goo blog サービス終了のお知らせ 

Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

ブログの引っ越しを行いました

2025年05月13日 | その他
goo blogのサービス終了に伴い,以下のはてなブログに引っ越しをいたしました.よろしければブックマークの登録等,どうぞ宜しくお願いいたします.

Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文
https://pkcdelta.hatenablog.com/

女性はなぜアルツハイマー病で重症化しやすいのか? ―性差医療の必要性―

2025年05月03日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)は女性に多く,また病態の進行が速い傾向にあることが知られています.日本人においても女性に多く,認知機能低下の進行も女性で速い傾向が報告されています.久山町研究などの疫学データにより,この性差は単に寿命の長さによるものではなく,生物学的な違いが関与している可能性が指摘されています.また,APOE遺伝子ε4保有による発症リスクは女性でより高いことも知られています.最近,報告された欧米の2つの研究は,ADの性差の根底に「神経炎症・自然免疫応答の性差」が関与していることを示しています.

1つ目の研究は米国Stony Brook大学からのもので,死後脳を用いて,部位ごとの神経炎症の性差を検討しました.海馬,嗅内皮質,および頭頂葉皮質における神経炎症マーカーTSPOの結合密度を定量的オートラジオグラフィーで測定し,さらに炎症性miRNA(miR-146a,miR-34a,miR-125b,miR-155-5p)の発現を定量的PCRで評価しています.その結果,AD女性ではCA1や海馬支脚などの海馬領域においてTSPOの結合が顕著に高く(=神経炎症が強く;図1),さらにTSPOとタウ病理との間に有意な正の相関が認められました.加えて,炎症性miRNAの発現もAD女性でのみ増加しており,性特異的な神経炎症のエピジェネティック制御が示唆されました.



2つ目の研究はノルウェーのオスロ大学病院などによる研究で,285名のコホートを対象に,血漿および脳脊髄液中の9種類の自然免疫マーカーを測定し,性差やアミロイド病理との関連を検討しました.この結果,アミロイド陽性者(A+)の中でも特に軽度認知障害(MCI)段階において,女性はサイトカインMCP-1とIL-6の値が男性よりも有意に低く,またsTREM2(ミクログリア活性化の指標)やclusterin(補体抑制や炎症調節に関わるタンパク質)と神経変性マーカー(タウ,NfL)との相関が男性より強いことが明らかになりました(図2).一見すると炎症性サイトカインが低いことは良い徴候で,1つ目の論文と矛盾しているようにも思えますが,そう単純ではありません.MCP-1やIL-6は炎症の惹起だけでなく,アミロイドβの除去や神経保護にも関与します.つまり,これらのサイトカインが低値であることは,加齢性変化に対して必要な免疫応答が発動せず,防御機構がうまく働いていない可能性を意味します.この結果,女性では神経変性の進行が加速されると推測しています.



2つの研究はアプローチこそ異なりますが,いずれも「女性ではADの前段階から免疫応答や炎症反応に変調が生じ,それが病態進行を促進する」ことを示しています.今後,ADの予防や治療,診断バイオマーカーの解釈において,性差を考慮することが必要と考えられました.臨床試験の設計や集団解析においても,性差を考えることが求められると思います.つまり性差に注目することが,ADの病態の理解や個別化医療の実現に必要になるものと考えられます.

1. Acosta‐Martínez, M. et al. Sex- and region-dependent neuroinflammation in Alzheimer’s disease. Alzheimer’s & Dementia, 2025;21:e14603. DOI: https://doi.org/10.1002/alz.14603
2. Knudtzon, L. et al. Sexual dimorphisms in innate immune activation markers in predementia Alzheimer’s disease. Brain Communications, 2025. DOI: https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaf161

「臨床神経学」誌の名前の由来をご存知でしょうか? 

