Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

血清VEGF上昇はPOEMS症候群に特異的か?

2009年03月31日 | 末梢神経疾患
 POEMS症候群におけるVEGF(血管内皮細胞由来増殖因子)の上昇については本ブログでも過去に取り上げたことがあるが,診断および病態において重要と考えられる.しかしながらPOEMS症候群以外の,他の末梢神経疾患においては血清VEGFの測定はほとんど行われてなく,VEGF上昇がPOEMS症候群において特異的な所見であるのかどうかについては不明である.

 今回,イタリアより種々の末梢神経疾患患者(計161名)に対し血清VEGFを測定した研究が報告された.結果は以下の通りであった.

POEMS症候群(n=6)6448 pg/ml(平均値)
CIDP(n=33)668 pg/ml
GBS(n=13)1017 pg/ml
IgM monoclonal gammopathyに伴う末梢神経障害(n=19)738 pg/ml
multifocal motor neuropathy(n=13)448 pg/ml
ALS(n=28)485 pg/ml
Other PN(n=49)450 pg/ml
正常コントロール(n=22)262 pg/ml

 正常コントロールの平均値+3SDを閾値としたところ,CIDP,GBS,IgM monoclonal gammopathyの一部の症例は,この閾値を上回った(異常高値を示した).

 この結果より,免疫学的機序が関わる末梢神経疾患(ただしmultifocal motor neuropathyを除く)では,VEGFが中等度上昇する症例が存在することが明らかになり,血清VEGFの上昇は必ずしもPOEMS症候群に特異的な所見ではないということが明らかになった.ただし,VEGF上昇を認めた末梢神経疾患におけるVEGFの由来や,病態にどのような影響を及ぼしているのか意義については不明で,GBSやCIDPといった疾患の一部の症例では血管内皮障害を介して症状に影響がある可能性も考えられる.今後,さらなる検討が必要と言えよう。

Neurology 72:1024-1026, 2009 
Comments (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

NMO-IgGが血清で陰性,髄液で陽性というケース

2009年03月29日 | 脱髄疾患
 NMO spectrum disorderが疑われたものの,血清NMO-IgGが陰性で,髄液NMO-IgGのみ陽性であった3症例のcase seriesが報告されている(Washington Universityからの報告).いずれの症例も急性に発症する縦長の横断性脊髄病変を呈したが,頭部MRIは正常で,視神経炎の合併も認めなかった.いずれも発症2年以内で,初発から数か月以内に生じた2度目の再発は重症であった.血清では3例とも120倍希釈で陰性であったが,同時に施行した髄液の測定では陽性であった(いずれもMayo Medical Laboratoriesで行った).いずれも症例もAlb indexは正常で,血液脳関門は保たれていると考えられた.

 Discussionの中で,もし血清NMO-IgGが陰性であっても,臨床的にNMO spectrum disorderを疑う以下のような病態を呈した症例では,髄液NMO-IgG検査も追加すべきと指摘している.そのような病態として以下の5つを挙げている.
① 3椎体以上縦長の横断性脊髄炎
② 再発性横断性脊髄炎
③ 重症かつ両側性視神経炎
④ 回復不良な視神経炎
⑤ 急速再発性視神経炎

 なぜ髄液のNMO-IgGが陽性であった3例が,血清で陰性となったかについて不明である.「多発性硬化症の診断と治療」という多発性硬化症の知識の整理にお勧めの本があるが,このなかの東北大によるNMOの解説のなかに,血清と髄液の抗体価の比較に関する記載があり,「血清抗体価が512倍以上の症例でのみ髄液中の抗体が検出され,それらはほぼIgGの血清/髄液比に相当することから,中枢神経内での抗体産生はほとんどなく血中から髄液に移行していると推測」しているが,今回の報告はその推測に反する症例である.論文の著者らはこの原因として,血清中に何らかの阻害因子(抗体)が共存する可能性について述べているが,その根拠は示していない.

 いずれにしても症例数が3例と少ないので,このような髄液のみNMO-IgG陽性になる症例が特徴的な臨床像を呈するのか,今後さらに症例を蓄積する必要がある.

Neurology 72; 1101-1103, 2009 
多発性硬化症の診断と治療(新興医学出版社) 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Binswanger病の診断と病態

2009年03月16日 | 脳血管障害
脳血管性認知症(vascular dementia:VD)は脳血管障害に関連して出現した認知症を総称したもので,その頻度はアルツハイマー病に次いで多い.VDには様々なタイプが存在し,多発梗塞性認知症(large vesselの閉塞),小血管病変による認知症(small vesselの閉塞),低灌流性脳血管性認知症,脳出血性脳血管性認知症などに分けられる.

small vesselの閉塞はさらに,「多発性ラクナ梗塞」および「Binswanger病(進行性皮質下血管性脳症)」に大別される(このあたりは日本認知症学会による認知症テキストブックの記載が分かりやすい).「多発性ラクナ梗塞」は直径15mm以下のラクナ梗塞が,大脳基底核,白質,視床,橋などに多発し,片麻痺や偽性球麻痺などとともに認知症を示す.一方,「Binswanger病」は大脳白質に広範,かつ,びまん性にMRIの異常信号を呈する.「Binswanger病」の白質病変は程度・広がりとも「多発性ラクナ梗塞」より高度で,脳梁萎縮,脳室拡大,海馬萎縮なども見られる.「Binswanger病」は有名な病態であるが,意外とその他の病態との鑑別の方法や病態機序については分かっていない.

まず「Binswanger病」は,臨床的には歩行障害,平衡機能障害,局所神経症状,遂行機能障害,認知機能障害を呈する点が特徴である.バイオマーカーとして,髄液アルブミンの上昇の報告や,髄液matrix metalloproteinase(MMP)の上昇の報告がある.とくに後者については,「多発梗塞性認知症」ではMMP9およびMMP2の上昇を認めないが,「Binswanger病」では両者の上昇を認め,さらにその2つのMMPの上昇は,正の相関をするという報告がある(Stroke 2004; 35:e159-162).またpreliminaryな報告ではあるが,multiple timed graphical plots (Patlak plots)という方法にて,大脳白質における血液脳関門(BBB)破綻を示唆する所見が得られている.病理学的にはsmall vesselの障害が主体であるが,障害血管の近傍に脱髄と炎症細胞の浸潤を認める点が特徴である.白質は低酸素誘導因子1α(HIF1α)を発現している.活性化アストロサイト,マクロファージ,ミクログリアが見られるが,それらはmatrix metalloproteinase(MMP)を発現している.

以上を考え併せると,small vesselの障害による低灌流・低酸素により,転写因子HIF1αの誘導が生じ,反応性アストロサイトやミクログリアが動員され,フリーラジカルやサイトカインなどの組織障害因子を分泌する.また炎症に関わる低酸素誘導性遺伝子発現が生じ,この結果,障害血管周囲のミエリン近傍に蛋白分解酵素群(MMPやセリンプロテアーゼなど)が分泌され,脱髄が生じる.同時にBBBの破綻が生じ,血清成分が脳内に侵入しさらに脱髄が進行する.以上より,MRI上の白質の異常信号は虚血,脱髄,炎症を反映したものと考えられる.

現在,「Binswanger病」と診断確定できる,単一の検査法がないため,神経所見,神経心理学的検査,MRI,MRS,BBB透過性評価,髄液蛋白・MMPs測定などいくつかの検査を組み合わせて診断をする必要がある.しかしこれらの検査の蓄積で病態の解明が進み,例えば炎症が重要な役割を果たしていることが証明されれば,新しい治療法の開発につながる可能性も期待できる.また現時点における中核症状に対する治療としては,コリン系の障害が認知機能低下に関与している可能性が指摘されており(剖検脳で皮質・皮質下灰白質のアセチルコリン濃度の低下,および髄液アセチルコリン濃度の低下が報告されている),保健適応外ではなるがAchE阻害剤が有効である可能性がある.

Stroke 40; S20-23, 2009 (suppl 1) 

認知症テキストブック(非常に良い本です)
Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする