Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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抗mGluR1抗体の測定は純粋小脳失調症の診断において今後必要である!

2018年04月18日 | 脊髄小脳変性症
【mGluR1の機能と疾患との関連】
代謝型グルタミン酸受容体1型(metabotropic glutamate receptor type 1;mGluR1)は,主に小脳プルキンエ細胞に分布し,運動学習に関わる重要な蛋白として知られている.具体的には興奮性,可塑性,生存に関与している.また脊髄小脳変性症の病因にもなることが知られている.その遺伝子変異は,常染色体劣性遺伝性の先天性小脳性運動失調症の原因となる.さらにこの受容体に対する自己抗体,すなわち抗mGluR1抗体が陽性となる自己免疫性小脳性運動失調症の論文が海外から5つ報告されている.しかし本邦における報告はなく,かつ世界的に見ても長期経過や治療反応性についての報告はなく不明であった.今回,岐阜大学の吉倉延亮,木村暁夫らがこの問題に取り組み,重要な知見を得たのでご紹介したい.

【症例 ―診断―】
51歳女性,初発症状は歩行障害,構音障害で,約2ヶ月間の経過で進行した.画像上,小脳萎縮は目立たなかった.純粋な小脳性運動失調を呈し,亜急性の経過であったため,傍腫瘍性小脳変性症を含む自己免疫性小脳性運動失調症を念頭において自己抗体の検索を行なった.商業ベースで測定可能な既知の自己抗体(HuD,Yo,Riなど)がすべて陰性であったため,抗mGluR1抗体に対するcell-based assay法による測定系を岡崎生理研との共同研究のもと確立し,患者血清および髄液中の抗mGluR1抗体の検出に成功した.具体的にはCOS7細胞にmGluR1を一過性発現する系において,患者血清を用いた免疫染色を行なった(患者では図Aの赤い部分のように染色された.図Bは健常対照).さらにラット脳切片を,患者髄液を用いて免疫染色したところ小脳の分子層が染色された(分子層の深層にはプルキンエ細胞が並び,その樹状突起は分子層に存在する).非常に美しい画像であるが,第一著者の吉倉延亮先生は「自分で行った免疫細胞染色,組織染色の画像を見たときには感動した.このような感動はモチベーションの維持に重要だと思った」と話している.


【症例 ―長期経過と治療反応性―】
本例は現在も経過観察中であるが,発症後5年間にわたり,SARAスコア等を用いた長期経過観察を行ない,客観的な評価ができた点において従来の報告と大きく異なっている.上述のとおり,発症時では小脳萎縮は目立たなかったが,5年後には小脳萎縮は顕在化し,SPECTでは小脳血流の低下も認められた.

症状の増悪と免疫療法による改善を繰り返し,計4回の入院治療が行われた.具体的にはステロイドパルス療法,血漿交換,タクロリムス,アザチオプリン、IVIG,リツキシマブが行われた.とくにIVIGは小脳性運動失調に対して,小脳萎縮が明らかになったあとでも,速やかな改善効果を示した.


【本例が示す3つの重要なポイント】
① 純粋小脳失調症において抗mGluR1抗体陽性例が存在する!
純粋小脳失調症の本邦例でも,抗mGluR1抗体陽性例が存在することを確認した.本例は病初期から神経内科医による評価が行われたため亜急性の経過が確認されたが,病初期に神経内科医による評価が行われなかった場合には自己免疫性小脳性運動失調症が疑われない可能性がある.疑ったとしても,これまで抗体のアッセイ系が本邦においては確立していなかったため、未診断で経過観察されているものと考えられる.本疾患の未診断例が国内に相当数存在する可能性がある.

② 本疾患は治療可能である! 
本例は免疫療法が有効であることを明確に示した.とくに強調したいのは小脳萎縮・血流低下が見られた進行期においても,IVIgが速やかな効果を示した点である.前述のようにmGluR1は小脳において興奮性,可塑性,生存に関与する.よってこの抗体は短期間では機能障害,長期間では神経変性(プルキンエ細胞の脱落)に関わるものと予想される.神経変性が進んだ進行期においても,機能障害を呈するプルキンエ細胞が存在する可能性を考えて,治療介入を試みる必要がある.

③ 抗体は長期に産生される!
免疫療法を行なっているにも関わらず,発症67ヶ月後においても抗体が持続的に産生されていた.このことは十分な経過観察が必要であること,慢性期においても十分な治療を要することを示すものである.

【結論】
今後,純粋小脳失調症,つまり原因不明の孤発性成人発症型失調症(sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology:SAOA)の基準を満たす症例において,抗mGluR1抗体を測定することは治療につながるという意味で重要になる.脊髄小脳変性症に対する治療は有効なものがなく歯がゆい思いをしてきたが,まずは治療可能な症例をきちんと見出すことが大切である.

【検査依頼について】
純粋小脳失調症やSAOAと考えられる症例の自己抗体の検索を当科ではお引き受け致します.お問い合わせは当科吉倉延亮医師までお願い致します.

Yoshikura N, Kimura A, Fukata M, Yokoi N, Harada N, Hayashi Y, Inuzuka T, Shimohata T.Long-term clinical follow-up of a patient with non-paraneoplastic cerebellar ataxia associated with anti-mGluR1 autoantibodies. J Neuroimmunol 319; 63-67, 2018

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医者としての本居宣長 ―アスペルガー症候群説への異論―

2018年04月10日 | 医学と医療
【本居宣長に関心を持ったわけ】
津市での講演の機会を頂いたあと,松阪にある本居宣長記念館を訪ねた.本居宣長は,江戸時代中期に活躍した国学者である.私が宣長に関心を持ったのは,教師であった父がかつて「本居宣長全集」を熱心に読んでいたこと,記念館にある魅力的な展示物の写真をたまたま見たこと,そして宣長は医者でもあったことが理由である.小児科医と言われているが,今で言う総合診療医のように,あらゆる年齢の患者を薬箱を抱えて訪問診療していたようだ.

