Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Neuromyelitis optica のMRI 所見と診断基準改定

2006年07月22日 | 脱髄疾患
 Neuromyelitis optica(NMO)は,球後視神経炎と急性横断性脊髄炎がほぼ同時か,1~2週間の間隔で生じる疾患である.NMO-IgGがNMOの診断に有用な抗体として報告され(2004年12月7日の記事参照),さらにその標的抗原がアクアポリン4(AQP4)であることも報告された.これは2つの意味でインパクトがあった.ひとつは「水チャネルに対する自己抗体により発症する疾患がある」ということであり,もうひとつは,NMO-IgGの標的がミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったということである.AQP4は,アストロサイトのfoot process膜に豊富に存在し,BBBにおける水のやりとりに重要な役目を果たしているが,もしNMO-IgGそのものが神経障害を引き起こす病因であるとしたら,アストロサイトを主座とした免疫異常が中枢神経脱髄疾患を引き起こすことになり,今までの常識を覆す(2006年4月11日の記事参照).よって免疫学を専門とする者の中には,NMO-IgGはNMOの診断マーカーとしては有用であるものの,病態機序に直接関わっていないと考えている者も少なくない.

 さて,NMOのMRI所見に関して興味深い論文が2題,Mayo Clinicから報告されている.ひとつ目はretrospective studyで,対象は1999年に報告されたNMOのWingerchukら(Mayo clinic)による診断基準を満たす症例で,いずれの症例も脊髄MRIで3椎体以上の長さの病変を示す.ただし,診断基準のなかの,「視神経や脊髄以外に由来する症候を認めない」という項目は除外してある.方法としては,頭部MRIにて,正常,異常(non-specific,MS-like,atypical abnormality)に分類している.
 結果として60例が基準を満たし,うち53例(88%)が女性,年齢は37.2±18.4歳で,罹病期間は6.0±5.6年であった.NMO-IgGは41例(60%)で陽性.問題のMRI所見は,多くの症例がnon-specificな変化のみであったが,6例(10%)でMS-likeの病変を認め,5例(8%)で間脳,脳幹,大脳においてMSとしてはatypicalな病変を認めた.その5例中3例が13歳以下(13歳,5歳,13歳)で,1例では意識障害を呈する重症例であった.

 もうひとつの論文は,MRI病変の部位とAQP4の分布を比較したものだ.対象はNMO-IgG陽性の120例の患者のうち,頭部MRIを撮影し,異常を認めた8例である(8例中3例は18歳未満;18歳,5歳,13歳).病変部位は視床下部,第3脳室・第4脳室周囲,脳幹であった.この病変分布はAQP4の脳内発現分布とよく一致するものであった(注;AQP4は,視神経や脊髄にも豊富に存在する).

 これらの報告から言えることは以下のとおり.
1. NMO-IgGは診断に有用であるだけでなく,標的抗原部位と病変部位一致したことから,病態に関与し,神経障害に関与している可能性がある.
2. NMO-IgG陽性NMOは小児でも発症し,脳内病変を伴うことがある
3. 間脳が病変となることから,オレキシンニューロンの存在部位が病変の主座になりうる.つまり過眠症状を呈することがある.
4. 視神経,脊髄以外の病変を認めるNMOが存在する.よって診断基準から脳病変が存在しないという項目は除外すべきである.

 そして最近のNeurologyに,Wingerchuk自身が改訂診断基準を提唱した.この論文では96例のNMOと33例のMSを用いて,改訂診断基準のsensitivity,specificityを算出している.基準としては以下の3項目中2項目を満たすというもので,結論としてsensitivity 99%, specificity 90%という良好な結果を得た.
1. longitudinally extensive cord lesion(3椎体以上)
2. onset brain MRI nondiagnostic for MS
3. NMO-IgG seropositivity.
またNMOで視神経,脊髄以外の病変を合併する割合は14.6%と報告した.

 考察には述べられていないが個人的に興味を持ったのはrecurrent ADEMと呼ばれる症例の中にNMO-IgG陽性NMOが紛れ込んでいなかったのだろうかということである.また小児MSにおいてもNMO-IgG陽性NMOが紛れ込んでいる可能性は今後,チェックすべきであろう.いずれにしてもNMOの病態解明についての研究の進歩は,臨床的にもインパクトがきわめて大きいと言えよう.

Arch Neurol 63; 390-396, 2006
Arch Neurol 63; 964-968, 2006
Neurology 66; 1485-1489, 2006

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重症筋無力症では睡眠時無呼吸が多い?

2006年07月17日 | 重症筋無力症

 カナダから重症筋無力症(MG)における閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)の合併に関する前向き研究が報告されている.対象は西オンタリオ大学にて経過観察中の400名!のMG患者(Ach受容体抗体陽性,テンシロン試験陽性,反復刺激陽性)から100名をランダムに抽出した.その後,multivariate apnea prediction (MAP) index(BMI,男性,年齢,症状などからSASの有無を予測する指数)を計算し,0.5以上の場合,PSGを施行した.

 結果として,50例がMAP scoreが50以上で,うち13例がPSGを拒否し,37例にPSGを施行した.このなかの34例がOSAの診断基準(AHI>5)を満たした.Apnea-hypopnea index (AHI)で重症度を分類すると,軽症(AHI 5-14)10例,中等症(AHI 15-29)9例,重症(AHI >30)15例であった.睡眠時呼吸障害は主としてnon-REM睡眠期に生じていた.全体としてapneaよりhypopneaが主体であった.

 最終的には,今回のstudyでOSAと診断された34例に,MAP index 0.5未満ながら以前からOSAと診断されていた2例を加えて,計36例がOSAということになり,有病率36/100=36%となった.これは15~20%と言われる一般人口における有病率を上回り,MGではOSAが多いという結果となった. 

 ただ,この研究ではMGのうちどのような症例がOSAを合併しやすいのかまったく分からない.またOSAに関しても,閉塞部位はどこかなど,その特徴が分からない(正直言うとかなりstudyデザインが甘く,よくアクセプトされたなあという印象は否めない).ただし,REM期に睡眠時呼吸障害が明らかになっていないところを見ると,横隔膜の筋力低下の影響は考えにくく,単純に上気道の筋力低下が生じているとかんがえるのが普通だろう. 

 いずれにしても,今後,MGのうちどのような症例がOSAを合併するのか考える必要がある.OSA合併例では,日中の易疲労性にも影響が生じる可能性があり,今後の検討が必要である. Neurology 67; 140-142, 2006


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オシム監督が語るモチベーションアップの方法

2006年07月10日 | 医学と医療
 最近,ある治験を行っていらっしゃる国立大学病院の先生方とお話しする機会があったが,そのモチベーションの高さには感心させられた.若手の先生に至るまで目標に向かって一途に取り組んでおられる姿が印象的だった.モチベーションとは「動機,自発性,やる気,意欲」などと訳すことができるが,モチベーションはどのように向上させるべきものなのだろうか.とても難しい問題だが,サッカー日本チーム次期監督と目されるイビツァ・オシム監督の言葉(オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える)のなかに示唆に富む発言がいくつもある.

「モチベーションを高める方法なんて何千通りもある.それぞれ違うのだ.(中略)モチベーションを上げるのに大事だと思っているのは,選手が自分たちで物事を考えようとするのを助けてやることだ.自分たちが何をやるのか,どう戦うのかを考えやすくしてやる.懲罰ではなくて考えさせることだ」

「常に考えているのは,選手たちの『勝ちたい』『克ちたい』という強い気持ちを目覚めさせることなんだ.」

「コーチの仕方としては,良くないプレーをしたときに,思い切りそれはダメだと叱った.それだけだ.(中略)ただ,それより重要なのは,ミスをして叱っても使い続けるということだ.選手というのは試合に出続けていかないと成長しない.ミスをした選手を,それだけで使わなくなったら,どうなる?その選手はもうミスを恐れてリスクを冒さなくなってしまうだろう.いつまでも殻を破ることはできない.」

もちろん,これらの言葉を実行しようとしても,誰にもできる簡単なことではないことは容易に分かる.しかし真のモチベーションとはそうしたところに生まれてくるものだろうとも感じてしまう.

 さて,オシム監督についてであるが,1941年,現ボスニア・ヘルツェゴビナ,サラエボで生まれ,数学者になる道を捨て,サッカー選手として活躍し,引退後は指導者としての道を進んだひとである.1986年よりユーゴ代表監督,1990年W杯イタリア大会でベスト8入り.そして2003年からはJリーグ,ジェフ・ユナイテッド千葉を率いた.記者会見や新聞等に語られる彼の言葉はウィットに富み,サッカーは哲学的に語られ,その言葉は「オシム語録」と呼ばれる.昨年発行された「オシムの言葉」では,ユーゴ代表監督時代の選手起用に介入する圧力との戦い,ワールドカップ代表監督としてユーゴの崩壊過程を一身に受け止めざるを得なかった苦悩,さらに戦禍により家族が引き裂かれたことなど詳細に知ることができる.ユーゴという国の悲劇的な歴史も知ることができる.そしてなにより,この本を読めば,ほとんどの人が彼を好きになってしまい,彼に日本チームを率いてもらいたいと思うのではなかろうか?ぜひご一読をお勧めしたい1冊である.

オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える 

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ピロリ菌の除菌でパーキンソン病が改善する

2006年07月02日 | パーキンソン病
 日本ヘリコバクター学会は2000年6月ガイドラインを公表し,「ヘリコバクターピロリ陽性の胃潰瘍・十二指腸潰瘍はすべて除菌治療の適応となる」と提言した.その後承認された除菌療法は,プロトンポンプ・インヒビター(PPI)に加え,抗生物質2剤(アモキシシリン+クラリスロマイシン)の計3剤を1日2回計7日間経口投与するものである.ヘリコバクター・ピロリ抗体陽性の胃潰瘍・十二指腸潰瘍のみが適応疾患で,胃炎や他の疾患では保険上は認められない.ちなみにアメリカでは胃が痛いと,すぐに抗体を検査してくれて,抗体が陽性ならば潰瘍の存在を確認することなしに即治療開始となる.一見,羨ましくもあるが,その代わり上部消化管内視鏡はよほどのことがない限りやってくれない.除菌しても症状が改善しない場合,やっと高額の医療費を払って検査してくれる.医療費削減の方法が日本とアメリカでは異なっているということだ.

 さて,ピロリ除菌治療の副作用として,抗生物質による腸管刺激作用と腸内細菌叢のバランスの崩れなどにより,下痢や血便を来たすことがある.また除菌後,逆流性食道炎が発症することもある.これはピロリ菌感染による慢性胃炎では,一般に胃酸分泌が低下するが,除菌により胃炎が改善し胃酸分泌能が回復するためと考えられている.

 一方,今日の本題のパーキンソン病に対する治療薬L-Dopaは,酸に溶けやすく水に溶けにくい性質がある.よって,胃液の pH が低いほうが吸収が良いので,胃酸分泌の低下があるときはレモン汁を同時に投与したりすることがある.制酸剤や抗コリン剤の併用もL-Dopa吸収を阻害する可能性があり注意を要する.では,ピロリ菌陽性パーキンソン病患者に除菌を行ったら,L-Dopa吸収が改善し,motor fluctuationなどの症状が改善するのではなかろうか?

 イタリアからこの疑問に関する研究が報告された.対象は34名のmotor fluctuationを呈するピロリ菌陽性パーキンソン病患者で,17名の除菌群と,対照群としてantioxidant投与群に分けた.効果判定は治療1週間後および3ヵ月後に二重盲検下に行い,L-Dopa血中濃度,UPDRS-IIIによる運動機能評価,wearing off現象の“on-time”の測定を行った.結果としては除菌群で,L-Dopa血中濃度が有意に上昇し,運動機能も有意に改善し,“on-time”も有意に延長した.以上の結果はピロリ菌による胃炎・十二指腸炎はL-Dopa吸収を阻害する結果,パーキンソン病のmotor fluctuationを増悪させること,このmotor fluctuationは除菌治療により可逆的に改善することを示した.ご存知のように高齢者ほどピロリ菌感染率は高く,ピロリ菌陽性を示すパーキンソン患者は少なからず存在するはずである.motor fluctuationが顕著な場合には,ピロリ菌の関与も検討すべきと考えられた.

Neurology 66; 1824-1829, 2006 

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