Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症の髄液バイオマーカー

2006年08月20日 | 脊髄小脳変性症
 晩発性小脳皮質変性症(idiopathic late-onset cerebellar ataxia;ILOCA)と小脳失調型多系統萎縮症(MSA-C)は,症状の進行速度や合併する症状が異なるため,早期から鑑別することは有益である.しかし,実際には病初期はともに小脳失調のみを呈するため,臨床的に鑑別することは困難である.今回,その鑑別を可能にする髄液バイオマーカーがオランダから報告されている(retrospective study).

 対象は27例のMSA-C(8例のprobable MSA, 10例のpossible MSA,残り10例は髄液採取の時点では診断未確定)と18 例のILOCA.発症から髄液採取までの期間は,MSA-Cで4.5年,ILOCAで7.3年であった.
 髄液バイオマーカーの選択は,可能性がありそうな蛋白として脳特異的蛋白,および神経伝達物質代謝産物をそれぞれ8種類と3種類,測定している.結論としては,neurofilament light chain (NFL)とneurofilament heavy chain (NFHp35)が,ILOCAと比較してMSA-Cでは有意に増加し,神経伝達物質代謝産物は3種類すべてにおいて有意に低下していた(3種類とはhomovanillic acid (HVA),5-hydroxyindoleaceticacid (5-HIAA), 3-methoxy-4-hydroxyphenylethyleneglycol (MHPG)である).縦軸に感度(真陽性率)、横軸に偽陽性率(=1-特異度)をとって,カットオフ値を変更した場合の両者の変化を順次プロットしていく曲線(ROC曲線; receiver operating characteristic curve;受信者操作特性曲線)を用いて,NFHp35,MHPGのカットオフ値を求めてみると,NFLでは24.4 ng/Lにてsensitivity;79%,specificity;94%.NFHp35では129.5 ng/Lにてsensitivity;87%,specificity 83%.MHPGでは42.5 nMにて,sensitivity;86%,specificity;75%という結果であった.多変量ロジスティック回帰モデルを用いた解析では,NFL,MHPG,そしてtauを変量として選択した場合,両者の鑑別が100%可能となった.

 以上の結果は,MSA-Cでは,①NFLやNFHp35という大径有髄の軸索の変性を示唆する蛋白が(機序は分からないが)髄液にて増加している,②従来から報告されているように神経伝達物質代謝産物,とくにノルアドレナリン代謝産物のMHPGが低下していること(青斑核や腹側外側延髄における神経細胞脱落を反映),を示唆する.
 
 この研究チームは同様の手法で,MSA-Pとパーキンソン病の鑑別を行い,NFLとtauを組み合わせることで鑑別が可能であると報告している(Neurobiol Aging. 2006 May 5; [Epub ahead of print]).これらneurofilamentの所見が,MSAの病態機序を反映したものなのか,もしくは直接病態機序とは関連しない二次的な変化であるのか,今後の研究が必要であろう.

Neurology. 67; 474-479, 2006

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軽症パーキンソン病患者を特定疾患から除外してよいのか?

2006年08月11日 | パーキンソン病

 「特定疾患」とは,原因不明,かつ治療が困難であり,病状も慢性に経過し社会復帰が困難もしくは不可能であり,医療費も高額で,経済的な問題や介護等家庭的にも精神的にも負担の大きい疾病を指す.また症例が少ないことから全国的規模での研究が必要な疾患と定義される(難病情報センター).この制度は,難病の病態把握と患者支援のため1972年度に開始され,98年に医療費を一部自己負担する制度,2003年には所得と治療状況に応じた段階的な自己負担制が導入された.現在,特定疾患は121疾患あり,うち45疾患の医療費は公費負担助成の対象となっている.

 さて現在,特定疾患のうち,患者数が多い2つの疾患,パーキンソン病と潰瘍性大腸炎において,公費負担の対象者の範囲の見直しが検討されている.以下8月10日付共同通信社ニュースのコピーを示す.

  厚生労働省の特定疾患対策懇談会は9日,患者の医療費が公費負担されている45の特定疾患のうち,パーキンソン病と潰瘍性大腸炎について公費負担の適用範囲を縮小することを決めた.

 患者数が特定疾患の指定の要件である5万人を大幅に上回っているためで,公費負担額の縮小が狙い.懇談会は軽症患者を公費負担の対象から除外する方向で検討を進める見通し.今後,患者団体の意見を聞いた上で決めるとしているが,患者団体は反発している. 

 患者数が5万人以上の特定疾患は,潰瘍性大腸炎(約8万人),パーキンソン病(約7万3000人),全身性エリテマトーデス(約5万2000人).同省によると,この3疾患で公費負担総額約770億円の約4割を占めている. この日の懇談会では,パーキンソン病と潰瘍性大腸炎は,特定疾患からは除外せず,公費負担の対象者の範囲を見直すことで一致した.全身性エリテマトーデスは,患者数がここ数年,横ばいになっていることから,今回の見直しの対象にはしないことになった.

 厚労省疾病対策課は「患者団体などの意見を聞いた上で議論を取りまとめ,できるだけ早く適用したい」としている.

 まず気がつくのは,軽症患者だからといって治療費が少ないわけではないということだ.近年のガイドラインでは,高齢者を除くパーキンソン病患者ではドパミンアゴニストから治療を開始することを推奨しているが,例えば塩酸プラミペキソール(ビ・シフロール)で治療を開始するとして,1錠(0.5mg)=204.50円,維持量(標準1日量1.5~3mg)として,204.50×(3~6錠)×30日で,18,405~36,810円もかかってしまう(薬価が高すぎる!).本当に困っている人に負担を強いて,数億円のお金を節約するという政治でよいのだろうか.「平成18年度診療報酬改訂におけるリハビリに対する処遇」の際にも思ったが,日本の政治家や官僚は財政の建て直しのために,もう少し叡智を絞ることはできないのだろうか.

 さあ,皆さんはどう考えるだろうか?

Comments (7)
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新潟神経学夏期セミナー

2006年08月06日 | 医学と医療
 1週間前の話になってしまうが,第36回新潟神経学夏期セミナーに参加した.とても面白いセミナーだった.新潟大学脳研究所の理念は「基礎と臨床の一体化」ということだが,臨床と脳科学がどのように結びつくのかをいろいろな側面から学ぶことができた.
 臨床脳研究における新しい「三種の神器」と呼ばれるMRI,PET,MEG(脳磁図)の臨床応用の話や,森ノ宮病院の宮井一郎先生による「神経リハビリテーションの進歩」は大変,興味深かった.とくに後者は神経内科医がリハビリテーションに積極的に関与する,もしくは神経内科のバックグランドをもつリハビリテーション医の必要性を痛感した(詳細は「脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方」のご一読をお勧めする).
 また脳研武井延之先生による「神経細胞における翻訳調節機構」では,神経細胞における局所の蛋白翻訳機構,すなわち神経細胞では核でなくても,樹状突起にも,蛋白翻訳に必要なtranslation machinery(リボソーム蛋白,mRNA,翻訳因子)が存在し,実際に蛋白翻訳が行われていることが示された.このことはシナプスという局所において蛋白翻訳が行われていることを示し,非常に驚くべき話であった.
 そして圧巻は,理化学研究所のヘンシュ貴雄先生による「臨界期のしくみ」であった.「臨界期」とは,脳の可塑性(脳の機能が環境の影響で変化し,その変化をあとまで維持する性質)が非常に高い時期を指す.脳の機能ごとに「臨界期」は異なり,それぞれの機能に関して「臨界期」は一生に一度と言われている.「臨界期」は,従来,興奮性細胞により特定の回路がくり返し刺激され,回路が定着すると考えられてきたが,ヘンシュ氏の研究は,むしろ遺伝子ノックアウト(GAD65欠損)によって抑制性細胞のシナプスで発現するGABAの量を抑えたところ,「臨界期」の発現は遅くなり,逆にGABA受容体の感度を高めるdiazepamを投与すると,可塑性が復帰し,臨界期の発現が早まることを示した.すなわち,抑制性細胞の機能が「臨界期」のコントロールに重要であることを示したわけだ. このことは「脳が柔らかい時期に,適切な刺激を与えるのが重要」であり,かつ「過剰な刺激を与えない,脳に影響を及ぼす物質を与えないことにより,子供の脳を育むことが重要」であることを示唆する.
 そしてもうひとつ面白かったのは,脳研究所で研究を行っている若手研究者たちによるポスター発表であった.発表に引き続きビアパーティーも行われ,アカデミックな雰囲気の中にも若きエネルギーが溢れるとても楽しい会であった.今年は昨年よりずいぶん参加者も増えたそうである.新潟大学で基礎研究や臨床を学ぼうと思われる方,もしくは最新の臨床研究・基礎研究に触れてみたい方はぜひ来年のご出席をお勧めする.

第36回新潟神経学夏期セミナー

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方
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脳深部刺激療法後のパーキンソン病患者は良くなる余地が残されている?

2006年08月04日 | パーキンソン病
 深部脳刺激療法(DBS)は,進行期パーキンソン病(PD)に対してきわめて有効な外科治療である.しかし効果発現のためには電極の位置を正しく保つこと,刺激パラメーターの最適なプログラミング,抗パ剤の用量の調節が重要である.術後の経過観察はこれらのいずれについても精通した者が行うことが理想だが,現実には脳外科医のみ,もしくは神経内科医のみということが多いのではないだろうか.
 さて,今回,カナダからDBS後,症状が安定したPD患者に,DBSプログラミングと薬剤調節に詳しい神経内科医が介入して,症状の改善の余地があるものなのかという研究が報告されている.対象は,視床下核刺激療法を長期間受けているPD患者44名で,治療期間は3.5±1.7年,治療の効果は安定している者とした.そして,DBSとPDの治療の両者に関して精通している神経内科医が,刺激療法の再プログラミングと投薬量の調整を担当した.そしてその前後にUnified Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS)のパートⅡからⅣの部分のスコアを比較した.被験者を最長14ヶ月に渡って追跡調査した.
この結果,24名(54.6%)でUPDRSスコアのⅡないしⅢが有意に改善した(それぞれ15.0%,25.9%).また抗パ剤の使用量も有意に減少した(25.9%).一方,16名(34.6%)には改善はみられず,4名(9.1%)は症状が増悪した.
以上の結果は,DBSとPDの両者に詳しい専門医が,術後治療に関わったときに,安定していると考えられる視床下核DBS患者であっても,その半数で状態が改善することを示すものである.これは驚きの結果であるが,具体的にどのように再プログラミングしたのだろうか? Methodのところを読むと書かれているのだが,経験がないので良く分からないが,基本的に刺激強度を徐々に上げていき(3.6Vまで),副作用stimulation-induced acute dyskinesia(SID)の出る強度をまず調べるらしい.その後,このdyskinesiaが消失するレベルまで内服していた抗パ剤を減量するか,もしくは強度を下げるらしい(この辺の調節方法に詳しい脳外科の先生がいらしたらコメントください).
いずれにしても,本研究は,DBSは術後のケアもとても重要ということをあらためて認識させてくれた点で意義深い論文と考えられた.DBSを受けたもののしばらく刺激パラメーターの調節を行っていない患者さん,ないし患者さんの主治医は再評価の必要がないか検討する必要があろう.

Arch Neurol 63; 2006 e-pub ahead
Comments (6)
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