Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

近未来の脳神経内科 ―健常者のニューロフィラメント軽鎖値をいかに解釈するか?―

2022年06月29日 | 医学と医療
4月18日に「近未来の脳神経内科 ―神経疾患を発症前から治療する―」と題して,「血清ニューロフィラメント軽鎖(sNfL)は近い将来,血液検査の炎症の指標であるCRPのように使用されるだろう」というNeurology誌の論文を紹介しました(Halloway S, et al. 2022).NfLは神経細胞に特異的なタンパク質で,神経細胞が軸索の変性や炎症により破壊されると放出され,血液中にも移行します.超高感度免疫測定法を用いることで測定できます.つまり神経変性や炎症,脱髄の程度を客観的に血液検査で評価できる時代がすぐそこまで来ています.

研究レベルですがすでに多くの疾患で測定結果が報告されています.次の課題は従来の検査値と同様,正常値,つまり多数の健常者のデータを解析し,sNfLの変動およびそれを予測する因子の解析になります.今回,Ann Neurol誌にまさにそのデータが報告され,興味深く読みました.

方法としては,全米健康・栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey: NHANES)のデータを使用しています.これはライフスタイル,臨床検査,健康状態に関する情報を体系的に収集した米国人口のサンプルです.対象は神経疾患を持たない1706人(年齢43.6±14.8歳,男性50.6%,非白人35%)で,50以上の予測因子の影響を検討しています.結果として,一変量モデルでは,年齢がsNfLの変動を最もよく説明しました(R2cv=26.8%).多変量モデルでは3つの共変量,すなわち年齢,血清クレアチニン,HbA1cがsNfLの上昇を強く陽性に予測することが示されました(標準化β;年齢0.46,クレアチニン0.18,HbA1c 0.09;図1右).血清クレアチニンとHbA1cは,年齢を考慮した後でも,sNfLの上昇と強く関連していました.同定された予測因子を組み込んだ調整済み百分位曲線として図1左が作成されました.



以上より,sNfLを評価する場合,年齢以外の要因として腎機能および代謝マーカーも考慮する必要があることが明らかになりました.著者は腎機能がNfLのクリアランスに重要であり,sNfLの測定値を解釈する際に考慮すべきと述べています(クリアランスのみならず,原因となる腎疾患によっては脳障害が生じる間接的な要因になるようにも思います).またHbA1cがsNfLの上昇と関連するメカニズムは明らかではないものの,糖尿病性神経障害,網膜症,脳血管障害などの微小血管疾患合併症がNfL放出に関係しているのではないかと推測しています.

今回の結果により,対象疾患とsNfLの関連をより正確に解釈できるようになります.近未来,外来での初診時に,血清のNfL濃度,クレアチニン,HbA1cをアプリに入力して,神経疾患のスクリーニングや重症度予測,さらには発症予測をする時代が来るものと思われます.
Fitzgerald KC, et al. Contributors to serum NfL levels in people without neurologic disease. Ann Neurol. 2022 Jun 21. doi: 10.1002/ana.26446.
Halloway S, et al. Association of Neurofilament Light With the Development and Severity of Parkinson Disease. Neurology. 2022;98:e2185-e2193.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冲中重雄先生が大切にした医の倫理 ―ヒポクラテスは1790年代から我が国に影響を与えていた―

2022年06月26日 | 医学と医療
私は「ヒポクラテスの誓い」は西欧の「医の倫理」の考え方で,日本人にはあまり影響を及ぼしていないと思いこんでいました.このため病棟実習の際,学生と一緒に「ヒポクラテスの誓い」を読んだあと,日本の場合と話して,緒方洪庵先生による「扶氏医戒の略(ドイツの医師フーフェランドの内科学書の蘭語訳書を日本語に翻訳したもの)」の講義をしていました.

最近,日本の神経学を築いた冲中重雄先生の著書「医師の心(東京大学出版会,1978)(図1左)」を読みました.先日の「ルリモハリモ・・・」の記事で,岩田誠先生や馬場正之先生から冲中先生とのエピソードを伺い,関心を持ったためです.本書は冲中先生の思索や講演をまとめた散文集で,日本の神経学がいかにして成立したか,その過程についても書かれており勉強になりました.

本書で大変驚いたことが2つありました.第1は,ヒポクラテスと「医の倫理」に関する文章が3つもあったことです.冲中先生が「ヒポクラテスの誓い」を重視していたことが分かります.臨床医の勤めとして最も大切なことは,第一に「医の倫理を守ること」,そして「患者さんから学ぶという心構え」である,と強調されています.そして米国の医学部では卒業生に対し,「ヒポクラテスの誓い」を宣誓させたあと,学位を授ける習わしになっていることを紹介し,単に医学に対する知識と技能とを証明するだけでは不十分で,医師の道徳的,人間的責任についての覚悟が重要と指摘しています.

第2は「ヒポクラテスが名哲であることが初めて日本人に知られたのは1749年頃であり,ターヘル・アナトミカが杉田玄白により日本に紹介された頃,すでにヒポクラテスは日本で偉人として尊敬され始めていた」と書かれ,冒頭で述べた私の認識が誤りであったことです.沖中先生は,緒方富雄博士(東京大学医学部名誉教授.緒方洪庵の曾孫)の研究を紹介されています.古書店でその著書「日本におけるヒポクラテス賛美 : 日本のヒポクラテス画像と賛の研究序説(日本医事新報社,昭和46年)(図1右)」を入手すると,それは日本で描かれたヒポクラテス画と画賛(絵画の上部の空白に書き込んだ詩文)を集めた大変立派な本でした!



それによるとヒポクラテスを初めて知ったのは蘭学医たちで,大槻玄沢(1757~1821)はコルネイキという人の本の中でヒポクラテス画を見て感動し,洋風画家石川大浪(1765~1817)に模写を依頼し,日本初のヒポクラテス画(1799)が描かれました.図2左のように禿頭でヒゲのゆたかな老人が左横に向いていて,指をゆるやかに開いた右手が見えているのが特徴です.日本人の描いたヒポクラテス画の中でもっとも多い図柄です.「日本脳外科の父」中田瑞穂先生の書かれたヒポクラテス画のスケッチ(考古堂書店.非売品)のなかにも,大浪の作品を模写したものがあることに気がつきました(図2右).



ほかにも8点の優れたヒポクラテス画を遺した桂川甫賢(1797-1844)の作品の表情も印象的でした(図3).



本書には非常にたくさんのヒポクラテス画や画賛が収められていました.日本の蘭学医はこれらを拝し,神格化して祭ったようです.「日本人に強く根ざしている祖先崇拝の心の表れと考えてよく,自分の奉ずる西洋医学の本質を忘れず,心を引き締め,また心の支えとした」と緒方先生は書かれています.ヒポクラテスが,日本における近代科学の黎明期以来,日本の文化に影響を与えていたことを初めて学ぶとともに,冲中先生が重視した「医の倫理」に関する教育の大切さをあらためて認識しました.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月18日)ブレインフォグ研究に大きな進歩 

2022年06月18日 | COVID-19
今回のキーワードは,嗅覚神経組織において持続する免疫反応が脳に影響を及ぼしlong COVIDが生ずる可能性がある,軽度の呼吸器感染は脳脊髄液でのCCL11上昇や大脳白質ミクログリア活性化を介して認知機能障害を引き起こす,オミクロン株の症候性感染に対し,ワクチン2回接種のみではほとんど効果がない,ワクチン誘発性免疫性血小板減少症による脳静脈血栓症に起因する死亡率低下に免疫療法は有効,です.

今回の最初の2論文はブレインフォグやlong COVIDのメカニズムに迫るもので,驚愕の内容でした.いままで何度もCOVID-19は認知症の危険因子になる知見が集積されつつあることを紹介してきましたが,いよいよ全体像が見えてきました.2つの論文をつなげると以下のようなストーリーになります.

軽度の呼吸器感染でも嗅覚神経組織での炎症が長期に持続する → 嗅球を介して中枢神経に影響が及ぶ,すなわち大脳白質のミクログリア活性化・脳脊髄液CCL11(エオタキシン)等のサイトカイン・ケモカイン産生が起こる → 海馬の神経細胞新生な障害,オリゴデンドロサイトの減少,ミエリンの喪失 → ブレインフォグ・認知機能障害

ちなみにこのCCL11は昨年,Nature誌において多くの研究者を驚愕させた論文の主役です.若年マウスに老齢マウスの血漿を暴露させると認知機能障害を起こすことができる,つまり血漿中のある物質が神経細胞新生・シナプス可塑性の低下や,恐怖条件付けや空間学習・記憶を損なうことを示した論文で,その原因物質として同定されたのがCCL11とβ2ミクログロブリンでした.Long COVIDにこのCCL11が関わるのか!と驚くとともに,「なんと恐ろしいウイルスなのだ」と今まで何度も繰り返していたフレーズが口を衝いて出てきました.当然,次はlong COVIDに対する免疫療法の効果の検証が開始されると思いますが,自身のCOVID感染後脳症の治療経験から(BMC Neurol. 20212;21:426),一度誘発された髄内サイトカイン・ケモカインの制御はステロイドパルスやIVIGでも容易ではなく,そう簡単ではないかもしれません.

◆嗅覚神経組織において持続する免疫反応が脳に影響を及ぼしlong COVIDが生ずる可能性がある.
Long COVIDの病態機序を明らかにするために, SARS-CoV-2ウイルスまたはインフルエンザAウイルス(IAV;2009年に大流行した豚インフルエンザのウイルス)に感染させたゴールデンハムスターの短期および長期の全身反応を比較した研究が米国から報告された.初感染後31日において2つのウイルスが肺で同様の反応を引き起こす一方,SARS-CoV-2ウイルスのみが嗅覚神経系で慢性的な免疫反応を引き起こし,それがウイルス除去後1カ月経っても明確に認められることを見出した.つまり感染性をもつウイルスが検出されないにもかかわらず,嗅球と嗅上皮では骨髄系細胞とT細胞の活性化,炎症性サイトカイン産生,インターフェロン反応が生じていた(図1).著者らは初感染により死んだ細胞の残骸やウイルスRNA断片が炎症を長期化させるという説を唱えている.そして驚くべきことに,これら嗅覚神経系における免疫反応はウイルス除去後1ヶ月に及ぶハムスターのうつや不安を示唆する異常行動と相関した.つまり嗅覚神経系における持続的な免疫反応が,脳に影響を及ぼし,ブレインフォグやlong COVIDをきたす可能性を示唆する.そしてCOVID-19から回復したヒト患者の嗅覚組織でも,持続的に上記と同様の転写の変化が認められた(IAV感染では認めない).この小動物モデルはlong COVID9の機序や治療法を探るために有用と考えられた.
Science Translational Medicine. Jun 7, 2022(doi.org/10.1126/scitranslmed.abq3059)



◆軽度の呼吸器感染は脳脊髄液でのCCL11上昇や大脳白質ミクログリア活性化を介して認知機能障害を引き起こす.
Neuro-COVID研究を牽引するYale大学からの報告.著者らはCOVID-19に伴う認知機能障害は,がん治療に関連した認知機能障害に似ているという仮説を立てた.がん治療に関連する認知機能障害では,大脳白質ミクログリア活性化とその結果生じる神経調節異常が中心的な病態機序と考えられている.このため著者らは軽症のSARS-CoV-2ウイルス呼吸器感染の脳への影響を調べた.この結果,マウスとヒトの双方で,大脳白質に選択的に認めるミクログリア活性化を見出した.マウスでは,軽症の呼吸器感染後,海馬における神経細胞新生の持続的な障害,オリゴデンドロサイトの減少,ミエリンの喪失がみられ,さらにケモカインCCL11(エオタキシン)を含む脳脊髄液サイトカイン・ケモカインの上昇を認めた(図2).CCL11の全身投与は,海馬におけるミクログリア活性化と神経新生の障害を引き起こすことも確認した.またlong COVIDにより認知機能障害が持続するヒト患者でもCCL11レベルが上昇していた.以上の所見はがん治療後とSARS-CoV-2感染後の神経病態が類似すること,ならびに軽度のCOVID感染でも認知機能障害につながる可能性があることを示している.
Cell. June 16, 2022(doi.org/10.1016/j.cell.2022.06.008)



◆オミクロン株の症候性感染に対し,ワクチン2回接種のみではほとんど効果がない.
オミクロン株のBA.1またはBA.2に対する自然免疫,mRNAワクチンまたはその両方による防御について研究した論文がカタールから報告された.症候性(つまり症状が見られるという意味)BA.2感染に対する感染歴のみでワクチン接種なしの有効性は46.1%であった.ワクチン2回接種+感染歴ないでは,その効果は乏しく-1.1%であった(ほぼ全員が2回目の接種を6カ月以上前に受けていた).3回接種+感染歴なしの有効率は52.2%で,2回接種+感染歴ありでは55.1%,3回接種+感染歴ありでは最強となり77.3%であった.BA.2感染による重症,重篤,致死的症例に対して,感染単独,ワクチン単独,ハイブリッド免疫のいずれも強い有効性(>70%)を示した.BA.1感染に対する解析でも同様の結果であった.以上よりオミクロン株とその亜種による症候性感染に対し,2回接種しても時間が経っているとほとんど効果がないものと考えられる.現状,2回接種のみではブレークスルー感染は生じてしまい,上述のlong COVIDに移行するリスクがあることを啓発する必要がある.
New Engl J Med. June 15, 2022(doi.org/10.1056/NEJMoa2203965)



