Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病の進行はαシヌクレイン抗体の長期使用で抑制できる!!

2024年10月19日 | パーキンソン病
アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体は,細胞外に蓄積するタンパクを標的にするのに対し,αシヌクレインやタウ抗体は細胞内で作用する必要があり,抗体療法が有効である可能性は低いと考えられてきました.しかし近年,タウ抗体が細胞内でタウの分解を促進することが分かってきており,αシヌクレイン抗体も同様に有効性を発揮する可能性があります.候補となっているαシヌクレイン抗体は3種類あり,プラシネズマブは凝集したαシヌクレインを主に標的とし,BIIB054はフリーフォーム,MEDI1341は両方の形態に作用すると言われています.

最新号のNat Med誌に,プラシネズマブの早期パーキンソン病(PD)患者の運動機能に対する効果を検討したPASADENA試験が報告されました.この研究はロシュ社による第II相試験で,その目的はプラシネズマブ(PRX002/RG7935;月1回の静脈内投与)の効果を評価することです.最初の12ヶ月間は偽薬群と実薬群に分かれた二重盲検試験,その後,偽薬群はプラシネズマブに切り替えられ,すべての参加者が5年間のオープンラベル延長に進みました.この時期の偽薬群はないため,代わりに,PPMIコホート(国際的な観察研究)を外部比較群として使用しています.

図1は試験のタイムラインが示され,遅延開始群が最初の1年間偽薬を投与された後にプラシネズマブに切り替えられたこと,早期開始群は試験開始からプラシネズマブを継続して投与されたことが示されています.これにより,両群の治療開始タイミングの違いを踏まえた効果の比較が可能となります.



まず最初の12ヶ月間の二重盲検期間では,MDS–UPDRS Part IIIスコアの変化をみると,実薬群は偽薬群に比べて運動機能の進行が抑えられていましたが,主要評価項目であるMDS–UPDRS総合スコアの改善は有意ではありませんでした(2022年に報告:N Engl J Med. 2022;387(5):421-432).

つぎに5年間のオープンラベル延長フェーズについては,運動機能を示すMDS–UPDRS Part IIIのスコアは,早期開始群および遅延開始群のいずれにおいても,PPMIコホートと比較して進行が抑えられていました.とくにOFF状態とON状態のいずれにおいても,プラシネズマブ群はスコアの悪化が大幅に抑制され,早期開始群でスコアのOFF状態の進行が65%,ON状態では118%抑えられており,遅延開始群でもそれぞれ51%,94%の進行抑制が見られました.また日常生活の運動機能を示すMDS–UPDRS Part IIでも,早期開始群が−40%,遅延開始群が−48%の改善を示しました.これらの結果は,プラシネズマブが運動機能の低下を長期的に抑制する可能性を示唆しています.

図2は上記の結果がグラフ化されています.治療開始後の数年で早期開始群と遅延開始群のスコアをPPMIコホートと比べると顕著な差が生じたことが分かります.しかし早期開始群と遅延開始群の間で,開始早期からすぐに差が現れるわけではなく,3年目から4年目にかけて明確になってきたことが言及されています.プラシネズマブの効果は時間をかけて発現する可能性があるようです.またDaT-SPECTでは,脳画像上の改善は見られなかったことから,プラシネズマブはドーパミンシナプスの機能維持に寄与するものの,輸送体の機能には直接的な影響を及ぼさない可能性が示唆されました.



以上より,プラシネズマブは早期PD患者の運動機能の進行を抑制する有望な治療法である可能性が示唆されます.しかしオープンラベル延長研究であるため偽薬群がなく,プラセボ効果の影響を完全に排除することが難しい点が問題です.今後,効果と安全性を検証するさらなる長期的な試験が必要と考えられます(現在PADOVA試験=P2b試験という別のプラシネズマブを用いた臨床試験が進行中です).

Pagano G, et al. Sustained effect of prasinezumab on Parkinson's disease motor progression in the open-label extension of the PASADENA trial. Nat Med. 2024 Oct 8.(doi.org/10.1038/s41591-024-03270-6

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進行性核上性麻痺(PSP)様の症候を呈する自己免疫性脳炎と傍腫瘍性神経症候群を見逃さないために注意すべきこと

2024年10月17日 | 自己免疫性脳炎
ご紹介する論文は当科の大学院生,山原直紀先生が初めて挑戦して英文総説です.共著者も意見をしたりチェックをしたりしましたが,ほぼ自分で書き上げて立派なものだと思いました.進行性核上性麻痺(PSP)は核上性注視麻痺,姿勢保持障害,パーキンソニズムなどを呈するタウオパチーですが,稀ながら自己免疫性や腫瘍に関連したケースでも似た症候が現れることがあります.治療可能であることから,近年,注目されています.

私たちは,自己免疫性脳炎(AE)や傍腫瘍性神経症候群(PNS)が引き起こす,いわゆる「PSP mimics」に注目し,これらの症例をいかに診断し,どのように治療すべきかを検討するためにナラティブレビューを行いました.IgLON5抗体,Ma2抗体,Ri抗体などの自己抗体が関与する症例についての詳細なレビューを行っています.いかに診断をするかが重要で,その要点は下記のTable 3にまとめられていますが,このような特徴を持つ場合にはAE/PNSの可能性を考慮する必要があります.

【PSPに類似したAE/PNSを示唆する臨床的特徴】
(1) 若年発症(40歳未満)
(2) 急性または亜急性の進行
(3) 腫瘍の合併
(4) 脳脊髄液異常(蛋白上昇,細胞増多,IgG idex↑,OCB陽性など)
(5) PSPを示唆するMRI所見がない
(6) PSPで認めない各種抗体に特徴的な症状(IgLON5抗体では睡眠障害,行動変化,呼吸不全,起立性低血圧,Ma2抗体ではナルコレプシー様症状など)
(7) PSPではあまり認めないその他の症候(顕著な体重減少,運動失調など).

オープンアクセスでフリーにDLできますので,ご一読いただければと思います.
Yamahara N, Takekoshi A, Kimura A, Shimohata T. Autoimmune Encephalitis and Paraneoplastic Neurological Syndromes with Progressive Supranuclear Palsy-like Manifestations. Brain Sci. 2024, 14(10), 1012; https://doi.org/10.3390/brainsci14101012


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誤解されがちなレプリコンワクチン,作用と効果を科学的に正しく理解しよう!

2024年10月14日 | COVID-19
レプリコンワクチン接種者の入店拒否などの騒動が報道されていますが,「レプリコンワクチンって本当はどうなの?」という質問を何人かに聞かれました.最近,臨床試験の結果も出ているので,まとめておきたいと思います.まず,このワクチンはスパイクタンパクの遺伝子に加えて,RNAレプリカーゼという酵素の遺伝子も組み込んだmRNAワクチンです.従来のコロナワクチンでは,インフルエンザワクチンなどと比較して「長寿命抗体産生細胞」ができにくいため(Nature Med 2024;doi.org/10.1038/s41591-024-03278-y),抗体価が短期間で低下するという重大な欠点があります.ワクチンの効果切れ状態は,高齢者では生命予後に関わりますし,若い人でもlong COVIDや認知機能低下のリスクがありますので,抗体価が長く持続するワクチンの開発が急務です.

【少ない接種量で,効果の持続期間が長いことがメリット】
mRNAワクチンは細胞内でスパイクタンパクが一過性に産生され,免疫応答が誘導されます.一方,レプリコンワクチンでは,細胞内で一過性に発現したRNAレプリカーゼがスパイクタンパクをコードするmRNAをコピーして,接種後1週間程度mRNAが維持されるため,接種後8日程度までスパイクタンパク質が発現します(その後,mRNAは低下・消失します).また投与量も従来より少ない量で済みます(mRNAは約6分の1です).

【レプリコンワクチンが作り出すのはスパイクタンパクのみで,感染性のあるウイルスを生成しない】
なぜこのような騒動が起きたのか考えると,おそらく「自己増幅型」という名称だけ見て,このワクチンの原理を調べなかった人が,誤った考えを広げてしまったのかなと思います.重要な点は,「レプリコンワクチンが作り出すのはスパイクタンパクのみであり,感染性のあるSARS-CoV-2ウイルスを生成しない」ということです.この点は,従来のmRNAワクチンと同じです.話題になっている「シェディング(shedding)」というものは,ワクチンの成分が他に伝播して健康被害を起こすという仮説です.その根拠となっている論文を読みましたが,単なる仮説で「スパイクタンパクが特定のアミノ酸配列を持つため,プリオン病理に関与する可能性」などが書かれています.このジャーナルはPubMedにも収載されておらず,反ワクチンの内容を掲載することで知られ,査読も不十分で信頼性が低いようです(https://ijvtpr.com/index.php/ijvtpr/article/view/23).

