Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病に対する抗体療法の課題と将来の展望 ―3つの疑問―

2024年07月22日 | 認知症
第14回日本脳血管・認知症学会総会は歴代2番目という多くの皆様にご参加いただき,大変有意義な議論をさせていただきました.ご参加いただきました皆様に感謝申し上げます.
さて私は標題の大会長講演をさせていただきました.このなかで抗体療法を行うかどうか患者さんと「協働意思決定」する場合生じる3つの疑問について深く考えてみました.

1)病態抑止とはそもそも何なのか?(従来の薬剤と何が異なると説明すればよいのか?従来の薬剤と比較してみよう)
2)2つの副作用(ARIAと脳萎縮)をどのように考えたらよいのか?(ARIAの本態は何なのか?アミロイドβは本当に単なる悪玉か?)
3)診療に必要なApoE遺伝子検査をどうすればよいか?(保険収載を求めなくてよいのか?遺伝子診断の結果を開示するか否か?)

以下よりスライドをご覧いただけます.抗体薬の協働意思決定は勉強すればするほど難しいです.医療者のみならず,倫理学や遺伝学,法律や経済の専門家,患者さん・家族など,さまざまなステークホルダーが加わって議論する必要があると思います.

スライドはこちらからご覧いただけます.









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アルツハイマー病に対する抗体薬使用に関する協働意思決定

2024年07月18日 | 認知症
協働意思決定(shared decision making:SDM)とは,患者さんと医師が協力して医療に関する意思を決定することです.図にようにパターナリズムとも,インフォームドコンセントとも異なる,現代のスタンダードです.先日,認知症診療のエキスパートの先生がたと「アミロイドβ抗体薬の使用に関するSDM」について議論しました.以下,自分なりに勉強したり考えたりしたことをまとめました.このSDMはかなり難しいと言うのが本音です.週末に岐阜で開催される「第14回脳血管・認知症学会総会」の大会長講演で,その一部をさらに深く考えて議論するつもりです.


図.リハビリスクエアより引用

1)アミロイドβ抗体薬に関するSDMの難しさ
◆SDMを大きく左右するのが「医師の説明」である.抗体薬の効果をどう説明するかはそれぞれの医師の解釈にかかっている.しかし抗体薬の効果に対する解釈は実はさまざまである.
◆「医師の説明」において不可欠である情報は,①抗体薬(=病態抑止薬)とドネペジルなどの既存薬の違い,②2つの抗体薬(レカネマブ,ドナネマブ)の違い,が挙げられる.しかしこれらの説明は簡単ではなく,とくに前者の「病態抑止」をいかに定義するかは難しい問題である(→大会長講演で議論します).
◆SDMのももう一つの柱は「患者さん・家族の価値観」である.つまり医師は,患者さん・家族が大切にしているもの(=価値観)を引き出し,理解するスキルが求められる(=patient-centered communication skill).それは人生の終末期をどのように生きたいかという人生哲学的な問題を引き出すことである.しかし必ずしも誰もがその答えを持っているとは限らないため悩むことになる.
◆アミロイドβ抗体薬に対する「患者さん・家族の価値観」は一致しないことが少なからずあるため,話し合いを通して確認し,患者さん・家族が合意する必要がある.受診したきっかけ,つまり患者さん本人が望んだものか,それとも家族が望んだものかは理解の参考になる.

2)ApoE遺伝子診断の難しさ(→大会長講演で議論します)
◆ApoE遺伝子診断は,その結果によって副作用(ARIA)のリスクが大きく変わるため,SDMにおいて患者さんが治療を決断する重要な情報となる.医師にとっても治療開始後の副作用の備えるために重要な情報である.つまり治療開始前に行わねばSDMの役に立たずに意味が半減する.
◆現状ではApoE遺伝子診断の保険診療は認められておらず,また適正使用ガイドラインにも記載されていないという大きな問題がある.このため患者さんの同意をとったうえで研究として遺伝子検査を行うことになるが,その際,結果の開示に関して「結果を開示しない」もしくは「希望があれば開示する」という2つの対応が生じうる.
◆「結果を開示しない」方針としても,ε4ホモ接合であればその後のMRIフォローアップを厳重に行ったり,治療薬(血栓溶解薬や抗凝固薬)の制限に関する説明をすることで,結局伝わっってしまう可能性がある.
◆遺伝子診断の意義の説明をする際に,そのメリットとデメリット(遺伝的,経済的,社会的デメリット)をどのように伝えるか,また両者をどのように評価して治療の決定につなげるかは実はかなり難しいスキルが求められる.

3)治療導入とその後の難しさ
◆治療導入に関する患者さんの意思の確認は一度ではなく,複数回行うべきである.なぜなら治療の医師は,抗体薬に関する新たな情報を入手したり,理解したりすることで変化しうるためである.よって治療の意思は変更しても良いことを事前に伝えたほうが良い.
◆アルツハイマー病を疑い,PETや脳脊髄検査を行ったものの,アミロイド陰性が判明し,治療導入に至らなかった患者さんに対する支援やサポートは重要かつ難易度が高く,まさに医師としての力量が問われる(MCIや軽度認知症レベルにおけるADの診断はそう容易ではなく,アミロイド陰性例も少なくはない可能性がある).
◆遺伝子診断を行ったものの,ε4ホモ接合で治療導入に至らなかった患者さんに対する支援やサポートは重要かつ難易度が高く,まさに医師としての力量が問われる.
◆抗体薬の開始後,認知症症状は進行してしまうが,症状の進行を自覚して落胆し,治療からdrop outすることがないよう,治療効果を「見える化」する工夫が必要である.

終わりに
アミロイドβ抗体薬をめぐるSDMは勉強すればするほど難しいと思います.また医療者のみならず,倫理学や遺伝学の専門家,法律や経済の専門家,患者さん・家族など,さまざまな専門家やステークホルダーが加わって議論する必要性を感じます.

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脳神経疾患の罹患後に筋肉が衰える驚きの理由!

2024年07月16日 | 感染症
医療者であれば脳神経疾患罹患後に筋力が低下することに異議を唱える人は少ないように思います.これは長期臥床による廃用萎縮(筋肉を動かさないことによる萎縮)と説明されてきました.ワシントン大学からScience Immunol誌に報告された論文を読むと,意外なことに単なる廃用ではなく,「脳内で起きた炎症シグナルが筋肉に伝わってミトコンドリア障害をきたす」という驚くべきことが生じていることが分かります.

結論が図にまとまっているのでこれを用いて解説したいと思います.論文によると感染症(細菌感染,COVID-19)や神経変性疾患(アルツハイマー病)のあとに筋障害が生じる経路は2つあり,①神経変性を介する筋障害経路,②炎症シグナルを介する筋障害経路になります.



①神経変性を介した筋障害経路(図1左)
病原体の脳内侵入→Toll受容体とPGRP(ペプチドグリカン)受容体の活性化→転写因子Dorsal およびRel の核移行→抗菌ペプチド(AMPs)の生成→神経細胞の炎症とこれに伴う神経変性→神経系の機能低下→結果的に筋機能障害の発生

②炎症性シグナルを介した筋機能障害(図1右)
感染または慢性神経疾患→活性酸素種(ROS)の脳内での生成・蓄積→炎症性シグナル伝達(JNK経路の活性化.FosとJunを介してUpd3*(哺乳類ではIL-6)の発現を誘導→Upd3/IL-6の血液循環への放出と筋への到達→IL6受容体の活性化とJAK/STAT経路の活性化→リン酸化STATの核移行→ミトコンドリア機能障害(ATP産生↓)→筋障害
* Upd3(Unpaired 3):ショウジョウバエにおけるマウスIL6のオルソログ

図2はミトコンドリア膜電位を評価するためのTMRE染色(tetramethyl rhodamine ethyl ester)染色

つまりbrain-muscle axisというシグナル経路が存在すること(脳-筋連関)をショウジョウバエ・モデルとマウス・モデルで確認し,さらにヒトにおいてもCOVD-19後遺症である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)やアルツハイマー病(Aβ42)をモデルに確認を行っています(COVID-19後のサイトカインストームにおいてIL-6は,IL1βやTNFαなどとともに重要なサイトカインです).もしこれが正しければIL6に対するモノクローナル抗体や,JAL阻害剤が脳神経疾患後の筋障害に有効ということになります.もちろん高額な薬剤を多くの脳神経疾患に予防的に使用することはハードルが高いですが,まずトシリズマブ(IL6抗体薬)などの治療を受けた患者さんの筋障害がどうであったのかなど臨床におけるデータの検証が必要になるものと思います.
Yang S, et al. Infection and chronic disease activate a systemic brain-muscle signaling axis. Sci Immunol. 2024 Jul 12;9(97):eadm7908.(doi.org/10.1126/sciimmunol.adm7908

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MDSJ 2024 イブニングビデオセッション13症例

2024年07月14日 | 運動異常症
第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(大会長 村松慎一先生)のイブニングビデオセッションにて,当科森泰子先生が「しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳男性」の発表をしました.手袋靴下型のしびれ感,四肢筋力低下とともに認知機能障害,四肢の顕著なミオクローヌス(陽性+陰性?),偽アテトーゼを呈しました.前医で行ったIVIG,IVMPとも無効.脊髄MRIで神経根の肥大.脳脊髄液タンパク著明高値.以上よりノドパチーを疑い,血清Caspr1抗体陽性が判明.中枢神経症状にもこの抗体が関与した可能性を疑い,脳脊髄液中を検索したところやはり抗体陽性(Caspr1は中枢神経にも存在します).ラット脳を用いた免疫染色でも陽性.リツキシマブによる治療を行ったところいずれの症状もほぼ消失・・・ということでCaspr1抗体が自己免疫性脳炎を来しうる可能性を初めて示した症例報告でした(投稿中).

以下,その他の12例のメモになります.とても勉強になりました.
1.頭痛とともに四肢の不随意運動を繰り返す20歳代女性
拍動性頭痛時に出現する上下肢の安静時・姿勢時の不規則なミオクローヌス.
診断:孤発性の片麻痺性片頭痛:遺伝子解析は未施行(片麻痺なし,かつ不随意運動も上肢と下肢で左右が同側でない点はatipicalか.機能性ミオクローヌスも鑑別に上がりそう?)

2.下肢不随意運動を認めたアレキサンダー病(59歳男性)
脳幹から脊髄のtadpole appearanceを示す遺伝子診断で確定したアレキサンダー病の両下肢の不随意運動を何と表現するか?
症候:周期性四肢運動障害が覚醒時に出現したものという意見もあったが,一定間隔をおいて出現する三重屈曲現象様であり,脊髄自動反射(spinal automatism)ではないかということになった.

3.音楽ゲームプレイ中に不随意運動が出現した20歳代男性
左右の手指をつかって非常に早くタップする,いわゆる「音ゲー」を長期間行ってきたところ,左手指がうまく使えなくなった.
診断:音楽ゲームに伴うfocal task-specific dystonia

4.高齢発症で四肢舞踏運動を呈した白質脳症の1例(74歳女性)
全身性の舞踏運動で,左下肢にやや目立つ.MRIでは大脳白質のびまん性信号異常.脳脊髄液オリゴクローナルバンド陽性.
診断:AQP4抗体陽性NMOSD(近年,AQP4抗体陽性例でびまん性白質病変を呈した症例報告はあるが,症候が非典型的なので,他の抗神経抗体が存在する(double positive)可能性も検討すべき.抗体としては自己免疫性舞踏病を来す抗体としてはNMDAR,CV2/CRMP5,LGI1,IgLON5などがあるとコメントさせていただいた.


5.パーキンソニズムで発症し,下肢の痙性と認知機能障害を呈した39歳男性
常染色体潜性遺伝性の早発型パーキンソニズム.姿勢保持障害,下肢痙性,認知機能低下,L-DOPA反応性あり.
診断:PARK7(DJ-1遺伝子変異)

6.薬剤性口舌ジスキネジアの1例(50歳代男性)
口舌ジスキネジア,spasmodic dysphoani.スルピリド,リスペリドンにより増悪.薬剤性が疑われたが,家族内類症あり.L-DOPA反応性あり.
診断:DYT5(瀬川病)

7.歩けるけど走れない13歳女子
3歳から歩けるけど走れなかった.走ると膝が曲がらなくなりスピードが出ない.開閉剛を繰り返すとだんだん困難になる.症候の評価は意見が分かれた(muscle stiffness?dystonia?neuromyotonia?)針筋電図正常.
診断:Brody病(ATP2A1遺伝子複合ヘテロ).運動誘発性の筋硬直を特徴とする常染色体劣性ミオパチーとのこと.きわめて稀な疾患で本邦初の報告.

8.しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳代男性
診断:中枢神経症状を伴うCaspr1抗体関連ノドパチー

9.2相性の顎開口ジストニアに対しホスレボドパ/ホスカルビドパ持続皮下注射療法が奏効したパーキンソン病男性
症候:CSCIに伴うdiphasic dystoniaとして,jaw-opening dystoniaが出現した症例.

10.感染性腸炎に対して意識障害と刺激誘発性の姿勢異常を呈した54歳男性
ベトナム渡航後の感染性腸炎後の構音障害,意識障害,心肺停止.経過中に吸引で手足を引っ込めるような運動異常を認めた.症候からPERMや脳皮質硬直などが議論されたが,診断はGM1+,GD1a+でBickerstaff脳幹脳炎とのこと.

11.踊るような激しい四肢の不随意運動を呈した42歳男性
上肢ジストニア,下肢バリズム様の不随意運動.MRIのは正常,しかしDAT取り込み低下.
診断:dancing-feet dyskinesiaを伴ったGBA遺伝子変異を伴うパーキンソン病(dancing-feet dyskinesiaという既報があるとのこと)

12.原因不明の進行性不随意運動を呈する男性例(48歳)
体幹ミオクローヌス.歩行時に左手を前方に伸ばし手指に不随意運動が出現する.頸部にも不随意運動.症候はexercise-induced dystoniaで,診断については遺伝性ジストニアやハンチントン病などが議論されたがまだ診断不明とのこと.車椅子は非常にうまく操れる(車椅子サインはFNDでもよく見られるが・・・)
診断:未確定

13.両下肢の筋力低下と振戦が目立った50歳女性例
亜急性に進行する安静時振戦,起立時の振戦,下肢の筋力低下.腱反射やや亢進.
診断:Basedow病に伴うthyrotoxic myopathy.



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多系統萎縮症の診断はもはや簡単なものとは言えなくなった!@第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(宇都宮)

2024年07月11日 | 脊髄小脳変性症
標題の学会にて故郷の栃木県に来ております.私は大会長の村松慎一先生(自治医大学)に貴重な機会を頂戴し,教育セミナー「MSAの診断」という講演をさせていただきました.要旨は以下のとおりです.

◆MDS MSA診断基準(2022)は早期診断の実現を目指したものの,発症から3年以内の感度は不十分,かつ複数の問題があり,とくに mimicsをいかに除外するかは重要な課題であること.
◆hot cross bun signを呈するimaging mimicsとして,SCA27BやRFC1遺伝子関連スペクトラム障害,そして自己免疫性小脳失調症(Homer-3,KLHL11,Ri,GAD,amphiphysin,IgLON5抗体)など報告がこの10年で増えていること.
◆レム睡眠障害の合併もαシヌクレイノパチーとは限らないこと.
◆非典型的な経過や症候(舌ミオリズミア,眼球運動制限,線維束性収縮,有痛性筋痙攣等)を認める場合,IgLON5抗体関連疾患を鑑別診断に加えること.
◆MSAの診断基準を満たしていても,亜急性の経過,経過中の改善エピソード,CSF異常を認めるときは自己免疫性小脳失調症の可能性を疑うこと.
使用したスライドはこちらから自由にご覧いただけます.



当科からは以下の4演題も発表しています.いずれも臨床的インパクトは大きいと考えております.ぜひ議論させていただきたいと思います.
① Bergmann gliaに対するIgG陽性の小脳性運動失調症の臨床的特徴.竹腰顕ら(優秀演題.臨床部門ジュニア)

② 繰り返す食後の嘔吐とdistal esophageal spasmを呈した多系統萎縮症の1例.大野陽哉ら(eNeurol Sci. 13 April 2024に報告.

③ 正常圧水頭症と進行性核上性麻痺の併存例に対するシャント術の効果の予測因子.山原直紀ら(臨床神経2024; 64: 113-116に報告.

④イブニングビデオセッション.しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳男性.森泰子ら(投稿中) → ニューロパチーが主体でありながら中枢性と考えられる不随意運動を呈する症例.診断に驚くと思います.



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大きな進歩!片頭痛における前兆から頭痛発作までのメカニズムが解明された.

2024年07月09日 | 頭痛や痛み
片頭痛患者は,頭痛発作に先立ち,皮質拡延性抑制(CSD)と呼ばれる病的脱分極に伴う一過性の前兆(aura)を経験します.症状としては一過性の視覚障害や感覚障害です.このCSDは片頭痛の引き金になると考えられてきましたが,そのメカニズムは不明でした.コペンハーゲン大学のKaag Rasmussen先生らは,最新号のScience誌に,げっ歯類片頭痛モデルを用いて,CSDが脳脊髄液のプロテオームの変化を引き起こし,頭痛に関わるタンパク質の発現を増加させること,そしてそのタンパク質が三叉神経の痛覚受容体(侵害受容体)に結合して活性化させ,片頭痛発作を誘発することを初めて明らかにしました.

つまり三叉神経節は血液脳関門の「外側」に存在するため脳脊髄液に直接さらされることはないと考えられてきたのですが,それは間違いで,三叉神経節の根元ではバリアが欠落しているため,脳脊髄液中の物質が侵入して頭痛を引き起こすということです.言い換えると,脳脊髄液が三叉神経節に流入し,中枢(脳)と末梢(三叉神経)間の非シナプス性シグナル伝達が生じることを示したことになります.古典的な経路と今回示された経路については下図で説明しました.



また片頭痛が一般に片側性である理由も解明されました.三叉神経を活性化するタンパク質は頭蓋内全体に運ばれるのではなく,主に同じ側の三叉神経に運ばれるためです.そして睡眠と片頭痛の関連がよく知られていますが,睡眠がglymphatic systemを介して,片頭痛に関連するタンパク質のクモ膜下腔からの排出と,三叉神経節間質コンパートメントからの排出の両方に影響しているためと推測されました(論文に対するperspective欄参照).

もう少し具体的に論文のデータを見てみると,マウスのCSD後,脳脊髄液に認められるプロテオームの11%(155/1425種類)に変化が生じ,そのなかには三叉神経節の受容体28種類に対応する12種類のリガンドの発現が増加していました.またCSDを来したマウスの脳脊髄液内のたんぱく質群は,ナイーブマウスの三叉神経を活性化し,その活性化作用の一部は,三叉神経C線維末端から,片頭痛の治療標的であCGRPの放出を促進し,硬膜上とクモ膜下腔内の血管に作用して血管拡張させるため頭痛がおこることになります(注:最初アップした文章に誤りがあり訂正しています).

今後の展望として,前兆と頭痛をつなぐシグナルが同定されたことで,片頭痛の予防と治療に新たな道が開けるかもしれません.具体的には,CSD後の脳脊髄液で発現が2倍以上に上昇したリガンド(例;SPP1, EFNB3, CNTN2, EFEMP1, S100A8, S100A9)を標的にした治療薬の開発が試みられるものと思われます.これを契機に片頭痛研究が進展する間違いないだろうと思います.

Kaag Rasmussen M, et al. Trigeminal ganglion neurons are directly activated by influx of 脳脊髄液 solutes in a migraine model. Science. 2024 Jul 5;385(6704):80-86.(doi.org/10.1126/science.adl0544

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上肢の機能性運動異常症に対する理学療法(注意をそらす技術とフィードバックを活かす)

2024年07月08日 | 機能性神経障害
機能性神経障害のひとつ,機能性運動異常症の治療法は難しく,情報も限られています.認知行動療法を試みても症状が改善しない場合,次の一手はリハビリになります.Tremor Other Hyperkinet Mov誌に,外来リハビリが有効であった2症例のケースレポートが出ていて「こうやって治療するのか!!」ととても参考になりましたのでご紹介します.

症例1: ジャグリング(お手玉)を使う
21歳女性.19歳から眼瞼開閉障害と口周囲けいれんに悩まされていた.治療としてジャグリングを導入した.これは症状から注意をそらす効果がある.まず1つのボールから始め,慣れてきたら2つ,3つと増やしていった.その効果を鏡で直接,確認してもらったり,ビデオで撮影して後で再生してもらったり,自分で認識しながら,症状を制御することを促した.3週間後,症状は消失し,仕事に復帰した.1年以上.再発はない.→ジャグリングのような注意をそらす技術とフィードバックを組み合わせることが有用である.



症例2: 触覚と聴覚をうまく使う
58歳女性.左手の振戦,疲労,痛みで6年間悩んでいた.治療として質感(テクスチャー)による感覚刺激とリズム運動課題を行った.異なる質感の物体,例えば,砂,布,プラスチックなどに触れることで感覚入力が増え,振戦への意識をそらした.また手拍子や足踏みなど,リズムに合わせた動きを取り入れることで,手の動きがしやすくなるだけでなく,症状からも注意をそらすことができた.ビデオフィードバックを用いて症状の回復を視覚化した.治療の結果,改善し,仕事に復帰した.

つまり機能性運動異常症の治療は以下の3本柱からなります.
1. 心理教育: 患者が自身の病状を理解し受け入れることを促進する(=認知行動療法).
2. 注意訓練: 患者の注意を症状からそらし,症状の軽減を図る.
3. 自己効力感: 患者の主体性を高め,個々の興味を取り入れることで治療の効果を高める.


今回の論文は,このうちの2と3に関わるわけです.従来の理学療法とは異なり,機能不全や影響を受けた肢体に焦点を当てず,自動的な内在的な動きを重視し,病的な動きを減少させることを目指すということになります.大変勉強になりました.
Degen-Plöger C, et al. Individualized Physiotherapy of Upper Body Functional Movement Disorder - Two Illustrative Cases. Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2024 Jun 28;14:29.(doi.org/10.5334/tohm.895)フリーアクセス

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症状がないアルツハイマー病の存在を認めるべきか? ―2024年改訂診断基準をめぐる全面対決―

2024年07月03日 | 認知症
2024年4月,アルツハイマー病(AD)の診断基準の改訂が発表されました.衝撃的な内容で,ADは症候学的に(症状から)定義するのではなく,生物学的に(すなわちバイオマーカー:検査データにより)定義するという大きな転換です.つまりADは特異的な神経病理学的変化(ADNPC),つまりアミロイドβ蓄積とタウ神経原線維変化により始まる生物学的過程であり,無症状であってもADと診断できるというものです.

具体的には,バイオマーカーを①AD特異的バイオマーカー,② AD非特異的バイオマーカー(AD以外の他の神経疾患にも関連するもの),③併存病理(copathology)のバイオマーカーに分類しています(図1).①はさらにCore 1とCore 2に分類されます.早期から変動するCore 1バイオマーカー(アミロイドPETとアミロイドβバイオマーカー,リン酸化タウバイオマーカー[リン酸化タウ217])はADNPCを反映するもので,これが異常であればADと診断を確定でき,抗体薬などによる治療の対象になりうると考えます.遅れて変動するCore 2バイオマーカー(その他の体液バイオマーカー,タウPET)は病期や予後情報を提供します.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for diagnosis and staging of Alzheimer's disease: Alzheimer's Association Workgroup. Alzheimers Dement. 2024 Jun 27.(doi.org/10.1002/alz.13859



~~~~~~~~~
この先進的な診断基準に対する称賛がある一方,多くの批判がパブリックコメントやSNS等で発表されました.私はいずれかというと慎重派で,以下の3つの感想を持ちました.

①アミロイドβが脳に蓄積していても症状のない人を本当にADと呼んでよいのか?(例えば両親が検査して検査陽性であったとき,ADと診断を伝える子供は一般的か)
②アミロイドβが本当に悪玉であるか決着していないのではないか?
③発症後に使用しても効果が微妙である抗体薬を,未発症者に使用するための診断基準改訂なのではないか?

例えば図2はシンシナティ大学Albert Espay教授が「無症状のAD患者への説明文書」として発表したものですが,85歳ではアミロイド陽性を示す患者(緑)は60%もいますが,実際に認知症の人は15%しかいないことになります.多くのアミロイド陽性者は認知症ではありません.



また図3は2002年から2023年にかけて非常に多くのアミロイドβを標的とする治験薬が評価されたものの,ほとんどが失敗で,わずか8.9%しか成功していないことを示します.



この歴史を考えると本当にアミロイドβが悪玉かどうかは不明で,アミロイドβに完全に依存した診断が正しいのだろうか?と逡巡してしまいます.(https://x.com/AlbertoEspay/status/1806646390031802876/photo/1
~~~~~~~~~
そして最新号のNature Medicine誌のCommet欄に,これら改訂診断基準への反論に対する反論が掲載されました.代表的な主張はおよそ以下の通りで,明確に対決姿勢を示しものと言えます.

①ADという診断名は,あいまいな診断名である認知症と同義語として使用すべきではない.効果的な治療を可能にするためには,症状の根底にある病因が理解され,正確に診断されなければならない.医学の進歩のためには,ADは生物学的に定義されなければならない.

②ADの診断に症状は必要ではない.腫瘍学などの他の医学領域でも,患者が無症状のうちに診断されることはよくあることである.発症前からの治療は,発症を遅らせる,もしくは予防するための最も効果的なアプローチである.生涯,発症しない人がいるのは事実だが,加齢に伴い全死亡率が増加するためであって,ADが発症前に良性であるためではない.

バイオマーカー陽性となった無症状の人を心理的・社会的・経済的に害のある立場に置くことになりかねないという批判に対しては,無症状の人に対する治療はまだ承認されていないため,観察研究または治療研究をのぞき,無症状の人にバイオマーカー検査を行うことは考えていない.ただし研究で治療効果が確認されれば,検査の方針が変更される可能性はある.

以上のように意見の対立が明確になったわけですが,この議論は早晩,日本でも本格化すると思われます.さて,みなさんは「無症状の人もADである」という診断基準の改訂をどう考えますでしょうか?いろいろな立場のステークホルダーの意見が取り上げられ,尊重されることが望まれます.最後にこの議論において懸念されていることとして,Nature Medicine誌のCommet論文に対するSNSの反応として,「利益相反」欄が注目されています(図4).



米国のオピニオンリーダーであるEric Topol先生もTwitterでわざわざこの部分を紹介して暗に批判しています.利益相反は表明しさえすればそれで良いのだろうかということだと思います.一部の強い意見だけでなく,幅広い意見をすくい上げる必要があると思います.
Jack CR Jr, et al. Revised criteria for the diagnosis and staging of Alzheimer's disease. Nat Med. 2024 Jun 28.(doi.org/10.1038/s41591-024-02988-7

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第14回日本脳血管・認知症学会総会@長良国際会議場にお越しください!

2024年07月02日 | 医学と医療
準備してまいりました標題の学会がいよいよ今月20日(土),21日(日)に開催されます.プログラムをHPで公開しておりますが,非常に充実した内容になりました.

私は「アルツハイマー病に対する抗体療法の課題と将来の展望」という大会長講演をさせていただきます.シンポジウムでも「抗Aβ抗体療法の光と影」と題して,抗体療法に鋭く切り込んでいただく予定です.

また魅力的な講演が目白押しで,渡嘉敷崇先生は「地域在住高齢者から学ぶ認知症対策」という副大会長講演をなさいます.教育講演としては池田佳生理事長の「新時代の認知症トータルマネージメント」,長田乾顧問の「心房細動と認知症」があります.シンポジウムはほかに「認知症予防エビデンス2024」「血管性要因は中枢神経・筋疾患にどう影響するか?」,そして「血管障害と認知症」という脳と血管に注目した内容で行われます.一味違った学びの場になるものと思います.



また20日(土)の懇親会では大型の鵜飼い船を予約しました.1300年の歴史があり,織田信長公が保護し,徳川家康公もたびたび訪れて見物した鵜飼を楽しんでいただきたく思います.非学会員の先生の学会参加もOKです(ただし鵜飼は先着70人までです).皆様にお目にかかることを楽しみにいたしております!!



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抗LGI1脳炎はfacio-brachio-crural dystonic seizureやdrop attackに伴う転倒を約1/4の症例で来たしうる!

2024年06月30日 | 自己免疫性脳炎
抗LGI1脳炎はてんかん発作,意識障害,認知機能低下,低Na 血症,睡眠障害(パラソムニア,不眠症,過眠症)などを呈する急性の自己免疫性脳炎です.Neurol Clon Pract誌に米国Mayo Clinicから,臨床をしっかり見ていて流石だなぁと思った論文が掲載されていますのでご紹介します.

抗LGI1脳炎136名における転倒やそれに準じる状態の頻度,原因,転帰について後方視的に検討しています.結果として,まず27%(36/136例)の症例に「発作」に関連した転倒またはそれに準じる状態が見られました.36例の年齢中央値は67歳(49~86歳),男性が64%(23/36)でした.原因としては,facio-brachio-crural dystonic seizure(FBCDS)が58%(21/36例)と最多,ついでdrop attack(転倒発作:意識消失の有無にかかわらず,姿勢時筋トーヌスの消失により突然,転倒すること)が25%(9/36例)でした(図A).ちなみにFBCDSのcruralは「脚の」という意味で,ラテン語のcrus「脚」から派生したものです.古典的なfacio-brachial dystonic seizure(FBDS)と同時に,同側の下肢の収縮と屈曲が起こるため,下肢の予期せぬバックリンクが生じて転倒します.

つぎに発作に関連した転倒による外傷は18/30例(60%)に認められ,具体的には皮膚の裂傷,関節脱臼,骨折から頭蓋内出血まで多岐にわたり,重篤な転倒が少なからず認められました(図B).drop attackでは外傷が高頻度の8/9例(89%)で生じていました(図C).発作に関連した転倒またはそれに準じる状態は,免疫療法により24/32例(75%)で消失しましたが,抗てんかん薬の単独では改善は不良でした(4/32例,13%).歩行補助具を使用して歩行した患者は33%にすぎませんでしたが,これはこの疾患における転倒リスクの認識不足を反映しているものと考えられました.

以上,抗LGI1脳炎ではFBDSは非常に有名ですが,発作は下肢にも及び,FBCDSを来すことを認識する必要があります.早期に診断すること,歩行補助具の使用などの転倒防止策を講じること,そして迅速に免疫療法を開始することが重要だと思いました.
Li X, Gupta P, et al. Seizure-Related Falls and Near Falls in LGI1-IgG Autoimmune Encephalitis. Neurol Clin Pract. 2024 Jun;14(3):e200301.(doi: 10.1212/CPJ.0000000000200301



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