Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(1月29日)  

2022年01月29日 | 医学と医療
今回のキーワードは,オミクロン株感染による入院は非オミクロン株の5分の1程度だが,入院患者の21%が重症化する,ブースター接種はオミクロン株に対する中和力価を2回接種のみと比べ20倍高め,ブレイクスルー感染を減少させる可能性がある,ICU治療の1年間後の身体,精神,認知症状はそれぞれ74.3%,26.2%,16.2%である,抗CD20療法中の多発性硬化症患者もブースター接種で保護的効果を獲得しうる,抗CD20療法中でB細胞が枯渇している場合,なんとワクチン接種は強力なT細胞応答をもたらす,です.

オミクロン株は重症化しにくいので若者は罹ってしまって集団感染を達成したほうが良いという意見があります.しかし感染者の急増は通常医療を麻痺させ,すでに国民の健康に大きな影響をもたらしています.加えて,感染した場合,胚中心ができにくく,COVID-19に特異的・保護的な抗体ができにくい上に,1つ目の論文で紹介するように一定頻度は重症化してしまいます.さらに自己抗体産生等による後遺症や新たな変異株が生じるという問題もあります.つまり感染は極力避けるべきです.幸い,mRNAワクチンの2回接種後のオミクロン株に対する中和力価は低いものの,ブースター接種をすれば中和抗体価が上昇し,ブレイクスルー感染を減少させる可能性が示されました.感染増加を強力に抑制する政策と速やかなブースター接種の実現が求められます.
一方,脳神経内科領域で問題となっていた抗CD20療法などの免疫療法中の患者さんのワクチン接種に関して大きな進展がありました.とくに最後の論文はヒトの免疫の不思議を感じました.

◆オミクロン株感染による入院は非オミクロン株の5分の1程度だが,入院患者の21%が重症化する,
南アフリカからオミクロン株の重症度に関する報告がなされた.2021年10月1日(第39週)から12月6日(第49週)までに,2万9721人のオミクロン株感染者と1412人の非オミクロン株感染者が確認された.オミクロン株の頻度は,39週目の2/63名(3.2%)から,48週目の2万1978/2万2455名(97.9%)に増加した.入院に関連する因子を調整した結果,オミクロン株感染者は非オミクロン株感染者よりも入院のオッズが有意に低く,5分の1であった(2.4%対12. 8%,調整オッズ比0.2).入院患者の重症化は21%対40%であった(オッズ比0.7).またデルタ株感染者と比較しても入院患者の重症化オッズは有意に低かった(62.5%対23.4%,オッズ比0.3).以上よりオミクロン株感染では重症化率は低いが,一定数は重症化する.
Lancet. Jan 19, 2022(doi.org/10.1016/S0140-6736(22)00017-4)

◆ブースター接種はオミクロン株に対する中和力価を2回接種のみと比べ20倍高め,ブレイクスルー感染を減少させる可能性がある.
オミクロン株に対するモデルナワクチンのブースター接種の効果を検討した論文が米国から報告された.ワクチン接種者から得られた血清を用いて,古典的な野生型バリアント(D614G)とオミクロン株に対する中和抗体価を調べた.最初の2回接種から1カ月後に85%の被験者で,オミクロン株に対する中和抗体が得られた.しかし抗体価(ID50)は,D614G株より35.0倍低かった(図1①).2回接種から7カ月後のブースター接種前では,オミクロン株の中和抗体が検出された被験者は55%に低下し,抗体価はD614G株より8.4倍低かった(図1②).モデルナワクチン50μgをブースター接種したところ,オミクロン株に対する抗体価は,2回目の接種から1カ月後よりも20.0倍も高くなった(図1③;D614G株よりは2.9倍低い).さらにブースター接種から6カ月後のオミクロン株に対する中和力価は,ブースター接種1カ月後より6.3倍低かったものの,すべての参加者で検出可能な力価を維持していた(図1④).以上より,初回の2回接種後のオミクロン株に対する中和力価は低く,ブレイクスルー感染のリスクは高い可能性がある.しかしブースター接種により,中和力価は20倍高くなり,ブレイクスルー感染のリスクを大幅に減少させる可能性がある.
New Engl J Med. Jan 26, 2022(doi.org/10.1056/NEJMc2119912)



◆ICU治療の1年間後の身体,精神,認知症状はそれぞれ74.3%,26.2%,16.2%である.
COVID-19に罹患し,ICUで治療を受けた患者の1年後の転帰について,オランダ11病院による前方視的多施設コホート研究が報告された.246名(81.5%)(平均年齢61.2歳,男性71.5%,ICU滞在日数の中央値18日)において1年後の追跡調査を行った.1年後の時点で,身体的症状は182/245名(74.3%),精神的症状は64/244名(26.2%),認知症状(Cognitive Failure Questionnaire-14にて評価)は39/241名(16.2%)で認められた.頻度の高い身体的問題は,体調の悪化(38.9%),関節のこわばり(26.3%)関節痛(25.5%),筋力低下(24.8%),筋肉痛(21.3%)であった.以上より,後遺症の頻度は高く,身体症状,精神症状,認知症状の順に多い.
JAMA. Jan 24, 2022(doi.org/10.1001/jama.2022.0040)

◆抗CD20療法中の多発性硬化症患者もブースター接種で保護的効果を獲得しうる.
ノルウェーから,疾患修飾薬にて治療中の多発性硬化症(MS)患者を対象に,ファイザー/モデルナワクチンのブースター接種の有効性と安全性を評価した研究が報告された.対象は130名で,リツキシマブ100名(76.9%),オクレリズマブ1名(0.8%),フィンゴリモド29名(22.3%)が使用されていた.2回接種後,抗スパイクRBD IgGは,抗CD20療法群で8.9 AU,フィンゴリモド群で9.2 AUであったが,ブースター接種後,両治療群で有意に上昇した(それぞれ49.4 AU,25.1 AU;図2).液性免疫による保護的効果が得られる70AU以上の患者の割合は,抗CD20療法群で25/101名(24.8%),フィンゴリモド群で2/29名(6.9%)であった.リンパ球数が多く,CD19B細胞数が多いことが抗体上昇に関連していた.重篤な副作用を経験した患者はなかった.以上よりブースター接種により抗体価は上昇しうるが,リンパ球数が多いほど反応は良好で,抗CD20療法は,フィンゴリモドよりも良好であった.とくに抗CD20療法群では重症化リスクが約3倍高いことを考慮すると,液性免疫による保護的効果の獲得が4分の1であっても,ブースター接種を検討すべきと考えられる.T細胞ついては検討されていない.
JAMA Neurol. Jan 24, 2022(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.5109)



◆抗CD20療法中でB細胞が枯渇している場合,なんとワクチン接種は強力なT細胞応答をもたらす.
オーストリアから,抗CD20療法中の神経免疫疾患患者において,抗CD20療法がワクチン接種後の液性および細胞性免疫反応に及ぼす影響を検討した研究が報告された.対象は抗CD20療法中の神経免疫疾患患者82名と年齢・性別をマッチさせた健常対照者82名とした.SARS-CoV-2特異的な抗体は,対照群(82/82名;100%)に比べ,患者群(57/82名;70%)では有意に少なかった.B細胞が検出されない患者群(<1 B cell/mcl)では,検出される患者群(≥1 B cell/mcl)と比較して,seroconversion率および抗体価が有意に低かった.抗CD20療法群で,B細胞数≧1cell/mclではseroconversionを誘導することができた.抗体反応とは対照的に,武漢株およびデルタ株に対するT細胞反応(IFNγ ELISpot assayにて評価)は,B細胞が検出されない患者群において,検出された群よりも頻度(p<0.05)および大きさ(p<0.01)において顕著であった(図3).以上より,<span style="color:blue;">mRNAワクチン接種に対する抗体反応は,抗CD20療法中の患者において,B細胞の再増殖が始まることによって可能となる.またB細胞がない場合でも強力なT細胞応答が生じ,この高リスク集団におけるCOVID-19重症化からの保護に役立つと考えられる.
Ann Neurol. Jan 23, 2022(doi.org/10.1002/ana.26309)



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錠一郎がトランペットを吹けない理由 ―アンブシュア・ジストニア―

2022年01月24日 | 医学と医療
評判の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」を最近,見始ました.先週は,主人公るいと結婚の約束をしたトランペット奏者大月錠一郎(オダギリジョー)がデビュー直前にトランペットを吹けなくなってしまいました.あちこちの病院を訪ねたものの治りません. 錠一郎に何が起きたのか・・・アンブシュア・ジストニア(embouchure dystonia;EmD)だと思います.アンブシュアとは,管楽器の演奏者が,楽器を吹くときの口の形,または口の筋肉の使い方のことです.そしてEmDは,その際に口周囲や舌に過剰な緊張が入るジストニアのため演奏ができなくなる状態を指します.局所性課題特異的ジストニア,つまり身体の一部に,特定の動作のときにのみ出現するタイプです.

Fruchtは89名の罹患者を検討し,平均36歳で発症し,特定の音楽奏法(楽器の音域)が誘因になると報告しています.トランペットのような高音域の楽器では振戦(Tremor型)と口唇を引くようなタイプ(lip-pulling型)となり,トロンボーンのような低音域の楽器では,口唇をロックするタイプ(lip-lock型)になります(フリー動画).一度発症したEmDの症状はなかなか改善せず,仕事や生活に支障をきたすことも少なくないとも記載されています.トランペットで高音域を演奏するためには,舌の前部を弁として使用し,空気の流れを速める必要がありますが,Hellwig らは低磁場MRIを用いた検討で,EmDでは健常者と比較して舌の動きに非常に大きなばらつきがあることを示しています(下記リンクにフリー動画).

治療としては薬物療法,ボツリヌス毒素,非侵襲的なガンマナイフ手術などが考えられますが,ほとんど論文がありません.ごく最近,Mitchellらは,ジストニアに共通して認められる感覚トリック(特定の部位を触れるなどの感覚刺激により症状が緩和する現象)を応用し,口腔内装置で症状が消失したという症例を報告しました.具体的にはコインを咬んだところ演奏が可能になり,コインを模した直径約1cm,厚さ約2mmのゴム製スペーサーを咬むと完全に症状は消失しました.ただしコインを演奏中に飲み込んでしまう恐れがあったため,歯にかぶせるような口腔内装置を作成したわけです.もし自分が錠一郎を診察したら,まずこの口腔内装置をお勧めしたいと思います.



Frucht SJ. Embouchure dystonia--Portrait of a task-specific cranial dystonia. Mov Disord. 2009;24:1752-62.(動画あり)
Hellwig SJ, et al. Tongue involvement in embouchure dystonia: new piloting results using real-time MRI of trumpet players. J Clin Mov Disord. 2019;6:5.
Mitchell JK, et al. Successful splint therapy for embouchure dystonia in a trumpet player. J Prosthet Dent. 2021 Jun;125(6):843-845.


