Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多系統萎縮症における認知機能障害を予見する因子

2018年03月22日 | 脊髄小脳変性症
多系統萎縮症(MSA)では,従来は合併しないと考えられてきた認知症を呈しうる.とくに前頭葉機能障害をしばしば合併し,病期の進行とともに前頭・側頭葉を中心とする大脳萎縮も明らかになってくる.人工呼吸器を装着した症例では顕著な萎縮を認める.前頭側頭型認知症の病型を示す症例や,初発症状として認知症を呈する症例も報告されている.しかしながら,MSAにおける認知機能の低下を予見する因子についてはよく分かっていなかった.このため私たちは,前方視的な検討を行ない,認知機能および前頭葉機能に影響を及ぼす因子について検討を行なった.

対象はGilman分類のprobable MSAの診断基準を満たす連続59症例とした.追跡開始の時点で,認知機能障害を呈する症例は除外した.ミニメンタルステート検査(MMSE),前頭葉機能検査(FAB)の得点と相関する臨床所見,頭部MRI所見(Fazekas分類)を,線形回帰分析,ANOVAを用いて解析した.

さて結果であるが,対象の発症年齢は60 ± 9.0 歳(42–80歳),罹病期間は50 ± 31ヶ月(11–160ヶ月)であった.病型は46例(78%)がMSA-Cであった.MMSE, FAB, 疾患重症度(UMSARSのパート1,2,4)の平均値ないし中央値は,順に26 ± 3.2, 14 ± 2.7, 22 ± 9.1, 23 ± 9.8, 3(2–4)であった.心拍CVRRおよび残尿量は1.70 ± 0.88%および184 ± 161 mlであった.

次に関心事であるMMSEに相関する因子の検討を行った.MMSEは罹病期間(p = 0.03),UMSARSパート1(p = 0.02),パート4(p = 0.04),残尿量(p = 0.002)と負の相関を,CVRR(p = 0.01)と正の相関を示した.一方,FABはUMSARSパート2(p = 0.003), 側脳室周囲白質病変および深部白質病変のグレードと負の相関を示した(p = 0.02および0.01).

MMSEは罹病期間が長くなると低下したが,FABでは罹病期間との相関は認めなかった.またMMSEでは,罹病期間の影響を超えて,顕著な低下(認知障害)を認める一群が存在することが分かった.このためMMSEの罹病期間に関する回帰直線の68%予測区間を下回る症例(図のオレンジの部分)を急速認知機能低下群(RCI群)と定義した.RCI群と非RCI群の臨床所見,MRI所見をロジスティック回帰分析で比較した.

単純ロジスティック回帰分析の結果,RCI群の予測因子はMSA-Pであること(p = 0.03),UMSARSパート1高得点(p = 0.03),パート4高得点(p = 0.03),残尿量高値(p = 0.006)であった.これら4因子を説明変数とするステップワイズ多重ロジスティック回帰分析を行なうと,残尿量のみが有意な予測因子となった(p = 0.04).

以上の結果から,まずMMSEとFAB低下の予測因子は異なることが分かった.また注目すべき点として,以下の2点が挙げられた.
1)大脳白質のMRI信号変化は前頭葉機能障害を予見する
前頭葉機能は,MSAの運動機能(UMSARSパート2)に加え,側脳室周囲白質病変および深部白質病変のグレードが関与している可能性が示唆された.後者に関連して,MSAでは頭部MRIや剖検の評価にて,大脳白質変性を呈した症例が複数報告されている.MSAにおける前頭葉機能障害に大脳白質が重要である可能性が示唆された(ただし今回の検討では大脳皮質の評価は行なっていない).

2)残尿量は罹病期間に比して高度の認知機能低下を予見する
自律神経障害の重篤な症例のなかに,認知機能が罹病期間による影響を超えて高度に低下する症例が存在することを示唆している.この機序は不明であるが,自律神経障害を早期から認める症例は予後が不良であるばかりでなく,認知機能も不良となる可能性がある.

以上の結果は,まだよく明らかにされていないMSAの認知機能障害の機序にヒントを与えるものと考えられる.今後,より多数例を対象として,MMSEやFAB以外の認知機能評価の指標を含めた検討が望まれる.

Hatakeyama M et al. Predictors of cognitive impairment in multiple system atrophy. J Neurol Sci 2018 (online) DOI: https://doi.org/10.1016/j.jns.2018.03.017







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摂食・嚥下障害と倫理@日本臨床倫理学会第6回年次大会(東京)

2018年03月19日 | 医学と医療
標題の学会にて,藤島一郎先生(浜松市リハビリテーション病院)による「摂食・嚥下障害と倫理」という教育セミナーを拝聴した.非常に勉強になったので,エッセンスをまとめておきたい.

A. 摂食嚥下障害に対する医療で問題となっていること
・ 嚥下障害に対する主科(主な診療科)が定まっていない(神経内科,耳鼻科,歯科,リハ科など).
・ 大学で嚥下障害をメインに研究しているところが少ない.
・ 医師以外の医療スタッフのほうが嚥下障害に対する知識に詳しいことも多く,誤嚥リスクに対する職種間スタンスの違いがある.

B. 嚥下障害を呈する患者さん,例えば「死んでもいいから食べたい」と訴える患者さんにどのように向き合うか?
・ まず嚥下障害を呈する患者さんに多様性があることを理解し(進行する疾患,治る疾患,パーキンソン病のように症状が変動する疾患,機能維持が精一杯の疾患など),どういう疾患のどの時点を見ているのかを理解する.
・ つぎに,正確な評価と診断を行い,嚥下障害を治療できる状態か否かを明確にする.つまり医学的事実を明らかにすることが大切で,これがなければ倫理的判断ができない.このとき,年齢による差別(Ageism)や認知症合併による差別が起きないようにする.
・ 本人に今後の治療方針を決定するための意思表示能力はあるか,つまり,選択の表明,情報の理解,情報の認識,論理的思考が可能かを明らかにする.
・ コミュニケーションを十分にとり,「死んでもいいから食べたい」という訴えの真意を探る.
・ 1人で考え込まず,倫理カンファレンスを行う.
・ しばしば生じる倫理的ジレンマは,倫理4原則で言うと,「自律尊重原則」と「善行原則,無危害原則」の衝突である.すなわち,「本人の願望を尊重することは良いことだ」とする自律尊重原則と,「肺炎を予防し栄養状態を改善することは良いことだ」だとする善行原則ないし無危害原則がコンフリクトを起こす.倫理4原則の優先順位をどのように決めるかについては「患者さんにとって最善利益はなにか?」を第一に考えて,症例ごとに熟慮することになる.
・ 結論を出す以上に大切なことは,その結論を出すためのプロセス,つまり話し合い・コミュニケーションの経緯である.医師は医学的事項や倫理的事項に関して提示を行い,患者さんや家族が結論を出すための手助けを行う.ときにadvanced care planning(ACP)やshared decision making(SDM)につなげていく.

C. 胃ろうに関する問題点
・ 先入観として「胃ろう=生命維持装置」と考えられてしまうが,胃ろうによる栄養管理によって全身状態が改善し,再び摂食できるようになる患者さんもいることを忘れてはならない.胃ろうを作りっぱなしで,その後の評価を行わない事例が少なからずあるので注意が必要である.
・ 胃ろうは単に栄養を胃に入れるものではなく,経管栄養食を直接,胃に入れる不快さ・副作用についても知ってなければならない.胃の中に無理やり入れられても食べた気持ちにならないし,気持ち悪くなることさえある.このことを医療者は認識すべきである.

これらの議論は「摂食嚥下障害の倫理(ワールドプランニング 社)」に詳しいので,より詳しく知りたい方はご一読をおすすめする.



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Beevor先生は「おへそ」を診察し,脳の血管支配も明らかにした

2018年03月15日 | 脳血管障害
「おへそ」は産まれたあとは役に立たない・・・これは神経内科医には当てはまらない.神経内科医は「おへそ」まで診察に使用する.

イギリスQueen Squareの国立病院に勤務したCharles E. Beevor(1854-1908)は「仰臥位で頭部を挙上させると,おへそが上方へ移動する神経徴候」を見出した(いわゆるBeevor徴候:1898年に報告).下部腹直筋の筋力低下をみとめる症例では,おへそを境に,その上下で筋トーヌスが異なるため,頭部を挙上させる負荷をかけると,筋トーヌスの高い上方へおへそが移動するのである.

Beevor先生は,この神経所見を胸髄11~12神経根レベルを巻き込む悪性腫瘍の症例において初めて記載した.下部腹直筋は第10~12胸髄レベルで支配されていることから,同部位の器質的病変,例えば,脊髄腫瘍,脱髄性疾患,脊髄梗塞,脊髄空洞症などでは陽性になりうる.そして筋疾患の顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSH)でも高率に陽性になる(ただしFSHに特異的ではなく,筋疾患では,筋強直性ジストロフィー1型,ポンペ病,封入体筋炎でも報告がある).FSHにおける検討については過去にブログで記載したのでご参照いただきたい.なぜFSHでBeevor徴候が陽性になるかについては,下部腹直筋に筋原性変化が生じる可能性が指摘されている.

過去ブログ「すごい神経内科医は「おへそ」まで診る」

しかし「おへそ」まで観察する神経内科医の先達がどんな業績を残したのか,興味が湧きはしないだろうか?最新号のNeurology誌の神経学の歴史コーナーに,Beevor先生の業績が論文として記載されていた.脳性麻痺症例を検討し,大脳皮質と筋(主動筋と拮抗筋)の運動パターンに関する研究を行なったそうだが,なんと現在もよく見かける図である大脳の血管支配を決定したのもBeevor先生であったというから驚いた!先生は晩年の7年間をこの研究に捧げ,1908年に論文報告をしている.87人の剖検脳に対し,5つの主な血管に異なる可溶性の色素を注入し,その血流分布を明らかにするという,それまでなかった方法で検討を行ったのだ.その地図が図A,Bである(青:後大脳動脈,茶:後交通動脈,えんじ:中大脳動脈,緑:前大脳動脈,黄:前脈絡叢動脈).やはり「おへそ」まで注意して診る神経内科医は,さすがだなあと思った次第である.

Arch Neurol 47:1208-1209, 1990
Neurology 90; 513-7, 2018



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神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐために  -日本神経学会学術大会シンポジウム・アンケートのお願い-

2018年03月12日 | 医学と医療
米国からの報告で,他の診療科医と比較し,神経内科医はワーク・ライフバランスの満足度,そして燃え尽き症候群(バーンアウト)の頻度のいずれもが悪いことが報告されています(Mayo Clin Proc, 2015).2017年,米国および中国からNeurology誌に報告されたアンケート調査でも,神経内科医のバーンアウトの頻度は60%前後と高率でした.この原因として,認知症や脳卒中などの神経疾患患者数の増加による事務作業量の増加や,神経内科医特有のキャラクターなどが関与することが報告されています.昨年度の米国神経学会総会では,バーンアウトを防ぐためのいくつもの試みがすでに開始されており,私は大変驚きました.

5月に開催される第59回日本神経学会学術大会@札幌において,標題のシンポジウムが採択されました.内容としては,まずバーンアウトに関する世界の状況や取り組みを紹介した後(当日発表より長いバージョンを,下記のスライドシェアでご覧いただけます),大学,急性期病院に勤務する医師,女性医師,若手医師の観点から,バーンアウトに関する問題点と課題についてご提示いただきます.フロアを交え議論を行い,今後の取組みやバーンアウトしないためのtipsを共有することを目的とします.

本邦においても,まず米国・中国と同様の調査が必要と思われます.日本神経学会員全員を対象としたアンケートを行うことが理想ですが,まずは学術大会での議論を深めるため,大学に勤務する神経内科医および女性の神経内科医を対象とした緊急アンケートが行われることになりました.今週以降,対象者にアンケートが発送されます.前者は順天堂大学脳神経内科服部信孝教授・横山和正先生,後者は東名古屋病院饗場郁子先生が中心になり作成されました.

高齢化がとくに急速に進行する日本において,神経内科医のバーンアウトの問題はますます重くのしかかるものと思われます.日程上,回答期間が短くなり恐縮ですが,ぜひご回答をお願いいたします!高い回収率による質の高いアンケートとなり,シンポジウムおよび今後の議論に役立てたいと思います.何卒,宜しくお願い申し上げます.

以下,シンポジウムのプログラムになります.

神経内科医の燃え尽き症候群を防ぐために~バーンアウトしないためのTipsをシェアしよう~ 
(5月25日(金)午前8:00-9:30)

座長:吉田一人先生(旭川赤十字病院神経内科),海野佳子先生(杏林大学医学部脳卒中医学教室)
演者:
1.世界のバーンアウトの状況 下畑享良(岐阜大学神経内科・老年科)
2.若手医師から見たバーンアウトの課題と対策 安藤昭一朗先生(長岡赤十字病院神経内科)
3.急性期病院におけるバーンアウトの課題と対策 井島大輔先生(北里大学医学部神経内科)
4.女性医師におけるバーンアウトの課題と対策 饗場郁子先生(国立病院機構東名古屋病院神経内科)
5.大学におけるバーンアウトの課題と対策 服部信孝先生(順天堂大学医学部 脳神経内科)



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糖質ステロイドにプロトンポンプ阻害剤は併用すべきか?

2018年03月05日 | 医学と医療
【糖質ステロイドは消化性潰瘍の危険因子ではない】
回診で,レジデントの先生から「糖質ステロイドはNSAIDsを併用しない限り,消化性潰瘍の危険因子とはなりませんので,プロトンポンプ阻害剤(PPI)は中止しようと思います」とのプレゼンがあり,「どういうこと???」と驚いた.その根拠は「消化性潰瘍治療ガイドライン2015」の156ページの記載であった(図A;文献1).これを読むと,糖質ステロイドによる潰瘍の根拠は,1983年のMesserらによるメタ解析であったが(文献2),後日,不備のため除外すべき試験が複数含まれることが分かり,それらを除いて再解析したところ有意差が消失したと記載されている.さらに1994年に新たなメタ解析が行われ,糖質ステロイド単独では消化性潰瘍のリスクとはならないと報告されている(ただし糖質ステロイドはNSAIDs潰瘍の危険因子と報告されている)(文献3).愕然としたのは,1983年の不適切なメタ解析の結果により,消化性潰瘍は糖質ステロイドの副作用としては当然起こりうるとずっと信じてきたことだ.

【糖質ステロイドにPPIを長期併用すべきか?】
長期に糖質ステロイドを内服する場合,消化性潰瘍を予防する目的で,PPIを併用することは多い.しかしPPIの長期処方は様々な副作用をきたす可能性が指摘され,とくに米国のメディアでは大きく取り上げられた.このため,米国では,本来,内服が必要な患者さんがPPIを突然自己中断して,消化器症状が悪化するという事例が生じていた.

神経内科医として気になるPPIの副作用は,認知症や骨折の増加である.認知症については,75歳以上の認知症を認めない高齢者の検討で,PPI使用により認知症は増加するという報告がある(ハザード比1.44;95%信頼区間1.36-1.53; P<0.001)(図B;文献4).機序としては,ビタミンB12吸収障害やγセクレターゼ活性の抑制を介するアミロイドβ沈着が推定されている.一方で,PPIの長期使用に伴う様々な副作用に関して,報告の多くはエビデンスが低いとする総説も報告されている(文献5).

【結局,PPIをどうしたら良いのか?】
1)糖質ステロイドにNSAIDsを併用している場合,消化性潰瘍のリスクは高いため,PPI併用は必要である.
2)NSAIDsを併用していない場合でも,消化性潰瘍のリスクがある場合にはPPIを併用する(図C;文献6).具体的には,過去の消化性潰瘍の既往,ヘビースモーカー,大量飲酒者,65歳以上,消化性潰瘍を起こしうる他の薬剤内服(ビスホスホネート製剤).
3)それ以外の場合は基本的に使用しなくて良い.

ただし2)に関連して,糖質ステロイドによる骨粗鬆症の予防として,ビスホスホネート製剤は高頻度で使用されている.そうなると結局,PPIの併用が必要になる.そしてまた,PPIによる認知症増加のリスクは大丈夫なのだろうか?と話は元に戻ってしまう.

さらに話を難しくすることに,ビスホスホネート製剤による消化器症状は大規模臨床試験では必ずしもプラセボ群と有意差がついていない.どうも今回登場する薬剤の副作用については,強固なエビデンスはないものばかりで判断が難しい.つまり結論は出しにくいため,結局は各患者さんと相談して決めるということになるかもしれない(shared decision making).もし自分であれば認知症は怖いという気持ちが強いため,長期のPPI内服は避けて,H2ブロッカーと胃粘膜保護剤ぐらいで様子をみるかもしれない.

1) 消化性潰瘍治療ガイドライン2015(156ページ)
2) NEJM 309: 21-24, 1983
3) J Intern Med 236: 619-632, 1994
4) JAMA Neurol 73: 410-416, 2016
5) Gastroenterology 153: 35-48, 2017
6) J Am Acad Dermatol. 76:201-207, 2017



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