Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月25日) 

2023年02月25日 | COVID-19
今回のキーワードは,Long COVID発症の4大メカニズム,COVID罹患後に再活性化するウイルスの種類によりlong COVIDへの影響や症状が異なる,ヒト剖検脳の検討でSARS-CoV-2ウイルスは延髄と中脳の一部に感染・炎症をきたす.COVID-19は特定の脳機能領域に萎縮を引き起こす,SARS-CoV-2ウイルスは脳血管の周皮細胞に感染し虚血性障害を招く,COVID-19を認める虚血性脳卒中では血行再建治療後の頭蓋内出血の合併率が高く臨床転帰が悪い,です.

Long COVIDとCOVID-19による脳神経障害のメカニズムがどんどん解明されつつあります.驚いたのは,Long COVIDの中核症状のひとつの疲労が,もともと感染していたEBウイルス再活性化と密接な関連があったこと,SARS-CoV-2ウイルスは脳内でも特定の部位(眼窩前頭皮質,延髄,中脳黒質!など)を侵すことが分かってきたこと,そして頭蓋内ではACE-2を発現する周皮細胞が標的となり虚血性障害が生じることです.EBウイルス持続感染と多発性硬化症の関連が話題になっていますが,神経疾患の発症リスク因子としてのCOVID-19持続感染はおそらく今後の重要なテーマになっていくのではないかと思います.

◆Long COVID発症の4大メカニズム.
Long COVIDの原因はウイルスの持続感染,感染によって引き起こされた自己免疫,EBウイルスなどの潜在ウイルスの再活性化,炎症によって引き起こされた組織の機能障害が有力である(図1).ある臓器における局所的な炎症反応は,離れた組織や臓器に持続的な変化を引き起こす可能性が指摘されている.例えばマウスモデルでは感染ウイルスが1週間以内に検出されなくなる呼吸器感染であっても,感染後7週間までミクログリアの活性化やオリゴデンドロサイトの損失,髄鞘の減少など中枢神経における長期の変化を引き起こす.これら以外にも,微小血栓の形成,血小板活性化,コルチゾール減少,ミトコンドリア機能障害などが報告されている.
Lancet Infect Dis. Feb 14, 2023.(doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00053-1)



◆COVID罹患後に再活性化するウイルスの種類によりlong COVIDへの影響や症状が異なる.
COVID-19感染歴のある成人280人において,EBウイルス(EBV)とCMウイルス(CMV)の再活性化が及ぼす影響について検討した研究が米国から報告された.最初の診断から4カ月後の疲労や認知機能障害などのlong COVID症状は,最近のEBV再活性化(早期抗原拡散IgG陽性)や高いEBNA IgGレベルと独立して関連していた(図2).また最近のEBV再活性化(早期抗原拡散IgG陽性)は,疲労と最も強く関連していた(OR 2.12).HIV感染も認知機能障害と独立して関連していた(2.5).逆に血清学的にCMV感染の既往を認める場合,認知機能障害を呈する可能性は低下した(0.52).以上より,慢性ウイルス重複感染は,その種類によってlong COVIDに及ぼす影響が異なることが示された.
J Clin Invest. 2023 Feb 1;133(3):e163669.(doi.org/10.1172/JCI163669)



◆ヒト剖検脳の検討でSARS-CoV-2ウイルスは延髄と中脳の一部に感染・炎症をきたす.
肺炎や呼吸不全で死亡したCOVID-19患者24人と対照18人の神経病理学的変化について検討した研究がイタリアから報告された.広範な神経病理学的変化のほかに,SARS-CoV-2ウイルス免疫反応性ニューロンを延髄背側と黒質に認める5人の患者が存在した.ウイルスRNAもリアルタイムRT-PCRで検出された.つまり頻度は高くないものの,SARS-CoV-2ウイルスが中枢神経系の特定の部位,特に延髄の迷走神経核および中脳の黒質に感染する可能性が示唆された.また活性化ミクログリアの定量化を行いheatmap化すると,脳幹内でも延髄と中脳の一部分でミクログリアの密度が増加していた(図3).以上の結果は,SARS-CoV-2ウイルスの神経への侵襲性を支持するとともに,脳幹の炎症の意義が注目される.とくに黒質における感染所見を重視すると,COVID-19に伴う神経炎症がパーキンソン病を誘発または悪化させる可能性を真剣に検討すべきである.
npj Parkinsons Dis. 9, 25 (2023).(doi.org/10.1038/s41531-023-00467-3)



◆COVID-19は特定の脳機能領域に萎縮を引き起こす.
COVID-19が脳に影響を及ぼす部位を,メンデルランダム化解析を用いて検討した研究が中国から報告された.COVID-19の表現型に関するGWASデータ(COVID-19 2万8900人,対照325万1161人)をexposureとし,脳構造に関するGWASデータ(皮質の厚さと表面積5万1665人,皮質下構造体積3万717人)をoutcomeとした.この結果,表現型は尾側中前頭回における皮質厚の減少と関連していた(β = -0.004, p = 0.041)(図4).入院中の表現型は,外側眼窩前頭回(β = -0.005, p = 0.033)および吻側中前頭回(β = -0.002, p = 0.003)の皮質厚の減少と,中側頭回(β = -10.886, p = 0.027)の皮層表面積減少と関連した.これらの因果関係は重症例でも確認された.さらに重症例は楔部の皮質厚の減少(β = -0.002, p = 0.017),pericalcarineの皮質表面積の減少(β = -2.663, p = 0.049), 上頭頂回(β = -5.631, p = 0.041), 海馬傍回(β = -0.147, p = 0.03), および海馬の体積減少(β = -15.913, p = 0.002) であった. COVID-19では特定の脳機能領域に萎縮を引き起こす可能性が示唆された.
Lancet preprint(dx.doi.org/10.2139/ssrn.4356797)



◆SARS-CoV-2ウイルスは脳血管の周皮細胞に感染し虚血性障害を招く.
SARS-CoV-2ウイルスの脳血管への影響について分かりやすい図があったので紹介したい.ウイルス受容体ACE-2は,大脳皮質の神経細胞にはほとんど存在せず,小血管径を調節する周皮細胞(ペリサイト)に多く発現している.Ang-IIはAT1Rを介して強力に血管を収縮させるペプチドであるが,同時にAT2RのシグナルとAng-IIからACE-2を介したAng-(1-7)への変換によるMasRシグナルにより制御されている(図5).しかしSARS-CoV-2ウイルスが周皮細胞に感染するとACE-2が内在化し,細胞膜での発現が減少し,小血管の収縮が生じてしまう,このため脳は虚血性障害にさらされる.この変化はAT1R拮抗薬のロサルタンでブロックされる.ただしこれは急性期の研究であり,ウイルスへの曝露が脳血管系に及ぼす長期的な影響.つまり認知症等の一因となる可能性についてはまだ不明である.
Brain. 2023 Feb 13;146(2):418-420.(doi.org/10.1093/brain/awac481)



◆COVID-19を認める虚血性脳卒中では血行再建治療後の頭蓋内出血の合併率が高く臨床転帰が悪い.
COVID-19合併急性虚血性脳卒中(AIS)における血行再建治療の安全性と転帰を評価した後方視的国際研究Global COVID-19 Stroke Registryが報告された.計1万5128人の対象患者のうち,853人(5.6%)がCOVID-19であった.5848人(38.7%)が静脈内血栓溶解療法(IVT)のみ,9280人(61.3%)が血管内治療(EVT)(IVTの有無を問わない)を受けていた.COVID-19患者で治療後,症候性脳出血(SICH)(調整後OR 1.53),症候性くも膜下出血(SSAH)(1.80),SICHとSSAH併発(1.56),24時間死亡率(2.47),3ヶ月死亡率(1.88)であった(図6).3ヵ月後のmodified Rankinスコアも不良であった(1.42).以上よりCOVID-19患者では,血行再建治療後の頭蓋内出血の合併率が高く,転帰も不良である.
Neurology. 2023 Feb 14;100(7):e739-e750.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000201537)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

SCA50 -新たな重要な鑑別診断?発作性の運動失調に要注意-

2023年02月21日 | 脊髄小脳変性症
SCA50と名付けられた常染色体顕性の脊髄小脳変性症が報告されました.私が入局した頃はまだ脊髄小脳失調症2型(SCA2)の遺伝子も未同定でしたので隔世の感があります.また教室のみんなは驚くかもしれませんが,私は大学院生のころ遺伝子解析を行っていて,小出玲爾先生(現自治医大学教授)とともに,のちにSCA17と呼ばれる疾患を発見したことがあります.久しぶりに当時を思い出しました.Hum Mol Genet. 1999;8:2047-53.

それはさておきSCA50ですが,遅発性小脳失調症(late-onset cerebellar ataxia;LOCA)の一つです.LOCAは30歳以降に発症する小脳症候群です.遺伝子解析では75%近くが陰性です.原因として,孤発性ないし自己免疫学性の小脳性運動失調症が含まれることや,標準的な次世代シーケンサーによる解析では,タンデムリピート伸長などの特定の配列変異の同定に限界があることが考えられています.

さて昨年末に,マギル大学とマイアミ大学の研究チームは,フランス系カナダ人の3つのLOCA大家系のうち6人に新たな遺伝子変異を同定しました.それは線維芽細胞成長因子14をコードするFGF14遺伝子(染色体13q33上)の第1イントロンの深部に存在するGAAリピートで,少なくとも250リピートが発症の閾値でした.ちなみにFGF14遺伝子のヘテロ接合点突然変異はSCA27Aの原因遺伝子として知られています.このため本疾患はOMIMではSCA50ではなく,SCA27B(# 620174)として登録されています.

遺伝子変異に関して,250~300リピートは病原性をもつものの(pathogenic)不完全浸透で,300リピート以上で完全浸透となります.また250~300リピートは健常対照でも認めています(図左上).また世代間のリピート数の変化に関して,女性の生殖細胞では伸長し,男性の生殖細胞では短縮することが示されています(図左下).研究チームは,さまざまな人種のコホートでも検討を行い,変異の頻度はフランス系カナダ人LOCAの61%に対し,ドイツ人患者の18%,オーストラリア人患者の15%,インド人患者の10%と異なることを確認しました.結果的に合計128人のSCA50患者を見出しました.



このうち122名について臨床像が検討されました.運動失調は46%の患者において,発症時に発作性(episodic)でした.発作性症状は複視,めまい,構音障害,四肢・体幹失調がさまざまな組み合わせで生じ,数分から数日持続しました.アルコールと運動が誘因です.発症年齢は,発作性症状が55歳(30〜87歳),進行性運動失調が59歳(30〜88歳)でした.下向き眼振は42%,注視方向性水平眼振は55%に認めました.姿勢時振戦は18名,めまいは33名,痙性は9名に認められました.RFC1遺伝子変異を思わせるvestibular areflexiaは5名,軽度の軸索型末梢神経障害は7名に認められました(中核症状ではありませんでした).画像検査では小脳萎縮を74%に認めました.ちなみにRafehiらも28症例を報告し,GAAリピートは270~450,発症年齢は50~77歳(一部40代)で,臨床所見はほぼ同じですが,自律神経障害や難聴が認められました.発症年齢とリピート伸長に逆相関を認めました.

元の文献に戻ると,剖検2例の検索ではプルキンエ細胞の広範な喪失を伴う小脳の萎縮が認められ,虫部で顕著でした(図右).分子層ではグリオーシス,顆粒細胞層では細胞数は減少していました.ヒト小脳とiPSC由来の運動ニューロンでは,FGF14のRNAとタンパク質の発現量が減少していました.つまりイントロンGAAリピート伸長がFGF14の転写を抑制している可能性が示唆されました.著者らは本疾患が一種のchannelopathyである可能性を考えており,発作性症状も説明がつくと推測しています.

おそらく本邦でも孤発性小脳性運動失調症において本疾患が報告されはじめると推測されます.CCAやIDCAと臨床診断される症例では,RFC1遺伝子やFGF14遺伝子を含めた遺伝子変異を行い,さらに既知の自己免疫性小脳性運動失調症をきたす自己抗体の有無を判定するということが今後,求められるようになると思います.現在,つぎつぎに小脳性運動失調症をきたす自己抗体が同定されていますが,遺伝子がどんどん同定された当時を思い起こさせます.

Pellerin D, et al. Deep Intronic FGF14 GAA Repeat Expansion in Late-Onset Cerebellar Ataxia. N Engl J Med. 2023;388:128-141.
Rafehi H, et al. An intronic GAA repeat expansion in FGF14 causes the autosomal-dominant adult-onset ataxia SCA50/ATX-FGF14. Am J Hum Genet. 2023;110:105-119.



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

機能性ジストニアの診察 ―3つのポイント―

2023年02月17日 | 運動異常症
ジストニアとはおもに持続的筋収縮により生じる肢位の異常を指します.器質性と機能性(心因性)の両方の原因で生じます.カンファレンスで,機能性ジストニアを診るポイントを解説しました.

【まず病歴は重要】
軽い外傷や手術後の発症,発症前の心理的ストレス,突然の発症,思春期・成人期の発症,急激な進行と激しい症状の変動,寛解した時期があること,激しい痛みを伴うこと(頸部は除く)は参考になります.見られていないときに改善すること,偽薬や暗示等に顕著な反応があること,そして感覚トリックがないことも挙げられます.そのほか,自傷行為の既往,うつ病・不安障害などの精神疾患,過去の虐待,疾病利得の存在も確認します.

【診察:固定ジストニアか?】
器質性ジストニアはその程度や肢位がある程度,変動します.この変動がなく,ずっと同じ肢位のままであるのが固定ジストニア(fixed dystonia)です.この場合,機能性ジストニアの可能性が高くなります.ただし機能性ジストニア以外にも,固定ジストニアは大脳皮質基底核症候群,Stiff-limb syndrome,外傷後の複合性局所疼痛症候群(CRPS)等でも認められるため,これらの除外は必要です.しかし多くの場合は容易に除外できます.

【診察:典型的パターンか?】
機能性ジストニアでは典型的パターンが存在しますので確認します(図).Aは手指のジストニアですが,物をつまむためのⅠ,Ⅱ指の機能(pinch)は保たれる傾向があります.Bは痙性斜頸ですが,注目すべきは肩で,頸部ジストニアと同側の肩は挙上し,対側の肩は低下します.Cは足部の機能性ジストニアの典型パターンです.Dは顔面ジストニアですが,口唇と顎が偏位し,同側の広頸筋の緊張を認めます.



【診察:distractionとattentionでどうなるか?】
診察できわめて重要なポイントは注意を逸らす(distraction)と改善し,注意を向ける(attention)と悪化することを証明することです.そのためのコツですが,例えば上肢にジストニアを認める場合,問診も診察も上肢については最後にし,なるべくその他の部位から行い,上肢への注意を逸します.その間の上肢のジストニアの状況をよく観察します.最後に上肢の問診や診察に移り,注目が行くことで,ジストニアが徐々に悪化することを確認します.

【診察:その他の徴候】
最後にジストニア以外の機能性運動障害・麻痺・感覚障害等の存在も参考になります.

Schmerler DA, Espay AJ. Handbook of Clinical Neurology. 139, 235-245, 2016

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月13日);ウイルス感染症は神経変性疾患の引き金となる!    

2023年02月13日 | COVID-19
今回のキーワードは,ウイルス感染症はアルツハイマー病やALSなど神経変性疾患発症の引き金となる,swabサンプルで評価したウイルスの持続感染はlong COVIDと関連がある,Long COVID患者に見出されたウイルス特異的T細胞の残存は,隠れたウイルスリザーバーの存在を示唆する,血液脳関門の破綻はlong COVIDにおける神経障害の出現に寄与する,long COVID発症の危険因子は急性期の重症度,併存疾患,ワクチン未接種である,COVID-19患者の脳梗塞の血栓内にスパイクタンパクがフィブリンとともに認められた,小児における中枢神経系へのSARS-CoV-2ウイルス侵入が初めて報告された,です.

3月13日から「脱マスク」との報道がされています.しかしウイルスが変わったわけではなく,第8波では過去最高の死者数が記録されています.5類への変更や「脱マスク」は高齢者や基礎疾患を持つひとをより多くの危険に晒すことが容易に推測できます.神戸女学院大の内田樹名誉教授は「自己防衛できない人が亡くなってもそれは自己責任だというメッセージを政治が先導していると解釈される.この政策転換は,生産性がない人,行政コストに負荷をかける人は公的支援を期待すべきではないと公然と口にする人たちが世論形成にかかわってきたことと符合する」と述べています(東京新聞2023年1月26日).弱者こそ優先的に配慮されるべきという人としての優しさを大事にすれば「脱マスク」を急ぐ必要などないと思います.また最初の論文で紹介するように,ウイルス感染はアルツハイマー病やALSのような神経変性疾患を発症するリスクを大幅に上昇させることが初めて示され,大変驚きましたが,その威力はCOVID-19が最強と推測されます.いい加減な情報に惑わされず,正しい情報を知り,脳を守るために感染予防を続ける必要があります.

◆ウイルス感染症はアルツハイマー病やALSなど神経変性疾患発症の引き金となる.
SARS-CoV-2ウイルス感染による脳への障害に関する不安が高まっていることから,ウイルス感染が神経変性疾患を発症するリスクについて検討した研究が米国から報告された.解析には30万人規模のデータを含むフィンランドのバイオバンクFinnGenを使用し,その結果は50万人規模の英国のバイオバンクUK Biobankにて確認した.この研究ではCOVID-19は含まれていないが,神経変性疾患のリスク増加と有意に関連する45のウイルス感染が同定され,そのうち22が2つのバイオバンクで確認された.もっとも関連が強かったのは,ウイルス性脳炎とアルツハイマー病であった(ハザード比30.72および22.06!!)(図1).



インフルエンザ肺炎も5つの神経疾患(アルツハイマー病,ALS,認知症,パーキンソン病,血管性認知症)と有意に関連を認めた(英国データでALS発症は約8倍になる!).一部の感染は,感染後15年まで神経変性疾患のリスク上昇と関連していた.以上より,COVID-19を除いてもウイルス感染は神経変性疾患や認知症をきたす.直接,神経変性疾患を引き起こすというより,潜在的な病理変化をみとめる人で進行が促進されるのかもしれない.既報を併せ考えると,神経向性をもつSARS-CoV-2ウイルスによるCOVID-19ではよりリスクは高くなると考えられる.→ 昨年,インフルエンザワクチンの接種はアルツハイマー病のリスクを低下させることが報告されているが(J Alzheimers Dis. 2022;88:1061-1074)(図2),ウイルス感染症に対するワクチン接種は神経疾患予防の重要な戦略になると考えられる.
Neuron. 2023 Jan 11:S0896-6273(22)01147-3.(doi.org/10.1016/j.neuron.2022.12.029)



◆swabサンプルで評価したウイルスの持続感染はlong COVIDと関連がある.
英国からの研究で,10万以上の咽頭ぬぐい液等のswabサンプルから30日以上持続感染する381人の感染者を見出し,うち54人は60日以上持続していることを確認した.これらの持続感染者は,非持続の感染者と比較して,long COVIDを申告する確率が50%以上高かった.計算上,感染者の0.09〜0.5%が,少なくとも60日間持続するものと推定された.持続感染の70%近くでは,ウイルス配列のコンセンサス変化がない期間が長く,非複製ウイルスが長期にわたって認められることと一致した.また,同じ系統のウイルスに再感染することはまれであり,多くの持続感染症は,ウイルス動態の再燃によることが示唆された.
medRxic Jan 30, 2023.(doi.org/10.1101/2023.01.29.23285160)

