Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

パーキンソン病と妊娠

2008年03月29日 | パーキンソン病
 若年性パーキンソン病の患者さんが妊娠・出産されることは当然ありうることだが,案外,パーキンソン病が妊娠に及ぼす影響や,抗パーキンソン病薬の使用法や催奇形性については良く分かっていないようだ.

 まず妊娠自体がパーキンソン病に与える影響については様々な報告があり,悪化から改善までいろいろあり,一定の見解はない.

 つぎに治療についてだが,従来の多くの報告はL-DOPAについての検討である. L-DOPAは胎盤を通過し,胎児血中濃度も母体と同程度になるが,脱炭酸酵素阻害剤(DCI)は胎盤を通過しないことが分かっている.L-DOPAは動物実験において骨形成異常をきたし有害であるという報告がある一方,ヒトでは既報30例中に1例しかそのような報告はないとの記載もある.基本的にL-DOPA単剤,合剤とも奇形の合併の報告は少なく,比較的安全性は高いと考えられているようだ.
 これに対し,アマンタジンは動物モデルで催奇形性(とくに心血管奇形)の報告があり,避けたほうが良いようだ.
 ドパミン・アゴニストについてはレポートに乏しい.薬剤の添付文書を見るとパーゴライドを除き禁忌になっている(パーゴライドも「治療上の有益性が危険性を上回る」と判断される場合にのみ投与する,となっている).麦角系ドパミン・アゴニストで治療した症例報告はごく少なく,ブロモクリプチン,パーゴライドを用いた症例が1例ずつあるが,それらでは問題はなかったようだ.L-DOPA+カベルゴリンでの治療中,2度の分娩を経験した1症例の報告もある(Mov Disord 20; 1078-1079, 2005).一方,非麦角系は,妊娠中にプラミペキソールが有効であった症例が1例のみ報告されている.ガイドラインでは若い患者さんにはアゴニスト中心の治療が勧められているが,アゴニストが妊娠に及ぼす影響の検討がほとんどないのは問題である.
 さらにCOMT阻害剤やMAO-B阻害剤についてはほとんど情報がないが,添付文書では「有益性が危険性を上回るときのみ」となっている.
 以上より,妊娠したパーキンソン病患者さんの治療としては(エビデンスは乏しいものの),可能ならL-DOPAのみで行うということになるのだろう(ただし若年性パーキンソニズムではwearing offが激しい場合があるので,患者さんとの話し合いの上でパーゴライド,COMT阻害剤,MAO-B阻害剤を併用することもありうる).

 さらに以下のようなことも考慮する必要があるかもしれない.
① 妊娠後24週までは骨,臓器が活発に作られるため,抗パーキンソン病薬の内服はなるべく控え,逆に24週経過すれば服用を再開しても良い可能性がある.
② とくに出産時は相当な力が必要になるので,十分な抗パーキンソン病薬の使用が必要ではないか?

 いずれにしてもパーキンソン病患者さんの妊娠では様々なことを検討する必要があり,一概に治療方針を決め難い.主治医は患者さんとよく相談し,できる限り最新のエビデンスを示したうえで治療方針を決めることが重要である.そのためには抗パーキンソン病薬の妊娠への影響を調査するデータベースの作成を進めていくべきであろう.

Mov Disord 20; 1078-1079, 2005 
Comments (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カテゴリ分類をしました

2008年03月23日 | 医学と医療
 過去にどのような記事が書かれていて,それがどこにあるのか分かりにくいということを指摘されておりました.昨晩の当直の合間に,こつこつ過去の記事を分類してみました.以前より,記事にアクセスしやすくなったと思いますので,どうぞご一読ください.
 でもこうして分類してみると,自分の関心がどんなところにあったのか分かる感じがしますね.最近は時間の余裕がなくて,なかなか更新もままなりませんが,少しずつでも続けていきたいと思っています.

Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

反復性過眠症のPSG所見

2008年03月15日 | 睡眠に伴う疾患
 睡眠時無呼吸症候群は,スタンフォード大学睡眠センターのGuilleminault教授らにより,1976年「7時間睡眠中に10秒以上つづく無呼吸が30回以上見られるもの」あるいは「non-REM睡眠1時間あたり5回以上認められるもの」と定義された.私はセンターに行って彼の研究室や外来を見せていただいたことがあるが,教授は「ポリソムノグラフィー(PSG)おたく(?)」の評判通り,ひたすらPSG所見を読んでおられた.その際,研究所で私が逆に質問されたのは「日本でKline-Levin症候群(KLS)を担当したことはあるか?」であった.私はひとりだけ担当した経験があると答えたが,今回,取り上げるNeurology論文を読んで合点が行った.

 KLSは反復性過眠症とも呼ばれる疾患であり,10歳代の男性に好発する.1週間ほど持続する過眠状態(睡眠期)がときどき生じるのだが,その時期を過ぎればまったく無症状になること(無症候期)が特徴的である.特異的な検査所見はなく,診断は臨床症状に基づく.睡眠期の誘因として,感染,睡眠不足,アルコールが知られている.教科書的には傾眠期に過食や性欲亢進を呈すると記載されているが(いわゆる人間の「3つの欲」を呈する病気である),本邦の症例では過食や性欲亢進をきたすことは少なく,ほとんどの症例では反復性の過眠のみを特徴とするといわれる.性格変化(攻撃性,持続性の興奮性)や自律神経症状を呈することもある.ナルコレプシーで低下するヒポクレチン(オレキシン)は正常である.病態機序は不明であるが,以下のような説がある.

hypothalamic dysfunction説
中枢性セロトニン・ドパミン代謝異常説
自己免疫疾患説(HLA-DQB1*0201)(Neurology 59; 1739-1745, 2002)
局所的脳炎説

 症候性KLSとして,外傷による「右視床下部と対側の側頭葉の障害」を来たした症例(Behav Neurol 11; 105-108, 1998)が報告されていたり,SPECTでは左側優位の前頭・側頭葉領域の著しい血流低下が報告されている(Acta Neurol Scand 105; 318-321, 2002).治療としては,リチウムやカルバマゼピン内服が有効と言われるが,有効性を疑問視する立場もある.

 ポリソムノグラフィー(PSG)では,睡眠効率の低下とNREMステージ2からの頻回の覚醒(Sleep 23; 563-567, 2000; J Sleep Res 10; 337-341, 2001)が少数例で知られていたが,今回,Guilleminault教授らが多数例でのPSGとMSLT(※)所見に関する検討を報告した.対象は17例の男性で,10例で睡眠期と無症候期の両方でPSG検査を施行した.結果はこれまでとの報告とは異なるもので,①睡眠期の前半ではslow wave sleep(すなわちNREM期ステージ3-4)の頻度が有意に減少し,かつ睡眠期の後半になるとslow wave sleep頻度が無症候期と同程度まで回復する,逆に②REM期は睡眠期の前半では保たれていたが,後半では有意に減少した.MSLTでは睡眠潜時は平均9.5分で,2回以上sleep-onset REM(寝て間もなくREM期が出現するナルコレプシーで高頻度みみられる所見)が出現したのは7/17で,頻度は高くはなかった.睡眠効率の低下は見られなかった.

 以上の結果から,睡眠期であっても時期により睡眠に変化が生じていること,MSLTは症状との関連が乏しく,KLSでは有用でないことがわかった.ただKLSの機序は不明のままであり,今後の検討が必要である.

Neurology 70; 795-801, 2008

※ MSLT(Multiple Sleep Latency Test)
他覚的眠気度検査で,被験者を暗く静かな記録室のベットの上に寝かせ,リラックスして眠るように指示し,記録開始時から入眠するまでの時間(睡眠潜時)やREM期が出現するまでの時間(REM潜時)を計測する.これを1日5~6回,記録する.

Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

抗NMDA受容体脳症をもう少し考えてみる

2008年03月08日 | その他
 前回,抗NMDA受容体脳症を取り上げた.タイトルに「若い女性に好発する」と記載したが,必ずしもそうではないようだ.スペインからの報告で,症例は53歳男性(!).3ヶ月間の経過で,進行性の短期記憶の障害と失見当識,複雑部分発作を認めた.脳波で両側側頭葉の発作波を認め,頭部MRIでは側頭葉内側面に信号異常を認めた.悪性腫瘍の検索では,前立腺生検,睾丸エコー,FDG-PETを含め異常はなかった.辺縁系脳炎と診断され,ステロイドパルスとそれに引き続くステロイド内服,IVIgを行った.治療開始後4週で記銘力および見当識の障害は著明に改善した.MRI所見も改善した.ラット海馬スライス標本を患者血清・髄液と反応させると,神経細胞の表面と神経突起が陽性に染色された(既報のNR1/NR2 heteromer陽性パターンに合致する).しかしラット海馬スライスから抽出したタンパクを電気泳動後,Western blotしても患者血清は標的抗原を認識しなかった(しかし,市販のNR1ないしNR2を認識する抗体は陽性のバンドを認めた).治療4カ月後の患者血清でラット海馬スライス標本を染色すると,抗体価は10分の1に低下していた.以上より,①この疾患は男性にも生じうる,②悪性腫瘍が検査で見つからない状態でも発症する,③症状・画像所見の改善は抗体価の低下と相関する,とまとめられる.

 上記の免疫染色やWestern blotの所見についてはご理解いただけただろうか?NMDA受容体のことを説明しないと分かりにくいかもしれない.この受容体は,中枢神経系を中心に生体内に広く分布し,リガンドであるグルタミン酸の結合後,陽イオンを透過するイオンチャネル共役型受容体として働く.中枢神経系における興奮性シナプス伝達,シナプス可塑性,神経発達などの神経活動において重要である.構造としてはNR1(GluRζ1)サブユニットと,4種類のNR2サブユニット(NR2A-DとかGluRε1-4と呼ばれる)によって構成される.つまり,NR1 と NR2 のヘテロ2量体が2セットからなる4つのサブユニットにて構成されているのだ.振り返って症例報告の結果を読みなおすと,患者血清に含まれる抗体は,NMDA受容体が神経細胞膜上に存在し,NR1とNR2が結合している状態であれば認識するが,電気泳動をするために蛋白を変性させ,結合していない状態にすると,もはやその抗体は受容体を認識しなくなるということを意味する.

 抗NMDA受容体抗体といえば,今回の奇形腫に合併する辺縁系脳炎が初めてではない.有名なものとして,epilepsia partialis continua(EPC)やRasmussen 脳炎,そして本邦において報告された辺縁系脳炎で,抗 GluRε2 抗体が血清・髄液中で検出されるという報告が過去にある.この場合は,NR2のひとつのサブユニットを認識しているというわけだが,今回注目を集めている抗体とは異なり,別の病態・疾患と考えることができるようだ.今後の興味は,今回報告されたNMDA受容体のうち,NR1/NR2 heteromerを特異的に認識する自己抗体が出現する脳症が,どのような臨床表現型を持つのか(単一か,多様性を持つのか),またどのような治療を行うべきかに移るわけだ.

 さて3月1日に行われた日本神経学会関東地方会では,抗NMDA受容体脳症に関連した演題が全部で4題報告された.こんなに症例が存在するのか,もしくは病気にもトレンドがあるのかなど不思議に感じた.具体的には,実際の舌ジスキネジアのビデオが提示され,かなり激しい不随意運動であることが分かり驚いたり,今回の論文症例と同様,IVIgとステロイドパルスの併用が有効であった症例の報告があったり,普通にラット海馬スライス標本を患者血清・髄液と反応させても陽性に染まらないが,Triton Xでスライスを処理すると(つまり細胞膜を抗体が通過しやすくすると),初めて神経細胞内が陽性に染まるケースがあったりした(最後の症例は,細胞内に存在するNMDA受容体のC末端は認識するが,細胞外のN末端を認識しない抗体を持つということである).また前述の抗 GluRε2 抗体が陽性で,甲状腺癌を認めた辺縁系脳炎の報告もあった.いずれにしてもこのような辺縁系脳炎が存在することを認識し,悪性腫瘍の検索しあれば早期に除去すること,また場合によっては強力な免疫抑制療法(血漿交換やリツキシマブが必要な症例も存在するのではないかという意見も出た)も検討することが大切なようだ.

Neurology 70; 728729, 2008 
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする