Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ALSに対する高カロリー経腸栄養は安全で,予後を改善するかもしれない

2014年04月22日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)ではしばしば体重減少を来す.これは筋肉と脂肪の減少によるが,この原因としては嚥下障害,うつや食思不振,上肢の筋力低下に伴う食事摂取困難,疾患に伴う代謝亢進が関与している.元の体重より10%減少した場合,PEGやRIGを用いた経腸栄養を行う.しかし経腸栄養の必要カロリーに関してガイドラインはない状態である.

一方,体格指数であるBMI(body mass index)と生存率の関係が指摘されている.つまりBMIが18.5 kg/m2未満(やせ)では生存期間が短く,逆に中等度の肥満(BMI 30-35 kg/m2)では疾患の進行が遅く,生存期間も長い!という発見である.その後,動物モデルでも検証が行われ(SOD1トランスジェニックマウス;Gly86Arg,Gly93Ala),高脂肪を含む高カロリー食が体重の増加と,進行速度の抑制をもたらし,逆にカロリー制限は生存期間を短縮した.以上の結果から,体重を増加させるような栄養の介入は,生存期間を延長させる可能性が示唆された.今回,ハーバード大学のグループを中心とする研究チームにより,すでにPEGから経腸栄養を受けているALS患者に対する高カロリー食の「安全性と忍容性」を評価した研究が報告されたので紹介したい.

方法は米国内において,第Ⅱ相二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験として行われた.対象は18歳以上のALS患者で,糖尿病,肝炎,心筋梗塞,脳卒中の既往のある者は除外された.またPEGによる経腸栄養をすでに行っており,非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)が1日10時間未満の症例とした.1日の必要カロリーを間接熱量測定法(二酸化炭素産生量と酸素消費量から基礎代謝を推定する)と活動度から計算した.高カロリーの2群は,動物モデルの結果を参考に,必要カロリーの125%とした.そして,必要カロリーと同様のカロリーを与える通常カロリー群(コントロール群),カロリーの35%が脂肪である高炭水化物・高カロリー群(HC/HC群),カロリーの55%が脂肪である高脂肪・高カロリー群(HF/HC群)の3群を1:1:1にランダムに割りつけた.各群,全カロリーにおいて蛋白質の占める割合は17%と共通とした.高カロリーの2群では,1週間当たり500gの体重増加を目標としてカロリーが調整された.4ヶ月間,栄養に関する介入を行い,その後,通常の栄養に戻し5ヶ月目まで経過観察を行った.主要評価盲目は安全性と忍容性とし,全例で解析を行った.期間中,高脂血症治療薬の使用は禁止した.

さて結果であるが,2009年12月から2012年11月まで24名が登録されたが,4名(通常カロリー群1名,HC/HC群1名,HF/HC群2名)が介入開始前に同意を撤廃した.残った20名(通常カロリー群6名,HC/HC群8名,HF/HC群6名)に対し介入を行った.HC/HC群は他の群と比較して.副作用(消化器症状,感染,易疲労など)が少なかった(HC/HC群の23エピソードに対し,通常カロリー群42エピソード,HF/HC群48エピソード;全体でp=0.06,HC/HC群 vs 通常カロリー群 p=0.06).そして重症副作用(呼吸器症状,肺炎)も,HC/HC群は通常カロリー群と比較して有意に少なかった(0名,9名;p=0.0005).HC/HC群の患者で,副作用のため栄養を中止することはなかった(HC/HC 群0/8名 対 通常カロリー群3/6名).つまり通常カロリー群において,4ヶ月未満での脱落が最も多かった(50%).HC/HC群において,1ヶ月あたり平均390gの体重増加があり,推定カロリー量の1.54倍のカロリーが投与されていた.HF/HC群では,推定カロリー量の1.51倍のカロリーが投与されたにもかかわらず,1ヶ月あたり平均460gの体重減少がみられた.

副次評価項目として死亡についても検討した.5ヶ月間の経過観察で,HC/HC群 9名では死亡なし(0%),一方,通常カロリー群では3/7名(43%)の死亡であった(log-rank p=0.03).HF/HC群は13%であった.副作用,忍容性,死亡,疾患の進行は,HF/HC群と通常カロリー群で有意差を認めなかった.ALSFRS-Rによる機能評価では,HC/HC群では他の2群よりもより進行の程度が緩徐であったが,統計的有意差には至らなかった.

以上の結果から高カロリー経管栄養(HC/HC群)は安全で忍容性が高いことが分かった.つまり,ALSに対する簡単,安全,安価な治療の道が開かれたことを意味する.しかしかなり小規模の試験であることから,治療選択の意思決定の根拠とするには弱い.リチウム試験の場合も,同様にフェーズ2試験で有効であったが,その後の大規模試験で効果は証明できなかった.また本研究の治験参加者は平均20%の体重減少があり,全例PEGを有する進行期の症例であった.つまり,病初期の段階での介入で安全性や有効性が得られるとは限らない.本研究の結果,当然,医師も患者も高カロリー食を摂取するようになるため,大規模試験を行うことは難しいかもしれないが,エビデンスの確立のために,今後,大規模な介入試験を,より早期の患者も含めて行う必要がある.また予想外の結果として高脂肪食は動物モデルの結果とは異なり効果は乏しく,むしろ体重減少をもたらした.炭水化物でカロリーを得ることが良いのかもしれない.

この論文を含む一連の研究は,患者さんをしっかり診て,体重と予後の関係に気がついたことがすべての始まりであったように思う.治療の手がかりは,基礎研究による病態の理解のなかだけにあるのではなく,日々の臨床の中にもあるということを改めて認識させられた論文である.

Hypercaloric enteral nutrition in patients with amyotrophic lateral sclerosis: a randomised, double-blind, placebo-controlled phase 2 trial. Lancet. 2014 Feb 27. pii: S0140-6736(14)60222-1.  

ALSの栄養管理に関する著者スライド


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ALSにおける静脈血栓塞栓症の頻度は高い

2014年04月13日 | 運動ニューロン疾患
深部静脈血栓症は,主に下肢あるいは骨盤内に発生する深部静脈内の血栓を指す.原因としては,Virchowの3徴がよく知られており,①血流の停滞,②血管内皮の損傷,③血液凝固能亢進が血栓を引き起こす.急性期には下肢の腫脹や疼痛が出現し,慢性期になると下腿潰瘍や壊疽を来す.しかし,最も重篤な合併症は,肺塞栓症で,死に至ることもある.深部静脈血栓症と肺塞栓症は一連の病態であることから,両者をあわせて「静脈血栓塞栓症」と呼ぶことがある.

神経疾患ではこの静脈血栓塞栓症を合併することが少なからずある.脳梗塞や脊髄外傷はその代表で,下肢の運動障害による血流の停滞が引き金になる.今回,ALSにおける静脈血栓塞栓症の頻度と,その危険因子を明らかにすることを目的とした前方視的研究が,カナダから報告されたので紹介したい.

方法は外来通院中のALS症例連続50例を,登録後6ヶ月目および12ヶ月目に,超音波duplex法を用いて下肢近位部を検査した.主要評価項目は臨床的に重大な静脈血栓塞栓症とした(分類は無症候性・症候性深部静脈血栓症,肺塞栓の3つとした).各症例において,登録から静脈血栓塞栓症の確認,死亡,追跡からの脱落,最終12ヶ月までの期間(単位person-days)を記録した.

さて結果であるが,1年の経過観察期間において,静脈血栓塞栓症は4名で認められ,その内訳は,深部静脈血栓症3名(無症候性2名,症候性1名),肺塞栓1名であった.13,011 person-daysの経過観察で,年間発症率は11.2%であった(4/(13011/365)*100).症候性に限ると5.6%となり,既報の後方視的研究の2報(2.7%,3.3%)より高かった.またこの5.6%という値は,高齢者における疫学研究によるデータ0.59%の10倍であった.

危険因子に関しては,下肢発症,および下肢筋力低下主体のALSでは,発症率は35.8%および35.5%と増加した.静脈血栓塞栓症のリスクはALSFRS-Rサブスコア(下肢)と正の相関(p = 0.03),逆に下肢活動スケールスコアと負の相関(p = 0.02),下肢筋力MRC(Medical Research Council)スケールスコア平均と負の相関(p = 0.03)を認めた.すなわち,下肢の機能が低下し,筋力低下が目立つほど,静脈血栓塞栓症のリスクが高まることを意味する.

結論として,ALS症例では外来通院の時期から健常者と比較し静脈血栓塞栓症を高率に発症し,とくに下肢筋力低下が目立つ症例はそのリスクが高かった.この結果から,下肢の筋力低下を認める症例では,深部静脈血栓症のスクリーニング検査をルーチン検査として検討すべきであること,またハイリスク症例では予防療法を行うことが必要と考えられ,今後,その効果について検討を行う必要がある.

Neurology. Published online before print April 11, 2014

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