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(1月22日) 

2022年01月22日 | 医学と医療
今回のキーワードは,COVID-19に伴う意識障害は回復する可能性が高い,Long COVIDとしての認知機能障害は,時間経過とともに改善する可能性がある,感染後の嗅覚・味覚障害に関わる遺伝子が同定された,COVID-19ワクチン接種における有害事象において心理的な影響(ノセボ反応)はかなり強い,です.

今回はCOVID-19に伴う意識障害や認知機能障害の長期的な評価に関する報告と,嗅覚・味覚障害を引き起こしやすい遺伝的背景が存在することが報告されました.ノセボ反応とは,本来,薬として効果を持たないものを服用しているのに,望まない有害事象が現れることを言いますが,COVID-19ワクチンではそれらがかなりの頻度で認められることが報告されました.ノセボ反応は心理的な影響が大きく「この薬は有害である」と思い込むと出現しやすくなります.ノセボ反応による副反応を減らすためにも,ワクチンの有用性,安全性を改めて分かりやすく説明していくことが求められると思います.

◆COVID-19に伴う意識障害は回復する可能性が高い.
COVID-19の神経合併症に意識障害がある.原因は不明だが,脳の損傷,全身炎症,低酸素血症,鎮静剤の残存などが疑われている.また予後も不明であり,生命維持治療の継続の判断を困難にしている.今回,米国から意識障害の予後と画像検査を評価した前向き縦断研究が報告された.対象は鎮静や顕著な脳損傷(微小出血や白質変化は含まない)では説明困難な意識障害を呈する重症成人患者12名(年齢中央値63.5歳)である.登録直後に1名が死亡した.残り11名は全例,鎮静中止後0~25日(中央値7日)で意識が回復した.退院時には全員,常時介助の状態であったが,退院3ヵ月後には60%以上が自宅に戻り,6ヵ月後には,重症のポリニューロパチーを合併した2名を除き,75%の患者が正常な認知機能と最小限の障害(筋力低下,痛み)で自宅生活をしていた.既報のように,数週間から数か月にわたる意識障害ではなく,50%の患者が鎮静剤を中止して1週間以内に意識を回復した.Glasgow Outcome ScaleとDisability Rating Scaleで評価し,経時的な回復を確認した(図1).意識障害の原因を検討するために, 10名でfMRIと拡散テンソル画像を実施したところ,機能的結合性および大脳白質の構造的結合性とも健常群と比較して低下し,とくに後者は重症外傷性脳損傷(TBI)患者と同程度で,これらが意識障害に関与した可能性が考えられた.以上,生命維持治療の継続の判断の際に,重症患者でも意識障害が回復する可能性が高いことを認識する必要がある.
Neurology. Dec 3, 2021(doi.org/10.1212/WNL.0000000000013067)



◆Long COVIDとしての認知機能障害は,時間経過とともに改善する可能性がある.
Long COVIDの症候のひとつに認知機能障害があるが,その持続期間に関するエビデンスはない.エクアドルから,COVID-19感染者と非感染者を対象に,モントリオール認知機能評価(MoCA)を経時的に4回施行し,認知機能の経時変化を検討した研究が報告された.4回の評価で,うち2回はパンデミック前,残り2回は第1波から6カ月後,18カ月後に行った.対象は78名で,50名が軽症の感染者,28名が非感染者であった.感染から6か月後の評価で,感染者群でMoCAスコアの有意な低下を示したが(β=-1.37,p<0.001),1年間のフォローアップ後には回復した(β=0.66,p=0.092).非感染者群では,パンデミック後のMoCAスコアに差を認めなかった.以上よりCOVID-19に伴う認知機能の低下は永続的ではなく,時間経過とともに自然に改善する可能性がある.
Eur J Neurol. Dec 16, 2021.(doi.org/10.1111/ene.15215)

◆感染後の嗅覚・味覚障害に関わる遺伝子が同定された.
DNAテストのパイオニア米国23andMe社が,顧客6万9841人(女性63%,男性37%)からCOVID-19に伴う嗅覚・味覚障害に関する自己申告データを収集した.感染者の約3分の2が嗅覚・味覚障害を報告した.嗅覚・味覚障害の有無で,ヨーロッパ系,ラテン系,アフリカ系,東アジア系,南アジア系の人々を対象としたゲノムワイド関連研究(GWAS)を行った.この結果,UGT2A1とUGT2A2という2つの遺伝子の近傍に位置する一連のバリアントが,感染後に嗅覚・味覚障害を発症する確率を11%増加させることを見出した.図2はUGT2A1/UGT2A2遺伝子座の周辺をプロットしたもので,色はインデックスSNP(rs7688383)に対する連鎖不平衡の強さ(r2)を示している.これらの遺伝子はいずれも嗅覚上皮で発現しており,嗅覚に関与する受容体に結合する匂い物質の除去に関わる酵素(ウリジン二リン酸の糖転移酵素ファミリーの一員)をコードしていた.これらが嗅覚・味覚障害に関わるメカニズムは不明だが,その局在と,匂い物質の代謝および除去に必須の機能を考慮すると,病態に関与する可能性が高い.また嗅覚・味覚障害は女性や若い人に生じ易く,東アジア人やアフリカ系アメリカ人の祖先を持つ人は,ヨーロッパ人の祖先を持つ人に比べて有意に低かった(オッズ比=0.8および0.88).
Nat Genet. Jan 17, 2022.(doi.org/10.1038/s41588-021-00986-w)



