Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

SCA2の発症年齢に影響を及ぼす因子

2005年09月29日 | 脊髄小脳変性症
 今年3月31日に,遺伝性脊髄小脳変性症の発症年齢に影響を与える因子について記載したが,SAC2をモデルとした新たな研究が報告された.具体的にはどういうことかというと,いわゆるCAG repeat病(ポリグルタミン病)の発症にCAG repeat数が影響を与えることは有名な話であるが,発症年齢とrepeat数の相関を調べた際の決定係数(coefficient of determination;重相関係数Rの2乗.独立変数が従属変数のどれくらいを説明できるかを表す値.決定係数の値が高いということは,得られた重回帰式の予測能力が高いことを意味する)を検討すると,CAG repeat数のみで発症年齢のすべてを予測できるわけではなく,つまり,それ以外の修飾因子の存在が疑われる訳である.例えばHuntington病では,GluR6遺伝子のpolymorphismが発症年齢の修飾因子であることが知られているし(PNAS 94:3872-6, 1997),以前紹介したCAG repeat病の発症年齢修飾因子に関する研究(Ann Neurol 57; 505-512, 2005)では,MJDとSCA6ではCAG repeat数が発症年齢に及ぼす影響は他の疾患より低く(具体的にはSCA1, SCA2, MJD, SCA6, SCA7のR2は,順に0.66, 0.73, 0.45, 0.44, 0.75),何らかの影響因子(遺伝因子もしくは環境因子)の存在が示唆されている.
 さて今回,CubaのSCA2 148名(57同胞)を対象として,発症年齢に影響を及ぼす遺伝的因子が検討された.仮説としては,9つ知られているCAG repeat病のうち,SAC2をのぞく他の8疾患(SCA1, MJD, SCA6, SCA7, SCA17, DRPLA, HD, SBMA)のCAG repeat長(2つ存在するものの長いほう)が発症年齢に影響を及ぼす可能性を考えている.結果としてSAC2におけるCAG repeat数の決定係数は57%であり,variance-components analysisを行うと,残りの影響因子のうち55%は遺伝的要因であることを明らかにした.さらにSCA6の原因遺伝子であるCACNA1Aの長いほうのCAG repeat数が,有意にSCA2の発症年齢に影響を及ぼすことを示した(その決定係数は5.8%).
CACNA1Aはプルキンエ細胞に高発現するCa-channelであり,P/Q currentとcomplex spike形成に重要である.また興味深いことにataxin-2は細胞質に局在する蛋白であるが,CACNA1Aも同じく細胞質蛋白(膜蛋白)であり(その他の原因遺伝子産物はみな核蛋白),細胞内局在の一致は何らかの意味があるのかもしれない.さらに著者らはpreliminary dataとしてSCA2剖検脳の細胞質aggregateにCACNA1Aがco-localizeすることをdiscussion内で述べている.以上より,理論的にもSCA6のCAG repeatがSCA2の発症に影響を及ぼしてもおかしくはないというdiscussionである.
 ただこの研究結果がどのように臨床的に役に立つのかはよく分からないので(例えば,SCA2発症年齢の予測にataxin 2とCACNA1Aのrepeat数の両者を用いた予測式を使うぐらいだろうか),Brainに載るほどの論文なのかなという気がしなくもない.SCA2研究では有名なPulst自身が第一著者であり,偉い先生にもかかわらず自ら論文を書くあたりは「さすがだなあ」と感心したが・・・

Brain 128; 2297-2303, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカではどんな薬剤が宣伝されているか?

2005年09月27日 | 医学と医療
Neurology誌を開いても読む気が起きず,ぼうっと宣伝を眺めていた.結構,薬の宣伝は多いのだが,改めて読んでみると知らない薬ばかり.試しにどんな薬が宣伝されているのかチェックしてみる.
A. 抗てんかん薬
Lamictal(lamotrigine);部分発作に使用される.効果はカルバマゼピンと同等であり,副作用が少なく,薬物途中中止例も少ないが,その薬価は約10倍高い.
Keppra (levetiracetam);成人部分発作の補助療法に使われる薬で,MSの有痛性痙攣にも聞くという報告があるが,今回,4歳以上の小児の部分発作に対する補助療法という適応が追加されたことを宣伝している.
Trileptal(oxcarbazepine);部分発作,単剤使用可.
Dilantin(extended phenytoin sodium capsule)
Zonegran(zonisamide cassule)

B. 抗パ剤
Requip(Ropinirol HCl);Dopamine agonist.欧米を中心に使用されている2番目の非麦角アルカロイドD2受容体作動薬(日本では再試験が行われる段階とのこと).しかしここでは,抗パ剤ではなく,最近,FDAに承認されたレッグス症候群(RLS)の治療薬として宣伝されている.
Zelapar(selegiline HCl);抗パ剤selegiline(MAO-B阻害剤)の口腔内崩壊錠.
Mirapex(pramipexole);Dopamine agonist.日本のビ・シフロールと同じ.

C. MS
Copaxone(glatiramaer acetate);Selective MHC class II modulator.
Rebif(IFNb-1a)
AVONEX(IFNb-1a)

D. 痴呆
Namenda(memantine HCl);抗痴呆薬.NMDA-receptor antagonist.

E. トリプタン
Frova(frovatriptan succinate);月経期の片頭痛(menstrual migraine)にも有効性が示されている点が売り(ちなみに宣伝しているのは女子テニスのSerene Williams).
Relpax(eletriptan HBr)
Zomig nasal spray(zolmitriptan)

F. 睡眠
Rozerem(ramelteon);今年7月にFDAに承認された.睡眠薬としては初の非指定薬物であり,投与期間制限なしで使用できる.というのもメラトニン類似物質で,他の薬物とは違って依存を引き起こさないため.
Lunesta(eszopiclone);ベンゾジアゼピン様薬剤.非benzodiazepine系,比較的安全で,耐性,乱用,依存の可能性が低いらしい.

G. その他
Concerta(methylphenidate HCl);リタリンのこと.うつ病や抑うつ神経症,ナルコレプシーで使用されるが, ADHD(注意欠陥多動性障害)に対してもFDAが承認した.
Combunox(Oxycodone HCl and Ibuprofen);鎮痛薬.Oxycodone(オピオイド受容体に作用し,モルヒネと類似の薬理作用を発揮)とイブプロフェンの合剤.中等度~重度の急性の痛みの治療薬として昨年11月FDAに承認された.
Cymbalta(duloxetine HCl);セロトニンとノルエピネフリンの再取り込み阻害剤だが,抗鬱薬としてのみでなく,糖尿病性ニューロパチーの疼痛緩和薬として承認された.
Plavix(clopidogrel bisulfate);抗血小板薬.アスピリンに比べ,心筋梗塞や虚血性脳卒中を最近発症した人や,末梢性動脈疾患のある人に対し,主なアテローム性血栓イベントの予防効果が高いことが分かっている.
Zavesca(miglustat);ゴーシェ病(glucocerebrosidase欠損症→glycosphingolipid蓄積→脾・肝・骨・神経障害など)治療薬.glycosphingolipidの合成に関わるglucosylceramide synthaseの阻害剤.glycosphingolipidの合成を抑制する.

いつもの通り,日本の薬剤承認制度の文句になってしまうが,あまりに日本で使えない薬が多い(それにしてもゴーシェ病の薬には驚いた).あと広告を見て思ったのは,効能より副作用の記載が目だつ宣伝が多くて驚いた.でもこの辺はむしろ好感を持った.

