Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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東日本大震災と難病~今何をすべきか

2011年08月29日 | 医学と医療
少し長いタイトルなのだが,
「厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業
希少性難治性疾患患者に関する医療の向上及び患者支援のあり方に関する研究班
ワークショップ 東日本大震災と難病~今何をすべきか
に参加した.

非常にさまざまな立場の方々が参加する研究班である.このことを反映し,シンポジウムの演者も,被災地の医師,患者受け入れ地域の医師,難病ネットワーク,看護・介護,医療機器会社,難病患者(筋ジストロフィー,ALS,パーキンソン病,炎症性腸疾患(IBD),難病団体連絡協議会),そして行政と非常に多彩であった.「今何をすべきか」という観点から大震災を見直し,非常に有意義なシンポジウムとなった.
以下,個人的に重要と思われるポイントを紹介したい.

(患者さんの問題)
1.在宅で人工呼吸器を使用している患者さんにおける停電対策(バッテリーの問題)
病院に行けば何とかなるは間違い.なぜなら震災時には病院に患者が集中し,病院機能が麻痺してしまう.
よって普段からの準備がなにより大切!!.バッテリーの準備を普段からしていた人は.震災後も在宅での療養が継続できた.
バッテリーは人工呼吸器以外にも,吸引器,エアマットにも必要.すべてに対策が必要.
電気を使わない「足ふみ式吸引器」は非常時に有用.
自動車にガソリンを満タンにしておくことを心がけることも大切(シガーソケットから電源として利用できる)
非被災地域の患者さんも計画停電による電力不足に対し準備が必要.

2.在宅医療機器の規格と整合性の問題
人工呼吸器に非常電源が使えるかという問題.
電流が擬似正弦波である発電機やインバーターは,精密機器では制御基板にダメージを与えてしまう.よって人工呼吸器に対して直接使用することは推奨されない.
人工呼吸器に接続する外部バッテリーの充電には使用できる.

3.患者情報の伝達の問題
震災直後の病院では,患者情報がわからず,医療現場が困難する一因になった.例えば「福島1,福島2,・・・」などと識別するしかないという状況に陥ったとのこと.
病院に送り出す者が,患者のからだに名前,年齢,その他の情報などをサインペンで書いておくだけでもかなり役に立った.
今後は患者が「緊急時申し送りカード」のようなものを利用することが大切になる.
以下のリンクは,「緊急時申し送りカード」の具体例(『訪問看護と介護』9月号より)


(病院・行政サイドの問題)
1.通信手段の確保の問題
無線局も震災で倒壊し,通信ができず孤立した病院があった.
なんといっても通信手段の確保は重要.衛星電話,倒壊しない無線局の確保が必要.

2.広域医療搬送
患者が集中し,病院機能が破綻した病院では,難病患者は広域医療搬送するしかなくなる.
今後必要なこと.
(ア)広域搬送のノウハウの蓄積
ヘリコプターは揺れる,そして騒音が大きい,そして天候によっては飛ばないことを知っておくべき.
音が大きくモニター音は無意味.すべて目視による患者バイタルの確認が必要
気圧低下により分泌物は増加する,カフ圧も高くなり,場合によってはエアを抜く必要がある

(イ)広域搬送に随行する医師をどう確保するか?
被災地の病院の医師は随行困難.被災地以外からの医師の確保が必要.
難病患者に関しては神経内科医が望ましい(DMAT研修も行なったほうが良).
また広域搬送を外部からアレンジする担当する災害コーディネーターも必要.

(ウ)搬送についてルールが必要
行きは良いが,帰ってくるときの手段がない.
費用負担をどうするかのルールもない.

3.安否確認
安否確認は誰が行うべきなのか?
情報をどう集約・共有すべきか?

4.災害時要援護者名簿の作成
災害時において援護が不可欠な難病患者さん等のリストの準備を行うべきではないか?
しかし個人情報保護の問題や,本人が希望しない場合もある

5.計画停電による電力不足への対応
非被災地域の病院でも今回,大きな問題になった.
せめて病院は除外すべきではないか?

(医療従事者の倫理観と限界)
避難誘導活動中の看護師が津波に飲み込まれるという非常に悲しい出来事があった.
医療者として責任ある行動を取る必要があると同時に,自分の身を守ることも行わねばならない.
医療者としての限界をどのように見極めるべきか?

以上のような内容が議論された.日本に住むかぎり,またいつ同様の震災が起こるかわからない.
少なくとも今回の震災から学んだことは,教訓として生かさねばならない.

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空港における神経学

2011年08月23日 | てんかん
「お医者様はいらっしゃいますか?しかも神経内科の・・・」と飛行機の中でアナウンスされたら名乗りべるべきか少し逡巡する.どんな病気をみることになるかよく分からないし,そして飛行機の中で対処できるのだろうかと不安になるためだ.

そんな疑問に答える論文がスペインから報告されている.スペインのMadridBarajas国際空港から大学病院(3次救急)の神経内科にコンサルトがあった症例について,21ヶ月間に渡る前向き研究である.対象は77名で,うち59名(76.6%)が男性.平均45.9歳(8-89歳).

さて発症のタイミングは着陸後44名(58.7%),飛行中31名(41.3%),不明2名(5.1%).問題の疾患については,39名がてんかん発作(50.9%),18名が脳卒中(23.4%),そして20名(26%)がその他の診断であった.その他は,多いものから,薬剤中毒(コカイン,睡眠薬,カルバマゼピン,メトフォルミン),非器質的疾患,失神,末梢神経麻痺(撓骨・顔面神経麻痺),認知症患者のせん妄,脳炎,片頭痛,一過性全健忘であった.

1位のてんかん発作を来した患者のうち25名(61%)にはてんかんの既往歴はなかったものの,飲酒との強い関連がった.興味深い症例として,コカイン密売人の3名が挙げられる.この3名はコカインの体内隠匿者であった.つまり密輸のためコカインの入った小さな包みを飲み込み,何らかの具合で腹部内にあった包みが破裂し,引き続いててんかん発作が生じたのだそうだ.その他,症候性てんかんの原因としては,脳梗塞,動静脈奇形,肺塞栓症がみとめられた.てんかんの既往があって,発作を来した患者の大半は,抗てんかん薬をきちんと内服していなかった.

2位の脳卒中の内訳は,脳梗塞,脳出血が8名ずつで,TIAが2名.8名の脳梗塞のメカニズムとしては5名で高度(90%以上)の内頸動脈狭窄を認めた.1名はエコノミークラス症候群であった.6名はtPAの適応があり,血栓溶解療法を受けた.

以上より,飛行機の上で神経内科医が呼ばれそうな病気は,アルコールや薬剤に関連したてんかんと,大径血管の動脈硬化に伴う脳梗塞ということになる.

あとこの論文には飛行機における治療のアルゴリズムや,飛行機に積むべきオススメの医薬キットも記載されている.ちなみに医薬キットはこんなもの.

挿管チューブ,血糖測定器,グルカゴン 1mg/ml(低血糖治療用),ロラゼパム 1mg(てんかん用,agitation後の鎮静),経直腸ジアゼパム,筋注用ジアゼパム,経鼻ミダゾラム,メトクロプラミド錠(制吐薬),メタミゾール錠・アセトアミノフェン(解熱鎮痛薬)

いろいろ工夫が感じられますね.飛行機に乗ることが多いドクターはぜひ原文もご一読ください.

JNNP 82;981-985, 2011

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米国におけるALS患者の臓器提供例の報告

2011年08月12日 | 運動ニューロン疾患
人工呼吸器装着中であるALS患者さんが,自身の腎臓を腎不全で苦しむ人のために役立てたいと申し出たとしたら,主治医はどうするべきだろう?もちろん現在の日本では,一度装着した人工呼吸器をはずすと逮捕の恐れがある.しかし日本と米国では大きく事情が異なる.今回,米国UCSF(University of California, San Francisco)から,人工呼吸器装着ALS患者における臓器提供についてのレポートがAnnals of Neurologyに報告された.非常に考えさせられる論文であり,以下,その詳細を紹介する.

2005年,UCSFにおいて,将来,ALS患者からの臓器提供の希望があった場合を想定した委員会が設置された.委員会の構成は神経集中治療医,救命救急麻酔科医,移植外科医,ALS専門医からなり,議論の経過は院内倫理委員会に報告された.聖職者,法律家,外部倫理委員とも議論がなされ,最終案は倫理委員会に提示された.臓器提供が可能な条件として,以下の項目が決定された.

1. 診断がALS専門医によりなされていること
2. 人工呼吸器に依存していること(!!)
3. 判断能力を持つことが精神科医により確認されていること
4. うつが(もし存在するとしても)臓器提供に関する決定に影響しないこと
5. 院内倫理委員会の特別委員会による判定をうけること
6. 心臓死後の臓器移植に同意していること(※脳死臓器移植ではないではない)
7. 家族への迅速な情報伝達がなされること

つぎに実際の臓器提供の経過について述べる.この女性は40歳の看護師であった.ALSと鑑別が問題となる多巣性運動ニューロパチー(MMN)は検査から否定され,免疫グロブリン大量療法(IVIg)も無効であった.2008年にALSと診断され,別の病院におけるセカンドオピニオンも同じ診断であった.急速進行性の経過であり,発症から1年で在宅での人工呼吸器療法が開始され,半年以内に家族との意思疎通も困難になるものと予測された.この時点で本人と夫は人工呼吸器離脱について相談し,患者自身が臓器提供の意志を主治医に伝えた.その後,倫理委員会のメンバーによる詳細な検討が行われた.在宅療養には治療費がかかるものの,今回の決定が経済的な理由からではないことが確認された.そして本人は「これ以上,人工呼吸器による延命を希望しない」と表明した.精神科医により自己決定能力があること,決定に影響を及ぼしうる精神科疾患がないことが確認された.

臓器提供の前日,彼女はneuro-ICUに入院した.人工呼吸器離脱に伴う呼吸苦を取り除くために必要な麻酔薬の量を麻酔科医が決定した.また患者が考え直す時間や,家族や親戚に会う時間も確保された.翌朝,患者は担当麻酔科医,担当神経内科医,医学生,看護・手術室スタッフと共に手術室に向かった.呼吸器を外す前に,予め決められていた麻酔薬(fentanylとmidazolam)の投与を受けた.人工呼吸器を外す際には臓器回復に関わる外科医チームは立ち会わなかった.呼吸器を外した後,22分後に死亡した.神経内科医と夫が手術室を去った後,5分してから,別のドアから外科医が入り,両側の腎臓を摘出し,それぞれ60歳と72歳の男性に移植された.

入院前に患者から主治医に次のようなe-mailが送られていた.「ALSに罹患したものの,私は満足している.有意義な方法で他人を助ける方法がまだあるのだから.ALSは自分が人生においてやりたいことを成し遂げる障壁となったが,願わくは,この臓器提供をほかの誰かが自分の夢を叶えるチャンスにしてほしい」

その後の調査の結果,ALS患者における心臓死後の臓器移植が,Florida, New England, Philadelphiaにおいて5症例で行われていることが判明した.しかし詳細な情報は得られなかった.

以上のような内容である.この論文を読んだとき強いショックを受けた.そのひとつめの理由はやはり,人工呼吸器離脱が行われたことである.おそらく,読者も臓器提供が可能な条件の2番目「人工呼吸器に依存していること」に驚かれたであろう.実は米国では「人工呼吸器外し」は日常的に行われている.カルフォルニアの自然死法(世界で初めてリビング・ウイルを法制化したもの)に代表されるように,米国ではmedically futile(医学的に無益)な医療行為は,医師の判断で中止して良いのだ.その是非はともかく,日本と米国は全く状況が異なっていることを認識する必要がある(この辺は以下のリンクに詳しいのでぜひ読んでいただきたい).

各国の非言語情報から見る呼吸器外しの理念~タブーから目を反らさずに議論が必要

“私の人工呼吸器を外してください”~「生と死」をめぐる議論~

二つ目の理由は,ALS患者が臓器提供ドナーとなりうることを明らかにした点である.個人的にALS患者からの臓器提供を考えたことはなかったし,そのような事例を耳にしたこともなかった.しかし,その理由は医学的エビデンスに基づくものではない.つまりALSは心臓死後の臓器移植の除外疾患ではないのである(※参考までに除外される疾患としては,HIV感染者,担癌患者,腎不全,全身感染症がある).

臓器移植についてはさまざまな意見があり,今回のケースの是非についてもさまざまな意見があるものと思われる.ただし臓器提供の意思を持っている人がALSを発症したり,今回の事例のようにALS発症後に臓器提供を考える人がいたりしても不思議なことはない.どのように対応すべきか,今回の事例を叩き台に議論をはじめるべきかもしれない.

Organ donation after cardiac death in amyotrophic lateral sclerosis (Ann Neurol 2011 DOI: 10.1002/ana.22525) 


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RESCUE-JAPAN 中間報告

2011年08月04日 | 脳血管障害
脳卒中学会(Stroke2011@京都)に参加した.個人的に一番興味深かったのは,RESCUE-JAPANという大規模臨床研究の中間報告であった.

この研究を理解するために少し背景を述べる.脳梗塞に対する本格的治療法である血栓溶解療法は,組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)の静脈注射により行われる.しかしながら治療可能時間は発症後3時間と短く,脳梗塞患者の5%未満しか施行されない.この理由は治療時間が遅くなると血管が破綻し脳出血の危険性が高くなるためである(ちなみに私どもはこの脳出血を抑制する治療研究に取り組んでいる).

さらにtPAの弱点として,主幹動脈閉塞症にでは血栓の溶解率が低く,有効率が低くなることが示されている.よって,近年,tPA静注療法が無効であったり,適応がなかったりする症例に対し,救済治療(RESCUE)として血管内治療が行われるようになった.具体的には①局所線溶療法との併用,②血管形成術,③ステント留置術,④機械的血栓回収療法(Merci,Penumbra)などがあるが,安全性・有効性に関する十分なエビデンスが存在しない.このため脳主幹動脈急性閉塞症の治療の実態と治療成績を前向きに調査することを目的として,多施設前向き臨床研究であるRESCUE-JAPANが計画された.

対象は2010 年 7 月 1 日から2011 年 6 月 30日のあいだに,発症24 時間以内に入院した虚血性脳血管障害患者,そして脳主幹動脈に閉塞を確認されたケースである.治療の選択は,当該施設において最も適当と思われる治療法(rt-PA静注療法,血管内治療,他の内科的治療,他の外科的治療)を選択する.主要エンドポイントは発症90日後(±10日)の修正Rankinスコア(mRS)0-2の割合である.副次エンドポイントは以下の通り.
(1) 対象血管の血管再開通度(治療直後,24時間後)
(2) 発症90日後(±10日)のmRS 0-1の割合
(3) 入院時と7日後のNIHSSの変化
(4) 対象血管の血管再開通度と予後の比較
(5) 発症後24時間以内の症候性頭蓋内出血
(6) 発症後90±10日以内の死亡
(7) その他の有害事象

さて,中間報告の結果であるが,80施設1385例(!)が登録.血管閉塞の原因としては,心原性梗塞が最も多く66%.閉塞血管は多い順に中大脳動脈(MCA)53%,内頚動脈(ICA)29%,脳底動脈(BA)6%であった.

治療法の内訳としては,発症3時間以内の症例ではtPAが51%,血管内治療が16%,33%が保存的治療で,かなり積極的にtPA治療が行われていることが分かる. 次に発症3時間以降の症例をみると,なぜかtPAが1%(たぶん治療が遅れて3時間を超えてしまったのだろう),血管内治療が20%,保存的治療が79%であった.tPA静注後の再開通を血管造影で評価すると,BAや頭蓋外内頚動脈は再開通しにくいことが分かった.

tPA後に再開通が見られなかった症例に血管内治療を行うrescue EVTは,2008年の10.3%から,2010-2011では25.3%に増加していた.Merciの承認の影響が大きいものと考えられた.rescue EVTは大血管(ICAやBA)に対して行われることが多く,中大脳動脈(M1)には介入しない傾向があった.大血管が多いので脳梗塞の重症度(NIHSS)は重症例が多い結果となった.そして再開通率は,rescue EVTはtPAで溶けない不利な条件にも関わらず,何と7割が再開通した!!

肝心の主要エンドポイント,発症90日後のmRS,残念ながらrescue EVTとtPA単独で明らかな有意差なし.しかし頭蓋内ICAに対するrescue EVTに限ると有効であった.

また個人的には気になる症候性出血(出血によりNIHSSが4点以上悪化した症例と定義)は,tPA単独群で5/162 (3.1%),rescue EVTで4.2%(3/72)と軽度の増加にとどまった(保存的治療では10/358で2.8%).まだMerci施行例のデータがこれから増えると思われるため今後のデータの確認が必要だが,案外,症候性出血の増加をさほど心配しなくて良い可能性もある.

この他,2011年6月9日に承認されたばかりの機械的血栓回収療法Penumbraシステムのビデオや,国内第1例が大成功を収めたことも報告された(わずか13分で開通).機械的血栓回収療法の導入は,多くの人の努力で,日米格差,つまりドラッグラグならぬデバイスラグはない状況とのこと.これからTrevo,Solitaire,ReStoreという新たなデバイスが導入される予定で,あとはいかにこのようなデバイスを熟知した質の高い脳卒中医を育てられるかが重要なポイントとなるであろう.

Stroke2011@京都

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