Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「寡黙なる巨人」を読んで

2007年07月30日 | 医学と医療
 私の尊敬する世界的な免疫学者多田富雄先生(以前のブログ記事参照 その1, その2)が,脳梗塞発症後1年間の闘病の記録,およびその後6年間に書かれた随想を加えたエッセイ集を刊行なさった(寡黙なる巨人).脳卒中治療を行う神経内科の若い先生に是非読んでいただきたい1冊である.ややもすると脳梗塞の勉強は病型分類とかt-PAのタイミングとかにばかり関心が注がれてしまいそうになるが,この本を読んでいただけると,それ以上に大切なこと,たとえば脳卒中患者さんの気持ちやリハビリの意義,充実した人生とは何か,といった様々なことがらを深く考えるきっかけになるのではないかと思う.

 闘病記を拝見すると,右片麻痺,失語,重度の仮性球麻痺を発症した直後,多田先生は絶望に身を任せるばかりで暇さえあれば死ぬことばかり考えていたそうだ.しかしそれがリハビリを始めてのち,ご自身の中にもう一人の自分,つまり前の自分ではない「新しい人」が生まれてきたことを契機に,考え方が徐々に変わってきた過程を詳細に記述なさっておられる.

 「それは電撃のように私の脳を駆け巡った.昨夜,右足の親指とともに何かが私の中でピクリと動いたようだった(中略)もし機能が回復するとしたら,元通りに神経が再生したからではない.それは新たに創り出されるものだ.もし私が声を取り戻して,私の声帯を使って言葉を発したとして,それは私の声だろうか.そうではあるまい.私が一歩を踏み出すとしたら,それは失われた私の足を借りて,何者かが歩き始めるのだ.もし万が一,私の右手が動いて何ものかを掴んだとしたら,それは私ではない何者かが掴んだはずなのだ(中略)新しいものよ,早く目覚めよ.それはいまは弱々しく鈍重だが,彼は無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように感じた.私には,彼が縛られたまま沈黙している巨人のように思われた」

 なぜ前の自分ではない「新しい人」を巨人と呼んだかというと,期待が大きかったからでも期待に答えて彼が大きく育ったからでもない.ただ杖で歩こうとするときの不器用な動作,立ち上がれないでしりもちをついたら,どんなにあがいても起き上がれないという無様な姿からそう呼んだそうである.おそらく脳の中で起こった「可塑性」をこのように体感されておられるのであろう.

 その後,多田先生はリハビリを続け,例の百八十日リハビリテーション診療報酬改定の白紙撤回運動に取り組み,その運動は中医協の土田会長の英断ともいえる改定案を引き出し大きな前進をもたらした.しかしながら,その後の厚労省の対応は「緩和措置」という名のもとに,ありとあらゆる手段を用いて,改定案をほとんど骨抜きにしてしまった.失語のため口数の少ない「寡黙な巨人」はいまも厚労省の役人とのあいだで弱者の人権を護る戦いを続けているのである.個人的にこの週末は思い悩むことがあったが,この本を読んで勇気をいただいたような気がする.

寡黙なる巨人 
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PS; あと松井秀喜選手親子の書かれた「父から学んだこと、息子に教えられたこと」も素晴らしい本だった.


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高血糖による脳梗塞増悪のメカニズム

2007年07月21日 | 脳血管障害
 アメリカの脳卒中センターで脳梗塞後の管理について勉強をさせていただいたことがあるが,体温と血糖のコントロールをかなり厳重に行っていた.高体温と高血糖は脳梗塞サイズの増大をもたらすことは既に知られたことではあるが,徹底したコントロールが予後の改善に重要だという考え方が浸透しているのだろう.今回,高血糖がどのようなメカニズムで脳梗塞に悪影響を及ぼすのかについて動物モデルを用いて研究した結果が報告されている.論文の目的を簡潔に言うと,血糖値が正常と高値の2群のラットにおいて,虚血再灌流後に生じる血液脳関門(BBB)破綻に違いがあるか,あるとしたらBBB破綻に関与すると言われている活性酸素種(ROS)産生やmatrix metalloproteinase(マトリックス分解酵素;MMP)活性化に相違があるかどうかという検討である.  