Neurology 65;September 13, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

てんかん発作の診断補助としての血清プロラクチン測定

2005年09月17日 | てんかん
 一般にてんかん発作は,病歴と身体所見だけで患者の85%が診断できるとも言われるが,実際には難しいものである.例えばてんかんと鑑別が必要な疾患として,急性症候性けいれん,失神発作(血管迷走神経性失神),偽性てんかん発作(心因性非てんかん発作,ヒステリー性てんかん発作とも呼ばれる;女性,幼児期性的虐待,性的不適応や鬱・不安症状などが素因となる),片頭痛,一過性脳虚血発作,不随意運動,チック,夜驚症などが挙げられるが, video-EEG(ビデオ・脳波同時モニタリング)がない施設だと自信を持って診断を下すことは難しいのではないか.
その際,てんかんと他の疾患の鑑別に血清プロラクチン測定が有用だと報告されている.例えば,日本神経学会・てんかん治療ガイドラインのなかにも「偽性てんかん発作などとの鑑別のためプロラクチン定量を診断に要することもある」との記載があるが,ほんの1行のみの記載でよく分からない.調べてみるとてんかん発作後の血清プロラクチン上昇は1978年にはすでに知られており,最近の考え方では,下垂体からのプロラクチン分泌を,抑制因子(おそらくドパミン)により調節している視床下部を,さらに調節している内側側頭葉がてんかんによる影響を受け,結果としててんかん発作後に血清プロラクチン値が上昇するらしい.ただ個人的には測定したことがないし,どう用いるべきかも知らなかった.最新号のNeurologyにこの血清プロラクチン測定のてんかんの診断における意義のreviewが掲載されている(AANの小委員会からのsystematic review).
方法としては,過去の文献のreviewで396論文の中からcontrol studyをしている41編の論文を取り上げ,meta-analysisを行っている.ほとんどの論文は通常の値より2倍以上の上昇を有意な変化としている.結論として,血清プロラクチン測定はてんかん発作と偽性てんかん発作の鑑別に有効で,そのsensitivityはegneralized tonic-clonic seizure(GTC)との間で60.0%,complex-partial seizure (CP)で46.1%(specificityは両者とも96%).simple partial seizureと偽性てんかん発作との鑑別には有用でない.Tilt-test後に失神を来たした症例における検討では血清プロラクチンは上昇していた.
最終的な提言としては以下の通り.
1.発作のあと,10~20分後に正確に測定した血清プロラクチンは,GTCおよびCPと偽性てんかん発作との鑑別に有用(Level B).
2.血清プロラクチンの基礎値は発作後6時間以上経過した血清プロラクチン値で代用できる(Level B).
3.血清プロラクチンは失神とてんかん発作との鑑別には有用でない(Level B).
4.血清プロラクチンの重積発作や新生児てんかんにおける意義は不明(Level U).
どなたか血清プロラクチンをてんかんの補助診断に使ったことがある人がいたら,実際にはどんなものか教えていただけると嬉しいです.

Neurology 65; 668-675, 2005 

追伸;1週間程度,更新をお休みしす.
Comments (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Hypodense MCA sign って知ってた?

2005年09月16日 | 脳血管障害
Hyperdense MCA signは言わずと知れたearly CT signのひとつである.early CT signは脳梗塞の超早期に見られるCT異常所見であり,①hyperdense MCA sign(閉塞した中大脳動脈が高吸収域を呈する) ②脳溝消失,③島の白質と皮質の境界の不明瞭化といったものが知られている.もちろん,これらの所見が有意な所見であるかの判断は実際の臨床の場では難しい.とくにhyperdense MCA signはヘマトクリット値が高い例や動脈硬化の高度の例では類似の所見を呈することがある(ただしこれらの例では一般に両側性になる).よって反対側との比較を行うことと,臨床所見を参考にすることが重要である.
さて今回の話題はHypodense MCA sign.Hyperの間違いかなと思ってCTを見たら,確かに左MCA(M1)が黒く抜けている.この患者さんは78歳女性で僧帽弁閉鎖不全に対し,弁置換術が行われた.術後1日目に,右麻痺,失語症を呈し,CTを撮ったら,MCA領域の広範な梗塞と上記の所見が認めたというわけだ.さて何が起こったのか?
 Hounsfield Unit(いわゆるCT値)を測定してみると-25Hとfat densityであった.すなわち術中に脂肪塞栓が頭蓋内に飛んだということになる.一般に,脂肪塞栓は長管骨骨折後などに認められ,その際,肺塞栓による呼吸障害や点状出血が認められる.またVenous to Arterial shuntを認める症例では脂肪塞栓によって脳梗塞が生じたという報告はあるが, 弁置換術後に脂肪塞栓による脳梗塞が生じたという報告はかなり稀のようだ.著者らは心臓内・心臓周囲の脂肪組織,もしくは大血管のfatty atherosclerotic plaqueが脂肪塞栓として脳へ飛んだのだろうと推測している.
病態については良くは分からないが,あまり知られていないCT所見なのでここで取り上げた.腕の良くない心臓外科医と一緒に働いている神経内科医には役に立つ知識かもしれない.

Am J Neuroradiol 26; 2027-2029, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

感電する海馬

2005年09月14日 | てんかん
 イタリアからの症例報告.36年間のpartial complex seizureの既往のある52歳女性.最近になり抗てんかん薬の処方が変更になったのをきっかけに発作頻度が増え,右上肢のfocal motor seizureを来たし,lorazepamとphenytoinの静注を継続したものの,最終的にてんかん性の右麻痺,失語状態になったため,発作出現7日目に前医より転院.脳波では左半球のcontinuous sharp wave activityを認めた.転院後,気管内挿管されpropofolにて重積発作に対する治療が行われ,発作は止まった(しかし当然therapeutic coma).MRI FLAIRでは左大脳半球と島におけるswellingとhigh intensity signal.左視床や右小脳脚にも異常信号あり.造影効果なし.髄液HSV-1 PCR陰性.治療はlamotrigineとlevetiracetam.5日ほどtherapeutic comaが続き,その後,抜管.さらにpartial seizureが3日ほど続きやっと発作消失.言葉のもたつき(呼称,復唱の障害あり)を認めたが1週間後に退院した.以後4ヶ月,てんかん発作は認めなかったが,著明な記憶障害を主訴に再来院.MRIでは左海馬の著明な萎縮を認めた.
 この症例報告はてんかん重積発作後,海馬が障害をとくに受けやすい場所であることを示唆している.てんかん重積発作では神経細胞膜にあるポンプ不全が起こり,Na+流入とそれに引き続くcytotoxic edemaが生じ,さらに興奮性アミノ酸の過剰な放出,Ca++イオンの細胞内流入も起こる(Ca++流入は種々のプロテアーゼを活性化し,神経細胞死を引き起こす).著者らはこれら一連の病態をelectrocuted hippocampus(感電する海馬)と名づけた.まとめると,てんかん重積のストレスに対し,海馬は脆弱性が高く,臨床的には記憶障害を来たし,さらに病理学的には難治性partial epilepsyのtemporal lobectomyの標本で示されているようにhippocampal sclerosisを示すということになるのであろう.ちょうど全脳虚血の実験で海馬に遅発性細胞死が生じるが,その場合のカスケードと共通の病態なのではないかと思う.
 自分もかなり前に非ヘルペス性辺縁系脳炎の患者さんを担当し,てんかん重積がとまらず,やっと止まってから見たMRIで海馬がhigh signalを呈していたことがあった.そして実際に著明な記憶障害を呈した.退院後,地元に戻られたためその後の経過は分からないが,その方でも同じことが起こっていたのだと思う.いずれにしても遷延化するてんかん重積発作の後に記憶障害が起こることを認識し,病状説明や経過観察の際にも考慮に入れたほうが良いのかもしれない.

Lancet 366; 956, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー病の患者に対して初めて行われた遺伝子治療の結果

2005年09月10日 | 認知症
 この論文は4月に発表された論文だが,ちょうど今日,著者のひとり(UC San Diego)のlectureを聴くことができたので,この機会にreviewしてみる.この論文はヒトAlzheimer病患者に対して行った遺伝子治療の第I相試験(開発中の薬剤および治療を行い,その安全性を中心に薬物動態や効果を確認する試験)である.
 遺伝子治療の方法としてはex vivo遺伝子治療で,発現させる蛋白質はNGFである.ex vivo遺伝子治療とは,遺伝子導入を行うための標的細胞(本例では線維芽細胞)を患者より抽出し,その細胞に治療遺伝子を導入しstable expressionするようにした後に,再び同一患者に戻す方法である(一方,in vivo遺伝子治療は,直接,体内へDNAベクターを注入し,遺伝子導入を行う方法である).ex vivo遺伝子治療では,標的細胞の採取および注入に外科的手技を要する.さて,なぜNGFを導入することにしたかというと,前脳基底核のコリン作動性ニューロンの脱落が認められるアルツハイマー病に対し,NGFがその栄養因子として作用することが判明し,サルを用いた動物実験でその神経保護作用がすでに報告されているためである.
 さて方法は,8例のアルツハイマー病患者(early-stage probable AD)を対象とし,動物実験の結果,少なくとも18ヶ月間NGFを分泌し続ける遺伝子改変自家線維芽細胞を一側(2例),および両側(6例)に脳定位的に注入(部位は当然,マイネルト基底核).評価方法は認知機能評価(MMSE,Alzheimer Disease Assessment Scale-Cognitive subcomponent)とPET scanにおけるFDG uptrakeの変化(ブドウ糖代謝の状態を画像化)である.
 さて結果であるが,不幸なことに2名は術中にクモ膜下出血を来たした.これは脳内にinjection needleを入れている最中に突然,患者が動いたことによるらしい.うちひとりは片麻痺・昏睡を呈し,のちに肺塞栓を来たし術後5週目に死亡している.さて残り6名であるが,ふたつの認知機能検査スケールで改善を認め(MMSEは術前のスコア減少率が年6.1であったのが,3.0に半減),さらにPETでも大脳皮質における18-FDGの取り込みが有意に増加した(p<0.05).不幸にも無くなった患者さんについては剖検が行われ,線維芽細胞の生着とNGF mRNAの発現が確認された(in situ hybridization). さて,この治療法が安全なのか安全でないのか意見が分かれる.注入がうまくいった6名ではその後の副作用も無く,認知機能の低下速度が緩和されたが,観察期間はまだ22ヶ月である.しかも2名では術中に出血を来たしている(Alzheimerでは血管脆弱性があるのではないかという議論も出た).また対象がearly-stage probable Alzheimerに限られているのも問題(進行期でも効くのかどうか?また診断も早期は難しい.事実,詳しく触れていないが剖検例ではLewy body+とのことでDLBDの可能性もあるかもしれない).またAlzheimer病の治療全体にいえることだが,MMSEなどの低下速度の改善が本当に患者さんや介護者のQOLを改善するに足るものであるのかもなかなか難しい(例えばChE inhibitorを使用し,認知機能に多少の改善を認めても,臨床的になかなか実感できないこともある).また医療経済的なコストパフォーマンスの検討も必要となるかもしれない.いずれにしても問題は山積しているが,それでもここまでこぎつけたのはすごいパワーだと思う. Nature Med 11; 551-555, 2005 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

16番染色体に連鎖する脊髄小脳変性症の病理像

2005年09月09日 | 脊髄小脳変性症
8月6日に記載した本邦より報告された16q22.1-linked ADCA (16番染色体に連鎖し,高齢発症(55歳以上)する脊髄小脳変性症)の病理像が報告されている.どうも遺伝子同定より先にこの論文がアクセプトされたようで,この論文にはハプロタイプ解析の結果や難聴に関する精査,さらに病理組織像までが記載されている.
 難聴についてはaudiogramの結果,感音性難聴が認められ,聴性脳幹反応でもI波の導出が不良である.難聴の程度は比較的軽度で見落としやすい(難聴の合併のため,ADCA-IIIのグループに含めることは正しくないと著者らは考えている).
 病理組織像は1例で検索され,脳重1200g,肉眼的には小脳虫部が若干萎縮している以外異常なし.顕微鏡所見では最も目立つのは小脳プルキンエ細胞の顕著な脱落(とくに前葉に目立つ)で,分子層,顆粒層は比較的保たれる.残存しているプルキンエ細胞も萎縮性で,興味深いことに厚い不定形の物質(amorphous material)に囲まれている.その他,大脳,脳幹,脊髄には明らかな異常はない(ただし,若干,脊髄薄束,脊髄小脳路にmyelin pallorがある).
 免疫染色では抗ポリグルタミン抗体1C2陰性,ubiquitin抗体では前述のamorphous materialや,残存したプルキンエ細胞の細胞体が陽性に染色される.Calbindin D28K染色では妙な形状のプルキンエ細胞(いわゆるsomatic sprout;神経細胞体から出芽しているような形態)が認められた.問題のamorphous materialは,synaptophysin(シナプス小胞に豊富に存在する蛋白質)で強く染色され,calbindin(Ca結合蛋白質)で一部が陽性に染色された.先日報告された論文(Am J Hum Genet 77; 280-296, 2005)では,プルキンエ細胞におけるpuratrophin-1蛋白(原因遺伝子産物)やゴルジ器官(G58K膜蛋白)のaggregationも認められている.
 以上の結果より,16q22.1-linked ADCAの病理学的特徴はプルキンエ細胞の脱落・萎縮と,それをとり囲むubiquitin・synaptophysin・calbindin陽性amorphous materialの存在,原因蛋白およびゴルジ器官のaggregationということになりそうだ.これかの所見はもしかしたら,本例の病態機序解明のヒントになるのかもしれないが,今のところ意義は不明である.ちなみに著者らによれば,本疾患で認められるamorphous materialは他の疾患で報告がないそうだ.

Neurology 65; 629-632, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宮廷女官 チャングムの誓い

2005年09月05日 | 医学と医療
まったくの雑談.「宮廷女官 チャングムの誓い」が本当に面白い.時は16世紀初頭の朝鮮王朝,母の遺志を継ぎ,宮廷料理人の頂点を目指すヒロイン・チャングム.宮廷内の権力争いに翻弄されつつも,やがて医学を学び,最後には王の主治医という地位に登りつめるサクセスストーリー.料理が趣味の私には前半の朝鮮王朝宮廷料理は堪えられないものであったが,後半に入って医術を学び医女として成長する過程にもハッとさせられる台詞がたくさん出てくる.少し正確ではないかもしれないが,だいたいこんな感じ.
「知識を伴わない経験は,経験にならない」
「傲慢は断定を生む,断定は命を奪う.畏れを知らぬものは医者になるべきではない」
「医者は聡明な人間ではなく,深みのある人間が良い」
「患者の痛みを感じられぬ者は医女になる資格がない」
機会があれば,どうぞ一度ごらんあれ.東洋医学の診察術もおもしろいですよ.

http://www3.nhk.or.jp/kaigai/chikai/
Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

若年発症脳梗塞に対する2次予防:この論文をエビデンスとして用いるか?

2005年09月05日 | 脳血管障害
 若年発症脳梗塞は高齢発症のものより一般に予後が良いと考えられているが,その原因は多岐にわたる.脳梗塞発症後の2次予防に関しても若年者でどう行うべきかについてもほとんどエビデンスはない.
今回,ベルギーから若年発症脳梗塞の再発に関するretrospective studyが報告された.対象は15~49歳の脳梗塞患者(初回発症のみ)で,クモ膜下出血,静脈洞血栓症,重症外傷に伴う脳梗塞は除外してある.再発については自己申告,ないしmedical recordに基づき確認した.また危険因子として7つの代表的な要因(高血圧,糖尿病,高コレステロール血症,喫煙,心筋梗塞の既往,狭心症の既往,間欠性跛行の既往)を挙げ,危険因子の数ごとに,その後,虚血性血管障害(脳梗塞再発+心筋梗塞発症)を発症するリスクを調べた.結果として,患者数は232名で,危険因子数は0~5,平均経過観察期間は6年(1.4-12.3年)で,経過観察期間の治療としてはアスピリン(180名),ないしワーファリン(24名)が使用されていた.再発イベントはトータルで28回(男性22回,女性6回),問題の危険因子数と再発リスクに関しては,危険因子数0(48名)→2.1%,1(81名)→6%,2(63名)→19%,3(19名)→26%,4(10名)→30%,5(3名)→67%であった.以上の結果から危険因子が多いほど,再発のリスクが高いこと,危険因子を持たない場合,抗血小板・抗凝固療法は必ずしも必要ではない可能性が高い,と著者らは結論付けている.ただし,危険因子0のグループでどのような再発予防の治療が行われていたかについての記載はない(治療をしていたから,予防できたのかもしれない).
この論文は確かに目の付け所は面白いのだけれど,果たしてこのデータを,我々が日常診療する際の判断の根拠として使用してよいのであろうか?つまり,自分が若年脳梗塞を担当して,上記7つの危険因子がなかったら,この論文を根拠に2次予防をしない,ということをするであろうか?ということである.もちろん人種差の違いもあり単純ではないが,個人的には上記7つの動脈硬化に関与する危険因子がない場合でも再発性の脳梗塞を呈する患者は少なからずいるような印象がある(experience-basedです).たぶん,自分自身がこの論文をあまり信用する気にならないのは,retrospective studyであるだけではなく,危険因子0に関わらず脳梗塞になってしまった若年者に関して,その基礎疾患や病態機序などの情報を一切提示していないからである.個人的には危険因子0であるものをすべてひとまとめにしてしまうことは危険であって,やはり1例1例その原因を探し,原因ごとの再発リスクを検討するしかないのではないかと思っているが,それでもエビデンスのレベルとしては論文のほうがまだ高いので,自分の言っていることに自信はない・・・).
論文が提示しているエビデンスを臨床の場で使うというのはなかなか難しいものだと改めて感じた.

Neurology 65; 609-611, 2005 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする