Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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小脳型進行性核上性麻痺(PSP-C)と多系統萎縮症(MSA-C)の鑑別

2013年08月20日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)は原著に記載されたように,姿勢保持障害,後方への易転倒性,垂直性核上性眼筋麻痺,認知症を主徴とし,さらに筋強剛,球麻痺を呈する(Richardson症候群).しかし,病理学的に診断が確定された症例の臨床像の検討結果から,亜型として,病初期にパーキンソン病と鑑別を要する症例(PSP-P),病初期にはすくみ足・純粋無動のみ呈する症例(PSP-PAGF),大脳皮質基底核症候群を呈する症例(PSP-CBS)等が報告された.またLitvanらによるPSPの診断基準では「著明な病初期からの小脳症状」は診断の除外項目になっているが,本邦では小脳性運動失調を主徴とするPSPの存在が知られていた.

本邦のPSPの臨床亜型に関して新潟大学の検討では,病理学的に診断が確定したPSP 22例のうち,10例はRS(45%),8例(36%)はPSP-Pに分類されたが,残り4例は分類不能で,うち3例(14%)は小脳性運動失調にて発症,ないし主徴とする症例であった.そしてこのような病初期に脊髄小脳変性症との鑑別が問題になる亜型をPSP-Cと名付けた(Mov Disord. 2009;24:1312-8. Parkinsonism Relat Disord. 2012;18:677-9).このような症例は病初期において,とくに孤発性脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(MSA-C)と鑑別が問題になる.今回,新潟大学は病理学的にPSP-CとMSA-Cと診断された症例の病初期の臨床症候を検討し,臨床的な鑑別点について検討したのでご紹介したい.

対象は病理学的に診断が確定されたPSP-C 4例とMSA-C 11例で,発症2年までの臨床症候,およびMRI所見を比較した.結果としてはPSP-Cの発症年齢はMSA-Cより高齢で(68.8 ± 4.4歳 vs 58.3 ± 7.4歳;p = 0.009),臨床的にはPSP-Cは易転倒の頻度が高率(100% vs 27%; p = 0.026),かつ核上性垂直眼球運動麻痺の頻度も高かった(75% vs 0%; p = 0.011).逆に自律神経障害の頻度はMSA-Cで高かった(0% vs 90%; p = 0.035).歩行障害,筋強剛,振戦,認知症,発症の左右非対称性については有意差を認めなかった.またPSP-Cのうち2例でMRI検査が行われていたが,MSA-Cで認められるhot cross bun signやputaminal slit signは認めず,発症2年以内では小脳・脳幹の萎縮も明らかではなかった.

以上より,病初期における易転倒性や核上性垂直眼球運動麻痺,そして自律神経障害の欠如,小脳萎縮が目立たないことはPSP-Cを示唆する可能性が示唆された.このような症例を蓄積し,診断のためのバイオマーカーを同定すること,かつ疾患の病態(4リピートタウオパチー)特異的な治療法を開発することが今後の課題である.

Kanazawa et al. Early clinical features of patients with progressive supranuclear palsy with predominant cerebellar ataxia.
Parkinsonism Relat Disord. 2013 Aug 3. pii: S1353-8020(13)00273-3. doi: 10.1016/j.parkreldis.2013.07.019.



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低血糖脳症の予後を予測する因子

2013年08月02日 | その他
1.低血糖脳症は高齢化社会において取り組むべき重要な疾患である
低血糖症は血糖値の低下により神経症状をきたす状態で,一般的には血糖値が60mg/dL以下になる場合を指す.710万人と言われる日本人糖尿病患者のうち,年間0.3%(2万人!)の頻度で低血糖症のための病院受診があると言われている.原因としては,糖尿病に対するインスリン注射や経口糖尿病薬投与の誤用が多い.

低血糖症のなかでブドウ糖投与によっても症状が改善しない重篤なケースは「低血糖脳症」と区別して呼ばれることがある.個人的な印象として,この重症例が入院するケースが以前より増加しているように思う.糖尿病患者も高齢化し,血糖降下薬の誤用が増加したり,高齢者の一人暮らしや老々介護で,低血糖症への対応が遅れたりすることが原因となっているのではないかと推測する.逆に低血糖症を繰り返すと認知症発症のリスクが増加することも報告されており(Whitmer et al. JAMA 2009),低血糖症・低血糖脳症は,高齢化社会において取り組むべき重要な疾患といえる.

