フランスより驚くべき研究結果が報告された.ALSにおける高脂血症は予後因子であり,脂質値を下げてはいけない可能性があるというものである.なぜこのような研究が行われたかというと,過去にALS患者ではその3分の2の症例において代謝亢進状態を認め,それが生存期間に影響を及ぼしているという報告があること,またALS動物モデルにおいて,①代謝亢進と脂肪組織の減少があり,②食事中の脂肪含有量が神経保護作用と生存期間延長をもたらし,③逆にカロリー制限が運動症状の増悪をきたす,という報告があるためである.
さて,研究の方法としては,血清中の中性脂肪,総コレステロール,LDLおよびHDLコレステロールを369名のALS患者と286名の健常者において比較するというシンプルなものである.また結果を確認するため,上記とは別にALS 59名,およびパーキンソン病16名の剖検後の肝組織を用いた脂肪肝の評価も行っている.
結果として,ALS患者では健常者と比較し,総コレステロール値では19%,LDLコレステロールでは33%,LDL/HDL比では38%高値であった.中性脂肪とHDLコレステロールに関しては差はなかった.またALS患者における高脂血症の有病率は,健常者の約2倍高率であった(具体的には,総コレステロール値を基準とした場合,ALSの23.8%に対し,健常者で11.2%であった).またLDL/HDL比が高いALS患者群(LDL/HDL比が3以上)は,LDL/HDL比が低いALS患者群(3未満)よりも有意に長生きで,前者(N=167)が平均49.2か月の生存であったのに対し,後者(N=201)は平均37.7か月の生存であった.さらに剖検肝組織の検討では,脂肪肝の有病率はALS患者とパーキンソン病患者で差はなかったが,脂肪化した病変の占める割合はALS患者において有意に広範であった.
以上より,高脂質血症はALSの予後因子である可能性が示唆された.つまり,ALSの症状の進行に対して,栄養学的な介入が有効である可能性を示唆し,またALS患者への脂質低下薬(スタチン等)の使用には注意する必要があると考えられた.
この結果は極めて重要な意義を持つ.例えば,全世界的にも唯一のALS治療薬であるリルゾールは,その効果が2-3ヶ月の生存延長効果であることがコクラン・ライブラリー上に公表されたが,それと比較するとこの12か月の生存期間の違いは極めて大きな意義を持つことがわかるだろう.この論文を読んで,早速,自分の担当するALS患者さんでスタチン内服をしていた方の内服を中止した.論文では最後に,国家レベルでALS患者の栄養状態に関する研究を行うことを推奨しているが,このような研究こそ国家は全力をあげてサポートし,研究費を投入し,推進しなければならない.
Neurology, on line Jan 16, 2008
追伸(話は逸れますが・・・)
この研究は,たとえ多額の研究費がなくても,「しっかりその理論的根拠と目的を考えていけば,臨床的意義が大きく,患者さんに貢献できる研究ができる」ことを示した.ぜひこれから基礎・臨床研究を始められるMDの先生方には,このような研究を目指してほしい.
しかし現実には,話題のiPS細胞研究のように2008年度だけで計30億円以上の国費が投入される研究もあれば,患者さんの臨床に役立つはずと思い,せっせと申請書を書いても研究費をいただけない研究もある.例えばALSの分野では,昨今,多額の研究費が投入されているのは疾患感受性遺伝子研究であろう.患者さんの期待も大きい.たとえばALS患者276人,コントロール271人に対し555352個にも及ぶSNPsを検討し,うち34個が疾患感受性遺伝子の候補であることを示した大がかりな研究が,昨年,Lancet Neurolというインパクトファクターの高い学術誌に報告されたが,正直なところ臨床的意義はまだ不明であり,申し訳ないが,私はさほどお金のかかっていない今回のコレステロール研究のほうが価値が大きいと思う(もちろん単純に比較できるものではないけど).
研究費を分担する側に話題を移すと,単に試験管レベルやシークエンサー上の研究成果であっても,あたかも「明日にでも日常診療で使えるようになる」と思わせるプロパガンダを鵜呑みにし,熱狂的にその研究に期待を寄せていないだろうか.振り返ればアポトーシス研究やヒトゲノム・プロジェクト,ES細胞研究に多額の研究費が投入されたが,それで臨床現場は変わっただろうか?
個人的には以下に挙げるような研究に,もっと研究費を投入してよいと思う.
①これまでの基礎研究で有望な成果が得られておきながら,治験や臨床応用できずに滞っているものを推進するための研究費(基礎研究と臨床応用では必要な設備やノウハウが異なるため,進展しないことはある).
②基礎研究において大変な労力を用いて成功・開発された検査(例えば遺伝子診断や抗体検査など)を,ルーチン・ワークとして継続するための研究費.
パーキンソン病の研究支援で有名なMichael J Fox財団のホームページをぜひ見てほしい.これが患者さん側の気持ちだろう.研究のための研究(費)ではなく,臨床に直結する研究をするためには何をすべきか,研究費を出す側も,研究を行う側もしっかり考えていく必要がある.
さて,研究の方法としては,血清中の中性脂肪,総コレステロール,LDLおよびHDLコレステロールを369名のALS患者と286名の健常者において比較するというシンプルなものである.また結果を確認するため,上記とは別にALS 59名,およびパーキンソン病16名の剖検後の肝組織を用いた脂肪肝の評価も行っている.
結果として,ALS患者では健常者と比較し,総コレステロール値では19%,LDLコレステロールでは33%,LDL/HDL比では38%高値であった.中性脂肪とHDLコレステロールに関しては差はなかった.またALS患者における高脂血症の有病率は,健常者の約2倍高率であった(具体的には,総コレステロール値を基準とした場合,ALSの23.8%に対し,健常者で11.2%であった).またLDL/HDL比が高いALS患者群(LDL/HDL比が3以上)は,LDL/HDL比が低いALS患者群(3未満)よりも有意に長生きで,前者(N=167)が平均49.2か月の生存であったのに対し,後者(N=201)は平均37.7か月の生存であった.さらに剖検肝組織の検討では,脂肪肝の有病率はALS患者とパーキンソン病患者で差はなかったが,脂肪化した病変の占める割合はALS患者において有意に広範であった.
以上より,高脂質血症はALSの予後因子である可能性が示唆された.つまり,ALSの症状の進行に対して,栄養学的な介入が有効である可能性を示唆し,またALS患者への脂質低下薬(スタチン等)の使用には注意する必要があると考えられた.
この結果は極めて重要な意義を持つ.例えば,全世界的にも唯一のALS治療薬であるリルゾールは,その効果が2-3ヶ月の生存延長効果であることがコクラン・ライブラリー上に公表されたが,それと比較するとこの12か月の生存期間の違いは極めて大きな意義を持つことがわかるだろう.この論文を読んで,早速,自分の担当するALS患者さんでスタチン内服をしていた方の内服を中止した.論文では最後に,国家レベルでALS患者の栄養状態に関する研究を行うことを推奨しているが,このような研究こそ国家は全力をあげてサポートし,研究費を投入し,推進しなければならない.
Neurology, on line Jan 16, 2008
追伸(話は逸れますが・・・)
この研究は,たとえ多額の研究費がなくても,「しっかりその理論的根拠と目的を考えていけば,臨床的意義が大きく,患者さんに貢献できる研究ができる」ことを示した.ぜひこれから基礎・臨床研究を始められるMDの先生方には,このような研究を目指してほしい.
しかし現実には,話題のiPS細胞研究のように2008年度だけで計30億円以上の国費が投入される研究もあれば,患者さんの臨床に役立つはずと思い,せっせと申請書を書いても研究費をいただけない研究もある.例えばALSの分野では,昨今,多額の研究費が投入されているのは疾患感受性遺伝子研究であろう.患者さんの期待も大きい.たとえばALS患者276人,コントロール271人に対し555352個にも及ぶSNPsを検討し,うち34個が疾患感受性遺伝子の候補であることを示した大がかりな研究が,昨年,Lancet Neurolというインパクトファクターの高い学術誌に報告されたが,正直なところ臨床的意義はまだ不明であり,申し訳ないが,私はさほどお金のかかっていない今回のコレステロール研究のほうが価値が大きいと思う(もちろん単純に比較できるものではないけど).
研究費を分担する側に話題を移すと,単に試験管レベルやシークエンサー上の研究成果であっても,あたかも「明日にでも日常診療で使えるようになる」と思わせるプロパガンダを鵜呑みにし,熱狂的にその研究に期待を寄せていないだろうか.振り返ればアポトーシス研究やヒトゲノム・プロジェクト,ES細胞研究に多額の研究費が投入されたが,それで臨床現場は変わっただろうか?
個人的には以下に挙げるような研究に,もっと研究費を投入してよいと思う.
①これまでの基礎研究で有望な成果が得られておきながら,治験や臨床応用できずに滞っているものを推進するための研究費(基礎研究と臨床応用では必要な設備やノウハウが異なるため,進展しないことはある).
②基礎研究において大変な労力を用いて成功・開発された検査(例えば遺伝子診断や抗体検査など)を,ルーチン・ワークとして継続するための研究費.
パーキンソン病の研究支援で有名なMichael J Fox財団のホームページをぜひ見てほしい.これが患者さん側の気持ちだろう.研究のための研究(費)ではなく,臨床に直結する研究をするためには何をすべきか,研究費を出す側も,研究を行う側もしっかり考えていく必要がある.