 方法は局所脳虚血モデルで,ラット中大脳閉塞モデル(Suture model)を用いている.閉塞時間は60分で,その後再灌流させる.1. 正常血糖Wild type群,2. 高血糖Wild type群 3. 高血糖SOD1 トランスジェニック(Tg)ラット群の3群を用いている(Tgラットはラットはwild typeの4~6倍の SOD1を発現する).高血糖はstreptozocin腹腔内投与で引き起こす.正常血糖群は100 mg/dl台だが,高血糖群は400 mg/dl台である.

 結果としては再灌流後24時間で,高血糖群は正常群と比較し,神経学的に重症で,脳梗塞体積,浮腫体積とも有意に大きい.またEvans blue静注にてBBB破綻を評価すると高血糖群で有意に高度である.また高血糖群では蛋白カルボニル化(酸化ストレスマーカー)が有意に増加し,HEt (oxidized hydroethidine)にて検出したsuperoxide anionも有意に増加していた(つまりROS産生が高度ということ).しかしながら高血糖群で,SOD1,SOD2 の発現量の増加はなく,またSOD 活性の増加も見られなかった

 一方,24時間においてMMP-9活性が有意に増加していた.またHetとの二重染色にて,MMP活性と酸化ストレス部位は血管や細胞において一致していた.このMMP-9活性やBBB破綻はTgラットで有意に抑制されていた.つまりSOD1過剰発現は高血糖によりもたらされるMMP-9活性,それに引き続くBBB破綻を抑制した.

 以上より,虚血再灌流障害はROS産生をもたらし,引き続きMMP-9が活性化され,さらにこのMMP-9は血管内皮細胞障害を介して,BBB破綻,炎症細胞の流入や浮腫の増強をきたし,脳梗塞を増悪させるというカスケードがあることが分かった.つまりROS産生に引き続くMMP-9の活性化がキーポイントで,高血糖は(機序不明ながら)MMP-9活性を増悪させることが,高血糖による脳梗塞増悪の機序のひとつであると考えられた.よって高血糖による神経障害の増強は抗酸化剤で改善しうる可能性があるわけだが,何といっても梗塞後の高血糖を是正することのほうが重要なのだろう(このような臨床にfeedbackできる基礎研究の論文というものは読んでいても得した気分になる;from bench to bedsideですな).

Stroke 38; 1044-1049, 2007 

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新しい抗パーキンソン病薬コムタンと「持続的ドパミン刺激(CDS)」という考え方

2007年07月16日 | パーキンソン病
 「コムタン」は日本で初めてwearing-off現象の改善に対し適応が認められた末梢COMT阻害剤である.先日説明会を聞いたのでまとめておきたい.

 まずコムタンは必ず既存の抗パーキンソン病薬であるレボドパ・カルビドパまたはレボドパ・塩酸ベンセラジド合剤(DCI配合剤)との併用で用いる.血液脳関門を通過しないので,それ自体では抗パーキンソニズム効果を有さないためだ.コムタンは,L-DOPAを代謝するCOMT(カテコール-O-メチル基転移酵素)を阻害することで,末梢でのL-DOPAの血中半減期を延長させ,wearing-off現象を改善する.

 コムタン自体の半減期は約51分である.日本国内で実施されたwearing-off現象を有するパーキンソン病患者対象の臨床試験において,コムタンはプラセボと比較し,L-DOPAの血中半減期を100mg群で約30%,200mg群で約50%延長した.しかしL-DOPAの血中濃度自体を上昇させることはない(!).またL-DOPA/DCI配合剤にプラセボまたはコムタンを8週間併用すると100mg群,200mg群ともON時間を1日平均1.4時間延長し,プラセボ群(0.5時間の延長)に対し有意なON時間の延長効果を認めた.重要なことはコムタンは全例で有効ということではなく,レスポンダーが7割,ノン・レスポンダー3割であることだ.ノン・レスポンダーを除きレスポンダーに限定するとON時間の延長は1日平均2時間台に延びるそうである(1日で2時間の延長となれば有効性も実感できるだろう).ノン・レスポンダーが存在する理由については不明であるが,COMT遺伝子の多型のせいや,すでにドパミン受容体に可塑的変化が生じてしまっている可能性が考えられる.

 また有害事象発現率はプラセボ群70%,100mg群73%,200mg群86%であった.つまりON時間の延長効果は100mg群,200mg群とも同等ながら,有害事象発現率は200mg群で有意に高率,すなわち海外では200mgが推奨されているものの,日本では1回100mgの使用が推奨されるということになる(一方,軽症例では1回50mgで良いかについてはエビデンスがなく基本的に行うべきではない).具体的な副作用としては,ジスキネジア,嘔気といったドパミン過剰状態に伴うもののほか,着色尿(赤褐色),下痢,腹痛,便秘などが見られる.あまり記載はないが個人的には幻覚の増悪を経験した.ドパミン過剰に伴うと考えられる副作用に対しては基本的にコムタンでなくL-DOPA減量にて対処する.

 コムタンはwearing-off現象を有するパーキンソン病患者において適応が認められたが,症状の日内変動を認めない患者に対しても有効である可能性がある.というより,理論的にはwearing offが出る以前より使用したほうが良い可能性がある.これは従来のL-DOPAの内服法のようにドパミン受容体を波動状に刺激すること(pulsatile stimulation)は,長期的にジスキネジアや症状の変動(motor fluctuation)を引き起こす原因となる,という仮説があるためである.これに対し,コムタンを併用することで分解を遅らせ,3時間ごとに内服することができれば,ドパミン受容体の刺激に波がなくなり持続的な刺激(continuous dopaminergic stimulation;CDS)が可能になる.このCDSを実現できれば,L-DOPAの大きな問題であるジスキネジアやmotor fluctuationを引き起こさないで済むのではないかという期待があるのだ.実際にthe STRIDE-PD studyという臨床研究が欧米で現在進行中である.STRIDEとはStalevo Reduction in Dyskinesia Evaluationのことで,このStalevoは欧米ですでに発売されているエンタカポン(コムタン),カルビドパ,L-DOPAの配合剤のことである(すなわちコムタンとメネシットの合剤).もしこの薬がジスキネジアやmotor fluctuationの出現を遅らせ,抑制できれば,パーキンソン病の治療は大きく進歩するものと考えられる.the STRIDE-PD studyの結果が非常に期待される.
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Sirtuin 2阻害剤はパーキンソン病・多系統萎縮症の治療薬となるか?

2007年07月08日 | 脊髄小脳変性症
 パーキンソン病や多系統萎縮症では,α-synucleinを構成蛋白とする封入体が形成され,それぞれLewy小体,glial cytoplasmic inclusionと呼ばれている.nativeなα-synuclein蛋白が発病の過程において,その立体構造を変え(misfolding),オリゴマーを形成し(oligomerization),線維化(fibril形成,β-sheet化)し,そして凝集体が形成されるわけである.この凝集体がどのような機序で神経細胞変性を来たすかについては諸説あり,酸化的ストレス,軸索輸送の障害,他の蛋白の凝集体への取り込み(protein sequestration),ミトコンドリア障害,シナプス機能不全,ユビキチン・プロテアソーム蛋白分解系破綻,ヒストアセチル化障害(遺伝子転写調節の障害)といった可能性が示唆されている.これまでの基礎研究では,シャペロン蛋白発現を誘導しmisfoldingを改善するgeldanamycinや,変異蛋白の分解をautophagy系を介して促進するtrehalose(人工甘味料),凝集体形成を抑制するdopamineなどのカテコラミンといった治療薬候補が報告されていた.

