Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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虫歯菌,歯周病菌は脳卒中の新たなリスク因子である@第44回日本脳卒中学会学術集会(横浜)

2019年03月24日 | 脳血管障害
標題の学会にて,シンポジウム「脳卒中の新たなリスク因子-口腔・腸内常在菌,マイクロバイオームとバイオマーカー-」の座長を担当した.このなかで最近,関心を持っている口腔常在菌(歯周病菌,虫歯菌)と脳の関係に関してご紹介したい.

① 特定の虫歯菌を持つ人は脳出血リスクが上昇する(国立循環器病研究センター 脳神経内科 猪原匡史先生)
【特定の虫歯菌とは?】
虫歯菌のひとつであるS. mutans(ミュータンス菌;写真左)のなかには,Cnmタンパクというコラーゲンに結合する蛋白を持つ菌と,持たない菌がある.このCnmタンパクを持つ菌を口腔内に持つ人(保菌者)は,認めない人と比較し,脳微小出血や脳出血の発症頻度が高いことが明らかになった.ちなみにCnm陽性ミュータンス菌の保菌率は日本人では約10~20%といわれている.

【なぜ脳出血を引き起こすのか?】
この菌が脳出血を起こすメカニズムは次のように考えられている.
1)この菌は,歯周病では大量に,ブラッシングやフロスの使用でも少量ながら,血中に侵入し,菌血症(細菌が血液中に侵入した状態)になる.
2)加齢や生活習慣病のために脳の血管の壁が脆くなっていると,血管壁の内部にあるコラーゲン線維が表に出てきてしまうが,血中に侵入したこの菌はCnmタンパクを介して血管壁に結合する
3)菌の血管壁への結合は,血管壁の炎症をもたらし,出血しやすくなる.
4)さらに菌はマイナスに荷電しているため,血管壁もマイナスに荷電してしまう.通常,血管が脆くなり出血しそうになると,血小板が集まってきて止血されるが(一次止血),血管壁がマイナス荷電していると,同じくマイナスに荷電している血小板が血管壁に集まることができない.
5)このため最終的に血管壁が破れ,脳出血をきたす.

高血圧が原因と考えられた脳出血の26%の患者にこの菌の感染がみられたという報告もあり,脳出血の重要な危険因子である可能性がある.もし保菌者への治療介入が実現した場合,年間3万人の脳微小出血が予防可能と推定する研究もあり,今後重要な危険因子として確立される可能性がある.

【現在の状況と疑問】
現在,猪原先生らはこの菌のもつ臨床的意義をより明確にするため,多施設共同前向き観察研究(RAMESSES研究)を開始している.個人的に興味深いと感じた点は,Cnm 陽性患者の脳出血のサイズは小さいにもかかわらず,長期予後が不良である点だ.猪原先生は感染に伴う全身合併症(IgA腎症やNASH)が予後を増悪させる可能性を指摘している.個人的にはこの菌が,最近話題になっているP. gingivalisのように血液脳関門を通過し,脳内に入る可能性があるのではないか気になった.

② 異なる歯周病菌は異なるタイプの脳梗塞を起こす可能性がある(広島大学大学院 脳神経内科学 細見直永先生)
【Prevotella intermediaは動脈硬化から脳梗塞を起こす】
歯周病菌感染症がアテローム動脈硬化(*)に関与していることが報告されている.また歯周病が脳梗塞の発症にも関わることも報告されている.例えば,歯周病菌の一つであるPrevotella intermediaに対する抗体価が,アテローム動脈硬化をともなう脳梗塞において高値を示し,この抗体価の上昇と頸動脈の動脈硬化病変との関連が指摘されている(オッズ比 16.58, 95% CI 3.96-78.93).つまりこの菌の感染が頸動脈の動脈硬化をきたし,その結果として脳梗塞が生じる可能性がある.

*アテローム動脈硬化は粥腫(プラーク)と呼ばれるものが血管の壁に作られる特徴をしめす動脈硬化

【アルツハイマー病で話題のP. gingivalisは心房細動から脳梗塞を起こす】
一方,別の歯周病菌であるPorphyromonas gingivalis(P. gingivalis)に対する抗体価の上昇が,心房細動と関連があることも報告されている(オッズ比 4.36, 95% CI 1.71-12.10).心房細動は脳梗塞の重大なリスク因子であるが,なぜP. gingivalis感染が心房細動をもたらすかの機序は不明である.

この菌は,先日のブログでアルツハイマー病(AD)との関連を紹介した菌である.歯肉から血中に入り,加齢や脳血管障害で脆弱化した血液脳関門を通過し,脳内でタンパク分解酵素gingipainを産生・分泌し,AD発症の引き金をひく.米国の創薬ベンチャーがgingipainを阻害する薬剤を用いたADに対する臨床試験をすでに開始しており,もし成功すればADの予防や治療が大きく変わる可能性がある.もしかしたらこの薬剤は,同時に心房細動も予防・改善する可能性もあるかもしれない.
以上のように,細見先生は,異なる歯周病菌が,異なるタイプの脳梗塞を引き起こす可能性を指摘した.

③ 口腔ケア,歯科的治療は脳梗塞に対し効果があるのか?

一番知りたい点であるが,結論は現時点では「わからないが,信じて口腔ケアをきちんと行う!」が答えである.これから臨床試験を行い,治療介入の効果を明らかにする段階にある.しかし猪原先生は,なかなか再発を抑えられなかった脳出血症例を,口腔ケアを強化することにより再発しなくなった症例を紹介された.また細見先生も口腔ケアでどれだけ脳卒中が抑えられるかが課題であり,今後は「医科と歯科との連携強化が重要になる」と語っていた.そしてこれらの菌が脳卒中を起こすメカニズムが詳細に分かれば,将来,そこから治療薬が開発される可能性もある.

脳血管障害を防止する方法として,高血圧,高脂血症,糖尿病,不整脈などの心疾患,喫煙といった従来から知られた危険因子に対策を立てつつ,歯周病の治療と口腔ケアは行うべきであろう.
①歯科医を受診し,虫歯を治すことがまず大切である.
抜歯により,その1.5-5分後に顕著な菌血症が生じ,血中の細菌数が著増する恐ろしいデータが報告されている(右図:Circulation. 2008;117:3118-25.).抗生剤を併用するとある程度,減少する.注目していただきたいのは一番下の「歯磨き」でも軽度ながら菌血症が生じることである.通常は免疫システムにより排除されるが,免疫力が低下していたり,血管壁が脆くなっていると,菌が出血や動脈硬化を引き起こすかもしれない.歯肉を傷めて菌血症を起こさないように正しいブラッシングを行うことを心がけても良いのかもしれない.
いずれにしても今後の研究が期待される新しい領域である.
図はhttps://neurosciencenews.com/ich-stroke-oral-bacteria-neurology-3676/より引用.



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脳梗塞に至る「虚血中心(コア)」は均一ではなく,その一部は再生療法の治療標的となる  ―虚血中心の再定義を行う―

2019年03月12日 | 脳血管障害
脳梗塞巣において回復の見込みがない領域を虚血中心(コア)と呼んでいる.新潟大学,岐阜大学,ワシントン大学のチームは,虚血中心(コア)の一部に血管新生が生じていることを見出し,虚血中心(コア)が今後の再生療法のターゲットになるという従来にない仮説を提唱し,JCBFM誌に採択されたのでご紹介したい.

【もう回復しない虚血コアと半死半生の虚血ペナンブラ】

脳血管が閉塞したあと,回復不可能な領域は虚血中心(コア)と呼ばれる.一方,脳血流の再開により回復可能な領域は虚血ペナンブラと呼ばれる.Penumbraは,ラテン語で「殆ど」を意味するpaenesと,umbra(影)を合成した言葉で,日本語では「半影」と呼ばれる.一部が照らされ,一部が影になっているわけで,転じて虚血ペナンブラは,半分生きて半分死んでいる,すなわち,治療によっては回復しうる領域である.従来の研究では,虚血中心の回復は諦め,もっぱら虚血ペナンブラを回復することが目標とされてきたわけである.

【虚血コアのなかに血管新生がある部位がある!】
虚血コアは神経細胞が死滅している部位である.動物実験では神経細胞に存在する微小管結合タンパク質MAP2(Microtubule Associated Protein 2)が存在しない(=免疫染色で染まらない)領域を虚血ペナンブラと呼ぶ慣習がある.私たちは,2017年,Scientific Reports誌に,脳内炎症細胞のミクログリアに,適切な条件で低酸素・低糖刺激を行い,その性質を炎症性から脳保護性に変化させることで,有効な細胞療法が行うことができ,動物モデルにて脳梗塞後の機能回復を促進できることを示した.
この論文の中で,神経細胞が失われ,回復の可能性がないはずの虚血中心の辺縁部(灰色)に,血管新生が僅かではあるが生じていることを,当時大学院生だった三浦南先生,石川正典先生が見出した.この発見を契機として,虚血中心における血管新生の意義を金澤雅人先生が中心となり検討した.具体的には,既報を渉猟し,この現象の意味を考え,「虚血コアは均質ではなく,細胞療法の治療標的となる部位がある」という従来にない仮説を立てた.

【虚血中心は不均一であるという既報】
まず,過去の虚血中心に関する報告を調べた.その中で重要な報告に,米国ワシントン大学内科学のGregory del Zoppo教授が提唱したものがある.これは虚血中心や虚血ペナンブラは,実は不均一であり,ミニコア,ミニペナンブラという小さい単位が融合して,最終的なコアやペナンブラになっているという考えである(del Zoppo JCBFM2011).この考え方は,虚血中心は不均一であるという私達の考え方に一致する.
また血管新生が生じる部位について既報を調べると,コアの外側ではなく,MAP2による染色性を失った虚血中心の辺縁部に認めるという報告が複数あることが分かり,我々の観察と一致していた.del Zoppo教授の提唱したミニペナンブラに相当する領域は,虚血中心のなかの血管新生を伴う辺縁部分(灰色の領域)に相当する可能性がある.

【虚血中心に新生した血管は神経再生をもたらす】

近年,血管内皮細胞と神経細胞の3D共培養で,神経軸索の進展が促進されたという報告がある(つまり神経再生には血管が必要であることを意味する).一方,私どもの報告を含め.神経軸索の進展にミクログリアなどのグリア細胞が関わるという報告もある.おそらく,血管新生には,血管内皮細胞,グリア細胞が関わり,新生した血管を土台として神経再生が生じるものと考えられる.
しかし通常はこの領域は極めて狭く,有効な機能回復にはつながらない.もし再生療法等により血管新生を促進でき,この領域を拡大することができれば,虚血中心は縮小し,機能回復も促進されるものと推測される.

【まとめ】
回復しないと考えられてきた虚血中心の一部ではわずかながら血管新生が生じている.もし血管新生を促進し,この領域を広げる治療ができれば,この領域は虚血中心というより,助かりうるという意味で新たな虚血ペナンブラに変化すると言うことができる.現在,私たちは,この領域を標的とした新しい再生療法により,脳梗塞後の機能回復を目指している.

Kanazawa M et al. JCBFM 2019 on line




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