【臨床試験で分かったこと】
さて,最新のLancet Infect Dis誌に,日本国内の11の臨床施設において実施され,レプリコンワクチンARCT-154(商品名コスタイベ)のブースター接種による免疫応答の持続性を,従来のmRNAワクチンであるBNT162b2(コミナティ:ファイザー)と比較した研究が報告されています.接種後の抗体価推移を示す図A,Bでは,50歳未満および50歳以上の年齢層におけるWuhan-Hu-1株に対する中和抗体価の変化が示され,いずれもARCT-154がBNT162b2を上回る結果を示しています.図C,Dは,50歳未満および50歳以上のOmicron BA.4-5株への中和抗体価を示していますが,やはりARCT-154が長期間にわたり高い免疫応答を維持しています.以上より,ARCT-154は従来のmRNAワクチンよりも持続的な免疫応答を提供し,特に高齢者への有効性が期待されます.副反応については,日本の国内第3相臨床試験のデータを見てもほぼ同等です.「日本でしか行われていないから不安」との意見もありますが,ベトナムでは追加免疫について承認申請されている他,欧州でも承認申請の段階であり,米国ではFDAと交渉し,承認申請に向けて準備中とのことです.日本が誇る非常に素晴らしい技術と言えるのではないかと思います.この論文を読み,個人的にはコスタイベを接種してもいいかなと思っていますが,1バイアル16人分で取り扱いがしにくいらしく,どのクリニックでも接種ができるというものではないのかもしれません.

Oda Y, et al. 12-month persistence of immune responses to self-amplifying mRNA COVID-19 vaccines: ARCT-154 versus BNT162b2 vaccine. Lancet Infect Dis. 2024 Oct 7
(24)00615-7.(doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00615-7


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えっ,大脳皮質基底核症候群に左右差が生じる理由はそういうことなの!?

2024年10月13日 | その他の変性疾患
ちょっと驚いた論文です.大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome;CBS)は,医学生でも症候や画像所見に明らかな左右差(非対称性)があることを知っています.しかしなぜ左右差が生じるかは専門家も答えられません.最新号のNeuol Clin Pract誌に,ヒューストンのベイラー医科大学から「CBSの左右差は発症前に,末梢性または中枢性に何らかの誘因がある」という仮説を検証した研究が報告されました.つまり病変と対側の手足,もしくは同じ側の脳に外傷などをしていなかったか?を調べたわけです.

著者らは,72名のCBS患者と同数のパーキンソン病(PD)患者の医療記録を調査し,CBS症状発現前の1年間に末梢性または中枢性の誘因があったかどうかを検討しました.この結果,PD患者では発症前の誘因は1.4%のみであったのに対し,CBS患者では20.8%と明らかに高率でした(p < 0.001)(図1).



そして誘因の多くが末梢性でした.
■末梢性の誘因(13件)(図2)
 手術:回旋腱板修復手術,手根管開放手術,足の手術,上腕骨骨折の固定,腱鞘炎手術
 外傷:手の鈍的外傷や刺傷
 骨折後のギプス固定:骨折後の四肢ギプス固定
 歯の手術:20本の歯を抜歯する特定の歯科手術
■中枢性の誘因(2件)
 脳卒中
 頭部外傷



以上より,CBSにおける左右差は,主に対側の手足における手術や外傷が契機となって神経変性プロセスが開始される,例えば局所的なタウタンパクのミスフォールディングや異常な伝播が生じるという可能性が示唆されました.本当かどうか,まだ半信半疑ですが,今後,大規模な前向き研究が行われることで,結論が出るかもしれません.いずれにせよ,今後,CBS患者の問診で追加すべき質問が増えたということになります.

Lenka A, et al. Corticobasal Syndrome: Are There Central or Peripheral Triggers? Neurol Clin Pract. 2025. https://doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200365

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帯状疱疹は認知症発症のリスク因子か?@第28回日本神経感染症学会総会・学術大会

2024年10月11日 | 認知症
本日より第28回日本神経感染症学会総会・学術大会に参加しています.大会長の中嶋秀人先生(日本大学神経内科学教授)より標題の宿題をいただきシンポジウムで報告しました.私がSARS-CoV-2ウイルス(COVID-19)による認知症のリスクについて勉強しているため,適任と考えてくださったそうです.

教室の森泰子先生とともに,以下の4つの臨床疑問を設定して行ったスコーピング・レビューの結果を報告しました.

1)帯状疱疹は認知症発症のリスク因子か?
2)帯状疱疹ワクチン接種は認知症の発症を抑制するか?
3)抗ウイルス療法は認知症の発症を抑制するか?
4)帯状疱疹による認知症発症のメカニズムは?


結論から言うと,前向き研究や無作為化比較試験が乏しく確定はできないものの「1~3はいずれもYESっぽい」という感じです.とくに眼部帯状疱疹や脳神経感麻痺を伴う帯状疱疹はリスクが高く,十分な抗ウイルス療法をしたほうが良さそうです.帯状疱疹ワクチンの接種は認知症リスクを抑えるというデータもメタ解析で出ています.詳しくは下図,およびスライドへのリンクをご覧ください.
https://www.docswell.com/s/8003883581/5R2QR3-2024-10-11-175313




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ALS,アルツハイマー病の早期診断に向けた新たな技術開発 ~病因タンパク質 TDP-43,アミロイドβを超高感度で検出可能に~

2024年10月10日 | 運動ニューロン疾患
昨日,以下のプレスリリースをさせていただきました.

岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の本田諒准教授,大学院医学系研究科の下畑享良教授,岐阜薬科大学の位田雅俊教授らのグループは,神経変性疾患の発症に関わるTDP-43 およびアミロイドβ凝集体の超高感度検出技術を開発しました.この技術は,新たに発見された「Brij-58」という特異な性質をもつ界面活性剤を使用することによって,従来のシード増幅アッセイ法(SAA 法)の検出感度を飛躍的に向上させたものです.この技術により,最小 5 フェムトグラムという超微量の凝集体の検出が実現し,実際の患者の脳組織に蓄積した病的凝集体を検出することも可能となりました.本技術は,将来的には「ALS などの神経変性疾患の早期診断や早期治療介入」に貢献することが期待されます.本成果は,日本時間 2024 年 10 月 8 日に Translational Neurodegeneration誌のオンライン版で発表されました.

背景を少しご紹介しますと「シード増幅アッセイ(SAA)法」は異常凝集体を試験管内で増幅することによって,これらを超高感度で検出する技術です.この技術はプリオン病やパーキンソン病で蓄積する異常凝集体を検出することが可能であり臨床応用が進んでいますが,ALSやアルツハイマー病の原因とされるTDP-43 やアミロイドβの異常凝集体に関しては十分な検出精度がありませんでした.これらの病的タンパク質の検出においては,反応基質となる正常型モノマーが非常に不安定ですぐに失活してしまうため,従来技術では異常凝集体の十分な増幅を起こすことができませんでした.従来法での検出限界はおよそ 15 ピコグラムであり,この精度では病理学的に有意な微量の凝集体を捉えるには不十分でした.

そこで本研究では,新たなタンパク質の安定化技術を目指し,新たな界面活性剤「Brij-58」を発見することで,異常凝集体を効率よく試験管内で増幅し,従来の SAA 法を大幅に改良し,従来の検出限界をはるかに上回る,最小 5 フェムトグラムからの検出を実現しました.今後,ALS,アルツハイマー病の早期診断や早期治療介入に貢献するものと期待しています.
Sakamoto S, et al. Ultrasensitive detection of TDP-43 and amyloid-β protein aggregates using micelle-assisted seed amplification assay. Transl Neurodegener. 2024 Oct 8;13(1):51. (doi.org/10.1186/s40035-024-00444-7)オープンアクセス

以下,新技術の概略図とBrij-58の作用メカニズムを示す図です.

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中等度~高度の頭部外傷後の認知症発症の予測に有用な血漿バイオマーカー ―発症メカニズムはアルツハイマー病と異なる―

2024年10月06日 | 認知症
Lancet委員会が報告した認知症の修正可能な14の因子の中に「頭部外傷」が含まれています.今回,Brain誌にオーストラリアから,慢性外傷性脳損傷(TBI)における認知機能障害のメカニズムを明らかにする目的で,血漿バイオマーカーを検討した研究が報告されました.

対象は,サッカー,ラクビー,アメフトのような複数回の頭部打撲を繰り返す人ではなく,中等度から重度のTBIを1回受傷し,その外傷から10年以上(平均22年)経過した患者です.具体的にはTBI患者90名と,健常者32名を対象としています.TBIの原因としては自動車事故(57%),歩行中の自動車との衝突(16%),オートバイ事故(8%),転倒(6%),自転車事故(6%)でした.方法としては,血漿バイオマーカー(UCH-L1,リン酸化タウ[P-tau181]など)と画像診断を組み合わせています.

さて結果ですが,TBI患者では健常者と比較してUCH-L1およびP-tau181値がそれぞれ67%ないし27%と,有意に上昇していました(AUC はそれぞれ0.616,0.632)(図上).それぞれのマーカーは以下のような意味を持つため,神経細胞損傷や軸索損傷,神経変性が継続している可能性を示唆しています.



◆UCH-L1(ユビキチンC末端ヒドロラーゼL1):神経の軸索の維持や輸送,タンパク質の代謝に関与する.外傷やストレスがかかると,神経細胞から放出され血中に増加する.
◆P-tau181(リン酸化タウタンパク質181):アルツハイマー病などの診断マーカーとして知られている.脳内での持続的な神経変性プロセスが進行している可能性を示唆する.

一方,PET検査で,アミロイドβやタウの蓄積はこれらのTBI患者には認めなかったため,TBIの神経障害の過程はアルツハイマー病とは異なる可能性が示唆されました(物理的脳損傷と異常蛋白の蓄積では病態が異なる可能性?TBIでは蓄積するタウの量が少なく検出困難な可能性?もしくは蓄積するタウの種類が異なり,PETで検出できない可能性?など).またMRIの解析では,TBI患者では白質の微細構造に広範な変化が生じており,これが認知機能の低下と関連する可能性が示唆されました.さらに言語エピソード記憶の低下はP-tau181およびUCH-L1値の上昇と関連していることも示されました(図下).

以上のようにUCH-L1およびP-tau181はTBI後の神経病理変化の進行を追跡するための有望なバイオマーカーであること,またTBIの病態はアルツハイマー病とは異なることが示されました.アメフト,ラグビー,サッカーなどのコンタクトスポーツによる慢性外傷性脳症でもこのような変化が認められるか,おそらく検討されることになると思います.

Spitz G, et al. Plasma biomarkers in chronic single moderate-severe traumatic brain injury. Brain. 2024 Sep 24:awae255.(doi.org/10.1093/brain/awae255


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NHK きょうの健康 「最新!認知症予防 14のポイント」に出演しました.

2024年10月05日 | 認知症
Lancet委員会による科学的根拠に基づいた,エビデンスのある認知予防14個+αのポイントについて解説しました.具体的には教育機会の不足・難聴・うつ病・頭部外傷・運動不足・喫煙・糖尿病・高血圧・肥満・過剰飲酒・社会的孤立・大気汚染,そして今回,新たに追加された高LDLコレステロール血症・視力障害です.これらを個人が改善したり,社会で対策できれば,認知症を最大で45%予防したり,発症を遅らせることが可能と考えられています.これに今後,追加されると思われる睡眠障害と食事についても解説しました.なるべく分かりやすくお伝えしたいと考え,NHKのご担当者と原稿やボードを工夫しながら作りました.また内容は以下の番組ホームページでご覧いただけます.ぜひ認知症予防にお役立ていただきたいと思います.再放送は10月10日(木) 午後0:00〜午後0:15で,見逃し配信もNHK+からご覧いただけます.

番組ホームページまとめ
下までスクロールして「続きを読む」をクリックしてください.


写真はアナウンサーの岩田まこ都さんと.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月29日):子供から健康な成人まである認知機能低下のリスク

2024年09月29日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDによる日本の経済的損失は2024年のGDPの1.6%に相当する,神経認知症状は小児期と青年期でもlong COVIDの主要症状であり,とくに小学生で記憶力や集中力の障害が多い,long COVID患者は「内部の震えや振動」を呈する,COVIDワクチンの効果が長持ちしないのは長寿命抗体産生細胞ができないためである,スパイク蛋白はフィブリンと結合して炎症性の血栓を形成し神経症状をきたす,long COVIDやワクチン後の副反応が女性に多い理由は性ホルモンで説明できる,健康な若年成人への感染で認知機能は低下するものの自覚的には気づかない,入院を経験した患者では感染1年後も脳損傷マーカーが高値を示す,です.

現在のCOVID-19の問題は認知機能の低下であり,成人のみならず,小児にも生じているという心配な研究が報告されています.一方,なぜ感染後に血栓ができやすいのか,なぜCOVID-19では症状の性差があるのか,なぜCOVIDワクチンは防御効果が長持ちしないのか,といった疑問に答えが出つつあります.

◆long COVIDによる日本の経済的損失は2024年のGDPの1.6%に相当する.
著名なEric Topol先生やAkiko Iwasaki先生らによるlong COVIDの現状を概説した総説.Long COVIDの世界的累積罹患者数は約4億人で,経済へのマイナス効果は年間約1兆ドル(世界経済の約1%に相当)と推定されている.日本経済に与える影響を見ると,総労働時間の損失が約1800万時間と推定され,GDPへの損失は約722億米ドルで,これは2024年の日本のGDPの1.6%に相当する.Long COVIDによる労働力の損失は,経済成長や産業に深刻な影響を及ぼしており,特に高齢化社会である日本においては,労働力不足がさらに顕著になることが懸念されている.long COVIDの問題は看過すべきでなく,世界的な研究と政策が必要である.(Topol先生は「悲しいことに,私たちは深い否定論に陥り,コロナウイルスの脅威を乗り越えたかのような妄想を抱いています」とおっしゃっています)
Al-Aly Z, et al. Long COVID science, research and policy. Nat Med. 2024 Aug;30(8):2148-2164.(doi.org/10.1038/s41591-024-03173-6)

◆神経認知症状は小児期と青年期でもlong COVIDの主要症状であり,とくに小学生で記憶力や集中力の障害が多い.
米国RECOVER研究.5367人の小児(6~11歳)および青年(12~17歳)のlong COVIDを検討した縦断的観察コホート研究.小児では記憶力や集中力の問題が最も顕著で,約62%に認められた.睡眠障害も64%で認めた.これらの神経認知症状は頭痛や身体の痛みにも関連していた.一方,青年期では,記憶力や集中力の障害は47%とやや少なく,しかし頭痛や疲労感を伴うことが特徴であった(頭痛は55%,日中の眠気や低エネルギー状態は約80%).年齢層ごとに異なる症状パターンが存在するため,個別の対応を要する.
Gross RS, et al. Characterizing Long COVID in Children and Adolescents. JAMA. 2024 Aug 21:e2412747.(doi.org/10.1001/jama.2024.12747)

◆long COVID患者は「内部の震えや振動」を呈する.
米国イェール大学よりオンライン調査を使用したlong COVIDにおける「内部の震えと振動感(internal tremor and vibrations)」というあまり知られていない症状に関する横断的研究.手足や体全体で震えや振動を感じる.「筋肉が震えているような感覚がある」,「皮膚のすぐ下で神経が振動している」などと表現されるが,外見からは分からないため注目されてこなかった.成人423人の37%に認め,特に女性に多かった.この症状を認める人は,ユーロQOLで測定した健康状態がより悪く (40対50ポイント,P = 0.007),肥満細胞障害(11%対2.6%, P = 0.008)や神経疾患(22%対8.3% , P = 0.004)の頻度が高かった.この症状を認める患者では,振戦,視覚的なフラッシュ,脱毛,手足のしびれ,胸の鋭い痛み,耳鳴などが多かった.自律神経の乱れや神経炎症,末梢神経障害が関与している可能性がある.この症状を理解し,適切に対応することが求められる.
Zhou T, et al. Am J Med. 2024 Jul 26:S0002-9343(24)00470-4.(doi.org/10.1016/j.amjmed.2024.07.008)

◆COVIDワクチンの効果が長持ちしないのは長寿命抗体産生細胞ができないためである.
米国エモリー大学からの研究.COVID-19 mRNAワクチンは重症化予防に有効であるが,接種後の抗体値が短期間で急速に減少するという問題があった.COVIDワクチンを接種した19名の成人を対象に,接種後2.5~33か月にわたって骨髄から採取したサンプルを分析した.対照であるインフルエンザや破傷風ワクチンでは骨髄に長寿命抗体産生細胞(long-lived plasma cell;LLPC)が定着し,その割合も高かったが,SARS-CoV-2に対する抗体産生細胞は短寿命抗体産生細胞に集中し,LLPCはほとんど認められなかった(図1;注).これがCOVIDワクチンで抗体応答が短期間で減少する理由と考えられた.長寿命細胞が抗体を産生し,長期的な免疫応答を提供できる新たなワクチンの開発が求められる.



注;PopA,PopB,PopDは,骨髄内の異なる抗体産生細胞のサブセットを指す.
PopA (CD19+CD38hiCD138−):新たに形成された抗体産生細胞の集団を指し,比較的短命で,骨髄内に移行したばかりの細胞
PopB (CD19+CD38hiCD138+):中間的な成熟段階にある抗体産生細胞
PopD (CD19−CD38hiCD138+):長寿命抗体産生細胞(LLPC),何年にもわたって抗体を産生し続けることができる成熟した抗体産生細胞の集団
Nguyen DC, et al. SARS-CoV-2-specific plasma cells are not durably established in the bone marrow long-lived compartment after mRNA vaccination. Nat Med. 2024 Sep 27.(doi.org/10.1038/s41591-024-03278-y)

◆スパイク蛋白はフィブリンと結合して炎症性の血栓を形成し神経症状をきたす.
COVID-19では血栓形成に伴う神経障害が生じる.米国UCSFなどの研究チームはスパイク蛋白がフィブリンと結合し,炎症性の血栓を形成することが明らかにした.この結合により分解が非常に困難になり,COVID-19患者で見られる分解されにくい血栓形成の原因となっていた.スパイク蛋白の存在下で,フィブリン線維が細くなった異常な血栓構造を認める(図2上).またスパイク蛋白はフィブリンの重合を促進し,異常な血栓の形成が進む(図2下).さらにフィブリンは肺における酸化ストレスとマクロファージの活性化,NK細胞の抑制を引き起こし,ウイルスの排除を妨げる.加えて脳の微小血管を損傷し,血液脳関門の破壊と神経障害の進行を促進する.フィブリンを標的とした治療法の開発が求められる.
Ryu JK, et al. Fibrin drives thromboinflammation and neuropathology in COVID-19. Nature. 2024 Sep;633(8031):905-913.(doi.org/10.1038/s41586-024-07873-4)



◆long COVIDやワクチン後の副反応が女性に多い理由は性ホルモンで説明できる.
トランス男性とは出生時に女性とされたが,その後,テストステロン療法を受け男性である人である.このため性ホルモンは著しく変化するが,免疫系にどのような影響が生じるか不明である.カロリンスカ研究所よりトランス男性23人の縦断的解析が報告された.この結果,テストステロンによりⅠ型インターフェロン(IFN-I)応答が減少し,腫瘍壊死因子(TNF)応答が強化されることが分かった.具体的にはプラズマサイトイド樹状細胞(外界のウイルス侵入を感知し,抗ウイルス因子発現を誘導する初期応答を行う細胞)や単球でのIFN-I応答が抑制され,NK細胞や単球でのTNF,IL-6,IL-15の産生が増加し,NF-κBシグナル伝達経路が活性化された.つまり免疫応答が性ホルモンによって動的に調節されることが示された.COVID-19における性差もこれにより説明できる可能性がある.
1)なぜ男性におけるCOVID-19感染は死亡率が高いか?
男性ではテストステロンによるIFN-I応答↓炎症性サイトカイン産生(TNFやIL-6)↑,つまりサイトカインストームが生じやすく,男性の死亡リスクが高まる
2)なぜ女性ではlong COVIDやワクチン副反応の頻度が高いのか?
女性ではIFN-I応答が強くウイルスの制御に役立つものの,強い免疫応答が慢性的な炎症や持続的な免疫活性を引き起こしやすく,これがlong COVIDの原因となる可能性がある.同様にIFN-I応答が強いためワクチン接種による免疫系の活性化が高く,副反応も強い可能性がある.
Lakshmikanth T, et al. Immune system adaptation during gender-affirming testosterone treatment. Nature. 2024 Sep;633(8028):155-164.(doi.org/10.1038/s41586-024-07789-z)

◆健康な若年成人への感染で認知機能は低下するものの自覚的には気づかない.
倫理的に物議を醸したヒトチャレンジ試験(感染実感)について英国からの報告.34人の健康な若年成人ボランティア(ワクチン接種なし)をSARS-CoV-2ウイルスに感染させ,その後1年間にわたり,記憶や認知機能の変化を詳細に追跡した.図3は総合認知スコア(bcGCCS)の結果であるが,感染者群(緑色の線)は,灰色の線の非感染者群と比較し,認知機能が著しく低下していること示されている(全時点の平均差 = −0.8631,p = 0.009)(非感染者群はタスクを繰り返すことで学習効果があるためスコアがベースラインより上昇するが,感染者群では認めず,むしろベースラインからの低下が持続している.感染による認知機能の低下は少なくとも1年間は持続する.重要なことは,感染者の多くが自覚的には認知機能の低下を感じていないにもかかわらず,客観的な認知テストでは明らかな差が観察された点である.
Trender W, et al. Changes in memory and cognition during the SARS-CoV-2 human challenge study
eClinicalMedicine, 76, 102842, 2024(https://www.thelancet.com/journals/eclinm/article/PIIS2589-5370(24)00421-8/fulltext)



◆入院を経験した患者では,感染1年後も脳損傷マーカーが高値を示す.
英国の研究.COVID-19で入院を経験した患者351人(ワクチン接種率19%)を対象に,感染後1年間にわたり追跡調査を行った.脳損傷マーカーは健常者と比較して有意に高く,特に神経学的合併症を伴った患者では顕著だった.図4は,脳損傷を示す血清マーカーである神経フィラメント軽鎖(NfL)とグリア線維性酸性タンパク質(GFAP)の値が,COVID-19患者では大幅に上昇し,とくに神経学的合併症を伴った患者で著しいことを示している(微小管障害を示すタウも上昇).感染後1年経過しても,これらのマーカーが高いことから,脳損傷が長期にわたり持続することが確認された.
Wood GK, et al. Post-hospitalisation COVID-19 cognitive deficits at one year are global and associated with elevated brain injury markers and grey matter volume reduction. Nat Med. 2024 Sep 23.(doi.org/10.1038/s41591-024-03309-8)




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機能性神経障害患者さんに「医原性の害」を与えないために ―ヒポクラテスの誓いの観点から―

2024年09月28日 | 機能性神経障害
古代ギリシャの医師ヒポクラテスが残した「ヒポクラテスの誓い」は,医師が患者を治療する際の倫理的なガイドラインとして今なお広く尊重されています.その中でも最も重要な教えの一つが「まず,害を与えない(Primum non nocere)」です.もちろん医師は患者さんに害を及ぼさないよう最善を尽くしています.しかし無意識のうちに「医原性の害(iatrogenic harm)」をもたらしていることがあります.その代表例が機能性神経障害(FND),歴史的にヒステリー,心因性疾患,解離性障害,転換性障害,身体表現性障害,心気症などと呼ばれてきた疾患への対応です.コロナ禍以降,複数の病院を受診したものの診断がつかず,回り回って来院したFND患者さんを少なからず診療しました.そのような患者さんは適切な対応がなされなかったため症状が悪化したり,精神的に傷ついたりしていました.このためFNDへの取り組みの必要性を感じ,先輩や仲間の先生方のお力をお借りして「機能性神経障害診療ハンドブック」を作ったわけです.

今回,Brain誌に掲載された総説は,FNDにおける「医原性の害」に焦点を当て,その原因と対策を提案しております.とくに重要なのは2つの表です.

◆「医原性の害」の8つの原因(表1)
① 誤診による不必要な治療:他の神経疾患と誤診されることによって,FND患者さんが不必要な薬物治療や手術を受けるケースが頻繁にあります.
② 誤診による心理社会的な害:誤診により他の疾患からFNDに診断が変わり,患者さんは混乱したりアイデンティティの喪失感を抱き,精神的な苦痛を経験します.
③ 診断と治療の遅れ:FNDの診断が遅れ,適切な治療を受けられない期間が長引くと,症状の慢性化やQOLの低下が起きます(FNDも治療が遅れると回復困難になります).
④ 医療現場での暴行や不適切な対応:緊急医療の現場では,FND患者に対する不適切な診察や対応(不要な痛み刺激や,意識障害を呈する臥位の患者の顔に手を落とすなど)が報告されています.
⑤ ラベリングによるスティグマ:FND患者は「仮病」とか「偽発作」として扱われることがあり,社会的なスティグマに苦しむことが多く,患者さんの自尊心を傷つけ,治療への意欲を削いでしまいます.
⑥ 機能性障害の概念の誤用と誤解:FNDが「精神的な問題」と誤解され,患者が正当な治療を受けられないことがあります.
⑦ 過小診断や過剰診断:FND患者が他の神経疾患も併発している場合,それが診断や治療の過程で見逃されることがあります.FND患者の新たな症状が出現した際に,十分な検査が行われないケースもあります.
⑧ その他の疾患との混同による誤診:精神疾患等を有する患者さんに対して,十分な評価を行わずにFNDと診断されることがある.

◆ 医原性の害を軽減するための5つの方法(表2)
① 誤診のリスクを減らすための診断基準の明確化:FNDは「除外診断」ではなく,診断基準,具体的には「陽性徴候」に基づいて正確に診断されるべきです.これにより,誤診のリスクが大幅に軽減されます.
② FNDを早期に診断リストに含める:診断の早期の段階からFNDを考慮することで,診断の遅れによる害を減らすことができます.
③ 教育・啓発を行う:医療従事者に対する教育を強化し,FNDに関する最新の知識を普及させることが重要です.患者さんのコミュニケーション不足やスティグマを防止します.
④ FNDに対する医療サービスの改善:FNDに対する治療の提供が,他の神経疾患と同等に行われるよう,リソースの充実や研究資金の増加が求められます.
⑤ 患者団体や専門家との連携強化:患者団体や専門家との協力を強化し,FNDに対する社会的認識を向上させる必要があります.

この論文は,医療現場においてFND患者のケアを改善し,被害を最小限に抑えるための重要な指針となるものだと思います.オープンアクセスですのでぜひご一読ください.
Mcloughlin C, Lee WH, Carson A, Stone J. Iatrogenic harm in functional neurological disorder. Brain. 2024 Sep 6:awae283.(doi.org/10.1093/brain/awae283


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