◆COVID-19ワクチン接種における偽薬群での有害事象(ノセボ反応)はかなり多い.
偽薬使用後の有害事象は臨床試験においてしばしば認められる.今回,COVID-19ワクチン接種におけるノセボ反応に関するシステマティックレビュー,メタ解析が報告された.16歳以上の成人を対象としたランダム化比較試験で,接種後7日以内の有害事象を評価した.結果として,4万5380 名(うち偽薬接種者が2万2578 名)が対象となる12 件の有害事象報告書を解析した.初回接種後,偽薬接種者の35.2%が全身性有害事象を経験した(図3).頭痛(19.3%)と疲労(16.7%)が最も多かった.2回目の接種後,偽薬接種者の31.8%が全身性有害事象を経験した.ワクチン群で,有意に多くの有害事象が認められたが,偽薬群での有害事象(ノセボ反応)は,ワクチン初回接種後の全身性有害事象の76%,2回目接種後の52%に相当した.以上より,COVID-19ワクチン臨床試験での偽薬群で報告された有害事象の割合はかなりの高率であった.この知見を公的なワクチン接種プログラムにおいて考慮する必要がある.
JAMA Netw Open. 2022;5(1):e2143955.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.43955)




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ALSに対するエダラボン静注は,リルゾールによる標準治療に追加の効果をもたらさない?

2022年01月20日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対する治療薬としてエダラボン静注用が承認されている.しかし有効性に関するエビデンスは,有効性が期待される部分集団においてMCI186-ALS19試験(Lancet Neurol 2017;16:505-512)で示された短期間の有益性に限られる.このため長期安全性と有効性を評価する目的の多施設共同,傾向スコアマッチ法(無作為割付が難しく交絡が生じやすい観察研究において,共変量を調整して因果効果を推定するために用いられる統計手法)を用いたコホート試験試験がドイツで行われた.

2017年6月から2020年3月にかけてスクリーニングされた1440名のうち,738名が傾向スコアマッチングに含まれた.最終的な解析対象は,エダラボンの静脈内投与を開始した患者194名(年齢中央値57.5歳,男性64%)およびリルゾールによる標準治療を受ける傾向スコアマッチングを行ったALS患者130名の合計324名である(全例,El Escorial基準によるprobableまたはdefiniteのALS).介入としては,エダラボン+リルゾール群とリルゾーン単独群を比較した.主要評価項目は,ALSFRS-Rスコアの減少によって評価される疾患進行とした.副次的転帰は,生存率,人工呼吸器装着までの時間,治療前と治療中の病勢進行の変化とした.

結果であるが,エダラボンによる中央値13.9ヶ月の治療を受けた116名の患者における疾患の進行は,リルゾールによる標準治療による中央値11.2ヶ月の治療を受けた116名の患者と差がなかった(ALSFRS-Rポイント/月,-0.91対-0.85; p = 0.37;左図の箱ひげ図).右図はALSFRS-Rの勾配の治療前から治療後の変化を示すものであるが,有意差はなかった.副次的エンドポイントである3項目にも有意差は認めなかった.エダラボンによる副作用は30例(16%)に認められ,特に輸液部位の感染症やアレルギー反応が多かった.



以上より,ALS患者に対する長期のエダラボン静注療法は実行可能であり,忍容性が高いことが示されたが,疾患修飾の効果はなかった.エダラボンの静脈内投与は,リルゾールによる標準治療に対し,追加の利益をもたらさない可能性が示された.

本論文を読んで,まず疾患修飾療法の試験デザインを,従来治療に追加するという実臨床に合わせたものにする大切さを改めて考えさせられた.そしていちばん重要なのは今後の治療方針をどうするかである.エダラボンは1日1回60分をかけての点滴静注を,28日1コースで14日間(2コース以降は10日間)行う治療である.患者・家族にとっても本当に貴重な時間を費やすものである.現時点ではMCI186-ALS19試験と今回のデータを説明し,そのうえでshared decision makingを行うことが良いように個人的には考えているが,いかがなものだろうか?

Witzel S, et al. Safety and Effectiveness of Long-term Intravenous Administration of Edaravone for Treatment of Patients With Amyotrophic Lateral Sclerosis. JAMA Neurol. Jan 10, 2022.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.4893)



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わが国の研究力低下の要因と復活に向けた方策(豊田長康先生ブログ)

2022年01月19日 | 医学と医療
COVID-19の講義を学生にした際,日本は世界に科学的な貢献をほとんどできなかったという話をしました.また2000年を過ぎたあたりから,自然科学分野の論文数が減少しはじめ,海外諸国との差がどんどん開いている事実を紹介しました.みな信じられないという顔をしていました.

この問題を議論する際,鈴鹿医療科学大学学長の豊田長康先生が書かれた「科学立国の危機: 失速する日本の研究力(2019/2/1)」は必読です.莫大なデータを分析し,科学的根拠をもとになぜ日本の研究力がかくも失速したかを分かりやすく解説されています.結論は明白で,①過度の『選択と集中』は間違いであったこと,②人を育てることが本当に大事なのに,日本は人件費削減で,研究者の数を増やさなかったことと述べています.つまり研究業績をあげてGDPの成長に結びつけてるためには,研究者数を増やし,多様な領域に活躍の場を増やすべきなのに,大企業や一部の国立大学に資金を集中させ,いまだに大学の研究者をどんどん削減していることが世界に遅れを取っている原因だということになります.

豊田先生は今回,ブログを数カ月ぶりに標題のタイトルで再開されました.最新データを用いて図右の項目をこれから連載で解説されます.多くの人にお読みいただきたいと思いますが,とくに大学で研究に関わる人,日本の政治・経済に関わる人,そしてこれからそれらを担う若い人に読んでいただきたいと思います.


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パーキンソン病の病因タンパクαシヌクレインは炎症・免疫のメディエーターとして作用する

2022年01月17日 | パーキンソン病
αシヌクレイン(αS)は,パーキンソン病(PD)におけるレビー小体の構成タンパクであり,かつPDの発症に関与している.しかしその本来の生理機能は不明であった.これまでの研究で,αSは脳の細胞内に多く存在し,神経細胞間の情報伝達の場であるシナプスの機能に重要な役割を果たしていると考えられてきた.しかしシナプスにおける正確な役割は,ほとんど謎に包まれていた.一方,αSが小児の腸管神経系におけるノロウイルス感染によって神経終末より分泌されること(かつ炎症が強ければ強いほど,その分泌量は多かった),マウスの実験で致死的な神経向性ウイルス感染から保護することが報告されていた.さらに食細胞の強力な走化性活性化因子でもあると報告されていた.

今回,Cell Reports誌に米国からの報告で,αSが炎症反応や免疫反応の重要なメディエーターであることが示された.実験では野生型およびαSノックアウトマウスを用いている.まず腹腔内に注入した細菌由来のペプチドグリカンにより惹起した腹膜の炎症が,腹膜を支配する神経細胞からのαS産生を誘発することを確認した(図).具体的には,注入後わずか数時間で,大腸および横隔膜の神経終末がαSを分泌し始めた(その濃度は注射部位に近い横隔膜でより高かった).そしてαSは,Toll-like receptor 4(TLR4)をトリガーとして抗原提示細胞を活性化し,腹腔内免疫後の抗原特異的反応およびT細胞反応の発現を促進した(自然免疫および獲得免疫が活性化させる).つまり神経細胞が供給源となるαSは,腹膜炎の誘発と免疫応答に必要と言える.一方,αSノックアウトマウスでは,これらの反応が限定的で遅かった.さらに注目すべきは,白血球もαSを産生できるが,この系ではほとんど産生していなかったことである.つまり炎症反応を起こしているのは,腸における免疫細胞ではなく神経細胞であった!



今回の報告は,αSは腸における免疫や炎症反応に不可欠な役割を果たすというだけでなく,著者らはPD患者の神経系内にαSが蓄積するのは,炎症/免疫反応のためであるという仮説を支持するものと考えている(こうなると腹膜炎後の脳の変化が気になるが,本論文ではマウスの脳は検索していない).PDでは以前から感染症に伴い症状が悪化することが言われていたが,単に廃用ではなく,シヌクレイン病理が増悪するのかもしれない.しかしウェブ上の研究者の意見を読んでいると,αSの本来の役割は興味深いが,ミスフォールドしたαSが凝集して新たな毒性を獲得することが本態であるため,αSの生理機能は直接関係はなく,必要な治療法を追求するには無関係であるという意見も認める.確かに正常の機能を果たすαSが,PDを引き起こす病原性をもつαSに変化するメカニズムは最大の関心事である.そうなると,腸の炎症や環境が,αSのコンフォーメーションを変えうるのか今後,検討されるものと思われる.

最後にこの論文を読み,印象深く思った点を2つ示したい.①調べつくされたと思われるテーマでも,過去の研究を丹念に紡いでいけば新たなアイデアの糸口を見いだせること,②神経変性疾患の病態解明にはやはり神経免疫学的アプローチも必要であることである.

Alam MM, et al. Alpha synuclein, the culprit in Parkinson disease, is required for normal immune function. Cell Rep. 2022 Jan 11;38(2):110090.(doi.org/10.1016/j.celrep.2021.110090)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(1月15日)  

2022年01月15日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ブースター接種は医療者における感染率を低下させる,mRNAワクチンのブースター接種で,オミクロン株に対する中和抗体の交差反応性が生じる,女性と入院時の症状が多いことは,long COVIDの症状の多さの危険因子である,急性期の低酸素血症が後遺症としての認知機能低下を招く,です.

今週はブースター接種に関する話題と,long COVIDの危険因子に関する研究をご紹介します.後者では急性期におけるCOVIDによる症状の数が多いこと,そして呼吸不全にともなう低酸素血症がlong COVIDの危険因子であることが示されました.

◆ブースター接種は医療者における感染率を低下させる.
60歳以上のひとに対するファイザーワクチンのブースター接種は,感染および重症化のリスクを低下させるが,医療従事者に対する有効性については不明であった.イスラエルから,ファイザーワクチンを2回接種した医療従事者1928名(年齢中央値44歳,女性が71.6%)において,同ワクチンのブースター接種の効果を検証した前向きコホート研究が報告された.1650名(85.6%)がブースター接種を受けた.中央値39日の追跡期間中(最終9月20日)に,44名がCOVID-19に感染し,うち31名(70.5%)が症状を呈した.44名の内訳はブースター接種済みが5名,ブースター未接種が39名であった(発生率,それぞれ10万人・日あたり12.8および116)(図1).両群間の調整ハザード比は0.07(95%CI,0.02~0.20)であった.以上より医療者における検討でも,ブースター接種はCOVID-19感染率を有意に低下させることが示された.
JAMA. Jan 10, 2022.(doi.org/10.1001/jama.2021.23641)



◆mRNAワクチンのブースター接種で,オミクロン株に対する中和抗体の交差反応性が生じる.
88名のモデルナワクチン(mRNA-1273),111名のファイザーワクチン(BNT162b),40名のヤンセンワクチン(Ad26.COV2.S)接種者の血清を用いて,野生型,デルタ株,オミクロン株の各SARS-CoV-2偽ウイルスに対する中和能を測定した.SARS-CoV-2の感染歴を考慮しつつ,最初のワクチン接種を最近(3カ月未満),6~12カ月前,そしてブースター接種を受けた群で調べた.驚くべきことに,ほとんどのワクチン接種者でオミクロン株に対する中和は認められなかった.しかし,mRNAワクチンをブースター接種した群では,オミクロン株に対する中和反応は野生型の4~6倍低いだけと強力であった(図2).以上よりmRNAワクチンのブースター接種で,オミクロン株に対する中和抗体の交差反応性が生じることが示された.
ちなみに図2の3番目「6-12ヶ月前のワクチン+感染」で,野生型,デルタ株,オミクロン株に対する中和抗体価は,ブースター接種と比較してだいぶ低い.「オミクロンは軽症なので感染して免疫をつけたほうが良い」と言う人に会ったが,後遺症もまだ不明であるし,中和抗体価もこの結果では,賢明な方法とは言えないだろう.
Cell. Dec 23, 2021.(doi.org/10.1016/j.cell.2021.12.033)



◆女性と入院時の症状が多いことは,long COVIDの症状の多さの危険因子である.
スペインからlong COVIDの症状の多さに関連する危険因子を調査した多施設共同研究が報告された.1969名の患者(年齢中央値61歳,女性46.5%)が退院後8.4カ月でランダムに評価された.結果として,long COVIDの症状の増加と関連する要因は,女性(オッズ比1.82),入院時の症状の数(1.309;図3),併存症の数(同1.182),入院日数(1.01)であった(いずれもP<0.001).さらに入院時の症状が,嘔吐(1.78),下痢(1.51),頭痛(1.50),咽頭痛(1.36),呼吸困難(1.20)のいずれかであった場合も,long COVIDの症状の多さと関連していた(すべてP<0.01).以上より,性別以外に,入院時の症状の多さと一部の症状がlong COVIDの症状が増加する危険因子であることが分かった.
Int J Infect Dis. 2022 Jan 8:S1201-9712(22)00007-8.(doi.org/10.1016/j.ijid.2022.01.007)



◆急性期の低酸素血症が後遺症としての認知機能低下を招く.
メキシコからCOVID-19生存者に認められる後遺症としての認知機能障害の出現に関する危険因子を検討した前方視的研究が報告された.18 歳以上の重症患者92名(年齢中央値50歳,女性41.3%)を対象に,退院後 6 カ月に追跡調査を行った.このうち50名(54.4%)が認知機能障害(MoCA 26点以下と定義)を呈した.まず血栓形成・炎症に関わるバイオマーカー(CRP,フィブリノゲン,好中球)と入院時の低酸素血症の重症度との間に相関を認めた.またPaO2/FiO2の低下が,年齢,院内せん妄,侵襲的人工呼吸器換気とは独立して,認知機能に直接影響を与えることが示された(図4;PaO2/FiO2 300 mmHgを境に比較).以上より急性期の低酸素血症が後遺症としての認知機能低下を招く要因として重要な役割を持つことが分かった.
Neurol Sci. Jan 13, 2022.(doi.org/10.1007/s10072-021-05798-8)



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バーンアウト防止のための電子メール対策

2022年01月12日 | 医学と医療
先日,パンデミック禍のバーンアウト研究をご紹介して「有意義と考えられる仕事にとりくむ大切さ」について書きました.ただこれ以外にも対策はたくさんあり,とくに仕事の負荷軽減は大切です.医師の場合,書類作業や電子カルテ業務がよく議論されますが,あまり取り上げられないものとして電子メールがあります.大量の電子メール,スパム,売り込み,怪しげな雑誌や学会への寄稿や招待の依頼等々・・・自分の場合,これで疲弊します.いろいろ工夫してきましたが,フロリダ大学のMelissa Armstrong先生の「臨床現場におけるストレスと生産性をターゲットにしたメール戦略の改善」という論文(!)は大変,参考になりました(お目にかかったことがありますが,CBDのArmstrong基準を作られた脳神経内科医です).

大きく5つの工夫を紹介されています.メールチェックを制限すること(メールで仕事を中断せず,まとめて空き時間にチェック.夜はやめてリラックス),受信箱の機能をうまく使い管理すること,送信の際に受信者数の最小化を考えること(CCや全員返信を減らす!), メールのコンテンツ(中身)をコンパクトにし,分かりやすくすることです.ポイントを表にしましたのでご覧ください.



Armstrong MJ. Improving email strategies to target stress and productivity in clinical practice. Neurol Clin Pract. 2017 Dec;7(6):512-517.(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000395)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(1月8日)

2022年01月08日 | 医学と医療
今回のキーワードは,診断後12週間以上の疲労と認知機能障害はそれぞれ32%,22%(メタ解析),感染後5カ月と10カ月に,急激にbrain fogと認知機能低下をきたした2症例の報告,COVID-19回復患者の1年後に認める持続的な大脳白質変化,COVID-19関連ミオクローヌスの多様性,パンデミックはヤコプ病患者数・生存率に影響しないが,診断やケアに影響を及ぼした,です.

オミクロン株による重症化リスクは低いようですが,WHOは世界中で死者が出ていることから,その症状を軽いと説明するべきではないと警告しています.とくに重症化した患者の90%がワクチン未接種者であったことから,ワクチン接種の重要性を指摘しています.また感染力がデルタ株の3倍であり,多数の人に感染が生じているため,医療システムが深刻な圧力に晒されていると述べています.医療を含めたエッセンシャルワークがうまく回らなく危険性が高いことが第6波の特徴のひとつで,これまでの5波とは異なる社会的な対策が求められます.

一方,今回,複数の論文にて紹介するように,long COVIDの研究データが徐々に蓄積はじめ,一部の患者では,長期的に脳の構造や機能にダメージが生じていることが示されました.とくに以前から危惧されていましたが,COVID-19感染が遅発性に認知症発症の引き金になったとする症例報告のインパクトは大きく,さらなる検証が進むものと思います.

◆診断後12週間以上の疲労と認知機能障害はそれぞれ32%,22%(メタ解析).
Long COVID,ここでは診断から12週間以上経過した慢性期での疲労と認知障害について検討したメタ解析が報告された.疲労,認知機能障害,炎症パラメータ,機能的転帰について検討した論文を選択した.疲労は68論文,認知機能障害は43論文が対象となった.この結果,診断後12週間以上疲労を認める人の割合は32%(対象2万5268人),認知機能障害は22%(対象1万3232人)であった.これらは入院患者,非入院患者とも同等の頻度であった.疲労・認知機能障害は,嗅覚障害のように経時的に改善する症候と異なり,一部の患者では持続し,かつ増悪していた.小児は成人と比較してそれらの頻度は低かった.さらにナラティブ統合(バイアスのリスクを考慮せず統合すること)の結果,一部のLong COVID患者で炎症促進マーカー(サイトカイン,CRP,D-dimer,プロカルシトニン)の上昇を認め,少なからぬ機能障害(EQ-5DやmRSで評価)を呈していた.
Brain Behav Immun. 2021 Dec 29:S0889-1591(21)00651-6.

◆感染後5カ月と10カ月に,急激にbrain fogと認知機能低下をきたした2症例の報告.
米国からCOVID-19感染後5カ月と10カ月に,brain fogに引き続き,認知機能が急激に低下した2症例が報告された.両者とも頭部MRIでは異常を認めなかったが,FDG-PETで前頭葉・側頭葉の顕著なブドウ糖代謝低下を認めた(図1は症例1のもので,左側頭葉に目立つ代謝低下を認める).いずれも遂行機能とワーキングメモリーの障害があり,FDG-PET 所見に合致していた.COVID-19感染後にきわめて急速に進行したことから,感染が引き金となって認知機能障害が進行した可能性が示唆された.過去にPETによる評価を受けていないため断定はできないが,COVID-19が元から存在するなんらかの病態を顕在化させ,認知症を引き起こした可能性もある.
Alzheimer Dis Assoc Disord. Dec 30, 2021.(doi.org/10.1097/WAD.0000000000000485)



◆COVID-19回復患者の1年後に認める持続的な大脳白質変化.
中国から,臨床的に回復し症状を認めないCOVID-19患者の1年後の大脳白質と認知機能を評価した研究が報告された.対象は回復したCOVID-19患者22人と健常者21人を比較した.回復者は健常群と比較して,認知機能の有意な低下を認めなかった.大脳白質の変化を確認するために,拡散テンソル画像等を実施し,認知機能の評価にはウェクスラー知能尺度の下位尺度を用いた.結果として,回復者群では,放線冠,脳梁,上縦束の神経軸索密度が健常群より低かった(図2).ICUに入室していた患者は,そうでない患者に比べて,脳梁体部の異方性比率(fractional anisotropy)が低かった.また大脳白質は,入院期間が短いほど異常が少ない傾向にあったことから,入院期間は1年後の白質の変化を予測しうる因子となるものと考えあれた.→ 回復1年後に認める大脳白質の変化が,今後の認知機能にどのような影響を及ぼすか追跡が必要である.
Brain. Dec 16, 2021.(doi.org/10.1093/brain/awab435)



◆COVID-19関連ミオクローヌスの多様性.
スペインの単一施設から,COVID-19感染者6名(男性5名,女性1名,年齢60~76歳)におけるミオクローヌスの多様性について報告がなされた.6名は異なる表現型のミオクローヌスを呈した.ミオクローヌス出現までの潜伏期間は,1日から129日であった.最も多く見られた表現型は全身性ミオクローヌスで4名であった.また特殊な表現型として,painful legs and moving toes症候群,ラザロ徴候(*)様ミオクローヌス,action myoclonus/ataxia syndrome,脊髄炎に続発する分節性ミオクローヌスが,単独ないし全身性ミオクローヌスに合併して認められた.検査では脳波の徐波化(てんかん波なし),頸髄MRIでのC5-7の浮腫,DATスキャンの取り込み低下を認めた(図3).治療としてはレベチラセタムとクロナゼパムが使用され有効であった.1名でステロイドが使用された.ミオクローヌスとは無関係の合併症で2名が死亡した.以上より,ミオクローヌスは表現型,発現までの潜伏期,起源の観点から,その多様性が示唆される.病態としては感染後・免疫介在性と考えられるが,さらなる検証が必要である.
Neurol Sci. Jan 6, 2022.(doi: 10.1007/s10072-021-05802-1)



*ラザロ徴候は,脳死患者が自発的に手や足を動かす徴候.名称は新約聖書でイエスによってよみがえったとされるユダヤ人のラザロに由来する.

◆パンデミックはヤコプ病患者数・生存率に影響しないが,診断やケアに影響を及ぼした.
英国から,COVID-19パンデミックがクロイツフェルト・ヤコプ病(CJD)サーベイランスに与えた影響を検討した研究が報告された.仮説は,パンデミックにより①診断までの期間が長くなる,②剖検率が低下する,③COVID-19感染が診断,治療,生存に悪影響を与える,である.方法としては,前年を比較対象として,パンデミックの初年度を後方視的に調査した.結果は,パンデミック初年度でCJDと診断されたのは148人で,前年は141人と大きな差はなく,生存期間(図4)や診断までの期間,剖検率も変わらなかった.COVID-19を罹患したのは20人(60%が症候性,10%が重症)で,それらの患者では診断とケアの混乱が高頻度に確認された.40%が死亡したが,COVID-19感染によりCJDの生存期間が大きく変わることはなかった.以上より,パンデミックは英国のCJD症例数や生存率には影響していないが,診断やケアに大きな影響を及ぼした.
Eur J Neurol. Dec 23, 2021.(doi.org/10.1111/ene.15228)





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パンデミック禍の医師バーンアウトの最大の要因は「自身の専門性が活かされず有意義な仕事ができないこと」である ―東京都COVID-19専門3病院における検討―

2022年01月06日 | 医学と医療
2021年1月,東京都はCOVID-19感染者のために病床を増やす必要に迫られ,都立広尾病院,公社荏原病院,豊島病院の3病院を実質的にCOVID-19専門病院にしました.そしてこれらの病院では初診や救急患者,入院患者の受け入れを大幅に制限しました.手術や専門診療を休止したことにより専門研修ができないことから大学からの若手の専攻医派遣が見合わせになったり,専門診療ができる場を求めての退職も生じたりました.このような前例のない状況は医療者にバーンアウトを起こす可能性があるため,荏原病院麻酔ペインクリニック科 小寺志保先生,耳鼻咽喉科 木村百合香先生らが中心となり,調査・研究が行われました.私も研究に参画させていただきましたが,その内容がJMA journal誌に発表されましたのでご紹介します(PDFをフリーでDLできます).

Kodera S, Kimura Y, Tokairin Y, Iseki H, Kubo M, Shimohata T. Physician Burnout in General Hospitals Turned into Coronavirus Disease 2019 Priority Hospitals in Japan. JMA J. 2021

方法は2021年2月15日~3月5日にかけて,3病院の全常勤医を対象に,オンライン調査を実施しました.この時期は,第3波は沈静化し始めたものの,東京は国内で最も感染者数が多く緊急事態宣言下にありました.評価は日本版バーンアウト尺度(JBS)を用いて行いました.これはバーンアウトの3つの下位尺度である 「情緒的消耗感(EE)」 「脱人格化(DP)」 「個人的達成感の低下(PA)」の17項目から評価するものです.各項目最高5点で,得点が高いほどバーンアウトは増加しますが,バーンアウトと決定するカットオフ値を検証した研究はありません.ちなみに情緒的に力を出し尽くし,消耗してしまった状態である「情緒的消耗感」が生じた結果,患者に対する無情で非人間的な対応をする「脱人格化」や「個人的達成感の低下」につながると考えられています.

常勤医313名中161名(51.4%)が回答しました.男性が64.6%,年齢は30代が最も多く(32.3%),次いで40代(28.6%)でした.診療部門は内科系(内科,小児科),外科系(一般外科,心臓外科,脳神経外科,整形外科,産婦人科,泌尿器科,麻酔科,救急科),外来・検査科系(皮膚科,耳鼻科,眼科,形成外科,リハビリテーション科,放射線科,病理科,その他),研修医の4つに分類しました.

結果ですが,3つの下位尺度の中央値は,EE 3.02, DP 2.55, PA 3.55でした.下畑らが2019年に日本神経学会の全会員を対象に行った調査(回答者1261名)では,EE 2.86点,DP 2.21点,PA 3.17点でしたので,すべての得点が脳神経内科医を上回り,とくに脱人格化と個人的達成感の低下が顕著という結果でした.

図1は性差を示しますが,女性は男性よりも情緒的消耗感が高い結果でした(3.24対2.90; p = 0.04).図2は30歳代と60歳代の比較で,3つの尺度とも30歳代の方が高い結果でした.診療部門の脱人格化に対する影響を調べると,内科系と外科系に差はないものの,外科系は外来・検査科系よりも有意に高いことが分かりました(2.75対2.07; p = 0.006).最後に各下位尺度に関連する要因の検討を行い,情緒的消耗感と関連するのは4因子(有意義な仕事,労働時間,性別,COVID-19後の仕事量の変化)であり,脱人格化と関連するのは2因子(有意義な仕事と労働時間),個人的達成感の低下と関連するのは有意義な仕事のみでした.



その他,自由記述において,外科系からは専門性に関する懸念,内科系からは長期化への不安が多く述べられています(図3;ワードクラウド解析;大きい文字ほど多かった意見を示す).



以上より,COVID-19重点病院において,①女性や若い医師がバーンアウトにつながるより強いストレスを感じていること,②自身の専門性が活かされない有意義と考える仕事ができないことはバーンアウトの重大なリスクとなる可能性が示されました.①で若い医師のリスクが高いのは,自分の専門分野の研鑽が妨げられ,「キャリアを積むことができないのではないか」という懸念が原因と推測されました.また女性でリスクが高いのも,妊娠・出産などのライフイベントにより,もともとキャリア形成期間が男性より短いためと推測されました.

また②の結果は,日本神経学会のアンケートと全く同じものでした!脳神経内科医のバーンアウトは,労働時間や患者数といった労働負荷ではなく,「自身の仕事を有意義と感じられないことやケアと直接関係のない作業など」と強く関連していました(臨床神経 2021 ; 61 : 89-102).パンデミック禍において,自分の専門性が活かされず有意義な仕事ができないことは医師のバーンアウトに繋がり,医療の質を落とすだけでなく,スタッフの離職,すなわち医療破綻につながります.この問題を多くの人に知っていただきたいと同時に,本研究のエビデンスをもとに医療者のバーンアウト対策を進める必要があります.



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