Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

Animal model 2.0

2014年02月16日 | 脳血管障害
国際脳卒中学会(ISC2014@San Diego)の開催前日,Animal model 2.0という聞きなれないタイトルのシンポジウムが行われた.2.0は第二世代を示す.では第一世代は何を指すかと言うと,脳虚血の病態や神経保護薬候補をつぎつぎと明らかにした脳虚血急性期げっ歯類モデルを指している.しかしそれら神経保護薬候補は,ヒトにおける臨床試験において,tPAを除き,ことごとくその有効性を証明することができなかった.このため,近年,第一世代動物モデルの問題点が議論されてきたが,さらに一歩進めて,それらの問題点を克服する新しい動物モデルが提唱されつつある.ここでは第一世代の動物モデルの問題点と,新世代の動物モデル(Animal model 2.0)を紹介したい.

1)第一世代の動物モデルの問題点

第一世代の動物モデルの問題点バイアスを軽減する努力が不十分であったことに要約される.つまり治療介入の方法,ならびに評価法が不十分であった.具体的には,ランダム化,inclusionおよびexclusion criteriaの提示,処置や評価の盲検化,Nを決めるサンプルサイズ計算が多くの実験で行われていなかった(これらが行われた論文と行われなかった論文で,当該薬剤の有効率を比較すると,行われた論文で有意に低くなることが証明されている).今後はこれらをきちんと評価し,Proof of concept(概念実証)からProof of efficacy(実際の治療効果の実証)へのパラダイムシフトが必要となる.

2)Animal model 2.0

第二世代は第一世代の問題点の解消を行い,さらにこれまで見落とされていた視点から新たな動物モデルを作成することになる.

① 第一世代の問題点の解消
ランダム化,inclusionおよびexclusion criteriaの提示,盲検化,複数の行動解析による評価,サンプルサイズ計算を行う必要がある.実験匹数は現状の10程度から100(!)のレベルに引き上げることが望ましいとの発現があった.上記はARRIVEガイドライン等に明記されている.

ARRIVEガイドライン

薬剤については,単一薬剤のみでなく,薬剤の組み合わせ(tPA+αなど)の有効性についても検証すること,ヒトの臨床に則した治療タイミング・投与方法を再現すること,薬剤の血液脳関門通過能,化学構造・サイズ・生物学的分布,薬効評価のタイミングも考えることが必要となる.

② 新たな試みの例
A. 動物モデルにおける国際多施設ランダム化前臨床試験
実験匹数を増やし,評価のバイアスを減らすことを目的に,欧州ではなんと動物モデルにおける国際多施設ランダム化前臨床試験が行われている.例えばAnti-CD49d抗体の有効性の評価は5カ国でおこなわれた(the Multi-PART consortium).
www.multi-part.org
今後,動物モデルでもヒトと同様の手続きを踏む必要があるが,ここまで進展しているとは衝撃的であった.

B. 加齢,性の考慮
加齢,性差を考慮してこなかった点も問題点に挙げられる.加齢で免疫能は大きく変化する.高齢マウスの腸は細菌繁殖しやすいうえにleakyで,血漿エンドトキシン濃度が高く,NFkB値が高いという背景がある.病態に合わせた年齢の動物を選択する必要がある.

性差も重要である.実験モデルではもっぱらオスが用いられてきたが,ホルモンの影響による性差は見られ,例えばメス・ホルモン除去(閉経後)マウスの梗塞サイズは大きくなる.ヒトの臨床でも,脳卒中は女性(とくに80歳以上)で頻度が高く,脳梗塞後のうつも女性に多い.さらに女性は特有の危険因子を持つ(妊娠関連血管病,マイクロキメリズム:妊娠中における母親と胎児の間で少量の細胞の相互移動).性差を考慮した実験が必要である.

C. 危険因子,ライフスタイルの考慮
目的によっては,糖尿病,高血圧などの危険因子を有するモデル動物を使用する必要がある(糖尿病モデルとしてのストレプトゾシンモデルなど).

ライフスタイルとして,ヒトでは女性は男性より長生きで,夫が先に亡くなり,一人暮らしとなる可能性が高くなるが,このようなsocial isolationの状態を動物で再現すると,なんと梗塞サイズが大きくなり,その機序の一部はNFkBを介する炎症であることもわかっている.ヒトでも,脳梗塞の重症度にライフスタイルが影響しうることを示唆している.

D. 種差の考慮
ヒトにおける薬剤の有効性をそもそもげっ歯類で評価することは困難であり,種としてヒトに近い非ヒト哺乳類(Baboon, Marmoset, Rhesus macaque, Cynomolgus macaque)を用いるべきという考え方がある.利点はヒトでの薬効を良く予測できる可能性があること,ヒトでの無用な治験を避けられることが挙げられる.一方,問題点としては,倫理的問題,専用の実験装置(アンギオ,PET, MRI)や持続的モニタリングを要すること,高額な動物の値段,高い技術の必要性が挙げられる.現時点での適応は,見込みの高い前臨床試験であること,ヒトにおけるPhase 1が終了していること,研究デザインが臨床試験にマッチしていること(tPA使用,薬剤量・投与法・評価法・代理マーカーの確立)が挙げられる.具体的な例として,NA-1の前臨床試験が提示されたが,N=5ずつでcross overさせ,有効性を示した(のちにヒトにおけるPhase 2 trialが行われ,Lancet Neurol誌に2012年に報告されている).

E. 新しく精度の高い評価方法の確立
脳梗塞後の麻痺についても,適切なモデルを感度の高い方法で評価しなければならない.上肢麻痺の評価方法としては,さまざまなreaching test(餌を手を伸ばして取るなど)が行われてきたが,ラットではVermicelli handling testといった,パスタを,両手を使って食べるときのadjustment(持ち替え?)の回数を数えるとか,運動感覚能の評価法として,Sticky tape test(両手に貼った紙テープを剥がす,つまり前肢の感覚・注意と運動の両方を評価する),Schallert Cylinder test(透明な筒に入れて,患肢をつく割合を数える),Foot fault test(ジャングルジムのようなところを歩かせて足が落ちる数を数える)などが開発されている.これらラットで開発された評価をマウスに移行させる試みもなされている(Capelliniといった細いパスタを用いるなどの工夫をしている).

3)まとめ
以上,第一世代の動物モデルの問題点と,それを克服するための注意点,新しい試みを記載した.創薬研究では,動物モデルにおける効果の検証のステップは不可欠で,その成功のためには動物モデルの正しい使用・選択・評価を熟知する必要がある.脳虚血モデルの現状の理解は,他の疾患における動物モデルの検討においても有益であり,模範となるものと思われる.

International Stroke Conference 2014 @San Diego

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

FAST-MAG trialが示したこと

2014年02月16日 | 脳血管障害
1)FAST-MAG trialの概要
国際脳卒中学会(ISC 2014)に参加した.そのなかで,最新の脳梗塞急性期治療の臨床試験の結果が報告された.試験名はField Administration of Stroke Therapy - Magnesium (FAST-MAG) trialである.この臨床試験の特徴は,とにかく早く,救急車内で(!),脳梗塞治療を開始する点にある.脳梗塞発症後,1分間に200万個のスピードで神経細胞が失われることから,Time is brainもしくはTime lost is brain lostという言葉があるが,それを防ぐために一刻も治療を早く開始するというコンセプトである.

このFAST-MAG trialはphase IIIのランダム化比較試験で,Los AngelesとOrange州の60の病院と2,988 人の救急隊員が参加した.2005年から8年間に及んだ試験で,発症2時間以内の1,700人の脳卒中患者(平均69歳)が,救急車のなかで実薬群(硫酸マグネシウム 4g投与後,16gを24時間かけて使用)と偽薬群に割り付けられた.

さて結果であるが,硫酸マグネシウムは,発症3ヶ月後の修正Rankinスケールによる全般機能障害に差を認めず,無効であった.救急車内での治療による病院到着への遅れはなく,診断も正確にできた.最終診断は虚血性脳卒中が73%,出血性脳卒中が23%,脳卒中類似の病態(stroke mimics)はわずか4%であった(たとえ脳卒中でなくても安全なので問題はないという立場である).

2)FAST-MAG trialの意味するもの
本試験は,硫酸マグネシウムの治療効果を示すという意味では失敗に終わったが,2つの意味で興味深い.

① どんなに早く治療を開始しても限界がある

まず硫酸マグネシウムの効果について述べる.マグネシウム・イオンは,血液脳関門を容易に通過し,げっ歯類虚血モデルにおいて保護的に作用する.その作用機序としては,興奮性アミノ酸抑制,カルシウムチャネル抑制,cortical spreading depression抑制,血管平滑筋弛緩作用などが報告されている.すでに心筋梗塞や子癇症の臨床で使用されており,安全性が高く,かつ安価である.

このような薬剤を,golden hourすなわち発症60分以内の超急性期に開始すれば,効果が出るはずだと考えたわけである.これまで神経保護薬の有効性を検討した臨床試験のメタ解析で,症例の92.3%が発症から3時間以上経過したあと治療が行われ,1時間以内に治療が行われたのはわずか0.2%であった.これに対し,FAST-MAG trialでは,治療までの平均時間はなんと45分,2/3の症例がgolden hour内において治療された.

しかしそれでも有効性が示せなかった理由はなぜなのだろうか.おそらく,脳梗塞は,興奮性アミノ酸毒性,アポトーシス,オートファジー,炎症,血液脳関門破綻などの非常に多くの現象が同時に進行するため,どんなに早く治療を行ったとしても,それらの一部だけを治療したからといって予後の改善にはつながらないのだろう.すなわち,低体温療法で言われるような様々な現象への有益な効果(neuroprotectionではないbrain protection作用)が必要なのだろう.また脳梗塞で,血管閉塞が持続している場合は,梗塞巣へ薬剤が十分に届かないという可能性もあり,理想的には超急性期にtPAを先に投与することが望ましい.よって今後,試される治療は,brain protection作用が期待される強力な治療か,もしくはtPAの問題点(血液脳関門破綻やそれ自体の神経細胞毒性)を調整するような治療に限られるのではないかと思う.

② 救急車内での超急性期治療は可能である

本試験は,硫酸マグネシウムの有効性を示せなかったものの,救急車内での超急性期治療は可能であることを示したという意味では成功である.他の有望な治療薬を同様の方法で試すという道を開いた.また将来,テレビ電話による同意取得,救急車内でのCT撮影・tPA投与につながるのだろうと予測されていた.

個人的に本研究で一番,関心があった点は,このようなtherapeutic time windowの極めて狭い疾患における「治療や,治験への参加の同意」はいかに取得するのかということである.この同意取得に関して,別のシンポジウムの中で独立したテーマとして議論されていたが,結論を言えば,「このような特殊な状態であっても,きちんと同意を取得する必要がある」ということであった.ではそれはどのように行うのか?

まず同意は患者本人,ないし法的な代理人から取ることになる(患者はそれどころではないので,大半は法的代理人になる).責任医師は救急車内で,救急隊員を挟んで,携帯電話を用いて,英語,スペイン語のいずれかで代理人に説明を行い,質問を受けつけ,同意を取る.同意書は研究責任者へeFax(ファックスの受送信をEメールで行える)で送信される.説明を行った結果として,同意したのは40.7%,同意が得られなかった人の原因は以下のとおりであった.

時間切れ  18.3%
exclusion除外  14.4%
同意がとれない・代理人なし  14.1%
急速な改善  10.6%
英語・スペイン語ダメ  5.1%
拒否  4.8%

この結果は,将来の脳卒中急性期治療におけるエビデンスの確立に役立つものと考えられ,非常に意義の大きい臨床試験になった.

International Stroke Conference 2014 @San Diego

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

女性の脳卒中予防ガイドライン

2014年02月12日 | 脳血管障害
SanDiegoで行われている国際脳卒中学会2014(ISC2014)に参加している.このなかで,女性に特有の危険因子に着目した女性の脳卒中予防ガイドラインを,米国心臓・脳卒中協会(AHA/ASA)が初めて発表したのでご紹介したい.

じつは米国では,男性より女性の脳卒中患者数が多く,さらに脳卒中による死亡の6割を女性が占めている.この脳卒中における女性優位の背景として,女性は男性と同様に高血圧,喫煙,糖尿病といった脳卒中危険因子を認めるほか,女性に特有の危険因子として,妊娠高血圧腎症(preeclampsia),経口避妊薬,ホルモン代替療法,偏頭痛,心房細動を有することが原因として考えられている.以下,それぞれについて記載する.

1.妊娠高血圧腎症(preeclampsia)

400万人ほどの妊婦の6-10%が妊娠高血圧腎症を発症し,妊娠後期において危険な高血圧上昇を呈する.妊娠高血圧腎症は,女性における脳梗塞リスクを2倍にし,将来の高血圧リスクを4倍にするとガイドライン作成者は述べており,多くの女性と,加えて医師もこの関連を認識すべきと強調している.つまり自分は健康と考えている女性も,自分の妊娠・出産期に起きたことを振り返ってみることがとても大事ということだ.産婦人科医も若い女性における脳卒中の増加を憂慮している.

推奨されている点は以下のとおりである.
(ア) 妊娠高血圧腎症の既往を持つすべての女性は定期的な検査を行い,高血圧,肥満,喫煙,高コレステロール血症のような危険因子の評価・治療を行う必要がある.
(イ) 危険因子の定期検査は出産の1年以内から開始すべきである.
(ウ) 高血圧を有する妊婦,ないし前回の妊娠で高血圧を呈した妊婦は,主治医に妊娠高血圧腎症リスクを下げるために,出産までの期間,低容量アスピリンを内服すべきか相談すべきである.
(エ) さらに高血圧(160/110 mmHg以上)を認める妊婦は妊娠期中,安全な降圧剤による治療を受けるべきである.中等度の高血圧の場合(150-159 mmHg/100-109 mmHg)も安全な降圧薬による治療を考慮すべきである.

2.ピル(経口避妊薬)
ピル内服前に,高血圧の有無を検討すべきである.その理由は両者の合併は脳卒中発症リスクを増加させるためである.またピル内服中の喫煙は脳卒中リスクを増加させるため,喫煙すべきではない.

3.ホルモン代替療法(HRT)
閉経後の女性に対しするエストロゲンとプロゲスチンを投与する治療はホルモン代替療法と呼ばれる(骨密度が上がって骨折危険因子を減らす利点がある).一時,脳卒中リスクを減少すると言われたが,現在はむしろ増加すると考えられている.

4.前駆症状を伴う偏頭痛+喫煙
前駆症状(aura)を伴う偏頭痛女性における喫煙は脳卒中の危険因子となるため,禁煙すべきである.またガイドラインを通して,禁煙の重要性が強調されている.

5.心房細動
75歳以上の女性は心房細動の検査を受けるべきである.心房細動は脳卒中危険因子を5倍増加する.この年齢層の女性は,男性と比較し,不整脈を発症しやすい.

6.まとめ
大切なことは女性が,とくに妊娠に関連した脳卒中の危険因子を理解することである.そして主治医とともに脳卒中発症のリスクを下げるための,食生活の改善,運動,必要ならば治療薬内服を行うべきである.



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする