米国神経学会(AAN)報告.University of MinnesotaのOrr教授による脊髄小脳変性症(とくに遺伝性脊髄小脳変性症1型;SCA1)に関するレクチャーをまとめたい.彼らは以下の3つの疑問に対して地道に研究を行ってきた.
1. SCA1は治療介入により可逆的に回復しうる病気であるのか?(もしそうでなければ治療研究自体は意味がないものになってしまう)
2. なぜ小脳プルキンエ細胞に変性が生じるのか?
3. 伸長ポリグルタミン鎖はどのようなメカニズムで病因蛋白ataxin-1の正常機能を阻害するのか?
1の回答はYESである.これはconditional SCA1 mouse modelを作成することで,SCA1は可逆的に回復しうる病気であることを示した.ここでいうconditionalとは,伸長ポリグルタミン鎖(82 repeat)を有する変異ataxin-1の発現をオンにしたりオフにしたりすることである(抗生剤ドキシサイクリンを摂取させることで発現がオフになる).この遺伝子改変マウスの変異ataxin-1発現をオフにするタイミングをいろいろ変えて,生まれてからいつまでなら回復しうるのか調べたわけだ.結果は,運動障害に関しては生後5週までなら完全回復,12週になると部分的回復,32週になるとあまり回復しなくなる.一方,病理変化は(ポリグルタミンによる核内封入体を含め)いつの時点であっても発現がオフになりさえすれば完全に回復することが判明した(J Neurol 2004).すなわち,進行期であってもプルキンエ細胞は伸長ポリグルタミン鎖を含むataxin-1を除去する仕組みを持つが,神経症状の回復のための治療介入(遺伝子発現抑制)は早ければ早いほど良く,あまり遅くなると回復しにくいという可能性が示唆された.
2の回答は,ataxin-1はプルキンエ細胞の発達に重要な蛋白質であるためである.これは2006年のCellに報告されたが,ここでもconditional mouse model1が用いられた.具体的には小脳プルキンエ細胞が発生した後,すぐに変異ataxin-1を一定期間(12週)発現させた場合と,一定期間(14週)遅らせて,同じく12週発現させた場合を比較した.その結果,同じ期間の発現であっても発達期をさせて,遅い時期に発現させた方が大人になったマウスの表現型が軽いということが分かった.さらにこの原因として,小脳の発達に関わる転写因子であるRORalphaの不安定化が関与していることが分かった(疾患マウスではRORalphaの減少と,その下流にコントロールされる遺伝子産物が減少していた).またataxin-1はRORalphaとそのcoactivatorである Tip60などと複合体を形成していた.つまり発達期におけるRORalphaによりコントロールされる小脳における遺伝子発現の異常が変異ataxin-1によりもたらされ,プルキンエ細胞の変性に関与している可能性が示唆された.
3はポリグルタミン病における究極の疑問のひとつである.伸長ポリグルタミン鎖の神経毒性は,別な蛋白との結合が新たに生じてもたらされるのか,それを含む野生型の蛋白の機能変化によって生じるのか,ということである(昔,よく聞かれたポリグルタミン鎖部分自体が神経毒性を持ち,9つのポリグルタミン病が共通の機序で生じているという考えは既にない).この回答は,ataxin-1の場合,後者らしい.ataxin-1は転写抑制因子のCapicuaを含む複合体に結合し,その転写抑制活性を阻害するが,アミノ酸配列776番目のセリンがアラニンに変わると(Ser776Ala変異),ataxin-1とCapicuaの結合が減弱する結果,神経毒性は抑制される.つまり,もともとataxin-1が有する蛋白結合能および生理機能に障害が生じた結果,神経変性が生じる可能性を示唆する(J Neurochem 2007).さらにSer776位はリン酸化酵素Aktによりリン酸化を受ける部位であるが,疾患マウスモデルではポリグルタミン鎖長のみならず,この776位のリン酸化の状態によっても障害の程度が変わる.例えば30 repeatであっても,776位がアスパラギン酸であるマウスは,80 repeatで776位がセリンであるマウスと重症度が同等とのことである.つまり重要なのは776位のリン酸化の状態であって,ポリグルタミン鎖はそのリン酸化の状態をmis-regulateしている可能性もある.よって治療のターゲットは,今後,SCA1ではポリグルタミン鎖長よりも776位のリン酸化レベルに移るものと考えられる.
以上より治療開発に重要と感じたことをまとめると,
1. 伸長ポリグルタミン鎖にのみ注目していても駄目である.そもそもの病因蛋白の機能を徹底的に調べることが重要.
2. 遺伝子改変動物モデルが非常に有効.逆に動物モデルを避けていては,疾患の本質や治療研究には結びつかない.
3. ひとつの疾患をあきらめず,治療を目指し続けることが大切.
とくに3番目に関連して,今年のAANではポリグルタミン病の演題はきわめて少なく,ほとんど目につかなかった.10年前初めてAANに参加したが,そのときはポリグルタミン病の黎明期で演題はとてもたくさんあった.その後もポリグルタミン病は数多くのラボが参入する花形研究テーマの一つであったが,現在の演題数の激減ぶりをみていると治療研究を継続し推進することがいかに難しいか容易に分かる(アイデアのみならず,研究技術の高度化や研究費がネックになるのであろう).今年のAANはTDP43の演題がとても多く,間違いなく今年の「はやり」であった.研究には流行があり,それに乗ることが研究費獲得には良いことではあるが,それだけでは駄目であって,自分の志した研究を地道に続けなければ治療開発には結びつかない,ということをOrr教授のレクチャーは教えてくれたような気がする.自省しつつも,とても感激しながら拝聴した講義であった.
60th AAN annual meeting @Chicago
1. SCA1は治療介入により可逆的に回復しうる病気であるのか?(もしそうでなければ治療研究自体は意味がないものになってしまう)
2. なぜ小脳プルキンエ細胞に変性が生じるのか?
3. 伸長ポリグルタミン鎖はどのようなメカニズムで病因蛋白ataxin-1の正常機能を阻害するのか?
1の回答はYESである.これはconditional SCA1 mouse modelを作成することで,SCA1は可逆的に回復しうる病気であることを示した.ここでいうconditionalとは,伸長ポリグルタミン鎖(82 repeat)を有する変異ataxin-1の発現をオンにしたりオフにしたりすることである(抗生剤ドキシサイクリンを摂取させることで発現がオフになる).この遺伝子改変マウスの変異ataxin-1発現をオフにするタイミングをいろいろ変えて,生まれてからいつまでなら回復しうるのか調べたわけだ.結果は,運動障害に関しては生後5週までなら完全回復,12週になると部分的回復,32週になるとあまり回復しなくなる.一方,病理変化は(ポリグルタミンによる核内封入体を含め)いつの時点であっても発現がオフになりさえすれば完全に回復することが判明した(J Neurol 2004).すなわち,進行期であってもプルキンエ細胞は伸長ポリグルタミン鎖を含むataxin-1を除去する仕組みを持つが,神経症状の回復のための治療介入(遺伝子発現抑制)は早ければ早いほど良く,あまり遅くなると回復しにくいという可能性が示唆された.
2の回答は,ataxin-1はプルキンエ細胞の発達に重要な蛋白質であるためである.これは2006年のCellに報告されたが,ここでもconditional mouse model1が用いられた.具体的には小脳プルキンエ細胞が発生した後,すぐに変異ataxin-1を一定期間(12週)発現させた場合と,一定期間(14週)遅らせて,同じく12週発現させた場合を比較した.その結果,同じ期間の発現であっても発達期をさせて,遅い時期に発現させた方が大人になったマウスの表現型が軽いということが分かった.さらにこの原因として,小脳の発達に関わる転写因子であるRORalphaの不安定化が関与していることが分かった(疾患マウスではRORalphaの減少と,その下流にコントロールされる遺伝子産物が減少していた).またataxin-1はRORalphaとそのcoactivatorである Tip60などと複合体を形成していた.つまり発達期におけるRORalphaによりコントロールされる小脳における遺伝子発現の異常が変異ataxin-1によりもたらされ,プルキンエ細胞の変性に関与している可能性が示唆された.
3はポリグルタミン病における究極の疑問のひとつである.伸長ポリグルタミン鎖の神経毒性は,別な蛋白との結合が新たに生じてもたらされるのか,それを含む野生型の蛋白の機能変化によって生じるのか,ということである(昔,よく聞かれたポリグルタミン鎖部分自体が神経毒性を持ち,9つのポリグルタミン病が共通の機序で生じているという考えは既にない).この回答は,ataxin-1の場合,後者らしい.ataxin-1は転写抑制因子のCapicuaを含む複合体に結合し,その転写抑制活性を阻害するが,アミノ酸配列776番目のセリンがアラニンに変わると(Ser776Ala変異),ataxin-1とCapicuaの結合が減弱する結果,神経毒性は抑制される.つまり,もともとataxin-1が有する蛋白結合能および生理機能に障害が生じた結果,神経変性が生じる可能性を示唆する(J Neurochem 2007).さらにSer776位はリン酸化酵素Aktによりリン酸化を受ける部位であるが,疾患マウスモデルではポリグルタミン鎖長のみならず,この776位のリン酸化の状態によっても障害の程度が変わる.例えば30 repeatであっても,776位がアスパラギン酸であるマウスは,80 repeatで776位がセリンであるマウスと重症度が同等とのことである.つまり重要なのは776位のリン酸化の状態であって,ポリグルタミン鎖はそのリン酸化の状態をmis-regulateしている可能性もある.よって治療のターゲットは,今後,SCA1ではポリグルタミン鎖長よりも776位のリン酸化レベルに移るものと考えられる.
以上より治療開発に重要と感じたことをまとめると,
1. 伸長ポリグルタミン鎖にのみ注目していても駄目である.そもそもの病因蛋白の機能を徹底的に調べることが重要.
2. 遺伝子改変動物モデルが非常に有効.逆に動物モデルを避けていては,疾患の本質や治療研究には結びつかない.
3. ひとつの疾患をあきらめず,治療を目指し続けることが大切.
とくに3番目に関連して,今年のAANではポリグルタミン病の演題はきわめて少なく,ほとんど目につかなかった.10年前初めてAANに参加したが,そのときはポリグルタミン病の黎明期で演題はとてもたくさんあった.その後もポリグルタミン病は数多くのラボが参入する花形研究テーマの一つであったが,現在の演題数の激減ぶりをみていると治療研究を継続し推進することがいかに難しいか容易に分かる(アイデアのみならず,研究技術の高度化や研究費がネックになるのであろう).今年のAANはTDP43の演題がとても多く,間違いなく今年の「はやり」であった.研究には流行があり,それに乗ることが研究費獲得には良いことではあるが,それだけでは駄目であって,自分の志した研究を地道に続けなければ治療開発には結びつかない,ということをOrr教授のレクチャーは教えてくれたような気がする.自省しつつも,とても感激しながら拝聴した講義であった.
60th AAN annual meeting @Chicago