Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病の音楽療法 

2008年06月28日 | パーキンソン病
パーキンソン病患者さんが外来に1冊の本を持ってきた.順天堂大学 林明人先生著の「パーキンソン病に効くCDブック」という本であった.この本のCDを聞きながら歩くとすくみが軽くなるそうで,「ほかの患者さんにも勧めてほしいから先生聴いてください」とお貸しくださった.早速,読んでみたところ,パーキンソン病の歩行障害の大きな原因の一つは「脳内のリズム障害」であり,この本に付属のCDを聴くと,脳に歩行リズムが刻まれ歩行障害が改善すると書かれている.

ほんとかしらと思いつつひと通りCDを聞いてみた.1部と2部に分かれていて,1部は聴くだけで良いそうだ.曲名は私の好きなベートーベンのピアノコンチェルト「皇帝」や,シューベルトの「ます」,バッハの「G線上のアリア」,エルガーの「威風堂々」などとても有名な曲が電子ピアノで演奏されている.ただちょっと違うのはメトロノームが大きな音で1分間に120回というリズムを刻んでいる点である.2部は音楽に合わせて歩くパートで,ここにもベートーベンの6番「田園」や9番「合唱」があって著者のベートーベン好きが窺われるが,曲によってメトロノームのリズムが1分間に90回,100回,110回と異なっている.自分の歩行リズムを計算式から算出し,それよりややはやい速度の曲を選び歩行訓練をすると有効なのだそうだ.

じつは昨日まで開催されていた「第26回神経治療学会」でも歩行障害と嚥下障害に対して音楽療法が有効であった症例が報告されていた.歩行障害に対して音楽療法は即効性を示したり,音楽を聴かなくても歩行が改善した状態を保てるようになったり,意欲・活動性が増加して明るくなったり,とても有効であったそうだ.別の演題では,嚥下障害がメトロノームによる音リズムによって改善していた(こちらはリズムのみ).口腔期運動の改善がみられたそうだ.

この音楽療法の機序としては,パーキンソン病患者には「内的リズム形成障害」があり,これに対し音楽による「外的リズム刺激」を行うことが有効で,さらには「内的リズム」を再生させる可能性もあるのではないか,ということである.まだエビデンスがない状態なので,もちろん今後,エビデンスを築きあげる必要があるが,どうも音楽療法は効きそうな印象である.


パーキンソン病に効くCDブック―スムーズに歩ける!気分も明るくなる!
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抗VGKC抗体陽性自己免疫疾患の臨床表現型の多様性

2008年06月16日 | 脳血管障害
電位依存性Kチャネル(VGKC)に対する抗体が出現する疾患としては,表題の辺縁系脳炎以外に,有痛性筋痙攣とmyokymia,neuromyotonia,発汗過多を特徴とするIsaacs症候群がよく知られている.さらにIsaacs症候群で特徴的とされるmyokymiaを伴わないcramp-fasciculation症候群のほか,Isaacs症候群の症状に不眠や幻覚といった中枢神経症状を伴うMorvan症候群も知られている.これらは同一の臨床スペクトラム上にある疾患と考えられているが,言いかえればVGKCに対する自己免疫疾患の臨床表現型はきわめて多様といえる.

たとえば,最近の本邦からの報告で,手指振戦にて発症し,不眠を呈した抗VGKC抗体陽性辺縁系脳炎の1例が報告されている(臨床神経,48:338─342,2008).頭部MRI上,右側頭葉内側にT2強調画像高信号域をみとめ,辺縁系脳炎と診断された.本疾患でしばしば観察される低Na血症(視床下部病変に伴うものと考えられる)や振戦(責任病変不明)はステロイド治療にてすみやかに消失し,記憶障害や不眠も徐々に軽快している.手指振戦や不眠から抗VGKC抗体陽性辺縁系脳炎は想起するのは至難の業であるが,抗VGKC抗体陽性症例が臨床的にどのような臨床像を呈しうるのか認識することは重要である.

今回,Mayo clinicから抗VGKC抗体陽性症例の臨床スペクトラムに関する検討が報告された.とくに傍腫瘍性の自己免疫疾患が疑われた患者130000人(!)の血清をスクリーニングし,80人(0.06%)で抗VGKC抗体陽性であった.うち72名で臨床情報の入手ができた.女性51%,平均発症年齢65歳,平均経過観察期間14か月で,経過は急性ないし亜急性の症例が71%,時間的多発性を認める症例が46%であった.臨床症状としては,

認知障害(71%),てんかん(58%),自律神経障害(33%),ミオクローヌス(29%),睡眠変調(26%;過眠と不眠がほぼ同頻度),末梢神経障害(25%),錐体外路障害(21%;振戦7%,パーキンソニズム11%,舞踏運動4%),脳幹・脳神経症状(14%)

であった(やはり振戦や不眠もこの疾患で合併しうる!).誤診のなかでもっとも頻度の高かった疾患はCJDで(14%),ついでウイルス性脳炎,再発性一過性全健忘,精神科的疾患であった.悪性新生物の合併は組織学的に33%で認められ,その内訳は肺小細胞癌,胸腺腫,前立腺癌,乳がん,血液腫瘍などであった.低Na血症は36%にみられ,他の臓器特異的自己抗体は49%で陽性(GAD65,AchR,VGCC,甲状腺ミクロソームなど)であった.33%で共存する自己免疫疾患を認め,内訳は甲状腺炎21%,1型糖尿病11%であった.免疫療法(ステロイドやIVIg,血漿交換)の治療反応性は良好で89%で有効,50%が著効であった.

以上の結果より,抗VGKC抗体陽性自己免疫疾患の臨床表現型は従来考えられていたよりさらに多様であることが確認された.亜急性で原因不明の神経疾患の鑑別として,従来知られている疾患(Isaacs症候群,Morvan症候群,抗VGKC抗体陽性辺縁系脳炎)の表現型に合致しなくても,抗VGKC抗体陽性自己免疫疾患は検討すべきと考えられた.

Neurology 70; 1883-1890, 2008

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感覚障害優位型球脊髄性筋萎縮症

2008年06月02日 | 運動ニューロン疾患
 球脊髄性筋萎縮症(Spinal and Bulbar Muscular Atrophy: SBMA)はアンドロゲン受容体遺伝子のCAG repeatの伸張により発症する疾患である.運動ニューロン病の一つであるが,感覚神経障害(とくに振動覚障害)を合併することが知られていて,電気生理学的にも,病理学的にも感覚神経の障害が報告されている.しかしながら感覚障害の自覚症状は一般的に高度でないため,SBMAにおけるか感覚障害はあまり注目されなかった.今回,名古屋大学よりCAG repeatの長さによる感覚神経障害への影響についての驚くべき論文が報告された.この研究では,連続する106名のSBMA症例(対照85名)において電気生理学的検査(神経伝導速度とF波)を行い,詳細に検討したものである.

 まず,運動神経および感覚神経の速度・振幅(MCV,SCV,CMAP,SNAP)は,検査したすべての神経(正中神経,尺骨神経,脛骨神経,腓腹神経)において,対照と比較して有意に低下していた(下肢と比べ,上肢においてその変化が強かった).またF波検査では脛骨神経刺激ではいずれの症例でも導出を認めたが,正中神経刺激では106例中30例(28.3%)で導出されなかった.次にCMAPとSNAPの比較によって,症例を電気生理学的に,①運動優位型,②感覚優位型,③いずれでもない型,に分類した.この分類によると,運動優位型と感覚優位型のあいだで,CAG repeat長と発症年齢が有意に異なる結果となった.つまり,CAG repeatが長いほど運動優位型が多く,短いほど感覚優位型が多かった.一方,CAG repeatで分類すると,CAG repeatが長い群(47 repeat以上)ほど,CMAPが低下する傾向が見られ,47より短い群ではSNAPが有意に低下した.

 さらに剖検例での検討を行い,脊髄前角運動ニューロンにおける変異アンドロゲン受容体凝集体の核内蓄積の頻度はCAG repeatと相関するのに対し,感覚神経(後根神経節)の細胞質における変異アンドロゲン受容体凝集体の頻度がCAG repeat長と負の相関を示した.この結果は,運動優位型と感覚優位型のあいだでCAG repeat長が異なる影響を及ぼすという電気生理学的所見を支持するものであった.

 結論として,SBMAでは,CAG repeatサイズによって影響を受ける電気生理学的サブタイプが存在することが示唆された.いままでSBMAではCAG repeat長による表現型の際についてあまり言及されなかったが,今後は,とくにrepeat数の短い症例の表現型をより注意して確認する必要性を感じた.同時に,電気生理学的検査という比較的地味な検査を継続して行い,SBMAの感覚神経障害の特徴を明らかにしたこの研究は非常に素晴らしいと思った.ひとつの疾患をさまざまな角度から徹底的に探求していく姿勢は,疾患の病態を研究するものとして見習うべきであると感じた.

Brain 131; 229-239, 2008 
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