Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ポリグルタミン病研究の現状 ―SCA1の場合―

2008年04月29日 | 脊髄小脳変性症
 米国神経学会(AAN)報告.University of MinnesotaのOrr教授による脊髄小脳変性症(とくに遺伝性脊髄小脳変性症1型;SCA1)に関するレクチャーをまとめたい.彼らは以下の3つの疑問に対して地道に研究を行ってきた.

1. SCA1は治療介入により可逆的に回復しうる病気であるのか?(もしそうでなければ治療研究自体は意味がないものになってしまう)
2. なぜ小脳プルキンエ細胞に変性が生じるのか?
3. 伸長ポリグルタミン鎖はどのようなメカニズムで病因蛋白ataxin-1の正常機能を阻害するのか?

 1の回答はYESである.これはconditional SCA1 mouse modelを作成することで,SCA1は可逆的に回復しうる病気であることを示した.ここでいうconditionalとは,伸長ポリグルタミン鎖(82 repeat)を有する変異ataxin-1の発現をオンにしたりオフにしたりすることである(抗生剤ドキシサイクリンを摂取させることで発現がオフになる).この遺伝子改変マウスの変異ataxin-1発現をオフにするタイミングをいろいろ変えて,生まれてからいつまでなら回復しうるのか調べたわけだ.結果は,運動障害に関しては生後5週までなら完全回復,12週になると部分的回復,32週になるとあまり回復しなくなる.一方,病理変化は(ポリグルタミンによる核内封入体を含め)いつの時点であっても発現がオフになりさえすれば完全に回復することが判明した(J Neurol 2004).すなわち,進行期であってもプルキンエ細胞は伸長ポリグルタミン鎖を含むataxin-1を除去する仕組みを持つが,神経症状の回復のための治療介入(遺伝子発現抑制)は早ければ早いほど良く,あまり遅くなると回復しにくいという可能性が示唆された.

 2の回答は,ataxin-1はプルキンエ細胞の発達に重要な蛋白質であるためである.これは2006年のCellに報告されたが,ここでもconditional mouse model1が用いられた.具体的には小脳プルキンエ細胞が発生した後,すぐに変異ataxin-1を一定期間(12週)発現させた場合と,一定期間(14週)遅らせて,同じく12週発現させた場合を比較した.その結果,同じ期間の発現であっても発達期をさせて,遅い時期に発現させた方が大人になったマウスの表現型が軽いということが分かった.さらにこの原因として,小脳の発達に関わる転写因子であるRORalphaの不安定化が関与していることが分かった(疾患マウスではRORalphaの減少と,その下流にコントロールされる遺伝子産物が減少していた).またataxin-1はRORalphaとそのcoactivatorである Tip60などと複合体を形成していた.つまり発達期におけるRORalphaによりコントロールされる小脳における遺伝子発現の異常が変異ataxin-1によりもたらされ,プルキンエ細胞の変性に関与している可能性が示唆された.

 3はポリグルタミン病における究極の疑問のひとつである.伸長ポリグルタミン鎖の神経毒性は,別な蛋白との結合が新たに生じてもたらされるのか,それを含む野生型の蛋白の機能変化によって生じるのか,ということである(昔,よく聞かれたポリグルタミン鎖部分自体が神経毒性を持ち,9つのポリグルタミン病が共通の機序で生じているという考えは既にない).この回答は,ataxin-1の場合,後者らしい.ataxin-1は転写抑制因子のCapicuaを含む複合体に結合し,その転写抑制活性を阻害するが,アミノ酸配列776番目のセリンがアラニンに変わると(Ser776Ala変異),ataxin-1とCapicuaの結合が減弱する結果,神経毒性は抑制される.つまり,もともとataxin-1が有する蛋白結合能および生理機能に障害が生じた結果,神経変性が生じる可能性を示唆する(J Neurochem 2007).さらにSer776位はリン酸化酵素Aktによりリン酸化を受ける部位であるが,疾患マウスモデルではポリグルタミン鎖長のみならず,この776位のリン酸化の状態によっても障害の程度が変わる.例えば30 repeatであっても,776位がアスパラギン酸であるマウスは,80 repeatで776位がセリンであるマウスと重症度が同等とのことである.つまり重要なのは776位のリン酸化の状態であって,ポリグルタミン鎖はそのリン酸化の状態をmis-regulateしている可能性もある.よって治療のターゲットは,今後,SCA1ではポリグルタミン鎖長よりも776位のリン酸化レベルに移るものと考えられる.

以上より治療開発に重要と感じたことをまとめると,
1. 伸長ポリグルタミン鎖にのみ注目していても駄目である.そもそもの病因蛋白の機能を徹底的に調べることが重要.
2. 遺伝子改変動物モデルが非常に有効.逆に動物モデルを避けていては,疾患の本質や治療研究には結びつかない.
3. ひとつの疾患をあきらめず,治療を目指し続けることが大切.

 とくに3番目に関連して,今年のAANではポリグルタミン病の演題はきわめて少なく,ほとんど目につかなかった.10年前初めてAANに参加したが,そのときはポリグルタミン病の黎明期で演題はとてもたくさんあった.その後もポリグルタミン病は数多くのラボが参入する花形研究テーマの一つであったが,現在の演題数の激減ぶりをみていると治療研究を継続し推進することがいかに難しいか容易に分かる(アイデアのみならず,研究技術の高度化や研究費がネックになるのであろう).今年のAANはTDP43の演題がとても多く,間違いなく今年の「はやり」であった.研究には流行があり,それに乗ることが研究費獲得には良いことではあるが,それだけでは駄目であって,自分の志した研究を地道に続けなければ治療開発には結びつかない,ということをOrr教授のレクチャーは教えてくれたような気がする.自省しつつも,とても感激しながら拝聴した講義であった.

60th AAN annual meeting @Chicago
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多系統萎縮症 ―診断基準の改訂―

2008年04月20日 | 脊髄小脳変性症
 多系統萎縮症の診断基準の改訂が,60th AANにおいてGilman,Wenning,Lowにより発表された.多系統萎縮症のオリジナルの診断基準は1998年にはじめて作成されたが(いわゆるGilmanによる診断・分類基準;J Neurol Sci 163; 94-98, 1999),作成から10年がたち,神経病理学的,神経症候,神経画像の面で改訂の必要が生じたためである.
 
 これまでのMSA診断・分類基準は,診断の確からしさを示すことを目的にdefinite, probable,possibleに分類される(日本人には分かりにくいが,probableのほうがpossibleより確率が高い).このなかでprobable MSAは自律神経障害に加え,levodopa反応性不良のパーキンソニズム,もしくは小脳障害を認める症例である.ここでいう自律神経とは,起立時の血圧低下(収縮期30mmHg以上,拡張期15mmHg以上)もしくは排尿障害(尿失禁または排尿困難または100ml以上の残尿)を指し,パーキンソニズムは「寡動に加え,筋強剛・姿勢反射障害・振戦のうち少なくとも1つをみとめる」もの,小脳障害とは失調歩行に加え,失調性構音障害・四肢の失調・注視方向性眼振のうち少なくとも1つを認めるものを指す.
 
 今回の改訂ではまずdefinite MSAにおいて,病理学的にαシヌクレイン陽性グリア細胞質封入体(GCI)の証明が必須になった.つぎにprobable MSAについては変更はなし.大きな変更があったのはpossible MSAであって,「少なくとも一つの自律神経障害を示唆する症状(例.尿失禁,残尿,起立性低血圧,インポテンツ・・・)」を呈する必要が加わった.さらに画像所見も採用された.具体的にはMRI画像(被殻の萎縮・線状異常信号,小脳・脳幹の萎縮)とFDG-PET(小脳・基底核におけるhypometabolism)である.またMSAを示唆する症候として,喉頭喘鳴,口・顔面ジストニア,首下がり,camptocormia/Pisa症候群,吸気性のため息も追加された.このほかにおやっと思ったのは,発症年齢に30歳より上との記載があったことや(30台発症もありうるということだが,思ったより若い),MSA-PとMSA-Cの分類をするのがpredominant feature at time of examinationとあったことである.
 
 原文を入手できなかったことと,拙いヒアリング力のため,記述が不完全であることはご容赦願いたい(正式な論文を入手したらきちんとreviewします).いずれにしても第1バージョン同様,今回の発表でも診断基準のsensitivity,specificityについての話はなく,診断基準というのは,こうやって偉い人たちによって決められていくんだなぁと感じた.ただ前後の口演と比べてひときわ拍手が大きかったのが印象的で,私も含めてみな,MSA研究の歴史的な一場面に立ち会ったような感覚を持ったのではないかと思った.

60th AAN annual meeting @Chicago
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第60回米国神経学会(American Academy of Neurology)

2008年04月18日 | 医学と医療
 現在,第60回米国神経学会(AAN@シカゴ)に参加している.AANはとても規模の大きい学会で,世界各国から演題が集まり,最先端のトピックスを勉強することができる.早朝から夜遅くまでプログラムが組まれていて少々疲れるもののとても楽しい学会である.

 具体的には午前中にplenary session(全体会議)があり,注目の疾患や病態について最新情報が報告される.びっくりする大きな会場に会員が集まり,今年は有名なOrr先生によるSCA1の講義やvan der Knaap先生による遺伝性白質疾患の講義,そのほか話題のiPS細胞やTDP43,認知症の予防などが取り上げられた.また一般募集される演題はscientific session(口演)とposter sessionに分けられる.scientific sessionは分野別に(10セクションほどに分けられる)同時に進行し,好きな分野を選択する.poster sessionは1日2回ないし3回の入れ替え制で(1回で170程度の演題がある),朝はベーグルやコーヒー,夕方はワインとチーズが振る舞われる.日本ではお酒が入ってのdiscussionはあまり好ましくないのかもしれないが,ほろ酔い加減で,世界中の神経内科医と自分のこだわりのある領域についてdiscussionするのはとても楽しい(私はこれが楽しくてAANに行っているようなところがある).ほかには教育プログラムがあり,1日コース,半日コース,朝食コース,夕食コースなどがあって別途料金を支払えば食事しながら一流講師の講義を聴くことができる(私は今回はrestless leg syndromeの勉強をしてきた).

 ぜひ頑張って日本からもたくさん演題を出すべきだと思う.今年は韓国からの発表が急激に増えていることが印象的で,神経内科学の分野でも急激に力をつけているのだと思われた(とくに睡眠医学の分野は成長著しい).日本からも若いドクターを含めてどんどん積極的にトライすべきと思う.AANでは半数ほどしか採択されないようだが,今年は例年と比べ,明らかに症例報告(1例報告)の採択が増えたのでチャンスはある.早い時期に世界レベルの神経学を肌で感じることは将来とても大きなプラスになると思う.ただし,一度海外学会に出席するとなると1週間ほど必要になるわけで,若いドクターを積極的に海外学会に出席させられるような工夫を先輩ドクターは考えていく必要がある.

 とくに面白かった演題についてはこれから少しずつこのブログで取り上げてみたい.

AAN anual meeting

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