【宣長のアスペルガー症候群的特徴】

アスペルガー症候群は小児科医ハンス・アスペルガーにちなんで名付けられた発達障害である.症状は3つに分けられ,①反復性の行動・限局性の興味,②社会性の障害,③コミニュケーションの障害を呈する.とくに①は「狭い領域にまるで取り憑かれたような興味を示し,並べたり,分類・整理したりするのを好む」のだが,記念館の展示物はまさにアスペルガー症候群を想起させる.
まずご覧頂きたいのは,中国4000年の歴史を10 mの巻物に書いた「神器伝授図」で,なんと15歳のときに書かれた.細かくびっしりと書かれ,王統が断絶したところには赤線を引くなど,驚くほど緻密である.写真は私の好きな三国志の時代の拡大である.


次は17歳のときに書かれた「大日本天下四海画図」という縦1.2 m,横2 mの大きさの日本地図で,こちらも負けず劣らず緻密であるが,なんと1ヵ月ほどで作成された.


【しかし本当にアスペルガー症候群なのだろうか?】

本居宣長=アスペルガー症候群説は,精神科医岡田尊司先生が「アスペルガー症候群(幻冬舎新書)」の中で記載している.またインターネット上でもそのような記載を見つけることができる.しかし本当にアスペルガー症候群なのだろうか? 違和感を覚えたのは岡田先生が「患者に対しては愛想笑い一つ見せたことのない無愛想な医者だった」と書かれていることだ.たしかにアスペルガー症候群は社会性の障害(相手の気持ちや考えを察するのが苦手)や,コミニュケーション障害(感情や感覚を表現するのが苦手)を呈するので,そう思えなくもないが,国学の勉強から得た知識や世界観は医者としての宣長(医者としては春庵と名乗った)にも影響を与えたのではないかと思えたのだ.一見,アスペルガー症候群を思わせる模写したさまざまな古典の文献にびっしりと書き込みをし,細かい文字を書いた付箋を付けている様子は,本当に学ぶことが好きで,いろいろな工夫をしているよう努力家のようにも見える.


【なぜ蘭方ではなく漢方を学んだのか?】
もうひとつの疑問があった.なぜ宣長は当時先端の蘭方医を目指さなかったかということである.宣長の時代の医学は,伝統的な漢方医学である後世方と,復古医学と言われた古医方,そして西洋医学の蘭方の三つ巴の時代であった.実は宣長(1730-1801)は,杉田玄白(1733-1817)や前野良沢(1723-1803)とまさに同じ時代に生きている.なぜ宣長のような知的好奇心にあふれる人物が,蘭方を学ばず,伝統医学を学んだのだろうと不思議に思っていた.

本居宣長記念館の吉田悦之館長が書かれた「本居宣長の医業と学問」という小論文(日農医誌2017)を読むと,宣長は友人に宛てた書簡の中で「病を治すのは薬ではなく『気』だ」という医学観を示しているといると書かれている.病は医者が治すのではなくて,人間が生まれつき持っている「元気」が治すのであり,その「元気」を養護することこそ医者の行うことにほかならないというのだ.飽食を戒め,体を動かし,無用な心配を避ければ病気にならないという考え方であるが,これは宣長の国学における主張である「自然の重視」とか,「わが国には道はない.道のないのがわが国の道である」というものと重なっていると指摘している.つまり蘭方医学より,伝統的な漢方医学の考え方のほうがこの宣長の考えに合致したのかもしれないし,医学に対する考えが国学で学んだものにより影響を受けたのかもしれない.

【宣長は研究のために何を大切にしたか?】
前述の本居宣長記念館の吉田悦之館長にアポイントを取り,医者としての宣長について尋ねる機会を得た.時間をかけて丁寧に教えてくださった.医者としての宣長については不明な点が多いが,診療記録である「済世録」が残されており,容易ではないものの今後,解読が進められるだろうと仰っていた.しかし分かる範囲で読んでいくと,医者としては繁盛していて,かつ奉行のような偉い人の診察もしており,町医者としては成功していたのではないかとのことであった.当時の松阪には30人もの医者がいたことを考えると,前述のような無愛想な医者では,そんなに繁盛しなかったのではないだろうか?

 また吉田館長によると宣長が大切に考えていたことは2つあり,ひとつは経済的な基盤の確立であり,医業をしっかりと行ない家計を守り,その上で研究を行う行う体制を作ることであったそうだ.安定した医療収入は,妻と5人の子供を養うことを可能とし,さらに国学と言う新しい学問の自由を保障した.現在でも研究は,その基盤である研究費の確保ができないと継続困難になることをすぐに思い起こさせる.

 もうひとつ宣長が大切だと考えたことは,研究を引き継いでもらうということではなかったかと仰っていた.そして宣長の養子の大平(おおひら)が描いた「恩頼図(みたまのふゆのず)」を見せてくださった.「恩頼」とは,本来は神のご加護・お蔭のことだが,その観点から眺めた宣長の系譜である.何とも味のある不思議な図だが,上段中央には両親,その脇には師の契沖(けいちゅう)や賀茂真淵,そのほか孔子や紫式部などの先人や,ライバルの名前が挙げられている.この人たちのお蔭で宣長が生まれ,成長したという意味である.中段の膨らみは宣長自身の存在を示し,下段には子ども,弟子,著作の名前が並ぶ.これは宣長だけのものではなく,日本人誰にもあって,たくさんのお蔭をこうむって,累々とつながっていくのだなと思った.


【結局,宣長はどんな医者だったのか?】
 つまり愛想のない人間味を欠く医者だったのか,それとも源氏物語や古事記伝を読み解いた豊富な知識を背景とした人間味あふれる医者だったのかという疑問だ.この一番の疑問に関して「本居宣長―済世の医心―(高橋正夫著:講談社学術文庫)」を読むと,根拠は不十分ながら,国学の勉強から得た知識や世界観は,医師である宣長(春庵)に対し「確たる医哲学と高度な倫理観を与える」ものであったという立場をとっている.私も宣長はアスペルガー症候群的な特徴を持ちつつも,医者としても立派な人物であったのではないかと思いたい.

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人生の終末期をいかに支えるか -事前指示書からアドバンス・ケア・プランニングへ-

2018年04月02日 | 医学と医療
【ALSにおける事前指示書とアドバンス・ケア・プランニング(ACP)】
診断されて間もないALS患者さんが,自ら事前指示書を作成し持参されたことがあった.回診ではどうしたらその意思を尊重した良い事前指示書が作れるのかを主治医に考えていただいた.事前指示書の作成は実は難しいため,アメリカの多くの州で法的効力を持つ事前指示書『Five Wishes』を参考にして,日本の実情に合わせて作られた『「私の四つのお願い」の書き方―医療のための事前指示書』を参考にしていただいた.
また別のALS患者さんでは、新入院紹介において「NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)は行わないということでご本人のお考えは固まっている」と主治医がプレゼンしたことがあった.しかし「なぜそのような結論に至ったのか,その理由を理解し説明するように」主治医に伝えた.これは結論が重要なわけではなく,その結論に至ったプロセスが重要であるためだ.これらの事例は,事前指示書とACPを考えるうえで示唆に富む経験となった.以下,両者について解説を試みたい.

【事前指示書が必要であるわけ】
人生の終末期において,およそ70%の患者さんは意思決定が不可能になるという報告がある.そのため意思決定ができなくなる前に,あらかじめ本人の意向を確認しておけば,人生の最終段階におけるケア(エンド・オブ・ライフケア;EOLケア)が改善するのではないかという期待が生まれた.これを実現するものが事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)であり,「将来,判断能力を失った際,自分に行われる医療行為に対する意向を,前もって意思表示するもの」と定義される.事前指示は,自分が意思決定できなくなった時の代理人を指名する「代理人指示」と,治療に関する具体的な希望を記録する「内容的指示」が含まれる.

【しかし事前指示書によりエンド・オブ・ライフケアは改善しなかった】
事前指示書の効果を証明するために,米国5施設で行われた研究が有名なSUPPORT studyで,1995年,JAMA誌に報告された(The SUPPORT Principal Investigators. JAMA 274; 1591-8, 1995).症例数9000人以上に対して行われたランダム化比較試験で,エビデンスレベルは高い.方法は熟練した看護師が病状の理解を確認したのち事前指示を患者から聴取し,その情報を医師に伝えるというもので,事前指示を行った群と行わなかった群で,アウトカム(DNR取得から死亡までの日数,疼痛,医療コスト,患者・家族の満足度など)に差が生じるかを検討したが,何とまったく差がなかったのだ!この報告は衝撃的で,単に事前指示書を作っても,EOLケアは改善しないということを示したという意味で,きわめて意義のある研究となった.

【なぜ事前指示書ではEOLケアは改善しないのか?】
その後,なぜ事前指示書でEOLケアが改善しなかったのかが検討された.これまでの議論で,以下の要因が関与したものと考えられている.
・患者が,自らの将来の状況を予測することが困難であった.
・代理決定者(家族)が,事前指示書の作成に関与していなかった.
・代理決定者(家族)が,患者がなぜその選択したのか理由が分かっていなかった.
・医療従事者と代理決定者(家族)が考える患者にとっての最善と,患者の意向が一致しなかった.
・現実の状況は複雑であり,事前指示書の内容を医療やケアの選択に生かせなかった.
すなわち,患者・代理決定者(家族)・医療者のコミュニケーションが不十分で,相互の理解ができていなかったことが原因として重要であることが分かった.

【アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の登場】
以上を踏まえ,患者,代理決定者(家族),医療者が,患者の意向や大切にしていることを,あらかじめ話し合うプロセスこそが大切であるという考え方が生まれ,これをACPと呼ぶようになった.このプロセスがあれば,患者がどのように考えているかを深く理解できるようになり,たとえ複雑な状況に陥っても,代理決定者(家族)や医療者は対応することが可能になるのだ.このプロセスの後に,その内容を文章化して事前指示書を作成しても良い.またACPは最終的な意思の決定ではなく,定期的な見直しが行われる.

【しかしACPは必ずしも世界で普及していない】
ACPは質の高いエンド・オブ・ライフケアに必要なアプローチである.しかし必ずしも普及が進んでいない.その理由としては以下が考えられている.
・患者が,自分の人生の最後を予想することは難しい.
・患者が,人生の終わりを認めたくない.
・患者,家族にとって辛い体験であるであり,誰もが導入できるものではない.
・患者の意向が,経時的に変化しうる.
・医療者が,ACPを実際の臨床に生かすことは難しいことがある.
・医療者にとって,ACPの施行はかなりの時間と労力を要する.

またACPがうまくいかないケースとして,次の2つがある.
1)早すぎるACP・・・・かなり先の未来に対して意思決定をするケースである.どんな選択をしたかさえ覚えていないこともある.早すぎるACPは役に立たない.
2)遅すぎるACP・・・・生命の危機に直面しているときに行うケースである.この場合,患者も家族もACPを避ける傾向がある.すなわち遅すぎるACPは実際に行われないことが多い.

【ではACPをどのように行うか?】
ACPには健康な時に行う,病気になった時に行う,さらに終末期に行うという3つの段階がある.健康なときにはまず代理決定者を選定し,自身の価値観について話し合う.次に適切な時期に(1年程度を目安に)話し合いを継続する.そして病気に直面したときは,治療やケアの目標や具体的な内容について話し合う.その結果を事前指示書に残しても良い.ACPのまとめ方に関しては具体例が見たかったので「本人の意思を尊重する意思決定支援: 事例で学ぶアドバンス・ケア・プランニング」を参考にしている.このなかにはALS患者さんを含む多数の事例で,ACPについて学ぶことができる.「意思決定支援用紙」はとくに参考になる.この特徴は意思決定を支援する拠り所として「本人の意思の3本柱」として,本人の意思を過去・現在・未来の3つの時間軸で捉え,そのうえで,医学的判断と家族の意向を追加し,支援のポイント,合意形成に向けた具体的アプローチを決めていくというものである.

【ALS患者さんやMSA患者さんのACP】
以上の議論により,冒頭のALS患者さんにおいて,事前指示書を作成するだけでは不十分であること,また結論を伺うのみでは医療者としては不十分で,その結論に至った過程を理解することで,その後起こりうる複雑な状況に対応が可能になることをご理解いただけたと思う.個人的には倫理的議論があまり行われてこなかった多系統萎縮症(MSA)のACPのあり方についても考えていきたい.

本ブログは,日本臨床倫理学会 第6回年次大会の教育講演「アドバンスケアプランニング―いのちの終わりについて話し合いを始める」木澤義之先生(神戸大学医学部附属病院緩和支持治療科)を参考にした.以下,参考文献である.

「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について


Rietjens JAC, et al. Definition and recommendations for advance care planning: an international consensus supported by the European Association for Palliative Care. Lancet Oncol. 2017;18:e543-e551.








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多系統萎縮症における認知機能障害を予見する因子

2018年03月22日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)では,従来は合併しないと考えられてきた認知症を呈しうる.とくに前頭葉機能障害をしばしば合併し,病期の進行とともに前頭・側頭葉を中心とする大脳萎縮も明らかになってくる.人工呼吸器を装着した症例では顕著な萎縮を認める.前頭側頭型認知症の病型を示す症例や,初発症状として認知症を呈する症例も報告されている.しかしながら,MSAにおける認知機能の低下を予見する因子についてはよく分かっていなかった.このため私たちは,前方視的な検討を行ない,認知機能および前頭葉機能に影響を及ぼす因子について検討を行なった.

対象はGilman分類のprobable MSAの診断基準を満たす連続59症例とした.追跡開始の時点で,認知機能障害を呈する症例は除外した.ミニメンタルステート検査(MMSE),前頭葉機能検査(FAB)の得点と相関する臨床所見,頭部MRI所見(Fazekas分類)を,線形回帰分析,ANOVAを用いて解析した.

さて結果であるが,対象の発症年齢は60 ± 9.0 歳(42–80歳),罹病期間は50 ± 31ヶ月(11–160ヶ月)であった.病型は46例(78%)がMSA-Cであった.MMSE, FAB, 疾患重症度(UMSARSのパート1,2,4)の平均値ないし中央値は,順に26 ± 3.2, 14 ± 2.7, 22 ± 9.1, 23 ± 9.8, 3(2–4)であった.心拍CVRRおよび残尿量は1.70 ± 0.88%および184 ± 161 mlであった.

次に関心事であるMMSEに相関する因子の検討を行った.MMSEは罹病期間(p = 0.03),UMSARSパート1(p = 0.02),パート4(p = 0.04),残尿量(p = 0.002)と負の相関を,CVRR(p = 0.01)と正の相関を示した.一方,FABはUMSARSパート2(p = 0.003), 側脳室周囲白質病変および深部白質病変のグレードと負の相関を示した(p = 0.02および0.01).

MMSEは罹病期間が長くなると低下したが,FABでは罹病期間との相関は認めなかった.またMMSEでは,罹病期間の影響を超えて,顕著な低下(認知障害)を認める一群が存在することが分かった.このためMMSEの罹病期間に関する回帰直線の68%予測区間を下回る症例(図のオレンジの部分)を急速認知機能低下群(RCI群)と定義した.RCI群と非RCI群の臨床所見,MRI所見をロジスティック回帰分析で比較した.

単純ロジスティック回帰分析の結果,RCI群の予測因子はMSA-Pであること(p = 0.03),UMSARSパート1高得点(p = 0.03),パート4高得点(p = 0.03),残尿量高値(p = 0.006)であった.これら4因子を説明変数とするステップワイズ多重ロジスティック回帰分析を行なうと,残尿量のみが有意な予測因子となった(p = 0.04).

以上の結果から,まずMMSEとFAB低下の予測因子は異なることが分かった.また注目すべき点として,以下の2点が挙げられた.
1)大脳白質のMRI信号変化は前頭葉機能障害を予見する
前頭葉機能は,MSAの運動機能(UMSARSパート2)に加え,側脳室周囲白質病変および深部白質病変のグレードが関与している可能性が示唆された.後者に関連して,MSAでは頭部MRIや剖検の評価にて,大脳白質変性を呈した症例が複数報告されている.MSAにおける前頭葉機能障害に大脳白質が重要である可能性が示唆された(ただし今回の検討では大脳皮質の評価は行なっていない).

2)残尿量は罹病期間に比して高度の認知機能低下を予見する
自律神経障害の重篤な症例のなかに,認知機能が罹病期間による影響を超えて高度に低下する症例が存在することを示唆している.この機序は不明であるが,自律神経障害を早期から認める症例は予後が不良であるばかりでなく,認知機能も不良となる可能性がある.

以上の結果は,まだよく明らかにされていないMSAの認知機能障害の機序にヒントを与えるものと考えられる.今後,より多数例を対象として,MMSEやFAB以外の認知機能評価の指標を含めた検討が望まれる.

Hatakeyama M et al. Predictors of cognitive impairment in multiple system atrophy. J Neurol Sci 2018 (online) DOI: https://doi.org/10.1016/j.jns.2018.03.017







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摂食・嚥下障害と倫理@日本臨床倫理学会第6回年次大会(東京)

2018年03月19日 | 医学と医療
標題の学会にて,藤島一郎先生(浜松市リハビリテーション病院)による「摂食・嚥下障害と倫理」という教育セミナーを拝聴した.非常に勉強になったので,エッセンスをまとめておきたい.

A. 摂食嚥下障害に対する医療で問題となっていること
・ 嚥下障害に対する主科(主な診療科)が定まっていない(神経内科,耳鼻科,歯科,リハ科など).
・ 大学で嚥下障害をメインに研究しているところが少ない.
・ 医師以外の医療スタッフのほうが嚥下障害に対する知識に詳しいことも多く,誤嚥リスクに対する職種間スタンスの違いがある.