◆ワクチン誘発性免疫性血小板減少症による脳静脈血栓症に起因する死亡率低下に免疫療法は有効.
ワクチン誘発性免疫性血小板減少症による脳静脈血栓症(VITT-CVT)は,COVID-19ウイルスベクターワクチンのまれな副作用である.2021年3月,VITTの自己免疫性病態が発見された後,治療勧告が策定された.これは3本柱,すなわち免疫療法(IVIGおよび/または血漿交換療法),非ヘパリン系抗凝固剤,血小板輸血の回避からなる.今回,欧州を中心とする多施設国際研究でこれらの推奨事項へのアドヒアランスと死亡率との関連性を検討することを目的とした前方視的研究が報告された.17カ国71病院から99例のVITT-CVT患者が解析された.まずVITT治療勧告の遵守は時間経過とともに改善した.しかし勧告に従った治療は死亡率を改善したものの,統計的有意差は認めなかった(14/44(32%)対 29/55(52%),調整後 OR 0.43).しかし免疫療法を受けた患者は死亡率が低下した(19/65(29%)対24/34(70%),調整後OR 0.19).ヘパリンの代わりに非ヘパリン系抗凝固薬を用いた治療は,死亡率の低下と関連しなかった(17/51(33%) vs 13/35(37%),調整後OR 0.70).また,血小板輸血も死亡率に有意な影響を与えなかった(17/27(63%) vs 26/72(36%),調整後OR 2.19).以上よりVITT-CVTの死亡率低下には,免疫療法がもっとも重要と考えられた.
Ann Neurol. June 10, 2022(doi.org/10.1002/ana.26431)





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脳神経内科医に求められる移行医療@Brain Nerve 6月号

2022年06月15日 | 医学と医療
特集「脳神経内科医に求められる移行医療」を企画しました.移行医療は重要な課題ながら,脳神経内科医のなかではまだ十分な議論ができておらず,残念に思っていました.かくいう私も数年前に2つの出来事を経験するまで,移行医療を実現する大切さを理解していませんでした.ひとつは地域のてんかん研究会で,ある小児科医から,小児期に発症し成人後も小児科で治療を継続する,いわゆるキャリーオーバーの問題にみんなで取り組むべきというご発表があり,その重要性を教えていただいたことです.発表後,小児科医から活発なご意見があったのに対し,脳神経内科医からはほとんど意見がなく対照的でした.そして岐阜大学小児科深尾敏幸前教授より「患者さんの希望を叶えるため,まず私達が連携を深めましょう」と声をかけていただきました.深尾教授は残念なことにその後,急逝されましたが,てんかんの移行医療の実現は,託された宿題のように感じています.

もう一つの出来事は,重症心身障害児や小児神経難病の患者さんが多数入院する病院を毎週回診する機会をいただき,脳性麻痺は定義上,非進行性の疾患のはずなのに,実は様々な進行性の変化を認めることを理解できたことです.成人脳性麻痺では健常者と比較して,脳卒中のハザード比は2倍,脊髄症に至っては8倍,さらに認知症,てんかん,睡眠障害,精神疾患の頻度も高いことが知られています(Smith SE, et al. Ann Neurol. 2021;89:860-871).その機序は不明ですが,成人の脳性麻痺患者さんの診療に成人科医師による治療やケアが不可欠であることを痛感しました.

しかし移行医療の実現には大きな障壁があります.小児科医は成人の医療に不慣れであり,逆に成人科医は小児の医療に不慣れで,小児期発症の障害が成人の生理にどのように影響するかについてほとんど理解できていません.この障壁を克服するには小児科医と成人科医のコミュニケーションを密にすること,そして互いの診療科について勉強し,経験する機会をもつことが求められます.その意味で,経験豊富な著者らが熱意を込めて執筆した本特集は,移行医療の啓発や実現に寄与すると確信しています.そして前述したSmithらも指摘していますが,脳神経内科の教育プログラムに小児神経学のトレーニングを追加することが不可欠です.現在の日本のように脳神経内科専攻医は内科学のみを研修するのではなく,関連する領域と必要に応じて自由に交流し,初期研修とは異なる高いレベルの研修を行うべきと思います.小児科のみならず,精神科,脳神経外科,リハビリ科等を含めた,柔軟な教育システムの再構築が必要であると考えます.(本特集のあとがきを改訂しました)

アマゾンへのリンク



★以前もご案内しましたが日本神経学会の移行医療によるアンケートへのリンクです.学会員限定ですが,未回答の先生はどうぞ宜しくお願いいたします.

★目次 特集 脳神経内科医に求められる移行医療
敬称略
オーバービュー(望月秀樹)
移行医療の現状と課題──脳神経内科の立場から(望月葉子)
移行医療の現状と課題──小児神経科の立場から(藤井達哉)
移行医療の外来診療(﨑山快夫)
千葉県移行期医療支援センターにおける取り組み(桑原 聡)
移行医療の支援体制(掛江直子)
脳性麻痺(荒井 洋)
小児期発症てんかん患者の移行医療(阿部裕一)
子どもの権利擁護に根差した移行医療──発達障害を中心に(田中恭子)
運動異常症を主体とした神経難病(佐々木征行)
筋ジストロフィー(松村 剛,齊藤利雄)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月11日)  

2022年06月11日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDは1年後でも15.1%の症例で症状が持続する,急性期に脳炎・脳卒中・痙攣を来した患者の長期的予後は不良,Long COVIDにおける慢性疲労の原因としてミオパチーがある,多発性硬化症患者はCOVID-19罹患後に36.9%の症例で神経所見の悪化が見られる,多発性硬化症におけるワクチン接種後の増悪は12%にみられ既存の症状の増悪が主,重症筋無力症におけるCOVID-19ワクチン接種は重症度の悪化と関連しない,です.

Long COVIDへの罹患は10~30%と言われています.これらの患者がどれくらいの期間,罹患しているかを知ることは,職場や学校に復帰するためのリハビリや支援を計画する上で重要です.今回,この問題をWHOの基準に則り世界的に解析した大規模研究が報告されました(現時点ではプレプリント論文).急性期に入院した症例は中央値で8.84カ月,急性期に軽症であった症例は短くなり中央値3.99カ月でした.しかし12ヵ月後もlong COVIDが持続している症例が15.1%も存在していました.オミクロン株になり感染者数が増え,long COVID症例も増加しています.社会にとって大きな問題になります.感染予防の緩和を進めるのであればlong COVIDへの本格的な対策(診療センター設置や,病態や治療研究のための予算確保,ケアモデル・社会的支援の確立)をセットとして行う必要があります.

◆long COVIDは1年後でも15.1%の症例で症状が持続する.
2020年および2021年にlong COVIDに罹患する患者数,症状の重症度,予想される回復パターンを国・地域別に推定することを目的としたsystematic reviewが報告された.long COVIDの3つの主要な症状クラスター(疲労,呼吸障害,認知障害)について,10カ国で進行中のコホート研究(1906人の市中感染者と1052人の入院患者)を共同で分析した.さらに3万7262件の市中感染と9540件の入院患者に関する公表データ,および130万件の感染に関するICDコード化された医療記録データを追加した.この結果,2020 年と 2021 年に世界では,1億4470 万人が,long COVID の3症状分類のいずれかに罹患していた.疲労,呼吸障害,認知障害の各クラスターは,全症例の51.0%,60.4%,35.4%で認められた(図1).



女性に多く,年代別では男女とも20歳代にピークがあり,働き盛りの年代にかけて多い特徴を認めた(図2).急性期に軽症であった症例は,急性期に入院した症例に比べ,推定回復期間が早かった(中央値3.99カ月対8.84カ月).12ヵ月後,15.1%が引き続き,long COVIDを呈していた.



medRxiv. 2022 May 27:2022.05.26.22275532(doi.org/10.1101/2022.05.26.22275532)

◆急性期に脳炎・脳卒中・痙攣を来した患者の長期的予後は不良.
COVID-19による入院患者で,神経症状を認めた転帰(再入院率および死亡リスク)を検討した研究が米国ニューヨークから報告された.対象はSARS-CoV-2検査結果陽性から6週間以内に神経疾患を合併した入院患者532名と合併しなかった対照532例を比較した.神経疾患の内訳は脳症(89.8%),脳卒中(12.4%),痙攣(7.1%)が最も多かった(図3).症例は対照よりもベースラインの神経学的併存疾患(36.3%対13.0%,p<0.0001),ICUでの治療(62.0%対9.6%,p < 0.0001) が多くみられた.退院した394名(74.1%)のうち55.8%が6カ月以内に再入院し,再入院中の死亡率は23.2%であった.以上より,急性期に脳炎・脳卒中・痙攣を来した患者の長期的予後は不良である.
Neurology. June 2, 2022(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200006)



