Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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レボドパ内服後のドパミン産生と分解には異なる腸内細菌が関与する ―パーキンソン病治療を大きく変える注目論文-

2019年06月25日 | パーキンソン病
パーキンソン病に対する治療は,主にレボドパにより行われる.しかし患者により効果や副作用の発現に差が見られる.また便秘により効果が減弱することもある.これらの機序についてさまざまな議論がなされてきたが,これらの解決や新しい治療薬開発に繋がると予測される重要な研究がScience誌に報告された.

【レボドパの代謝と患者ごとの多様性】
レボドパがパーキンソン病患者に対し効果を発揮するためには脳内に届く必要がある.このためにはレボドパが芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase;AADC)によって「脱炭酸化」され,神経伝達物質ドパミンに変換される必要がある.ちなみに脱炭酸化(Decarboxylation)とは,カルボキシル基 (−COOH) を持つ化合物から二酸化炭素 (CO2) が抜け落ちる反応である.R-C(=O)OH → R-H + O=C=O

このレボドパの脱炭酸化は消化管で行われると考えられている.この代謝は臨床的に重要である.つまり末梢で生成されたドパミンは血液脳関門を通過できず無効であるばかりか,起立性低血圧や不整脈などの副作用をもたらす.これを防止するためにレボドパは脱炭酸酵素阻害剤との合剤として処方される.その代表がAADC阻害剤であるカルビドパである.しかし合剤として使用しても,投与したレボドパの56%は脳に到達しないという報告もある.またレボドパの利用率と副作用は,患者ごとに大きく異なるが,この多様性を患者の代謝の違いのみで説明することは困難と考えられている.

【腸内細菌はドパミンの産生と分解に関わる】
では何が多様性を生むのか?これまでのヒト,動物モデルにおける検討で,腸内細菌叢がレボドパ代謝に関与する可能性が示唆されていた.具体的には,まずレボドパがある細菌によりドパミンに脱炭酸化され,さらにそのドパミンが別の細菌により脱水素化され,mチラミンに変換されと副作用を呈さなくなる可能性が指摘されていた.しかしこれらに関わる細菌や遺伝子,酵素は不明であった.またカルビドパのような薬剤が,腸管における脱炭酸化を阻害するかについても不明であった.このためハーバード大学の研究者らは,腸内細菌叢によるレボドパ代謝の分子病態を解明するための研究を行った.

まず著者らはレボドパの脱炭酸化が,ピリドキサールリン酸(PLP;活性型ビタミンB6)依存性酵素によって行われると仮説を立て,データベースの腸内細菌叢ゲノムの中から候補を検索し,小腸に存在するEnterococcus faecalisに由来するチロシン脱炭酸酵素(TyrDC)を見出した.そして遺伝子および生化学的検討を行い,TyrDCがレボドパとその基質であるチロシンの両者を実際に脱炭酸化することを示した.

つぎに著者らはドパミンを分解する細菌と酵素の検討を行った.以前から薬剤代謝に関わると指摘されてきたEggerthella lentaのなかから,ドパミンを脱水素化する作用をもつ株を単離した.これに関わる酵素は,モリブデン補因子依存性ドパミン脱水素酵素(Dadh)であった.ヒトの腸内でこの細菌がレボドパを実際に分解しているかを検討し,17例中12例でドパミンがmチラミンに分解されることを確認した.さらに著者らはDadh遺伝子において,酵素活性に影響を与えるSNP(スニップ)を同定した.具体的には506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみ,ドパミン分解に関与していることを示した.結果的にE. facecalisの量とTyrDC活性がドパミンの産生に,Dadh遺伝子のSNPがドパミンの分解に関与していることを明らかにした.つまり内服したレボドパの代謝に異なる菌種が協力して関わっていたのである.

【新しい治療薬への応用】
最後に著者らは,AADC阻害剤カルビドパが,E. faecalisのTyrDCによるレボドパの脱炭酸化を抑制するかを検討し,カルビドパは腸内細菌叢に対しては効果を持たないことを明らかにした.つまり,カルビドパは腸内におけるレボドパ代謝には無効であることを示したのだ.さらに著者らは腸内における脱炭酸化の選択的阻害剤を同定することを目指し,TyrDCのチロシンに対する作用に着目し,チロシン類似物のAFMTが脱炭酸化を抑制することを明らかにした.実際に,レボドパとAFMTの同時投与は,E. faecalisを保菌するマウスにおいて,レボドパ血中濃度を上昇させた.

以上,著者らは腸内細菌叢におけるレボドパ代謝経路を明らかにした.患者ごとの腸内細菌叢の多様性が,末梢におけるレボドパの産生と分解の多様性,つまり効果や副作用の違いに関わっているものと考えられた.今後,腸内細菌叢のレボドパ代謝の状況を把握する臨床検査が開発され,治療の参考にしたり,さらには腸内細菌叢をターゲットとした治療薬の開発が行われていくだろう.パーキンソン病研究の歴史において,非常に重要な論文になると考えられた.

Maini Rekdal et al. Science 364; eaau6323 (2019)


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肥満防止のための第3の方法 -寝室の照明とテレビを消そう-

2019年06月20日 | 睡眠に伴う疾患
肥満防止の2大生活指導は「ダイエットと適度の運動」であるが,第3の方法が加わることになりそうだ.それは「寝室の照明やテレビを消して,暗くして眠る」ということである!どうしてこんな話になったかというと,(1)肥満が年々増加し,パンデミック状態になったと言われる米国での検討で,肥満の増加と夜間の人工光の曝露時間が相関するという指摘があること,(2)動物実験で,睡眠中の人工光曝露により,睡眠ホルモン・メラトニンの分泌や時計遺伝子の発現が抑制され,それに引き続いて睡眠の分断と概日リズム(体内時計)障害が生じ,それらが摂食行動の増加をもたらし肥満を生じさせることが観察されたことが背景にある.睡眠医学が好きな私はこれらの知見を承知しており,寝室の照明やテレビをつけて寝ることが好きな家族に「消したほうがいいよ」と注意してはしばしば文句を言われ,ケンカの種になっていた.

さて話は戻るが,夜間の人工光が実際にヒトにおいても肥満をもたらすかについてはよく分かっていなかった.これまでの研究は,夜間に高レベルの光に曝露する夜勤労働者を対象としたものが多く,一般人に当てはめられるかは不明で,一般人を対象とした大規模な調査研究が待たれていた.今回,JAMA Internal Medicine誌に掲載された論文は,米国女性4万4000人近くを対象とした調査Sister Study(2003年~2009年)を解析したもので,調査参加者には調査開始時とその5年後に追跡調査を実施したものであり信憑性が高い.

対象はアメリカ人ないしプエルトリコ人の35~74歳の女性で,調査開始時にがんや心疾患の既往がなく,交替勤務者や妊婦ではない43722名(55.4±8.9歳)である.夜間の人工光の光源は,小型の常夜灯や時計付きラジオ,窓から差し込む街灯の光,テレビ,室内用照明などさまざまであったため,対象を①曝露なし(n = 7807),②部屋のなかでの小さな照明 (n = 17320),③部屋の外の窓から差し込む照明 (n = 13471),④室内用照明ないしテレビ(n = 5124)の4群に分類した.肥満の定義は,全身性肥満はbody mass index [BMI] ≧30.0とし,中心性肥満は腹囲≧88 cm,ウェスト・ヒップ比≧0.85,もしくはウエスト・身長比≧0.5とした.またBMI≧25をoverweight(太り過ぎ)と定義した.

さて結果であるが,調査開始時において,4群の比較で,睡眠中の光曝露が多いほど肥満の有病率が高くなることが分かった.BMIでは相対リスク(PR)が1.03(95%CI, 1.02-1.03),腹囲ではPR 1.12(95%CI,1.09-1.16), ウェスト・ヒップ比ではPR1.04(95%CI, 1.00-1.08), そしてウエスト・身長比ではPR 1.07(95%CI, 1.04-1.09)であった.交絡因子(睡眠時間,食事,カフェイン,アルコール,身体活動など)の調整後もいずれも有意な相関を示した.5年間の長期的な経過観察でも,光への曝露は肥満に相関した(RR 1.19(95%CI,1.06-1.34)).

④室内用照明ないしテレビ群は,①曝露なし群と比較すると,5㎏以上の体重増加はRR 1.17(95%CI, 1.08-1.27; P < .001),つまり体重が5 kg以上増加する確率が17%高く,BMIでも10%以上の増加がRR 1.13(95%CI, 1.02-1.26; P = 0.04)で,13%高かった.長期的な経過観察の評価でも,2群を比較すると,BMI≧25であった太り過ぎ状態が維持ないし増悪する頻度はRR, 1.22(95%CI,1.06-1.40; P = 0.03)と高く,BMI≧30であった肥満が維持ないし増悪する頻度もPR 1.33(95%CI, 1.13-1.57; P < .001)と高かった.

結論は,照明やテレビをつけて寝る人は,つけずに寝る人と比較して,肥満率が高いということである.しかし,論文の問題点として,調査データは自己申告によるものであり,光の照度や質(スマートフォンなどの電子機器によるブルーライト)の影響については不明であることが挙げられる.著者らは夜間に浴びる光が直接肥満を引き起こす直接的な原因となっているのかを完全に証明できたわけではないと注意を促しつつも,近年,「暗い部屋で睡眠を取ることを推奨すべき」とする根拠が増えつつあり,今回の結果もその一つであると述べている.いすれにしても肥満の生活指導に「人工光への曝露を避ける」は追加すべきと考えられる.今後の関心は,前方視的な介入研究,つまり睡眠習慣の改善が実際に肥満をどれほど改善するかに移っていくものと考えられる.

最後に感想を述べる.一連の研究は「照明をつけて寝ると太る」という知ってしまえば非常にシンプルなことでも,それを科学的に推測し,証明することがいかに大変なことであるかを如実に示す例でもある.世の中に存在するさまざまな「エセ科学」に惑わされないためにも,科学的リテラシーを身につける,つまり科学的エビデンスを確立することは容易ではなく,労力と熱意が必要であることを理解する必要がある.

JAMA Intern Med. doi:10.1001/jamainternmed.2019.0571


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「臨床神経学と共に生きる-或る神経内科医の軌跡-」を読んで

2019年06月18日 | 医学と医療
廣瀬源二郎先生(浅ノ川病院顧問,金沢医科大名誉教授)から,先生の自叙伝を頂戴しました.郷里静岡での空襲の話,大学時代に患った結核の話,空軍病院や米国大学での修行時代,金沢医科大学教授時代から現在の生活までを綴った素晴らしいものでした.とくに感銘を受けたのは医学教育者としての以下の言葉でした.言葉や本には,時として出会うべきタイミングに出会うものがあるのですが,まさに今回はそれであるように思いました.しっかりと胸に留め,教育に励みたいと思いました.

「私の教育論は極めて単純であり,未来を託すべきかけがえのない若い男女医学生に少しでも優れた教育をし,1人でも良いから私を超えた存在になって欲しいという希望を持って教えていることである.昨今教育は教える(teaching)ことではなく,学ぶ(learning)ことであると言われているが,そんな言葉の裏腹の関係で解決するようなものではない.誰かに惹きつけられて豊かになり,いつの間にか輝くようになる学生諸君をみたくて努力するところに教育の真心があるように思われる.」

「昨今大学での教育手法として,教育(teaching)と学習(learning)の比重を逆転させ,学生の自発的学習を主にして,教育による教員による教育を従にする流れがあるように思われる.どちらが良いかという問題ではなく,両者がともに必要であることに異論は無いはずである.ただ研究時間を増やし業績を上げるために学生の自発的学習時間を増やすとするなら,それは明らかに誤りである.」

「教育とは,何にもまして,人を惹きつける魅力の体験であり,何かを教えるだけでなく,この社会には学生を惹きつけたり,惹きつけられる何かがあることを,学生が自然に理解するのが真の教育だと思う.医学教育においてしかり,教官に魅力を感じ,医学のどこかに興味を持ってくれればしめたものである.」

「学生を教育して,ぜひ自分を超えるような教官,医師に育ってほしいと願い,それなりの準備をして如何に教えようか日々考えながら暮らせるのは,実に教師生活冥利に尽きる.教師にとって教えるために費やされた時間は決して無駄になるものではない.」





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岐阜長良川にお越しください!@第15回日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会学術集会 

2019年06月16日 | 医学と医療
【研究会および学術集会について】
日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会は「神経・筋疾患」における摂食・嚥下,そして栄養に関する研究をテーマとして掲げた研究会で,近く学会に昇格する予定です.歴史もあり,年1回の学術集会も本年で第15回目を迎えますが,今回は2019年10月19日(土),長良川国際会議場にて,私が会長を仰せつかり開催させていただくことになりました.
大会ホームページ 

本大会のスローガンはポスターの通り「神経筋疾患患者さんのQOLを高める~倫理から栄養まで~」にしました.QOLということばを選んだ理由は,本研究会や学術集会の目的は「摂食・嚥下・栄養といったヒトの命の源泉を支える基本的機能に関わる神経機構とその障害機序を解明し,そしてそれらの障害に悩む人々に対策と安心を届け,最終的にQOLを高めること」であるためです.この目標を意識して,医師,看護師,栄養士,鍼灸師,PT/OT,言語,心理士,介護関係者,行政,企業会員等の多職種が議論し,ともに目標の実現を目指す会にしたいと思います.

★なお本学術集会への参加は,今大会より,「日本神経学会神経内科専門医」クレジットが1単位,「日本摂食嚥下リハビリテーション学会」認定士単位10単位が付与,取得できることになりました.

【岐阜にお越しください】
岐阜市は名古屋から快速電車で20分と交通の便も良く,会場の近くには織田信長が居城した金華山や長良川温泉,風情のある川原町があり,翌日の観光にも適しています.飛騨牛や鮎などのグルメも楽しめます.目標を共有する多くの仲間が岐阜の地に集い,熱く議論することを心待ちに致しております.


【プログラムについて】
一般演題と講演を行います.一般演題は応募演題数にもよりますが,基本的に口演を予定しています.講演では,摂食・嚥下・栄養において重要であるもののあまり議論されてこなかった臨床倫理や薬剤・服薬の問題,さらに神経変性疾患や認知症,歯科的アプローチをテーマに取り上げます.新たな多様性の時代を予測したタイムリーな講演を企画いたしました.

会長講演
「認知症の栄養障害」
下畑享良(岐阜大学大学院 医学系研究科脳神経内科学分野)

特別講演
「嚥下障害のトピックス -最近の話題,臨床倫理など-」
藤島一郎 先生(浜松市リハビリテーション病院院長)

教育セミナー1
「服薬障害と薬剤性嚥下障害」
野崎園子 先生(労働者健康福祉機構関西労災病院神経内科)

教育セミナー2
「神経難病における栄養障害とその対策」
清水俊夫 先生(東京都立神経病院脳神経内科)

教育セミナー3
「神経筋疾患の口腔機能ー特徴と対応法ー」
谷口裕重 先生(朝日大学歯学部口腔病態医療学講座障害者歯科学分野)

ランチョンセミナー(共催:カレイド株式会社(株式会社フードケア))
「サルコペニアの摂食嚥下障害と栄養ケア」
前田圭介 先生(愛知医科大学緩和ケアセンター)

【事前参加登録と演題募集について】
以下のようにすでに開始されております.ぜひ多くの方々にご参加いただきたく存じます.詳細はホームページをご覧ください.

