号のLancet Neurol誌に,何と「16世紀のPSPの肖像画」という論文が掲載されており,驚いて早速,目を通した.著者のLeWittは,デトロイトの病院に勤務する神経内科医で,彼によれば,デトロイト美術財団にある「A Man」という,オランダの画家Cornelis Anthoniszが書いた肖像画のモデルこそ,PSP最初の記載だというのだ(図B).その理由は,まずパーキンソン病の仮面様顔貌と異なる,苦渋に満ち,あるいは驚いたかのようにも見える顔,とくに眉間の縦のしわが,PSPによるものだというのだ.眉間の縦のしわはPSPにおける顔面のジストニアとして知られ,vertical wrinklingもしくはprocerus sign(鼻根筋徴候)として報告されている(Neurology. 2001;57:1928. J Neurol Sci 2010; 298, 148-9).また右手には小さな本を持っているが,これは下を見ることができないことを示すためのものだろいう.決定的なのは左手で,ピストルのような格好をしているが,これはPSP患者の手指のジストニアとして,pistol-handもしくはpointing-gun signと呼ばれるものだという(JNNP 1997; 62, 352-6).さらに肖像画の主人公の左にある黒い影のようなものは肖像画の主(患者)の暗い未来を暗示しているのではないかと記載している.

本当かな?と思わないでもないが,絵画などの芸術作品の中に神経疾患を残すという行為を古今東西の芸術家が数多く行ってきたのも事実である.肖像画の人物についての情報は得られなかったとのことであるが,Anthoniszも自分の芸術を支えてくれたパトロンに起きた得体の知れない病気について描こうとしたのかもしれない.

LeWitt P. Portrayal of progressive supranuclear palsy in the 16th century. Lancet Neurol. 2017;16:956-957.




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タウ・タンパク質は脳虚血でも重要な治療標的分子である

2017年12月06日 | 脳血管障害
私は以前から「神経変性疾患の病態に関わる分子の一部は,脳虚血のような別の病態においても,何らかの重要な役割を果たすのではないか」と考えてきた.この仮説に基づき,筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症で重要な役割を果たすTDP43やプログラニュリンにおいて脳虚血後に見られる変化を,動物モデルを用いて検討し,前者は限定分解され,後者は発現が亢進することを見出した(J Neurochem 2011, Brain 2015).

また神経変性疾患である進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症に関心を持って臨床研究を行なってきたが,一番の関心事はタウ・タンパク質を標的とした病態抑止療法実現のための臨床診断の確立である(Mov Disord 2014, 2016).今回,これらの疾患において重要な役割を果たすタウが,脳虚血においても重要な役割をはたすことがオーストラリアの研究者によって報告された.具体的には,タウが興奮性細胞毒性において重要な役割を果たすことを示す報告であった.やはりこういうことがあるのかと思いつつも,論文の内容はかなり驚くものであった.

まず興奮性細胞毒性について説明したい.グルタミン酸は興奮性神経伝達物質として重要な働きをしているが,過剰に存在すると神経細胞毒性を示す.脳虚血後,細胞膜は脱分極するが,このとき細胞外へグルタミン酸が大量に放出され,NMDA受容体のようなグルタミン酸受容体が過剰に活性化されると,カルシウムイオンの細胞内への流入が生じ,カルシウム依存性酵素の活性化,ミトコンドリア機能不全,アポトーシスなどを引き起こし,神経細胞死が誘導される.このため古くから,この興奮性細胞毒性の抑制は,脳虚血の治療戦略のひとつとして考えられてきた.

一方,タウは,中枢および末梢神経系の神経細胞やグリア細胞に発現する微小管結合タンパク質(MAP)のひとつとして発見された.微小管の重合や安定化を調節するが,微小管以外にもさまざまなタンパク質と結合し,脳の成熟,軸策輸送,熱ストレスに対する細胞応答などさまざまな現象に関わっている.さらに近年,シナプス後部で何らかの役割を果たしている可能性が今回の論文の著者らにより指摘されていた.

今回の論文では,タウが脳虚血に何らかの役割を果たしているかを検討する目的で,まずタウ・ノックアウト(KO)マウスに対し一過性脳虚血を行うところから始まっている.このタウKOマウスは,通常では,野生型マウスと比べて表現型に差はない.しかし中大脳動脈の虚血・再灌流を行うと,脳梗塞サイズが極めて小さく(図左),かつ神経障害も軽いことが判明した.その差は,虚血再灌流後6時間からすでに確認された.

論文ではこの機序について徹底的に検討している.結論として「タウはシナプス後部において,興奮性細胞毒性に関わるRas/ERKシグナルカスケードを調整する作用がある」ことを明らかにしている(図右).まず野生型マウスでは,過剰なグルタミン酸が放出されると,シナプス後部に存在するNMDA受容体に結合し,カルシウム流入が起きる.NMDA受容体にはPSD-95が結合し,さらにタウ,SynGAP1(興奮性Ras-ERKシグナルカスケードの抑制性調節因子)が結合し,複合体を形成する.カルシウムの流入はRasへのGTPの結合をもたらし,その後,Ras/Raf/MEK/ERKが順にリン酸化され,最終的に細胞毒性が引き起こされる.これに対し,タウKOマウスでは,タウが存在しないため,NMDA受容体複合体のなかで,PSD-95へのSynGAP1の結合が増加し,その結果として,Ras以下のカスケードが完全に抑制されてしまい,興奮性細胞毒性が生じないことが分かった.

この仮説を検証するために,タウKOマウスにて,SynGAP1発現レベルをRNAiにより抑制すると,マウス脳虚血モデルで脳障害が増悪した.逆にSynGAP1の過剰発現は野生型神経細胞におけるERK活性化を抑制した.以上より,タウはシナプス後部においてSynGAP1結合量をコントロールすることによって,興奮性Ras/ERKシグナルを調節していることが明らかになった.

またこの報告とは別に,Peng Leiらは,同じマウス虚血モデルを検討し,タウが鉄輸送に関わることについて報告している.タウKOマウスでは年齢依存性に脳内に鉄沈着がもたらされることが報告されていた.今回の報告では,タウ欠乏による鉄沈着が,細胞死の1つの機構であるフェロトーシス(Ferroptosis)により脳病変を増悪することを示している.フェロトーシスでは,鉄依存的な脂質過酸化物の蓄積によって,細胞死が生じる.

以上の2つの報告は,タウを標的とした薬剤やフェロトーシス阻害剤が脳梗塞の治療薬になりうることを示すものである.実際に後者の論文では,一過性脳虚血モデルにおいてフェロトーシス阻害剤であるliproxstatin-1が神経障害を抑制している.タウオパチーに対する病態抑止療法が実現すれば,その薬剤をdrug repositioningにて脳梗塞にも使用できる可能性もあるのかもしれない.

Nat Commun. 2017 Sep 7;8(1):473.
Mol Psychiatry. 2017 Nov;22(11):1520-1530.




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