Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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マイクロ・ナノプラスチックは全身の血栓に存在し,血栓中の濃度依存性に重症化をきたす

2024年05月27日 | 医学と医療
マイクロ・ナノプラスチック(MNPs)汚染は,世界的に重大な環境問題ですが,今年になりヒトへの直接の健康被害が明らかになりました.3月にNew Engl J Med誌に掲載されたイタリアからの前方視的研究では,頸動脈の動脈硬化病変(プラーク)を切除する頸動脈内膜切除術を受けた312人のうち,検討を完了した257人中150人(58%)からポリエチレンが検出され,電子顕微鏡検査ではギザギザしたMNPsが確認されました(図).MNPsが検出された患者では,心筋梗塞,脳卒中等による死亡リスクが,ハザード比4.53(!)とMNPsが検出されない患者と比較し顕著に高いことが示されました.これはMNPsがさまざまな化学添加剤(発がん性物質,神経毒性物質,内分泌かく乱物質)を含むため炎症反応が高度になるためと考えられます.つまりMNPsは心血管系疾患の新たな危険因子と考えられます.ペットボトル1本にMNPsは約24万個(9割がナノプラスチック)含まれることも報告されています.詳細はこちらのブログをご参照ください.



今回,中国より患者30人の3つの部位(脳動脈,冠動脈,下肢深部静脈)から採取した血栓中のMNPs(論文ではMPsと記載)の濃度,ポリマーの種類などを検討した研究がeBioMedicine誌に報告されました.MNPsの同定と濃度の定量には,熱分解-ガスクロマトグラフ質量分析法(Py-GC/MS)を用いています.さらにレーザー直接赤外分光法(LDIR)と走査型電子顕微鏡法(SEM)を用いてMNPsの物理的性質を分析しました.

結果ですが,虚血性脳卒中,心筋梗塞,深部静脈血栓症の患者から得られた血栓の80%(24/30)でMNPsが検出され,濃度の中央値はそれぞれ61.75,141.80,69.62μg/gでした.またMNPs検出群のD-ダイマー濃度はMNPs未検出群より有意に高値でした(8.3±1.5μg/L vs 6.6±0.5μg/L,p<0.001).10種類ポリマーのうち,ポリアミド66(PA66),ポリ塩化ビニル(PVC),ポリエチレン(PE)が同定されました.LDIR分析では既報同様,ポリエチレンが優勢で,全体の53.6%を占め,平均直径は35.6μmでした.LDIRとSEMで検出されたポリマーの形状は不均一でした(図A).

虚血性脳卒中に限定すると,MNPs濃度と血栓の大きさに関連はなし.統計的には有意ではないものの,後方循環の濃度は前方循環より高い傾向を示しました[131.1μg/g対60.68μg/g](図B).濃度が高い患者ではNIHSSスコアは有意に高値でした(22.0±7.5 vs 12.6±3.5,p<0.05)(図C).さらに線形回帰分析によりNIHSSスコアと血栓中濃度との間に正の相関があることが示されました!(調整β=7.72,95%CI:2.01-13.43,p<0.05).



考察では血栓中のMMPs濃度と重症度の間に用量依存関係がある可能性があること,その機序としてはMNPsが酸化ストレス,アポトーシス,パイロトーシス,炎症,ならびに免疫細胞や内皮細胞との相互作用を通じて血栓形成を促進する可能性があると述べられています.曝露源を特定することと,症例数を増やした今後の研究が早急に必要であると述べています.社会全体で取り組むべき課題であり,まずこの問題を多くの人に知っていただくきたいと思います.
Wang T, et al. Multimodal detection and analysis of microplastics in human thrombi from multiple anatomically distinct sites. eBioMedicine. 2024 May;103:105118.(doi.org/10.1016/j.ebiom.2024.105118

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機能性神経障害診療ハンドブック 予約開始と先行販売のご案内

2024年05月25日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(FND)は,ヒステリー,心因性疾患,転換性障害,身体表現性障害,心気症,詐病など,さまざまな病名で呼ばれてきたcommon diseaseです.歴史的に見ると,戦時中に心的ストレスの影響で患者数が増加したのは有名ですが,現代においてもパンデミックやコロナワクチン接種の影響で患者さんを診る機会が大幅に増えました.近年,海外を中心にFNDに対する診療は大きく変わりつつあります.とくに症状は偽りではなくかなりの苦痛と障害を伴うこと,FNDを示唆する陽性徴候から積極的に診断する必要があること,正しい診断・治療を行えば改善する患者さんが少なくないことを医療者は認識する必要があります.