◆Long COVID患者に見出されたウイルス特異的T細胞の残存は,隠れたウイルスリザーバーの存在を示唆する.
米国から,呼吸器後遺症(肺性PASC)と完全回復した感染者において,SARS-CoV-2ウイルス特異的T細胞を比較した研究が報告された.肺性PASCでは,末梢血中のIFN-γおよびTNF-α産生SARS-CoV-2特異的CD4+/CD8+ T細胞の頻度が6〜105倍高く,血漿CRPおよびIL-6のレベルが上昇していた. 肺性PASCでは,TNF-α産生SARS-CoV-2特異的CD4+およびCD8+ T細胞は活発に分裂しており,かつ血漿IL-6と正の相関があり,肺機能(FEV1.0)と負の相関を認めた(図3).つまり,肺性PASCにおけるSARS-CoV-2特異的T細胞の頻度上昇は,全身性炎症の増加および肺機能の低下と関連しており,long COVIDの機序に関与することが示唆された.→ Long COVID患者で多くのウイルス特異的T細胞が残存することは,隠れたウイルスリザーバーが存在して症状を長期化させていることを示唆する.
PLoS Pathog. 2022 May 26;18(5):e1010359.(doi.org/10.1371/journal.ppat.1010359)



◆血液脳関門の破綻はlong COVIDにおける神経障害の出現に寄与する.
アイルランドからlong COVIDにおける血液脳関門(BBB)機能を検討した研究が報告された.long COVID患者32名のdynamic contrast-enhanced MRIの検討で,前頭葉,後頭葉,側頭葉を含む領域でBBB透過性の上昇を認め,神経障害を呈する患者では全脳容積および白質容積の減少と相関していた(図4).神経障害を呈する患者では,GFAP,TGFβ,IL8などの血液バイオマーカーが上昇し,とくにTGFβ値はBBB透過性および脳の構造的変化と相関していた.Long COVID患者から分離した末梢血単核細胞は,IFNA/G mRNAを含む炎症マーカーの持続的な発現亢進を示し,in vitroでヒト脳内皮細胞への接着も増加していた.最後に,内皮細胞にlong COVID患者由来の血清を暴露させると,ICAM-1,VCAM-1およびTNFが増加した.以上より,全身性炎症とBBB破綻が,long COVIDに伴う神経障害の発症に関与すると考えられた.
Research Square, Jan 23, 2023(doi.org/10.21203/rs.3.rs-2069710/v2)



◆long COVID発症の危険因子は急性期の重症度,併存疾患,ワクチン未接種である.
米軍医療システムを用いてlong COVIDの危険因子を検討した研究が報告された.1832人のうち728人(39.7%)が,28日以上症状が持続した.28日以上症状が持続するリスクは,感染前のワクチン未接種(リスク比[RR],1.39),初診時中等症または重症(RR,1.80および2.25),そして併存疾患をスコア化したCharlson Comorbidity Index スコアが5 以上と高いことと関連した(RR,1.55).ワクチン未接種者では,感染後のワクチン接種が,6 ヵ月後に症状を呈するリスクを41%低下させた(RR,0.59).
JAMA Netw Open. 2023 Jan 3;6(1):e2251360.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2022.51360)

◆COVID-19患者の脳梗塞の血栓内にスパイクタンパクがフィブリンとともに認められた.
機械的血栓回収術を受けたCOVID-19陽性脳梗塞患者12例と対照12例の血栓を金標識ポリクローナルSARS-CoV-2 S1サブユニット抗体を使用し,透過電子顕微鏡を用いて観察した.COVID-19陽性患者では血栓内にSARS-CoV-2スパイク蛋白が認められ,それはフィブリンと関連して観察された(図5).高倍率視野あたりの免疫金粒子の定量でも COVID-19陽性患者では対照と比べ有意に高値であった(p=0.0043).SARS-CoV-2スパイク蛋白が血栓内に存在することから,脳卒中の発症にウイルス成分が直接関連する可能性を検討する必要がある.
ISC2023 Late-Breaking Science Posters. Stroke Clots From Covid-19 Patients Harbor Sars-cov-2 Spike Protein In Association With Fibrin



◆小児における中枢神経系へのSARS-CoV-2ウイルス侵入が初めて報告された.
脳脊髄液におけるSARS-CoV-2ウイルスPCRが陽性であった小児2症例が初めて報告された.36か月女児は発熱,下痢,軽度の左室機能障害に加え,奇異な運動異常症を呈した.5か月男児は発熱,下痢,脱水,斑状皮疹,2回のけいれん発作を呈した.いずれも4日間集中治療室に入院し,10日後に無事退院した.小児においてSARS-CoV-2ウイルスには神経向性を有することが示された.
BMC Pediatr 23, 49 (2023).(doi.org/10.1186/s12887-022-03806-0)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カラフルだった城郭視(teichopsia)ー片頭痛における歴史的意義ー

2023年02月11日 | 頭痛や痛み
閃輝暗点は片頭痛の前兆で,視野にギザギザ模様の光の波が現れ,徐々に広がり,その場所が見えなくなる現象です.私は片頭痛の講義で閃輝暗点を教える際,どこかから引用したモノクロの図を使用してきました.ところが岩田誠先生による「片頭痛の視覚前兆―その歴史的展開―(日本頭痛学会誌48:549-52, 2022)」を拝読し,そのなかにオリジナルの図をみつけて,赤・青・黄・緑・オレンジととてもカラフルであることを知って仰天しました.さらに図の歴史的意義についても初めて学びました.左図は岩田先生が有り難くもお送りくださったものですが,1873年,英国の医師Edward Liveingの著書に掲載されたものだと伺いました.


図の説明:
1-4:左城壁視の初期の像.見ている部位の直ぐ側から始まる.Oの文字が見ている場所を指す.
5-8:同様の左城壁視の初期の像.見ている部位の左下方から始まった場合.
9:完全に出来上がった左城壁視.δ 2つ目の発作の開始.しかし対側に生じない限り完全に出来上がることはない.

この図を書いたHubert Airy(1838-1903;図)先生は,ケンブリッジ大学で学ぶ31歳の英国人医師で,ご自身が片頭痛患者でした.発症後の16年間で100回以上,この現象を経験しました.かならずしも色がついていたわけではなかったそうです.天文学者として有名な父George Airy卿も,頭痛はなかったものの同じ現象を経験していました.Hubert Airyはこの現象を論文「on a distinct form of Transient Hemiopsia (1870)」にまとめ,まずtransient hemiopsiaという新語を用いました.しかし表現が不正確,不十分であると考えteichopsia(城郭視)という新語をさらに提唱しました.一種のメタファーであり,ギリシア語の「町の壁」と「視覚」に由来する造語です.詳しくは岩田先生の総説に解説されていますが,「町の壁」はVauban型城郭(日本では函館の五稜郭や佐久の龍岡城)を上から見た形,つまり要塞のように角張っている形に似ていることに由来しています.そしてAiry先生は「病巣を推測する以上のことは現在のところ不可能である」としながらも「視交叉の後方のどこかにあるはずだ」とし,眼自体の異常ではなく,脳の異常と考えました.これは当時として画期的な考察であったと思います.


図の説明:Hubert Airyと兄のWilfrid Airy

その後,この図は多くの医学者に使用されることになります.1873年には前述のようにEdward Livingが著書のなかで,Thomas Willis(Willis 輪のWillis先生です)による「片頭痛血管説」に反論する際に用いています.またJean-Martin Charcotも1887年の火曜講義のなかで言及しています.William Oslerの教科書「医学の原理と実際(1892)」のなかにも記載されています.さらに広く使われるようになったのは神経学者William Gowersのためと言われています.Teichopsiaはその後,auraや拡延性抑制の概念に発展していきます.次回の学生講義では,この図の歴史とその意義についてもきちんと話してあげたいと思います.

Weatherall MW. From "Transient Hemiopsia" to Migraine Aura. Vision (Basel). 2021;5:54. doi.org/10.3390/vision5040054.

Lepore FE. Dr. Airy's "morbid affection of the eyesight": lessons from Teichopsia Circa 1870. J Neuroophthalmol. 2014;34:311-4. doi.org/10.1097/WNO.0000000000000133.

Eadie MJ. Hubert Airy, contemporary men of science and the migraine aura. J R Coll Physicians Edinb. 2009;39:263-7.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

多系統萎縮症の新診断基準と注意すべき3つの鑑別診断

2023年02月08日 | 脊髄小脳変性症
Brain Nerve誌の2月号において「多系統萎縮症の新診断基準とこれからの診療」を企画し,私も「Movement Disorder Societyによる多系統萎縮症診断基準──改訂のポイントと注意点」という総説を執筆しました.ぜひご活用いただければと思います.

注目すべき改訂のポイントのひとつに「自律神経障害を欠いても,clinical probable MSAと診断できる点」が挙げられます.いままでMSAと診断されなかった患者を拾い上げることができますが,反面,今まで以上にMSA mimicsと呼ばれる疾患を十分に鑑別する必要が生じます.

【注目すべきMSA mimics】
具体的には以下の3つのmimicsに注目する必要があります.
①imaging mimics(hot cross bun sign: HCBS/MCP sign/putaminal rim signを呈する疾患)
HCBSは,診断基準の項目に残りましたが,疾患特異的所見でないことを認識する必要があります.詳細はこちらのブログをご参照ください.

②免疫介在性小脳失調症+パーキンソニズム
文献を渉猟すると,傍腫瘍性(乳がん,精巣腫瘍,胸腺腫瘍→Ri, Hu,amphiphysin,ITPR1)と非傍腫瘍性(=自己免疫性)の報告があります(amphiphysin,Caspr2,GAD65, Homer-3, NAEで複数報告があり,CV2/CRMP5, GlyR, LGI1, Ma2でも生じる).近年,細胞表面抗原に対する抗神経抗体が次々報告され,これに伴い免疫介在性(=傍腫瘍性+自己免疫性)MSA mimicsの報告が増加しています.治療可能であるため以下のような症例では疑って除外する必要があります.

急速進行性である場合.
非典型的な症候を呈する場合.
腫瘍を合併する場合.
顕著な体重減少を呈する場合.
脳脊髄液検査で細胞増多,蛋白上昇,OCBを認める場合.
典型的画像所見を認めない場合,もしくはHCBが進行とともに不明瞭化する場合.

③クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)
(a) MV2(失調型)
(b) 4オクタペプチドリピートの挿入変異

感染防止という意味で,CJDの適切な診断は極めて重要になります.

【MSAに類似するCJDの報告】
最新号のMov Disord Clin Practに米国Mayo Clinicからの報告として,ブレインバンクにMSAとして登録されたものの,病理診断がCJDであった2症例が議論されています.症例1は55歳男性,6ヶ月の経過で起立性低血圧,パーキンソニズム,小脳性運動失調症,記憶障害を呈しました.頭部MRIでは顕著な萎縮や拡散強調画像で高信号病変なし.症例2は65歳男性,5年前から小脳性運動失調,パーキンソニズム,認知機能障害を停止,その2年前から夢内容に一致したパラソムニアを認めました.家族歴に父のパーキンソン病と,いとこのレビー小体型認知症を認めます.
症例1,2とも病理学的にCJDでした.症例1では小脳にKuru-like plaqueを,症例2では小脳分子層のシナプスにプリオン蛋白の沈着を認めています.症例1はMV2(失調型),症例2はgenetic CJDで,PRNP遺伝子に4オクタペプチドリピートの挿入を認めています.オクタペプチドリピートの挿入は5回以上だと発症年齢が37.9歳と弱年齢化しますが,1~4回では64.4歳で,かつ家族歴を認めないこともあり,浸透率が低下すると考えられています.
Nicholas B et al. Mov Disord Clin Pract. Jan 06, 2023(doi.org/10.1002/mdc3.13654)



最近,本邦でも同様の症例が報告されています(堂園美香ら.臨床神経2021:61:314-8).60歳から物忘れ,歩行障害,動作緩慢,四肢の粗大な振戦を認め,パーキンソン病ないしMSAと診断されましたが,最終的にPRPN遺伝子の4オクタペプチドリピートの挿入が明らかになりました.ミオクローヌスなし,脳波でPSDなし,拡散強調画像で大脳皮質の高信号病変なしで,CJDを疑って14-3-3蛋白やRT-QuICを思考しないと病初期の診断は難しいものと考えられます.

以上より,臨床的にMSAが示唆される場合でも,進行が急速であったり,長期間自律神経障害がないなど臨床像が非典型的である場合,CJDも含め十分な鑑別診断を行う必要があります.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする