Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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インスリンによる高血糖補正は脳梗塞の予後の改善に有用か?

2010年07月26日 | 脳血管障害
私が以前留学中していたカルフォルニアの大学の脳卒中センターでは,tPAによる治療可能時間を過ぎてしまった脳梗塞患者に対しては,体温と血糖のコントロールを厳密に行なっていた.発熱している場合,解熱剤で下げ(normothermia),血糖はインスリンをsliding scaleにより使用し,厳密にコントロールを行っていた.発熱と高血糖は脳梗塞拡大をもたらすという考えに基づいてこれらの治療が行われている.

高血糖はなぜ脳梗塞の予後を増悪させるか?2つのメカニズムが提唱されている.ひとつは虚血に陥って死にかけている虚血性ペナンブラに存在する神経細胞が,高血糖と血流途絶に伴い生じた乳酸アシドーシスにより完全に死に至る(虚血中心に置き換わる)というもの.もうひとつは,高血糖はtPA後の出血合併のリスクを高めるという考えである.しかし,実際に高血糖をインスリンで是正することで,予後を改善出来るかという臨床的エビデンスは十分得られてはいなかった.

今回,イギリスからインスリンによる高血糖是正の効果を検討したランダム化比較試験が報告された.対象は18歳以上の脳梗塞患者で,血糖値が126 mg/dlを超えた40名.偽薬(生食)群15名とインスリン治療群25名に分け,後者はさらに治療時間で24時間,48時間,72時間の3群に分けた.具体的な血糖是正法としては5%グルコース500 mLに,20 mmolのKCLと16単位のインスリンを混入し,時間100 mLで持続点滴した(GKI療法).血糖72-126 mg/dlを目標とし,これを下回った場合,ブドウ糖静注にて補正を行った.評価については一次エンドポイントをMRIによる脳梗塞の拡大(入院時と7日目を比較)とし,副次エンドポイントでも脳梗塞拡大に関わる複数の評価項目を設定した.実際に乳酸アシドーシスを予防できていることを確認するために,発症3日目にMRSを用いて梗塞巣の乳酸濃度を測定した.

さて結果だが,MRSでの乳酸は低下したものの,一次エンドポイントの7日目における脳梗塞拡大は,偽薬群とインスリン群で有意差はなかった.治療持続時間別に効果を確認したが,いずれの群でも有効ではなかった.さらに驚くべきことに,血管が完全閉塞した症例に限って検討すると(N=11;偽薬4名,GKI 7名),むしろGKIは脳梗塞サイズの拡大が認められた(同様の所見がネコの虚血モデルで報告されている).副作用に関しては,GKIに伴う低血糖エピソードが42回と頻回に認められた(19/25名76%に認められた).つまりGKI療法は,脳梗塞拡大に対して有効でなく,むしろ血管閉塞例では増大をもたらし,さらに低血糖発作が頻回であるという点で推奨されないという結論になった.

ただし,今回の検討にはいくつかの問題がある.まず症例数が少ない.治療群を3群に分けているため,それぞれ24時間:48時間:72時間=10名:5名:10名しかいない.また介入後の血糖値変化のグラフを見ると,偽薬群より常に低い血糖を維持できたのは48時間群のみで,24時間群では24時間移行,むしろリバンドで高血糖が生じている.さらにいずれの介入群も開始直後の血糖低下が極めて高度である.その後,血糖は回復するのだが,これは低血糖による低エネルギー状態と,血糖を再上昇させる際のグルコース再灌流障害(フリーラジカル産生をもたらす)を引き起こす可能性がある.血糖コントロールをもうすこしうまく行けば,つまり血糖が乱高下しないでnormoglycemiaの状態をつくることが出来れば,結果は変わっていたようにも思うのだが・・・・今回の介入が理想通りうまくいったのかというとそうでもないように思える.いずれにしても脳梗塞に対し血糖コントロールが有用かさらに検討が必要である.

Ann Neurol 67: 570-578, 2010  

追伸;脳梗塞の理解のためには臨床と基礎の双方を理解することが望ましく,脳卒中診療を志す若いドクターにはぜひ,基礎研究にとりくんでいただくことをおすすめしたい.
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なぜアイスクリームで頭痛が起こるか?

2010年07月20日 | 頭痛や痛み
実はテレビに出演した.地方局の夕方の情報番組「TeNY 夕方ワイド新潟一番」で,

花火があがるとなぜ「たまやー」って呼ぶの?
冷たいものを食べるとなぜ頭が痛くなるの?
なぜ新潟では「海の家」を「浜茶屋」と呼ぶの?

という視聴者からの夏に関する質問に答えるコーナーに出演したのだ(汗).私の担当は2つ目の質問である(個人的には3つ目に興味があるが・・・答えは最後に).

一応,頭痛専門医の資格を持っているものの,正直なところ冷たいもので頭が痛くなる正確な理由はよく知らず慌てて勉強した.さすがにインタビューでの短時間ではすべて伝えきれないので,以下,解説してみたい.

まずアイスクリーム頭痛(ice-cream headache)は論文でも使用されている正式な病名であった.ただし国際頭痛分類第2版(ICHD-II)を読んでみると「以前使われていた名称」となっていて,現在は以下の13.11.2に相当する.

13.11 寒冷刺激による頭痛
13.11.1 外的寒冷刺激による頭痛
極寒の気候または冷水中の飛び込みなど,低温環境に無防備で頭部が曝されると頭全体の頭痛が生じる
13.11.2 冷たいものの摂取または冷気急速による頭痛
感受性の高い人では,冷たい物質が口蓋または咽頭後壁あるいはその両方を通過すると,短時間の痛みが誘発される

つまり「冷たい物質」は固体に限らない.冷たいもの(固体,液体,気体)が喉元(口蓋や咽頭後壁)を通過するとき生じる頭痛が,アイスクリーム頭痛と定義される.この頭痛の特徴は,非拍動性で,鼻根部や眼窩,こめかみにかけて生じ,刺激後早期に出現して,5分以上続かない.この頭痛はどういうわけか,個人差が大きい.頭痛が起こらない人もいて,こういう人は「かき氷の早食い競争」に参加できる.逆に強い頭痛が出てしまう人もいて,中には冷たいものを食べない人までいる.普通はその中間で,私などはアイスクリームは大丈夫だが,かき氷ではツーンと来る.

さて本題のアイスクリーム頭痛の機序である.文献を探したが,案外というか予想通り,研究は少ない.理由は2つ考えられて,(1)短時間で消失してしまうため研究しにくい,(2)健康に悪い影響を残さないため,研究者に研究意欲が湧かないためであろう.それでも2つの仮説があり,現在は以下のいずれも正しいのではないかと考えられている.

1.2つの勘違い説(関連痛)
2つの勘違いが原因と言われている.つまり,刺激が強すぎて,三叉神経や舌咽神経における温痛覚の勘違いが生じるという,冷たさを痛みと間違ってしまう勘違いと,その痛みの部位まで間違ってしまうという勘違いである.後者は関連痛と呼ばれる現象である.これは,神経は複雑に枝分かれをして各所に伝わるが,刺激が強いと脳は隣りの神経に伝わる信号を自らに伝わる信号として勘違いすることである.心筋梗塞の際,本来の心臓部の痛みを上腕部の痛みと誤って認知することがあるが,これは関連痛の例として有名である.

2.血管における炎症説
喉元が急激に冷やされると,解剖学的に近い位置にある頚動脈も急速に冷却され収縮し,その後,身体は体温を維持しようと血流を増やし,逆に血管が伸展する.その際に血管の軽い炎症が一時的に生じる.言い換えると,血管の急速な収縮と拡張により,炎症性物質が放出され,それが血管や硬膜などの血管周囲に分布する三叉神経を刺激し神経原性炎症を起こすという説である.これは片頭痛における三叉神経血管説と同じである.事実,アイスクリーム頭痛と片頭痛との関連が推測されていて,片頭痛患者ではアイスクリーム頭痛が多いという論文もある.

最後はアイスクリーム頭痛の対処法について述べる.冷たいものを一気に早く飲み込むと頭痛を起こしやすいと言われている.だから急いで,慌てて食べないで,ゆっくり食べたほうが良い.暑いところで起こりやすいとか湿度が関与するという説もある.一番確実な方法は冷たいものを避けることである(気の毒ではあるが・・・) ただし,基本的にこの頭痛は身体に害はないと言われているので心配する必要はないようだ.

最後にひとつ面白い論文を紹介.上述の「冷たいものを一気に早く飲み込むと頭痛が生じやすい」というエビデンスを作った論文である.
Ice cream evoked headaches (ICE-H) study: randomised trial of accelerated versus cautious ice cream eating regimen. BMJ 325;1445-1446, 2002
実はこの論文,カナダの中学生が書いている!!共著者はおそらくそのお父さん.Sample size calculationをし,同級生から協力者を145名募り2群に分け,ひとつのグループ(72名)はアイスクリーム(100 ml)を 30秒以上かけて食べる,もうひとつのグループ(73名)は5秒以内に食べる.前者における頭痛出現は13%,後者は27%(relative risk 2.2; 95%CI 1.03-4.94そしてnumber needed to harmは6.71),そして頭痛を生じた者の59%は10秒未満に消失したというもの.さらに面白いのが Funding(研究費)の部分.

Funding: This work was supported by an unrestricted grant from mum and dad.

テレビの取材のおかげで楽しい勉強ができた.

参考文献;国際頭痛分類第2版(この本は頭痛を勉強するひとのバイブルである)

おまけ
「海の家」を「浜茶屋」と呼ぶことは,大学生になってはじめて新潟に来た私にとっては,「カツ丼が卵でとじていない」ことと同じぐらいびっくりしたことだ.さて「浜茶屋」という言葉は関西から入ってきた「海にあるお茶屋」という意味だそうだ.実際,「浜茶屋」という言葉が使われているのは,京都,福井,富山,新潟,山形,北海道の一部で,すべて日本海側らしい.「言葉の伝播」が起こったルートである.
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