Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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眠れない一族 (最高にスリリングなプリオン病の本)

2012年07月15日 | 感染症
プリオン病を学ぶ際,教科書を読むより絶対におすすめの本を紹介したい.何より面白い本なのだ!近年,読んだサイエンス・ノンフィクションのなかで個人的には1位をつけてもよいと思う.

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎 (ダニエル・T・マックス 紀伊國屋書店2007年)

イタリアのヴェネツィアのある高貴な一族は,代々,謎の不眠症に苦しんでいた.この病気は中年期に発症し,異常発汗や硬直,瞳孔収縮(自律神経症状)を引き起こし,やがて患者はほとんど眠れなくなる.不眠と疲労の極限状態においてもなお,患者の意識は明確で,自分に何が起こっているのかを理解する.そして恐怖と絶望の中で死んでいく.脳の損傷は主に視床に見られ,その一部がほぼ破壊されている.この一族の数世紀に及ぶ物語を軸に物語は進行する.やがて1986年に,NEJM誌に致死性家族性不眠症(FFI)として報告される病気が,18世紀にイギリスにおいて流行した羊の病気「スクレイピー」,20世紀前半に発見されたクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD),20世紀後半にパプアニューギニアの食人族(フォレ族)において発見された「クールー」,そして1980年代英国に始まり現代も続く狂牛病と同じタンパク質の異常が原因であることが判明する.

この致死性の不眠症(FFI)の正体は,ウィルスでも遺伝子でもなく,自己増殖する悪性のタンパク質が正体であった.ある形状を持ったタンパク質は「鋳型」を使って自己を複製して増殖し,やがて宿主の脳細胞を侵食し死に至らしめる.殺人タンパク質の発見は「遺伝子が生物の形質を決定する」「生物だけが感染を引き起こす」という生物学の根本を揺るがす大発見であった.さらにプリオン病の起源を探るうちに,80万年前の食人習慣(人肉食)にあったのではないかという仮説にまでたどり着く・・・というのがおおまかな内容である.

本書はプリオン病の科学的側面に加え,歴史的,文化的な意味合いも明らかにする.加えて残酷な不治の病に侵されるとはどういうことか考えさせられるし,人間を人間たらしめているもの,すなわち私たちの野心こそが,人間を感染性のプリオン病の危険に晒してきたという事実を否応なく認識させられる.

また本書の読みどころといえるノーベル賞受賞の2名の研究者たちの努力によって,プリオン病の発生の経緯が次第に解明されていく過程は実にスリリングである.パプアニューギニアで「クールー」により苦しめられ全滅しかかった部族を研究したカールトン・ガジュシェック(1976年受賞),そして鍵となるタンパク質を突き止めるのに貢献し,それをプリオンと命名したスタンリー・プルジナー(1997年受賞)である.2人は強烈なキャラクターで,ガジュシェックは文明嫌いと少年愛の性癖を持ち,児童性的虐待の罪で有罪判決を受け獄につながれ,一方のプルジナーは極端に上昇指向が強く金儲けとスタンドプレーと職権濫用を好み人使いが荒かった.個人的には昔,米国神経学会でプルジナーの講演を聞いたが,映画俳優バリのスモークを焚かれた派手な登場と,何分にも及ぶstanding ovationと,独特で豊かな白髪が忘れられない.

まさにてんこ盛りの内容で,これが面白くないはずがない.以下,項目に分けて個人的に面白かった内容を紹介したい.

(プリオン)
プリオンは,一般向けにわかりやすい用語をマーケティング的に考えた末,small proteinaceous infectious partile「タンパク質性感染粒子」の頭文字をとって命名された.この名称はプルジナーの期待通り,報道関係者を魅了し,新聞などに取り上げられ,一般の認知度が一気に高まった.しかしプルジナーの敵対者たちにとって許しがたかったのは,この名称がこの分野の重要な問題,すなわち,その感染性の病原体はタンパク質か,それともウイルスかという問題を避け,言葉を弄ぶことで科学上の論争をはぐらかすように見えたことだ.このため,多くの研究者が彼に同調するのを拒んだ.

(スクレーピー)
羊のプリオン病では,脳を犯され,治まらないかゆみのため体を激しく壁や木にこすりつけるようになる.中枢性の症状のため掻いても掻いても治まる望みはない.この「こする」という意味のscrapeという言葉にちなんでスクレイピーと呼ばれるようになった.スペインでは羊を何世紀にもわたって近親交配による品種改良を行い,羊毛が格別で大型の種(メリノ交配種:ほとんど純系)を作ったが,これがとりわけ羊のプリオンに感受性の高い品種であった.つまりスクレイピーは感染と遺伝の両方によって広がったとみられている.後にオーストラリアで羊毛が行われるようになるとヨーロッパの羊産業は崩壊,人工的な品種改良も行われなくなり,スクレイピーに抵抗性のある血統が再び優勢となった.

(クールー)
ニューギニア島中央部の高地に住むフォレ族のうちクールーに罹るのは女や子供が圧倒的に多く,夫だけを残して家族全員が死ぬことがしばしばあった.このため一族は呪いが原因だと思い込んだ.彼らは,近隣部族のカマノ族から食人習慣をとりいれていた.元来フォレ族は,埋葬を一種の消化作用と捉えていた.大地が遺体を食し,それによって豊穣になる.人間が食物になりうるという発想は基本的に彼らの世界観に一致し,身内が死んだ時に女と子供だけ人肉を食べるようになった(人肉はおいしいらしい).フォレ族が人肉を食べ始めたのとほぼ同時期にクールーが出現し始めた.60年代はじめに食人の習慣をやめたところらクールーは激減した.

(狂牛病;BSE)
BSEの原因として「ケーキ」説がある.この「ケーキ」は,他の家畜,しかも牧場で死んだために人間の食用として売ることのできない家畜の肉や骨を原料にして作られた.糖蜜をたっぷり加え甘いため牛は大好きなのだそうだ.栄養状態を改善し,大量の牛乳を生産できる牛を育てるために考案された.この「ケーキ」にプリオンが入り込み,牛に感染した.感染した牛は再度肉骨粉になるので,この繰り返しで大量の感染牛が生まれた.

2005年のLancet誌によると,BSEはインドで散発性CJD感染者の遺体の一部が牛のタンパク質に混入し,それが牛の飼料用としてイギリスの市場に送られてBSEの発生源になったという.そこで牛からヒトに戻って変異型CJDとなった.牛から感染したとしても,牛はヒトからもらったものを返したに過ぎない.

狂牛病へのイギリス政府の対策は常に後手に回った.狂牛病は人には感染しないという思い込みと,国内畜産業を保護しようとする圧力により,最初の発見から8年間も有効な対策が取られず,この間100万頭単位の感染牛がイギリスの食品供給経路に入り込み,6400億食もの狂牛病感染牛がイギリス人によって食された.もし狂牛病が人に感染しやすい病気であったならば,1000万人の犠牲者が出ることが予想された.しかし,幸いにも狂牛病は人に感染しにくい病気であったため,現在,専門家たちは死亡者数の上限を7000人と推定している.

(CJD)
感染によるCJD発症が疑われている.感染源としては, 感染した牛の肉,病院の機器の汚染,未診断のプリオン病患者からの輸血,タンパク質のサプリメントの錠剤,精肉加工の副産物で作られる化粧品なども候補に上げられている.

アメリカにはさらにもうひとつのプリオン病として,鹿とエルクを襲う慢性消耗病(CWD)が存在する.鹿の枝角を大きくするために与えた固形飼料に病気で死んだ羊などの動物からとったタンパク質が含まれており,スクレーピーの病原体が入っていた可能性が高い.死んだ鹿はすでに何千頭にも及ぶ.米国では3人の若者に起きたCJDがCWD感染による ものではないかという疑いがもたれている.野生動物パーティでシカをよく食べていたヒト3人の死亡例についてCWD感染との関連を調査され,確証はないものの,CWDがヒトに感染するのではないかという面から大きな関心が寄せられている.


個人的におすすめのサイエンス・ノンフィクション3冊

1.眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

2.理系の子―高校生科学オリンピックの青春 科学のオリンピック「インテル国際学生科学フェア」に出場した少年少女たちと,彼らを見守る大人たちの最高に感動的なお話.科学のおもしろさを再認識する.

3.なかのとおるの生命科学者の伝記を読む 阪大医学部教授で自他ともに認める伝記好きである著者が,古今東西の生命科学者達(野口英世,ジョン・ハンター,ルドルフ・ウィルヒョウなど18人)の伝記を紐解き,彼らの内面と生きざまに迫る.

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REM睡眠行動障害発症の環境要因

2012年07月08日 | 睡眠に伴う疾患
REM睡眠行動障害(RBD)は睡眠時随伴症(パラソムニア)のひとつで,REM睡眠中に夢に関連した異常行動を示す.とくに睡眠の中~後期のREM睡眠期に,大きな寝言,腕を振り回す,布団を蹴るなどの動作をきたす.夢の内容は,ケンカをしたり,攻撃されたり,不快で恐怖に満ちた悪い夢が多い.ベッドの周辺の障害物にぶつけたり,場合によっては,自分,ベッドパートナーがケガすることもある.「ためしてガッテン」などでの放送のせいか,外来に受診される患者さんも増えている印象がある.

またRBDには,①αシヌクレイノパチー発症の危険因子になりうる,②RBDを合併するαシヌクレイノパチーは特徴的な臨床像を呈する可能性がある,という2つの意義もある.①については,海外では発症から10年が過ぎると半数以上の症例で何らかのαシヌクレイノパチー(パーキンソン病,レビー小体型認知症,多系統萎縮症)を発症するという報告がある.しかし日本人でのデータはなく,海外のデータが日本人に当てはまるか不明で,個人的には過度に心配し過ぎないほうが良いように思う.②は,RBDを合併するパーキンソン病は35~50%と報告されるが,それらの症例の特徴として,自律神経障害,幻覚,認知障害を認め,akinetic rigid subtypeとなる(無動や筋強剛を主徴とする)ことが報告されている.またRBDを合併するレビー小体型認知症は,パーキンソニズムや幻覚の出現が早く,病理におけるアルツハイマー病的変化が少ないとされている.

一方,RBD発症の環境要因としては,男性であることと加齢が知られているほかは不明である.しかし,上述のようにαシヌクレイノパチーと関連を認めることから,αシヌクレイノパチーにおける環境要因があてはまる可能性がある.今回,2008年に結成されたInternational RBD study group(RBDSG)による国際多施設症例対照研究の結果が報告されたので紹介したい.

参加施設は日本の獨協医大を含む13の施設で,対象は特発性RBDである.対照は年齢・性別をマッチさせた健常者である.環境および生活習慣因子は標準化を行った質問紙により行った.年齢,性別,施設を考慮したロジスティック回帰により環境要因を検討した.

結果として,計694名(患者347名,対照347名)を検討した.患者の年齢は平均67.7 ± 9.6歳で,81.0%が男性であった.環境要因としては,患者は対照と比較し喫煙者が多いが(64.0% vs 55.5%,調整オッズ比(OR)1.43,p = 0.028),カフェインやアルコールについては有意差を認めなかった.患者は頭部外傷の既往が多く(19.3% vs 12.7%,OR = 1.59,p = 0.037),患者は教育年数が短く(11.1 ± 4.4年vs 12.7 ± 4.3年,p < 0.001),農家として働いた頻度が高かった(19.7% vs 12.5%,OR = 1.67,p = 0.022) .マンガン暴露を生じうる溶接業はボーダーラインだった(17.8% vs 12.1%,OR = 1.53,p = 0.063).過去の職業での農薬暴露は患者群で多かった(11.8% vs 6.1%,OR = 2.16,p = 0.008).以上より,<font color="blue">喫煙,頭部外傷,農薬暴露,農業,短い教育年数がRBD発症の危険因子である可能性が考えられた.

今回,見出された環境要因のうち,頭部外傷,農薬暴露,農業はパーキンソン病の環境要因として知られ,また喫煙,頭部外傷,短い教育年数は認知症の環境要因として知られており,RBDとαシヌクレイノパチーの間の環境要因にオーバーラップがある可能性を示唆する.しかし,異なる点も認められる.例えばカフェイン(コーヒー)はパーキンソン病発症に抑制的であることが知られているが,今回,RBDにおいては関連は認めなかった.また喫煙はパーキンソン病発症のリスクを下げることが知られているが,逆にRBD発症のリスクを上げる結果となった.

以上より,RBDの環境要因はパーキンソン病とは完全には一致せず,発症のメカニズムはそう単純ではないものと考えられた.

Neurology. 2012 Jun 27. [Epub ahead of print]

RBDのビデオ画像(この方はREM睡眠期にあり,起きているわけではありません)


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SCA36の臨床像

2012年07月03日 | 脊髄小脳変性症
これまでの研究で,常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症において,30以上の異なる遺伝子座,22の原因遺伝子が同定されている.本論文は,そのなかのひとつで,昨年,本邦より報告された脊髄小脳変性症と運動ニューロン病の両方の特徴を併せ持つSCA36(ニックネームAsidan; この名前はAsida river familyに由来しているようだ)の臨床像の詳報で,岡山大学を中心とするグループからの報告(AJHGの際の5家系から8家系に増えている).ちなみに本疾患の原因遺伝子はnucleolar protein 56(NOP56)遺伝子のイントロン1のGGCCTGリピートの伸長であることが判明している.

今回の論文では遺伝子診断で診断が確定した9家系18名の症例が検討され,1名では筋生検,1名で剖検が行われている.

まず家系図をみると1名のみ発症者の家系があり,孤発例のように見える症例も存在する.発症年齢は53.1 ± 3.4歳(47~58歳),罹病期間は6~19年で,緩徐進行性の経過をとる.4家系の5遺伝子伝達での発症年齢の変化は-10~0歳(平均14.4歳)であったが,表現型の促進現象は父方由来,母方由来のいずれにおいても明らかではなかった.

主な症状は体幹失調(100%),失調性構音障害(100%),四肢失調(93%),腱反射亢進(79%)であった.舌の線維束性収縮とそれに引き続いて生じる萎縮が71%で認められ,とくに罹病期間10年以上の症例で目立った.線維束性収縮は挺舌時に目立った.しかし嚥下機能は比較的保たれ,これらの特徴は球脊髄性筋萎縮症に似ている.四肢・体幹の線維束性収縮や萎縮は57%に認められた.しかし筋力低下よりも体幹の失調により車椅子使用になることが多かった.末梢神経障害の合併はなし.うつなど精神症状も認めなかった.血清CK値は正常.画像所見では少脳萎縮と第四脳室拡大を認めるが,中小脳脚,脳幹,大脳は保たれ,異常信号も認めない.SPECTでは小脳・橋の脳血流低下を認める.

筋電図と筋生検では下位運動ニューロン障害が認められた.剖検例の病理学的解析では小脳プルキンエ細胞の変性所見と,舌下神経核と脊髄前角における下位運動ニューロンの著明な脱落を認めた.免疫組織ではNOP56は種々の神経細胞の核における局在が認められたが,残存神経細胞ではNOP56,TDP-43,ataxin-2陽性の核内ないし細胞質内封入体は認めなかった.ALSで知られるTDP43の核外移動も認められなかった.

以上より,SCA36は比較的純粋な小脳性運動失調に, 舌や四肢の進行性の運動ニューロン症状を呈する疾患であることがわかった(舌萎縮は脊髄小脳変性症では稀だが,SCA1では15%,SCA3/MJDでは15%,繊維束性収縮についてはそれぞれ20%,35%と報告されている).脊髄小脳変性症と運動ニューロン疾患の「交差点」的な,双方の特徴を併せ持つ疾患と言える.

Clinical features of SCA36: A novel spinocerebellar ataxia with motor neuron involvement (Asidan).
Neurology 79; 333-341, 2012


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