Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳梗塞に対する神経幹細胞療法

2005年10月30日 | 脳血管障害
 幹細胞研究はとてもホットな領域であり,世界的規模で研究が進められている.とくにアメリカ,カルフォルニア州の状況は興味深い.というのは2001年,ブッシュ大統領はES細胞研究規制を作ったものの,カルフォルニア州ではproposition 71 (Stem-Cell Research)という法案が州民投票で可決されたためである.つまり,ブッシュ大統領が再選されてES細胞研究へのグラント規制が全米で続くなか,カリフォルニア州では事実上グラント制限がなくなり研究者はその研究を邁進できるのである.国全体での規制を州単位でとっぱらえてしまうアメリカの仕組みは何とも不思議であるが,いずれにしてもカルフォルニアはアメリカ・世界中から幹細胞研究者が集まり,この研究の拠点になっていくものと思われる.またカルフォルニア州は巨額の研究費をどう捻出してくるのか不思議だが,州は研究が臨床応用され医療費が抑制されれば,元手は十分回収できるものと考えているようだ.
 さて,神経幹細胞の話である.ニューロンやグリアは,もともと神経管の内側の脳室帯に存在する未分化な神経幹細胞が増殖・分化することにより産生される.このようなニューロン新生(neurogenesis)は胎生期に爆発的に生じるが,生後脳においても側脳室前方上衣下層(SVZ)や海馬歯状回顆粒細胞下層(SGZ)などの特定の部位で生じている.近年,脳虚血後にこの内在性神経幹細胞が活性化され,神経細胞新生が亢進することが明らかになり,将来,脳梗塞の治療としての応用が期待されている.具体的な方法としては,①内在する神経幹細胞を,神経栄養因子などを用いて活性化させるか,もしくは②外来性に神経幹細胞を移植する方法があるだろう.
 今回,動物モデルではあるが,脳虚血後の神経幹細胞の増殖が急性期に一過性に起こるものではなく,かなり長期的に(4ヶ月間!)持続しているという研究が報告された.モデルはナイロン糸でラットの一側の総頚動脈を閉塞するsuture model(再灌流モデル).方法としては免疫染色でdoublecortin陽性細胞(doublecortinはimmature neuroblastのマーカー)数を計測し,さらにその中でブロモデオキシウリジン(BrdU)取り込み細胞(BrdUはチミジンのアナログでDNAに組み込まれる.つまり陽性細胞は生細胞)の割合を調べている.結果としては,doublecortin陽性細胞は虚血側でのみ著明に増加し,虚血後16週を経過しても細胞数は高値のまま持続した.細胞の部位はSVZの近傍が6割程度を占めていて,経時的にあまり変化はしない(時間がたつにつれSVZから虚血巣の線条体に遊走するわけではない).当初はBrdU陽性細胞が多いが,時間がたつとその割合が減少する.すなわち,分化したか,死んだかということが考えられるが,実際にNeuN(mature neuronのマーカー)陽性細胞への分化と,caspaseを介したdoublecortin陽性細胞の死が確認された(具体的にはcaspase 3 の基質であるPARPの切断断片を認識する抗体を用いた免疫染色と,caspase inhibitorの脳室投与によるBrdU陽性細胞の増加を確認している).さらにこれらの細胞の遊走にはstroma cell-derived factor1a(SDF1a)とその受容体であるCXCR4が重要であることを,抗SDF1a抗体を用いた免疫染色と,inhibitorを用いた実験から示している(具体的には総頚動脈閉塞時間を延ばすと免疫染色でのSDF1a発現が増加し,inhibitorによる遊走能抑制を示している).ラットでは脳梗塞を作った場合,しばらくたって症状がかなり回復することが知られているが,その機序として神経幹細胞による自己修復が関わっているのではないかと推測している.
 なかなか興味深い報告であり,もしヒトにおいても脳虚血後の神経幹細胞の増殖が一過性のものでなく,長期的に持続しているのであれば,そのアポトーシスを防ぎ,分化と虚血巣への遊走を促進させる(例えばCXCR4 activator)ことができれば治療につながるのかもしれない.
 でも個人的な意見を言わせてもらえば,その道のりはそうは甘くはないように思う.例えば麻痺を改善させるために運動神経を修復するには,単に神経細胞へ分化させるだけではダメで,long tract(上位運動ニューロン)を正しくつなぐ必要があるし,neurotransmitterもきちんと放出しなくてはならない.生存のためにはグリアとの相互作用が正しく構築される必要もあるかもしれない.内在性神経幹細胞では不十分で,外来性に神経幹細胞を移植するとしても,今度は脳梗塞患者に免疫抑制剤を使うことになるし(感染症のリスクの問題),腫瘍化の不安も完全にないとは言い切れない(ES細胞を使うならなおさらである).素人考えだが,幹細胞の可能性を語るのは良いとして,移植したあとどうなるのか?もしくはどうするのか?という検討がもう少し必要なのではないであろうか?
 実は,ピッツバーグ大とスタンフォード大脳外科の共同研究で,ヒト脳梗塞患者に外来性に神経幹細胞を移植しrandomized, observer-blinded trialで評価した研究が最近,報告されている(患者数は計18 名).そしてprimary outcome measureでその効果を判定すると有意な運動機能の改善は見られなかった(J Neurosurg 103:38-45, 2005).詳しくはまたの機会にするが,学問的にこの領域は面白いのはたしかだが,臨床応用できるかどうかをシビアに見極める必要がある.研究者は自分の研究が臨床にtranslationできるものであるのか,しっかり考える必要がある.個人的にはこの研究に大金を注ぎこんで大丈夫なのか,少しカルフォルニア州の財政の行く末を心配している.

Stem cell express, published on line Oct. 6 
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頸をひねってめまいが出たら Rotational vertebral artery syndrome

2005年10月28日 | その他
「頸をひねると,めまいがでる」ということは案外よく耳にする症状である.じつはrotational vertebral artery syndrome(RVAS)という病名が提唱されていて(Neurology 54; 1376-79, 2000),頚部回旋により反復性の回転性めまい,眼振,失調症状が出現するという症候群である.今回,このRVAS 4名の血管造影写真(MRA, dynamic angiography)と眼球電図が韓国より報告されている.この4名の画像は面白いことに共通していて,①一側の椎骨動脈は描出されていない(低形成,もしくは動脈硬化).②残された他方の椎骨動脈は,正面を向いていれば開存しているが,③対側を向くと(例えば右椎骨動脈のみ開存していれば,左側を向くと)C1-2レベルで圧迫され血流は途絶してしまう!(ぜひ一度ご覧あれ)
 次に眼球電図は,最初は全員,下向き眼振(正確には水平方向,ねじれの成分もあって,3名では圧迫される椎骨動脈方向,1名ではその逆).さらに頚部をひねったまま保持しているとどういうわけか数秒後には眼振の向きが反転する.この眼振の機序については①内耳迷路説と②前庭神経核説が挙げられているが推測のレベルのようだ.
 また興味深い点として,①2名では回転性めまいの数秒後に耳鳴を訴えている,②頚部回旋を繰り返していると,めまいが誘発されなくなる現象(habituation,いわゆる慣れ)が見られる.著者らは①については前庭のほうが蝸牛より虚血に対して脆弱である可能性を考え,②に対しては虚血を繰り返すことにより虚血耐性現象(preconditioning)が起きている可能性を考えている(説得力はいまひとつ?だが,この著者は動物実験での知見に詳しい).
 さてRVASの意義について考えてみる.この症候群は回転性めまい,耳鳴,失調を来たすもののその他の神経症状はなく,かつ短時間で消失する.つまりこの病態は椎骨動脈系のTIAといっても何ら矛盾はない.逆に言えば,椎骨動脈系のTIAを疑った場合,RVASが存在しないか検討する必要がある.というのはこのRVASを保存的に治療した場合(抗凝固療法,ないしネックカラーなどを用いた頚部保護療法を指す),約半数が後に脳梗塞を来たすことが報告されているためである.とりわけ症状を繰り返す若年者では圧迫除去や頚椎の固定術など外科的な治療を検討すべきであろう.もし頚部回旋により誘発される回転性めまいを訴える患者さんに遭遇したら,念のためMRAで一側の椎骨動脈が描出されていないかを確認し,もしそうであればdynamic angiographyで頚部回旋により開存椎骨動脈への圧迫が生じるかを調べる,といった順序を踏むのが良いのではないであろうか?

Neurology 65; 1287-1290, 2005 
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「1リットルの涙」 ―脊髄小脳変性症と神経内科医―

2005年10月25日 | 脊髄小脳変性症
1リットルの涙」というドラマが始まった.このドラマの原作は木藤亜也さんご本人の日記を編集したベストセラー「1リットルの涙」と,その母親の潮香さんが書いた「いのちのハードル」である.生きることを諦めず,脊髄小脳変性症(SCD)という病気と闘い続けた少女の実話であり,きっと多くの同年代の若者に少なからぬ影響を与えるのではないかと思う.またこのドラマがSCDという必ずしも世間の多くの方々がご存知でない病気や,神経内科について関心を持っていただき理解する機会になればすばらしいことだと思う.
 ただ,この亜也さんの臨床症状は通常のSCDとは異なっていて,もしかしたら一般の方々にSCDという病気に関して少し誤解が生じたり,患者さんを混乱させたりするのではないかと懸念している.実は亜也さんのように10歳代で病気を発症し,きわめて早い進行を示す患者さんはかなり稀な例である.SCDは,現在,20種類以上ものタイプに分類されている遺伝性のタイプと,遺伝性のないタイプ(孤発性)に分類されるが,いずれの場合も40歳代以降に発症することが一般的である.遺伝性に限ると10歳代で発症することはごく稀に認められるが,この場合,早期に発症すればするほど症状も重篤になり,病気の進行も早い.逆もまた然りで,発症が遅いほど病気の程度も比較的軽く,進行も遅い.つまりSCDは孤発性と遺伝性で症状や経過が異なり,遺伝性の中にも数多くの病型があり,さらに同じ病型のSCDであっても発症の時期とか病気の重症度・進行が大きく異なるのである.私が言いたいのはSCDと言ってもひとによって症状や程度,進行の具合はまったく異なるということであり,SCDの患者さんがみな亜也さんと同じような経過を取るわけではないということである.きっとSCDの患者さんやご家族のなかにもこのドラマをご覧になられる方がおられると思う.事実,私は自分の今後と重ね合わせてしまうのが怖いと言って,購入した「1リットルの涙」の本をなかなか開けないでいるSCDの患者さんにお会いしたことがある.亜也さんは不幸にも重篤な経過を取られた患者さんであるが,このドラマで今後,見ることになる症状や経過がすべての患者さんに同じように当てはまるものではないということは強調しておきたい.ご自身,ないしご家族の症状や経過については,ぜひ主治医の先生に詳しく伺って,誤解をしたり余計な心配をしたりしないですむようにしていただければよいのではないかと思う.またドラマでは原作と違って,現代が舞台となっているが,原作当時と現在では分子遺伝学の著明な進歩によりSCDに対する理解は大きく変わってきており,その辺のところも気に留めていただければよいのではないかと思う.
 さてこのドラマで私が一番関心を持っているのは主治医の水野先生である.ドラマの中ではかなりクールで冷静沈着な先生のように見える.じつは10歳代で発症するSCDの患者さんを担当するというのは神経内科を専門とする医師にとってもかなり稀なことであって,患者さんを担当した医師もおそらく困惑・狼狽する.実は私は神経内科医となって5年目に10歳代で発症したSCD患者さんを立て続けに3人担当する機会があった.いずれも遺伝性のSCDであったが,上述のように病状の進行は早く,根本的な治療がない状況にとてもつらい思いをした.その経験は当時の私にとってとても大きなインパクトとなり,その後の進路に大きな影響を与えることになった.ただ私の恩師のひとりは,「病気を治せなくても,患者さんのために神経内科医にしかできない仕事はたくさんあるんだよ」と教えてくれた.「この病気で完治した例を私は知らない」と母親に伝えた水野先生が,今後,亜也さんとどのように係わっていくのか,ぜひ注目したい.

1リットルの涙.木藤亜也.幻冬舎文庫
1リットルの涙.フジテレビ系列毎週火曜日午後9時
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EBウイルス感染後に急性小脳失調を引き起こす自己抗体の標的

2005年10月20日 | その他
 急性小脳失調の原因として,先行感染に引き続く自己抗体の産生は重要である.例えばpostvaricella ataxiaでは抗centrosome抗体,Mycoplasma pneumoniaでは抗centriole抗体,EBVでは抗神経抗体が知られているが,抗体が標的とするmolecule(小脳の構成蛋白)は不明である.今回,成人急性小脳失調(acute cerebellar ataxia; ACA)の1/3を占めると考えられているEBウイルス感染後急性小脳失調の自己抗体の標的抗原がはじめて明らかにされた(本邦からの報告).
 方法はヒト小脳組織homogenateを通常のSDS-PAGEで展開し,GQ1bなど既知の自己抗体の存在が除外されている23名のACA患者血清でimmunoblotした.この結果,23および26kDaにバンドが確認された.種々の臓器組織のhomogenateを用いてこのバンドの有無の確認を行ったが,この蛋白はubiquitousに発現しているもののとくに小脳組織homogenateで強い反応性が認められた.Subcellular fractionを用いたWestern blotでは細胞質分画にバンドが認められた(つまり標的は細胞質蛋白ということ).さらに2次元電気泳動を行ったところ,26kDのバンドは等電点pI 7-8に確認された.このpI spotを用いてN末端アミノ酸配列シークエンスを行ったところ,その11残基はtriosephosphate isomerase(TPI)のN末端に一致した.患者血清はウサギ筋肉から精製したTPIに強い反応を示し(抗体はIgMクラス),かつ吸収試験でバンドが消失したことから,抗原はTPIで間違いないと考えられた.
 患者血清の認識する抗原が同定できたためELISAシステムを確立し,患者血清を測定したところ8/23例でカットオフ値を超え,陽性と考えられた.失調を伴わないEBV感染症患者4例では3例で陽性であった.健常者やその他の疾患でも測定を行っているが,それぞれ陽性率は1/45,9/67であった(SLEでは陽性率が若干高い).また患者さんの失調の経時的変化と抗体価の推移を比較しているが,両者は同様に推移した.
 この抗体はEBV感染後に上昇することはすでに知られていたそうで,臨床的には溶血をひき起こす.In vitroの実験ではこの抗体は赤血球に結合する.不思議なのはなぜubiquitousに存在する蛋白であるにかかわらず,赤血球や小脳といった一部の臓器にのみ症状を引き起こすかである.いずれにしてもELISAで抗体価が測定できることから,確定診断および予後の推定に有用であると思われる.

Neurology 65; 1114-1116, 2005 

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ハーブ入りENERGY DRINKでクモ膜下出血!?

2005年10月17日 | その他
日本では聞きなれないがアメリカにはENERGY DRINKと呼ばれるドリンク剤がある.普通のジュースではなく,集中力を高めたり生産性を上げるのに効くと言う.今回,このENERGY DRINKを飲んで数時間後に脳幹梗塞,クモ膜下出血を来たした若年男性が報告されている.
 このひとはアメリカ在住21歳男性で,1型糖尿病と気管支喘息の既往がある.友達とハイキングに出かけ,気合を入れようと思い(?)XS ENERGY DRINK (Cranberry-Grape味) 250mL缶を初めて飲んだ.その数時間後,激しい頭痛と半身の失調に襲われた.神経学的には羞明と著明な半身の失調を認め,画像上,橋梗塞とクモ膜下出血を認めた.血管造影では中・後大脳動脈の複数領域における脳血管の収縮と拡張の所見が認められた.動脈瘤はなかった.このため血管炎や凝固異常,薬物中毒の可能性を疑い,検査を進めたがこれらを示唆する所見はなかった.
 そこで主治医はENERGY DRINKの脳血管障害への関与を疑ったわけである.Websiteによるとこのドリンクにはいろいろな原料が入っていて,とくに問題となったのは,「適応原(adaptogen)作用」をもつ物質であった(adaptogen blend;eleutherococcus senticosus, panax ginseng, panax quinquefolium, echinacea purpurea, schisandra, astragalus, reishi).「適応原」は聞きなれない言葉だがWebで調べると,中国医学で使われる言葉であって,なんでも有害な労動条件下で働いても能力が衰えない作用を持つ物質を指すようだ.さらに驚いたのはそれぞれの成分名で,eleutherococcus senticosus(シベリア人参),panax ginseng(高麗人参),panax quinquefolium(アメリカ産朝鮮人参),echinacea purpurea (ムラサキバレンギク),schisandra(朝鮮五味子),astragalus(レンゲ),reishi(霊芝)と,ちょっと耳にしたことがあるようなものばかりである.実はこのうち,シベリア人参と高麗人参,朝鮮五味子は交感神経刺激作用を持つ.さらにすべてが血管収縮作用を持つフェニルプロパノイド(phenylpropanoid)を含有している.事実,2000年,FDAは脳血管障害発症の危険があるとしてフェニルプロパノイドの使用を控えるよう勧告を行っている.もちろん,この1例を持って適応原と本例の脳血管障害の因果関係を断定することは困難ではあるし,本例が1型糖尿病といったリスクを有していたことがどう関与したかも分からない.しかし,適応原は簡単に購入できるものなので,原因不明のvasculopathyの鑑別診断の際には日本でもこういった原因も考慮に入れたほうが良いのかもしれない.

Neurology 65; 1137-1138, 2005
http://www.thebevnet.com/reviews/xsenergy/

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硬膜外自家血パッチが効かない低髄液圧性頭痛で考えるべきこと

2005年10月13日 | 頭痛や痛み
 低髄液圧性頭痛は国際頭痛学会によると3つに分類されている(① 7.2.1 硬膜穿刺後頭痛,②7.2.2 髄液瘻性頭痛,③7.2.3 特発性低髄液圧性頭痛).このうち,③の概念のもととなった特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension :SIH)は1983年に Schaltenbrand により初めて報告された症候群であり,腰椎穿刺などの外的誘因がなく頭蓋内圧の低下を来たす.主症状は起立性頭痛で,一般に起立後15分以内に起こり,横になって30分程度で改善・消失する(体位性頭痛).平均発症年齢は40歳前後と言われ,約3:1の割合で女性に多い.予後は一般的に良好だが,時には硬膜下血腫の合併が認められる(bridging veinが伸展により破綻するらしい).SIHの原因は特発性の髄液漏出であることが多く,硬膜裂孔,または脆弱なくも膜嚢胞から漏出する.軽い頭部外傷やむちうち症に続発することも多いと言われる.正確な診断はRI脳槽シンチやCT myelographyにて髄液漏出を検出すべきであるが,腰椎穿刺による低髄圧(60mm H2O未満)をもって診断がなされていることが多いのではないかと推測される.頭部MRIも診断に有用で,三大特徴として,①硬膜肥厚・硬膜の造影剤による増強効果,②小脳扁桃下垂,③硬膜下水腫(拡張静脈からの血漿成分が漏出)が挙げられる.脊髄のどの部位に髄液漏出が多いかというと,頚・胸椎移行部に多いとする報告がある(脳神経56;34-40,2004).この報告では,頚・胸椎移行部13例,脊椎全長2例,頚椎1例と報告されている.
 治療については.安静,水分摂取,カフェイン投与,グルココルチコイドなどが有効であるが,改善が認められない場合,硬膜外自家血パッチが試みられる.髄液漏出部位の近傍の硬膜外腔(一般に腰椎レベル)に自家血10~20mlを注入する方法で,血液が硬膜を圧迫し,髄液漏出が減少する結果,髄液圧の上昇をもたらす.ただし,自家血パッチでも効果の得られない症例が3割程度存在すると本邦から報告されている.無効例の中には①髄液漏出部位が複数存在する例,②髄液の産生能自体が低下している例,③血液凝固異常を呈する症例(XIII因子欠損など)④精神的要因を有する例,⑤そもそも診断自体があやしい例,が含まれていると推測される.
 今回,通常の自家血パッチが無効であった低髄液圧性頭痛の原因として,頚椎レベルの髄液漏も考慮すべきであること,さらに治療として頚椎レベルの自家血パッチが有効であるというcase seriesが報告されている(4症例).いずれの症例も腰椎レベルの自家血パッチが無効か,短期間しか効かず繰り返し施行されているが,MRIないしCT myelographyにて頚椎レベルでの髄液漏出が明らかになり,頚椎自家血パッチ(下部頚椎~頚胸髄移行部レベル)を行ったところ, 1回の施行で全例著効したという.
 すでにNeurology誌のNeuroimageの欄などで自家血パッチ後のMRI像が報告されているが,注入血液は数椎体分は硬膜外腔を移動するようである.しかし,さすがに腰椎に注入した血液が頚椎まで広がることはなく,頚椎レベルでの髄液漏出に対しては頚椎レベルの自家血パッチが必要になるというのは理に適った話である.ただし,頚椎レベルの穿刺・注入は,頚髄・神経根の損傷・圧迫,chemical meningitis,neck stiffnessなどを合併するリスクもあり,熟練した麻酔科医などとの連携の上,行う必要がある(安易に行える治療ではない).いずれにしても低髄液圧症候群は患者さん団体などの努力やマスコミ報道などでよく知られるようになったわけだが,上述のようにさまざまな病態が低髄液圧症候群のなかに含まれているのでは?という懸念が常に付きまとう.この疾患が臨床の場にきちんと受け入れられ,的確な治療が行われるようになるためには,感度に加え特異度の高い診断基準を作ることが大切ではないであろうか?

Neurology 65; 1138, 2005 

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祝.経静脈性 tPA 認可 ―tPAについてちょっと復習―

2005年10月10日 | 脳血管障害
 10月上旬に,いよいよ本邦でも急性期虚血性脳卒中に対する経静脈性 tissue plasminogen activator (tPA)が認可されるらしい.tPAは主に血管内皮細胞で合成される分泌型セリンプロテアーゼで,プラスミノゲンを限定分解しプラスミンに活性化する. プラスミンはフィブリンを分解し線溶反応を担うとともに,細胞外マトリックスの分解を介して細胞の移動・浸潤などに寄与する. tPAはフィブリンヘの親和性が高く, 他の血栓溶解剤(例えばstreptokinase)に比ベプラスミン活性化が血栓表面に選択的に行われるため, 副作用である出血が少ないとされる. それでも投与による出血合併症は避けられず,therapeutic time windowは梗塞発症後3時間以内である.すなわちtPAの投与により血流が3時間以内に回復すれば虚血性神経細胞死が抑制されるが, それ以降であれば頭蓋内出血による死亡率が増加する(N Engl J Med 340, 1781-1787, 1999).
 ところが,tPAの作用は線溶反応のみではない(この辺がtPA治療の効果を複雑にしている可能性がある).第1にtPAは神経細胞・グリア細胞でも発現し(正確には神経細胞のpresynaptic terminal,activated microgliaに存在),記憶の形成・シナプス可塑性に寄与している. つまり,tPAが神経伝達のmodulatorとして機能しているというわけで,事実, tPA遺伝子KOマウスでは正常マウスに比べて学習能力が劣っている.第2は,臨床的にも問題になりうることで,tPAはグルタミン酸による興奮毒性において関与しているらしい.当初,グルタミン酸刺激後,tPAがグリア細胞あるいは神経細胞から分泌され,プラスミンの活性化を介して細胞外マトリックス蛋白質laminin分解を引き起こすことが報告され(Nature 377, 340-344, 1995; Cell 91, 917-925, 1997),lamininが神経細胞の生存に必須なことから,神経細胞死が生じる可能性が示唆された.事実,前述のKOマウスは興奮性毒性に抵抗性を示す.さらに昨年になって,ヒト血管内皮細胞やマウス神経細胞を用いた実験で,tPAは虚血下においてcaspase 8→caspase 3という経路を誘導し,アポトーシスを引き起こすことが報告された(Nat Med 10; 1379-1383, 2004).この研究では,セリンプロテアーゼであり,抗凝固作用・抗炎症作用を持ち,抗敗血症薬としてもFDA認可されているactivated protein C(APC)がtPAの神経毒性を抑制することも示している.すなわち,この研究はtPA自体が持つ神経毒性の機序の一部を明らかにし,さらにAPCがその毒性を抑制し,therapeutic time windowの延長や出血合併症の抑制に有効である薬剤となる可能性を指摘したわけである.
 ではこの報告を読んでtPAの使用自体を躊躇すべきかというとそんな必要はなく,適切な症例に対するtPA使用は血栓を溶解し,症状を劇的に改善することは明らかとなっている(Level 1 evidence).ところが動物モデルとなると,再開通したとしてもreperfusion injury(酸化ストレス)やtPA毒性の影響で神経細胞死が引き起こされるということになる.この辺がヒトでの閉塞血管再開通後にも起こって,予後に影響を及ぼしているのかどうかがどうも良く分からない(動物モデルの解釈の難しさ!).これらの影響がヒト脳梗塞でも大きいようであれば,tPAと,抗酸化剤・APCの併用などでさらに治療効果が上がるのかもしれないが・・・

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西ナイル熱髄膜脳炎のMRI所見

2005年10月07日 | 感染症
厚労省は米国(ロサンゼルスに1週間ほど滞在)から帰国した川崎市に住む男性が,西ナイル熱を発症したと発表した.幸い,症状は軽く,すでに回復しているそうだ.国内で患者が確認されたのは初めてであるが,西ナイル熱ウイルス(WNV)は人から人には伝播せず,人から蚊を介しての感染もないと言われており,厚労省は「この男性から感染が広がる恐れはない」としている.
西ナイル熱はアメリカでは今年,1804人が感染し,うち52人が死亡しているそうだ.このうち約3分の1がカリフォルニア州に集中している(現在,カリフォルニア州に滞在しているので怖い話だが,幸いなことに滅多に蚊を見かけない).
 西ナイル熱感染症は潜伏期間3-15日.WNVの混入血液を輸血されたひとが,輸血2日後に発病した症例も報告されている.臨床的には不顕性感染で終わる例が多いが,発症すると,急激な発熱を呈し,さらに頭痛・めまい・猩紅熱様発疹・リンパ節腫大などを呈する.第3~7日で解熱し,短期間で回復するが,問題となるのは。髄膜脳炎を合併するタイプである(高齢者に生じやすい).検査所見は,通常のウイルス性髄膜脳炎と同じ.診断は急性期血清からウイルスを直接分離するか,RT-PCR法でウイルスRNAを検出する.特異的IgM抗体の検出も有用である.
 さてWNV髄膜脳炎のMRI所見がCleveland clinicから報告されている.対象はWNV脳炎または脊髄炎と診断された患者(髄液特異的IgMないし剖検にて診断)で,23名中17名でMRIが施行された(retrospective study).うち脳炎を呈したのは16名で,11/16名で異常所見を認めた.8名は深部灰白質(基底核,視床,側頭葉内側;視床は両側性のケースもあり)ないし脳幹(橋被蓋,上小脳脚)の異常信号,2名ではこれに加え白質病変を認めた(白質脳症的びまん性病変も生じうる).脊髄MRIで異常を認めた3名はいずれも顕著な弛緩性麻痺を呈していた.病変は脊髄灰白質とくに前角に目立ち,造影効果は脊髄円錐ないし馬尾に認められた.
 以上の結果はWNV髄膜脳炎ではMRI異常を呈する頻度は少なくないが,とくに特異的な所見を呈するわけではないことを示唆している.現実的にはアメリカ滞在歴があり,かつ蚊に刺されたあと1週間程度の潜伏期を経た後,発熱にて発症した患者で,大脳深部灰白質,側頭葉内側,脳幹に異常信号を認めた場合には,WNV髄膜脳炎を鑑別診断に加えるということになるのではないか.

AJNR 26; 1986-1995, 2005

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両側性に生じる脳神経麻痺で頻度の多いものは?

2005年10月04日 | その他
 ユニークな臨床研究が報告されている.著者は南カルフォルニア大学の先生で,彼の34年間に渡る臨床経験の中で,ひとつの脳神経が両側性に侵される場合の原因と部位についてまとめている.患者数は578名(!)で,計算すると年平均17名ということになる.その内訳を大まかに見ると,両側性に麻痺が起こりうる脳神経は,外転神経(234名),視神経 (211名)が圧倒的に多く,これに続いて滑車神経 (48名),顔面神経(30名),動眼神経(27名),聴神経(18名)の順であった.原因としては,外傷 (99名),感染症 (94名),腫瘍(92名),頭蓋内圧亢進症 (85名),血管障害 (74名),脱髄(66名)が多かった.逆に両側性に麻痺が生じにくいのは,副神経(0名),三叉神経(1名),舌下神経(4名),迷走神経(5名)であった(嗅神経と舌咽神経は除外し,原因疾患として筋無力症と運動ニューロン疾患も除外してある).
さらに原因を細かく見ていくと,視神経麻痺は,脱髄=頭蓋内圧亢進>腫瘍の順に生じる.動眼神経麻痺では大半が血管障害.滑車神経は外傷>感染症.外転神経はさまざまで,外傷=血管障害>感染=腫瘍>頭蓋内圧亢進の順.顔面神経は自然治癒(ベル麻痺)が大半.聴神経は遺伝性が多い.
個人的にはこういうお金がかからず,そしてみんなの役に立ちそうな臨床研究が好きだ.ためしに著者がどんな先生なのか調べてみたら,南カルフォルニア大学の教授でいらっしゃって,研究テーマにはobservational research,すなわち視力,眼球運動,脳幹障害を呈した多くの患者さんを研究し,病変の部位や新しい所見について正確な臨床的記述をすることがテーマだそうだ.彼の所属するneuro-ophthalmology serviceから過去20年間に100以上の臨床所見に関する論文がpublishされたとも記載してある.そのホームページにはレジデント募集とも書かれていたが,こういう先生のもとで勉強してみたいものである.

Neurology 65; 950-952, 2005
http://www.usc.edu/schools/medicine/util/directories/faculty/profile.php?PersonIs_ID=569

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シャルコー・マリー・トゥース病の患者さんのQOL

2005年10月02日 | 末梢神経疾患
今回,イタリアからシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)患者さん121名に対して行われたSF-36を用いたQOL調査の結果が報告されている.SF-36は健康関連QOL(HRQOL: Health Related Quality of Life)を測定する尺度のひとつで,疾患特異的な尺度ではなく,包括的尺度に分類される.利点としては,疾病の異なる患者さん間のQOLの比較が可能であり,かつ一般に健康と言われる人のHRQOLと比較することもできる.
研究の対象は2001年から2003年までの約3年間において,Dyckによる診断基準を満たした121名で,80名(66.1%)は脱髄型,41名は軸索型であった(正中神経のMCV 38m/sで区別).80名で遺伝子診断を行い,53名で原因遺伝子が判明(CMT1A; 42名,CMT1B; 4名,HNPP; 4名,CMT1X; 3名),原因遺伝子が明らかにならなかったケースの大半は軸索型であった.
QOL評価の信頼性の検討は「内部一貫性(内的整合性)」internal consistencyを用いて評価した.例えばQOL調査票で,ある項目の下位尺度に属する質問項目が複数あるとして,一つの項目で「問題なし」と答えた人では残りの項目でも「問題なし」であることが望ましく,さらに問題がある人ではすべての項目で「問題あり」となることが望ましい.こうした一貫性を信頼性の一つとみなし,クロンバッハのアルファ係数(Cronbach's coefficient alpha)として数値化する.本研究ではこの係数が常に高く(0.70以上),研究の信頼性は高いと判断している.
さて問題の結果であるが,CMTの患者さんはSF-36の8つの下位尺度(身体機能,日常役割機能,体の痛み,全体的健康感,活力,社会生活機能,日常役割機能,心の健康)のいずれの項目も,既報のイタリアの健康な人と比較して低いことが分かった.さらに以下のことも判明した.①働いていない患者は働いている患者よりスコアが低い,②女性は男性よりスコアが低い,③高齢者ほどスコアが低い,④脱髄型と軸索型では差がない,⑤整形外科的手術の有無で差はない,⑥罹病期間とmental function(SF-36のmental componentを用いて評価;mental summary measure)に相関はない.
働いているか否かがQOLに影響を与えることは想像に難くはない.女性でQOLスコアが低い原因は,性差による病気の症状の違いということではなく,男女間で家庭,仕事の面で違いがある可能性を著者らは考えている.脱髄型と軸索型で違いがなかったのは,それぞれの病型でも表現型や症状の程度はさまざまで均一ではない可能性が考えられる.また著者らは身体能力(走ること,歩行,握力),感覚障害,うつ,疲労といった因子がQOLに及ぼす影響は検討しておらず,今後の課題だとしている.
このようなQOL評価は,患者さんのQOLにどのような因子が影響を与えているかを明らかにし,そのQOLの向上に役立つのみではなく,治療効果を患者側から判断するということにも役に立つ.とくにCMTではアスコルビン酸,プロゲステロン・アンタゴニスト,神経栄養因子NT3といった治療薬の候補がいくつかあり,このような観点から治療効果を見ていくことは非常に大切であると考えられた.

Neurology 65; 922-924, 2005

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