Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月28日)  

2021年08月28日 | 脳血管障害
今回のキーワードは,イスラエルの現状 -ワクチン接種は不可欠だが,それだけではデルタ株は抑えられない-,米国ではデルタ株が優勢になるタイミングでワクチンの感染予防効果が低下した,mRNAワクチンの有害事象として心筋炎は注意すべきだが,感染した場合に生じる重篤な有害事象のほとんどを抑制する,急性呼吸不全患者に対する腹臥位で気管内挿管は減少し,有害事象も見られない,COVID-19感染はtPA療法後の入院期間を延長させるものの,転帰には影響しない,抗凝固療法やECMOに伴う脳出血は予後を増悪させる,long COVID神経筋症状の4つのタイプ,です.

日本人とユダヤ人(角川文庫)』という名著があります.日本人とイスラエル人はいくつかの共通点があるものの非常に大きな違いがあると指摘しています.「日本では安全はタダだが,イスラエルでは安全が全てだ.ユダヤ人は安全のためにはどんなコストもかける」ということです.今回のコロナへの対策を見ても違いは歴然です.しかし最初の論文に示すように,そのイスラエルでさえもマスク着用義務を撤廃した春頃と状況は一変し,苦戦しています.いずれにしても,日本はイスラエルの経験から真摯に学ぶ必要があります.

◆イスラエルの現状 -ワクチン接種は不可欠だが,それだけではデルタ株は抑えられない-
Science誌のニュース欄にショッキングな記事が掲載されている.イスラエルはワクチン接種率が世界で最も高く,12歳以上の78%が完全ワクチン接種状態である(大部分がファイザー・ワクチン).しかし図1のように,夏の初めにはほとんど認めなかった感染者が,6,7月頃から急増し,2月中旬以来の高水準となっている.ほとんどがデルタ株である.8月15日現在,重症または重篤な状態で入院している患者は525人だが,うち60%が完全ワクチン状態であった(つまりワクチンを打っていても重症化しうる).これはワクチンの効果が時間経過とともに弱まったためではないかという推測がなされた.



プレプリント論文によると,本年1月に接種した人は,4月に接種した人と比較して,ブレイクスルー感染のリスクが2.26倍に増加していた.また60歳以上で3回目接種(ブースター接種)をした人は,2回接種の人に比べて,入院する確率が半分になったという予備データがあり,かつ副反応についても,88%の人が3回目は2回目より軽いと答えていた.このためイスラエルは,7月30日からに60歳以上(現在は50歳以上)の人を対象に3回目接種に踏み切った.すでに100万人の人が3回目接種を受けたが,それだけでデルタ株を抑え込むことはできそうにないと述べられている.事実,本日アクセスしたworldometerによるデータでは過去最高に並ぶ程度に新規感染者数は増加,死亡者も増加傾向にある(!)(図2).



記事にはマスクや社会的距離の重要性が改めて指摘されていること,政府が最も恐れているのは感染拡大による病院への負担であり,病院でもスタッフは疲労困憊しており,PTSD(心的外傷後ストレス障害)にならないよう対策を開始していることが述べられている.
→ 2月に接種を開始した日本では,ブースター接種は10月には必要ということになる.また上述の通り,ワクチンのみでは感染増加は抑えられないことをイスラエルからしっかり学び,本気で感染拡大を封じ込める論理的・科学的な政策を行うべきことを行政に働きかける必要がある.
Science. Aug 20, 2021.(doi.org/10.1126/science.373.6557.838)

◆米国ではデルタ株が優勢になるタイミングでワクチンの感染予防効果が低下した.
米国6州の医療従事者4217名を対象とし,35週間にわたって週1回のPCRを行い,ワクチンの効果を検証する研究がCDCから報告された.対象者中3483名(83%)がワクチン接種を受けた(ファイザー65%,モデルナ33%,J & J 2%).デルタ株が50%以上を占めて優勢となった週では,488名の未接種者が中央値43日で19件の感染を経験し,2352名の完全ワクチン接種者が中央値49日で24件の感染を経験した.計算するとワクチンによる予防効果は66%であり,デルタ株が優勢になる前の数カ月間の効果の91%より低下した.これはワクチン接種からの時間が経過したためか,もしくはデルタ株の影響が考えられる.観察週数が限られて感染者数が少ないために,より多数例で慎重に解釈する必要がある.
Morb Mortal Wkly Rep 2021;70:1167-1169.(doi.org/10.15585/mmwr.mm7034e4)

◆mRNAワクチンの有害事象として心筋炎は注意すべきだが,感染した場合に生じる重篤な有害事象のほとんどを抑制する.
mRNAワクチンの安全性は良好であることが承認前の臨床試験で示されているものの,臨床試験では対象者数に限度がある.このためイスラエルから承認後のリアルワールドにおける16歳以上の接種者の安全性についての研究が報告された.有害事象は,ワクチン接種者と非接種者をマッチさせ,接種後42日間の追跡調査として評価した(1回目の接種から21日後と2回目の接種から21日後の評価).さらにワクチン接種者と COVID-19感染者における有害事象の比較も行った.ワクチン接種は,心筋炎(リスク比,3.24;リスク差,10 万人当たり 2.7 件),リンパ節腫脹(リスク比,2.43;リスク差,10 万人当たり 78.4 件)のリスク上昇と最も強く関連していた(リンパ節腫脹はワクチンでは当然起こりうる).また虫垂炎(リスク比,1.40;リスク差,5.0件/10万人),帯状疱疹感染(リスク比,1.43;リスク差,15.8件/10万人)もリスク上昇が見られた.しかしCOVID-19に感染した場合,心筋炎はリスク比18.28,リスク差10 万人当たり 11.0 件となり,ワクチンよりはるかにリスクが高くなった(図3).ほかにも心膜炎,不整脈,深部静脈血栓症,肺塞栓症,心筋梗塞,脳出血,血小板減少症などの重篤な有害事象のリスクが大幅に増加した.以上より,ファイザー・ワクチンは,心筋炎のリスクを増加させるが(10万人あたり1~5件),検討したほとんどの有害事象のリスク上昇とは関連しなかった.一方,COVID-19感染は心筋炎を含めた多くの有害事象のリスクを大幅に上昇させた.
New Engl J Med. August 25, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2110475)



◆急性呼吸不全患者に対する腹臥位で気管内挿管は減少し,有害事象も見られない.
覚醒下の腹臥位(うつぶせ)は,COVID-19患者の酸素化を改善することが後方視的研究や観察研究で報告されている.しかし予後を改善するかは不明である.フランスなど6カ国から,大規模無作為化試験において,重症患者の期間内挿管や死亡を防ぐために,腹臥位が有効かを評価した.急性呼吸不全で高流量鼻カニューレによる呼吸補助を必要とした成人1126名を,覚醒下の腹臥位群567名と標準治療群559名に無作為に割り付けた.主要複合転帰は,治療失敗(treatment failure),すなわち割り付け後28日以内に気管内挿管(=人工呼吸器管理)されたか死亡した患者の割合と定義した.試験から脱落した5名を除いて解析した.治療失敗は,腹臥位群で223/564名(40%),標準治療群で257/ 557名(46%)に発生した(相対リスク0.86[95%CI 0.75~0.98]).よって腹臥位は気管内挿管のハザード比は0.75(0.62~0.91),死亡率のハザード比は0.87(0.68~1.11)であった(図3).有害事象の発生率は低く,両群で同様であった.以上より腹臥位を行うことで,気管内挿管の必要性は減少し,有害事象も見られなかった.高流量酸素を必要とする患者における覚醒下での腹臥位を支持する結果である.
Lancet Respir Med. Aug 20, 2021.(doi.org/10.1016/S2213-2600(21)00356-8)



◆COVID-19感染はtPA療法後の入院期間を延長させるものの,転帰には影響しない.
虚血性脳卒中(脳梗塞)の治療には,tPAを用いた血栓溶解療法が行われる.COVID-19は,脳卒中の急性期治療に悪影響を及ぼし,かつ凝固促進作用があるため,tPA療法の治療成績に影響を及ぼす可能性がある.このため,ポーランドから,COVID-19感染の有無で,tPA療法の有効性と安全性を比較した研究が報告された.4つの脳卒中センターにて,tPA療法を受けたCOVID-19感染脳梗塞患者22名と感染のない48名を後方視的に比較した.感染あり群では,入院時NIHSSスコアの中央値が高く(11.0 vs. 6.5; p < 0.01),Dダイマーの中央値も高く(870 vs. 570; p = 0.03),肺炎の頻度も高かった(47.8% vs. 12%; p < 0.01).また「軽度の脳卒中症状(minor stroke symptoms)」(NIHSS 1~5点)が少なかった(2% vs. 18%; p < 0.01).感染あり群は感染なし群に比べて入院期間が長かったが(17日対9日,p < 0.01),感染が院内死亡率や退院時の機能状態に与える影響は,単変量解析でも多変量解析でも認められなかった.以上より,COVID-19感染はtPA療法後の入院期間を延長させるものの,転帰には影響しない可能性がある.
Acta Neurol Scand. Aug 20, 2021.(doi.org/10.1111/ane.13520)

◆抗凝固療法やECMOに伴う脳出血は予後を増悪させる.
欧州の多国籍登録機関LEOSS「Lean European Open Survey on SARS-Infected Patients」に登録された127施設のCOVID-19患者6537名における急性期の神経筋症状・合併症を分析し,それらが転帰に及ぼす影響について検討した研究が報告された.92.1%にあたる6020名が入院し,14.7%が死亡した.主な症状は,過度の疲労感(28.0%),頭痛(18.5%),悪心・嘔吐(16.6%),筋力低下(17.0%),嗅覚・味覚障害(9.0%),せん妄(6.7%)などであった.複雑で重篤な経過をたどった患者(53%)で最も多かった神経学的合併症は,虚血性脳卒中(1.0%)と脳出血(2.2%)であった.脳出血は重症期にピークを迎え,抗凝固療法やECMOの実施と関連していた.また過度の疲労感(OR 1.42)および神経変性疾患の既往(OR 1.32)は,好ましくない転帰のリスクを高めた.脳卒中および神経免疫学的疾患の既往は,COVID-19の短期的な転帰の悪化とは関連していなかった.以上より,主に入院患者を対象とした検討で,初診時の過度の疲労感や神経変性疾患の既往は,予後不良の転帰のリスク増加に関与していた.重症化を招く脳出血は,抗凝固療法やECMOなどの治療的介入と関連しているため,ウイルスによる直接的な合併症ではなく,間接的な合併症と言える.
Eur J Neurol. Aug 19, 2021.(doi.org/10.1111/ene.15072)

◆long COVID神経筋症状の4つのタイプ.
Brain誌にCOVID-19に伴う急性および慢性の神経筋合併症の病態に関する総説が発表されている.興味を引いたのはlong COVIDもしくはPASCの神経筋症状を大きく4つに分類した点である(図4).右上から時計回りに,①認知・気分・睡眠障害(脳霧,遂行機能障害,不安・うつ,興奮・精神症状),②自律神経異常症(動悸,POTS,起立性低血圧,体温調節異常),③疼痛症候群(筋痛,神経障害性疼痛,異常知覚,頭痛,耳鳴),④運動不耐性(筋力低下,動作時呼吸苦,疲労感)である.ただし論文にも記載されているようにこれらの後遺症は,長期的なコホート研究によって完全に定義されたものではなく,暫定的なものではある.
Brain. Aug 16, 2021.(doi.org/10.1093/brain/awab302)


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連載開始!「脳神経内科領域における医学教育の展望——Post/withコロナ時代を見据えて」

2021年08月27日 | 医学と医療
このたび岐阜大学医学教育開発研究センター(MEDC)の西城卓也教授,今福輪太郎講師,そしてBrain Nerve誌編集室とタッグを組み,新しい時代の脳神経内科領域の医学教育について,下記の計16回の連載を9月号から開始いたします.初回は「脳神経内科領域における医学教育の難しさと課題」と題して,私からスタートさせていただきます.「神経恐怖症の原因,脳神経内科学の教育課題,withコロナ時代の新しい教育課題」について書きました.ぜひご一読いただき,ご意見,ご批判をいただければ幸いです.以下,企画の説明です.

「医学教育学」なる分野が生まれるほど,現代の医学教育の発展と革新は目覚ましく,さらに新型コロナウイルス感染症のパンデミックによりパラダイムシフトが強いられ,いままさに臨床教育には大きな変革のうねりが押し寄せています。本連載では,「脳神経領域×医学教育領域」で活躍する筆者を迎え,現代の臨床教育を支える教育理論から,脳神経領域で指導にあたる指導医必読の教育トピック,ノウハウまでを幅広く取り揃え,実際に現場で指導医がどうするとよいのか,今後どのように適応する必要があるのか,実践例とともに指針となる情報を提示します。






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症候,画像で左右差を認める小脳性運動失調では自己免疫性脳炎を鑑別に挙げる

2021年08月26日 | 脊髄小脳変性症
高力価の抗GAD65抗体は,stiff-person症候群,てんかん,辺縁系脳炎,小脳性運動失調症などと関連します.今回,最新号のNeurol Clin Pract誌に,Jankovic先生らが,抗GAD65抗体陽性の片側性小脳性運動失調(hemiataxia)の2症例を報告されています.

症例Aは75歳の橋本病の女性で,67歳で失調歩行にて急性発症し,69歳より左半身の協調運動障害が出現しました.頭部MRIでは左優位の小脳萎縮を認めました(図).血清抗GAD65抗体濃度は4800 IU/mL以上.脳脊髄液では当初陰性でしたが,1年後に陽性となりました(1.41nmol/L).全身検索で腫瘍なし.IVIGにて左上肢と失調歩行が顕著に改善しましたが,その後,傍脊柱筋の筋痙攣が発生し,stiff-person syndromeに対する治療が必要となりました.



症例Bは,糖尿病と甲状腺機能低下症を有する62歳の女性で,やはり左優位の小脳性運動失調にて発症しました.血清抗GAD65抗体濃度は25000 IU/mL以上.腫瘍なし.IVIGとステロイドパルス療法により,運動時振戦を除き,症状は改善しました.

抗GAD 65抗体関連脳症としてhemiataxiaが生じることは,過去にも3症例で報告がなされています.著者は機序不明ながら,一方の小脳半球が自己抗体の損傷作用に対して他方よりも脆弱である可能性を示唆しています.私達もhemiataxia,もしくはSPECTで明らかな左右差を認める小脳性運動失調症患者では,たとえ慢性の経過であっても治療可能な自己免疫性小脳失調症を鑑別に挙げる必要があると考えています.もしhemiataxia,もしくはSPECT等で明らかな左右差を認める失調患者で,抗GAD 65抗体が陰性であった場合,当科にご相談をいただければ抗mGluR1抗体,臨床像によっては抗IgLON5抗体,ならびにラット小脳凍結切片による自己抗体の検索が可能です.御連絡いただければ幸いです.

Neurol Clin Pract. August 26, 2020.(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000939)

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なぜクロイツフェルト・ヤコプ病はCJDなのか?(Clarence J. Gibbs効果)

2021年08月22日 | 認知症
クロイツフェルト・ヤコプ病は,1920年および1921年それぞれ症例報告をしたドイツの神経病理学者Hans Gerhard Creutzfeldt(1885-1964)とAlfons Maria Jakob (1884-1931)にちなんだ病名です.しかしヤコプ病と改めるべきという主張があります.なぜならCreutzfeldtが報告した症例は現在のCJDとは異なると考えられるためです.

さて最新号のNeurology誌に面白い論文がありました.プリオン病研究でノーベル賞を受賞したStanley Prusinerによると,JCDではなくCJDが定着したのは,同僚の研究者Clarence Joseph "Joe" Gibbs, Jr,(1924-2001)(図左)が「自己顕示欲のため,自身のイニシャルに合わせて,意図的に定着させようとしたためだ」と発言したというのです.2014年,Prusinerは「1968年のGibbsの論文で,従来の病名であったJCDがCJDに入れ替わった.多くの学者がこの病気はヤコプ病ないしJCDと呼ぶべきと主張し,CJDと呼ぶ人はほとんどいなかったので私は困惑した.そして20年後,Gibbsから『この病気をGibbs病に改名したいと思ったが,さすがに受け入れられないと思い,自分のイニシャルに合わせてCJDと順番を変えた』と聞いた」というのです!

Neurology誌の論文はこのGibbs発言の真偽を確かめるため,1968年の論文前後で,CJDとJCDのいずれが論文で使用されたかを調べています(図右).その結果,Gibbsが多数の研究発表を行った時期(Ⅱ)にCJDが急激に増加し,引退後は大きく減少したこと(Ⅲ)を示し,「Clarence J. Gibbs効果」があったと述べています.しかし関係者の話を総合すると,「愉快な常習犯」であるGibbsは,反感を抱いていたPrusinerをからかったようです.GibbsがGajdusekの研究チームに加わる前から,NIHではCJDという用語が使用されていたことも分かっています.名著「眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎」のなかで,Prusinerは極端に上昇指向が強く,金儲けとスタンドプレーと職権濫用を好み人使いが荒かった人物として書かれており,確かに反発を買い,からかわれたということもあるかもしれません(私も米国神経学会で講演を拝聴したことがありますが,映画俳優のようにスモークを焚かれて派手に登壇したことと,独特で豊かな白髪が忘れられません).

ちなみに日本神経学会用語集はさすがで,CJDもJCDも掲載されています.またヤコブでなくヤコプと記載されているのは,ドイツ語ではbの後に母音がない場合は清音(濁らない)となり,[p]と発音するためだと思います.

Lanska DJ. Clarence J. Gibbs Effect and the "Creutzfeldt-Jakob Disease" Eponym. Neurology. 2021 Jul 27;97(4):181-187.






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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月21日) 

2021年08月21日 | 医学と医療
今回のキーワードは,幼い子供は年長の子供に比べて家族に感染させるリスクが高い,COVID-19の賢い選択:10のエビデンスに基づく推奨事項,「幸せな低酸素血症」と在宅療養で酸素飽和度モニターが必要な理由,米国における集団免疫達成のためのワクチン接種の義務化の現状,米国におけるブースター接種(3回目接種)に関する共同声明,「慢性COVID-19」という概念と変異株の出現,吸入ステロイド薬パルミコート®は高リスク患者の回復を3日間短縮する,です.

フリーライターの武田砂鉄さんの「消火を急ぎませんか」というコラムを読みました.「校舎が燃えている時に校庭で運動会をやった.運動会を優先したらその間に校舎がもっと燃えていた.これが現在なのだが,その時に『いやーとてもいい運動会だった.これは運動会をやらないととても味わえなかったですよね』と言っている・・・」言い得て妙だと思いました.しかも燃え盛っているのに,さらにもう1度運動会を決行し,児童生徒らも観戦させると言います.あまりに危険極まりない無謀な話だと思います.つぎに紹介する論文のように,「子供から親への感染」が大きな問題として注目されています.また7月24日に「パンデミックにより養育者を失った世界156万人の子どもたちに対する支援が急務である」という論文を紹介しましたが,学校連携観戦はこのような悲劇を生み出してしまう可能性さえあります.絶対やめるべきです.科学的・論理的な判断に基づく政治に変えていく必要があります.

◆幼い子供は,年長の子供に比べて家族に感染させるリスクが高い.
パンデミック初期には小児の患者数が少なかったため,小児による家庭内感染については十分研究されていない.今回,家庭内感染のオッズは,年少と年長の子供とでは異なるのかを検討した研究がカナダから報告された.期間は 2020年6~2月で,小児を0~3歳,4~8歳,9~13歳,14~17歳に分類した.家庭内感染を小児患者発生の1~14日後に少なくとも1人の二次感染が発生した家庭と定義した.小児患者が発生した6280世帯が対象となり,1717世帯(27.3%)で二次感染がみられた.0~20歳,30~50歳への二次感染が多かった(図1).0~3歳の子供による家庭内感染の調整済みオッズは,14~17歳の子供と比較して1.43と最も高かった.この関連は症状の有無,学校・保育園での発生との関連,学校・保育園の再開の有無で層別化した分析でも同様に観察された.→ 小児の年齢層における感染力の違いは,学校や保育園,家庭内での感染予防にも影響する.幼い子供で感染力が高くなる理由として,より育児の世話が必要であることから容易に理解できる.問題は感染した子供のいる家族にどんなアドバイスができるかである.子供の感染予防に関しては,国立成育医療研究センターのHPが有用なので参考にしていただきたい.論文では,家庭を守るためには,家族全員がワクチン接種していることが必要であると述べている.
JAMA Pediatr. Published online August 16, 2021.(doi.org/10.1001/jamapediatrics.2021.2770)



◆COVID-19の賢い選択: 10のエビデンスに基づく推奨事項(★重要).
Nature Med誌に以下の推奨文が掲載された.いずれも重要な内容である.
【一般の方へ】
1. 公共の場では,マスクを適切に使用しましょう.
(マスクがN95でない場合,シングルマスクよりもダブルマスクの方が望ましい → 私も二重マスクです)
2. 特に屋内では,密を避けましょう.
(物理的距離1メートル以上と換気を徹底する)
3. 症状がある場合は検査を受け,症状が軽い場合は自宅隔離してください.
(多くの感染者は体温と酸素飽和度を定期的にモニタリングすることで回復する.水分補給と,発熱や痛みに対するアセトアミノフェン内服を行う)
4. 呼吸困難や酸素飽和度が92%以下になった場合は,医療機関を受診してください.
(安静時または運動後の息切れ,酸素飽和度92%以下,運動後に酸素飽和度4%以上の低下を認める場合は医師の助けを求めるべき.COVIDは呼吸困難の症状が出にくいことに注意する;いわゆるhappy hypoxia)
5. 過去にCOVID-19にかかったことがあっても,資格があればすぐに予防接種を受けてください.
(ワクチンの有効性は,過去にCOVID-19に罹患したことがあっても同様)

【医療従事者へ】
1. 証明されていない治療薬や効果のない治療薬を処方しないでください.
(アビガン®,イベルメクチン,アジスロマイシン,ドキシサイクリン,タミフル®,カレトラ配合錠®,ヒドロキシクロロキン,イトリズマブ,ベバシズマブ,IFN-α2b,フルボキサミン,回復者血漿,漢方薬などの使用を支持するデータは現時点ではない)
2.トシリズマブやレムデシビルは,使用可能な特定の状況を除いて使用しないでください.
(トシリズマブは,重症でステロイドを投与されており,炎症徴候があり,酸素要求量が急速に増加している患者にのみ有用.他の状況での使用はおそらく有害.レムデシビルは,成人で酸素を必要とする患者に早期に投与した場合,回復までの期間を短縮する効果は一部の試験でわずか,その他の試験では認められなかった.死亡率を低下させるものではない)
3. 低酸素症の患者にのみステロイドを慎重に使用し,血糖値を正常範囲に保つように監視してください.
酸素を必要とする患者においてデキサメタゾン(1日6mg)などのステロイドを短期間(5~10日間)使用することで効果がある.患者の状態が悪いほど効果は大きい.酸素を必要としない患者にはむしろ害を及ぼす可能性がある)
4. CTや炎症バイオマーカーなど,治療の指針とならない検査を日常的に行わないでください.
(炎症バイオマーカーとは,フェリチン,IL-6,LDH,プロカルシトニンなど.いずれも日常的に使用することを支持するデータはない)
5. パンデミック時でも,COVID-19以外の重要な疾患の管理を無視しないでください.
(がん,結核,心・腎疾患,精神疾患,出産・周産期医療,小児の予防接種などのケアが,パンデミックの間,被害を受ける.パンデミック時でも,必要不可欠な医療サービスは継続して提供すべき.例えば,パンデミック時,がん治療の停止による死亡者数は,COVID-19によるものよりも多くなると推定されている)
Nat Med. 2021 Aug;27(8):1324-1327.(doi.org/10.1038/s41591-021-01439-x)

◆Happy hypoxia(幸せな低酸素血症)と在宅療養で酸素飽和度モニターが必要な理由.
74歳女性患者がInstagramに,酸素飽和度が79%と低いにもかかわらず心拍数が82回/分と正常値を示す写真を投稿した(図2A).呼吸器症状もなかった.直ちに入院し,非侵襲的人工呼吸管理となり,幸い入院から10日後に回復した.



このようにCOVID-19では無症状ながら,重度の低酸素血症を示すことがある.以前よりhappy hypoxiaないしsilent hypoxia(幸せな/静かな低酸素血症)と呼ばれてきた現象である.今回,ブラジルから,ステロイドの効果を検証する臨床試験に参加した患者の酸素飽和度と心拍数・呼吸数を検討した研究が報告された.図2B,Cに示すように,酸素飽和度と心拍数ないし呼吸数の相関は低く,低酸素症に関わらず,多くの患者は心拍数100回/分以下,呼吸数20回/分以下であった.つまりCOVID-19では低酸素血症でも,頻脈や多呼吸による不快感が生じにくく,病院を受診しないことに繋がる.これが第一波でみられた高い致死率の理由という推測がある.呼吸器症状でトリアージするのではなく,酸素飽和度低下を入院の指標とすべきである.そして94%未満で酸素吸入と10日間のステロイドを使用する.酸素吸入必要前にステロイドを使用すると致死率が高くなるので注意が必要である.また心拍数・呼吸数が変化しにくい機序はよく分かっていないが,論文では肺内シャントまたは死腔の影響が議論されている.→ 脳神経内科医としては,SARS-CoV-2ウイルスが神経向性をもつことから,嗅神経が麻痺するように,呼吸の神経性調節が侵されているのではないかと考えてしまう.大動脈小体からの迷走神経の求心性刺激や,頸動脈小体からの舌咽神経の求心性刺激が延髄の呼吸中枢に届かず,換気が促進されない可能性はないだろうか?
Clin Infect Dis. 2021 Aug 2;73(3):e856-e858.(doi.org/10.1093/cid/ciab026)



◆米国における集団免疫達成のためのワクチン接種の義務化の現状.
パンデミックを終息させるためには,より多くの人がワクチンを接種することが必要であることは明らかである.米国でもワクチン接種率の高い州(人口の70%以上)では,COVID-19による入院や死亡だけでなく,ワクチンによる感染症の発生件数も少ない.しかしデルタ株の感染力は高く,米国疾病管理センター(CDC)はR0(感染者から感受性の高い集団に感染する二次感染の推定数)は5~8としている.R0が6とした場合,デルタ株の感染抑制は非常に困難である.なぜなら集団免疫閾値(つまり感染阻止のために,完全ワクチン接種者+感染者の割合)は85%以上である必要があるためである.このため,ワクチン接種の義務化が議論されている.米国ではワクチン接種義務化は新しいことではなく,50州すべてで医療従事者,軍人,学童に接種義務が設けられている.多くの州では宗教的,個人的,医学的な理由による免除を認めているが,カリフォルニア州では2019年に個人的,宗教的な理由によるワクチン接種の免除を取り消した.雇用主はワクチン接種を義務付けることができ,一部ではすでに行われている.裁判所もこれまでのところワクチン義務化を支持している.また700以上の大学がCOVID-19ワクチンの義務化を採用している.ワクチンは医療や経済を維持し,パンデミックを食い止めるための唯一の方法である.ワクチンに抵抗のある人々の接種量を向上させるために,政府関係者,臨床医,公衆衛生の専門家,地域社会の人々など,すべての人が全面的に参加し,献身的に取り組む必要がある.→ デルタ株の脅威に対し,日本の政治もこういう議論を開始する必要がある.
JAMA. August 18, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.14811)

◆米国におけるブースター接種(3回目接種)に関する共同声明 ―9月下旬から開始―.
8月18日,米国CDCとFDAを含む,公衆衛生と医療の専門家はブースター接種に関する計画について声明を発表した.SARS-CoV-2感染に対する防御力は,初回接種後,時間の経過とともに低下し始めることが明らかになっている.特にリスクの高い人やワクチン接種の初期段階で接種した人では,重症化,入院,死亡に対する防御力が今後数ヶ月の間に低下する可能性がある.このためワクチンによる防御効果を最大限に高め,持続性を長くするために,ブースター接種が必要と結論づけた.そしてファイザー,モデルナワクチン3回目接種を9月20日の週から始める準備を開始した.まず医療従事者,老人ホーム入居者,その他の高齢者など,予防接種の実施時期が最も早かった人々が対象となる.「私たちの最優先事項は,常に変化するウイルスや疫学的状況の中で,ウイルスより先に,安全で効果的,かつ持続性のあるワクチンによりアメリカ国民を守ることである.科学的検討により,新しいデータが出てきた場合には速やかに計画を修正する用意がある」と述べている.→ 掛け声だけの安全・安心ではなく,このような科学的な対策をしなければ決してデルタ株を食い止めることはできない.また声明には「他の国へのワクチン供給を増やすための取り組みも継続して拡大し,すでに全世界で寄付を約束している6億回分以上のワクチンをさらに増やしていくこと」も記載されている.
CDC Media Statement(https://www.cdc.gov/media/releases/2021/s0818-covid-19-booster-shots.html)

◆「慢性COVID-19」という概念と変異株の出現.
JAMA誌が動画で,免疫抑制患者におけるSARS-CoV-2ウイルス持続感染の問題をわかりやすく解説している.英国の70歳代男性がCOVID-19肺炎で入院,100日以上にわたって持続感染し(この状態を「慢性COVID-19」と呼ぶ),ウイルスを排出し続けた.彼はリンパ腫とその治療により重度の免疫不全状態であった.重要なことは,このような長期感染と特定の治療が,変異株の出現をもたらすということである.この患者では,最初の数週間,ウイルス集団は均一であったが,患者回復血漿を輸血すると,血漿中の抗体に耐性のある変異株が急速に出現した.つまりウイルスは,免疫反応ないし治療という選択圧(突然変異を選択して,一定の方向に進化させる現象)がかかっとき,たったひとりの宿主の中で急速に変異する可能性がある(ただしこの患者が変異株を他の人に感染させたという証拠はない).しかし図3に示すような移植患者,血液がん,未治療のHIV患者,CAR-T細胞療法,リツキシマブにより免疫抑制状態にある患者の感染に対し,今後,より注意を払う必要がある.対策としては,免疫抑制状態の患者の周囲の人に対し確実にワクチンを接種して,一種の「バブル」を作ることが非常に重要であろう.また免疫抑制状態の患者が感染した場合,どのくらいの期間,患者を隔離すべきか,精神的な影響を考慮しつつ検討する必要がある.
JAMA. August 18, 2021(動画8分間)https://bit.ly/3gecgen



◆吸入ステロイド薬パルミコート®は高リスク患者の回復を3日間短縮する.
COVID-19に対する吸入ステロイド薬,ブデソニド(パルミコート®)の有効性は,入院していない患者で確認されているが,高リスク者における有効性は不明である.英国から吸入ブデソニドが,合併症をもちリスクが高い人の回復までの期間と,入院・死亡を減少させるかを検証したPRINCIPLE試験の結果が報告された.対象者は,65歳以上または50歳以上で合併症を持つ患者とした.吸入ブデソニドは800μg,1日2回,14日間とした.ブデソニド群が787人,通常ケア群が1069人,その他の治療群974人を解析した.回復までの期間は,ブデソニド群は通常ケア群より2.94日早く回復した(図4).入院または死亡については,ブデソニド群で6.8%,通常ケア群で8.8%(差2%,95%CI 0.55-1.03),事前に規定した優越性の閾値を満たさなかった.ブデソニド群で2名,通常ケア群で4名に重篤な有害事象が発生した.ブデソニド吸入薬は,合併症のリスクが高い患者においても,回復までの時間を改善した.また入院や死亡を減少させる可能性がある.
Lancet August 10, 2021.(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01744-X)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月14日) 

2021年08月14日 | 医学と医療
今回のキーワードは,唾液を用いたRT-PCRを無症状感染者のスクリーニング検査に使用すべきではない,Long COVIDの対策としての「4つのR」,ワクチン接種後に認めた神経精神症状とワクチンの因果関係の判定方法,ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)は通常の脳静脈血栓症より予後不良,VITTの生命予後予測因子は血小板数と頭蓋内出血である,神経症状出現は脳内ウイルス量より脳内炎症反応と低酸素・虚血障害の影響が大きい,です.

「五輪開催と感染拡大は無関係」と責任ある立場の人々が発言している報道を目にしました.海外は日本をどのように報道しているのかと思い,Time誌を眺めていたところ,Japan's COVID-19 Strategy Relied on Trust. Holding the Olympics Shattered It at the Worst Possible Timeという記事が目に止まりました.「日本のCOVID-19戦略は政治や行政に対する信頼に基づいていた.五輪開催は,それを最悪のタイミングで打ち砕いた」という意味です.つまり緊急事態宣言のようなソフトロックダウンを従順に守ってきた国民を裏切る行為だったと述べています.信頼を失った今,従来のように国民に自粛を求めるだけの対策ではもはや感染は制御できないと思います.記事には「国民も医療システムも疲弊している今,日本はパンデミックの致命的な新局面に直面している」と書かれてありました.感染拡大を止めるため,我が国のすべての叡智を結集することが求められていますし,私たちもどうしたら政治と対話し,動かすことができるのか考える必要があると思います.

◆唾液を用いたRT-PCRを無症状感染者のスクリーニング検査に使用すべきではない.
SARS-CoV-2ウイルス検出には,鼻咽頭ぬぐい液を用いたRT-PCRが標準の方法であるが,採取が容易な唾液を用いた方法が診断やスクリーニングの代替手段となっている.しかしこの方法では検査感度にばらつきが見られることも報告されていた.米国から,2週間以内に感染者に濃厚接触した家族を対象として,3~7日ごとに,最長4週間,もしくは鼻咽頭拭い液で2回陰性となるまで,鼻咽頭と唾液のペアサンプルを採取し比較した研究が報告された.サイクル閾値40未満を陽性とした.404名の参加者から採取した889の鼻咽頭拭い液-唾液を検査した結果,鼻咽頭拭い液では524検体(58.9%)と唾液では318検体(35.7%)からウイルスが検出された.鼻咽頭拭い液陽性256名(63.4%)の平均年齢は28.2歳,うち93人(36.3%)は無症状であった.唾液PCRの感度は,感染した最初の週の検体で71.2%と最も高かったが,その後は週を追うごとに低下した.症状の有無で分けると(図1),症状を認める者は,無症状感染者と比較して感度が有意に高かった(88.2%対58.2%).2週目も同様であった(83.0%対52.6%).発症後2週間以上では差は見られなくなった.以上より,唾液は感染初期の症状を認める感染者には感度が高いが,無症状感染者の感度はすべての時点で60%以下であった.唾液を用いたRT-PCRを無症状感染者ではスクリーニング検査に使用すべきではない.
JAMA. August 13, 2021.( doi.org/10.1001/jama.2021.13967)



◆Long COVIDの対策としての「4つのR」.
Long COVIDは,TwitterやFacebookなどのSNSを利用して,患者自身が定義を行った,歴史上初めての疾患である.これまでの本症の大きな問題点は,医療関係者の認識が不足していたことである.患者は医療機関に相談したものの,その症状を認めてもらえなかったり,不安症というレッテルを貼られたりした.最もっよくみられる症状は「疲労」で,完全な消耗,エネルギーの枯渇,または身体機能が障害された感覚である.必ずしも労作によって引き起こされるわけではなく,休息によって改善するわけでもない.「疲労」に続いて,記憶力・集中力低下,brain fogなどの認知機能障害がみられる.胸痛,息苦しさ,頭痛,筋痛,めまい,動悸もよく認められる.循環呼吸器,消化器,皮膚や目,全身の疼痛など,幅広い症状を呈する.誘因は身体活動,ストレス,睡眠障害,認知的作業などである.Long COVIDに対する対応には,4つのRが必要である(図2).
Reporting・・・普遍的で更新される定義,疾患レジストリ,回復までの経過観察,防止策につながる決定,健康と社会的ケアの計画への情報提供.
Recognition(Rehabilitationを含む)・・・傾聴と信頼,診断基準作成,個別治療とリハビリ,総合的ケア,雇用の権利と労働衛生.
Research・・・危険因子,予後と進行,回復予測,病態生理,治療,ワクチンの役割,再感染,不平等とスティグマ,経済的影響,子供のlong COVID.
Science. 373, 491-493, 2021.( doi.org/10.1126/science.abg7113)



◆ワクチン接種後に認めた神経精神症状とワクチンの因果関係の判定方法.
ワクチン後にみられる症状を副反応と認定する場合,ワクチンの安全性に対する国民の信頼に直接影響するため,因果関係の判断は厳格な方法論を適用する必要がある(症例報告レベルでは困難である).これは過去のワクチン接種後の神経学的副反応でも同様であった(例;インフルエンザワクチンや日本脳炎ワクチン後の自己免疫性脳炎,H1N1インフルエンザワクチン後のギラン・バレー症候群など).またワクチンの成分とは関係のない急性の機能性(心因性)神経障害(例;HPVワクチン後の非てんかん性発作)もみられ鑑別を要する.因果関係を立証するためにはWHOのワクチン安全性諮問委員会(GACVS)基準やBradford Hill基準などを用いる.さらに,時間的関係,危険因子,別の病因の可能性を考慮して,Probable,Possible,Unlikelyなどに分類する基準も提案された.

またワクチン後の機能性神経障害は苦痛を伴うものであり,独自の治療戦略を必要とする.また周囲の理解が不足していると,誤解を招き,ワクチン接種の躊躇につながる可能性がある.SNSがワクチンの副作用に関する誤情報を広める役割を果たした可能性がある.逆にSNSは臨床医がワクチンを受ける可能性のある人に情報を提供する場ともなることから,機能性神経障害の発生率を下げる可能性もある.臨床医はワクチン接種の妨げにならないように,問題となる症状がワクチン接種をしなくても生じる頻度や機能性神経障害について十分理解しておく必要がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Aug 6, 2021.( doi.org/10.1136/jnnp-2021-326924)

◆VITTは通常の脳静脈血栓症より予後不良.
アストラゼネカワクチンの副反応としてワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)という新しい症候群が疫学的に確認され,原因となる自己抗体についても明らかにされた.VITTの予後に関して英国から報告がなされた.43病院から95名の脳静脈血栓症患者を集積した.うち70名がVITT,25名が非VITTであった.,非VITT群と比べ,VITT群は若く(47歳対57歳),頭蓋内および頭蓋外静脈の血栓化が多かった.主要評価項目である死亡または要介助(modified Rankin scale 5ないし6)は,VITT群で多かった(47%対16%)(図3A).国際研究データによる既報の脳静脈血栓症と比較しても同様であった(図3B).VITT群において,このこの有害事象は非ヘパリン系抗凝固剤の投与により頻度が低くなり(36%対75%),免疫グロブリン静注療法により頻度が低くなった(40%対73%).以上より,VITTは通常の脳静脈血栓症より重篤である.非ヘパリン系抗凝固薬や免疫グロブリン療法は,VITTに関連した脳静脈血栓症の予後を改善する可能性がある.
Lancet. August 06, 2021.( doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01608-1)



◆VITTの生命予後予測因子は血小板数と頭蓋内出血である.
VITTに関して英国から前向きコホート研究が報告されている.目的はとくに危険因子,治療,および予後不良の予測因子を明らかにすることである.対象は294名で,170名のVITT確定例(definite)と50名のVITT疑い例(Probable)を同定した.全例アストラゼネカワクチンの初回接種を受けており,接種後5~48日(中央値,14日)で発症した.年齢は18~79歳(中央値48歳)で,男女差なし.血栓症は脳静脈,肺動脈などに認め,また複数部位に認める症例も多かった(図4).



危険因子は特定できなかった.死亡率は22%であった.死亡率は,脳静脈洞血栓症を有する患者では2.7倍,ベースラインの血小板数が50%減少するごとに1.7倍,ベースラインのd-ダイマー値が10,000フィブリノゲン当量単位増加するごとに1.2倍,ベースラインのフィブリノゲン値が50%低下するごとに1.7倍上昇した.多変量解析では,ベースラインの血小板数と頭蓋内出血の有無が死亡と独立して関連していた.死亡率は,血小板数が3万以下で(図5)頭蓋内出血を認める場合,73%であった.以上より,血小板数が少なく,頭蓋内出血を有する患者で最も死亡率が高くなる.
New Engl J Med. August 11, 2021.( doi.org/10.1056/NEJMoa2109908)



◆神経症状出現は,脳内ウイルス量より脳内炎症反応と低酸素・虚血障害の影響が大きい.
COVID-19患者の神経病理学的所見に関するシステマティック・レビューが報告された.2021年4月までに発表された45論文から438名の患者を対象とした.神経病理学的所見は,microgliosis(52.5%),astrogliosis(45.6%),炎症細胞浸潤(44.0%),低酸素・虚血性病変(40.8%),浮腫(25.3%),出血性病変(20.5%)であった.SARS-CoV-2ウイルスのRNAと蛋白は,それぞれ41.9%と28.3%の標本で確認された.245/438名(55.9%)から詳細な臨床情報が得られ,うち96名(39.2%)は典型的なCOVID-19症状を伴う神経症状を呈していた.以下の3点が明らかになった.1)標本におけるSARS-CoV-2ウイルスRNAおよび蛋白の検出率は,神経症状のある患者とない患者で差がない,2)神経症状のある患者では,脳浮腫,低酸素・虚血病変,炎症細胞浸潤の頻度が高い,3)神経症状は高齢者に多い.以上より,脳内ウイルス量よりも脳内炎症反応と低酸素・虚血障害の方が神経症状に関連していることが明らかになった.
Eur J Neurol. August 2, 2021.( doi.org/10.1111/ene.15045)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月7日)  

2021年08月07日 | 医学と医療
今回のキーワードは,完全ワクチン接種者におけるデルタ株感染による入院は少ないが,ウイルス排出量は未接種者と同等で,他のひとを感染させうる,イベルメクチンの有効性を示したプレプリント論文のデータ操作の疑いによる取り下げの衝撃,アストラゼネカワクチン接種後に脳炎を呈した3症例の報告,アストラゼネカワクチン接種後の動脈血栓塞栓症の1例報告,抗CD20療法患者では感染後の抗体の陽性化率が低い,米国神経学会のワクチンに関する見解,抗CD20療法下でもワクチン接種はウイルス特異的T細胞反応をもたらすため,ワクチン接種は行うべき,long COVID(後遺症)としての頭痛の有病率は8~16%,です.

今週発表された「入院対象を重症化リスクの高い患者らに限定し,自宅療養を基本とする方針転換」が,分科会に相談もなく決められたことにはやはり失望しました.コロナ禍においてさまざまな分断が指摘されていますが,そのなかでも「行政と科学の分断」は人の命に直結するため深刻な問題だと思います.日本は諸外国よりCOVIDに対する医薬研究が遅れたため,幸か不幸か,外国のデータを参考にさまざまな意思決定ができます.しかしこれまでそれらを生かした論理的な判断が行われてきたとはとても言えません.現在の感染爆発も,5月に紹介したNew Engl J Med誌のオリンピック開催への懸念論文(doi.org/10.1056/NEJMp2108567)を始めとする専門家の意見を真摯に聞けば,当然予測できました.「行政と科学の分断」はコロナにとどまらず,世界からどんどん引き離される医学研究の窮状,混迷を極める新専門医制度の問題など医学・医療の世界で多くの問題を起こしていると思います.「行政と科学」がしっかり連携し,科学的根拠に基づいて,世の中や他者を第一に考える当たり前のことが求められていると思います.

◆完全ワクチン接種者におけるデルタ株感染による入院は少ないが,ウイルス排出量は未接種者と同等で,他のひとを感染させうる.
2021年7月,米国マサチューセッツ州で開催されたイベント等で469名が感染した.住民のワクチン接種率は69%であった.346/469名(74%)は,完全ワクチン接種状態(感染の14日以上前にファイザー,モデルナ,ヤンセンワクチンを完了)であった.最終ワクチン接種後14日目から,発症までの期間は中央値86日(範囲6~178日)であった.うち133名の検体を解析したところ,デルタ株が119名(89%)を占めた.完全ワクチン状態で感染した274/346名(79%)に症状を認めた.多い順に咳,頭痛,咽頭痛,筋痛,発熱であった.4/346名(1.2%)が入院したが,死亡例はなかった.完全ワクチン接種状態の127名の検体のPCRサイクル閾値(中央値=22.77)は,ワクチン未接種,不完全接種,接種不明の84名と同様であった(中央値=21.54)(図1).→ 完全ワクチン接種者であっても人と集まる場合,マスクを着用すべきである.また感染した場合,ウイルス排出量は未接種者と同等であることを認識する必要がある.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep. July 30, 2021.(doi.org/10.15585/mmwr.mm7031e2)



完全ワクチン接種者がデルタ株に感染した場合,ウイルス排出量は低下せず,他の人に感染させる原因となりうるというエビデンスが,米国ウィスコンシン州からのプレプリント論文として報告された(図2).
medRxiv. July 31, 2021.(doi.org/10.1101/2021.07.31.21261387)



◆イベルメクチンの有効性を示したプレプリント論文のデータ操作の疑いによる取り下げの衝撃.
7月14日,プレプリントサーバー「Research Square」は,「倫理的な問題」を理由に,抗寄生虫薬イベルメクチンの効果を最初に示したエジプト・ベンハ大学からのプレプリント論文(doi.org/10.21203/rs.3.rs-100956/v3)を取り下げた.この論文はCOVID-19に対する治療薬の効果を検証する論文としては最大規模(患者400名)のもので,かつイベルメクチンが死亡率を90%以上低下させることを示した点で注目を集めた.事実,15万回以上閲覧され,30回以上引用された.「倫理的な問題」とはインターネット上で指摘された盗用やデータ操作の疑いのことで,具体的には数十人の患者データの重複,生データと論文記載の矛盾,研究開始日以前に死亡したと記録されている患者の記載等が指摘されていた.イベルメクチンについては,私もブログで,3月に軽症例での使用で効果はないというJAMA誌の論文を紹介したが(doi.org/10.1001/jama.2021.3071),6月にはメタ解析(試験結果を統計的に重み付けして1つの結果にまとめる論文)で,死亡リスクを62%減少させるという論文がAm J Ther誌に出て非常に驚いた(doi.org/10.1097/MJT.0000000000001402).実はこのニセ論文(?)も後者のメタ解析に含まれ,患者数が多いため結果に強い影響をもたらした.Nature誌のNews欄には,このメタ解析に含まれるその他の論文の多くも,さまざまな欠陥が含まれる可能性が高いと指摘している.イベルメクチンに関してWHOはエビデンスが確立していないため臨床試験以外の使用を控えるよう述べているが,「イベルメクチンの効果は証明されており,製薬会社は安価な治療法を国民から奪っている」という誤情報が状況を難しくしている.実際,安価であるため,多くの低所得国において頻用されている.今回の論文撤回は,パンデミック時に治療効果を評価することの難しさを物語っている.
Nature. News. Aug 02, 2021.(doi.org/10.1038/d41586-021-02081-w)

ちなみにCochrane libraryもイベルメクチンは使用すべきではないという見解を7月28日に発表した(https://bit.ly/3jwPbnI).

◆アストラゼネカワクチン接種後に脳炎を呈した3症例の報告.
アストラゼネカワクチン接種後の脳炎3症例の症例集積研究がドイツから報告された.いずれもGrausらによる自己免疫性脳炎の診断基準を満たし,他の原因は広範囲に除外された.しかし特異的な自己抗体が検出できなかった.ワクチン接種後,7日から11日以内に脳炎が出現した.2例目では過去にインフルエンザやHPV,風疹ワクチンなどの副反応として知られているopsoclonus-myoclonus syndromeを認めた.髄液ではリンパ球優位の細胞数増多を認めたが,頭部MRIに異常はなかった(図3).2名はステロイド治療に反応し,神経症状はほぼ完全に回復した.3人目は免疫抑制剤を拒否したが,自然に改善した.アストラゼネカワクチン接種後,世界で合計79例の脳炎が確認されており,発生率はワクチン1000万回接種あたり約8人と推定された.因果関係の証明は個々の症例では不可能であるが,ワクチン接種と3例の脳炎発症との間の時間関連は注目に値する.今後,因果関係を明らかにするため,さらに大規模なデータ集積が必要である.いずれにしても非常に稀であり,接種のメリットがリスクを上回ることは明らかである.
Ann Neurol. July 29, 2021(doi.org/10.1002/ana.26182)



◆アストラゼネカワクチン接種後の動脈血栓塞栓症の1例報告.
アストラゼネカワクチン接種後の「ワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症と脳静脈血栓症・脳出血」は有名だが,動脈血栓塞栓症も生じうることがドイツから報告された.31歳の男性が,ワクチン初回接種から8日後,急性発症の頭痛,失語,片麻痺を呈して入院した.D-dimersは軽度上昇したが,血小板数とフィブリノゲンは正常であった.頭部MRAで認めた中大脳動脈閉塞は,血栓溶解療法の開始後1時間以内に消失した.同側頸動脈球壁に付着した血栓による塞栓症(A to A emboli)が原因として考えられた.HIT抗体は陽性で,PF4-ポリアニオン複合体に対する血清IgG抗体は高度に上昇していた.アスピリンとヘパリン代替のダナパロイドの皮下投与,経口抗凝固薬フェンプロクモンにより血栓は19日以内で縮小・溶解し,良好な臨床経過を示した.静脈血栓塞栓症だけでなく,動脈血栓塞栓症の患者においてもワクチンの接種歴の確認は重要である.
Neurology. July 26, 2021(doi.org/10.1212/WNL.0000000000012576)

◆抗CD20療法患者では感染後の抗体の陽性化率が低い.
フランスからの研究で,多発性硬化症(MS)や視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の患者におけるCOVID-19感染後の抗体陽性化率は疾患修飾療法(DMT)の影響を受ける可能性について検討した論文が報告された.119名の患者(MS 115名,NMOSD 4名)を対象とした.全体で感染後5カ月以内に80.6%が陽性化した.DMTなし群では20/21人(95.2%),抗CD20療法以外のDMT群では66/77人(85.7%),抗CD20療法群では10/21人(47.6%)と低かった(p<0.001)(図4).抗CD20療法群において,抗体陽性患者では,抗体陰性患者に比べて,最後の抗 CD20 療法から COVID-19感染までの期間が長かった(3.7か月対1.9か月,p=0.04).以上より,抗CD20療法を受けたMSまたはNMOSD患者では,SARS-CoV-2抗体反応が低下していたことから,は再感染のリスクがあり,長期的な監視が必要である.抗CD20療法のタイミングによっては,抗体反応が低下し,期待した感染予防効果が得られない可能性があることも示された
J Neurol Neurosurg Psychiatry.Aug 2, 2021.(doi: 10.1136/jnnp-2021-326904)



◆米国神経学会のワクチンに関する見解.
米国神経学会から神経疾患を有する患者におけるワクチン接種のリスクとベネフィットに関する見解が報告された.ワクチン接種後の神経合併症の発生率は低く,神経疾患を有する患者の罹患率や死亡率の高さを考慮すると,脳神経内科医は患者にワクチンの接種を勧めるべきである.また免疫療法中の患者に対しては,治療と免疫反応の減弱の可能性を考慮して,接種のタイミングに注意を払うべきである.また患者のためにエビデンスに基づいた説明,教育を行う義務がある.ちなみに抗CD20療法(リツキシマブ・オクレリズマブ)については,以下のように記載してある.

◯ 開始する場合;2回目のワクチン接種が抗CD20療法開始の4週間以上前に行われるようにする.
◯ すでに治療中の場合;1回目のワクチン接種を,最後の抗CD20療法から12週間後に延期することを検討する. 可能であれば,2回目のワクチン接種の4週間後以降に抗CD20療法を再開する.

Neurology. July 29, 2021.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000012578)

◆抗CD20療法下でもワクチン接種はウイルス特異的T細胞反応をもたらすため,ワクチン接種は行うべき.
抗CD20療法のひとつリツキシマブ(RTX)療法を受けている患者における,SARS-CoV-2ウイルスに対する液性および細胞性免疫について検討した論文がオーストリアから報告された.RTX療法中の患者74名に,ファイザーないしモデルナワクチンを2回接種した.ファイザーワクチンを接種した健常者10名を対照とした.健常者は全員がスパイク蛋白受容体結合ドメイン(RBD)に対する抗体を獲得したが,RTX療法を受けた患者では39%のみが陽性となった.RBD抗体は中和抗体と有意に相関した.CD19+末梢B細胞が検出されない患者36名では,1名を除いて抗体陰性であった.循環B細胞は抗体のレベルと相関したが,B細胞数が少ない(1%未満)患者でも,検出可能なSARS-CoV-2特異的抗体反応を示した.つまり,末梢のB細胞が部分的に再増殖すれば,ワクチン接種によって抗体を誘導できる可能性が示唆された.一方,SARS-CoV-2特異的T細胞は,液性免疫反応とは無関係に,患者の58%で検出された.よって循環B細胞がなくてもT細胞反応が得られるため,RTX療法を理由にワクチン接種を中止すべきではないと考えられた.ただし原疾患が安定している患者では,B細胞が十分再増殖して液性免疫が得られるまで,RTX治療を遅らせるほうが良いかもしれない.
Anna Rheum Dis. July 20, 2021(doi.org/10.1136/annrheumdis-2021-220781)

◆long COVID(後遺症)としての頭痛の有病率は8~16%.
COVID-19生存者が経験する後遺症のひとつに頭痛がある.スペインからCOVID-19から回復した入院患者および非入院患者における頭痛の有病率を検討したメタ解析が報告された.条件に合う28件の査読あり論文と7件のプレプリント論文が含まれた.対象はCOVID-19生存者2万8438人(女性1万2307人,平均年齢46.6歳).COVID後の頭痛の有病率は,発症または入院時に47.1%,30日後に10.2%,60日後に16.5%,90日後に10.6%,発症/退院後180日以上経過時に8.4%であった.急性期の症状としての頭痛は,非入院患者(57.97%)の方が入院患者(31.11%)よりも多く見られた.
Eur J Neurol. 2021 Jul 30.(doi.org/10.1111/ene.15040.)

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