Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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MDS2015 Video Challenge @ San Diego

2015年06月21日 | パーキンソン病
この学会の一番の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例のビデオを持ち寄り,運動障害のエキスパートが,その不随意運動の特徴や診断を議論するVideo Challengeだ.今年もワインが振る舞われたあとの夜8時から開始され,終了は10時を過ぎていた.今年は12+1例の提示があった.昨年は新たに判明した遺伝性疾患が多く,「これは分からないよ!」という印象であったが,今年はその反省もあってか(?)バラエティに富んだ出題になった.時差ボケとワインのせいでウトウトしてしまい,一部,聞き漏らしたところもあるがご容赦願いたい(誤りがあったら教えて下さい).

【問題編】
Case 1(米国)
進行性の失調,ミオクローヌス,嚥下障害.傍腫瘍症候群を疑い,ステロイドパルス,IVIgを行うも無効.

Case 2(イギリス)
15歳女性,亜急性に覚醒障害,幻覚,摂食異常が出現.易転倒性あり(眠くて歩けない),首を前後にガクンガクンさせる.

Case 3(ドイツ)
35歳男性,27歳で触ったあとに首・体幹がぴくんと動く(スパスム・ミオクローヌス).徐々に範囲と程度が増強.その後,失調,便秘,回転性めまい,異常感覚,アロディニアも出現.

Case 4(アメリカ)
左足首がゆっくり屈曲・伸展を繰り返す,徐々に増悪し,歩行困難になる.小腸生検.

Case 5(オーストラリア)
24歳女性,発育障害,13歳で顔面,首,上肢に強いミオクローヌス,てんかん,失調,ミオクローヌス・ジストニア,19歳でてんかん

Case 6(?)
42歳女性,発育障害,てんかん,35歳からパーキンソニズム(介助歩行),L-DOPAとDAアゴニスト若干有効.

Case 7(ドイツ)
64歳男性.痙性が強い,歩行障害.失調,舌が動く(舞踏運動),睡眠PSG異常(睡眠潜時↑,睡眠効率↓,SASおよびPLM),ステロイド,IVIg,リツキシマブ若干有効.

Case 8(?)
男性,亜急性の発症.手指の陰性ミオクローヌス,姿勢保持障害,振動覚低下,急速進行性認知機能低下

Case 9(アイルランド)
左手のしびれ.感覚障害,延髄背側の病変に手術後,左手が勝手に動き抑えられないほど(モノバリスム).左上肢振動覚なし.病変拡大.

Case 10(台湾)
33歳男性.26歳より緩徐進行性の歩行+言語障害,ジストニア,パーキンソニズム.失調,姿勢保持障害,両側性の顔面感覚障害.DATスキャン,MRI多発病変に対し,生検を行った.血管周囲CD3/CD4 T細胞の浸潤.ステロイド有効.

Case 11(?)
55歳女性.46歳で歩行,言語障害にて発症.アキネジア,複視,顎のスパスム.左手のジストニアと痛み,寝たきり,認知機能正常.IVIg有効.

Case 12(タイ)
43歳男性,首の不随意運動と一側上肢のアステリキシス,てんかん

おまけ(アメリカ)
19歳女性.1歳から舞踏病アテトーゼ(以後緩徐増悪),hypotonia,低トーヌス.常染色体優性遺伝.

【解答編】
Case 1(米国)
進行性の失調,ミオクローヌス,嚥下障害.傍腫瘍症候群を疑い,ステロイドパルス,IVIgを行うも無効.
→ ヒト成長ホルモン製剤により感染した医原性CJD.米国で遺体由来のヒト成長ホルモンを投与された患者はおよそ7700人にのぼる.

Case 2(イギリス)
15歳女性,亜急性に覚醒障害,幻覚,摂食異常が出現.易転倒性あり(眠くて歩けない),首を前後にガクンガクンさせる,脱力発作.
→ カタプレキシーを伴うナルコレプシー(ナルコレプシー1型)

Case 3(ドイツ)
35歳男性,27歳で触ったあとに首・体幹がぴくんと動く(スパスム・ミオクローヌス).徐々に範囲と程度が増強.その後,失調,便秘,回転性めまい,異常感覚,アロディニアも出現.
Stimulus-sensitive myoclonus, ataxia, and dysautonomia due to DPPX-antibodies(dipeptidyl-peptidase-like protein-6;subunit of Kv4.2 potassium channel)
幅広い臨床像.筋強剛,ミオクローヌスからStiff person症候群まで.自律神経障害(消化管,排尿,不整脈)

Case 4(アメリカ)
左足首がゆっくり屈曲・伸展を繰り返す,徐々に増悪し,歩行困難になる.小腸生検.
グルテン過敏症(celiac disease).小麦などに含まれるグルテンに対する免疫反応が引き金になって起こる小腸を主体とする自己免疫疾患.しばしば成人では,小脳性運動失調,末梢神経障害,てんかんのほか,不随意運動として,ミオクローヌスやopsoclonus-myoclonusを呈する.

Case 5(オーストラリア)
24歳女性,発育障害,13歳で顔面,首,上肢に強いミオクローヌス,てんかん,失調,ミオクローヌス・ジストニア,19歳でてんかん
Interstitial 6q deletion症候群.6q15-q25の欠失.多彩な表現型を示す.成長障害,肥満,Prader-Willi syndrome様症候,行動異常,低トーヌス,てんかん,不随意運動(失調,振戦,ミオクローヌス,ミオクローヌス・ジストニア)

Case 6(?)
42歳女性,発育障害,てんかん,35歳からパーキンソニズム(介助歩行),L-DOPAとDAアゴニスト若干有効.
β-propeller protein-associated neurodegeneration (BPAN).別名Static Encephalopathy of childhood with Neurodegeneration in Adulthood (SENDA).オートファジー遺伝子WDR45遺伝子変異,X連鎖優性(男性致死).精神発達遅滞,てんかん,痙性,失調,パーキンソニズム.
画像はこちら

Case 7(ドイツ)
64歳男性.痙性が強い,歩行障害.失調,舌が動く(舞踏運動),睡眠PSG異常(睡眠潜時↑,睡眠効率↓,SASおよびPLM),ステロイド,IVIg,リツキシマブ若干有効.
IgLON5(神経細胞接着分子のひとつ)antibody関連疾患.閉塞性睡眠時無呼吸を伴う進行性non-REM・REMパラスソムニア,運動障害(四肢の失調,舞踏運動,歩行不安定性),眼球運動障害,生命予後不良(8例中6例が免疫抑制療法にもかかわらず1年以内に死亡).2名の病理で,脳幹・視床に過剰リン酸化されたタウの沈着(タウオパチーである).IgLON5 antibodiesは298名の対照では1名にのみ見られ,その1名はPSPだった.非常にタウオパチーを考える上で興味をひかれる疾患.文献.

Case 8(?)
男性,亜急性の発症.手指の陰性ミオクローヌス,姿勢保持障害,振動覚低下,急速進行性認知機能低下
神経梅毒(脊髄癆)進行性の運動障害と認知症では鑑別診断に加える.

Case 9(アイルランド)
左手のしびれ.感覚障害,延髄背側の病変に手術後,左手が勝手に動き抑えられないほど(モノバリスム).左上肢振動覚なし.病変拡大.
楔状束核小脳路病変(病変の正体は言わなかった?聞き漏らした?)上肢領域における
固有感覚と,触覚や圧覚などの外部感覚に関する情報を小脳に伝える中継核.

Case 10(台湾)
33歳男性.26歳より緩徐進行性の歩行+言語障害,ジストニア,パーキンソニズム.失調,姿勢保持障害,両側性の顔面感覚障害.DATスキャン,MRI多発病変に対し,生検を行った.血管周囲CD3/CD4 T細胞の浸潤.ステロイド有効.
CLIPPER(Chronic lymphocytic inflammation with pontine perivascular enhancement responsive to steroid)「脳幹の小血管周辺の炎症」を病変の主座とする炎症性中枢神経疾患.複視,失調,構音障害,片麻痺など.運動障害を合併することは稀ではあるがありうる.画像では脳幹に点状結節状の造影病変が両側性に認める.

Case 11(?)
55歳女性.46歳で歩行,言語障害にて発症.アキネジア,複視,顎のスパスム.左手のジストニアと痛み,寝たきり,認知機能正常.IVIg有効.
抗GAD(glutamic acid decarboxylase)抗体関連疾患
抗GAD抗体がGABA産生を抑制することで神経症状を呈する.有名なStiff-person症候群以外にも小脳性運動失調を呈しうるが,本例のようにジストニアを呈することもある.

Case 12(タイ)
43歳男性,首の不随意運動と一側上肢のアステリキシス,てんかん
Neurocysticercosis(神経嚢尾虫症)
てんかんが多いが,局所神経症状,頭蓋内圧亢進,認知機能低下を来す.運動障害もきたしうる.

おまけ(アメリカ)
19歳女性.1歳から舞踏病アテトーゼ(以後緩徐増悪),hypotonia,低トーヌス.常染色体優性遺伝.
ADCY5(adenylate cyclase 5) 遺伝子変異.常染色体優性遺伝の疾患で,早期発症,舞踏病様,ないしジストニア様のジスキネジア,眼や口部周囲のミオキミアを呈する.良性遺伝性舞踏病の表現型も取りうる(最新号のNeurologyに掲載).De novo変異もあるので家族歴がなくても疑う必要はある.



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低血糖脳症 ―動物モデルの確立と治療を目指して―

2015年06月19日 | その他
糖尿病の治療は,食後高血糖を是正することを目的として行われる.治療薬として,インスリン注射や種々の血糖降下薬が用いられる.しかし誤って大量に使用する,ないし,食事量が減少すると,低血糖の状態になり,とくに血糖値が20 mg/dl以下になると重篤な「低血糖脳症」を来しうる.近年,この低血糖脳症が増加していることが報告され,実際,個人的にも重篤な患者さんが増えている実感がある.この原因として,糖尿病患者さん自体が増加していること(日本では糖尿病患者数は721万人で,年間, 0.3%の2万人が低血糖にて病院に受診している),そして患者さんの高齢化や一人暮らしにより,低血糖の症状に速やかな対処ができず,重症化するケースが増えていることが考えられる.ブドウ糖は脳にとって,不可欠のエネルギー源であるため,低血糖脳症は脳に深刻なダメージ(意識障害,運動麻痺,認知症)を来す.しかしながら,救急外来でブドウ糖静注が無効であった場合,治療薬は一切ない.また,低血糖脳症に取り組む研究者は極めて少なく,かつ治療薬開発に必要な薬剤スクリーニングに適した動物モデルがない.

私達の研究チームは,低血糖脳症の治療薬開発を目指して,6年ほど前から,動物モデルの開発に取り組んだ.従来の動物モデルは,低血糖による脳障害は呼吸停止を来すため,人工呼吸器管理を行わざるを得なかった.このため非常に難易度が高く,治療薬スクリーニングの障壁となっていた.これに対し,私達は脳波をモニターしつつ,定量的に脳障害の程度を確認し,かつ人工呼吸器を使用しない範囲で脳障害を与えるラットモデルを確立した(短時間昏睡モデル).ヒトの低血糖脳症と同じ状況に近づけるため,血糖値をインスリンにて20mg/dlにまで低下させ,平坦脳波を2分,ないし10分間持続した後,ブドウ糖を静注し,(臨床研究で確認した)250 mgまで血糖値を増加させた.その後,変性神経細胞の程度をFluoro-Jade Bを用いて定量した.この結果,平坦脳波の時間に応じて変性神経細胞が増加すること,ならびに神経細胞毒性をもつアルデヒド4HNE(4-Hydroxynonenal)が脳内に発現することを確認した.その障害の程度は低血糖の時間が長いほど高度になることを見出した.

4HNEが低血糖脳症のブドウ糖投与後の神経細胞障害の原因となる可能があり,アルデヒドの分解を促進するアルデヒド脱水素酵素2アゴニスト(ALDH2アゴニスト)Alda-1をブドウ糖投与と同時に静注したところ,4HNE産生と変性神経細胞は減少した.以上の結果は,低血糖脳症に対する治療介入が可能である可能性を示唆するものである.低血糖脳症は今後さらに重要となる病態であり,関心を持って取り組む先生が増えることを期待したい.

Ikeda T et al. Effects of Alda-1, an Aldehyde Dehydrogenase-2 Agonist, on Hypoglycemic Neuronal Death.PLOSONE on line 




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Movement disorders grand round@MDS international congress

2015年06月17日 | パーキンソン病
19th international congress of Parkinson’s disease and movement disorder @ San Diegoに参加している.びっくりするようなgrand round(症例検討会)が行われた.Stanley Fahn,Joseph Jankovic,Andrew Lees,Eduardo Tolosa先生といった運動障害疾患の領域の,まさに第一人者の先生方の問診・診察を見ることができたのだ!それも大勢の聴衆が見守る中,実際の患者さんが壇上に現れ,リアルタイムで問診・診察・診断の過程を見せるというものであった.日本ではこのような試みは思いもつかないが,多くの神経内科医に非常に良い経験になったと思う.エキスパートの先生方の和やかな問診が印象的で,また患者さん,ご家族の医学に貢献したいという気持ちも伝わってくるようだった.以下,議論された5疾患についてまとめる.

症例1:過去に何度ももの脳手術を行っているという28歳男性.L-DOPAが有効.診断はなにか?なぜ手術を受けたのか?

→中脳のVirchow Robin腔が多房性に拡張したものが占拠性病変となり,パーキンソニズムをきたした症例.血管周囲のVirchow Robin腔の拡大は経験するが,多房性となることは稀.調べてみたところGiant tumefactive perivascular spacesと呼ばれる病態で.以下のような画像を呈する.
tumefactive perivascular spaces

症例2:有痛性振戦,頸部筋力低下,不眠を主訴とする18歳女性.発作性ジスキネジア,良性舞踏病,ジストニア,脳性麻痺,ミトコンドリア病などがこれまで鑑別に上がっていたが,診断がつかなかった.画像異常なし,筋生検異常なし.診断はなにか?

→ADCY5(adenylate cyclase 5) 遺伝子変異による,familial dyskinesia with facial myokymia (FDFM)であった.常染色体優性遺伝の疾患で,早期発症,舞踏病様,ないしジストニア様のジスキネジア,眼や口部周囲のミオキミアを呈する.ポスターでは,良性遺伝性舞踏病(BHC)でTTF-1遺伝子陰性の症例のなかに含まれているという報告があった.以下,抄録

症例3: 46歳から片側のジストニア・パーキンソニズムが出現した66歳男性.当初L-DOPAが有効,画像上異常なし.L-DOPAの開始後5年後からジスキネジアとmotor fluctuationが出現し,7年前から増悪した.娘はDOPA-responsive dystonia,祖母は80歳代でパーキンソン病である.診断はなにか?

→GTP cyclohydrolase 1(GCH1)遺伝子保因者(pThr94Lys)であった.GCH1はチロシン水酸化酵素の補酵素で,テトラヒドロビオプテリン(BH4)の合成酵素の一つとして見つかった.GCH1遺伝子変異は中枢のドーパミン生合成低下をともなうジストニア,いわゆるdopa-responsive dystonia (DRD, DYT5 あるいは瀬川病)の原因である.ここで大事なのは,その遺伝子変異の保因者は,早発型パーキンソン病に類似するparkinsonismを呈しうるということである.近年の研究でGCH1はPDのlow risk susceptibility locusであることも分かっている.以下,参照

症例4:脳性麻痺と診断されていた43歳女性.強い眠気とジストニアを呈した.ずっと診断がつかなかった.髄液5HIAA,HVAは著明に低下.7,8 dihydroneopterin triphosphateが増加.L-dopa投与で症状が劇的に改善した.診断はなにか?

→脳性麻痺と誤診されることの多いSepiapterin reductase欠損症.この酵素はBH4の合成酵素である.L-DOPA投与で劇的な治療効果が期待できるため見逃さずに髄液検査,遺伝子検査で診断することが重要である.以下,論文へのリンク

症例5:バランス障害,姿勢時・運動時振戦を呈する73歳男性.進行性の小脳性運動失調(ただしspeechはほぼ正常).診断はなにか?

→Fragile X-associated tremor/ataxia syndromeである.FMR1遺伝子のCGG繰り返し配列が延長している.正常では50以下だが,FXTASでは50以上,脆弱X症候群では200以上に延長する.本例は99リピートで,頭部MRIでMCP(中小脳脚)サイン陽性,白質高信号を呈していた.


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