Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症におけるfloppy epiglottisに対する口腔内装置治療の開発

2022年03月31日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)は重篤な睡眠関連呼吸障害(SRBD)をしばしば呈する疾患です.CPAPによる治療を行いますが,ある時を境にして,急にCPAPが苦しくなり継続できなくなることがあります.その場合,floppy epiglottis(喉頭軟化症)が生じた可能性があります.喉頭蓋の支持が脆弱となり,CPAPの陽圧が喉頭蓋を気道奥に押し込んでしまい,上気道狭窄による睡眠時無呼吸の増悪,最悪の場合は窒息を招きます.この現象は2011年に初めて報告させていただきましたが(Neurology. 2011;76(21):1841-2),問題はCPAPが使用できなくなると治療の選択肢が気管切開術しかなくなることです.多くの患者さんや先生方から他の選択肢についてご質問をいただきましたが,何も示すことができずにおりました.



ただ喉頭蓋につづく舌骨喉頭蓋靭帯の付着点である舌骨を前方移動させることでfloppy epiglottisを解除できることに気付き,新潟大学歯学部口腔外科の三上俊彦先生,小林正治 教授らと共同研究を行ってまいりました.下顎を少しずつ前方に移動させるような2ピースタイプの上下分離型口腔内装置を用いて,徐々に舌骨を前方に移動させると,PSGで評価するSRBDを改善できることを3症例の症例集積研究として示しました.具体的には,2症例では無呼吸低呼吸指数(AHI)と覚醒指数(ArI)が改善しました.一方,3例目は無呼吸指数(AI)とCT90は改善しましたが,AHIとArIは上昇しました.副作用は一過性の顎関節の違和感,咬筋の痛み,歯の違和感のみで軽度でした.
以上より,今後のさらなる評価が必要ですが,下顎前方移動を可能とする分離型口腔内装置は,floppy epiglottis を呈するMSA-P患者に対して有用な治療介入となる可能性を示しました.
Mikami T, Kobayashi T, Hasebe D, Ohshima Y, Takahashi T, Shimohata T. Oral appliance therapy for obstructive sleep apnea in multiple system atrophy with floppy epiglottis: a case series of three patients. Sleep Breath. 2022 Mar 29.(doi.org/10.1007/s11325-022-02607-0)





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自己免疫性GFAPアストロサイトパチーでは高頻度に運動異常症(運動失調,振戦,ミオクローヌス)を呈する

2022年03月30日 | 自己免疫性脳炎
自己免疫性GFAPアストロサイトパチー(GFAP-A)は,脊髄炎を合併しうる自己免疫性ステロイド反応性髄膜脳炎のひとつです.GFAP-Aでは運動異常症を呈することが報告されていますが,その頻度や特徴は十分に明らかにされていません.当科の木村暁夫先生らは,岐阜大学医学部附属病院で経験したGFAP-A患者,連続87名を後方視的に検討しました.具体的には運動異常症を認める患者と認めない患者の背景,臨床的特徴,脳脊髄液・画像所見を比較しました.74名(85%)が運動異常症を呈し,その頻度は多い順に運動失調(49%),振戦(45%),ミオクローヌス(37%),筋強剛(2%),ジスキネジア(2%),オプソクローヌス(2%),ミオキミア(1%),コレオアテトーシス(1%)でした.運動異常症を認めるGFAP-A患者は,認めない患者よりも有意に高齢でした.以上より,GFAP-Aでは運動異常症を高頻度に合併することが示されました.本症はステロイドが有効で,再発も通常見られないことから,急性・亜急性に出現した運動失調,振戦,ミオクローヌスでは本症を疑い,脳脊髄液検査および頭部MRIでの特徴的な放射状造影所見を確認し,早期診断・早期治療することが重要と考えられます.
Kimura A, Takekoshi A, Shimohata T. Characteristics of Movement Disorders in Patients with Autoimmune GFAP Astrocytopathy. Brain Sci. 2022, 12(4), 462(open accessでダウンロードできます)





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COVID-19ワクチン接種後の機能性運動障害の診断と説明

2022年03月29日 | 医学と医療
朝のカンファレンスで,ワクチン接種後発症の運動異常症とその対応について説明しました.私の担当した患者さんは,ワクチン接種直後から手のふるえが出現,複数の病院をめぐり,多くの検査を行ったものの診断が長期間つかず,当院を受診したかたでした.突然発症の非典型的で奇妙(bizarre)な不随意運動で,distraction(注意を他に引くこと)で症状が弱まったり変化したため「機能性」の運動障害と診断しました.ポイントは2つで,distractionは複数の方法を知っておくとひとつがうまく行かなくても焦らずに済むこと,そして病状説明が重要であるということです.病状説明によっては,早期に改善することも,苦しみが持続してさらに別の病院を受診することにもなります.つまり病状説明は治療なのです.

以下,説明のポイントです.
1.「機能性障害」などの明確な診断名をまず伝える → これで患者さんは安心できる
2.診断の根拠(器質的疾患としての矛盾)について理論的に説明する → 診断を納得してもらえる
3.「ハードウェアではなく,ソフトウェアの問題」「脳の命令が抑制されて手にうまく伝わらない」等メカニズムをわかりやすく伝える → 症状がどこから来ているのかを説明することが重要
4.症状は本物で,患者が嘘をついている(詐病である)わけではないことを伝える
5.まれな病気ではないことを伝える
6.脳に器質的障害はなく,回復が望めることを強調する → 希望をもっていただく
7.原因に立ち入る必要はない
8.一度で診療を中止せず,次回の診察を予定すること → 責任を持って担当する
つまり「回復の望める機能性疾患」という新しい認知を与えるわけです.これで生活・行動様式が変われば,それが「認知行動療法」という治療になります.

下記リンクの動画はカナダの民放テレビCTVで放映されウェブ上に公開されているものです.保険会社の重役の女性で,機能性神経障害(functional neurological disorder;FND)であることを公表した最初の一人のレポートです.ワクチン接種後に歩行が困難になりました.番組ではワクチンの副反応ではなく,ワクチンが引き金になって生じたFNDであることを強調しています.動画にあるように通常の歩行は不安定でも,階段は簡単に降りられることが,脳の器質的疾患としての矛盾点になります.FNDを認識していない臨床医の対応は患者の病状を悪化させることを指摘しています.彼女は「治療可能な疾患であり,私は回復しつつあるという事実を,多くの人々に知っていただきたい」と述べています.

CTV動画

Stone J: Functional neurological disorders: the neurological assessment as treatment. Neurophysiol Clin 44: 363-373, 2014.
園生雅弘: ヒステリー患者の神経症状と診察. 神経内科 87: 307-311, 2017.


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多系統萎縮症の新しい診断基準(new MDS criteria for the diagnosis of MSA)

2022年03月23日 | 脊髄小脳変性症
私も少しお手伝いをさせている多系統萎縮症の国際的な患者会 the MSA coalition が主催するウェビナーが開催され,一足早く,新しい診断基準についてGregor Wenning教授とIva Stankovic教授による講演を拝聴しました.正式な論文は近日公開されるそうですが,概略をメモします.

【現在の診断基準の問題点】
Gilman分類 second consensus criteria(2008)の初診時の感度はprobableで18%,possibleでも41%でしかないという問題点がある(Osaki et al. Mov Disord 2009).臨床診断でMSAとされた症例の剖検で,実際にMSAであった頻度は62%ないし78.8%という報告がある(Koga et al. Neurology 2016, Miki et al. Brain 2019).

診断基準における問題点として以下の6つを挙げることができる.
1.診断の正確性が不十分であり,感度と特異度を向上させる必要がある.
2.新たに明らかになった臨床的多様性が考慮されていない.具体的にはPAFからのphenoconversion, young-onset MSA(YOMSA),long duration MSA(LDMSA),MSA-cognitive impairmentのような病型を指している.
3.レボドパ反応性良好患者の扱いが決まっていない
4.明らかになった遺伝学的・自己免疫学的MSA look-alike(mimics)の存在が考慮されていない.
5.診断を支持しない所見が曖昧で,PD,PSP,CBDで認めるものの,MSAで認めない所見を「除外所見」として使用することを検討すべき.
6.診断に有用な新しい検査所見が使用されていない.具体的には,自律神経機能検査(orthostatic HR change),中小脳脚・被殻の拡散強調画像,automated subcortical volume segmentation,髄液αSyn oligomerとニューロフィラメント軽鎖(Singer et al. Ann Neurol 2020),皮膚リン酸化αSynの検出,声帯機能障害(Gandor et al. Mov Disord 2020)がある.

【新しい診断基準の方針】
エビデンスに基づく検討として,74のclinical questionを設定し,システマティックレビューを行った.その上でコンセンサスに基づく検討として,2回のDelphi rounds後,MDS会員に諮り,最終virtual consensus conferenceを行った.

【新しい診断基準による4分類】
以下の4つを目的に合わせて使用する(Gilman分類は確からしさによる分類であったが,新基準は診断の目的を意識する必要性を感じる).
①Neuropathologically established MSA・・・病理学的な診断の確定

②Clinically established MSA(図1-3)・・・感度を犠牲にして,特異度を90%より高く最大化する

③Clinically probable MSA(図1-3)・・・バランスのとれた感度(80%より大きい)と特異度(80%より大きい)



④Possible prodromal MSA(図4)・・・疾患修飾薬の臨床試験に早期登録において有用.十分な特異度を有する必要がある.本当にMSAであるか経過観察が必要



*講演では詳細まで触れていなかったことと拙訳であることから,論文が出ましたらぜひ原文をご確認いただきたく思います.

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claustrum sign ―サイトカインストームの脳障害マーカー?―

2022年03月22日 | てんかん
40歳女性が,発熱後6日目に急性脳症と極めて難治性のてんかん重積発作を呈しました.頭部MRIでは前障(claustrum)のT2/FLAIR高信号病変, いわゆるclaustrum signを認めました(図上段).本例は新型難治性てんかんの亜型であるFebrile infection-related epilepsy syndrome(FIRES)と診断されました.聞き慣れない病名ですが,New onset refractory status epilepsy (NORSE)とほぼ同義,日本の指定難病では難治頻回部分発作重積型急性脳炎と呼ばれています.注目すべきはこの疾患がサイトカインストームによって引き起こされると考えられていることです.claustrum signは他にも,COVID-19関連脳症(図下段),急性壊死性脳症,immune effector cell-associated neurotoxicity syndromeなどのサイトカインストームに関連する疾患でも報告されています.以上よりclaustrum signはサイトカインストームによる神経炎症の特異的マーカーであること,そして前障はサイトカインに脆弱であることが示唆されます.ちなみに前障の機能はよく分かっていませんでしたが,大脳皮質の徐波活動を制御し睡眠に関与することが最近本邦から報告されています.

★ 同様の患者さんの経験がございましたら,免疫染色による自己抗体の検索等行いますので,ご相談をいただければ幸いです.
Neurology. 2022 Mar 8;98(10):e1090-e1091.
J Neurol. 2021 Jun;268(6):2031-2034.
Nature Neuroscience, 10.1038/s41593-020-0625-7






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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(3月20日) 

2022年03月20日 | 医学と医療
今回のキーワードは,感染1年後でも神経学的後遺症に苦しむ患者は相当数存在する,小児および青年におけるlong COVIDの有病率は25%,Long COVIDの4つの病態仮説,危険因子,そして発症前後のワクチンの効果,ファイザーワクチン接種後の頭痛の特徴です.

Long COVIDについてはいまだ病態も治療も不明のことが多いです.ただ感染から1年を経過しても,嗅覚障害を含め改善を認めない患者が少なくないこと,また小児・青年でも生じうることが分かってきました.よって COVID-19は風邪やインフルエンザと同じなどという発言はまったく科学的根拠に基づくものではありません.一方,プレプリント論文ながら,ワクチン接種は,感染後であってもlong COVIDのリスクを減少させる可能性が指摘されていました.今回,Science誌の総説でも取り上げていますのでご紹介します.

◆感染1年後でも神経学的後遺症に苦しむ患者は相当数存在する.
オーストリアからCOVID-19感染後の神経症状を,1年後まで観察した前向き多施設縦断コホート研究が報告された.対象は81名(男性59%).新規かつ持続的な神経疾患は3ヶ月後で15%,1年後で12%であった(診断としてはneuropathy/myopathyが多い).1年後の神経症候は48/81名(59%)で認め,多い順に疲労(38%),集中力低下(25%),物忘れ(25%),睡眠障害(22%),筋痛(17%),四肢筋力低下(17%),頭痛(16%),感覚障害(16%),嗅覚低下(15%)であった(図1).嗅覚低下も含め,52/81例(64%)の患者で経時的な改善を認めなかった.認知障害は18%,うつ病,不安,心的外傷後ストレス障害はそれぞれ6%,29%,10%であった.以上より,COVID-19感染から1年経過しても神経学的後遺症に苦しむ患者が相当数存在することが示され,これらの患者に対する集学的管理の必要性が示唆された.
Eur J Neurol. March 3, 2022(doi.org/10.1111/ene.15307)



◆小児および青年におけるlong COVIDの有病率は25.24%.
小児および青年におけるlong COVIDに関するシステマティック・レビュー,メタ解析が報告された(プレプリント論文).21件の論文,計8万0071人の小児および青年が対象となった.Long COVIDの有病率は25.24%であり,最も多く見られた臨床症状は,気分症状(mood symptom)16.50%,疲労9.66%,睡眠障害8.42%であった.発症の危険因子は,持続的な呼吸困難(オッズ比2.69),嗅覚・味覚障害(10.68),発熱(2.23)であった.
medRxiv. March 13, 2022(doi.org/10.1101/2022.03.10.22272237)

◆ Long COVIDの4つの病態仮説,危険因子,そして発症前後のワクチンの効果.
Science誌に,Yale大学Iwasaki教授らによるCOVID-19の免疫病態に関する総説が発表されている.COVID-19全般を議論しているが,ここではlong COVIDに関してご紹介したい.

まず病態仮説として,(i)組織内のウイルスまたはウイルス抗原・RNAにより引き起こされる慢性炎症,(ii)急性ウイルス感染後に誘発される自己免疫,(iii)細菌叢またはウイルス叢の構成異常(dysbiosis),(iv) 未修復組織傷害などが考えられる(図2).またLong COVIDの危険因子として,患者309名(71%が入院)の初診から2〜3ヵ月後までの縦断的な調査により,初診時の2型糖尿病,SARS-CoV-2 RNA血症,Epstein-Barrウイルス血症,自己抗体の4つが同定されている (Y. Su et al., Cell 2022).



一方,ワクチンがlong COVIDに影響を与える可能性を示す3つの研究を紹介している.
①自己報告データを用いた前向き症例対照研究で,感染前のワクチン2回接種(906名)は,未接種(906名)と比較して,28日後のlong COVIDのリスクを減少させた(Antonelli et al. Lancet Infect Dis 2021).
②long COVID患者1296名の解析で,感染後38日以内のワクチン接種が,感染後120日のlong COVIDのリスクを有意に減少した(Tran V-T, et al, Lancet preprint 2021; doi.org/10.2139/ssrn.3932953).
感染後12週間以内のワクチン接種は,24万648人の感染者の後方視的解析で,long COVIDの発症リスクの減少と関連する (Simon MA, et al. medRxiv 2021.2011.2017.21263608; doi.org/10.1101/2021.11.17.21263608).
ワクチンがどのようにlong COVIDを予防/改善するかは不明である.ワクチンによって誘発される抗スパイク抗体とT細胞が,残存抗原やウイルス粒子のクリアランスを促進し,慢性炎症の原因を排除している可能性がある.またワクチンによって誘導されたサイトカインが自己反応性リンパ球に作用し,病原性サイトカインの産生を停止させ,もしくは病原性リンパ球を再プログラムしている可能性もある.
Science. 2022 Mar 11;375(6585):1122-1127(doi.org/10.1126/science.abm8108)

