Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

ポケモンGOと「ヒポクラテスの木」に現れた蛇

2016年07月26日 | 医学と医療
モノクロ画面でプレイした赤・緑時代からのファンとして楽しみにしていたポケモンGO.新潟大学の旭町キャンパスでは,レンガ造りの「医学部赤門」と「ヒポクラテスの木(写真左)」がポケストップ(アイテムを入手するところ)になっていました.そのヒポクラテスの木の下に,蛇のポケモン「アーボ」が現れて驚きました(写真中).蛇は医療・医術の象徴であり,そのことをご存知の人がこのポケモンを配置したのかなと,にんまりしました.

ときどき目にする「蛇の巻きついた杖」の図は,ギリシア神話に登場する医神アスクレピオスの持っていた杖に由来します(写真右).アスクレピオスは,女神アテナから授かった,メドゥーサ(髪の毛が無数の毒蛇である怪物)の首を刎ねて,右側の血管から集めた蘇生作用のある血液を使い,死者まで生き返らせるほどの医術を習得します.しかし「生老病死を乱すもの」としてゼウスにより雷霆をもって撃ち殺されてしまいます.しかし死後,功績を認められ,神の一員に加えられることになります.これが「へびつかい座」誕生のギリシア神話の一節です.

アスクレピオスの4人の子どもたちはいずれも医術にかかわります.娘のヒュギエイア(Hygieia)はギリシア語で健康を意味し,英語でのhygiene(清潔,衛生)の語源となります.そしてその子孫の中にヒポクラテスがいたと言われています.「医学の父」ヒポクラテスは,紀元前4世紀に,医師の倫理・任務などについての宣誓文「ヒポクラテスの誓い」を記しました.医学生時代,「医師は自分の能力の限り,患者さんのためにつくすべきで,決して害を与えてはならない」ということを臨床講義で教わりましたが,講義のあと,大学の構内にある「ヒポクラテスの木」を見に行くように言われました.

「ヒポクラテスの木」は,ヒポクラテスが弟子に,その木の下で医学を教えたという,ギリシャのコス島にあるプラタナスの大樹のことを言います.プラタナスといっても,街路樹などに普通に見られるものと種類が異なり,コス島の「ヒポクラテスの木」に由来するDNAを持つものだけが「ヒポクラテスの木」と呼ばれています.新潟大学に「ヒポクラテスの木」がある理由は,整形外科医で,医史学研究家の蒲原宏先生(中田瑞穂先生,高野素十先生に師事した俳人としても有名)が,昭和44年9月,コス島に渡り,「ヒポクラテスの木」のぼんぼんのような実をこっそり持ち帰って発芽させ,立派な10本の苗木に育てあげてから,昭和47年6月,新潟大学医学部構内に植樹したためです.脳研究所初代所長の中田瑞穂先生は「やがて大夏木になれと植ゑらるゝ」の一句を持って植樹を祝われたそうです.ところが植えられた翌日の朝に,何者かによって持ち去られてしまいます.その後,蒲原先生のご自宅に植えられた苗木が再度,新潟大学に移植され,現在のヒポクラテスの木になりました.9本の苗木の子孫はさまざまな大学や病院に株わけされました.

さて,どうして医学のシンボルとして「蛇」が用いられるのでしょうか.一説には,蛇はどんなに表面が傷ついても,脱皮をすると元通りの傷一つない姿に戻るという性質を持っているため,「再生と治癒のシンボル」とされたためと言われています.前述のように医神アスクレピウスにはそれができたわけですが,2000年以上の時を経て,現在の医学は,再生医療やゲノム編集,人工知能等を用いて同じことを実現しようとしています.正しく用いれば人類に多大な恩恵をもたらしますが,使い途を誤れば,これらの技術はアスクレピウスと同様に「生老病死を乱すもの」になりかねません.蛇のポケモンを見ながら,学生のときに学んだ「決して害を与えてはならない」というヒポクラテスの誓いを考えていました.

【参考文献】
1.ヒポクラテスと医の倫理(日本語訳)・・・一部,現代にそぐわない箇所もありますが,患者さんの生命と健康保持のための医療を要とし,プライバシー保護,専門職としての医師の尊厳など,医療に携わる者の行為や態度の中核になるべき規律と言えます.

2.新潟大学医学部100周年記念アルバム・・・69ページに「ヒポクラテスの木」という随筆があります.

3.ヒポクラテスの木と蒲原株・・・長岡中央綜合病院 星栄一先生による蒲原株についての解説

4.医学の歴史 ヴォルフガング エッカルト(東信堂)医学史の教科書として優れた良書.





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

臨床研究とプロジェクトマネジメント

2016年07月17日 | 医学と医療
DIA(drug information association)は,1964年,サリドマイド事件を憂慮した30名のメンバーにて設立され,現在,世界中に18,000人以上の会員を有する医療用製品の研究開発に関わる専門家のための非営利団体である.産・学・官いずれの特定の組織からも影響を受けない中立の立場で活動が運営されている.米国,欧州,日本,中国などでさまざまな会議,ワークショップ,トレーニングコースが行われている.今回,DIAが主催する「第3回DIA医療機関向けプロジェクトマネジメントトレーニングコース―ケースで学ぶプロジェクトマネジメントの基本概要―」に関するトレーニングに参加し,大変勉強になったのでご紹介したい.

「プロジェクトマネジメント」は,プロジェクトを成功裏に完了させることを目指して行われる活動を指し,学問としても体系化されているが, 臨床研究を効果的・効率的に推進するためにも必要なコンセプトである.さらに臨床研究の「質」を維持・向上させる具体的な考え方としても近年,重視されている.

「プロジェクトマネジメント」が臨床研究で重視されることになった契機は,2015年10月,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(倫理指針)」に おいて,軽微でない侵襲かつ介入を伴う臨床研究においては「モニタリング」が義務付けられ,必要に応じて監査を実施することが明記されたことである.医師主導治験においては,人的,時間的,資金的な資源の制約が多いため,その成功のためには,その少ない資源を何とか有効に活用した運営が必要である.ここに「プロジェクトマネジメント」のコンセプトやツールを理解して実践することが有用なのだ.

今回のコースでは,医師主導臨床研究の仮想プロジェクトを題材に,「プロジェクトとは?」「プロジェクトマネジメントとは?」から始まり,プロジェクトを構成する各活動の計画立案,日程表の作成(タイムマネジメント;写真1),および進捗管理(リスクマネジメント;写真2)等を講義と実習で学んだ.「プロジェクトマネジメント」という学問について何も知らなかったので非常に勉強になったし,図や表といったツールを用いてプロジェクトを計画・実践していくことの有用性がよく理解できた.

参加したのは16名で,研究責任医師,スタディーマネジャー,研究事務局などの業務に携わる方々で,この領域に取り組んでおられる医療関係者と知り合いになれたことも嬉しかった.とくに医師主導臨床研究のプロジェクトマネジメントの習得を目指している若手医師・大学院生に知り合えたことは嬉しい驚きであった(神経内科医もいらっしゃった).すでに世界に通用する質の高い臨床研究・創薬研究におけるプロジェクトマネージャーの重要性を理解し,その習得を目指す先見の明に感服した.ただ自分の取り組みが学位になるのか,正当に評価されるのかという悩みも同時に抱えておられた.基礎研究が比較的少ない共著者数で,自身も第一著者になりやすいのに対し,インパクトの大きな臨床研究ほど共著者数は増え,縁の下の力持ち的なプロジェクトマネージャーが第一著者になることは難しいのかもしれない.知的財産,産学連携,臨床研究マネジメントといった創薬のために必要な知識や経験を積むことよりも,基礎研究論文のインパクトファクターばかり重視されるという従来の風潮は改める必要があるのではないだろうか.基礎研究の知見を実際の臨床に還元するのに不可欠なステップを理解し,そしてそれに取り組む若い医師・研究者が増えることが,日本から新しい医療を発信するために必要であると思う.

プロジェクトマネジメント
DIA Japan
入門書 図解入門よくわかる最新PMBOK第5版の基本 (How‐nual Visual Guide Book)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

注目の「レム睡眠行動障害」を理解しよう!@日本睡眠学会

2016年07月08日 | 睡眠に伴う疾患
レム睡眠行動障害(RBD)は,レム睡眠中に夢の内容に合わせて体が動き出してしまう睡眠障害です.日本睡眠学会のシンポジウム「パーキンソン病関連疾患における睡眠障害(座長:平田幸一教授,井上雄一教授)」にて,このRBDに関する講演をいたしました.RBD患者さんは,のちに症状が大きく変わり,パーキンソン病やレビー小体型認知症,多系統萎縮症などの神経変性疾患(αシヌクレイノパチー)を発症する可能性があります(phenoconversionといいます).今回,RBD患者さんの診療の際に思った,以下の5つの臨床的疑問について勉強しまとめました.

1)RBD症例のphenoconversionの頻度や時期はどこまで分かっているのか?
2)RBD症例に対する病状説明や治療はどうすればよいのか?
3)αシヌクレイノパチー症例において,RBDを合併する頻度や,RBDを合併した症例の特徴は分かっているのか?
4)αシヌクレイノパチーに合併するRBDをどのように治療すればよいのか?
5)RBDをαシヌクレイノパチーの病態抑止療法/先制医療にいかに活かすか?

分かったことは,RBDはその症状への対処のみならず,将来の神経変性疾患の発症リスクの告知という極めて難しい臨床倫理的問題を伴うこと,ならびにαシヌクレイノパチーに対する病態抑止療法実現の鍵を握ることから,正確な理解と適切な対応が必要であるということです.ぜひスライドを御覧ください.

スライド
Slideshare


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする