Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳・脊髄インターフェース  ―12年もの間,下半身不随だったひとの歩行を可能とする驚異の医療!!―

2023年05月27日 | リハビリ
感嘆して思わず仰け反ったNature誌論文です(解説動画をご覧ください).主人公は40歳のGert-Jan Oskam氏,バイク事故による頸髄損傷により12年間にわたって下半身不随,上肢も一部麻痺になってしまいました.スイス連邦工科大学ローザンヌ校のCourtine博士は,記者会見で「我々はOskam氏の意思を捉え,その意思を脊髄への刺激に変換し,自発運動を再び獲得させることに成功した」と述べています.

博士らは2018年,脊髄の電気刺激と集中的リハビリにより,脊髄損傷患者の再歩行が可能となることを実証しました.しかしその効果は不十分であったため,さらに研究が進められました.Oskam氏が身体のさまざまな部分を動かそうとしたときに,脳のどの部分が電気信号を発するか,つまりその「意思」を解読するために,機械学習プログラムを使った観察を行いました.そしてこの人工知能の「デコーダー」により,特定の電気活動を特定の意思に結びつけることが可能になりました.整理すると「デコーダー」を用いて,大脳皮質の電気活動を「意思」として読み取り,筋の動きにつなげることに成功したということです.博士らはこの治療を「脳・脊髄インターフェース(BSI)」と名付けました.Oskam氏の脳に64の電極をもつ円盤状インプラントを2つ,そして脊髄にもインプラントを植え込み,その間をワイヤレスの「デジタルブリッジ」でつなぎ,損傷部分を迂回させたということになります.



インプラント後の数カ月間,博士らはBSIを微調整し,歩行などの動作により適したものにしました.これにより歩行が可能になり,さらに階段も上れるようになりました.開始1年後,これらの効果は持続しているだけでなく,驚くべきはインプラントのスイッチを切った状態でも,自発的に松葉杖で歩けるなど,神経学的な回復の兆しが見られたことです!つまりBSIは自発的な運動を回復させるリハビリ効果を有していたわけです.Oskam氏が「以前の装置は,刺激が私をコントロールしていましたが,今は私の思考で刺激をコントロールしています」と話したことは印象的です.

夢のような治療で,脊髄外傷以外にも,脊髄炎や脊髄血管障害などによる後遺症にも応用できると思われます.これからの時代は,薬剤だけでなく,このようなデバイスで神経疾患の克服を目指すことになると実感しました.幹細胞療法の競合治療とも言えますが,むしろさらなる機能回復を目指して併用することができると思います.ただし限界として,現在のBSIは歩行には適しているものの,上肢機能や直腸膀胱機能の改善は難しいこと,手術は侵襲的で感染リスクがあること(事実,Oskam氏の脳インプラントの1つは約5ヵ月後に感染症で除去されている),リハビリが必要であることが挙げられます.しかし博士らは,さらなる進歩によって,この治療法が将来,より身近になると考えています.「この技術を必要とするすべての患者さんのために世界中で利用できるようにすること,それこそが私たちの真の目的です」とCourtine博士は語っています.
Lorach H, et al. Walking naturally after spinal cord injury using a brain-spine interface. Nature. 2023 May 24.

解説動画

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脳梗塞からの“再生”―可塑性と神経リハビリ―

2006年01月01日 | リハビリ
 12月19日のブログで,「脳梗塞からの“再生”~免疫学者・多田富雄の闘い~」というテレビ番組を取り上げたが,なぜこの番組が「脳梗塞からの“再生”」というタイトルであったのかについては触れなかった.実は“再生”は番組の重要なキーワードであったのだが,自分自身,多田先生のおっしゃる“再生”をうまくイメージできなかった.以下は多田先生がご著書の「露の身ながら」のなかで語られたものだが,多田先生のおっしゃる“再生”とは以下のような“感覚”である.
 「それは電撃のように私を襲った.何かが私の中でぴくりと動いたようだった(中略)もし機能が回復するとしたら,単なる回復ではない.それは新たに獲得するものだ.新しい声は前の私の声ではあるまい.新たに一歩が踏み出されるなら,それは失われた私の足を借りて何ものかが歩き始めるのだ.もし万が一,私の右手が動いて何ものかを掴んだならば,それは私ではない新しい人間が掴んだはずなのだ(中略)新しいものよ,早く目覚めておくれ.それはいまは弱々しく鈍重だが,無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように思われた.私には彼が縛られ,痛めつけられた巨人のように思われた」
 「脳梗塞のリハビリはそういう機能の獲得のためにあるらしい.単にもともとあった機能を回復するものではない.もっと創造的な治療だと気づいて,一生懸命リハビリに精を出しました」
 このような感覚は脳梗塞を経験したことのない私には理解できないし,リハビリがそういうものであるという認識も持っていなかった.ではリハビリの科学的な背景とは現在どう考えられているのであろうか?脳梗塞を含めた脳損傷後の回復理論は大きく3つある.①diaschisisの逆転説,②行動学的補償説,③適応的可塑性説である.①のdiaschisisと言えばcrossed cerebellar diaschisisが有名で,虚血巣と離れた神経結合を持つ部位が虚血のあおりを受け,血流低下・代謝低下するのがdiaschisisで,損傷後,血流量が正常化し機能が回復していくことがdiaschisisの逆転である(よってこの回復は比較的早期に生じる).②は麻痺によってできなくなってしまった動作を,別な方法で補わせる方法で(例えば右麻痺なら左手の訓練),古典的なリハビリ理論.③は損傷を受けなかった部位が,損傷をした部位の機能に取って代わるということで,多田先生の考えは③の適応的可塑性説に近い.脳の可塑性とは,「状況に応じて役割を柔軟に変える性質」のことであるが,近年,脳の可塑性の原理に基づく「神経リハ(neuro-rehabilitation)」が注目され,実際に実践されつつあるようだ.
 実は最近,「脳から見たリハビリ治療」という本を読んだのだが,この本はリハビリ後に起こる脳の可塑性について平易な文章で解説している.とくに初めて神経可塑性を立証したカンザス大学の神経生理学者ランドルフ・ヌード先生による「リハビリで脳が変わる」の章は秀逸で,「新しいリハビリの考え方」に触れる良い機会になった.例えばこんなことが述べられている.
① 皮質下電極刺激を用いたリスザルの実験で,手の運動に関わる一次運動野は学習を行うことによりその領域が拡大し,組織学的にもシナプス結合が増加すること(synaptogenesis).
② 体性感覚野においても感覚刺激によりその領域の変化が生じうること.例えばリスザルに皿を持たせ続けるといった刺激を強制的に継続させると,体性感覚野地図に変化が生じ,最終的にはジストニアまで来たすこと(これはピアニストやタイピストに発症する局所性手ジストニアの動物モデルとなる).
③ 脳梗塞による麻痺の機能回復には「脳の機能的再構成」が関与していて,例えば右手を動かす左脳の一次運動野や錐体路が損傷しても,左脳の一次運動野以外の部分(運動前野や補足運動野)や,損傷を受けていない右脳からの交差しない錐体路(昔,意義も分からないまま覚えた錐体路非交叉線維のこと)が失われた機能を代償する予備力が脳に備わっている.
④ 促通手技などの神経リハビリはこの「脳の機能的再構成」を効率的に行わせることを目的としており,今後,神経可塑性の機序を解明し,その原理に裏付けられた新しい治療を発展させていく必要がある.
 神経可塑性に関しては,その機序やそれに関わるmoleculeなど不明な点が多いようだ.今後の脳梗塞の治療の方向性としては,神経保護薬の開発がほとんど頓挫してしまった状況を考えると,t-PAをいかに多くの患者さんに使用するか?という方向と,脳の可塑性の増強を目指す方法に進むような気が個人的にはしている.話題の神経幹細胞移植にしても,神経可塑性の機序が明らかになればその価値がさらにはっきりしてくるだろう.

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方 久保田競・宮井一郎編著 講談社ブルーバックス

露の身ながら―往復書簡いのちへの対話 多田富雄・柳澤桂子 集英社

(本の題名をクリックすれば amazon にリンクします)

それでは本年も宜しくお願いします
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脳梗塞からの“再生”~免疫学者・多田富雄の闘い~

2005年12月19日 | リハビリ
 10年ほど前だろうか,多田富雄先生の「免疫の意味論」を読んだ.免疫学の解説に留まらず,「自己と非自己」という免疫学における重要なキーワードを人間社会に当てはめて考察し,「自分とは何か?」「いかに自分らしく生きるか?」という問題に科学者としての立場から答えた本である(科学書というより哲学書とも言えるかもしれない).当時,私はすっかり多田先生のファンになってしまい,学術講演会にまで出かけたりした.昨今,えせ免疫学を振りかざして患者さんや医療の現場に混乱をもたらす困った免疫学者の書いた本を見かけるが,「免疫の“意味論”」はそういった本とは一線を画す名著なので一読を薦めたい.
 さて先日,「NHK特集」で上記タイトルの番組が放送された.多田先生は今から4年前,脳梗塞のため生死の間をさまよい,一命を取り留めたものの片麻痺と仮性球麻痺,運動失語という重い後遺症が残った.番組ではリハビリに励みながら後進の研究者の指導や新作能の原作者としてのお仕事に取り組まれる先生のお姿が描かれていた.病気になった身体でどう生きるのか?科学者の倫理とは何か?など,いろいろ考えさせられる内容であった.非常にたくさんのメッセージが込められていたが,私にとってとくに印象的だった後輩の研究者に宛てて書かれた以下のメッセージを紹介したい.
「日常の競争に捉われず,広い視野を持って研究に取り組んでほしい.理想の研究とは,それを僕が実現できたかは別として,一言で言えば,『寛容で豊かな研究』と言えるんじゃないかと思います.分かりにくかったら反対を考えれば分かります.反対語は『ギスギスして貧しい研究』です.『寛容で豊かな研究』と言ったら,競争に負けてしまうと言われるかもしれません.でも1年ぐらい遅れてもいいではありませんか?研究の価値はそんな短期的なもので決まるわけではありません.『寛容で豊かな研究』をしてさえいれば,流れは絶えることなく脈々と流れて支流を創るでしょう.」
 自分も生涯,生命科学者の端くれとしての矜持を失わないで生きていきたいなあと思った.

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