B. 嚥下障害を呈する患者さん,例えば「死んでもいいから食べたい」と訴える患者さんにどのように向き合うか?
・ まず嚥下障害を呈する患者さんに多様性があることを理解し(進行する疾患,治る疾患,パーキンソン病のように症状が変動する疾患,機能維持が精一杯の疾患など),どういう疾患のどの時点を見ているのかを理解する.
・ つぎに,正確な評価と診断を行い,嚥下障害を治療できる状態か否かを明確にする.つまり医学的事実を明らかにすることが大切で,これがなければ倫理的判断ができない.このとき,年齢による差別(Ageism)や認知症合併による差別が起きないようにする.
・ 本人に今後の治療方針を決定するための意思表示能力はあるか,つまり,選択の表明,情報の理解,情報の認識,論理的思考が可能かを明らかにする.
・ コミュニケーションを十分にとり,「死んでもいいから食べたい」という訴えの真意を探る.
・ 1人で考え込まず,倫理カンファレンスを行う.
・ しばしば生じる倫理的ジレンマは,倫理4原則で言うと,「自律尊重原則」と「善行原則,無危害原則」の衝突である.すなわち,「本人の願望を尊重することは良いことだ」とする自律尊重原則と,「肺炎を予防し栄養状態を改善することは良いことだ」だとする善行原則ないし無危害原則がコンフリクトを起こす.倫理4原則の優先順位をどのように決めるかについては「患者さんにとって最善利益はなにか?」を第一に考えて,症例ごとに熟慮することになる.
・ 結論を出す以上に大切なことは,その結論を出すためのプロセス,つまり話し合い・コミュニケーションの経緯である.医師は医学的事項や倫理的事項に関して提示を行い,患者さんや家族が結論を出すための手助けを行う.ときにadvanced care planning(ACP)やshared decision making(SDM)につなげていく.

C. 胃ろうに関する問題点
・ 先入観として「胃ろう=生命維持装置」と考えられてしまうが,胃ろうによる栄養管理によって全身状態が改善し,再び摂食できるようになる患者さんもいることを忘れてはならない.胃ろうを作りっぱなしで,その後の評価を行わない事例が少なからずあるので注意が必要である.
・ 胃ろうは単に栄養を胃に入れるものではなく,経管栄養食を直接,胃に入れる不快さ・副作用についても知ってなければならない.胃の中に無理やり入れられても食べた気持ちにならないし,気持ち悪くなることさえある.このことを医療者は認識すべきである.

これらの議論は「摂食嚥下障害の倫理(ワールドプランニング 社)」に詳しいので,より詳しく知りたい方はご一読をおすすめする.



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Beevor先生は「おへそ」を診察し,脳の血管支配も明らかにした

2018年03月15日 | 脳血管障害
「おへそ」は産まれたあとは役に立たない・・・これは神経内科医には当てはまらない.神経内科医は「おへそ」まで診察に使用する.

イギリスQueen Squareの国立病院に勤務したCharles E. Beevor(1854-1908)は「仰臥位で頭部を挙上させると,おへそが上方へ移動する神経徴候」を見出した(いわゆるBeevor徴候:1898年に報告).下部腹直筋の筋力低下をみとめる症例では,おへそを境に,その上下で筋トーヌスが異なるため,頭部を挙上させる負荷をかけると,筋トーヌスの高い上方へおへそが移動するのである.

Beevor先生は,この神経所見を胸髄11~12神経根レベルを巻き込む悪性腫瘍の症例において初めて記載した.下部腹直筋は第10~12胸髄レベルで支配されていることから,同部位の器質的病変,例えば,脊髄腫瘍,脱髄性疾患,脊髄梗塞,脊髄空洞症などでは陽性になりうる.そして筋疾患の顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSH)でも高率に陽性になる(ただしFSHに特異的ではなく,筋疾患では,筋強直性ジストロフィー1型,ポンペ病,封入体筋炎でも報告がある).FSHにおける検討については過去にブログで記載したのでご参照いただきたい.なぜFSHでBeevor徴候が陽性になるかについては,下部腹直筋に筋原性変化が生じる可能性が指摘されている.

過去ブログ「すごい神経内科医は「おへそ」まで診る」

しかし「おへそ」まで観察する神経内科医の先達がどんな業績を残したのか,興味が湧きはしないだろうか?最新号のNeurology誌の神経学の歴史コーナーに,Beevor先生の業績が論文として記載されていた.脳性麻痺症例を検討し,大脳皮質と筋(主動筋と拮抗筋)の運動パターンに関する研究を行なったそうだが,なんと現在もよく見かける図である大脳の血管支配を決定したのもBeevor先生であったというから驚いた!先生は晩年の7年間をこの研究に捧げ,1908年に論文報告をしている.87人の剖検脳に対し,5つの主な血管に異なる可溶性の色素を注入し,その血流分布を明らかにするという,それまでなかった方法で検討を行ったのだ.その地図が図A,Bである(青:後大脳動脈,茶:後交通動脈,えんじ:中大脳動脈,緑:前大脳動脈,黄:前脈絡叢動脈).やはり「おへそ」まで注意して診る神経内科医は,さすがだなあと思った次第である.

Arch Neurol 47:1208-1209, 1990
Neurology 90; 513-7, 2018



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神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐために  -日本神経学会学術大会シンポジウム・アンケートのお願い-

2018年03月12日 | 医学と医療
米国からの報告で,他の診療科医と比較し,神経内科医はワーク・ライフバランスの満足度,そして燃え尽き症候群(バーンアウト)の頻度のいずれもが悪いことが報告されています(Mayo Clin Proc, 2015).2017年,米国および中国からNeurology誌に報告されたアンケート調査でも,神経内科医のバーンアウトの頻度は60%前後と高率でした.この原因として,認知症や脳卒中などの神経疾患患者数の増加による事務作業量の増加や,神経内科医特有のキャラクターなどが関与することが報告されています.昨年度の米国神経学会総会では,バーンアウトを防ぐためのいくつもの試みがすでに開始されており,私は大変驚きました.

5月に開催される第59回日本神経学会学術大会@札幌において,標題のシンポジウムが採択されました.内容としては,まずバーンアウトに関する世界の状況や取り組みを紹介した後(当日発表より長いバージョンを,下記のスライドシェアでご覧いただけます),大学,急性期病院に勤務する医師,女性医師,若手医師の観点から,バーンアウトに関する問題点と課題についてご提示いただきます.フロアを交え議論を行い,今後の取組みやバーンアウトしないためのtipsを共有することを目的とします.

本邦においても,まず米国・中国と同様の調査が必要と思われます.日本神経学会員全員を対象としたアンケートを行うことが理想ですが,まずは学術大会での議論を深めるため,大学に勤務する神経内科医および女性の神経内科医を対象とした緊急アンケートが行われることになりました.今週以降,対象者にアンケートが発送されます.前者は順天堂大学脳神経内科服部信孝教授・横山和正先生,後者は東名古屋病院饗場郁子先生が中心になり作成されました.

高齢化がとくに急速に進行する日本において,神経内科医のバーンアウトの問題はますます重くのしかかるものと思われます.日程上,回答期間が短くなり恐縮ですが,ぜひご回答をお願いいたします!高い回収率による質の高いアンケートとなり,シンポジウムおよび今後の議論に役立てたいと思います.何卒,宜しくお願い申し上げます.

以下,シンポジウムのプログラムになります.

神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐために~バーンアウトしないためのTipsをシェアしよう~ 
(5月25日(金)午前8:00-9:30)

座長:吉田一人先生(旭川赤十字病院神経内科),海野佳子先生(杏林大学医学部脳卒中医学教室)
演者:
1.世界のバーンアウトの状況 下畑享良(岐阜大学神経内科・老年科)
2.若手医師から見たバーンアウトの課題と対策 安藤昭一朗先生(長岡赤十字病院神経内科)
3.急性期病院におけるバーンアウトの課題と対策 井島大輔先生(北里大学医学部神経内科)
4.女性医師におけるバーンアウトの課題と対策 饗場郁子先生(国立病院機構東名古屋病院神経内科)
5.大学におけるバーンアウトの課題と対策 服部信孝先生(順天堂大学医学部 脳神経内科)



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糖質ステロイドにプロトンポンプ阻害剤は併用すべきか?

2018年03月05日 | 医学と医療
【糖質ステロイドは消化性潰瘍の危険因子ではない】
回診で,レジデントの先生から「糖質ステロイドはNSAIDsを併用しない限り,消化性潰瘍の危険因子とはなりませんので,プロトンポンプ阻害剤(PPI)は中止しようと思います」とのプレゼンがあり,「どういうこと???」と驚いた.その根拠は「消化性潰瘍治療ガイドライン2015」の156ページの記載であった(図A;文献1).これを読むと,糖質ステロイドによる潰瘍の根拠は,1983年のMesserらによるメタ解析であったが(文献2),後日,不備のため除外すべき試験が複数含まれることが分かり,それらを除いて再解析したところ有意差が消失したと記載されている.さらに1994年に新たなメタ解析が行われ,糖質ステロイド単独では消化性潰瘍のリスクとはならないと報告されている(ただし糖質ステロイドはNSAIDs潰瘍の危険因子と報告されている)(文献3).愕然としたのは,1983年の不適切なメタ解析の結果により,消化性潰瘍は糖質ステロイドの副作用としては当然起こりうるとずっと信じてきたことだ.

【糖質ステロイドにPPIを長期併用すべきか?】
長期に糖質ステロイドを内服する場合,消化性潰瘍を予防する目的で,PPIを併用することは多い.しかしPPIの長期処方は様々な副作用をきたす可能性が指摘され,とくに米国のメディアでは大きく取り上げられた.このため,米国では,本来,内服が必要な患者さんがPPIを突然自己中断して,消化器症状が悪化するという事例が生じていた.

神経内科医として気になるPPIの副作用は,認知症や骨折の増加である.認知症については,75歳以上の認知症を認めない高齢者の検討で,PPI使用により認知症は増加するという報告がある(ハザード比1.44;95%信頼区間1.36-1.53; P<0.001)(図B;文献4).機序としては,ビタミンB12吸収障害やγセクレターゼ活性の抑制を介するアミロイドβ沈着が推定されている.一方で,PPIの長期使用に伴う様々な副作用に関して,報告の多くはエビデンスが低いとする総説も報告されている(文献5).

【結局,PPIをどうしたら良いのか?】
1)糖質ステロイドにNSAIDsを併用している場合,消化性潰瘍のリスクは高いため,PPI併用は必要である.
2)NSAIDsを併用していない場合でも,消化性潰瘍のリスクがある場合にはPPIを併用する(図C;文献6).具体的には,過去の消化性潰瘍の既往,ヘビースモーカー,大量飲酒者,65歳以上,消化性潰瘍を起こしうる他の薬剤内服(ビスホスホネート製剤).
3)それ以外の場合は基本的に使用しなくて良い.

ただし2)に関連して,糖質ステロイドによる骨粗鬆症の予防として,ビスホスホネート製剤は高頻度で使用されている.そうなると結局,PPIの併用が必要になる.そしてまた,PPIによる認知症増加のリスクは大丈夫なのだろうか?と話は元に戻ってしまう.

さらに話を難しくすることに,ビスホスホネート製剤による消化器症状は大規模臨床試験では必ずしもプラセボ群と有意差がついていない.どうも今回登場する薬剤の副作用については,強固なエビデンスはないものばかりで判断が難しい.つまり結論は出しにくいため,結局は各患者さんと相談して決めるということになるかもしれない(shared decision making).もし自分であれば認知症は怖いという気持ちが強いため,長期のPPI内服は避けて,H2ブロッカーと胃粘膜保護剤ぐらいで様子をみるかもしれない.

1) 消化性潰瘍治療ガイドライン2015(156ページ)
2) NEJM 309: 21-24, 1983
3) J Intern Med 236: 619-632, 1994
4) JAMA Neurol 73: 410-416, 2016
5) Gastroenterology 153: 35-48, 2017
6) J Am Acad Dermatol. 76:201-207, 2017



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パーキンソン病・パンデミック -いま行動起こす時-

2018年02月21日 | パーキンソン病
「パンデミック(Pandemic)」という言葉は,地理的に広い範囲の世界的流行,もしくは非常に多くの数の感染者や患者を発生する流行を意味するもので,インフルエンザやAIDS(HIV感染)などに使用されてきた.例えば,インフルエンザ・パンデミックは「新型インフルエンザウイルスが広範かつ急速に,ヒトからヒトへと感染して広がり,世界的に大流行している状態」のことである.JAMA Neurology誌に,非感染性疾患であるパーキンソン病が,早急な行動を必要とするパンデミック状況にあるという衝撃的な論文が,米国ロチェスター大学から報告されている.

神経疾患は身体の機能障害の原因として最も頻度が高い.この神経疾患の中で,パーキンソン病患者数の増加は非常に急速で,アルツハイマー病の増加を凌ぐものになっている.1990年から2015年にかけて世界のパーキンソン病の有病率は2倍以上,死亡率も2倍以上になった.パーキンソン病は高齢化とともに増加するため,今後さらに,指数関数的に発症者数が増加するものと推測されている.2014年のメタ解析の結果から,全世界におけるパーキンソン病患者数は2015年の690万人から,2040年では2倍以上の1420万人に増加すると推定されている.

しかも本当はこの推測よりもさらに増加するだろうと論文は述べている.その理由として,元となったデータにおいて,正しく診断されず見逃されていたパーキンソン病患者がいること,パーキンソン病の発症率を低下させることが知られる喫煙率が低下していること,そして何よりますます寿命が伸びていることが挙げられる.日本は超高齢社会(65歳人口>21%)にあり,今後さらに高齢化が進むため,当然,患者数は増加する.

このパンデミックにどう対処すればよいのだろうか?社会はHIVに対して行ったような努力を始める必要があると著者は述べている.HIVも当初は,原因不明の生命に関わる疾患であったが,現在は治療可能になり,予後を大きく改善することができた.それと同じことをパーキンソン病において目指す必要がある.パーキンソン病に対して応用可能なHIVに対して行なった4つの努力を論文は紹介している.

1.発症を予防すること
HIVとの戦いにおいて,社会は行動様式,すなわち性行為に関する行動を啓発し,急速に変化させた.パーキンソン病では,遺伝的な要因を除くと,真の発症機序は未解明である.しかし近年,環境要因,例えば殺虫剤や運動不足・食事の要素といったものが発症に関連することが分かってきた.これらの問題に関しては取り組みが可能であるだろう.

2.治療・ケアへのアクセスを増加させること

HIV感染患者は当初,治療・ケアにアクセスすることが困難であった.一部の病院は患者を治療することを拒否さえした.これらは患者に対する差別の蔓延に繋がった.パーキンソン病においては,治療薬がある疾患であるにも関わらず,世界的に治療へのアクセスは限られている.例えばアメリカのような富裕国においても,65歳以上の患者の40%以上が神経内科医による治療を受けていない.同様にヨーロッパ全体を対象としたオンライン調査でも,パーキンソン病患者の40%が専門医による診察を受けていない.富裕国以外では診断さえ行われていない患者が多い.例えばボリビアでは,ほとんどの患者に対し,診断・治療が行われていないことが報告されている.中国では,パーキンソン病患者が200万人を超えているにもかかわらず,パーキンソン病専門医は100人に満たない状況である.

3.研究費を増やすこと

HIV流行が始まった際,各国政府による研究費の割当てがなされなかった.初期の多くの研究は,熱心な支援運動や企業から研究費によって行われ,これらが徐々に増加し,原因解明や治療法の開発に繋がった.現在,NIHは約30億ドルをHIV研究に捻出しているが,遥かに患者数の多いパーキンソン病に対しては2億ドルを下回る状況である.

4.新しい治療薬のコストを減らすこと
世界レベルでは40%,低所得国の80%のパーキンソン病患者は,治療薬を入手できていないと言われている.この治療薬の中には,開発から50年が経過し,比較的安価ながら,QOLや死亡率を改善することができるレボドパが含まれている.一方,新薬の開発が進められているが,近年,薬価が高騰する傾向にあり,いかに安価な薬剤を開発できるかが重要なテーマとなりつつあり,とくに患者数の多いアルツハイマー病ではその考えが認識されつつあるが,その実現への道のりは非常に長いだろう.パーキンソン病においてもこの問題はあまり議論されていない.

上記の4つの対策について日本に当てはめて検討する必要がある.とくに2に関して,神経内科医の不足,医師の偏在化は重要な問題として存在している.後者は新しい専門医制度によりさらに顕著になったと指摘されている.神経内科医療へのアクセスのしやすさを確保するための工夫が一層必要である.また3の研究費については,もちろん希少疾患を切り捨てることがあってはならないが,それでもパーキンソン病,脳卒中,認知症といった患者数が圧倒的に多く,さらに今後顕著な増加が予測される疾患の対策に,優先的な研究費の配分が必要ではないかと思う.神経内科に限ったことではないが,若手医師が将来の研究テーマを決定する場合にも,日本が今後どのような社会になり,どんな疾患の増加に直面するかを考え,それに対して自分が何ができるのかという視点を持つことも大切になるのではないかと思う.

Dorsey ER et al. The Parkinson Pandemic-A Call to Action. JAMA Neurol.2018;75:9-10.



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R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

2018年02月15日 | その他の変性疾患
【FTDP-17とは】
Frontotemporal dementia with parkinsonism-17 (FTDP-17) は,1996年に開催された初めてのFTDPの会議で,遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称である.原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため,名称に17がついた.常染色体優性遺伝形式で浸透率は高い.1998年,タウ(microtubule-associated protein tau:MAPT)遺伝子の変異が同定された.病理学的には脳内にタウ蛋白が異常に蓄積するタウオパチーであった.

【FTDP-17の概念の混乱】
しかし2006 年,FTDP-17の半数の家系は,MAPT遺伝子とは異なるprogranulin(PGRN)遺伝子に変異がみられることが明らかにされた.つまり偶然,17番染色体に存在する2つの原因遺伝子がFTDPを引き起こしていたということになる.臨床的には両者は似通っているが,病理学的には異なり,PGRN変異ではタウの異常蓄積はみられず,ユビキチン陽性,TDP-43陽性の封入体を認める(TDP-43 proteinopathy).さらにMAPT遺伝子変異を認めるものの,パーキンソニズムがみられない症例も報告され,FTDPとは言い難くなった.以上のように,FTDP-17という疾患概念に混乱が生じたが,その名称は20年にもわたり放置された.FTDP-17は,その名称を見て原因遺伝子が分からないだけでなく,蓄積する蛋白も何であるのか分からない.これに対し,孤発性ではFTLD-tauとかFTLD-TDPのように蓄積蛋白が分かり,さらにその下位の病理サブタイプもピック病(PiD),進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBP),globular glial tauopathy(GGT)と分類されている.

【MAPT変異例は孤発性のタウオパチーと臨床的に対応するか?】
パーキンソン病やALS,痙性対麻痺,脊髄小脳変性症など多くの神経変性疾患では,遺伝子変異と臨床像の対応が詳しく議論され,原因遺伝子(産物)の検討が,孤発例の病態解明に有益であった.しかしタウオパチーにおいては,FTDP-17の存在のため,それができなかった.しかし一部のMAPT遺伝子変異例はFTLD-tauと病理学的に共通することが報告され,両者は関連する可能性があるが,多数例での検討はなかった.このため,オーストラリアと英国の共同研究チームは,ブレインバンク登録症例を用いた多数例で,MAPT変異例が特定の孤発性のタウ病理サブタイプと対応するかを検討した.

【方法】
Sydney and Cambridge Brain Banksに含まれていたMAPT遺伝子変異をもつ10例を病理学的に評価し,孤発性FTLD-tauの4つの病理サブタイプ(PiD,CBD,PSP,GGT:各N=4)と比較した(既報例とも比較した).MAPT遺伝子変異はK257T, S305S, P301L, IVS10+16, R406Wの5つで,それぞれがどの病理サブタイプに合致するかをAT8(リン酸化タウ),3Rタウ,4Rタウに対する抗体を用いて検討した.

【結果】
孤発例と比較すると,MAPT遺伝子変異例は,平均罹病期間は同程度であるが,発症年齢は若かった(55 ± 4 歳対70 ± 6 歳).つまりMAPT遺伝子変異は発症年齢に影響を及ぼすことが分かる.またMAPT変異を有する10例は,孤発性FTLD-tauの病理サブタイプと類似の所見,すなわちPick body, astrocytic plaque, tufted astrocyte, globular astrocytic inclusionを呈し,また重症度も類似していた.具体的には,K257Tは Pick病,S305S, IVS10+16, R406WはCBD,S305SはPSP,P301L, IVS10+16はGGTを呈した(図A).S305S変異が2つのタウオパチー(PSP/CBD)を呈したこと,またIVS10+16がバンク例で2つ(CBD,GGT),既報例を含めると3つのタウオパチー(CBD,GGT,PSP)を呈したことは,MAPT遺伝子以外に,さらなる修飾因子が存在する可能性が示唆された.

既報例の検討では,タウ・スプライシングを決定するエクソン10およびイントロン10の遺伝子変異で,複数の病理サブタイプを呈していることが分かる.つまりエクソン10とそれ以外の遺伝子変異ではかなり病態が異なるものと考えられた.
     
【考察】
本研究は,異なるMAPT遺伝子変異が,それぞれに対応する,異なる病理サブタイプを呈することを示した.このことは遺伝子変異の検討が孤発性FTLD-tauの異なる病型の病態機序にヒントを与える可能性を示唆している.つまり,MAPT変異例は,FTDP-17という独立した分類にするのではなく,孤発性FTLD-tauサブタイプの家族例として考えるべきである.今後,動物モデルや細胞モデルを用いて,各遺伝子変異が異なる孤発性病理サブタイプを生み出す病態機序について明らかにする必要がある.

【本研究の限界とタウPETによる検討】
本研究は,既報例を引用しているものの,症例数が10例と必ずしも多くないこと,蓄積したタウのタイプのバランスが分かりにくいという問題がある.すなわちタウにはアルツハイマー病(AD)でみられる3R/4Rタウや,PSP/CBDでみられる4Rタウ,PiDでみられる3Rタウがある.罹病期間の長いCBDでは3Rタウも蓄積するという報告もある.この問題に答える研究がごく最近のNeurology誌に報告されている. MAPT遺伝子変異例13例を含むタウPETの研究である.AD typeの3R/4R tauを認識するtau PETである18F-AV-1451 PETの検討である.

AD患者,コントロール,MAPT変異例でPETを行なうと,AD>エクソン10以外変異>エクソン10変異>コントロールの順にタウの蓄積が認められた(図B).上述のとおり,エクソン10はタウのスプライシングに関与し,3Rと4Rのバランスを決定している.つまり,エクソン10以外に変異がある症例では,3R/4R tau(AD type)が増え,エクソン10に変異があると4R tauが優位に増加する.このため,AV-1451 PETではエクソン10変異では4Rタウが主体になり,タウの集積は目立たない.つまりMAPT変異の種類により,蓄積するタウの種類が異なることがPETの検討から分かる.このようにMAPT遺伝子変異は蓄積するタウのタイプを変えることで,病理サブタイプ,ひいては臨床像を変えるものと考えられる.家族例の病態の理解が,孤発例の理解の近道になるのだろう.


Forrest SL et al. Retiring the term FTDP-17 as MAPT mutations are genetic forms of sporadic frontotemporal tauopathies. Brain. 2018 Feb 1;141(2):521-534. doi: 10.1093/brain/awx328.

Jones DT et al. In vivo 18F-AV-1451 tau-PET signal in MAPT mutation carriers varies by expected tau isoforms
Neurology 2018 on line(DOI: https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000005117)







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