2.低血糖症の予後とその増悪因子
低血糖症の予後について検討した私どもの論文を紹介したい.新潟県の救急病院5施設(新潟大学医歯学総合病院,新潟市民病院,長岡赤十字病院,信楽園病院,県立新発田病院)による共同研究である.目的は低血糖症の予後を悪化させる因子を特定することであるが,それを特定し治療介入を行えれば,予後が改善させる可能性があるのではないかと考えた.具体的に調査する項目は,既報のげっ歯類モデルにおいて予後に影響を与えると報告された以下の因子である(括弧内は動物モデルでの予後への影響).

a. 血糖値(低いほど重症)
b. 低血糖の持続時間(長いほど重症)
c. 補正後最高血糖値(治療前との差が大きいほど酸化的ストレスを招く;動物でモデルでは再灌流障害と呼ばれている)
d. 来院時体温(げっ歯類では低血糖により体温が低下するが,これを保温し体温を維持すると予後は増悪する)
e. 来院時の血中乳酸値(乳酸は脳でブドウ糖の代替エネルギーとして使用できるため,適度な上昇は有益)

研究の方法は,2005-2011年に上記施設の神経内科で加療した低血糖症165名と対象とした後方視的研究である.原因・基礎疾患,来院時の血糖値,持続時間(症状出現からブドウ糖注射までの時間:発症が特定できない場合,最終的に元気な状態が確認された時間を始点とした),補正後最高血糖値,体温,血中乳酸値を診療録にて確認した.発症1週間後のGlasgow outcome scale(GOS)にて,予後良好群(GOS=5)と予後不良群(GOS=1-4)に分けて,上記項目を比較した.

さて結果であるが,年齢は 69.1 ± 15.5 歳(25-94歳)とやはり高齢で,原因・基礎疾患は,血糖降下薬誤用123名,下痢・食事量低下37名,アルコール依存症26名,その他13名(拒食症,ステロイド中断による急性副腎不全,インスリノーマ,自殺企図)であった(延べ人数).予後良好群は127名,予後不良群は38名であった.

予後不良群の血糖値は良好群に比べて低く (18.0 mg/dL vs 24.0 mg/dL; P=0.002),低血糖持続時間は長かった (16.0時間 vs 9.0時間; P<0.001).予後不良群の来院時体温は良好群に比べて高く(37.0℃ vs 35.5℃; P<0.001),血中乳酸値は低かった (1.0 mmol/L vs 2.2 mmol/L; P=0.032).補正後血糖最高値には有意差を認めなかったものの,予後不良群,良好群とも265, 240 mg/dLと高値で,なかには400-600 mg/dLに達する症例も見られた.

以上より,より低い血糖値,長い持続時間は,脳の低エネルギー状態を増強し,予後を増悪させるものと考えられた.体温の低下は,げっ歯類同様,ヒトでも起こり,神経保護的に作用する可能性がある.さらに血中乳酸値の上昇は,ブドウ糖の代替エネルギーとなり神経障害に対し保護的に作用する可能性がある.最後に治療としてのブドウ糖は,適正な投与量が不明なため過量となることが多く,耐糖能障害と相まって容易に異常高値になる可能性が考えられた.この大幅な血糖値の変化はグルコース再灌流障害をもたらし,脳に2回目の障害をもたらすものと考えられた.

3.低血糖脳症の治療は可能か?
以上より,低血糖による神経障害は①低エネルギーによる障害(血糖値,持続時間)と,②それを修飾する要因(体温,代替エネルギーの大小,治療後血糖値)が存在するものと考えられた.①は救急外来に来てからでは介入しがたいが,②に関しては可能性がある.新潟大学ではこれらの知見をもとに動物モデルにおいて神経障害の回復を目指した以下の研究を行っている.

低血糖脳症に対する神経保護薬開発の取り組み

Ikeda T, et al. Predictors of outcome in hypoglycemic encephalopathy. Diabetes Res Clin Pract. 2013 Jun 29. (on line)
Comments (2)
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