本邦でも日本神経学会や日本臨床神経生理学会が,教育コースやシンポジウムを行ってきましたが,FNDの正しい診療が十分に浸透しているとは言い難い状況です.このため日本神経学会は,2022年に「機能性疾患/精神科領域疾患セクション」を設置し,FNDに対する診療レベルの向上を目指した試みを開始しました.またこれまでなかった本格的な教科書を作る必要がありました.下記に示すエキスパートの脳神経内科医,精神科医の先生方にご協力いただき,標題の本がついに完成しました.

また脳神経内科,精神科の境界領域にはFNDだけでなく,向精神薬による薬剤誘発性運動障害がありますし,カタトニア・カタプレキシー・PNES・常同運動・チックなどの運動障害もあります.さらに認知症や自己免疫性脳炎など2領域にまたがる疾患もあります.本書ではこれらについても独立した章として取り上げました.FNDにファーストタッチしうる総合診療科の先生方にも役立つものと思います.本書が多くの先生方や患者さんのお役に立てば望外の喜びです.

なおアマゾンではすでに予約開始されました.29日からの第65回日本神経学会学術大会でも先行販売されます.
アマゾン予約ページ
中外医学社HP 

【目次と著者】
I 機能性神経障害 ―総論―
1 FNDの診断治療の考え方 (園生雅弘)
2 歴史から学ぶ(1):シャルコー以前のヒステリー (柴山秀博)
3 歴史から学ぶ(2):シャルコーの火曜講義録に見る機能性神経症状 (岩田 誠)
4 歴史から学ぶ(3):精神分析とヒステリー (加藤隆弘)
5 転換性障害の精神科的概念 (吉村匡史)
6 FNDとフェミニズム (飯嶋 睦)
7 診療のコツ・注意点 (廣瀬源二郎)
8 受診診療科により異なる診療のコツ・注意点 (堀 有行)
9 Stroke mimicsとしてのFND (下畑享良)
10 身につけるべき症候学 (園生雅弘)
11 FNDに間違いやすい神経疾患を通してFNDを考える (福武敏夫)
12 FNDを合併しやすい神経疾患 (今井 昇)
13 コロナウイルス感染症の後遺症 (大平雅之)
14 COVID—19とFND (下畑享良)
15 FNDに合併しやすい精神疾患 (是木明宏)
16 FNDの病態 (冨山誠彦)
17 電気生理学的検査 (関口輝彦)
18 FNDにおける脳画像研究の現状について (吉野敦雄)
19 治療(1):脳神経内科的アプローチ (神林隆道)
20 治療(2):心身医学・精神医学的アプローチ (福永幹彦)
21 FNDに対するリハビリテーション医療 (角田 亘)
 
II 機能性神経障害 ―各論―
1 機能性運動麻痺 (安藤哲朗)
2 機能性感覚障害 (関口兼司)
3 機能性振戦 (渡辺宏久)
4 機能性ジストニア (下畑享良)
5 機能性ミオクローヌス (守安正太郎 花島律子)
6 機能性チック (藤岡伸助 高橋信敬 坪井義夫)
7 機能性パーキンソニズム,およびパーキンソン病に合併しやすい機能性運動障害 (武田 篤)
8 機能性歩行障害 (大熊泰之)
9 機能性発作性運動障害 (田代 淳)
10 機能性顔面障害 (仙石錬平)
11 機能性発声障害 (竹本直樹 讃岐徹治)
12 小児の機能性運動障害 (久保田雅也)
 
III 薬剤誘発性運動障害
1 Neuroleptic malignant syndrome(NMS,悪性症候群) (服部早紀 岸田郁子 河西千秋)
2 セロトニン症候群 (長田高志)
3 ドパミン拮抗薬によるパーキンソニズム (関 守信)
4 遅発性ジスキネジア (野元正弘)
5 薬原性アカシジア (稲田俊也)
6 急性ジストニア (宮本亮介)
7 レストレスレッグス症候群 (岡 靖哲)
8 抗うつ薬による運動障害 (佐光 亘)
9 薬剤誘発性振戦・ミオクローヌス (坪井 崇)
10 薬剤誘発性運動障害・薬剤誘発性小脳性運動失調 (太田康之)
 
IV 境界領域の運動障害
1 せん妄とカタトニア (西尾慶之)
2 過眠症・カタプレキシー (鈴木圭輔 小俣伸介 木村真由香)
3 心因性非てんかん発作(PNES) (赤松直樹)
4 PNESにおける脳波検査 (村田佳子)
5 常同運動(Motor stereotypies) (野村芳子)
6 チックとTourette症候群 (星野恭子)
7 ADHD,ASD,OCDと運動障害 (金生由紀子)
 
V 境界領域の精神・神経疾患
1 レビー小体型認知症 (織茂智之)
2 前頭側頭型認知症 (渡辺宏久)
3 ハンチントン病 (長谷川一子)
4 自己免疫性精神病 (木村暁夫)
5 自己免疫性運動障害 (大野陽哉)

最後になりますが,真摯な思いを込めた素晴らしい原稿をご執筆くださった先生方に深く御礼申し上げます.




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重要:ACT心理療法はALS患者さんのQOL(生活の質)を大幅に向上する!

2024年05月23日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化性(ALS)などの運動ニューロン病は根本療法が未確立の神経難病です.心理的サポートは有益であろうと想像できますが,小規模・短期間の研究のみで十分なエビデンスはありませんでした.Lancet誌に,英国からAcceptance and Commitment Therapy(ACT)と名付けられた,受容,マインドフルネス,認知行動療法を取り入れた心理療法が,患者さんのQOLを大幅に向上できることを示した臨床試験が報告されました.ちなみにACTは,つらい感情や思考をコントロールしたり回避したりするのではなく,受け入れることに重点を置いています.

方法は多施設無作為化比較試験で,対象はALS,進行性筋萎縮症,原発性側索硬化症を含みます.運動ニューロン病向けのACT+通常ケアを受ける群と,通常のケアのみ受ける群に割り付けました(それぞれ97人と94人).ACTは専門知識を持つ臨床心理士ないし精神科医が,最大8回のセッションを4ヶ月間にわたって,対面,ビデオ通話,または電話で実施しました.具体的にACTは以下を含みます.
◆受容(Acceptance): 不快な思考や感情と戦わずに受け入れることを推奨する.
◆マインドフルネス(Mindfulness): 現在の瞬間に集中して取り組むことを支援する.
◆行動変容技法(Behavioral Change Techniques): 悩ましい思考や感情にとらわれず,人生を豊かにする活動(興味や価値を見出せる活動)に集中することを支援する.
◆資料の提供: 上記に関する書籍,アプリなどを提供し,患者は自己学習をする.
そして6ヵ月および9ヵ月後に,主要評価項目のMcGill Quality of Life Questionnaire-Revised(MQOL-R)を用いたQOLを評価しました.

さて結果ですが,6ヵ月後のQOLは,ACT+通常ケア群は,通常ケア単独群と比べ,有意に優れていました(MQOL-Rの調整後平均差は0.66[95%CI 0.22-1.10];d=0.46;p=0.0031)(図).介入の影響の大きさを示す効果量(d)が0.46であることは中程度の効果を示し良好です.一般に0.2が小,0.5が中,0.8が大きな効果を意味します(ちなみにアルツハイマー病のレカネマブは0.21です:JNNP. 2023;95:2-7).またセッションへの出席率が高く受容性は良好で,かつビデオ通話または電話によるリモート介入の有効性も認められました.うつ病と心理的柔軟性に関する副次的評価項目も有意な改善が得られました.介入に関連した有害事象はありませんでした.以上より,ACTはQOLの維持・改善に有効であることが分かりました.



以上より,ALS患者さんの心理的ウェルビーイングとQOLを向上させる介入は極めて重要ということが分かります.自分が患者であったとしたら,まだ効果が軽微な疾患修飾療法よりも,心理療法を望むように思います.しかし日本では臨床心理士が不足していますし,ALSの診療に関わっていただくこともあまり一般的でないように思います.脳神経内科医が心理療法を学べば良いのですが,現在の専門医制度では専攻医になってから内科症例の経験だけ求められていて,脳神経内科の診療に必要な精神科,リハビリ,脳外科,小児科,神経眼科・耳科といった境界領域を学ぶ機会がありません.個人的にはここが一番の問題だと思っています.私自身は機能性神経障害や睡眠障害の診療のために認知行動療法を勉強しましたが,独学なので不安があります.日本でも脳神経内科医が患者さんの診療に本当に必要な境界領域を学ぶことができるよう専門医制度を作り直す必要性があると思います.
Gould RL, et al. Acceptance and Commitment Therapy plus usual care for improving quality of life in people with motor neuron disease (COMMEND): a multicentre, parallel, randomised controlled trial in the UK. Lancet. 2024 May 9:S0140-6736(24)00533-6.(doi.org/10.1016/S0140-6736(24)00533-6

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血糖自己記録ノートへの書き込みが顕著に増えた1型糖尿病では自己免疫性脳炎を疑う

2024年05月21日 | 自己免疫性脳炎
当科の山原直紀先生らによる症例報告がNeurol Clin Neurosci誌に掲載されました.膵島関連自己抗体である抗GAD抗体は1型糖尿病の診断に役立ちます.GAD,すなわちglutamic acid decarboxylaseは,グルタミン酸からGABAを産生する際に必要な酵素ですので,抗GAD抗体はGABAの産生を抑制することで神経症状を呈することがあります.代表的な疾患としてはStiff-person症候群がありますし,小脳性運動失調や難治性てんかん,辺縁系脳炎を呈することがあります.

症例は抗GAD抗体陽性(血清中6100U/mL)の1型糖尿病の44歳女性です.1ヶ月前から血糖自己記録ノートへの強迫的な書き込みが始まり,1週間前からけいれん発作が出現し入院しました.強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;OCD)と考えられる書き込みは,恐らく不安をかき消すために,反復的・持続的に血糖測定をしたくなる衝動により引き起こされるものと考えられました.



免疫療法によりこれらの症状は消失しました.退院2ヵ月後に強迫的な書き込みが再発したため,一時的に免疫療法を強化し回復しました.



OCDはPANDAS,ADEM,さまざまな自己免疫性脳炎(CV2/CRMP5,Ma2,NMDAR,LGI1,GABAA)などで認められますが,抗GAD抗体陽性脳炎では初めての報告です.患者さん自らOCD症状を訴えることは少ないですが,上記のような所見をヒントとして,脳炎を早期診断し早期治療することが大切です.

なお本検討は糖尿病代謝内科 矢部大介先生らと行いました.

Yamahara N, Yoshikura N, Kimura A, Sakai M, Yabe D, Shimohata T. Obsessive-compulsive disorder as an initial manifestation of anti-glutamic acid decarboxylase antibody-associated encephalitis. Neurol Clin Neurosci. 17 May 2024 https://doi.org/10.1111/ncn3.12830


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「ササラ型」の知識取得のために@「医師こそリベラルアーツ!」連載第2回

2024年05月18日 | 医学と医療
先月から連載を開始しました「医師こそリベラルアーツ!」の第2回が日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.4月の閲覧数ランキングでは,第1回「なぜ,“医師こそ”リベラルアーツなのか?」が300本近い記事の中で17位だったそうです.多くの方にお読みいただき感謝いたします!

さて第2回はまだイントロダクションで,前半でリベラルアーツの学び方,後半で読書術について考えました.ご紹介したのは「リベラルアーツの学び方(瀬木比呂志さん著)」という本です.瀬木さんは法律の専門家の先生です.教養を身につけるためには,「タコツボ型の知識」から「ササラ型の横断的教養」へ転換することが大切だとおっしゃっています.「ササラ(簓)」とは竹や細い木などを束ねて作製される道具で,洗浄器具や楽器として用いられたものです(図1).


つまり「タコツボ」のように相互に無関係な知識ではなく,「ササラ(簓)」のように根元でつながっていく横断的なものが教養であるということです.言い換えれば幅広い視野を獲得することだと思いますが,それは医学・医療でも大切なことだと思います.また後半の読書術については,「死ぬほど読書(丹羽宇一郎さん著)」と「理科系の読書術(鎌田浩毅さん著)」をご紹介しました(図2).




本連載は,医師・医学生限定コンテンツで,医師または医学生の方は,会員登録すると記事全文がお読みいただけるようになります.

リンク:「ササラ型」の知識取得のために

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多系統萎縮症におけるαシヌクレイン封入体の超微細構造は多彩で,ミクログリアにも認められる

2024年05月17日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症に特徴的な病理所見として,オリゴデンドロサイトにおけるαシヌクレイン陽性glial cytoplasmic inclusion(GCI)があります.他のαシヌクレイノパチーでは主として神経細胞にαシヌクレインが認められるので大きな相違があります.またαシヌクレインはもともと神経細胞に豊富に発現しているのに対し,オリゴデンドロサイトでは発現が低く,オリゴデンドロサイトに蓄積するαシヌクレインがどこから来たものなのか,その起源についてもよく分かっていません.今回,各細胞のαシヌクレイン封入体の超微細構造を明らかにした研究がスイスからBrain誌に報告されました.

この目的のために,6人の剖検脳の被殻と黒質を光学顕微鏡と電子顕微鏡で検索し,128個のGCIを同定しました.興味深いことに,オリゴデンドロサイト,神経細胞,dark cellに「3つの異なるタイプ」のαシヌクレイン封入体が存在しました(図).以下,細胞ごとに特徴を示します.

1)オリゴデンドロサイト:GCI様フィブリル(線維)が一貫してオートファジーのオルガネラであるリソソームやペルオキシソームと共局在する.ミトコンドリア異常はなし.→ αシヌクレインの蓄積にオートファジー経路が関与することを示唆する.
2)神経細胞:神経細胞細胞質封入体(NCI)は,線維状および膜状の構造を持ち,パーキンソン病の封入体に類似する.→ MSAとパーキンソン病の類似性が示唆される.
3)dark cell:electron dense(電子密度の高い)な細胞でdark cell と呼ぶことができる.この細胞はミクログリアと考えられる.異なるタイプがあり,GCI様フィブリルまたは非GCI様超微細構造が認められる.→ 「αシヌクレイン蓄積の様々な段階」を示している可能性がある.またGCI様フィブリルが認められたことは,この細胞がMSAにおける病的αシヌクレインの発生や伝播に重要な役割を果たしている可能性を示唆する.



いずれにせよMSAではαシヌクレイン病理は,複数の細胞の複雑な相互作用によって引き起こされる可能性があります.PSPにおけるタウに関しても同様の相互作用が提唱されています(Ann Neurol. 2022 Oct;92(4):637-649).行ったことはシンプルなのですが,徹底的に観察することの大切さを教えてくれる論文だと思いました.



Böing C, et al. Distinct ultrastructural phenotypes of glial and neuronal alpha-synuclein inclusions in multiple system atrophy. Brain. 2024 May 2:awae137.(doi.org/10.1093/brain/awae137)


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画像異常パターンから自己免疫性脳炎を早期に発見し治療する!

2024年05月15日 | 自己免疫性脳炎
最新号のNeuroradiologyに臨床上,とても役に立つと思われる模式図が掲載されています.自己免疫性脳炎の画像所見を6群(辺縁系型,線条体型,血管周囲造影型,間脳/脳幹型,大脳皮質型,MRI異常なし)に分けて,それに対応する自己抗体と鑑別診断を示しています.画像所見から速やかに適切な抗体検索を行い,鑑別診断を除外し,早期診断・早期治療を目指すことが目的です.このなかでLGI1,CV2/CRMP5,Ma2,NMDAR抗体は商用で測定できます.また当科では以下の抗体等の測定が可能ですのでご相談いただければと思います.

・抗GFAPα抗体(GFAP astrocytopathy)
・抗mGluR1抗体(自己免疫性小脳失調症,CCA)
・抗IgLON5抗体(MSA mimics, PSP syndrome, CBS,パラソムニア等)

詳しくは当科HPの「自己抗体検索」をご確認ください.

Sanvito F, et al. Neuroradiology. 2024 May;66(5):653-675.(doi.org/10.1007/s00234-024-03318-x)オープンアクセス



(略)HSE = Herpes simplex encephalitis, SREAT = steroid-responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis, LGG = low-grade glioma, CJD = Creutzfeldt-Jakob Disease, LYG = lymphomatoid granulomatosis.

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APOE4ホモ接合は遺伝性アルツハイマー病である! ―危険因子から原因遺伝子に変わる大きなインパクト―

2024年05月13日 | 認知症
Nature Medicine誌最新号に驚くべき論文が掲載されました.APOE4ホモ接合(アポリポタンパク質E遺伝子型がe4 /e4であること)がアルツハイマー病(AD)の遺伝的に独立したひとつの病型となるか検討するため,臨床,病理,バイオマーカーを調べた研究です.結論として,APOE4ホモ接合は完全浸透を示し(=100%の確率で発症し),発症年齢を予測でき,かつ遺伝性の早発型ADやダウン症候群に関連したAD(ADADとDSAD)と同様のバイオマーカー変化を示すという,遺伝性疾患としての特徴を有していることが示されました(図1).つまり今まで「危険因子」として理解されてきたAPOE4は「ホモ接合の場合,1つの遺伝性疾患として再定義すべき」という概念の転換を迫る内容です.もしそうなると人口の2%,ADの15%なので世の中で最も多い遺伝病になります(ただしADの診断をバイオマーカーで定義して良いのかという批判はあります).



研究では,5つの大規模コホートのデータが解析され,病理学的研究では3297人,臨床研究では10039人が対象となりました.ほぼすべてのAPOE4ホモ接合がAD病理を示し,APOE3ホモ接合と比較して55歳からADバイオマーカーのレベルが有意に高いことが示されました.また65歳までに,ほぼ全員に脳脊髄液中の異常アミロイド値が認められ,75%でアミロイドPETが陽性になりました.これらのマーカーの有病率は年齢とともに増加し,APOE4ホモ接合ではADの病態がほぼ完全浸透であることが示されました.発症年齢はAPOE4ホモ接合では65.1歳と早く(図2),その95%信頼区間はAPOE3ホモ接合よりも狭いものでした.さらにAPOE4ホモ接合における症状発現の予測可能性とバイオマーカーの変化の順序は,ADAD,DSADと同じでした.しかし,認知症期においては,早期から臨床的ないしバイオマーカー的変化が認められたにも関わらず,アミロイドやタウPETには違いを認めませんでした.



ここからが重要です.この研究の臨床・研究へのインパクトは非常に大きいと考えられます.
1)Aβ抗体療法と遺伝子診断・・・レカネマブ治療において,米国では副作用であるARIAを予測するために遺伝子診断が推奨されていますが,その遺伝子診断がより重大な意味を持つことになります.例えばAPOE4ホモ接合であることが判明し,結果を開示した場合,ホモ接合であればこそ,レカネマブを使用したいという気持ちをもつ患者が増加するものと予測されます.しかし同時にホモ接合はARIAを発症するリスクが大きいため,まさにアンビバレンツな状態になり,患者も医師も苦悩しますARIAをきたした患者の認知機能のデータが公開されていないことで,さらに治療の自己決定は難しくなります).

2)遺伝カウンセリング・・・ただでさえ難しいレケネマブ開始前の遺伝カウンセリングがさらに複雑化します.遺伝子診断の結果を本人に開示するかどうかがまず求められます.本人や家族への精神的影響を考えて開示しないことを選択する施設も増えそうです.その場合,患者さんが治療を選択するケースも増えますが,ARIAのリスクが高いので,安全のために医療者は当初の回数よりも多いMRIを施行し,かつ抗凝固薬やtPAに関する説明もするため,開示せずともホモ接合であることが分かってしまうものと考えられます.また遺伝カウンセラー数は少ないため,負担も大きくなります.カウンセラーへの教育に加え,増員,診療報酬改定が求められます.

3)臨床試験と治療開発・・・ApoE4ホモ接合の臨床試験参加者は,バイオマーカーの変化や経過が予測可能となるため,参加者の選択や試験デザインの設計において大きな影響が生じます.効果判定も遺伝子のタイプ別に行う必要が出てきます.治療の個別化が可能になり,発症前診断をして,発症前からの早期介入ということが検討されていくものと思います.

以上のように問題が複雑化して,患者さんも医療者もしっかり勉強しなければshared decision making(協働意思決定)が困難になりつつあります.抗体療法の開発前は,APOE遺伝子検査は臨床では推奨されない検査でしたので,大変なことになってきたと思います.患者さんも医療者も,人生の最後の時間をいかに過ごしたいと考えているのかを問われているような気がします.
Fortea J, et al. APOE4 homozygozity represents a distinct genetic form of Alzheimer's disease. Nat Med. 2024 May 6.(doi.org/10.1038/s41591-024-02931-w

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Abadie徴候はどのようなときに診察するか?

2024年05月10日 | 医学と医療
カンファレンスでAbadie徴候について議論しました.アキレス腱や上腕二頭筋の腱をつまんだり強く圧迫したりしても痛み(つまりdeep pain)が生じない場合に陽性とします.「どうしてまたこんな診察方法に気がついたのだろう?」と思いますが,原著は1905年「脊髄癆における腱の圧痛の消失,特にアキレス腱の無痛」という報告で,脊髄後索の障害により80%(32/40例)の症例で陽性になると書かれているそうです [文献1].「ベッドサイドの神経の診かた」にも昔から掲載されていて,知識としては知っていましたが,神経梅毒による脊髄癆の患者さんはもうほとんど経験しませんので,私自身は診察で確認することはしていませんでした.

では現代において,どのような疾患で有用かというと,糖尿病性ニューロパチーと副腎脊髄ニューロパチー(adrenomyeloneuropathy:AMN)が挙げられます.とくにAMNについては岩田淳先生らがレポートされていて,他の痙性対麻痺との鑑別に高い感度・特異度を持って有用とのことです(感度は100%,特異度は86%)[文献2].

ちなみにこの徴候の冠名は,フランスの神経内科医Joseph Louis Irenée Jean Abadie先生(1873-1946)の名前に由来します.Charcot先生より50年ぐらい後の時代で活躍したことになりますが,Garrisonの「神経学の歴史」や,過去の文献を調べてみても,Abadie先生の経歴はよく分かりませんでした.しかし古川哲雄先生によると,Abadie先生が種々の患者さんで,アキレス腱を強くつまむと拇趾が背屈するSchaeffer反射を調べていたところ,普通は不快な痛みを感じるのに痛みを全く感じない人が脊髄癆にいることに気が付いたのがこの徴候に着目したきっかけと書かれておりました [文献3].なるほど!と思いました.ちなみにバセドウ病における眼瞼挙筋のスパズムもAbadie徴候と呼びますが,こちらは別人のフランス人眼科医に由来するようです.

1. Abadie JLIJ. L'anagésie tendineuse à la pression et en particulier l'analgésie achiléenne dans le tabes. Gazette Hebdomadaire des Sciences Médicales de Bordeaux, 26; 1905. p. 409–12.
2. Ohtomo R, Matsukawa T, Tsuji S, Iwata A. Abadie's sign in adrenomyeloneuropathy. J Neurol Sci. 2014;340:245-6.
3. 古川哲雄.Abadie徴候.脊椎脊髄ジャーナル 2015;28:268-269.


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コロナ5類移行1年 後遺症のメカニズムと治療の現在@読売新聞

2024年05月09日 | COVID-19
COVID-19が感染症法上の5類に移行して昨日で1年経ちました.読売新聞から取材いただき,後遺症について現在までに分かっていることについて解説し,コメントをしました.

下畑 享良・岐阜大教授(脳神経内科)は「ウイルスによる炎症が長引き、脳にダメージを与えることで、疲労や認知機能の低下などの神経症状が続くと考えられる。後遺症の深刻さを踏まえると、引き続きこまめな手洗いなど基本的な予防対策が重要だ」と話す。(こちらから記事全文が読めます)

図1はカナダからのデータですが,再感染するたびに後遺症の累積リスクが増加することも分かっていますので,やはり感染予防は大切です.



また記事には後遺症(いわゆるlong COVID)は「メカニズム不明」と書かれてしまいましたが,かなり判明していて,単一のものではなく,①持続感染,②自己免疫,③ウイルス再活性化(EBV,HHV-6など),④セロトニン欠乏(*),といった主に4つの原因により,図2に示すようなさまざまな現象が生じることが分かっています.つまり似たような症状であっても,人によって病態メカニズムが異なるので,その病態に合った治療を選択する必要があり,臨床試験もハードルが高いものになっています.ですから,まずは感染予防が重要ということになります.また事前のワクチン接種は後遺症の抑制に唯一,明確なエビデンスを有する治療法となっており,日本の除く先進国は2024年も年2回接種を推奨しています.



図3はセロトニン欠乏のメカニズムを示すものです.dysbiosis(腸内細菌叢の変化)による腸管からのトリプトファン(セロトニン前駆体)吸収障害と,セロトニンを貯蔵する血小板の減少が引き金となり,セロトニン欠乏が生じ,さらに迷走神経を介する脳腸連関でブレインフォグにつながると言われています.


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