Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Painful legs and moving toes 多数例の報告

2012年04月14日 | その他
Painful legs and moving toes(PLMT)は,なかなか日本語の病名に訳しにくいが,「つま先の不随意運動と下肢の疼痛」を呈する疾患である.その病名は,神経内科医にとってはお馴染みであるものの,多数例の報告はなく(多くても20例未満),その臨床像や予後,不随意運動と痛みに対する治療の効果についての情報は乏しい.1971年にSpillaneらにより初めてその病名が報告されたが,その後,類縁疾患として
1985 Painful arms and moving fingers
2008 Painful mouth and moving tongue
も報告された.さまざまな身体部位に症状が出現しうるが,一般に症状は下肢に認められる.痛みの程度や頻度はさまざまである.基礎疾患としては末梢神経障害,神経根症,ミエロパチーが知られている.これらは頻度的に多い疾患であるが,PLMTを呈することはきわめて稀である.家族内発症も記載がほとんどなく遺伝的要因の関与は考えにくい.今回,Mayo clinicから,過去28年間に経験した76例のケースシリーズが報告された(過去最多.さすがMayo clinicと思う).

方法としては経験例の臨床データ,画像,電気生理検査,治療効果,長期予後を後方視的にまとめている.

さて結果であるが,76名のPLMTが存在し,性別は男:女=26:50で,女性が66%と多かった.発症年齢は平均58歳(24~86歳)で,神経学的な診察を受けた年齢は63歳(26~88歳)であった.症状の出現部位としては,やはり下肢のみが69名(91%)と多く,最終的に44例(全体の58%)が両側下肢に症状が出現した.上肢に限局した症例はなし.

痛みは70例(95%)で認められ,自覚的な訴えとしては不随意運動よりも疼痛が多かった.2名で痛みなし(つまりこれが以前紹介したpainless legs and moving toesとなる.4名は情報なし).痛みの表現はさまざまで,チクチク・ヒリヒリ(tingling)やしびれ(numbness),ズキズキ(aching)などが多かった.痛みの増悪因子は44例(58%)で存在し,内訳は,体位,日内変動,低い温度,圧迫(靴や服)であった.不随意運動は持続性だが,程度には漸増漸減が見られ,個々人によって特徴的なパターンが見られた.意図的に,もしくは足底を押すことで短時間であれば止めることができた.

原因としては,末梢性神経障害21例(28%;うち1/3はsmall fiber neuropathy),外傷8例(11%),神経根症7例(9%),その他11例(10%;神経遮断薬や抗不安薬の中止,つま先の手術,硬膜外注射,ミエロパチー)で,原因不明が32例(42%)と頻度が高かった.

画像所見が行われた44例では,原因となる異常所見は見つからなかった.電気生理学的には筋電図にて不規則な2~200 Hzの周期の正常の運動活動電位の発火が,50ミリ秒~1秒のバーストとして観察された.

疼痛,不随意運動とも治療抵抗性であった.痛みに対してはさまざまな薬剤(ガバペンチン,プレガバリン,カルバマゼピン,三環系抗うつ薬,SSRI,L-ドーパ,フェンタニル)や治療(硬膜外ステロイド,経皮的末梢神経電気刺激,マッサージ)が試されたが治療効果に乏しかった.不随意運動に対してはドパミンアゴニスト,クロナゼパム,ボツリヌス注射が試されたがやはり効果は乏しく,有効であった症例でも痛みには効果はなかった.

予後については,平均4.6年間の経過観察期間中,症状が持続することが多く(63例83%が持続),自然寛解率は高くない疾患であるものと考えられた.

以上より,PLMTは特に痛みへの治療が必要となる疾患であるが,種々の治療に抵抗性であり,おそらくこれは痛みに対する中枢性のリモデリングが生じているためと考えられた.


Painful Legs and Moving Toes Syndrome ―A 76-Patient Case Series―
Arch Neurol. Published online April 9, 2012. doi:10.1001/archneurol.2012.161



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〈眠り〉は必要か?

2012年04月01日 | 睡眠に伴う疾患
試験前や仕事が終わらない時など「眠らなくて済んだらどんなに良いだろう」と思った.Nancy KressのSF小説「ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)(Beggars in Spain;1993年)」は遺伝子操作で生まれた「無眠人(sleepless)」の話である.物語のなかでは,眠りは進化の過程で残った「不要なメカニズムの名残り」と考えられ,受精卵に対する遺伝子操作により「無眠人」が誕生する.彼らは眠らずにすむという絶大なアドバンテージを持ち,一般の「有眠人(sleeper)」よりあらゆる面で優れ,頭脳明晰で社会を牽引する少数派となる.しかし,弱者集団でありながら多数派である「有眠人」の嫉妬を買い,さらにNew Eng J Med誌(!)に報告されたある無眠人の脳病理の研究発表から憎悪の対象となることが決定的となる.物語では「無眠人」のひとりの女の赤ちゃんが司法試験を受けるまでが描かれるが,平等と社会格差,弱者集団への差別とaffirmative action(改善措置)など現代に通ずる社会的問題を絡めて展開され,SF小説の域を遥かに超える内容となっている(事実,ヒューゴー賞,ネビュラ賞など総ナメにした).ご一読をお勧めしたいが,ここで問題にしたいのは「はたして本当に眠りは不必要なものなのか?眠らないと人間はどうなるのだろうか?」ということだ.

実は最近の研究で,眠りは,身体を休めたりストレスを発散したりするだけではなく,記憶(陳述記憶や手続き記憶)を強化したり,認知症の防止(脳アミロイドの沈着抑制),免疫能の維持やホルモン分泌に重要であることが分かっている.動物実験では,高度の断眠(睡眠不足)は,視床下部の恒常性の破綻をもたらし,体重減少や体温低下などを引き起こす.ヒトにおいても遺伝性プリオン病である「致死性家族性不眠症」では徐波睡眠が欠如し,入眠や睡眠維持が困難となるが,病名のごとく予後はきわめて不良である.つまり眠りは「身体を休めている」という消極的なものでは決してなく,「積極的に脳のメインテナンスと情報管理を行う」という能動的な過程である.

さて最近,「<眠り>をめぐるミステリー―睡眠の不思議から脳を読み解く (NHK出版新書)」という本を読んだ.本書は,食欲や報酬系に関わり,さらに睡眠や覚醒を制御する神経ペプチドであるオレキシン(別名ヒポクレチン)を1998年に発見した櫻井武先生による「睡眠の謎」をわかりやすく解説したものである.「致死性家族性不眠症」の話に始まり,ノンレムパラソムニア(いわゆる夢遊病や,就眠後,無意識にものを食べはじめてしまう睡眠関連摂食障害[SRED; Sleep-related eating disorders]の話),現在,夢はどのように考えられているのかという話,ナルコレプシーという過眠症の話,「ためしてガッテン」で取り上げられて以降,外来に何人も訪れるようになったレム睡眠行動障害(RBD)の話,そして「小説,映画,音楽に見る眠りの謎」と,面白い話が続く.睡眠医学に興味を持ちつつも,忙しくて勉強する時間がとれない「有眠人」に最適な入門書かもしれない.その他,印象深かったいくつかの記載を書き出してみる.

・ 夢が奇妙なわけは,レム睡眠中,前頭前野の活動(=メタ認知:認知を認知する能力)が低下しているためで,また,夢を記憶していないわけは,海馬(=ワーキングメモリ)機能の低下があるため.
・ レム睡眠ではストレスに関係する脳内の化学物質のレベルが下がり,ショッキングな記憶に対する感情的な反応を和らげる作用がある.
・ 睡眠は脳全体に起こるのではなく「局所的に」起こりうる(ローカルスリープという).
・ 2008年にイギリスで,就寝中の妻を,レム睡眠行動障害に罹患した睡眠中の夫が(ケンカをする夢をみた結果)殺してしまうという事件が起きた.
・ ベルリオーズによる幻想交響曲は,自分の夢体験をそのまま作品として結実させたのではないだろうか.

昨年の日本睡眠学会に参加した際,「睡眠は夜の神経学である」という言葉を聞いた.睡眠やその異常から垣間見る「脳の機能」,つまり睡眠中に脳や身体に何が起こっているかを理解することは,今後,神経学において重要な方向性のひとつとなるのではないだろうか.まだまだ理解できていないことがたくさんあるように思う.以下,個人的に睡眠医学の学習におすすめの本をご紹介したい.


睡眠障害診療ガイド・・・入門書・教科書として最適(薄い本ながらエッセンスが詰まっている) 

睡眠障害国際分類 第2版―診断とコードの手引・・・睡眠疾患を理解する上でのバイブル 

臨床睡眠検査マニュアル・・ポリソムノグラフィーなどの睡眠の検査を学ぶのにお薦め 
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