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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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AIによる小脳性運動失調症の正診率90.9%時代に脳神経内科医に求められるものは?

2025年03月28日 | 脊髄小脳変性症
Mov Disord誌の衝撃的な論文です.小脳性運動失調症は稀なものも含めると300種類以上の疾患を鑑別する必要がありますが,アルゼンチンのチームは,AIによる驚きの仮想アシスタントを開発しました.OMIM,Orphanet,GeneReviewsなどの情報源から151の運動失調症を選び,臨床像を抽出し,決定木アルゴリズムを構築して作成しました.性別や発症年齢,臨床所見などの質問を通じて(図1,2),回答として鑑別診断リストを提示します.有効性の検証は,文献から抽出した453の遺伝性・非遺伝性の症例を用いました.その結果,仮想アシスタントの正診率は90.9%,一方,運動異常症専門医21人は平均で18.3%,chat GPT-4は19.4%でした!(図3)GPT-4は架空の疾患名(いわゆるハルチネーション)を7件も回答しました.



なぜ運動異常症専門医の正診率がこんなに低いのか疑問でしたが,453症例には頻度の高い疾患から極めて稀な疾患まで均等に含まれているためでした.例えばSCAではタイプ1から50まですべて3例ずつ,常染色体潜性失調症(SCAR)もみな3例,そのほかAOA1/2/4,NPC,CTX,Sandhoff,Tay-Sachs,Sialidosis,Gordon Holmes,Joubert,Lafora,KSS,HSP7,FXTASのような稀ながら知っている疾患から,pontocerebellar hypoplasia type 11,ceroid lipofuscinosis type 11,C9orf72-ataxiaなどよく知らない疾患まで含まれていました.

「正解がある問題に対してはもはやAIに敵わない」と思いました.教室の若いドクターにも「みんなはこういう時代に診療することになるんだよ」と話しました.じつは最近読んだ,大変勉強になった本「人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20(山口周著;図4)」に以下の記載がありました.人間が担ってきた認知的労働がAIにより代替されることへの3つの対抗策として,
1)正解のある仕事を避ける
2)感性的・感情的な知性を高める
3)問題を提起する力を高める

が挙げられていました.

1)は正解を出す能力の価値が下がる時代に突入することをまず意識しなさいということだと思います.2)の感性的・感情的な知性を高めるとは,感情を読み取る力や共感力(empathy),心に響く伝え方といったストーリーテリングの力などの人間ならではの知性を磨きなさいということだと思います.幸いAIには他者の気持ちを察したり,場の空気を感じ取ったりすることはまだ困難です.3)は正解を出す能力が過剰に提供されると,ボトルネックとなるのはその前のステップ「課題設定のプロセス」ということです.医師として,研究者として何に取り組むのか,取り組むべき課題はなにかを考える力を磨きなさいということです.そして2)3)の力を高めるためには,医学の知識だけではダメで,教養=リベラルアーツが求められることになると思います.これからの時代の脳神経内科医は,診断はAIに任せるにしても,神経症候をきちんと正しく取ること,感情・感性を磨くこと,さらにQ取り組むべき課題を見極めることが大切なのだと思います.

Alessandro L, et al. Artificial Intelligence-Based Virtual Assistant for the Diagnostic Approach of Chronic Ataxias. Mov Disord. 2025 Mar 22.(doi.org/10.1002/mds.30168

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多系統萎縮症では毒性の高いα-シヌクレインが神経細胞の核内へ侵入し,細胞を破壊する

2025年02月15日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)の病理学的特徴は,オリゴデンドログリアにおけるグリア細胞質内封入体(glial cytoplasmic inclusion;GCI)であり,これはα-シヌクレイン(α-Syn)の蓄積です.しかしMSAの症状発現や進行に重要なのは,黒質線条体系やオリーブ橋小脳系における神経細胞死であり,MSAが単にオリゴデンドログリアにおけるα-Syn蓄積だけでは説明できないことを意味します.オーストラリアから,従来のオリゴデンドログリアを中心とする考え方を再評価する必要があると指摘する論文がBrain誌に報告されています.

論文はMSAにおける神経細胞とオリゴデンドログリアのα-Syn封入体の違いを検討しています.スーパー解像度顕微鏡とα-Syn病理を詳細に検討できるN末端α-Syn抗体を用いることで,α-Synがどのように神経細胞やオリゴデンドログリアに蓄積し,細胞にどのような影響を及ぼすのかを解析しています,この結果,MSAの病態において,オリゴデンドログリアのGCIより,神経細胞の細胞内封入体(NCI)や核内封入体(NNI)が,より重要な役割を果たしていることが明らかになりました.具体的には,神経細胞ではα-Synフィブリルが核内に侵入し,核膜の破壊(ラミンの消失)と神経細胞死を引き起こすことが示されています.

注目すべきは図1で,プロテイナーゼK(PK)処理を用いたα-Synの分解実験によって,GCIとNCI/NNIのα-Syn封入体の耐性の違いを示しています.つまり45分間のPK処理後,α-Syn抗体で免疫染色を行ったところ,GCIは約78.5%が分解されるのに対し,NCI/NNIはわずか約5%しか分解されませんでした(p < 0.0001).つまりGCI内のα-Synが可溶性であるのに対し,NCI/NNIは不溶性であることを意味します.またオリゴデンドログリアのα-Syn病理は細胞死に直結するものではないのに対し,神経細胞のα-Syn病理は細胞死に直結していました.



図2は研究のサマリーで,α-Syn封入体の成熟過程を視覚的に示しています.p25α/TPPP(茶色)はオリゴデンドログリアに特異的な微小管関連タンパク質です.オリゴデンドログリアではまずその異常な再配置が生じます.そしてα-Synが細胞質や核内に蓄積しても細胞死には至らないのに対し,神経細胞ではα-Synの核内侵入が早期に起こり,核膜の破壊,核の障害,そして細胞死へ進行することが示されています.以上より,MSAの病態の本質は,神経細胞内でのα-Synの不溶性と毒性,核内侵入による核構造の破壊であるとこの論文は推測しています.
Wiseman JA, et al. Neuronal α-synuclein toxicity is the key driver of neurodegeneration in multiple system atrophy. Brain. 2025.(doi.org/10.1093/brain/awaf030





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運動失調,感音性難聴,末梢神経障害,性腺機能低下症の鑑別診断にオススメの図

2025年01月03日 | 脊髄小脳変性症
図はNeurology誌のClinical reasoning(臨床推論)のものです.症例はインドの16歳女子で,早期発症運動失調(early-onset ataxia, EOA)です.10歳頃から不安定歩行となり,14歳で感音性難聴が出現,また無月経で,高ゴナドトロピン性性腺機能低下症と診断されました.画像検査で小脳萎縮を認め,また末梢神経障害を合併し,生検では髄鞘形成障害性神経障害が示唆されました.小脳性運動失調,感音性難聴,高ゴナドトロピン性性腺機能低下症からPerrault(ペロー)症候群が疑われ,次世代シークエンサーによるエクソーム解析にて,HSD17B4遺伝子のホモ接合性変異が確認されました.

Perrault 症候群は1951年に報告された常染色体潜性遺伝の疾患で,主症状として感音難聴と原発性無月経を呈するほか,運動失調や眼球運動障害,認知機能障害などさまざまな神経症候を認めます.原因遺伝子は複数あり,HSD17B4, HARS2, CLPP, LARS2,TWNK, ERAL1, RMND1, GGPS1, PRORP, YARS, PEX6が報告されています.

この論文で感動したのは図のサンバースト・チャートです.運動失調,感音性難聴,末梢神経障害,高ゴナドトロピン性性腺機能低下症を特徴とする疾患群が視覚的に整理されています.図の中心の運動失調からスタートし,症候,つぎに発症年齢を組み合わせて,一番外側に鑑別診断が記載されています.鑑別診断の枠のグラデーションはその色に相当する症候も認めうるという意味です.一目で代表的鑑別診断が分かるとても便利な図だと思いました.
Chadha D, et al. Clinical Reasoning: Clinical Manifestations and Diagnostic Challenges in a 16-Year-Old With Early-Onset Ataxia. Neurology. 2025 Jan 28;104(2):e210253.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000210253


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研究をする理由 ―若い研究者,医師,そして医学生にぜひ見ていただきたい動画―

2024年08月20日 | 脊髄小脳変性症
私は大学院生時代に脊髄小脳変性症のひとつ,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)の研究を行っていました.その研究が新聞報道され,そのお蔭で何人ものDRPLA患者さんやご家族からご連絡や激励をいただきました.そのなかに塩沢淳子さんと娘さんのクリちゃんがいました.いまもSNSなどでやり取りをしておりますが,その塩沢さんから「先日,ハワイの医大生に話をしました.後半ドクターも話をしていて,下畑先生のリベラルアーツのに通じるものがあると感じました.是非後半だけでも見てください」というご連絡をいただきました.

YouTube動画:Don't give up hope!希望を捨てないで!

塩沢さんと,脳神経内科医のKore Kai Liow先生(Hawaii Pacific Neuroscience)がとても大事なことを話しておられ,感動して目頭が熱くなりました.20分弱の動画で,前半はクリちゃんやご主人の病気のこと,そして後半が最新の治療研究についてになります.若い研究者,医師,そして医学生に見ていただきたいです.なぜ私たちがが研究をするのか,その理由が分かります.そして最後に驚くような奇跡も起こります.


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CANVASから考える慢性咳嗽の神経メカニズム

2024年08月17日 | 脊髄小脳変性症
CANVAS(cerebellar ataxia, neuropathy, and bilateral vestibular areflexia syndrome)に認める特徴的なひきつるような慢性咳嗽(smasmodic cough)の機序はよく分かっていませんでした.しばらく前に文献1の研究が報告され,咳の原因としてGERDや食道の蠕動障害(esophageal dysmotility)が関与している可能性が示されました.これを証明するために食道マノメトリーや24時間食道内pH確認を行っています.ただし本当にこれだけが理由かと個人的には思っていました.
文献1.Palones E, et al. J Neurol. 2024 Mar;271(3):1204-1212.(doi.org/10.1007/s00415-023-12001-9

もうひとつ興味深い総説がフランスから発表されました.図1ではまずCANVASにおける慢性咳嗽の有病率がこの10年間の論文で徐々に増加していることを示しています.おそらく慢性咳嗽が認知されてきたことが一番の要因と考えられます.



つぎに「cough hypersensitivity syndrome(CSS)」の概念を紹介しています(表1).これは通常では咳を引き起こさないような軽度の刺激に対して,過剰な咳反射が生じる状態です.CHSは原因が明らかでない慢性咳患者に見られることが多く,図2に述べる神経機構が関与していると推察されています.つまり咳嗽を来す神経過敏性は,主に後根神経節や迷走神経,延髄の孤束核・傍三叉神経核などの変性により引き起こされるというものです.

表1.Cough hypersensitivity syndromeの特徴
1)喉や胸の上部の易刺激性: 咽頭,喉頭,上気道の異常感覚
2)非咳嗽性刺激による咳の誘発(allotussia): 例として,話すこと,笑うこと
3)吸入刺激への咳感受性の増加およびトリガーの増加(hypertussia):
4)制御が難しい咳発作
5)トリガー要因:機械的刺激(歌う,話す,笑う,深呼吸),温度変化(冷たい空気),化学的刺激(エアロゾル,香り,臭い),仰向けになること,食事



1. 後根神経節
後根神経節が萎縮し,感覚神経細胞が傷害される(neuronopathy).これにより神経が過敏になり,通常では咳を引き起こさない程度の刺激でも強く反応する.
2. 迷走神経
迷走神経の障害により,喉頭や気道の粘膜に終止するC線維(化学感受性侵害受容器)やAδ線維(低閾値機械受容器)が,刺激に対して過敏に反応する.
3. 孤束核および傍三叉神経核
迷走神経からの感覚信号が処理される延髄の神経核である.迷走神経からの感覚信号入力に過敏になり,信号処理に異常をきたすことで,わずかな刺激でも強い咳反射が誘発される.

治療については,GABAアナログ(抑制性神経伝達物質)やオピオイドが効果的である可能性が記載されています.また,P2X3アンタゴニスト(感覚神経終末に存在するATPに反応する受容体で,咳反射の発動に関与する)の効果についても言及されていますが,その具体的な効果はまだ不明です.脳神経科内科医と呼吸器科医の協力が重要と書かれています.
文献2.Guilleminault L, et al. Cerebellar ataxia, neuropathy and vestibular areflexia syndrome: a neurogenic cough prototype. ERJ Open Res. 2024 Jul 29;10(4):00024-2024.(doi.org/10.1183/23120541.00024-2024

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多系統萎縮症の診断基準を満たし,免疫治療が奏効した自己免疫性小脳失調症(自己免疫性MSA imics)が存在する!

2024年08月05日 | 脊髄小脳変性症
当科の東田和博先生らが,多系統萎縮症(MSA)の診断基準を満たした自己免疫性小脳失調症(autoimmune cerebellar ataxia;ACA)の2症例を「臨床神経」誌に報告しました.症例1は72歳男性,症例2は68歳男性,両者ともに小脳性運動失調症,自律神経障害,錐体路徴候を認めましたが,症例1では自然経過で症状の改善を認めた点と脳脊髄液検査で炎症所見を認めた点,症例2では急速な進行を認めた点がMSAとして非典型的でした.既知の抗体は検索した範囲で陰性でしたが,ラットの脳切片を用いた免疫組織染色にて両者の血清中にプルキンエ細胞細胞質を標的とする自己抗体を検出しました(図).このため免疫療法を施行したところ,運動失調の改善を認めました.



以上より,MSAの診断基準を満たす治療可能なACAが存在することが示されました.とくに無治療で症状が改善した症例,変性疾患としては急速な進行を呈する症例,脳脊髄液の異常所見を認める症例,MSAには通常合併しない症候を認める症例などではACAを鑑別診断に挙げて,既知の抗体の検索,さらにはラットの脳切片を用いた免疫組織染色(tissue-based assay;TBA)で未知の抗体スクリーニングを行い,免疫療法の可能性について検討する必要があると考えられました.

東田和博,大野陽哉,加藤雅彦,竹腰顕,吉倉延亮,木村暁夫,下畑享良.多系統萎縮症の診断基準を満たし,免疫治療が奏効した自己免疫性小脳失調症の2症例.臨床神経 2024;64:589-593(doi.org/10.5692/clinicalneurol.cn-001979

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多系統萎縮症の診断はもはや簡単なものとは言えなくなった!@第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(宇都宮)

2024年07月11日 | 脊髄小脳変性症
標題の学会にて故郷の栃木県に来ております.私は大会長の村松慎一先生(自治医大学)に貴重な機会を頂戴し,教育セミナー「MSAの診断」という講演をさせていただきました.要旨は以下のとおりです.

◆MDS MSA診断基準(2022)は早期診断の実現を目指したものの,発症から3年以内の感度は不十分,かつ複数の問題があり,とくに mimicsをいかに除外するかは重要な課題であること.
◆hot cross bun signを呈するimaging mimicsとして,SCA27BやRFC1遺伝子関連スペクトラム障害,そして自己免疫性小脳失調症(Homer-3,KLHL11,Ri,GAD,amphiphysin,IgLON5抗体)など報告がこの10年で増えていること.
◆レム睡眠障害の合併もαシヌクレイノパチーとは限らないこと.
◆非典型的な経過や症候(舌ミオリズミア,眼球運動制限,線維束性収縮,有痛性筋痙攣等)を認める場合,IgLON5抗体関連疾患を鑑別診断に加えること.
◆MSAの診断基準を満たしていても,亜急性の経過,経過中の改善エピソード,CSF異常を認めるときは自己免疫性小脳失調症の可能性を疑うこと.
使用したスライドはこちらから自由にご覧いただけます.



当科からは以下の4演題も発表しています.いずれも臨床的インパクトは大きいと考えております.ぜひ議論させていただきたいと思います.
① Bergmann gliaに対するIgG陽性の小脳性運動失調症の臨床的特徴.竹腰顕ら(優秀演題.臨床部門ジュニア)

② 繰り返す食後の嘔吐とdistal esophageal spasmを呈した多系統萎縮症の1例.大野陽哉ら(eNeurol Sci. 13 April 2024に報告.

③ 正常圧水頭症と進行性核上性麻痺の併存例に対するシャント術の効果の予測因子.山原直紀ら(臨床神経2024; 64: 113-116に報告.

④イブニングビデオセッション.しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳男性.森泰子ら(投稿中) → ニューロパチーが主体でありながら中枢性と考えられる不随意運動を呈する症例.診断に驚くと思います.



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振戦が目立つ遺伝性脊髄小脳変性症はなにか?

2024年06月27日 | 脊髄小脳変性症
Tremor Other Hyperkinet Mov誌の最新号に興味深い図表が掲載されていましたのでご紹介します.標題の疑問に対するScoping review論文の表で,姿勢時(運動時)振戦,安静時振戦,頭部振戦の3項目についてヒートマップ図にしています.一目瞭然で分かりやすいです.とくに色の濃い(=出現頻度の高い)SCA12,SCA2,SCA3,SCA15/SCA16,SCA27について本文の解説を簡潔にまとめます.



①SCA12(インドに多く,本態性振戦と間違えうる)
PPP2R2Bの5’UTR領域にあるCAGリピートの伸長で,最初に発見されたのはドイツ系アメリカ人1家系.その後インド人家系が相次いで報告された.渉猟した限り日本人での報告はない.振戦はほぼ全例で認め,初発症状として高頻度に現れる.左右差あり.上肢の姿勢時振戦が最も多いが,運動時・安静時振戦もあり(コメント欄に動画).頭部振戦が多い.声帯,顎,舌,口周囲,体幹にも認める.ジストニアをよく合併し,dystonic tremorを呈する.振戦が出現したあとに運動失調が出現すること,アルコール摂取で改善することから,本態性振戦と誤診される.

②SCA2(頭部振戦が多い)
SCA2患者の49.6%に振戦が見られ,9.7%で初発症状となるという報告がある.姿勢時または運動時振戦が多く,安静時振戦は稀だが,パーキンソン病様の表現型を呈することがある.頭部,体幹(起立性),口唇,舌,軟口蓋の振戦を呈し,特に頭部が多く,35%に合併するという報告もある.パーキンソニズムを呈する症例ではレボドパに反応することがある.

③SCA3(2種類の振戦を呈し,ジストニアを伴いうる)
SCA3患者の8.3%に振戦が認められると言う報告がある.姿勢時・運動時および安静時振戦が認められる.体幹,起立時に認める.速い振戦と遅い振戦(6.5-8 Hzと3-4 Hz)の2種類が報告され,遅い振戦に対しレボドパが有効なことがある.振戦とジストニアの関連が示唆されている.クロナゼパムの有効例がある.

④SCA15/SCA16(日本人家系も報告されている)
同じITPR遺伝子変異より生じる同一の疾患と考えられる.上肢,体幹,頭部の姿勢時振戦を呈する.引用文献の2家系のうちの1家系の患者さんを診察したことがあるが,頭部振戦と起立時の振戦が目立ち,運動失調を認めるのに長距離マラソンができる患者さんで印象的であった.
Neurology. 2004;62(4):648-51.(doi.org/10.1212/01.wnl.0000110190.08412.25

⑤SCA27
FGF遺伝子変異で,SCA27Aと27Bが含まれる.SAC27AはFGF14遺伝子のヘテロ接合点突然変異,27Bは第1イントロンの深部に存在するGAAリピート伸長で,最近の報告では200リピート程度が発症の閾値となる.私達が経験することが多いのはSCA27Bで,姿勢時振戦が16%に認められるとする報告がある.

Table 1が各タイプごとの詳しい情報が書かれていますので,ご確認いただければと思います.

Mukherjee A, et al. Tremor in Spinocerebellar Ataxia: A Scoping Review. Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2024 Jun 20;14:31.(doi.org/10.5334/tohm.911)オープンアクセス

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MSA-PとMSA-Cは同じ疾患か? ―鉄沈着から眺めると両者の病態はまったく異なる―

2024年06月05日 | 脊髄小脳変性症
先月の日本神経精神薬理学会@東京にて,アミロイドβ,タウ,αシヌクレインに対する抗体療法のシンポジウムで演者を務めました.今後の展望を質問され,「病態メカニズムの全貌が解明されないかぎり,治療はうまくいかないだろう」という発言をして,治療の成功を期待する会場の雰囲気に水を差してしまいました.ただ脳虚血の治療研究にて脳の複雑さ・治療の難しさを痛感しており,抗体により単一の分子の発現を減らすだけで複雑な孤発性神経変性疾患を治療できるほど甘くはないと考えています.例えば今回ご紹介するカナダからの多系統萎縮症(MSA)についての論文を読むと,αシヌクレインは本当に病態の主役なのか,そもそも「MSAとは何なのか?」と考えさせられ,私達を混乱させます.

研究ではMSA 7例(MSA-P 4例,MSA-C 4例,C+P 1例)を対象として,鉄沈着の部位,細胞の種類,それぞれのサブタイプごとの違いについて検討し,以下の結果を見出しました.
・鉄沈着はMSA-Pでより顕著.
・鉄沈着が最も高度なのは淡蒼球,被殻,黒質.
MSA-Pでは基底核,MSA-Cでは脳幹に多く,分布が異なる.最も差を認めたのは被殻(図).
MSA-Pではミクログリアに鉄が蓄積する→鉄を含むミクログリアはフェロトーシスを誘発し,神経変性に関与する可能性がある.
MSA-Cではアストロサイトが主体か,もしくは同等 → アストロサイトは鉄毒性に対して耐性があり,フェロトーシスに対して保護的に作用する可能性がある.
・オリゴデンドロサイトの鉄沈着は黒質で最も高度.
・神経細胞の鉄沈着はは最も少ない.
・細胞外の領域に鉄が顕著に観察される → これもフェロトーシスに関与?
鉄とαシヌクレインの蓄積パターンには顕著な違いがあり,αシヌクレイン陽性神経細胞の鉄沈着も陰性である.
・αシヌクレイン陽性オリゴデンドロサイトにおける鉄沈着の頻度は,淡蒼球,被殻,黒質で10.1%,8.4%,24.3%(PSPのリン酸化タウ陽性アストロサイトと比べるとだいぶ低い)



以上より,鉄蓄積のパターンがMSA-PとCで異なり,かつαシヌクレイン蓄積と無関係に生じているため,鉄関連病態はαシヌクレイン病理の下流にあるわけではないことが示唆されます.もとともSND,OPCA,SDSという異なる疾患が,αシヌクレイン陽性GCIという共通の病理学的所見をもとに一つの疾患MSAに統合されたわけですが,鉄沈着から見てみると,MSA-PとCで,局在ばかりか蓄積する細胞も異なり,本当に同じ疾患として統合して良いのかと混乱してきます.現在,鉄をキレートする治療薬(ATH434)の臨床試験が海外で進行中ですが,今後,鉄代謝にさらに注目が集まっていくことは必然だろうと思います.
Lee S, et al. Cellular iron deposition patterns predict clinical subtypes of multiple system atrophy. Neurobiol Dis. 2024 May 16;197:106535.(doi.org/10.1016/j.nbd.2024.106535)オープン・アクセス

おまけ:フェロトーシス(ferroptosis):鉄依存性の酸化ストレスによって引き起こされるプログラムされた細胞死の一形態です.この過程では,細胞膜の脂質が過剰に酸化され,細胞が死に至ります.鉄は活性酸素種(ROS)の生成を促進し,脂質の過酸化を引き起こします.抗酸化物質であるグルタチオンの枯渇や,脂質過酸化を防ぐ酵素GPX4の機能低下がフェロトーシスを促進します.

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多系統萎縮症におけるαシヌクレイン封入体の超微細構造は多彩で,ミクログリアにも認められる

2024年05月17日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症に特徴的な病理所見として,オリゴデンドロサイトにおけるαシヌクレイン陽性glial cytoplasmic inclusion(GCI)があります.他のαシヌクレイノパチーでは主として神経細胞にαシヌクレインが認められるので大きな相違があります.またαシヌクレインはもともと神経細胞に豊富に発現しているのに対し,オリゴデンドロサイトでは発現が低く,オリゴデンドロサイトに蓄積するαシヌクレインがどこから来たものなのか,その起源についてもよく分かっていません.今回,各細胞のαシヌクレイン封入体の超微細構造を明らかにした研究がスイスからBrain誌に報告されました.

この目的のために,6人の剖検脳の被殻と黒質を光学顕微鏡と電子顕微鏡で検索し,128個のGCIを同定しました.興味深いことに,オリゴデンドロサイト,神経細胞,dark cellに「3つの異なるタイプ」のαシヌクレイン封入体が存在しました(図).以下,細胞ごとに特徴を示します.

1)オリゴデンドロサイト:GCI様フィブリル(線維)が一貫してオートファジーのオルガネラであるリソソームやペルオキシソームと共局在する.ミトコンドリア異常はなし.→ αシヌクレインの蓄積にオートファジー経路が関与することを示唆する.
2)神経細胞:神経細胞細胞質封入体(NCI)は,線維状および膜状の構造を持ち,パーキンソン病の封入体に類似する.→ MSAとパーキンソン病の類似性が示唆される.
3)dark cell:electron dense(電子密度の高い)な細胞でdark cell と呼ぶことができる.この細胞はミクログリアと考えられる.異なるタイプがあり,GCI様フィブリルまたは非GCI様超微細構造が認められる.→ 「αシヌクレイン蓄積の様々な段階」を示している可能性がある.またGCI様フィブリルが認められたことは,この細胞がMSAにおける病的αシヌクレインの発生や伝播に重要な役割を果たしている可能性を示唆する.



いずれにせよMSAではαシヌクレイン病理は,複数の細胞の複雑な相互作用によって引き起こされる可能性があります.PSPにおけるタウに関しても同様の相互作用が提唱されています(Ann Neurol. 2022 Oct;92(4):637-649).行ったことはシンプルなのですが,徹底的に観察することの大切さを教えてくれる論文だと思いました.



Böing C, et al. Distinct ultrastructural phenotypes of glial and neuronal alpha-synuclein inclusions in multiple system atrophy. Brain. 2024 May 2:awae137.(doi.org/10.1093/brain/awae137)


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