 今回,ハーバード大学のグループが,細胞機能や加齢に関与するヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)のひとつsirtuinを阻害すると,α-synucleinによる細胞毒性を緩和できることを報告した.まずsirtuinについては,Sir2というyeastにおけるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)が存在することが知られていて,この酵素は進化の過程で保存され,ヒトにおいては7つのsirtuin familyがある(sirtuin 1- sirtuin 7).このうちsirtuin 2はβ-tubulinの脱アセチル化を介して細胞周期調節に関与しているそうだ.

 さて従来の研究にて,α-synucleinを培養細胞に強制発現したのち生じる無数の小さい凝集体が,B2と呼ばれる化合物により大きな封入体に変化することが報告されていた.このB2の作用を詳細に調べるとsirtuin 2を抑制していることが判明した.Sirtuin 2阻害の効果を調べるため,培養細胞のsirtuin 2をsiRNAにてknock downしたところα-synucleinによる細胞毒性は抑制された.さらにsirtuin阻害剤をスクリーニングし,AGKという阻害剤を発見したが,複数の阻害剤のうちAGK2は強力で,sirtuin 2特異的な阻害剤であった.実際にAGK2はβ-tubulinの脱アセチル化を阻害した.

 つぎにAGK2の効果を-synucleinを強制発現させた培養細胞において調べたところ,α-synucleinによる細胞毒性を抑制し,無数の小さい凝集体を,数個の大きな封入体に形態を変化させた.AGKの作用はgeldanamycinのようにシャペロン蛋白の発現誘導を介するものではないことも確認した.さらに家族性パーキンソン病の遺伝子変異(A53T)を有するα-synucleinラット中脳培養細胞モデルやショウジョウバエモデルにおいてもAGK2は有効であった. 
 
 今回の研究でとくに興味深いのは,細胞毒性の緩和と大きな封入体の形成に関連がみられたことである.これは封入体形成がneuroprotectiveに作用しているという仮説を支持するものである.つまりより毒性の強いα-synuclein oligomerの細胞内濃度を,封入体形成は低下させるのだろう.また,β-tubulinの脱アセチル化も作用機序に関与している可能性もあるが,こちらは今後の検討が必要である.α-synucleinopathyの根本的な治療薬となりうるか非常に注目すべき論文である.

Science 21 Jun 2007 
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お勧めの統計学の本

2007年07月01日 | 医学と医療
 後輩のレジデントに統計学のお勧めの本について質問された.正直に言うと統計学は得意ではなく,今でも四苦八苦している.昔から苦手な科目や分野だと,どんどん参考書ばかり買いこむ癖があるため,統計学に関するたくさんの本を持っているが(苦笑),そのなかで個人的に気に入っているものを列挙したいと思う.

日常診療にすぐに使える臨床統計学
2005年に出版された本で,統計学からEBMをどのように実践するかまで,幅広い範囲をカバーする本.とてもわかりやすく,まず1冊読むならお勧めの本.

学会・論文発表のための統計学―統計パッケージを誤用しないために
統計学に焦点を当てた本だが,面白い実例をあげて解説しているので,物語感覚で読めてとっつきやすい.

論文が読める!早わかり統計学―臨床研究データを理解するためのエッセンス
PDQ Statisticsの翻訳本.PDQとはpretty darned quickのことで,とても速く理解できるという意味だが,アメリカ人の友人ではこれで勉強している人が多かったようだ.「学会・論文発表のための統計学」同様,統計学に焦点を当てた本だが,そちらより若干レベルが高い.

本当はやさしい臨床統計(中山書店.EBMライブラリー)
上記の本とは違って,ランダム化比較試験やコホート研究などの論文を読むときにとても役に立つ本.一流雑誌に掲載されるような論文は案外,同じ統計手法を用いていることがわかる.
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