Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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NHKスペシャル「認知症の第一人者が認知症になった」を見て

2020年01月13日 | 認知症
番組は,自ら認知症である事実を公表した認知症医療の第一人者,長谷川和夫先生の1年間の記録であった.「変わっていく心にどう寄り添えばよいのか」という家族の葛藤も描かれたが,一番注目されたことは長谷川先生が体験した「認知症とは何なのか?」の答えである.長谷川先生は「自分の姿を見せることで認知症とは何か伝えたい」と仰っていた.その答えを長谷川先生の言葉のなかから拾ってみたい.

1)長谷川先生の言葉から知る認知症

・認知症の人の心に寄り添い診療を続けてきたが,自分が診断されて初めて「不安」に襲われた.
・自分自身が壊れていきつつあることは別な感覚で分かっている.生きていく上で「確かさ」という生活の観念が少なくなっている
・何回も念押しして聞いたりなんかするから(まわりが僕を)鬱陶しくなって,やっぱり今こういうことを言っていいのか,言わないほうがいいのかっていうことに自信がなくなる.だから「寡黙」にならざるを得ない.自分の殻にこもってね.
・俺の戦場に帰りたい.戦場に帰って自分で戦いたい,自分の戦いを.
・(認知症は)よくできているよ.心配はあるけども,心配する気付きがないからさ,神様が用意してくれた一つの「救い」だよね.

そしてラジオ番組でも以下の印象的な言葉を話されていた.
・どんなことがあるか分からないかもしれないけど,出きるうちはね,そういう「貢献」をさせていただきたい.そのことが,良く死ぬことだと.良く生きることは,良く死ぬことだと,そう思う.

2)番組を見て思い出された言葉

認知症診療は,脳神経内科の診療のなかでも難しく,とくに患者さんや家族からの切実な問いに対して,どう答えたら良いか分からず悩むことが多い.エビデンスなど作れないためだ.しかし先輩医師や患者さん,家族の言葉から学んだことは少なからずある.自分が番組を見て思い出した言葉をいくつか紹介したい.

① 認知症の患者さんの感情は,発病前と変わらないのよ.周囲から傷つく言葉を言われれば,以前と同じように傷つくものなの.
私が尊敬する先輩医師から,若い頃に学んだ言葉.「認知症になっても見える景色は変わらない,前と同じ景色だ」という長谷川先生の言葉や,「家族を楽しませることが大好きであったその人柄は決して変わらない」というご家族の言葉と通じるところがある.この言葉は自分が患者さんとお話するときにはいつも意識している.ケアされる側にいる者は,罪悪感にさらされ傷つきやすいことを認識する必要がある.

② 「ありがとう」の言葉があるから介護ができる.
長谷川先生が妻の瑞子さんに毎晩寝る前に伝えている「ありがとう」という感謝の言葉から,昔と変わらないお互いを尊重し合う絆を感じた.この場面を見て思い出したのは,認知症を介護するご家族から何度も伺った「ありがとうの言葉があるから介護ができる」という言葉.反対に「もしありがとうと言ってもらえれば・・・」という言葉も何度も伺った.それだけ認知症の介護における「ありがとう」の意義は大きい.

③ 長谷川式(簡易知能評価スケール)はこまめにチェックしなくていいんだよ
これは後輩から「経過観察のために長谷川式をこまめに確認しているのですが,嫌がる患者さんがいます.先生はどうしていますか?」という質問に対する私の回答.長谷川式による認知機能の評価は,患者さんのプライドや尊厳を傷つけうることを認識する必要がある.番組の中で長谷川先生は「信頼関係を作ってから検査する.出発(最初)からしないでください」と述べていた点はとても重要である.むしろ外来では認知機能の評価より,患者さんとご家族の双方のお話を別々に伺い,それぞれの本当の気持ちを理解することが大切だと思う.

3)長谷川先生から何を学ぶか?
認知症の診療や介護は,原因疾患や病期,周辺症状(BPSD)の程度などによってはさまざまな困難を伴う.しかし,長谷川先生が,認知症とは何か,自分の姿を見せることで伝えようとしたことは,認知症の診療や介護を行なう上で,大きなヒントとなるのではないかと思う.それは前述のラジオ番組の中でも述べておられるが「認知症は,全く普通の人と同じことを考え,同じ物の考え方をしてて,決して型にはまった,ここからが認知症だっていう人は一人もいない」ということではないか.その理解は,診療や介護をより良い方向に変えるように思う.




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