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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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血液検査で将来のアルツハイマー病リスクがわかる時代へ:アミロイドβやタウと独立した新たなバイオマーカー「YWHAG:NPTX2比」の発見

2025年04月03日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)は,アミロイドβやタウタンパクの蓄積を特徴とする神経変性疾患ですが,認知機能の低下の進行速度には個人差が非常に大きいことが知られています.また脳内にアミロイドβやタウが蓄積していても,認知機能が保たれている人と,急速に悪化してしまう人が存在するのはなぜか・・・この問いは,これまでのバイオマーカー研究では十分に説明されてきませんでした.

その問いに正面から取り組んだ研究が,最新号のNature Medicine誌に掲載されています.米国マウントサイナイ医科大学やスタンフォード大学などの国際研究グループが,6つの大規模コホート(Stanford,Knight-ADRC,ADNI,DIAN,BioFINDER2,Kuopio)から集めた3397名分の脳脊髄液を対象に,網羅的なプロテオーム解析を行ったものです.その結果,「シナプスに関わるタンパク質群が,アミロイドβやタウとは独立して,認知機能障害の重症度と最も強く関連していること」を明らかにしました.特に注目されたのが,14-3-3タンパク質の一種であるYWHAGと,シナプス可塑性に関与するNPTX2との比率,すなわち「YWHAG:NPTX2比」です.この比率は,pTau181:Aβ42比に比べて,認知機能障害のばらつきをさらに27%多く説明し(図1左),タウPET画像では11%,またニューロフィラメントやGAP-43,ニューログラニンといったバイオマーカーでは28%多く説明できる能力を持っていました.



ちなみにYWHAGは14-3-3ファミリーのγアイソフォームであり,シナプス機能や細胞内シグナルの調節に重要な役割を果たしているようです.この14-3-3ファミリーは,プリオン病の診断に用いられる脳脊髄液中の「14-3-3タンパク」としても知られていますが,通常の臨床検査では複数のアイソフォームをまとめて(pan 14-3-3 antibodyで)検出するのに対し,本研究ではYWHAG(γ)を特異的かつ定量的に測定している点が大きく異なっています.つまり,プリオン病では14-3-3タンパク全体を調べているのに対し,より特定のタンパクに焦点を当てたバイオマーカーと言えます.
★訂正です:三條伸夫先生,佐藤克也先生より,プリオン病の14-3-3蛋白はγアイソフォームを測定していることをご教示いただきました.

図2では,このYWHAG:NPTX2比が,健常者,軽度認知障害(MCI),軽度認知症,中等~重度認知症とステージが進むにつれて段階的に上昇する様子が,異なるコホートでも一貫して示されています(図1右).また,この比率は,加齢に伴って徐々に上昇するだけでなく,常染色体優性ADの保因者においては,症状発現の約20年前からすでに上昇していることも示されており,発症前の予測指標としての有用性も期待されます(図2).健常者,孤発性AD,遺伝性ADのYWHAG:NPTX2比の経時変化を示したものが図3です.



さらに,この比率は,認知機能が正常なA+T1+(アミロイドβとタウ病理がすでに進行しているが,まだ認知機能が保たれているか初期段階)の人が軽度認知障害に進行するリスクや,MCIから認知症へ進行するリスクの予測にも有効でした.15年間にわたる追跡研究では,YWHAG:NPTX2が1標準偏差上昇するごとに,健常者がMCIへと進行するリスクが約3倍,MCIの人が認知症に進行するリスクが約2.2倍に上昇することが明らかとなりました.これらの予測力は,年齢やAPOE4遺伝子型,性別,および他のCSFバイオマーカーの影響を調整した上でも有意でした.

さらに注目すべきは,この研究が脳脊髄液にとどまらず,血液からでも同様の予測が可能であることを示した点です.著者らは13401検体の血漿プロテオーム解析を行い,「血漿シグネチャー(plasma signature)」と呼ばれるタンパク質群(図4左)のパターンを構築しました.機械学習を用いて開発されたタンパクの組み合わせによる指標です.この血漿シグネチャーは,脳脊髄液 YWHAG:NPTX2比の変化と部分的に一致し,脳脊髄液を用いなくても,ADによる認知機能障害のリスクの層別化が可能であるというものです.健常者がMCI,あるいは認知症に進行する予測に有用であり,特に高値群では将来の認知症発症リスクが最大で7倍以上に上ることも示しました(図4右).



本研究は,脳脊髄液バイオマーカーYWHAG:NPTX2比が,ADにおける認知機能の保たれやすさ(resilience)と進行リスクを高精度に区別できることを示しました.また,血液中のプロテオーム情報によって非侵襲的に同様の情報を得られる可能性も提示しており,将来の認知症予防や治療介入の選定に向けて大きな一歩となる研究です.一方で,近い未来,このようなバイオマーカーが日常臨床に実装されることを考えて,このような認知症の新技術にともなう臨床倫理的問題を考えていく必要性を感じます.

Oh HS, et al. A cerebrospinal fluid synaptic protein biomarker for prediction of cognitive resilience versus decline in Alzheimer's disease. Nat Med. 2025 Mar 31.(doi.org/10.1038/s41591-025-03565-2


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