◆ファイザーワクチン接種後の頭痛の特徴.
ファイザーワクチン接種後に認める頭痛に関する多施設共同観察コホート研究が報告された.オンライン質問票を用いて,ドイツとアラブ首長国連邦の2349名が検討された.頭痛はワクチン接種後平均18.0±27.0時間で発生し,平均14.2±21.3時間持続した.頭痛の特徴は,単回エピソードが66.6%,両側性が73.1%,部位は前頭部が38.0%,側頭部が32.1%であった.痛みの特徴は「圧迫されるような痛み」が49.2%,「鈍痛」が40.7%であった.痛みの強さは,中等度46.2%,重度32.1%,非常に重度8.2%であった.最も多い随伴症状は,疲労38.8%,極度の疲労25.7%,筋痛23.4%であった.日常生活動作の影響は不変50.7%,増悪42.8%,改善 6.5%であった.
Brain Communications, Volume 3, Issue 3, 2021, fcab169(doi.org/10.1093/braincomms/fcab169)


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ALS患者に認めた意外な原因による呼吸苦

2022年03月16日 | 運動ニューロン疾患
写真は呼吸苦を訴えて救急外来を受診した進行期ALS患者さんのものです.呼吸苦の原因は呼吸不全ではなく顕著な貧血で,その原因は胃潰瘍からの出血でした.胃潰瘍の中央には丸い圧痕がありました(図A).胃内にある胃ろうのバンパー(内部ストッパー:図B, C )が対側の胃壁に当たってできたものと考えられました.この患者さんは胃ろう作成後も体重が減少してしまい,腹壁が薄くなって,その分,バンパーが奥に押し込まれて胃後壁に当たるようになってしまったようです.体重減少が目立つ症例では,体表面に出ている胃ろうの外部ストッパーと腹壁の間の隙間(図D)が拡大していないか確認したほうが良いと第一著者の國枝顕二郎先生は指摘しています.

Kunieda K , et al. Gastric ulcer caused by contact with a bumper type gastrostomy tube in amyotrophic lateral sclerosis: a case report. Brain Nerve 74;291-4, 2022


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(3月12日)  

2022年03月12日 | 医学と医療
今回のキーワードは,5~11歳児では,1カ月後に感染に対するファイザー・ワクチンの予防効果が65%から12%に低下する,60歳以上のCOVID-19退院患者で認知症のリスクは上昇する,感染4か月半後の評価で,COVID-19感染者には意思決定に重要な役割を果たす眼窩前頭皮質などに顕著な器質的な変化が生じている,Long COVID患者では後遺症をきたすsmall fiber neuropathyが生じる,です.

COVID-19感染は認知症の危険因子になる可能性が指摘されてきましたが,それを裏付ける決定的な研究がJAMA Neurol誌とNature誌に報告されました.とくに3つ目の論文で紹介する後者の論文は衝撃的で,COVID-19感染者では意思決定に重要な役割を果たす眼窩前頭皮質などの萎縮が,非感染者と比べて明らかに顕著であることが示されました(図1).しかもこの変化は入院を要さなかった患者でも認めました.COVID-19は決して風邪やインフルエンザのような疾患ではなく,極力,感染を予防する必要があります.



◆5~11歳児では,1カ月後に感染に対するファイザー・ワクチンの予防効果が65%から12%に低下する.
Science誌のNEWS欄で,ファイザー・ワクチンを接種した5~11歳の子供は,入院(重症化)に対する防御は持続するが,感染に対する防御はわずか1ヶ月で失われるというプレプリント論文が議論されている.この結果は専門家たちを失望させた.というのも,この年齢層に対して米国で認可されているのはファイザー・ワクチンだけだからだ.この研究ではニューヨーク州のデータベースを利用し,100万人以上の5~17歳のワクチン接種者と非接種者を比較している.12月後半までに2回接種した5~11歳児では,1カ月後に感染に対する予防効果が65%から12%に低下した(図2).同時期に接種した10代では76%から56%の低下であった.論文では10代の若者よりも小さい子供たちの方が,接種したワクチン量が少なかったため感染予防効果が早期に失われた可能性があると指摘している.
Science NEWS March 3, 2022



◆60歳以上のCOVID-19退院患者で認知症のリスクは上昇する.
中国武漢から,高齢のCOVID-19感染後生存者において認知機能の1年間の変化を追跡した研究が報告された.対象は3つのCOVID-19指定病院から退院した60歳以上の生存者とした.その非感染の配偶者を対照とした.最終的に生存者1438名と対照者438名の6ヵ月後と12ヵ月後の認知機能を評価した.退院後12カ月後の生存者における認知症の有病率は12.4%であった.重症例ではTelephone Interview of Cognitive Status-40スコアが非重症例および対照よりも低かった(中央値:重症22.50,非重症30.00,対照31.00)(図3).重症のCOVID-19症例では,早期発症の認知症(オッズ比4.87),後期発症の認知症下(7.58)および進行性認知症(19. 00)のリスクと関連していた.一方,非重症COVID-19は早期発症の認知症(1.71)のリスクと関連していた.以上より,COVID-19感染は認知症のリスク上昇と関連した.パンデミックが将来の認知症診療に与える影響を評価する必要がある.
JAMA Neurol. March 8, 2022(doi.org/10.1001/jamaneurol.2022.0461)



◆感染4か月半後の評価で,COVID-19感染者には意思決定に重要な役割を果たす眼窩前頭皮質などに顕著な器質的な変化が生じている.
英国のUK Biobankに登録された51~81歳で,2回の頭部MRI検査を行い,その検査の間隔(平均日数141日;4か月半)の間にCOVID-19感染を経験した401名と,対照384名の脳の変化を比較した.この結果,感染者では以下の有意な経時的な影響が確認された.(i) 眼窩前頭皮質(意思決定に重要な役割を果たす)および海馬傍回における灰白質厚および組織コントラストの大幅な減少,(ii) 一次嗅覚皮質と,機能的に関連する領域における組織損傷マーカーの大きな変化,(iii) 全脳サイズの大幅な減少,である.また感染者は対照より大きな認知機能の低下を示した.驚くべきことに,これらの画像および認知機能の変化は,入院患者15名を除いても確認された.主に大脳辺縁系の所見は,嗅覚伝導路を介した神経変性,神経炎症,または無嗅覚による感覚入力の喪失が影響した可能性がある.これらの変化が回復しうるものか,あるいは長期的に持続するかについては,さらなる追跡調査が必要である.
Nature (2022). https://doi.org/10.1038/s41586-022-04569-5

◆Long COVID患者では後遺症をきたすsmall fiber neuropathyが生じる.
Long COVIDに認められる末梢神経障害について検討した研究がMGHより報告された.WHOの定義を満たすLong COVID症例で,末梢神経障害の評価のために紹介された患者の横断的および縦断的データを分析した(図4).17名の患者(平均年齢43.3歳,女性69%,白人94%,ラテン系19%)を平均1.4年間追跡した.結果としては59%が神経障害を示す検査異常を1つ以上有していた.その内訳は,皮膚生検63%(10/16),電気生理検査17%(2/12),自律神経機能検査50%(4/8)であった.COVID-19の症状軽快から3週間後に1名がcritical illness軸索ニューロパチー,1名が多巣性脱髄性ニューロパチーと診断され,10名以上がsmall fiber neuropathyと診断された.経時的な観察で改善を52%に認めたが,完全治癒した症例はなかった.治療としては65%(11/17)が免疫療法(ステロイドand/or免疫グロブリン静注)を受けた.以上より,Long COVID患者で長期にわたり,かつしばしば後遺症の残るsmall fiber neuropathyが最も多く生じる.感染によって引き起こされる免疫異常が共通のメカニズムである可能性がある.
Neurology. March 1, 2022(doi.org/10.1212/NXI.0000000000001146)






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ロバート・ワルテンベルグと逆転反射

2022年03月10日 | 医学と医療
下記リンクの動画は右手の脱力を呈した75歳男性の診察所見です.前半は橈骨逆転(もしくは背理性)反射です.橈骨端を叩打すると腕撓骨筋反射が出現せず,手指の屈曲がおきます.C5髄節障害によって腕撓骨筋反射が消失し,C8髄節の手指屈筋反射が亢進するため生じます.後半はワルテンベルグ母指反射です.患側の指が末節骨で強制的に屈曲させられると,母指の内転,屈曲,対立がみられます.健側の母指は外転と伸展を保ちます.頸部MRIではC4-5とC5-6に大きな骨棘と右側の脊柱管狭窄を認めました.

Teaching Video NeuroImage: Inverted Radial and Wartenberg Thumb Reflex in Cervical Myelopathy
Neurology. 2022;98:e1092-e1093. doi.org/10.1212/WNL.0000000000013262

逆転反射は「ある腱反射が消失し,その拮抗筋(あるいは隣接筋)の反射が保たれているか,亢進していると,本来とは逆の反応を呈する特殊な反射現象」を言います(平山・神経症候学).この逆転は上腕二頭筋反射,腕撓骨筋反射,上腕三頭筋反射,回内筋反射,膝蓋腱反射で生じます.ロバート・ワルテンベルグ(1887-1956)は,これらは上述のように理屈で説明できるため,逆転でも背理でもないと述べています.いずれにせよ健常者では認めませんので,この現象を理解する必要があります.一方のワルテンベルグ母指反射は,強制的な指の屈曲に伴って生じる母指の連合運動による屈曲です.錐体路病変に伴って出現し,Babinski徴候の上肢版と呼ばれてきました.

ワルテンベルグは反射と徴候に関する多数の論文を執筆しましたが,神経症候に発見者や確立者の名前をつけることを「神経学が無用で無意味な名前の洪水になって学生や医師から敬遠される原因」になるとし,「内容がわかるような客観的名称を用いるべき」と述べています.ですから2つの反射に名前を残したことは不本意かもしれません.私はワルテンベルグの著書「神経学的診察法(佐野圭司 訳)」の序文を読んで,「高額で時間がかかり侵襲を伴う検査は最小限にとどめ,診察と徴候に依拠して診断と治療を行う」という考えに共感しました.もう1冊の著書「反射の検査」は残念ながら入手できてませんが,葛原茂樹先生が書かれた総説「ワルテンベルグ(Brain Nerve 66;1301-8, 2014)」は素晴らしく,ワルテンベルグの人となりを理解するのに役に立ちました.




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ウクライナの脳神経内科医

2022年03月07日 | 医学と医療
米国神経学会のニュースレター,NeurologyToday®に,学会所属のウクライナ在住の脳神経内科医34名のことが掲載されていました.そのなかでも1ヶ月前に研修を修了したばかりにも関わらず,ロシア侵攻後の7日間,病院で唯一の脳神経内科医として診療に当たっている24歳の女性医師Solomiia Bandrivska医師の言葉が紹介されていました(橋が破壊され,他の医師は出勤できないそうです).

「私は最後まで患者さんに寄り添います.戦争は現実であり,その危険は信じられないほどです.私たちに必要な最も重要なことは平和です」

「ウクライナの誰もが危険にさらされています.安全な場所はありません.私と同僚は,患者さんの,そして自分たちの安全に配慮しています.患者さんには,レボドパ,フィンゴリモド,オクレリズマブ,リツキシマブが不足しています.何千人もの人々が寒い避難所に座っているので,慢性的な腰痛を悪化させています.そのため鎮痛剤や抗炎症剤を求める電話がたくさんかかってきています.この状況がいつまで続くか分かりませんが,私たちは自由のために戦っています」

彼女のFacebookでは,侵攻前のまだあどけなさの残る表情を見ることができます.その彼女のページには,近隣諸国の人々から食料等の援助を申し出るメッセージが殺到しているそうです.また米国神経学会はウクライナの学会員の要望に応えるため,ワーキンググループを立ち上げています.彼女たちを支援し,避難している患者のケアをサポートするツールを提供する計画を進めています.それまでの間,寄付を呼びかけています.私もBandrivska医師たちのために国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から寄付をしました.とても簡単にできました.Neurology Today®は寄付に関して以下の団体を紹介しています.

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)
ユニセフ
国境なき医師団
International Medical Corps(国際医療団)
赤十字国際委員会
セーブ・ザ・チルドレン


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