Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Michael J Foxさんとパーキンソン病について

2006年10月30日 | パーキンソン病
「Back to the Future」はロックスター志望の高校生マーティ・マクフライと,その親友で周囲から変人扱いされている科学者エメット・ブラウン博士(通称ドク)が,タイムマシン(デロリアン)を使って様々な時代でトラブルを起こす映画だ.私のお気に入りの映画であり,ときどきDVD 3部作トリロジーを引っ張り出しては一番好きな場面,マーティがChuck Berry(ロックンロールの神様!)のJohnny B. Goodeをダンスパーティーで演奏してみせるシーンを見るが,とても元気が沸いてくる(Part I, 1985年).その後,Michaelは映画やテレビで活躍したが,1991年,30歳の若さでパーキンソン病を発症し,その後,1998年にパーキンソン病であることをピープル紙上で公表した.
 
2006年10月20日,Michael J Foxはパーキンソン病治療のためのES細胞研究を支持するミズーリ州上院議員選の民主党候補への応援CMに出演し,現在,話題になっている.その映像は,インターネットの投稿動画サイトYouTubeでも見ることができる.産経新聞によると「全身をけいれんさせるなどのパーキンソン病の症状をあらわにしながら」とあるが,痙攣ではなく,dyskinesiaと思われる不随意運動によるようだ.いずれにしてもパーキンソン病をご存じない人にとっては衝撃的な映像であろう.彼のCM内の発言を英語に堪能な知り合いの麻酔科医の力を借りて要約してみると,以下のような内容である.

「ミズーリ州上院議員選では,パーキンソン病の治療に対し共通する希望をもつClaire McCaskillに投票してほしい.不幸にも対立候補は幹細胞研究の発展に反対し,我々に希望をもたらはずの科学を処罰の対象にしようとしている.政治はローカルなものだといわれるが,ミズーリ州でのあなたの行動は,難病に苦しむ私のような多くのアメリカ人を救うのだ」そして最後に上院議員候補が出てきて,Michaelの発言に賛同する,と一言述べている.

ES細胞研究に反対している保守派は「自分の症状を売り物にしている」などと批判しているようだ.ES細胞研究に関する個人的な印象は過去にブログ内で記載したこともあるのでここでは書かないが,今回のMichaelの行動は,彼の著書であるラッキーマンを読んだひとにとっては何ら不思議のないものに思えるだろう.

この本によれば,彼はパーキンソン病と診断された時,健康状態が悪化することを心配しただけでなく,妻トレィシーさんが去っていくのはないかと非常に恐れたそうだ.そして「恐れに立ち向かうことができず,酒を飲むようになった」が,トレィシーさんや4人の子供の支えもあり,1994年から病気を受容し,分析することをはじめ,病気に立ち向かうようになったそうだ.1998年,彼はパーキンソン病であることを公表したときには世界中から驚くほどの反響があったそうだが,世間が彼を哀れみだしたころには,彼はすでにこの病気を受け入れていたわけである.その後,パーキンソン病の研究助成活動をはじめ,2000年には「マイケル・J・フォックス パーキンソン病リサーチ財団」を設立した.このなかの彼のメッセージをぜひ読んでいただきたいが,彼はES細胞にだけこだわっているわけではなく,パーキンソン病の治療につながりうるさまざまな可能性を推進したいという気持ちを持っているのである.

彼は自分のことをLucky Manと呼んだ.著書の中でパーキンソン病が自分に何をもたらしたかを語っているが,素晴らしい人生と仕事に感謝するチャンスが与えられたこと,パーキンソン病の治療法を探すための手助けをし,人々にこの病気について知ってもらう機会を得たこと,それこそが自分が幸運な男だと思う理由だと語っている.今回のYouTubeのビデオに関心をもたれた方は,ぜひ,彼の著書や財団のホームページをのぞいてほしい.今回のCMが,多くの人がパーキンソン病や幹細胞研究について考えるきっかけになれば彼もきっと喜ぶに違いない.

YouTube画像
「マイケル・J・フォックス パーキンソン病リサーチ財団」
ラッキーマン
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パーキンソン病Practice parameter(その3)―日内変動とジスキネジアの治療-

2006年10月22日 | パーキンソン病
 米国神経学会(AAN)パーキンソン病ガイドラインのその3は,motor fluctuation(日内変動)およびジスキネジアを伴う症例の治療(薬物療法,外科治療)である.臨床上,きわめて重要な問題である.今回の臨床的疑問は以下の5つである.

疑問1;オフ時間の短縮に有用な薬剤は何か?
疑問2;オフ時間の短縮効果に関して,薬剤間で効果に違いはあるか?優れたものはどれか?
疑問3;ジスキネジア抑制に有用な薬剤は何か?
疑問4;深部脳刺激療法(DBS)は,オフ時間の短縮,ジスキネジア抑制,抗パ剤の減量,日内変動の改善に有効か?
疑問5;DBSの効果の予測因子は何か?

疑問1;オフ時間の短縮に有用な薬剤は何か?
推奨;
 オフ時間を短縮させるためには,entacapone(COMT阻害剤;日本未発売コムタン)またはrasagiline(MAO-B阻害薬;日本未発売アジレクト)を用いるべきである(Level A)
 オフ時間を短縮させるためには,ペルゴリド(ペルマックス),プラミペキソール(ビ・シフロール),ropinirole(ドパミン作動薬;日本未発売レキップ),またはトルカポン(COMT阻害剤;日本未発売タスマール)を用いるべきである(Level B).ただし,トルカポンを使用する場合には肝障害,ペルゴリドを使用する場合には心臓弁線維症に注意する必要がある.
 オフ時間を短縮させるためには,アポモルフィン(ドパミン作動薬;ユープリマ),カベルゴリン(カバサール),セレギリン(エフピー)の投与を考えても良い(Level C).
 オフ時間を短縮させるためには,徐放性レボドパ・カルビドパ合剤,ブロモクリプチン(パーロデル)の投与は行わない(Level C).

疑問2;オフ時間の短縮効果に関して,薬剤間で効果に違いはあるか?優れたものはどれか?
推奨;
 オフ時間を短縮させるためには,ブロモクリプチンよりもropiniroleを用いたほうが良いかもしれない(Level C).
 これ以外は,十分なエビデンスはない(Level U).


疑問3;ジスキネジア抑制に有用な薬剤は何か?
推奨;
 ジスキネジアの抑制のためにはアマンタジン(シンメトレル)の投与を考えても良い(Level C).
 Clozapine(非定型精神病薬;日本未発売クロザリル)については十分なエビデンスが得られていない(Level U).

疑問4;深部脳刺激療法(DBS)は,オフ時間の短縮,ジスキネジア抑制,抗パ剤の減量,日内変動の改善に有効か?
推奨;
 日内変動の改善,ジスキネジア抑制,抗パ剤の減量を目的とした治療法として視床下核に対するDBSを考慮しても良い(Level C).
 淡蒼球内節,視床Vim核に対するDBSについては十分なエビデンスが得られていない(Level U).

疑問5;DBSの効果の予測因子は何か?
推奨;
 術前のレボドパに対する反応性は,視床下核に対するDBSの効果を予測する因子と考えられる(Level B).
 年齢が若く罹病期間が短い患者のほうが視床下核に対するDBS後の改善が優れている可能性がある(Level C).
 淡蒼球内節,視床Vim核に対するDBSの予測因子については十分なエビデンスは得られていない(Level U).

エビデンスレベルの高い薬剤が,日本では発売されていない現状をお分かりいただけたと思う.薬剤間の比較を行った研究がほとんどないため,新薬が従来の抗パ剤と比べ優れているという保証はないが,できることならエビデンスレベルの高い薬剤を使いたいというのが医者や患者の心情であろう.個人輸入などしなくても済むように速やかな新薬の承認を期待したい.

Neurology 66; 983-995, 2006
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「頭痛くらい」で病院へ行こう!

2006年10月15日 | 頭痛や痛み
 頭痛の診療は難しい.何と言っても大事なことは,命に関わることもある「症候性(二次性)頭痛」を見落とさないことであるが,それを否定して「一次性頭痛」と診断しても,そこからの治療がなかなか大変なことが多い.最近実感していることは、頭痛の診療は薬の処方だけでうまく行くものではなく,いかに有効に薬を使用するよう指導するとか,頭痛を予防・軽減するために,どのような工夫が必要かを指導する必要がある.しかし,案外,そのような大切なことは教科書には載っていないものである.たとえば以下のような疑問に答えられるだろうか?

 片頭痛はどんなときに起こりやすいか?(ヒント:気圧,空腹,温度の影響,安心したとき)
 片頭痛予防のために食べてはいけないもの,逆に食べたほうが良いもの?(ヒント:ビタミンB2,マグネシウム)
 片頭痛では頭は冷やすべきか,暖めるべきか?(ヒント:血管拡張)
 片頭痛でピロリ菌保菌者が多いというのは本当か?(ヒント:鎮痛剤乱用)
 片頭痛でトリプタンを飲むタイミングをどのように見つけるか?(ヒント:アロディニア)
 片頭痛・緊張型頭痛に入浴は有効か?(ヒント:両者で効果は正反対)
 トリプタンを飲むと肩の突っ張りが生じるひとがいるのはなぜか?(ヒント:5HT-1B受容体)
 子供に飲ませやすいトリプタンは何か?(ヒント:リザトリプタン)
 トリプタンで依存症は生じるか?(下記症例報告参照)
 カフェインは頭痛に良いのか悪いのか?(ヒント:依存症と血管収縮作用の2面性)
 なぜ欧米の医者は鎮痛剤を出したがらないのか?(ヒント:カフェイン)
 片頭痛にハーブティーが有効というのは本当か?(ヒント:ナルシロギク)
  
以上のような疑問に丁寧に答えてくれる絶好のテキストが表題の「頭痛くらい」で病院へ行こうである.東京女子医大の清水俊彦先生と,実際に清水先生の外来に通院する片頭痛患者さんである水沢アキさんの対話形式で進む頭痛に関する啓蒙書であるが,とっても分かりやすく,とっても勉強になる本である.頭痛に悩む方はもちろんのこと,頭痛に関わるすべての医療関係者にお勧めしたい.

「頭痛くらい」で病院へ行こう
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日本ペインクリニック学会誌12; 10-13, 2005

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すごい神経内科医は「おへそ」まで診る

2006年10月09日 | その他
 「おへそ」は産まれたあとは役に立たないと思っている人が多いと思うが,神経内科医はそんなことを言ってはいけない.Charles E. Beevor(1854-1908)は,仰臥位の状態で頭を挙上させると,おへそが上方へ移動する神経徴候を発見した.この神経徴候はのちにBeevor徴候と呼ばれることになる.

 しかし,Beevor徴候をご存じない人にしてみてば,この所見の意味するところはなかなか想像がつかないのではないか.まず,Beevor先生は,この神経所見を胸髄11~12神経根レベルを巻き込む悪性腫瘍の症例を経験した際に初めて記載している.実はBeevor徴候は下部腹直筋の筋力低下が存在する症例に認める所見で,おへそを境に,その上下で筋トーヌスが異なるため,頸を持ち上げといった負荷をかけると,筋トーヌスの高い上方へおへそが移動するのである.

 ではどんな疾患でBeevor徴候が陽性になるのであろうか? 下部腹直筋は第10~12胸髄レベルで支配されていることから,同部位の器質的病変,例えば,脊髄腫瘍,脱髄性疾患,血管障害,脊髄空洞症などでは陽性になることがある.そしてもう一つ,意外なことに,顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSH)でこの所見が高率に陽性になる.

 FSHにおけるBeevor徴候の有用性は,まず1990年Gavin I et al.らによって報告された.彼らによれば,30人のFSH中,Beevor徴候陽性者は27人で,一方のdisease control群では,Beevor徴候陽性者は0/40人であった.その後,FSHは第4染色体長腕 (4q35) における欠失(D4Z4 repeats numberの減少)を検索することで遺伝子診断や予後予測が可能になっているが,遺伝子診断が可能となった後の報告でも(Shahrizalia et al. 2004),FSH患者におけるBeevor徴候は19/20人で陽性(1人の陰性者はFSHの無症候キャリア),他の筋疾患群では2/28人で陽性であった.すなわち,sensitivity 95%, specificity 93%ということになり,Beevor徴候はきわめてFSHに対して,きわめて有用性が高く,かつ容易に行なえる検査といえる.

 さて,一番のなぞは,なぜBeevor徴候がFSHに特異性が高いかということだ.つまり,FSHではおへそを境にして,その下部の腹直筋に筋原性の変化が生じているということになるのだが,なぜそのようなことが起こるのかについては残念ながら分からない.

 最後に豆知識として,FSHを臨床的に診断するためポイントを示しておく.
①家族の写真を入手して,家族歴をチェックする.
②笑ったときの表情や鼻のしわ,口笛を観察する.
③閉眼時の眼輪筋の抵抗性や睫毛徴候をチェックする.
④翼状肩甲をチェックする.
⑤「ポパイの腕」所見(前腕に比較し上腕の萎縮が目立つ)をチェックする.
⑥Beevor徴候をチェックする.

 いずれにしても,「おへそ」まで観察し,さらにFSHの診断に有用であることまで見出した神経内科医の先達の観察力に脱帽である.

Arch Neurol 47:1208-1209, 1990
JNNP 76:869-870, 2005.

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冷やすと痛みが鎮まるわけ ―新しい鎮痛薬への応用―

2006年10月03日 | 頭痛や痛み
 私の良く知っている麻酔科医が,指をドアに挟んでしまい,大慌てで冷やしていたが,なぜ冷やすと鎮痛効果があるのだろう?その後,彼女はシップを貼っていたが,冷湿布薬はみなメンソールのヒヤヒヤとする感じがする.なぜなのだろう?いずれにしても,我々は冷やすことで痛みをやわらげることをヒポクラテスの時代から知っている.今回,英国Edinburgh大学のグループがこのメカニズムを明らかにし,新しい鎮痛薬開発につながる研究として注目を集めている.

 著者らは神経因性疼痛の実験モデルとして,ラット坐骨神経の慢性絞扼性損傷モデルを用いた.彼らはまずメンソールに類似する化学物資icilinをラットの皮膚にしみこませることで,痛みのストレスに耐え,icilinが鎮痛効果を有することを示した.次に彼らは,この鎮痛効果は,2002年に冷たさとメンソールに対して感受性を持つ受容体としてクローニングされたTRPM8受容体を介する可能性を考えた.この受容体は,ヒトにヒヤヒヤ感を起こすメンソールに反応し,かつ冷刺激(8-28℃)に対しても選択的に反応する,Ca2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルである(ちなみにTRPM8と同じく,化学物質と熱に反応する受容体としては,唐辛子のカプサイシンや熱(43℃以上)に反応する受容体TRPV1が有名).興味深いことにTRPM8遺伝子は,DRGや三叉神経節(ガッセル神経節)の中の小径から中径の細胞体(おそらくC線維やAδ線維の細胞体)に特異的に発現することも報告されている.

 本研究で,彼らは①TRPM8の活性化が鎮痛効果を発揮すること,②TRPM8の発現が,神経損傷後の感覚神経の一部において上昇すること,③TRPM8のアンチセンスオリゴの投与にて,icilinの鎮痛効果が抑制されること,④icilinが脊髄後角における中枢性感作まで抑制すること(注;中枢性感作とは,末梢神経から痛み刺激の入力に対し,脊髄後角細胞の反応増大や受容野の拡大が見られる現象),さらに⑤TRPM8活性化による鎮痛作用は,オピオイド受容体ではなく,Group II/III metabotropic glutamate receptor (mGluR) を介すること,を示した.彼らはTRPM8を発現する感覚神経から放出されたグルタミン酸にGroup II/III mGluRが反応し,痛みに対し抑制的なゲートコントロールが生じるというモデルを提唱している.

 以上の結果は,選択的にTRPM8受容体を活性化できれば,末梢性感作の段階で痛みをブロックし,中枢性感作が生じることを抑制できることを意味する.従来の鎮痛剤が無効か,副作用のために使用が制限された症例においても,低投与量のTRPM8アゴニストを皮膚に塗ることで痛みを強力に改善する可能性がある.
 
 先日,痛みに関するシンポジウムを拝聴する機会があったが,その中で「臨床医は,患者の痛みの訴えを良く聞き,放置しないこと.痛みを除去すべく処置を行うこと.これらは中枢性感作による痛みを防止することにつながる」というお話があった.これからは痛みの性質や機序を見極め,急性痛が長引いている場合にはTRPM8アゴニストも含めあらゆる手段を用いて積極的に介入し,慢性痛症(神経系の可塑的な異常が生じた状態)への移行を防止することを心がける時代となる.麻酔科医まかせではなく,神経内科医が,より痛みの診療に取り組む時代が到来しつつあるということである.

Curr Biol 16; 1591-1605, 2006
Comments (2)
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