Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症における新たな治療標的因子?ZIC4

2022年11月26日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)の疾患感受性遺伝子研究では,COQ2,SNCA,MAPTおよびPRNP遺伝子等が議論されてきました.ただしいずれも説得力のある証明がなされていません.2016年に報告された研究でも,MSA 918例の分析がなされましたが,ゲノムワイドレベルで統計的有意差を示す遺伝子は同定されませんでした.診断が臨床診断でなされ,誤診例が含まれていた可能性が指摘されています.

今回,病理学的に診断を確定したMSA 731名と対照群2898名を検討した多施設国際研究が報告されました.最も強い疾患関連マーカーは,3番染色体のrs16859966,8番染色体のrs7013955,4番染色体のrs116607983で,P値は5×10-6以下でした.3番染色体遺伝子座近傍の遺伝子として約600kb上流のzinc-finger proteins of cerebellum 1 and 4 gene(ZIC1,ZIC4遺伝子)が注目されました.

著者らはMSAの病態にZIC1,ZIC4が関与するか検討するため,MSA剖検脳を用いた免疫染色を行いました.検討に適したZIC1抗体を見出だせなかったため,ZIC4抗体による免疫染色を行いました.MSA患者24名(SND 10名+OPCAおよびSND+OPCA混合型 14名),対照5名を対象とし,小脳と前頭葉皮質を染色しました.歯状核ニューロンの総数におけるZIC4陽性ニューロンの割合を計測すると,対照とSNDでは一定の割合で認めたのに対し(33.2%,32.6%),OPCAまたは混合型では,ZIC4陽性ニューロンの割合は有意に低いことが分かりました(15.5%)(図).



以上より,MSAにおいてZIC4が介在して神経変性が生じる可能性が示唆されました.α-シヌクレインとZIC4の機能的相互作用の可能性については,現在,解析中とのことです.ZIC1と ZIC4は小脳の発生に重要な役割を果たします.これらの遺伝子の変異や欠失は,先天性の小脳欠損を引き起こします(Dandy-Walker 症候群).またMSAの脳組織を用いた最近の2つのエピゲノム研究でも,ZIC4が見出されています.さらに興味深いことに,細胞内抗原であるZIC4に対する自己抗体が,急性~亜急性の小脳性運動失調を呈し,自律神経障害も呈することが知られています(高頻度に肺小細胞癌を認めます).ZIC4が小脳疾患のkey moleculeであることは間違いなく,MSAでどのように関与するのか非常に興味が持たれます.
Hopfner F, et al. Common Variants Near ZIC1 and ZIC4 in Autopsy-Confirmed Multiple System Atrophy. Mov Disord. 2022 Oct;37(10):2110-2121.(doi.org/10.1002/mds.29164)

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重要!腫瘍随伴性神経症候群の診断においてYo,Hu抗体の結果は慎重に判断する

2022年11月24日 | 自己免疫性脳炎
腫瘍随伴性神経疾患症候群(PNS)は腫瘍に伴い発症する免疫介在性神経疾患です.細胞内神経抗原に対する自己抗体(腫瘍神経共通抗原認識抗体;onconeural antibody)の測定が診断において不可欠です.抗体の同定にはラット脳切片を用いた間接免疫蛍光法やcell-based assay(CBA)が用いられますが,日常臨床では簡単・迅速に実施でき,かつ同時に複数の抗体をスクリーニングできるイムノドットアッセイ(抗原を直接ニトロセルロース膜上に滴下し,結合した自己抗体を二次抗体,酵素反応を用いて発色させ自動検出するもの)が行われます.PNS+2 blotおよび EUROLINE PNS 12 Ag という2種類が市販されています (いずれもドイツ製).NS+2 blotは,Yo, Hu, Ri CV2/CRMP5, Ma2, SOX1, amphiphysin, Ma1, GAD65の9種類の抗原を,EUROLINE PNS 12 Ag はamphiphysin,CV2/CRMP5,PNMA2(Ma2/Ta),Ri,Yo,Hu,recoverin,SOX1,titin,zic4,GAD65,Tr(DNER)の12種類の抗原を検索します.しかし感度と特異度は不明です.

市販イムノドットによる診断の正確性を調べた研究が,2020年にフランスから報告されています.PNSが疑われる患者血清(n=5300)を2つのイムノドットアッセイにより検査し,陽性サンプルは,さらに間接免疫蛍光法および組換えタンパク質を用いたCBAまたはウェスタンブロットを用いて追加検査しました.

さて結果ですが,PNS+2 blot は 128/1658 (7.7%) の血清で陽性,そのうち47/128 (36.7%)のみが追加検査でも陽性でした. EUROLINEは186/3626(5.1%)で陽性,そのうち56/186(30.1%)が追加検査でも陽性でした.抗体ごとの陽性率は,Yo抗体ではわずか7.2%(PNS+2ブロット)ないし5.8%(EUROLINE)と低く,抗Hu抗体では88.2%(PNS+2ブロット)ないし65%(EUROLINE)と比較的高く,抗体によってばらつきを認めました(表).EUROLINEでバンド強度弱陽性(8-14)の27検体は全例追加検査が陰性でした.図はMa2抗体の実例を示しています(上段はイムノドット陽性ですが,免疫組織とCBAは陰性で検査結果に解離を認めます).



追加検査で陽性となる最低のバンド強度は,Yo抗体(n=3)およびHu抗体(n=11)全例で71以上(強陽性),SOX1抗体では15~70(陽性;n=19)または71以上(強陽性;n=9)と抗体によってばらつきがみられました.EUROLINEにおいて追加検査が陰性であった症例で,臨床情報を入手できた者のうち,癌を認めたのは6.7%のみでした.

以上より,イムノドットはPNSスクリーニングに有用ですが,各抗体で陽性とする閾値を設定する必要があり,さらに臨床情報および他の追加検査による確認が必要ということになります(診断に悩むことになります).少なくともバンド強度弱陽性例や,陽性となった抗体と臨床像が合致しない場合には,結果を疑ってかかる必要があります.ちなみになぜこのように検査結果に解離が生じるかについては,市販のイムノドットはリコンビナントタンパクを使用しており,天然のタンパク質のコンフォメーションを示さない可能性があること,またアッセイに用いられる標的腫瘍抗原は,真の抗原ではない可能性が議論されています.
Déchelotte B, et al. Diagnostic yield of commercial immunodots to diagnose paraneoplastic neurologic syndromes. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2020 Mar 13;7(3):e701.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000701)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月15日)  

2022年11月15日 | COVID-19
今回のキーワードは,感染回数に応じて急性期および急性期後の死亡/入院/後遺症リスクは増加する.パンデミックを終息させるための行動の提言,デキサメタゾン/レムデシビル/両者の併用療法は入院患者の神経合併症を抑制する,COVID-19を合併する急性虚血性脳卒中患者における再灌流療法は頭蓋内出血の合併率が高く転帰も不良である,COVID-19重症者の大多数に血小板第4因子抗体を認める,Long COVID患者では感染11月後に灰白質体積の減少を認め認知機能障害と相関する,COVID-19罹患後の腸内細菌叢の異常が血中への細菌の移行を起こし重篤な二次感染を引き起こす,SARS-CoV-2によるミクログリアのインフラマソームはα-シヌクレインにより著しく活性化する,です.

◆感染回数に応じて急性期および急性期後の死亡/入院/後遺症リスクは増加する.
SARS-CoV-2の再感染により急性期およびその後の死亡・後遺症リスクを増加させるかは不明である.米国退役軍人省のデータベースを用いた研究が報告された.1回感染44万3588人,2回以上感染4万947人および非感染対照533万4729人を比較した.再感染は死亡ハザード比で2.17倍,入院3.32倍の追加リスク,および肺/心血管/血液/糖尿病/胃腸/腎/精神/筋骨格/神経疾患を含む後遺症も増加させた.ワクチン接種の有無にかかわらずリスクは増加した.累積リスクは,感染回数に応じて増加した.再感染は,急性期および急性期後の複数の臓器系における死亡,入院,後遺症のリスクをさらに高めることが示された.
Nat Med. Nov 10, 2022(doi.org/10.1038/s41591-022-02051-3)

◆パンデミックを終息させるための行動の提言
科学的・医学的な進歩にもかかわらず,各国共通のコンセンサスや目標が欠如し,さらに政治的・社会経済的な要因によりパンデミックへの対応がうまくいかない状況が続いている.Nature誌に112の国と地域から,専門家386人からなる学際的なパネルを招集し,Delphi法を用いて,パンデミックを終息させるための行動の提言がなされた.「コミュニケーション,医療システム,ワクチン接種,予防,治療とケア,不平等」という6つの領域において,41の合意声明と57の勧告が策定された.数が多いので,個人的に重要と考えたものを紹介する.

ワクチン接種だけではパンデミックを終わらせるには不十分である(免疫回避現象,免疫力低下,アクセスの不平等,ワクチン躊躇等のため).すべての国は,ワクチン以外の予防措置,治療,場合によっては財政的インセンティブの組み合わせを含む,ワクチンプラス・アプローチを採用すべきである.

SARS-CoV-2は空気感染するウイルスであり,換気の悪い屋内での感染のリスクが最も高い.空気感染の性質を考慮し,政府は換気や空気ろ過などの構造的予防策を奨励すべきである.→ 日本において夏の感染者増加が南から起こり,冬の感染者増加は北から起こる傾向があるのは空調と窓の閉め切り(換気不足)が影響しているのだろう.

COVID-19ハイリスクの人は,他の人々の基本的な予防策(マスクの使用や陽性判明後の隔離など)にもはや期待できないため,室内の換気やろ過がより重要となる.

長期免疫原性ワクチンの開発を進めなければならない.またlong COVIDへの研究資金提供を優先すべきである.

インフォデミックと偽情報に対抗するために,政府は偽情報を監視し,偽情報のネットワークを暴露し,偽情報の発行者に責任を取らせることを検討すべきである.
Nature 611;332–345, 2022(doi.org/10.1038/s41586-022-05398-2)

◆デキサメタゾン/レムデシビル/両者の併用療法は入院患者の神経合併症を抑制する.
英国から,COVID-19急性期において,デキサメタゾン,レムデシビルまたはその併用が神経合併症に及ぼす影響を評価した研究が報告された.2020年1月から2021年6月に入院した18歳以上の入院患者を対象とした.8万9297人の入院患者のうち,6万4088人が重症COVID-19,2万5209人が非低酸素性COVID-19であった.神経合併症はそれぞれ4.8%と4.5%に認められた.重症COVID-19では,デキサメタゾン(2万1129人),レムデシビル(1428人)および併用療法(1万0846人)は,神経合併症の頻度を抑制し,オッズ比はそれぞれ0.76,0.69,0.54であった(図1).非低酸素症例では,デキサメタゾン(2580人)は神経合併症が少なく(0.78),併用(460人)も同様であった(0.63).以上より,デキサメタゾン,レムデシビル,および併用療法は,相加的に神経合併症を抑制する.つまりCOVID-19の神経合併症にステロイドと抗ウイルス薬が有効な病態が含まれていることを示唆する.
Ann Neurol. Oct 19, 2022(doi.org/10.1002/ana.26536)



◆COVID-19を合併する急性虚血性脳卒中患者における再灌流療法は頭蓋内出血の合併率が高く転帰も不良である.
COVID-19にともなう炎症,内皮障害,凝固異常は急性虚血性脳卒中患者における出血リスクを高め,血栓溶解療法や血管内治療の有効性を低下させる可能性がある.COVID-19を合併する急性虚血性脳卒中患者におけるこれらの治療の安全性と治療成績を評価した国際研究(多施設共同後方視的コホート研究)が報告された.2020年3月から2021年6月までに上記治療を受けた急性虚血性脳卒中患者1万5128例のうち,853例(5.6%)がCOVID-19と診断された.5848例(38.7%)が静脈内血栓溶解療法のみ,9280例(61.3%)が血管内治療を受けた.COVID-19患者では,症候性脳内出血(調整オッズ比[OR]1.53),症候性くも膜下出血(1.80),両者の併存(1.56),24時間死亡(2.47),3ヶ月死亡(1.88)が増加した(図2).また3ヵ月後のmodified Rankinスコアも不良であった(1.42).以上より,急性期虚血性脳卒中におけるCOVID-19罹患は頭蓋内出血の合併率が高く,治療介入後の臨床転帰も不良であることが示された.本研究はCOVID-19患者における再灌流療法の有効性について直接的な結論を出すものではないが.今後の治療や予後予測に有益と考えられる.
Neurology. 2022 Nov 9:10.1212/WNL.0000000000201537.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000201537)



◆COVID-19重症者の多くに血小板第4因子抗体を認める.
COVID-19の重症例では,血小板減少を伴う血栓傾向がみられ,剖検例では肺などに微小血栓が認められる.米国から,中等症または重症の入院患者100人,救急外来を受診した急性期患者25人,回復期患者65人を対象に血小板第4因子(PF4)-ポリアニオン複合体に対する抗体を測定した.PF4抗体は,ヘパリン投与歴の有無にかかわらず入院患者95/100人(95.0%)に検出され,平均光学濃度値は0.871 ± 0.405で対照,救急外来受診,回復期,COVID-19以外の原因による呼吸不全患者と比較して高値であった(図3).IgG,IgM,IgAすべてのレベルが上昇していた.抗体レベルは女性よりも男性で高く,また最大重症度スコアおよび血小板数の減少と相関していた.回復した患者では,抗体レベルはほぼ正常値に戻った.以上より,重症者の大多数がPF4抗体を認めており,COVID-19の多臓器合併症に関与する可能性がある.
PNAS. 119 (47) e2213361119(doi.org/10.1073/pnas.2213361119)



◆Long COVID患者では感染11月後に灰白質体積の減少を認め,認知機能障害と相関する.
スペインから,long COVID患者における脳機能および脳構造の変化を評価し,認知機能障害と関連するかを検討した研究が報告された.Long COVID患者86人と対照36人を比較した.認知機能検査と神経画像検査は感染から11カ月後に実施した.全脳機能的結合解析では,患者群にて左右の海馬傍領域間,両側の眼窩前頭皮質と小脳領域間のhypoconnectivityが認められた(図4).灰白質体積を評価するためにVoxel-based morphometryを,白質変化を分析するために拡散テンソル画像を実施したところ,大脳皮質,辺縁系,小脳領域における灰白質体積の減少,白質の軸方向および平均拡散率の変化を認めた.さらに灰白質体積の減少は,認知機能障害と有意な相関を認めた.これらの認知機能および画像変化は,非入院患者に比べ入院患者でより顕著であった.ワクチン接種の有無との関連は認めなかった.以上より感染から11カ月後も脳の構造的・機能的異常が持続し,認知機能障害と関連することが示された.
Brain, awac384, Oct 26, 2022(doi.org/10.1093/brain/awac384)



◆COVID-19罹患後の腸内細菌叢の異常が血中への細菌の移行を起こし,重篤な二次感染を引き起こす.
米国からの検討で,SARS-CoV-2ウイルス感染が,マウスの腸内細菌叢の異常を引き起こし,それが小腸上皮細胞のパネート細胞および杯細胞の変化,およびバリア透過性のマーカーと相関することを初めて明らかにした研究が報告された.2つの異なる臨床施設で,COVID-19患者96人から採取したサンプルでも,抗菌薬耐性種を含むことが知られている日和見病原性細菌属のブルームを含む,かなりの腸内細菌叢の異常が確認された.二次的な血行感染について検討した血液培養とマイクロバイオームデータの組み合わせから,細菌が腸から全身循環に移行した可能性が示された.以上より,COVID-19によるdysbiosisが重篤な二次感染を引き起こす可能性が示唆された.
Nat Commun 13, 5926 (2022)(doi.org/10.1038/s41467-022-33395-6)

◆SARS-CoV-2によるミクログリアのインフラマソームは,α-シヌクレインにより著しく活性化する.
オーストラリアから,SARS-CoV-2ウイルスがミクログリアのNLRP3インフラマソーム(炎症反応を惹起するための細胞内タンパク質複合体)の活性化を促進することを示した研究が報告された.まずヒトACE2を発現するトランスジェニックマウスにSARS-CoV-2ウイルスを感染させる実験を行い,脳内にウイルスが移行し,ミクログリアの活性化およびNLRP3インフラマソームの活性化が生じることを示した.次にSARS-CoV-2ウイルスがヒト単球由来ミクログリアに結合・侵入できることを示した.さらにスパイクタンパクは,LPSでプライミングされたミクログリアにおいて,ACE2依存的にNLRP3インフラマソームを活性化することが分かった.注目すべきは,SARS-CoV-2およびスパイクタンパク質によるミクログリアのインフラマソーム活性化は,α-シヌクレインフィブリルの存在下で著しく増強され(図5),かつNLRP3阻害によって完全に消失したことである.最後に,SARS-CoV-2感染ヒトACE2マウスにNLRP3阻害剤MCC950を感染後経口投与すると,インフラマソームの活性化は著しく抑制され,生存期間が延長した.以上の結果は,COVID-19においてパーキンソン病に似た神経合併症が生じるメカニズムを説明できる可能性がある.
Mol Psychiatry. Nov 1, 2022.(doi.org/10.1038/s41380-022-01831-0)





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若年者の繰り返す脳出血で確認すべきこと ―屍体硬膜移植に伴う脳アミロイド血管症―

2022年11月13日 | 脳血管障害
金沢市で開催された第164回日本神経学会東海北陸地方会(11月12日)において,名著「神経診察の極意」の著者であり,私が憧れるNeurologistのひとりである廣瀬源二郎先生(浅ノ川総合病院顧問,金沢医科大学名誉教授)御自らご発表された演題について議論したいと思います.臨床のみならず,社会的にも今後,注目すべき重要な問題です.

まず屍体硬膜(ヒト乾燥脳硬膜)とは,悪名高きドイツのBブラウン社による「Lyoduraライオデュラ」のことです.脳外科手術に伴う硬膜欠損部位に,プリオンで汚染された屍体硬膜を移植することで発症する医原性クロイツフェルト・ヤコプ病(CJD)の原因として有名です.ドラマにもなった小説「美丘(石田衣良著)」でも取り上げられました.そのLyoduraはプリオンのみならず,アミロイドβにも汚染されていて,それが早期発症の脳アミロイド血管症をきたすことが近年,分かってきました.

廣瀬先生が発表された症例は42歳男性で,34歳に右後頭葉の脳内出血で発症し,計7回の脳出血を繰り返しました.右後頭葉→右頭頂葉→左後頭葉→右後頭葉→左後頭葉→右前頭葉→左頭頂葉の順番でした.T2*画像でmicrobleedsを認め,脳アミロイド血管症を疑いましたが,Boston criteriaの55歳以上が合わず,原因が不明であったものの,幼少期に頭部外傷歴があり,硬膜外血腫除去に際し,硬膜一部切除と屍体硬膜移植(右頭頂葉のあたり)が行われたことが判明しました.廣瀬先生は考察として,移植部位からのアミロイドβの直接播種(propagation)とアミロイドβ血管周囲ドレナージ機構の破綻に伴う血管症を挙げておられました.

この屍体硬膜移植に伴う脳アミロイド血管症は2018~2019年にかけて濵口毅先生(金沢医科大学)らによる報告を含め複数の報告がなされました(Neurol Sci. 2019;399:3–5).最近読んだStroke誌(Stroke. 2022 Aug;53(8):e369-e374)では2名のLyodura移植の剖検例が示され,脳アミロイド血管症に加え,アルツハイマー病に特徴的な脳実質のアミロイドβ(老人斑)とタウタンパクの沈着(神経原線維変化)を認めたことが報告されています(図).発表後の質疑で確認をしたところ,提示の症例ではこれらアルツハイマー病の病理変化は認めなかったとのことでした.



ちなみに2006年の報告で,全世界で医原性CJD164例が報告され,うち100例以上が日本の症例でした.当時の厚生省が医薬品の危険に対するチェックや規制を適切に行わなかったことが,日本で症例数が圧倒的に多い原因と言われています.1973年厚生省で輸入承認されて以降,1997年に使用を禁止するまで何の措置も取らず,24年間のあいだに少なくとも30万人が移植されました.地方会ではもう1例,脳アミロイドアンギオパチー関連炎症と診断した患者にLyoduraが移植されていたことが議論されました.若年者のmicrobleeds,繰り返す脳出血,認知症では今後,屍体硬膜移植(1973~1997)の既往を確認する必要があります.

過去ブログ:なぜ「ヒト乾燥脳硬膜」による医原性ヤコブ病が日本に多いのか?


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