2025年05月01日 | 医学と医療
「臨床神経学」誌は,日本神経学会が発行する月刊の神経学雑誌です.その名称の由来を,今月号の編集後記に執筆しました.よろしければご一読ください.
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
編集後記

本誌の名前が「臨床神経学」となった経緯をご存知でしょうか?たとえば「日本内科学会雑誌」のように,「日本神経学会雑誌」ではなく,「臨床」の2文字がつけられている理由についてです.実は,当学会は1960年(昭和35年)に「日本臨床神経学会」と命名され,その機関誌は「臨床神経学」となり,発表された演題はすべて症例報告であったそうです1).その理由は,当時の神経学研究が臨床と離れたものであったことに対する反省が込められていると,新潟大学初代教授の椿忠雄先生が述べられています1).しかし1963年(昭和38年)には学会の英語名であるJapanese Society of Neurologyに対応させるため,また一層の発展を期して,「臨床」の2文字を外し,「日本神経学会」へ改名されました2).そして,最後まで「臨床」の2文字を外すことに反対されたのは,日本に初めて神経学の教室を設立した九州大学初代教授の黒岩義五郎先生でした3).椿先生と黒岩先生は東京大学の同級生であり,自律神経系に関する研究等で知られる冲中重雄教授の弟子でもありました.「日本臨床神経学会」設立の中心になり,初代学会幹事(理事)長に就任した冲中重雄先生は,「erstens Bett!(ドイツ語.何をおいても患者さんのこと―臨床―を第一に考えよ)」という教えを弟子たちに伝え鍛えたそうです3).すなわち,「臨床神経学」には「患者さんのため」という思いが込められているのだと思います.私たちは本誌の「臨床」の2文字に込められた初心を忘れず,患者さんのためにしっかりと症例報告を書いていきましょう.

1. 椿忠雄. 神経学とともに歩んだ道(非売品・1988)
2. 葛原茂樹.日本神經學會創立(1902)から116年―歴史に学び教訓を未来に活かす―.臨床神経2020;60:1-19
3. 黒岩義之. 黒岩義五郎. Brain Nerve 2017;69:949-956
https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/065050408.pdf

ちなみに写真は,学会事務局からいただいた貴重な資料で,冲中重雄先生が学会誌の方針や編集委員のメンバーについてお書きになられたものです.当時の雰囲気や意気込みが伝わってきます.

原発性神経リンパ腫症を理解する:301例のシステマティックレビュー

2025年04月30日 | 末梢神経疾患
原発性神経リンパ腫症(primary neurolymphomatosis;PNL)は血液悪性腫瘍,主にB細胞リンパ腫が末梢神経系に直接浸潤する稀な疾患です.診断時には神経症状のみを呈することが多く,かつ他の神経疾患との鑑別が非常に難しい疾患です.これまでsystematic reviewは存在しませんでしたが,Eur Journal of Neurol誌の最新号に,フランスから自験例2例を含めた301例の検討が報告されています.結果は以下のとおりです.

・年齢の中央値は60歳,男性が61%.
・B細胞リンパ腫が73%と最も多く,次いでT細胞リンパ腫9%,NK/T細胞リンパ腫3%,その他11%.
慢性経過44%,亜急性38%,急性17%.
・神経所見は非対称性が79%で,感覚障害が75%,運動障害が64%に認められ,下肢優位は59%にみられた.痛みを伴わない症例が56%.
・神経所見の分布はでは,ニューロパチーが36%と最多で,多発単神経炎24%,神経根症15%,腕神経叢障害11%,馬尾症候群10%,脳神経障麻痺11%(図1).



・診断までに要した期間は中央値8か月,最初の検査で確定診断に至ったのはわずか28%.
・誤診としては,脊椎変性疾患(19%),CIDP(18%),炎症性ニューロパチーや血管炎(15%)などが多い.
・脳脊髄液検査は72%に異常が認められた.神経伝導検査は97%,MRIは94%,PETは82%で異常を認めた.
・神経生検は171例で施行され,うち57%でリンパ腫細胞の浸潤を認めた.
・治療は82%で施行され,うち90%が全身化学療法を受けた.41%はリツキシマブ併用療法を受けた.
治療効果は45%が症状の安定または改善を示し,55%は進行した.
・再発率は24%,再発までの中央値は5か月.
1年後の生存率は73%,全生存期間の中央値は28か月(図2).
・生存率に影響を及ぼした因子はB細胞リンパ腫であることのみで,リツキシマブ併用の有無は関連しなかった(図3).

以上より,PNLはやはり診断困難な疾患であり,非典型的な末梢神経障害を呈する症例に対しては,画像検査と神経生検を積極的に行う必要があることを改めて認識しました.治療後も再発率が高く,長期生存率も2-3年であることから,今後,さらなる診断・治療への取り組みが求められる疾患と言えます.

Chakroun S, et al. Primary Neurolymphomatosis: A Literature Review. European Journal of Neurology. 2025;32:e70173.(doi.org/10.1111/ene.70173


非定型パーキンソン症候群の認知・精神症状プロファイルを理解する

2025年04月29日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核症候群(CBS),多系統萎縮症(MSA),パーキンソン病(PD)における認知機能と精神症状の違いを,英国の研究グループが詳細に解析し,Brain誌に報告しました.この研究では,2つの大規模コホートの計1138名のデータを統合し,各疾患を比較しています.診断は臨床診断に基づいて行い,診断基準としては,PSPはNINDS-SPSP→MDS PSP criteria,CBSはArmstrong基準,MSAはGilman改訂基準,PDはQueen Square Brain Bank基準を使用しています.

認知機能の違いについては,左側のレーダーチャートに示されています.パーキンソン病では全体的に認知機能は保たれており,記憶(Mem),注意(Attn),言語(Lang),流暢性(Flu),視空間認知(Vis-spat)いずれの領域でも比較的良好な成績を示しました.一方,PSPでは,特に流暢性の低下が目立ち,前頭葉性の遂行機能障害が主体であることがわかります.CBSでは,視空間認知の著しい低下がみられ,注意や記憶にも広範な障害が及んでいました.MSAは比較的軽度で,PDと近いパターンを示しましたが,若干の遂行機能障害が認められました.




その他,精神症状等に関しては(右側のレーダーチャート),PDでは睡眠障害が最も目立ち,他の項目では大きな異常は認められませんでした.これに対し,PSPでは無気力が際立っており,さらに抑うつや不安も高いレベルで存在していました.CBSでは不安が特に強く,抑うつや無気力も目立ちました.MSAは精神症状全体としては比較的軽度でしたが,無気力傾向が一定程度認められました.

著者らは,これらの認知・精神症状プロファイルを用いて,疾患を鑑別するロジスティック回帰モデルを開発し,PSPとPDを76%の精度で区別できることを示しました.また,認知機能低下は運動障害とは独立してADLを悪化させる重要な因子であること,さらにPSPでは血中NFL濃度が認知機能と関連することも示しています.この研究は,非定型パーキンソン症候群において,単なる運動症状だけでなく,認知・精神症状の詳細な評価が診断精度向上に不可欠であることを示唆しています. 最後に各疾患ごとの特徴をまとめておきます.

【疾患別特徴まとめ】
• PSP
認知機能では言語流暢性の低下が著明
無気力が目立ち,衝動性も高頻度
抑うつや不安もみられるが,幻覚・妄想は少ない
血中NFL濃度が認知機能低下と関連

• CBS
視空間認知障害が顕著
注意・記憶・言語も広範囲に障害
不安が強く,無気力や抑うつも目立つ
認知機能低下が急速に進行

• MSA
認知機能障害は軽度で,PDと近い
無気力は一定の頻度でみられるが,衝動性は少ない
認知機能と運動機能の進行が独立している
睡眠障害が比較的多い

• PD
初期には認知機能は比較的良好
睡眠障害が最も多く,抑うつ・不安は軽度
認知機能低下と運動機能低下が連動する
認知機能の低下もADLに独立して影響する

Hu MT, et al. Cognitive and neuropsychiatric profiles distinguish atypical parkinsonian syndromes. Brain. 2025. (doi.org/10.1093/brain/awaf132

飲酒は小血管病変を引き起こすことで認知機能を低下させる・・・大規模な剖検例の検討

2025年04月28日 | 認知症
愛酒家の私にとって見て見ぬふりをすればよい論文でしたが,飲酒による認知機能低下の機序が示され,衝撃的でしたのでじっくり読みました.ブラジルのサンパウロ大学からの,飲酒に伴う脳の病理学的変化を検討した研究で,Neurology誌に掲載されました.この研究はバイオバンクに登録された1,781名の剖検データを用いて行っています.対象の平均年齢は74.9歳,平均教育歴は4.8年,女性は49.6%,白人は64.1%でした.

対象を,飲酒歴に応じて,飲酒なし,適度な飲酒,大量飲酒,過去の大量飲酒に分類しました.ここで,適度な飲酒とは1週間に7ドーズ(98gのアルコール)以内,大量飲酒とは週に8ドーズ(112g以上)のアルコール摂取と定義されています.1ドーズはビール約350mL,ワイン約150mL,蒸留酒約45mLに相当しますので,適度な飲酒は1日缶ビール1本です.また病理学的検討では,アルツハイマー病関連病理(アミロイドβ沈着,神経原線維変化),レビー小体病理,TDP-43病理,ラクナ梗塞,硝子様小動脈硬化,脳アミロイドアンギオパチーについて評価しています.生前の認知機能はClinical Dementia Rating Scale Sum of Boxes(CDR-SB)で評価されました.

結果として,適度な飲酒,大量飲酒,過去の大量飲酒はいずれも「硝子様小動脈硬化」と有意に関連していました!(図上).これは硝子様(ガラスのように均質で透き通った)物質が血管壁に沈着して,動脈硬化が生じる変化で,硝子様物質には血漿タンパクやコラーゲンなどの基底膜成分が,血管内皮の障害を介して血管壁に染み出して沈着したものと考えられています.この硝子様小動脈硬化のリスクが,適度な飲酒ではオッズ比1.60,大量飲酒では2.33,過去の大量飲酒では1.89と,飲酒歴なし群に比べて明らかに上昇していました.また,大量飲酒と過去の大量飲酒では神経原線維変化(=タウ蛋白の凝集)との関連も認められ,大量飲酒ではオッズ比1.41,過去の大量飲酒では1.31となっていました.一方,アミロイドβ沈着,レビー小体病理,TDP-43病理については,飲酒との明確な関連は認めませんでした.さらに,過去の大量飲酒は脳重量比(体格補正するために,脳重を身長で割った値)の低下,すなわち脳萎縮(β=−4.45)および認知機能の悪化(CDR-SBスコア上昇,β=1.31)と相関していました.ちなみにβは回帰分析における回帰係数です.



図下では,飲酒が認知機能低下に及ぼす影響について,直接効果(direct effect)と間接効果(indirect effect)を分けて解析しています.この結果,飲酒と認知機能低下との間には直接的な影響は認められず,硝子様小動脈硬化を介した間接的な影響であることを示しています(間接効果:β 0.13,p = 0.012).

批判的に読むと横断研究であり,飲酒期間に関する情報が欠けているため,因果関係を断定することには慎重であるべきですが,それでも飲酒が脳の血管病変を通して認知機能に悪影響を与えることが強く示唆されました.注目すべき点は,適度な飲酒でも硝子様小動脈硬化のリスクが上昇することです.さらに日本人を含む東アジア系の人々では,アルコール代謝に関わるALDH2遺伝子の活性低下型を保有する割合が高く,アルコール摂取後にアセトアルデヒドが体内に蓄積しやすいことが知られています.アセトアルデヒドは血管内皮障害や神経細胞障害を引き起こす毒性を有しており,小動脈硬化をさらに促進する可能性があります.したがって,日本人では,飲酒による脳への影響がより高まる可能性があると考えられます.こうしてデータを前にすると,「適度な飲酒」という言葉の響きも,どこか心許なく感じられてきます.効果のほどはさておき,昨晩はノンアルコール・ビールで晩酌を済ませました.

Nogueira BV, et al. Association of Alcohol Consumption With Neuropathology in a Population-Based Study. Neurology. Published online 2024.(https://www.neurology.org/doi/10.1212/WNL.0000000000213555

米国神経学会年次総会(AAN2025)参加報告会

2025年04月20日 | 医学と医療
当科では,入局1年目の目標として,症例報告の経験を積むことと,米国神経学会(AAN)での発表に挑戦することを掲げています.AANでの発表はハードルが高いものの,私自身が入局1年目に初めて海外学会に参加し,大きな感動と刺激を受けた経験があるため,その機会を若手にも提供したいと考え,航空券代をサポートしています.

今年は,司馬康先生と安藤知秀先生が入局1年目に経験した症例を基に文献レビューを行い,それぞれポスター演題として採択されました.また,大学院生の大野陽哉先生はご自身の臨床研究をもとにポスター発表を行いました.



学会参加報告会を開催しましたが,三者三様の視点からの発表は非常に楽しく,内容も充実していました.「臨床レベルは日本も決して負けていない」「英語の壁の高さを実感した」「日本の学会とは異なりリラックスできる工夫が随所にあった(ハンモックがあった!)」「神経生理や神経眼科のハンズオンに挑戦した」「バーンアウトやリーダーシップに関する講義にも参加した」「学会における政治的活動の重要性を学んだ」などなど,多くの気づきと学びがあったようです.
今年の入局1年目の4人も,ぜひこの挑戦に向けて頑張ってください.以下,今回の演題を簡単にご紹介いたします.

Clinical Presentation and Pathological Findings of Cerebral Amyloid Angiopathy-Related Inflammation Caused by COVID-19 Infection: A Case Report and Literature Review
COVID-19感染後にパーキンソニズムを伴うCAA-riを発症した症例を報告し,免疫療法により改善を認めた.本症は典型的CAA-riと類似した病理像を呈し,COVID-19による神経炎症が誘因となる可能性が示唆された.(司馬康先生)



Autoimmune Cerebellar Ataxia Associated with TNF-Alpha Blocking Therapy in a Patient with Rheumatoid Arthritis: A Case Report and Literature Review
TNF-α阻害薬ゴリムマブ投与後に発症した関節リウマチ患者の自己免疫性小脳失調症例を経験し,ステロイド治療により改善を認めた.TNF-α阻害薬は運動失調を誘発しうるため,慎重な経過観察が必要である.(安藤知秀先生)



Anti-Central Nervous System Autoantibodies in the Cerebrospinal Fluid of Patients with Atypical Parkinsonism
非定型パーキンソニズム患者の約5〜10%で中枢神経標的の自己抗体が検出され,神経細胞,アストロサイト,ミエリンに反応していた.抗体の病理的意義は不明であり,今後の検討が必要である.(大野陽哉先生)





血液からタウ病理を正確に捉えるアルツハイマー病診断の新時代の到来 ― 準備はできているか?

2025年04月17日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)の診断や治療方針の決定に,脳内におけるアミロイドβおよびタウ蛋白の蓄積の評価が有用です.しかしその評価にはこれまでPET検査や脳脊髄液検査が必要であるため,日常診療への応用には限界がありました.しかしNature Medicine誌に相次いで掲載された2本の国際共同研究は,血液検査によりタウ蛋白の蓄積を高精度に評価できるというもので,今後の診療に大きなインパクトを及ぼすと予想されます.

第一の研究は,米国ワシントン大学のグループによるものです.この研究では,脳内の不溶性タウ凝集体に特異的な血漿バイオマーカーとして,eMTBR-tau243(endogenously cleaved microtubule-binding region tau243)を開発しました.これはタウ蛋白の微小管結合領域のうち,243〜256番残基に相当する断片であり,神経原線維変化(神経細胞に蓄積するタウ)から遊離したフラグメントと考えられるそうです.検討はスウェーデンとアメリカのコホート(739名および55名)を含む複数の独立した集団で実施されました.この結果,eMTBR-tau243は,アミロイドβ陽性の軽度認知障害(MCI+)およびアルツハイマー型認知症(AD+)において有意に上昇し,非AD性タウオパチー(PSP,CBS,FTDなど)では上昇しないという高い特異性を示しました(図1).またeMTBR-tau243はMCI+およびAD+において顕著に上昇しているのに対し,アミロイド陽性ながら認知機能が正常なCU+(Cognitively Unimpaired / Aβ陽性)では上昇していないことが明確に示されています.さらにこのバイオマーカーは,タウPETと非常に強い線形相関を示し(最大r²=0.56),特にBraak III〜VIといった中〜後期のタウ蓄積との関連が際立っていました.また,eMTBR-tau243は脳萎縮や認知機能検査(MMSE,mPACC)との関連も強く,進行期病理の指標としての有用性が高いことが示されました.よってeMTBR-tau243は,認知機能障害が出現した段階での「タウ病理の有無を確実に判定する」ための血液バイオマーカーとして非常に価値が高いです.将来的には,PETに代わる「臨床で使える確定診断ツール」となる可能性を持っています.逆にCU+(アミロイド陽性かつ認知機能正常)段階では上昇しないため,「発症前の予測」や「スクリーニング」には不向きです.



もう一つの研究は,スウェーデン・ルンド大学からの報告です.この研究ではLumipulseプラットフォーム(完全自動化された臨床検査用の分析システム)により血漿中のp-tau217を測定し,ADの診断精度を一次医療(かかりつけ医)および二次医療(専門施設)で評価しました.対象は1767名の認知症が疑われる患者であり,このバイオマーカーの診断精度は,二次医療施設ではAUC 0.93〜0.96,一次医療でもAUC 0.87と非常に高いことが確認されました.特筆すべきは,図2に示されているように,単一カットオフ(0.27 pg/mL)でも高精度ながら,二重カットオフ(0.22 pg/mL未満を陰性,0.34 pg/mL超を陽性)を導入することで判定不能域を除外し,診断精度(Accuracy)が最大94%という高い値を達成した点です.さらに,中間域の症例にはp-tau217/Aβ42比を用いることで,不確実な判定を10%未満に抑えています.また年齢や腎機能といったバイアスの影響も最小限であり,ルーチン検査への導入可能性が高いことも確認されました.つまりp-tau217は早期診断,スクリーニングに使用できます.



この2つのバイオマーカーの違いを表にまとめました.eMTBR-tau243は,脳内のタウ病理の進行を直接反映するマーカーとして,臨床試験や病期分類において有用です.一方で,p-tau217は,診断の初期スクリーニングや一次医療における活用に最適です.近い将来,血液検査項目のなかに,ADスクリーニング(p-tau217)とAD確定・病期判定(eMTBR-tau243)という2つが並ぶことになりそうです.ADの個別化医療や新規治療法の評価がさらに前進することが期待されます.



まさに驚くべきスピードで研究が進んでいきます.しかし,新しい技術には新しい社会的・経済的・倫理的問題が伴いますので,その準備が必要です.これらの議論を急ぎ進める必要性を強く感じます.

Horie K, et al. Plasma MTBR-tau243 biomarker identifies tau tangle pathology in Alzheimer’s disease. Nature Medicine. 2025; https://doi.org/10.1038/s41591-025-03617-7

Salvadó G, et al. Plasma phospho-tau217 for Alzheimer’s disease diagnosis in primary and secondary care using a fully automated platform. Nature Medicine. 2025; https://doi.org/10.1038/s41591-025-03622-w

なぜALSで眼球運動は保たれるのか?変性にレジリエンスをもつ神経細胞に学ぶ治療のヒント

2025年04月15日 | 運動ニューロン疾患
★まずこのブログを記載しているgoo blogがサービス終了になってしまうそうです.引っ越しはできるようなので,準備が整いましたら引っ越し先などご報告いたします.

さてALSにおけるCharcotの陰性4徴候のひとつに,眼球運動障害が生じにくいという点があります.これは多くの医学生も知っている基本的な知識であり,私もALSでは,病状がかなり進行するまで眼球運動が保たれると教えています.しかし,なぜこのような現象が生じるのかと問われると説明ができませんでした.ところが最近,Brain誌のオピニオン欄にミラノ大学等から報告された一本の論文に,その謎を考える大きな示唆を与えられ,思わずハッとさせられました.

それは神経ごとに「抵抗性(内因性レジリエンス)」があるという仮説です.まず図1では,運動ニューロンの抵抗性が,細胞体の大きさ,軸索の長さ,分岐の多さ,活動頻度などの構造的・機能的特徴と関連している可能性を示しています.急速易疲労性運動ニューロン(ジャンプや短距離走など短時間・高出力の動作に関与する)は,太くて長い軸索を持ち,広範な筋肉群に分岐しており,エネルギー需要が高く,小胞体(ER)ストレスへの感受性も高いため,ALSにおいて最も早期に変性します.これに対し緩徐運動ニューロン(姿勢保持や長距離走など持続的運動に関与する)や動眼神経は,軸索が細く短く,分岐も少ないため,エネルギー負荷が低く,より高いレジリエンスを示します.つまり,神経ごとの構造的・機能的な違いが選択的な神経変性に反映されるという仮説です.



図2Aでは3種類の運動ニューロンについて,各種分子の発現レベルとERストレスの程度が示されており,ALSに対して強いか弱いかが一目でわかります.



それ以降は過去の論文報告のまとめで,図2Bでは,動眼神経で高発現しているSYT13(Synaptotagmin 13)遺伝子を急速易疲労性運動ニューロンに導入することで,神経細胞の変性を防げることがマウスモデルで示されたことを表しています.図2Cは抵抗性のある動眼神経ニューロンにMMP(matrix metalloprotease)を加えてもなお抵抗性を示すことを表しています.また図2Dでは,培養運動ニューロンに対する興奮性毒性に対し,CYPIN(別名GDA)を培地に添加することで部分的に保護できることを示しています.さらに,図2Eでは培養運動ニューロンにおいてSYT13が片方のコピーしかないと,タンパク凝集やシナプス消失などALSに類似した表現型が再現されることを表しています.



ALSの病態にはグリア細胞や免疫細胞など複数の細胞種が関与しますが,そうは言っても神経細胞固有の性質が変性に大きく影響するという考えです.今後,単一細胞レベルや空間トランスクリプトーム解析などの技術を駆使して,各タイプごとの髄運動ニューロンの分子特性がさらに解明することが期待されます.そしてレジリエンスを持つ神経細胞の分子特性が解明されれば,その特徴をレジリエンスの弱い神経細胞に導入するという新しい治療につながると考えられます.

Corti S, Hedlund E. Intrinsic neuronal resilience as a tool for therapeutic discovery. Brain. 2025;148(4):1058–1061. https://doi.org/10.1093/brain/awaf010


医師介助自殺に対するイタリア神経学会の見解 ―我が国が参考にすべきこと―

2025年04月13日 | 医学と医療
Neurological Sciences誌に,神経疾患患者における医師介助(幇助)自殺(Physician-Assisted Suicide;PAS)について,イタリア神経学会が包括的に論じたポジションペーパーが発表されました.非常に重要な論文だと思いました.

まず背景ですが,イタリアでは2019年に以下の4条件を満たした場合,医師がPASによる刑罰を免れる(法的例外となる)という憲法裁判所判決がなされました.
1.患者は回復不能な疾患に苦しんでいること
2.身体的または精神的に耐え難い苦痛があること
3.生命維持治療によって生存していること
4.自律的かつ明確な意思決定能力を有すること

つまり対象は「回復不能な疾患に苦しみ,生命維持治療に依存して延命している,明確な意思決定能力を有する18歳以上の患者」に限定されます.ところが,この制度の運用は全国で一貫しておらず,倫理委員会や医師による判断に強く依存しているのだそうです.とくに神経疾患は4の自己決定能力の低下を呈しうるため判断が難しいわけです.

この状況下においてイタリア神経学会は以下の6項目の提言を行いました.日本でも将来PASを検討する場合,非常に参考になる内容が含まれています.
1.神経疾患患者に対する緩和ケアの提供を最優先課題とすること.
2.脳神経内科医に対し,緩和ケアおよび終末期ケアのトレーニングを推奨すること.
3.緩和ケアが適切に行われたにもかかわらず,なおPASを希望する患者に対しては,その意思を尊重し,適切な制度的対応を検討すべきであること.
4.PASが制度化された場合には濫用を防ぐために,明確な実施基準とモニタリング体制を整備すること.
5.神経疾患患者においては,認知機能障害や精神症状により意思決定能力が揺らぐ可能性があるため,標準化された能力評価ツールの開発と活用が必要であること.
6.将来的な法制度の議論においては,「すべり坂(slippery slope)*」の懸念に留意しつつも,過度な萎縮を避け,倫理的に妥当な運用を目指すべきであること.

つまりイタリア神経学会は,PASを単独で制度化するのではなく,緩和ケアが十分に提供されたうえで,なおかつ厳密な条件のもとでのみ,限定的に合法化されるべきだとする立場を示しています.さらに緩和ケアの普及と並行して,神経疾患患者さんが抱える「トータルペイン」に対して共感的に対応しつつ,医師個人の信念や社会的価値観も尊重する形で制度化を目指すべきだと述べています.非常に納得できる内容で,将来,日本でPASを議論する場合,議論の土台になりうる論文だと思います.今後,日本で求められることを以下の4点ではないかと思います.
① 神経疾患に対する緩和ケアの全国的な整備
② 神経疾患の緩和ケアや倫理に関する教育の充実
③ 認知機能の低下前の段階で,協働意思決定を開始する文化の醸成
④ 法的枠組みの整備と,市民を含めた社会全体での議論

とくに④は,日本ではPAS,尊厳死,安楽死,治療のwithdraw/withholdといった概念が混在しており,多くの人がそれぞれの定義を理解できていない状況だと思います.市民が共に議論できる環境を整えることが求められます.

Pucci E, et al. Neurology and physician-assisted suicide: position of the Italian society of neurology. Neurol Sci. 2025. https://doi.org/10.1007/s10072-025-08038-5

用語の解説:*「すべり坂」とはある行為を一度認めてしまうと,想定していた範囲を超えて,徐々により広い・極端なケースにまで拡大してしまうという懸念を示す倫理・法的な概念です.PASの場合は「特定の条件を満たす患者に限って認める」と制度化しても,やがて条件が緩和され,認知症・神経難病・精神疾患・高齢者などのケースにも拡大されるという懸念を指します.事実,オランダでは「すべり坂は起きた」と言われています.

この問題を勉強するうえで有用な3冊です.
1)安楽死・尊厳死の現在 https://amzn.to/4ifc9MM
2)安楽死を遂げた日本人 https://amzn.to/3G2ZvTu
3)安楽死が合法の国で起こっていること(オススメ) https://amzn.to/4luQx1I



またPASの最新情報を「第五回 岐阜県多"食"種連携研究会研修会(WEB配信+来場)」で講演します.よろしければご参加ください.
https://peatix.com/event/4300518?lang=ja-jp