◆Long COVIDにおける慢性疲労の原因としてミオパチーがある.
Long COVIDにおける慢性疲労の原因として,ミオパチー(筋障害)の可能性が示唆されている.これらの患者を対象に,筋病理を検討した研究がデンマークから報告された.対象は最長14ヶ月間持続する疲労,筋肉痛,脱力感を訴える患者16名(平均年齢46歳)とし,針筋電図と筋生検を施行した.筋力低下を50%,筋電図異常を75%,病理学的変化を全例で認めた.筋線維の萎縮は38%に認められ,56%に筋線維の再生所見を認めた.COX活性の低下,異常クリステ等のミトコンドリア変化を62%に認めた.炎症も62%に認められ,T細胞,マクロファージおよび/または筋線維のHLA-ABC発現がみられた(図4).75%の毛細血管は基底膜と細胞を含めて障害を受けていた.2例では,筋線維のみならず神経や毛細血管にも異常な量の基底膜を認めた.以上より,long COVIDにおいて骨格筋が主な標的と考えられた.ミトコンドリア変化,炎症および毛細血管損傷は,エネルギー供給の減少により部分的に疲労を引き起こす可能性がある.ほとんどの患者の急性期症状は軽度から中等度であった.オミクロン株も長期的なミオパチーを引き起こす能力を持っている可能性がある.
Eur J Neurol. June 6, 2022(doi.org/10.1111/ene.15435)



◆多発性硬化症患者はCOVID-19罹患後に36.9%の症例で神経所見の悪化が見られる.
多発性硬化症(MS)患者におけるCOVID-19罹患の影響を検討した研究が米国から報告された.対象は111例で,女性が85例,平均年齢49.3歳,EDSS中央値2.5であった.41名(36.9%)にCOVID-19罹患後の神経所見の悪化が見られた.そのうち再発を2名(4.8%),偽再発を19名(46.3%),既存の関連症状の悪化を24名(46.3%)で認めた.神経所見の悪化は,COVID-19の入院(中等症・重症)(p=0.001),治療を要するCOVID-19(p=0.006),COVID-19の不完全な回復(p=0.0267)と関連していた.年齢,性別,人種,疾患期間,EDSS,疾患修飾薬の使用とは関連していなかった.
Mult Scler Relat Disord. June 6, 2022(doi.org/10.1016/j.msard.2022.103946)

◆多発性硬化症におけるワクチン接種後の増悪は12%にみられ既存の症状の増悪が主.
多発性硬化症(MS)において,COVID-19ワクチンを接種した際の新しい神経症状や再発の発生率,またCOVID-19感染後の転帰等について研究が米国から報告された.対象は333人で,うち292人がワクチン接種を受け,そのうち58%がワクチン接種後の副反応を呈した.12%が既存のMS症状の悪化を呈し,2.7%が接種後に新しい神経症状(再発)を呈した.62名が感染し,若年者の頻度が高かった.疾患修飾療法もB細胞療法も,特にワクチンの副作用,神経症状,SARS-CoV-2感染と関連はなかった.以上よりワクチン接種後の増悪は既存の症状の増悪が主で,新規症状の出現(再発)も生じうるが稀である(感染するよりも頻度が低い).
Neurol Clin Pract. March 16, 2022(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000001164)

◆重症筋無力症におけるCOVID-19ワクチン接種は重症度の悪化と関連しない.
重症筋無力症(MG)患者に対するCOVID-19ワクチン接種について検討した研究がトロントから報告された.対象はCOVID-19ワクチン接種を2回受けたMG患者とし,後方視的な検討を行った.対象は200名で,平均年齢64.3歳,男性51.5%,全身性が82%であった.vMGII,SSQ,PASSという3つの評価法で,ワクチン接種後,最終フォローアップ時まで安定していた.初回接種後に60%,2回目接種後に56%の患者が副反応を呈した.以上より,COVID-19ワクチン接種は,MG患者においても忍容性に優れ,MGの重症度の悪化とは関連しなかった.副反応の有病率も一般集団と同じであった.
Muscle Nerve. June 08, 2022(doi.org/10.1002/mus.27657)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Lhermitteの研究の変遷 ―脊髄損傷から悪魔の憑依まで―

2022年06月09日 | 医学と医療
カンファレンスでLhermitte徴候,すなわちフランスの医師Jacques Jean Lhermitte(1877-1959;図左)の名を冠した神経徴候の話をしました.Lhermitte先生はCharcot学派のPierre Marie先生の助手を務め(Charcot-Marie-Tooth 病やラクナ梗塞等で有名です),サルペトリエール病院では臨床部長も務めました.また神経病理学の分野でも活躍しました.とくに脊髄損傷の研究を行い,頸部を他動的に前屈させると項部から背部正中に沿って上から下に電撃痛が走り,ときに下肢まで放散する現象(Lhermitte徴候)を見出しました.じつはこの徴候,1917年にMarieら,1918年にBabinskiらによっても記載されています.最終的にLhermitteの名前が冠されたのは,MarieやBabinskiの報告はほとんどが脊髄損傷で,病因も屈曲時の神経根への圧迫とだけ述べられているのに対し,Lhermitteは多発性硬化症やその他の様々な脊髄疾患における所見を記述し,その病態を詳しく検討したためです(Beçhet病や頚椎症性脊髄症,放射線脊髄症などでも認めます).またLhermitteの名前を関した病名・症候群もたくさんあります(Lhermitte-Duclos病など).

興味深いことにLhermitteは,その後の研究テーマを人間の精神や高次脳機能障害にシフトさせていきます.具体的にはカタプレキシー,視覚異常,幻肢などの難解な現象に取り組みました.Lhermitte's peduncular hallucinosisという言葉がありますが,これは中脳幻覚症のことす.1922年に意識を保ったまま,鮮やかでカラフルな純粋視覚幻覚について報告しています(図中央は以前当科から報告した中脳幻覚症のスケッチです).また最近,1950年代の未発表のメモ(図右)が発見されましたが,なんと「悪魔の憑依」を研究しています(背景として宗教に関連したトラウマが議論されています).Lhermitteの学術的関心はその人生において大きく変化したことが伺えます.一度の人生,Lhermitteのように,好きな勉強に思いっきり取り組みたいと思いました.

Chu DT et al. Jacques Jean Lhermitte and Lhermitte's sign. Mult Scler. 2020;26:501-504.
Drouin E, et al. Demonic possession by Jean Lhermitte. Encephale. 2017;43:394-398.
美しい幻覚-中脳幻覚症-(http://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/observation/007.html)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

医療者のバーンアウトと対策@日本内科学会第66回信越支部生涯教育講演会

2022年06月06日 | 医学と医療
田部浩行会長(新潟県立中央病院副院長)に貴重な機会を頂戴し,「医療者のバーンアウト」について講演をしました.じつは学会の教育講演にバーンアウトの演題でお招きいただいたことは初めての経験でした.お伝えしたいことはたくさんありますが,とくに知っておくべき知識としては以下の3点を挙げたいと思います.

①自分が有意義と考える仕事に費やす時間を20%以上とるとバーンアウトのリスクを半減できるエビデンスがあること(20%ルール).
②バーンアウト対策として個人ができることは限界があり,組織レベルのアプローチのほうがより有効というエビデンスがあること.
③バーンアウト対策において上司の役割が重要であることを示唆する知見が増えていること.

よろしければスライドをご覧ください



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月4日)  

2022年06月04日 | COVID-19
今回のキーワードは,感染前のワクチン接種のlong COVID抑制効果は15%にとどまる,オミクロン株の亜種は感染率がさらに上昇し,免疫を回避しやすくなっている,1wayマスクの効果は不明,オミクロン株による重症化の予防には3回接種が必要,COVID-19後のパーキンソニズム20例の特徴と治療反応性,です.

ワクチン3回接種,4回接種の有効性の問題が議論されています.4回目についてのエビデンスは当然これからですが,3回目は行ったほうが良いというエビデンスが蓄積されつつあります.具体的には,2回接種のみではlong COVIDの抑制効果はなくないものの15%と限定的であること,そしてオミクロン株とその亜種の場合,重症化しないためには3回接種する必要があることが次第に明らかになってきています.Long COVIDは感染者の10~30%にみられるとも言われています.周囲に3回目接種をしていない人がいたら情報を伝えていただければと思います.

◆ワクチン2回接種では,long COVID抑制効果は15%にとどまる.
ワクチン接種後のブレイクスルー感染(2回接種後14日経過したあとの感染)でlong COVIDがどれほど生じるかを検討した研究が米国報告された.本研究では,米国退役軍人省の全国医療データベースを用いて,ブレイクスルー感染患者と対照を比較した.ワクチン接種歴のない感染者(11万3474人)と比較して,ブレイクスルー感染者(3万3940人)では死亡はハザード比0.66,そしてlong COVIDはハザード比0.85(95%CI 0.82~0.89)との発生リスクが減少した(図1).つまり感染した場合,long COVIDの発生率はワクチン2回接種では減少はするものの15%にとどまる.感染前のワクチン接種はlong COVIDに効果はなくはないものの,2回では限定的な防御にとどまることが示唆された.ブースター接種の効果についてはまだ結果が出ていないが,2回では不十分であることを認識する必要がある.
Nature Med. May 25, 2022(doi.org/10.1038/s41591-022-01840-0)



◆COVID-19の最新キーワード ―オミクロン亜種,1wayマスク,アップ・トゥ・デート―
【オミクロン株の亜種は感染率がさらに上昇し,免疫を回避しやすくなっている】
オミクロン株の亜種(BA.1)は,2021年11月に南アフリカで初めて確認された後,急速に世界に広がり,多くの国で急速に優勢な亜種となった.さらにいくつかの系統と亜系統が出現し,最も一般的なのは,BA.1,BA.1.1,BA.2,BA.2.12.1である.BA.2型の有効再生産数はBA.1型の1.4倍である.BA.2感染の症状はBA.1と似ており,軽い上気道炎症状(咽頭痛,咽頭炎など)が多い.また非特異的な症状(筋痛,頭痛,鼻閉,疲労感など)とともに,消化器症状を認める.

BA.2.12.1は,現在,米国で主流となっている.BA.2の変異にスパイク変異S704LとL452Qが加わったもの.L452QによりウイルスがACE2受容体とより強く結合し,感染力が強くなる.BA.1に感染してもBA.2.12.1に対する交差免疫はほとんどなく,BA.1でオミクロン感染をしてもBA.2.12.1感染する.

BA.4とBA.5の2つの亜種は,最近南アフリカとヨーロッパで出現した.やはり著しく感染力が強く, BA.2.12.1と同様に,BA.1感染してもそれらの感染からあまり保護されない.幸いなことに以前の変異体よりも重篤な疾患を引き起こすことはない.以上のようにオミクロン株の出現以降,さらに感染率が上がり,免疫を回避しやすくなっている.

【1wayマスクの効果は不明】
マスク着用が義務づけられなくなったことを考えると,マスクをしたい人はどうしたらいいのか,1wayマスク(マスクを着用し,周囲の人はマスクをしていない状態)で防御できるのかが今後の問題となる.高性能マスク装着が1つのアイデアであるが,米国で販売されているKN95マスクの60%は偽造品であり,米国労働安全衛生研究所(NIOSH)の基準を満たしていないことが推定されている.NIOSH承認のマスクは,承認ラベルがマスク本体またはパッケージ内に貼られている.

【オミクロン株による重症化の予防には3回接種が必要】
CDC は,4 回目のワクチン接種を,少なくとも 4 ヶ月前にブースター接種を受けた 50 歳以上の高齢者と,中度または重度の免疫不全の 12 歳以上で,少なくとも 4 ヶ月前にブースター接種を受けた人にのみ推奨している.他のワクチンと同様に,COVID-19に対するワクチン接種の目的は,重症化から守ることであり,すべての感染を防ぐことではない.しかし重要なこととして,オミクロン株とその亜種の場合,重症化しないためにはmRNAワクチンを3回接種する必要があることが次第に明らかになってきており,CDCはこれを「アップ・トゥ・デート」と呼んでいる.

SARS-CoV-2が完全に根絶されることはないことは明らかである.また感染後10~30%の人がlong COVIDを経験すると推定されている.よって次の段階では,地域社会の感染が低く,予防措置を「ダイヤルダウン」できる時期と,感染の増加により緩和努力を「ダイヤルアップ」しなければならない時期があることを認識する必要がある.→ long COVIDの社会への大きな影響を考えれば,緩ませたままではダメということだ.
JAMA. May 27, 2022(doi.org/10.1001/jama.2022.9655)

◆COVID-19後のパーキンソニズム20例の特徴と治療反応性.
多くのウイルス感染が(一過性)パーキンソニズムを来す(図1).SARS-CoV-2感染でも当初からパーキンソニズムの出現に関する懸念が指摘されてきた.このため,2022年2月までの文献をレビューし,健常者がSARS-CoV-2感染後に新たにパーキンソニズムを発症した症例について検討した研究が報告された.結論は感染と同時あるいは感染直後にパーキンソニズムを呈した20例が報告されていた.そのうち11例では脳症に伴ってパーキンソニズムが出現し,4例では脳症を伴わない感染後パーキンソニズムで,残り4例では特発性PDと類似していた.9例はドパミン作動薬による治療で,4例は免疫調節薬による治療で良好な改善を得られていた.以上より,現在までに得られたデータでは,COVID-19パンデミックに伴うパーキンソニズムに関して明確な関連は見いだせない.しかし,今後,長期的な影響が出現する可能性があるため警戒が必要である.
Mov Disord. April 19, 2022(doi.org/10.1002/mdc3.13461)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする