Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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重要:ACT心理療法はALS患者さんのQOL(生活の質)を大幅に向上する!

2024年05月23日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化性(ALS)などの運動ニューロン病は根本療法が未確立の神経難病です.心理的サポートは有益であろうと想像できますが,小規模・短期間の研究のみで十分なエビデンスはありませんでした.Lancet誌に,英国からAcceptance and Commitment Therapy(ACT)と名付けられた,受容,マインドフルネス,認知行動療法を取り入れた心理療法が,患者さんのQOLを大幅に向上できることを示した臨床試験が報告されました.ちなみにACTは,つらい感情や思考をコントロールしたり回避したりするのではなく,受け入れることに重点を置いています.

方法は多施設無作為化比較試験で,対象はALS,進行性筋萎縮症,原発性側索硬化症を含みます.運動ニューロン病向けのACT+通常ケアを受ける群と,通常のケアのみ受ける群に割り付けました(それぞれ97人と94人).ACTは専門知識を持つ臨床心理士ないし精神科医が,最大8回のセッションを4ヶ月間にわたって,対面,ビデオ通話,または電話で実施しました.具体的にACTは以下を含みます.
◆受容(Acceptance): 不快な思考や感情と戦わずに受け入れることを推奨する.
◆マインドフルネス(Mindfulness): 現在の瞬間に集中して取り組むことを支援する.
◆行動変容技法(Behavioral Change Techniques): 悩ましい思考や感情にとらわれず,人生を豊かにする活動(興味や価値を見出せる活動)に集中することを支援する.
◆資料の提供: 上記に関する書籍,アプリなどを提供し,患者は自己学習をする.
そして6ヵ月および9ヵ月後に,主要評価項目のMcGill Quality of Life Questionnaire-Revised(MQOL-R)を用いたQOLを評価しました.

さて結果ですが,6ヵ月後のQOLは,ACT+通常ケア群は,通常ケア単独群と比べ,有意に優れていました(MQOL-Rの調整後平均差は0.66[95%CI 0.22-1.10];d=0.46;p=0.0031)(図).介入の影響の大きさを示す効果量(d)が0.46であることは中程度の効果を示し良好です.一般に0.2が小,0.5が中,0.8が大きな効果を意味します(ちなみにアルツハイマー病のレカネマブは0.21です:JNNP. 2023;95:2-7).またセッションへの出席率が高く受容性は良好で,かつビデオ通話または電話によるリモート介入の有効性も認められました.うつ病と心理的柔軟性に関する副次的評価項目も有意な改善が得られました.介入に関連した有害事象はありませんでした.以上より,ACTはQOLの維持・改善に有効であることが分かりました.



以上より,ALS患者さんの心理的ウェルビーイングとQOLを向上させる介入は極めて重要ということが分かります.自分が患者であったとしたら,まだ効果が軽微な疾患修飾療法よりも,心理療法を望むように思います.しかし日本では臨床心理士が不足していますし,ALSの診療に関わっていただくこともあまり一般的でないように思います.脳神経内科医が心理療法を学べば良いのですが,現在の専門医制度では専攻医になってから内科症例の経験だけ求められていて,脳神経内科の診療に必要な精神科,リハビリ,脳外科,小児科,神経眼科・耳科といった境界領域を学ぶ機会がありません.個人的にはここが一番の問題だと思っています.私自身は機能性神経障害や睡眠障害の診療のために認知行動療法を勉強しましたが,独学なので不安があります.日本でも脳神経内科医が患者さんの診療に本当に必要な境界領域を学ぶことができるよう専門医制度を作り直す必要性があると思います.
Gould RL, et al. Acceptance and Commitment Therapy plus usual care for improving quality of life in people with motor neuron disease (COMMEND): a multicentre, parallel, randomised controlled trial in the UK. Lancet. 2024 May 9:S0140-6736(24)00533-6.(doi.org/10.1016/S0140-6736(24)00533-6

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難分解性有機汚染物質はALSの発症リスクを増大させ,生存期間を短縮する!

2024年03月21日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,遺伝要因と環境要因の双方によって引き起こされると考えられています.ALSのみならずアルツハイマー病,パーキンソン病,多発性硬化症,自閉症などの神経疾患でも環境要因との強い関連が報告されています.しかし環境要因の研究は,農薬を曝露したといった申告や職業環境から推測される曝露に頼るもので,想起バイアスの影響を受けやすいという限界がありました.しかし今回紹介するミシガン大学の研究は,血漿中の難分解性有機汚染物質(persistent organic pollutants;POPs)の濃度を直接定量することで,より正確に曝露を直接評価し,想起バイアスを克服しています.著者らは過去にALSとPSPsの関連を報告しており,今回は別のコホートを用いて結果を再確認するという研究です.

対象はミシガン州のALS患者164人と対照105人です,血漿サンプルを用いてPOPs濃度を測定しました.この結果,22種類のポリ塩化ビフェニル(poly chlorinated biphenyl;PCB)のうち8種類,10種類の有機塩素系殺虫剤(organochlorine pesticide;OCP)のうち7種類など,複数のPOPsがALSと有意に関連していました(図).ちなみにポリ塩化ビフェニルは電気機器の絶縁油として,変圧器やコンデンサー,カーボンレスカーボン紙,ポリマーやコーティング剤,接着剤の添加剤などで使用されたもので,人体に蓄積し有毒です.現在は製造・輸入ともに禁止されています.歴史的にはカネミ油症事件が有名です.



また発症リスクは有機塩素系殺虫剤のうち,α-ヘキサクロロシクロヘキサン,ヘキサクロロベンゼン,トランス-ノナクロール,シス-ノナクロールの混合効果によって最も強くなり,環境リスクスコア(ERS)の四分位数間の増加によってALSのリスクは2.58倍高まりました(p<0.001).生存率にも影響があり,POPsの混合物は死亡率を1.65倍増加させました.上記有機塩素系殺虫剤の作用機序はまだ十分解明されていませんが,すべて神経毒であり,電位依存性ナトリウムチャネルやGABA受容体依存性クロライドチャネルなどのイオンチャネルを標的とするものもあるそうです.今後,ミシガン州以外のコホートで再現することや,POPsによるALS発症の機序を明らかにする必要があります.いずれにしてもPOPsや有機塩素系殺虫剤の削減計画を行なっていく必要があります.
Goutman SA, et al. Environmental risk scores of persistent organic pollutants associate with higher ALS risk and shorter survival in a new Michigan case/control cohort. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2024 Feb 14;95(3):241-248.(doi.org/10.1136/jnnp-2023-332121

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家族性ALSに対するトフェルセンについて理解しよう

2023年11月23日 | 運動ニューロン疾患
トフェルセンはSOD1遺伝子変異を有する家族性ALS(ALS患者全体の2%程度)の進行を遅らせる可能性のある治療薬で,ALS治療研究における非常に大きな進歩と言われています.トフェルセンはSOD1 mRNAを標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチドです.SOD1 mRNAのRNase H依存性分解プロセスを利用し,SOD1タンパク質の産生を減少させます(図).具体的には髄腔内投与により運動ニューロンに入り,SOD1 mRNAに特異的に結合し,RNA-DNAハイブリッドを形成します.トフェルセンはRNase H依存性酵素を活性化し,RNA鎖を切断して変異型SOD1 mRNAを分解,減少させ,最終的に変異型SOD1タンパク質も減少して,神経変性が抑制されます.



トフェルセンの臨床試験としては,まず第1-2相試験が50人の患者を対象として行われました.主要評価項目は85日目のSOD1濃度のベースラインからの変化でした.SOD1タンパク濃度の幾何平均比は,20mg群で1%,40mg群で27%,60mg群で21%,100mg群で36%減少しました(偽薬群は3%減少).

第3相試験では72人がトフェルセン群,36人が偽薬群に割り付けられました.168日間にわたりトフェルセン(100mg)を8回髄腔内投与しました.遺伝子変異の種類による進行の速いサブグループでは,トフェルセン群では脳脊髄液中のSOD1蛋白質の総濃度が29%減少(偽薬群は16%増加),進行の遅いサブグループでは,トフェルセン群で40%減少(偽薬群は19%減少)しました.さらに神経障害マーカーである血漿中のニューロフィラメント軽鎖(NfL)濃度を偽薬群よりも大きく低下させました(図).



しかし進行の速かったサブグループで,ALSFRS-Rスコアの28週目までの変化は,トフェルセン群で-6.98点,プラセボ群で-8.14点と有意差なし(差,1.2点;95%信頼区間,-3.2~5.5点;P = 0.97).副次評価項目も両群間で有意差はなし.副作用は腰椎穿刺関連の有害事象(穿刺部痛,頭痛)が認められ,重篤な有害事象(脊髄炎,無菌性髄膜炎など)はトフェルセン群の7%に認められました.

これらのデータに対し,アメリカFDAは,効果は十分とは言えないとしながらも,患者にとってリスクよりも利益が上回ることが予測できるとして,深刻な疾患の患者に対し,より早く治療を提供する「迅速承認」を支持する意見をまとめ,4月25日に承認しました.私自身も疾患の性格上,FDAの考えは支持できるものだと思いました.

一方,日本では治験が行われたものの未承認で,外国から輸入し,高額な費用を自己負担する必要があり,ほとんどの患者さんは使用困難な状況です.東京医科歯科大学の横田隆徳教授は「病気の原因に直接働きかける薬ができたという意味で,非常に価値の高い成果だと思っている」「進行が早いALS患者は2年程度で亡くなることもあるため,日本で薬が承認されるまでのドラッグラグの期間によっては治療が間に合わない.そのような患者がいち早く薬を手に取れるような社会的な対応を期待したい」と話しています(https://tinyurl.com/ylqe57uq).
Miller TM, et al. Trial of Antisense Oligonucleotide Tofersen for SOD1 ALS. N Engl J Med. 2022 Sep 22;387(12):1099-1110.(doi.org/10.1056/NEJMoa2204705
Saini A, et al. Breaking barriers with tofersen: Enhancing therapeutic opportunities in amyotrophic lateral sclerosis. Eur J Neurol. 2023 Nov 17.(doi.org/10.1111/ene.16140

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オランダにおいてALS患者の安楽死・医師介助自殺(PAS)は高頻度でかつ増加している

2023年06月24日 | 運動ニューロン疾患
最近,岐阜薬科大学と平成医療短期大学にて「神経難病における倫理」について講義しました.題材にした事例は,多系統萎縮症患者さんがスイスに渡って医師介助自殺(physician-assisted suicide; PAS)をしたケースや,同じく海外でのPASを希望し,最終的に嘱託殺人事件に至ったケースです.このように患者さんが「死にたい」と訴えたとき,医療者は何をすべきか議論しました.自分が過去に担当した患者さんの話などをして感極まってしまい,学生は驚いたかもしれません.

安楽死・PASについては,松田純先生「安楽死・尊厳死の現在」が非常に分かりやすくオススメです.安楽死ははオランダだけでなく,オーストリア,ベルギー,カナダ,オーストラリアで厳格なガイドラインに基づき合法的な行為として行われていますし, PASはスイスや米国オレゴン州など8つの州と首都で行われています.しかし認知症や,ALSのような神経難病患者におけるそれらの実態はよく分かっていません.最新号のLancet Neurology誌に,2002年からPASが合法化されたオランダに関するALSでのデータが報告されました.終末期医療の法制化が検討されている他の国々において重要なデータとなるものと思われます.

まず2012から2020年の8年間で,ALS患者4130人のうちなんと1014人(25%)がPASを選択して死亡しています.下図のグラフは1999年から2020年までのPAS+安楽死の頻度を示しています.ALSのみ2012年からのデータになりますが,突出して頻度が高く,かつ右肩上がりに増加していることが分かり衝撃的です.



著者らは,PASを選択したALS患者の担当医や介護者に直接連絡を取り,患者がPASを選択した理由を後方視的に分析しています.回答率は24%(211/884例)と低い結果でした.意外なことにPASを選択した患者とそうでない患者との間に診断後の生存期間に差はありませんでした(15.9ヵ月vs 16.1ヵ月;p=0.58).つまりPASは罹病期間の早期ではなく進行期に行われたものと推測されます.またPASを選択した患者にうつや絶望の頻度が高かったことはなく,しかしより若く,より高学歴という特徴がありました.PASを選択した理由として,担当医と介護者は「自律と尊厳の喪失」「進行期における他者への依存の高さ」を挙げていました.

PASの議論を行う際,前提条件として質の高い緩和ケアが提供されていることが重視されます.本研究では「患者はケアに高い満足度を示していた」という担当医や介護者による回答が多く,患者が PASを決断した理由が不十分な緩和ケアのためではないと考察されています.しかし本研究に対するEditorialを読むと,介護者の回答がPASを選択した患者の考えを正確に反映しているとすることには疑問があると述べています.つまり愛する家族のPASを容認した遺族は,肯定的な態度を示すことでその決定を正当化した可能性があると考えています.加えてアンケートに回答しなかった76%の担当医や介護者がどのような意見を持っているのかが気になるところです.

また何と言ってもALSにおけるPASの頻度の高さは驚きで,「安楽死・尊厳死の現在」でも指摘されている,死を医師の管理下に置く「死の医療化」が行われている可能性や,「すべり坂,闇の安楽死」とも呼ばれる,障害などを抱えた弱い立場にある人が,本人の意志に反して家族や社会の負担とされ,被害を受ける恐れがあることが生じている可能性が本当にないのか気になりました.これらの防止のためには徹底的な透明性確保が必要であることは言うまでもありません.

尊敬する岩田誠先生の著書「医(メディシン)って何だろう?」を読むと,「死にたい」と訴える人に対し,以下のことが重要であることに気が付きます.
1. 人としてなぜ死にたいのかを理解し,それを思いとどませること
2. なんとしてでも生きてほしいと呼びかける周囲の人々を励ますこと
3. 延命処置を受けた人たちが何を成し遂げたか,医療者はそれを語り継ぐ使命がある(ナラティブ)

私も教室の若い先生に「死にたいは,本当は生きたいの裏返しではないのか?」「死にたい・胃ろう不要・TPPV不要の本当の理由を理解しよう」と繰り返し言っています.この論文をきっかけにさらに議論が深まり,良い方向に進むことを期待したいと思います.
van Eenennaam RM et al. Frequency of euthanasia, factors associated with end-of-life practices, and quality of end-of-life care in patients with amyotrophic lateral sclerosis in the Netherlands: a population-based cohort study. Lancet Neurol.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00155-2)

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flail arm型とVulpian-Bernhardt亜型

2023年06月07日 | 運動ニューロン疾患
ALSガイドライン2023が発刊されました.眺めていたところ,分類・病型の項目に「進行性筋萎縮症(PMA)のなかで,両上肢に限局するものはflail arm型と呼ばれ,brachial amyotrophic diplegia,man-in-the barrel型およびVulpian-Bernhardt亜型も同じ病型を意味する」と書かれていました.若手の先生にウンチクを傾けたくなりました(笑).

1)フレイル・アームはL?R?
老年医学で使われるフレイルは「加齢により心身が老い衰えた状態」のことで「Frailty(虚弱)」に由来します.ALSの病型で使うのはflailで,その意味は柄の先に鎖で打撃部を接合した武器の一種(連接棍棒)だそうです.ちょうど筋萎縮で細くなった上肢(図左)が,連接棍棒(図中央)に見えたために名付けられました(Hu MT, et al. JNNP 1998;65:950-1. doi.org/10.1136/jnnp.65.6.950).


図はWikipediaより.

2)フレイル・アームの原著の間違い
上記の原著で著者らは歴史的考察を行い,この亜型は「おそらく1888年にGowersによって初めて記述され,図も書かれた」と記載しています(これが図左です).しかしすぐこれは適切ではないというレターが掲載されました(Gamez J, et al. JNNP 1999;67:258. doi.org/10.1136/jnnp.67.2.258).1880年前後のフランスにて,サルペトリエールのCharcotとともに,Flourensの弟子であったVulpian(1826-1887;図右)は,著書『Maladies du Système Nerveux』で,PMAについて「遠位筋,特に短母指外転筋が最初に侵される場合が多いが,中には上腕や肩甲部の筋肉がまず萎縮し,前腕と手の筋肉は長期間正常に保たれる例がある」と記載しています(肩甲上腕型脊髄性進行性筋萎縮症;formescapulo-humérale).病理学的に脊髄前角細胞の変性が原因であることも確認しています.類似するBernhardtの報告も併せてVulpian-Bernhardt型と呼ばれるようになりましたが,Bernhardtの報告は家族例で必ずしも内容が一致せず,混乱を招くという理由でこの用語は徐々に使われなくなりました(岩田誠ら.神経内科4;243-8, 1976).ちなみにVulpianはBabinskiとDejerineの学位論文の指導者で,岩田誠先生は「忘れられているきらいがありますが,おもしろい人です」と述べています.当時物議をかもしたPasteurの狂犬病ワクチンを,医師ではないPasteurに代わって最初に患者さんに接種したのがVulpianであり,高潔な人物として知られていたそうです(鼎談.神経学はいかにして作られたか:https://00m.in/DDqBc).







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ALS患者に認めた意外な原因による呼吸苦

2022年03月16日 | 運動ニューロン疾患
写真は呼吸苦を訴えて救急外来を受診した進行期ALS患者さんのものです.呼吸苦の原因は呼吸不全ではなく顕著な貧血で,その原因は胃潰瘍からの出血でした.胃潰瘍の中央には丸い圧痕がありました(図A).胃内にある胃ろうのバンパー(内部ストッパー:図B, C )が対側の胃壁に当たってできたものと考えられました.この患者さんは胃ろう作成後も体重が減少してしまい,腹壁が薄くなって,その分,バンパーが奥に押し込まれて胃後壁に当たるようになってしまったようです.体重減少が目立つ症例では,体表面に出ている胃ろうの外部ストッパーと腹壁の間の隙間(図D)が拡大していないか確認したほうが良いと第一著者の國枝顕二郎先生は指摘しています.

Kunieda K , et al. Gastric ulcer caused by contact with a bumper type gastrostomy tube in amyotrophic lateral sclerosis: a case report. Brain Nerve 74;291-4, 2022


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ALSに対するエダラボン静注は,リルゾールによる標準治療に追加の効果をもたらさない?

2022年01月20日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対する治療薬としてエダラボン静注用が承認されている.しかし有効性に関するエビデンスは,有効性が期待される部分集団においてMCI186-ALS19試験(Lancet Neurol 2017;16:505-512)で示された短期間の有益性に限られる.このため長期安全性と有効性を評価する目的の多施設共同,傾向スコアマッチ法(無作為割付が難しく交絡が生じやすい観察研究において,共変量を調整して因果効果を推定するために用いられる統計手法)を用いたコホート試験試験がドイツで行われた.

2017年6月から2020年3月にかけてスクリーニングされた1440名のうち,738名が傾向スコアマッチングに含まれた.最終的な解析対象は,エダラボンの静脈内投与を開始した患者194名(年齢中央値57.5歳,男性64%)およびリルゾールによる標準治療を受ける傾向スコアマッチングを行ったALS患者130名の合計324名である(全例,El Escorial基準によるprobableまたはdefiniteのALS).介入としては,エダラボン+リルゾール群とリルゾーン単独群を比較した.主要評価項目は,ALSFRS-Rスコアの減少によって評価される疾患進行とした.副次的転帰は,生存率,人工呼吸器装着までの時間,治療前と治療中の病勢進行の変化とした.

結果であるが,エダラボンによる中央値13.9ヶ月の治療を受けた116名の患者における疾患の進行は,リルゾールによる標準治療による中央値11.2ヶ月の治療を受けた116名の患者と差がなかった(ALSFRS-Rポイント/月,-0.91対-0.85; p = 0.37;左図の箱ひげ図).右図はALSFRS-Rの勾配の治療前から治療後の変化を示すものであるが,有意差はなかった.副次的エンドポイントである3項目にも有意差は認めなかった.エダラボンによる副作用は30例(16%)に認められ,特に輸液部位の感染症やアレルギー反応が多かった.



以上より,ALS患者に対する長期のエダラボン静注療法は実行可能であり,忍容性が高いことが示されたが,疾患修飾の効果はなかった.エダラボンの静脈内投与は,リルゾールによる標準治療に対し,追加の利益をもたらさない可能性が示された.

本論文を読んで,まず疾患修飾療法の試験デザインを,従来治療に追加するという実臨床に合わせたものにする大切さを改めて考えさせられた.そしていちばん重要なのは今後の治療方針をどうするかである.エダラボンは1日1回60分をかけての点滴静注を,28日1コースで14日間(2コース以降は10日間)行う治療である.患者・家族にとっても本当に貴重な時間を費やすものである.現時点ではMCI186-ALS19試験と今回のデータを説明し,そのうえでshared decision makingを行うことが良いように個人的には考えているが,いかがなものだろうか?

Witzel S, et al. Safety and Effectiveness of Long-term Intravenous Administration of Edaravone for Treatment of Patients With Amyotrophic Lateral Sclerosis. JAMA Neurol. Jan 10, 2022.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.4893)



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ALSにおけるbad newsの伝え方 ―ALS ALLOW―

2021年12月18日 | 運動ニューロン疾患
ALS患者さんに,病名の告知や人工呼吸器装着の必要性などのbad newsを伝えることは難しい作業です.その理由として,bad newsに対する患者さんの反応は多彩であること,経験豊富な脳神経内科医でも予後の予測は難しいこと,ウェブ上にはALSに関する情報が氾濫し,なかには苦痛や誤解を招くものがあること,bad newsを聞いた際の患者さん,家族の感情に対応する必要があることなどが挙げられます.医師はbad newsを伝えたあとの患者さんの反応に不安や恐れを抱き,bad newsを伝えたくないと思う傾向があります(mum(無言)効果と呼ばれています).よってbad newsを伝えるためのトレーニングが脳神経内科医には必要になります.

医師がbad newsを伝えるためのテクニックはこれまで複数開発されています.がんにおいて開発されたSPIKESや,さらに医師の感情も考慮したABCDEなどがあります.

SPIKES (Setting up the interview, assessing the patient's Perception, obtaining the patient's Invitation, giving Knowledge and information to the patient, addressing the patient's Emotions with Empathetic responses, and Strategy and Summary),

ABCDE (Advance preparation, Build a therapeutic environment/relationship, Communicate well, Deal with patient and family reactions, Encourage and validate emotions)

SPIKESはALSでも有効であることが示されていますが,プロトコールをALS患者さん向けに調整した「ALS ALLOW」というプロトコールが米国から提案されました.名称は図の8つのステップの頭文字になります.以下に8つのステップを紹介します.



ステップ1:出発点を確認する(Ascertain)
まず医師は出発点を確認する必要がある.出発点とは,患者さんとその介護者の考えや意見,信念などである.病気の初期では,診断告知する前に,問題になっていることや,今まで言われてきたこと,インターネットで知ったことなどを尋ねる.病気の後期では,予後やケアの目標,自分たちの方向性を尋ねる.

ステップ2: 対話の機会を残す(Leave opportunity)
話し合いは,対話のための十分な機会を残して徐々に始める.

ステップ3:議論の優先順位をつける(Stratify)
患者さんとその介護者が理解できるように,段階的に情報を提示する.情報や議論を整理し,優先順位をつけ,層別化して提示することが医師の役割である.検証や査読のされたウェブサイトなど,最適な情報源を説明することも有効である.

ステップ4: 情報量を最適化する(Anchor)
情報が多すぎても少なすぎても問題があるので,医師は情報量を適切に固定しなければならない.病気の初期では情報が多すぎると圧倒されたり,時期尚早だったり,不必要だったりするが,少なすぎるとフラストレーションになったり,誤解を招いたり,準備不足になる.病気の後期では,ケアの目標や事前指示についての話し合いが少なすぎると,患者さんや介護者は準備ができず危機的状況に陥る.

ステップ5:反応をありのまま受け入れる(Let it be)
病気の初期には,否認を含むさまざまな反応がみられる.ALSを理解することは,時間をかけて進化するプロセスであり,否認は重要な防御メカニズムである(注;キュブラーロスの死の受容の5段階.否認⇒怒り⇒取引⇒抑うつ⇒受容).否認に反駁することで得るものは少なく,信頼を犠牲にする可能性さえある.しかし病気の後期には否認は準備不足や危機につながるため「Let it be」するわけには行かず,医師は患者に方針についての重要な話し合いを迫らなければならない.

ステップ6:沈黙して聴く(Listen in silence)
医師の沈黙は強力であり,重要であるが,あまり教えられてこなかった.患者や介護者が感情を抑えられない場合,とくに沈黙は有効であり,時にはプライバシーを守るために部屋から出て行くことが有用である.感情が高ぶっているときに話し合いをしようとしても非生産的である.

ステップ7:時間をかける(Offer over time)
議論により患者さん,介護者,医師のいずれもが激しく疲労する.1回の議論で,30~60分が限界なので,改めて話し合いをする.

ステップ8:一致協力する(Work together)
ALSのケアは,医学的なものと心理社会的なものがある.ALS集学的クリニックは重要なリソースであるが,特に病気の初期には圧倒されかねない.精神的,感情的にも準備ができていない人には,単独の医師によるフォローアップが最適である.一方,病気の後期には,在宅ケアやホスピスが適しているかもしれない.医師は,フォローアップの方法とスケジュールを個別に決める必要がある.

いずれも非常に重要であり納得できる内容です.経験的にステップ1をしっかり行い情報収集することはとくに重要だと思います.
Wesleigh F. Edwards, et al. Delivering Bad News in Amyotrophic Lateral Sclerosis -Proposal of Specific Technique ALS ALLOW-. Neurol Clin Prct. Dec 2021; 11 (6) 

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球麻痺型ALSの新たな鑑別診断:他の部位に進展をしない症例では抗IgLON5抗体の測定を!

2021年02月09日 | 運動ニューロン疾患
「抗IgLON5抗体関連疾患」は神経細胞接着分子のひとつIgLON5を認識する抗体を有する自己免疫性神経疾患である.視床や脳幹被蓋にリン酸化タウが沈着するため「自己免疫性タウオパチー」とも考えられている.また軽度ではあるものの,脊髄前角にもリン酸化タウ蓄積を認める.臨床的に多彩な表現型を呈し,まず4病型,①睡眠障害(睡眠関連呼吸障害,睡眠時随伴症:つまりノンレムないしレム・パラソムニア),②球麻痺症候群,③PSP様症候群,④認知機能障害が報告された.その後,さらに小脳症候群,そして私どもが報告した大脳皮質基底核症候群(Mov Disord Clin Pract. 2020 doi.org/10.1002/mdc3.12957)も報告された.

さて今回,スイスから,球麻痺型ALSに似た表現型を呈し,一部で免疫療法が有効であった症例が報告された.つまりALSと臨床診断された症例の一部に,免疫療法が奏効する一群が頻度不明ながら存在する可能性があり,臨床的意義が大きいことからご紹介したい.症例は,2017年8月から2019年11月までにスイス・チューリッヒ大学病院神経筋センターに紹介された5症例で,年齢は52~74歳(中央値70歳),全例男性であった.また全例,自己免疫疾患や腫瘍の既往はなかった.初発症状は閉塞型無呼吸3名(1名は呼吸困難,パラソムニア合併),嚥下障害1名,嗄声1名であった.全員で痙性,腱反射亢進,軽度の四肢の筋力低下・筋萎縮,舌と末梢筋の線維束性収縮を認めたことから,球麻痺型ALSと考えられた.球麻痺と呼吸筋麻痺は重篤であったが,ALSとして典型的な,他の部位への進行性の症候の広がりを認めなかったため,Awaji診断基準を満たさなかった.髄液では細胞増多はないものの,軽度~中等度の蛋白上昇を認めた.血清・髄液の抗IgLON5抗体が陽性で,過去にALSと診断した典型例の検索では抗体陰性であったため,抗IgLON5抗体関連疾患と診断された.5名のうち2名が免疫療法により嚥下関連QOL,体重,身体活動の改善を示し,1名では嚥下と食事が可能となった.しかし完全に回復するわけではなく,喉頭機能障害は持続し,また気管切開も必要であった.病理所見の報告はなし.

★ 以上のように,球麻痺発症ALSを疑わせるものの,他の部位に進展をしない症例のなかに,抗IgLON5抗体関連疾患が含まれている可能性が示唆されました.本抗体は当科でCBA法にて測定できるため,もし以下のような症例がいらっしゃいましたらご相談いただければ幸いです.

1)発症早期から,上気道閉塞による閉塞型無呼吸,喉頭喘鳴,急性呼吸困難発作,顕著な睡眠障害,重度の嚥下障害を認める.
2)軽度の四肢の筋萎縮・筋力低下は見られるが,基本的に球麻痺,呼吸筋麻痺が主体で,他の部位に進展せず,Awaji基準を満たさない.
3)髄液蛋白は軽度から中等度上昇.


Werner J, et al. Anti-IgLON5 Disease: A New Bulbar-Onset Motor Neuron Mimic Syndrome. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2021 Feb 2;8(2):e962.  



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筋萎縮性側索硬化症の意外な予後バイオマーカー,クレアチニン

2021年01月27日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の予後バイオマーカー候補として,ニューロフィラメント重鎖(NfH)および軽鎖(NfL),尿酸,クレアチンキナーゼ(CK),クレアチニン(Cre),アルブミン,フェリチン,脂質代謝プロファイルなどが報告されている.筋の代謝産物である血清CreとCKは,ALSにおける筋萎縮・変性を反映している可能性があり,安価で容易に入手できるという利点がある.またCreは ALS マウスモデルにおける検討で,神経保護的作用を示すことからも注目される.今回,ALS患者における男女ごとの血清CreおよびCK値と生存率の関連を調べた研究が中国から報告された.

方法は血清Cre(正常84-135μmol/L)とCK(正常140-310μmol/L)測定を経時的に行ったALS患者346名(男性218名,女性128名)を対象とした前方視的コホート研究である.生存期間の解析にはKaplan Meier分析と多変量Cox回帰を用いている.

さて結果であるが,男性は女性に比べてベースラインの血清Cre値とCK値が有意に高かった.多変量Cox回帰分析の結果,血清Cre値の低さは男性(≦61 μmol/L, HR: 1.629; 95%CI: 1.168-2.273)と女性(≦52 μmol/L, HR: 1.677; 95%CI: 1.042-2.699)の双方で生存期間の短さと関連していたが(図1A,B),血清CK値は生存期間と相関していなかった.また,Cre値はALSFRS-Rスコアと正の相関があり(つまりCre値が低いほど重症になる:図1C),1ヵ月あたりのALSFRS-Rの低下率とは逆の相関があった(つまり低値なほど進行が速い:図1D).



追跡期間中,血清Cre値は男女とも疾患の進行に伴って低下する傾向があり(図2A,B),Creの1ヵ月あたりの低下率が高い群(>1.5)では,低群(≦1.5)と比較して生存期間が有意に短かった(30.0ヵ月 vs. 65.0ヵ月,P < 0.0001;図2C).



以上より,血清Creは,容易に測定可能な信頼性の高い予後予測マーカーであり,ベースラインのCre値の低下は,男性,女性に関わらず,ALSの予後不良と短い生存期間を予測する可能性がある.血清Creのようなルーチンで行われているありふれた検査値でここまで分かるのか・・・と少なからずショックを受けた論文である.多数例の集積と縦断的調査という大変労力がかかることができるかどうかなのだろう.

Guo QF, et al. Decreased serum creatinine levels predict short survival in amyotrophic lateral sclerosis. Ann Clin Transl Neurol. Jan 15, 2021


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