事前参加登録募集期間
2019年6月3日(月)正午~2019年7月31日(水)正午

演題募集期間
2019年6月3日(月)正午~2019年7月26日(金)正午

また翌日は,同じ岐阜市内で「第20回早期認知症学会(犬塚貴大会長)」が開催されます(私は「睡眠による認知症の予防」という特別講演をさせていただきます).こちらもあわせてご参加ください.みなさんと長良川でお目にかかることを楽しみにしております!






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神経疾患の緩和ケアではコミュニケーション能力が問われる

2019年06月09日 | 医学と医療
NHKスペシャルの多系統萎縮症患者さんの安楽死(正確には自殺幇助)の番組は「神経疾患の緩和ケア」の意義を改めて考えさせるものであった.その背景には,世界で初めて安楽死を合法化したオランダを例にとっても「安楽死は苦しみをなくしたり和らげたりするために八方手をつくしても,なくならない苦痛に対する緊急避難として認められてきた」ということがある.つまり安楽死の決断の前に,神経疾患に伴う苦しみを克服するための手立て(医療的な緩和ケアから保健福祉政策まで)を徹底的に追求することが求められる.このため多くの医療者は,今回の事例において自分たちが行う神経疾患緩和ケアが無力だったのかと動揺したのである.
では神経疾患緩和ケアとは何なのか?例えばがんの緩和ケアと何が違い,何が求められているのか?最近,Neurology誌に,米国における神経疾患とがんの緩和ケアの違いを分析し,神経疾患緩和ケアの目的,求められるスキルを議論した研究が報告されたのでご紹介したい.

【緩和ケアは終末期に開始するものではない】
まず緩和ケアの基本から始めたい.WHO(世界保健機構2002)によると緩和ケアは次のように定義される.「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,疾患の早期より痛み,身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題に関してきちんとした評価をおこない,それが障害とならないように予防したり対処したりすることで,クオリティー・オブ・ライフを改善するためのアプローチである」
つまり,緩和ケアというとホスピス,つまりがんの終末期における苦痛を,チームを組んでケアしていこうという取り組みを思い浮かべるが,本来の意味は発症早期からのすべての時期に,痛みのみならず患者さんが抱えるすべての苦痛に対して提供されるべきものである.よって発症早期から必要となるため,緩和ケア専門医にだけに任せるものではない.

【米国では神経疾患緩和ケアは独立したサブスペシャリティーである】
米国では,神経疾患はがんに次いで2番目に入院患者における緩和ケアのコンサルトが多く,すでに神経疾患緩和ケアが緩和ケアの一つのサブスペシャリティーとして確立されつつある(Robinson MT. Neurology 2014).この点は日本より先進的である.
また神経疾患緩和ケアの担当範囲は広く,脳卒中や頭部外傷,無酸素脳症のような緊急入院後に必要となる場合がある一方,神経難病に合併する肺炎のように慢性疾患に伴う合併症のための入院後に必要となる場合もある.前者では事前のAdvanced Care Planning(ACP)がなされていないことが多く,後者ではACPが行われている事例が増える.
米国では緩和ケアを受けた神経疾患患者のうち多数が病院において死亡すると記載されている.これは急性疾患,慢性疾患のいずれにも当てはまるらしい.不思議だなと思い調べると,この理由は緩和ケアの目的の一つが「治療のゴールの決定」があり,その選択肢として生命維持治療の中止があり,その結果死亡に至る症例があるのだ.

【研究の目的と方法】
今回紹介する研究であるが,その目的は米国の多施設のデータを使用し,神経疾患とがんの緩和ケア・コンサルテーションの違いを明らかにすることである.方法は前方視的なコホート研究で,米国の11の州の78の緩和ケアチームにより構成されるPalliative Care Quality Network(PCQN)のデータベース(期間:2013年1月~2016年12月)を使用している.患者数はがん23315名,神経疾患7095名が含まれ,頻度はそれぞれ1位,2位を占める.患者情報,コンサルトの理由,事前指示書の有無,症状の有無,ケアの転帰,緩和医療行動スケール(PPS)値を比較した.PPSは機能状態と生命予後の予測に使用されるスケールである.

【神経疾患緩和ケアはがんにおけるケアと大きく異なる】
さて結果であるが,神経疾患群は,がん群と比較して有意に高齢で(平均75歳),集中治療後が多く(60%),77%の患者が事前指示書はなく,65%の患者がコミュニケーション困難で,機能障害も重篤であった.予後も不良で,31%が病院で死亡し,39%はホスピスに転院した.またコンサルテーションの理由の3/4以上が,ケアのゴールを明らかにすることであった.神経疾患群とがん群のコンサルテーション理由に関する調整オッズ比(ロジスティック回帰分析)は以下の通りであった.

ケアのゴールないしAdvanced Care Planning 1.1(1.0-1.2)
痛みや他の症状に対するマネジメント  0.3(0.2-0.3)
ホスピスへの紹介の議論  0.8(0.7-0.8)
緩和療法のみ(comfort measures only),生命維持治療中止  2.4(2.1-2.8)

【神経疾患緩和ケアでは適切なコミュニケーション能力が重要である】
結論としては,神経疾患に対する緩和ケアはとがんと明確に異なるということである.神経疾患群で最も期待される目的は「ケアのゴール決定」であった.そしてケアのゴールの決定に必要なものは,適切なコミュニケーション能力である.患者さんの価値観を理解し,適切なゴールに向けて議論できるようになることは神経疾患に関わる者が学ぶべき重要なスキルと言える.よって患者さんとの適切なコミュニケーション・スキルを教えることは極めて重要な教育課題である.

【神経疾患緩和ケアでは訴えることのできない患者さんの苦痛を読み取る能力が重要である】
痛みや疾患に伴うその他の症状への対処はホスピスにおいては重要であるが,神経疾患における緩和ケアではコンサルテーションの理由に挙げられることは少ない.これはそれらが少ないのではなく,訴えられないために,治療が十分に行われていない可能性がある.すなわち痛みや症状を訴えられない患者さんの苦痛を読み取るための徴候について学ぶ必要がある.ちなみに小児のおける緩和ケアでも重要なテーマとなっており,評価スケールの開発が行われている.

【研究の問題点と今後の課題】
本研究の問題点は,データベースに患者の詳しい診断の情報がないことと,2つの重要な疾患カテゴリーである認知症と神経腫瘍が除外されていることである.
しかし本研究の重要さは,疑問に答えることではなく,取り組むべき問題点は何かを明らかにすることである.例えば,誰が神経疾患入院患者の緩和ケアを行うべきか?もし神経内科医であれば,どのような場面で緩和ケアの専門医に紹介すべきか?神経疾患患者に特化した緩和ケアの必要性を評価する新しいスケールが必要か?神経疾患緩和ケアは患者の予後を改善するのか?緩和ケア専門家によってなされる緩和ケアは神経内科医によってなされるものと異なるか?といった疑問である.

【おわりに】
冒頭に安楽死の決断の前に神経疾患緩和ケアが徹底的になされる必要があると記載したが,神経疾患緩和ケアで求められることは,ケアのゴール決定に向けた患者の意向を十分に引き出すpatient-centered communication skillであるということになる.これにその時点で利用できるエビデンスを提示できる能力を加えた方針決定のあり方は,いわゆるshared decision making(SDM)である.つまり脳神経内科医に求められる神経緩和ケアのスキルはSDMなのかもしれない.

Taylor BL et al. Inpatients with neurologic disease referred for palliative care consultation. Neurology 2019;92:e1975-e1981.

安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書)






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NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見て

2019年06月04日 | 医学と医療
48歳で発症し,52歳でスイスにて,日本では認められていない安楽死(厳密には医師自殺幇助)を選択した多系統萎縮症(MSA)患者さんについてのドキュメンタリーであった.彼女は「私が私であるうちに死にたい」「自分で死ぬことを選ぶことは自分でどう生きるか選ぶことと同じくらい大切なこと」と語った.

大きな衝撃を受けた.患者さんが自ら死ぬための点滴を開始し,静かに息を引き取った場面は涙が止まらず,番組終了後もしばらく呆然としていた.医療者である前に「眼の前に自殺しようとしている人がいたら,すべきことがあるはず・・・」という人間としての感情がまず沸き起こってきたのではないかと思う.

医師としても受け入れがたいという感情が生じた.その理由は医師の務めは患者さんの命を守ることであり,また眼の前で患者さんの自死を見た経験はなかったこと,そしてなぜこんなに早期の,機能が保たれている段階で,自死しなければならないのかと思ったことであろう.「依頼されても人を殺す薬を与えない」という一節がある「ヒポクラテスの誓い」の意味を,若い頃から何度も考えさせられる場面に遭遇し,先輩医師から「医療の本質は,病気を治す(treat, cure)ことではなく,病人を癒やす(care, heal)ことである」と教わった自分には,今回の出来事は「医療の敗北である」ように思えた.

つまり医療者側についても検証が必要だと思う.自分がその場面にいたら何ができたか分からないこと,今回のことに関わった医療者は苦しんでいるだろうことを承知の上で述べるが,「なぜ支えられなかったのか?」はやはり真摯に考える必要がある.死に考えが向かってしまった人を留めることは難しいのだろうと思う.それでもMSAの症状を軽減する緩和ケアは進歩し,さらに複数の臨床試験が世界中で進行中であり,MSAの医療は今後大きく変わる可能性もある.希望の灯りはあるのである.私のメンターは「真っ暗な闇のなかにかすかでも光を与えられること」が脳神経内科医の行うべきことであると常々語っていたことを思い出す.

また番組では人工呼吸器をつけた療養生活を直接見たことが安楽死を考えるきっかけになったと述べていた.私は突然死の防止等の理由で人工呼吸器を装着し,長期療養病院ないし在宅で療養されるMSA患者さんを多数診察して回ったが,コミュニケーション障害,認知障害が顕著となり,ALS患者さんの場合とは様相が異なることに気づいた.このため岐阜大学で仲間とともに,適切な機器の導入によりコミュニケーション障害が改善するかを検討する研究を開始したのだが,初めて人工呼吸器をつけた療養生活を目の当たりにしたご本人のショックは大きいものだったろう.もちろん患者さんには「知る権利」があるものの,「bad news」を伝える際の精神状態やタイミングで悪い方向に導いてしまう可能性はあるため,医療者には慎重さが求められる.

最後に番組に対する意見を述べたい.まず自死の瞬間まで映像として見せねばならないものかと思った.それは本当に必要なことだったのだろうか?闘病中の患者さんにもたらす大きい動揺を考えると,プラスよりマイナスの面が大きいのではないだろうか.またこの問題はスイスでの事例を単に報道し,視聴者に判断を任せれば良いというものではないと思う.自殺幇助を選んだ患者さんがいるという事実を伝えるという方向性がある一方,大変な病気でも頑張って立ち向かっている患者さんや支えている家族や医療者がいることを一番に伝えるという立場も当然あるはずだ.安楽死の議論は重要だが,それ以前に神経難病患者さんを死に追い込む可能性のある医療や社会の問題を議論すべきである.経済的問題,介護力の問題で「生きたくても生きられない患者さん」がいる.いわゆる尊厳生(そんげんい)の問題である.社会への影響力を持つ番組制作者はこの番組で終わりにせず,責任を持って世の中で正しい議論が行われるように努力していただきたい.私も神経難病患者さんとその家族をいかに支えるか,真の神経難病の緩和ケアとは何なのかをこれからも考えてきたいと思う.





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