Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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4時間半までt-PAによる血栓溶解療法は可能!

2008年09月28日 | 脳血管障害
 血栓溶解薬「組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)」は発症3時間以内の脳梗塞患者に静脈注射すると,3ヶ月後の機能回復が偽薬群に比べ有意に良好であることが示され(N Engl J Med 1995),「初の本格的脳梗塞治療薬」として全世界で承認された.しかしその後,therapeutic time windowの延長を目的として,発症6時間までの患者を対象にしたstudyが行われたが(具体的にはECASS(European Cooperative Acute Stroke Study)1,ECASS 2,ATLANTISといったstudyがこれにあたる),残念ながらこれらは6時間以内のt-PAの有効性を証明できなかった.この原因として,合併症としての脳出血が大きく影響していることも明らかになっている. 

 しかし,良く考えてみると3時間の次の検討が「6時間」というのは,time windowが一気に倍になるわけで,その間に設定しても良かったはずである.実際にtime windowを3時間から5割増しで延長したstudyが今月になって2つ報告された.

 ひとつは9月15日のLancet誌に掲載されたSITS-ISTR study(the Safe Implementation of Treatments in Stroke (SITS), a prospective internet-based audit of the International Stroke Thrombolysis Registry (ISTR))である.これは,前向き観察研究であるISTR(脳卒中血栓溶解療法国際登録)のなかの,SITS(治療の安全な実施)というデータを用いて検討したもので,具体的にはtPAの使用状況を記録している35カ国700カ所以上の医療施設が共同で構成するデータのなかの,治療基準を満たし実際に治療を受けた患者の記録を用いた検討である.この解析で明らかになったのは,tPA治療を発症3時間後から4.5時間後に受けた患者664例と,推奨されている3時間以内に治療を受けた患者11,865例を比較したところ,両者の間で転帰に有意差がなかったというものである.

 ふたつめはランダム化比較試験(RCT)であるECASS 3である.この結果は,9月25日の世界脳卒中会議(ウィーン)で発表され,同時にN Engl J Med誌に発表された.方法はCT上,脳出血や大きな脳梗塞合併例を除外後,患者をalteplase群(0.9 mg/kg)とプラセボ群の2群にランダムに割り振った.一次エンドポイントは発症90日後のdisabilityで,二次エンドポイントは4つの神経学的障害を評価するスコア(modified Rankin score,Barthel index,NIHSS,Glasgow outcome scale)とした.安全エンドポイントは死亡,クモ膜下出血,そのほかの重篤な合併症とした.

 結果としては821名がエントリーし,418 名がalteplase群に,403名がプラセボ群に割り振られた.alteplase群の平均投与時間は3時間 59分であった.予後良好群(mRSで0ないし1)はalteplase群で有意に多かった(alteplase群:プラセボ群=52.4%:45.2%,odds比1.34,95% CI, 1.02-1.76; P=0.04).NNT(number needed to treat)は14となった.懸念された脳出血はalteplase群で高く,症候性出血に関してはalteplase群:プラセボ群=2.4%:0.2%(P=0.008)で,すべての出血を含めるとalteplase群:プラセボ群=27.0%:17.6%(P=0.001)であった.しかし死亡率についてはalteplase群:プラセボ群=7.7%:8.4%(P=0.68)で有意差はなく,そのほかの重篤な合併症に関しても両群間で有意差は見られなかった.

 結論として,3時間から4.5時間のt-PAは脳出血の合併は増加するものの,有意に予後を改善するという結果である.つまり1995年のNINDS study以来,ようやく2つ目のt-PAの有効性を示したRCTとなる.これまでのstudyで有効性を示すことができなかったのは, 症例を6時間まで含めてしまったことに加え,エンドポイントの設定や不十分な統計学的検出力のstudy design(つまり3 ~4.5時間のコホート(症例数)が少なかった) が考えられるとのことである .

 以上よりtime windowの50%もの延長が可能になったわけで,より多くの患者がt-PAによる治療の恩恵を受けることになる.このECASS 3の結果の報告を受けてヨーロッパ脳卒中会議等で現行のガイドラインの修正が検討されるとのことだ.ただECASS 3の筆者は,discussionの最後に,できるだけ早期に治療を開始することで,より大きな効果が得られるのであって,4.5時間まで治療を遅らせることができるということではないと念を押している.

N Engl J Med 359:1317-1329, 2008. 

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足底反射は,何を調べるのがベストか?

2008年09月13日 | その他
 Joseph Francois Felix Babinski(1857-1932)は,有名なJ. M. Charcotの弟子である.Babinskiの神経学への貢献は計り知れず,彼により古典神経症候学が完成したといって過言ではない(右半球症状である病態失認も,1914年に彼が発見したものである).BabinskiはCharcotのもとにいた5年間で,数多くのヒステリー患者を扱いながら,器質性障害とヒステリー性障害を鑑別する検査法を探したそうだ.当時,フランスでは,大部屋の病室の両側にベッドを並らべ,患者さんは通路側に足を向けて横になっていたそうで,Babinskiは病室に入ると挨拶がわりに患者さんの足の裏を意味もなく,こちょこちょとひっかいたらしい.普通はくすぐったがってきゅっと足趾を縮める(底屈する)が,1人だけ反対側に反り返った(背屈した)患者さんがいて,不思議に思ったことがBabinski反射発見のきっかけだったと後に自ら語っている(冗談かもしれないが・・・).その後,脊損患者では足の裏をくすぐると足指が背屈するのに対し,ヒステリー患者では底屈するということにも気づいた.1896年,その徴候の発見の第一報として,「中枢神経系を侵すいくつかの器質性疾患における足底皮膚反射について」と題する論文を発表した.これが有名な「28行論文」である(たった28行の長さという意味).しかし当時,その重要性については,周囲はおろか本人も気がついていなかった.その後,この反射は錐体路障害の存在を示唆するということが気がつかれ,1898年の論文で報告されるに至った.反射のメカニズムは足底の皮膚刺激は,健常者であっても短母趾屈筋と長母趾伸筋の収縮を引き起こすが,錐体路障害が存在するとそのバランスが逆転し,背屈するのだろうと考えられた.

 このような足底反射としては,Babinski反射のほかに,Chaddock反射(外果の下方を後ろから前へこする),Gordon反射(ふくらはぎを指で強くつまむ),Oppenheim 反射(脛骨内縁を上方から下方へ母指の腹でこすりおろす),Schaeffer反射(アキレス腱を指で強くつまむ),Gonda反射(第4趾,もしくは第2~5趾をつまみ,前下方へ屈曲させる),Stransky反射(第5指を強く外転させ,1~2秒保って急に離す)といった手技がある.この中ではおそらくChaddock 反射が臨床現場で行われることが多いと思うが(OSCEでもBabinski反射とChaddock反射を教えている),このChaddockはBabinski の弟子であり,1911年の論文の中で独自の方法を記載している.

 前置きが長くなったが,Babinski反射の神経診察にける重要性は言うまでもない.しかし,その評価に関してはまったく議論がないわけではない.具体的に言うと,評価者間の信頼度・一致性や,各反射手技ごとの比較の問題である.もちろんこれまでも少なからず検討が行われてきたが,同一の評価者もしくは異なる評価者間の信頼度(inter- and intra-observer consistency)を統計学的に検討した論文はほとんどない.今回,カナダにおいて行われた検討がEur J Neurol誌に報告された.

 方法は34名の患者を6名の神経内科医が評価した.BabinskiとChaddock,Oppenheim,Gordon の4つの反射を行い,底屈もしくは背屈のいずれかと判定した(ときどき使われるequivocalという評価は不可とした). 同一検者間の一致性を検討するために1週間後に,再度の評価を行った.信頼度は名義尺度での一致性の指標としてしばしば用いられるカッパ値で評価した.

 結果としては,Babinski反射はもっとも異なる評価者間での一致性が高かった(カッパ値0.5491).Chaddock,Oppenheim,Gordon 反射のカッパ値はそれぞれ0.4065,0.3739, 0.3515であった.一方,同一評価者における信頼度はGordon反射がもっとも高く,カッパ値は0.6731であった.2つの反射を組み合わせると,BabinskiとChaddock反射を組み合わせたときが最も信頼度が高かった(カッパ値0.5712).

 以上より,少数例での検討ではあるが,Babinski反射が異なる評価者間において,またGordon反射が同一の評価者間において信頼性が高いという結果となった.しかし足底反射を行う場合,単一の手技では不十分であり,評価者は2つ以上の手技を組み合わせて行うべきで,その場合,BabinskiとChaddock反射の組み合わせが最も信頼性が高いという結果となった.結論から言えば,やっぱりというか,いま行っている2つの足底反射の組み合わせがベストということを確認できたということになるのだろう.

Eur J Neurol. 2008 Jul 9. [Epub ahead of print]
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多系統萎縮症における突然死は気管切開では防げない

2008年09月01日 | 脊髄小脳変性症
 本邦より多系統萎縮症(multiple system atrophy; MSA)における突然死の頻度や特徴,予防的治療の効果についての検討が報告された.対象はGilman分類におけるprobable MSA患者47名であり,5年間の経過観察が行われた.予防的治療は,①睡眠中の高度の低酸素血症(CT90>10%;検査中にSpO2が90%を下回る割合が10%を超す),②声帯外転麻痺,③繰り返す誤嚥性肺炎を認める場合に行っている.具体的な方法としては,①②に対しては非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を行い,③に対しては気管切開術を行っている.最終的に,上記の基準を満たし,同意を得られた25名に対し予防的治療が行われた.

 結果としては,NPPV は適切な圧設定により,いびきや喉頭喘鳴をほぼ消失させ,さらに睡眠中の低酸素血症を改善することができた.死因に関する検討では,5年間の経過観察中の死亡者は10名,うち7名が突然死(!)で,6名が睡眠中に死亡していた(残りは肺炎,窒息,肺癌が1名ずつであった).既報と比べ(誤嚥性)肺炎による死亡者が少ないが,本研究は嚥下造影検査などで嚥下障害に対し早期から介入を行い,適宜,胃瘻造設を行っており,十分な嚥下対策を行えば,誤嚥性肺炎を減少させられる可能性を示唆してる.

 また驚くべきことに,突然死例7名のなかに気管切開術施行例が2名,NPPV施行例が3名含まれていた.すなわち,気管切開術やNPPVでも突然死を完全には防げないこと,言いかえれば上気道閉塞以外のメカニズムでも突然死が生じうることが明らかになった.今後,どのような機序で夜間の突然死が生じるのかを明らかにすることが,突然死の予防法を確立する上で重要であるが,少なくとも気管切開を行ったあとも夜間の睡眠呼吸障害(おそらく中枢性無呼吸やCheyne-Stokes呼吸)の出現に注意する必要がある.

J. Neurol 2008 e-pub ahead of printing 
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