Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

Cure PSPその2(タウオパチー治療研究の最先端)

2014年10月22日 | その他の変性疾患
さてシンポジウムで議論されたタウオパチー研究のうち,印象に残った治療薬開発研究を3つ紹介したい.

1. タウ凝集体形成神経細胞を用いた薬剤スクリーニング

タウ凝集体はPSP,CBDのほか,アルツハイマー病,ピック病などさまざまな変性疾患で認められるが,それぞれの疾患で,タウ蛋白の異常な折りたたみ構造には違いがあると考えられている.すなわち,疾患ごとのタウの検討が必要である.ペンシルバニア大のVirginia Lee教授は,4リピートタウオパチー(PSP/CBD)を標的とした治療薬を探索するためのタウ凝集体形成細胞モデルを作成した(写真).初代培養神経細胞にDox誘導性に変異タウ蛋白(P301L変異)とGFPの融合蛋白を発現させるモノクローナルセルラインである.Dox添加で変異蛋白はfibril形成をし,内在性タウが組み込まれ,核近傍に凝集体が形成される.Triton X処理により可用性タウが除去されたあとも細胞は生存し,凝集体を持ちつつ活発に動く.細胞分裂もし,娘細胞には凝集体がいろいろな割合で分配される.Doxオフし変異融合蛋白の発現を止めると,凝集体は細胞から徐々にクリアランスされる.そして,またDoxオンすると,再度,凝集体が出現する.すなわちこの変異のタウ凝集体は意外なことに細胞毒性を持たないdynamic structureであることが分かった.凝集体の形成部位はポリグルタミン蛋白が集まるaggresome(微小管集合中心)ではなかった.不溶性タウのクリアランスはユビキチンプロテアソーム系ではなく,オートファジー・リソソーム系が関わっていた.この細胞モデルを用いて,ヤンセンファーマと共同で,①タウ凝集を減らす薬剤,②タウ凝集を減らすtau siRNAを探索中である.前者としては,タウのリン酸化酵素であるGSK3bの阻害剤はタウ凝集体形成を抑制することを確認している.

参照:大学紹介ホームページ

2. 4リピートタウの転写を抑制する薬剤の探索

タウは選択的スプライシングにより6種類産生される.PSP/CBDで問題となる4リピートタウの発現にはexon 10のスプライシングが関与するが,それを調節しているのがタウRNAのstem loop structureである.このstem loop structureを標的とし,4リピートタウ蛋白の産生を抑えることができればPSP/CBDの進行抑制につながるのではないかというアイデアである.これは今年,Science誌に報告された脊髄性筋萎縮症の原因遺伝子SMN2に対するsplicing modifierが,SMA疾患マウスの運動機能を改善させたのと同じ戦略といえる.具体的にはNMR構造解析ではmitoxantrone(MTX)はこのstem loopに結合することが分かっており,このMTXの誘導体を作成する戦略や,stem loopに結合するアンチセンスを作り,exon 10 splicingを減らす方法が検討されている.RNA同士より結合が強力なpeptide-basedのPNSs アンチセンスも有望で,事実,MTX-PNA conjugateはexon 10 splicingを抑制し,4リピートタウを減少させた(残念ながらこのconjugateは細胞毒性が強いそうだ).

3. 臨床試験

GSK3β阻害剤であるdavunetideを用いた臨床試験と,コエンザイムQ10を用いた臨床試験の総括がなされた.残念ながらいずれも無効という結果であったが,次に繋げるためにはどうすべきか議論がなされた.前者は,241名の参加者を,52週にわたって観察したが,その観察期間で,どの臨床指標に変化が見られたかについて提示され,眼球サッケードの変化は感度が高く,髄液ニューロフィラメントL鎖も有望とのことであった.PSP/CBDは,アルツハイマー病より進行が速いこと,比較的純粋な症例に絞ることができることから,臨床試験に向いているとのことであった.逆にバイオマーカーがなお不十分であること,症例数が多くないこと,確定診断時,病気がすでに進行していることが挙げられ,とくに最後の問題は,現在,アルツハイマー病で行われているようなpresymptomatic stageにおける介入研究も視野に入れる必要があるとのことであった.コエンザイムQ10研究については,通院困難等による脱落率が41%と高かったことが大きな失敗の要因とのことであったが,安全性・副作用での中止ではなかった.また脱落例の解析で,コエンザイムQ10を中止したあとの症状進行のスピードが早くなったことから,コエンザイムQ10が有効である可能性は残されているという見方が紹介された.

以上,PSP/CBDに対するタウを標的とした治療研究をまとめた.アルツハイマー病研究でもタウは注目されているが,アルツハイマー病とPSP/CBDとでは,タウの役割は異なることが予想される.4リピートタウを標的とした基礎・臨床研究に日本からも研究者が参加することを期待したい.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Cure PSPその1(患者会と寄付の文化について)

2014年10月22日 | その他の変性疾患
米国Cure PSPが主催する国際リサーチシンポジウムに参加し,日本でおもに報告されているPSPの亜型である小脳型PSP(PSP-C)について発表する機会を頂いた.

このCure PSPは,進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBD)といったパーキンソン病類縁疾患の啓発活動,治療の確立を目指す患者・家族会,財団である.シンポジム前夜のパーティーから参加させていただいたが,今年はPSPがSteele先生らにより報告されて50年目の記念の年でもあり,盛大なパーティーであった(Steele先生とお話することができた).このパーティーにはPSPに携わるさまざまな立場の人が参加するが,お互いにWhat’s your connection to PSP?という質問をしては,「私は妻が患者だった」「私は研究者だ」などとおしゃべりを始めて親睦を深めていた.私もいろいろな方とお話をさせていただいたが,みなさんとても親切で嬉しかった.

このCure PSPは,日本の神経難病の患者会とは以下の点で大きく異なる.①患者・家族の多額の寄付金によって運営され,その寄付金は疾患の啓発活動や研究費に使用される,②患者・家族と研究者の関係がより密接である,③研究者はより治療を目指した研究を目指す必要がある,③研究者は,患者・家族に最先端の研究成果を分かりやすく説明する必要がある.④患者・家族は最先端の研究成果を可能な限り理解する努力をする.⑤患者・家族と研究者の協力体制の構築は,ブレインバンクの発展に大きく寄与する.

⑤に関してはDickson教授(Mayo Clinic)から説明があったが,現在,Cure PSP Brain bankに保存されている剖検脳は1326人分!!その病理診断内訳がPSP 80%, CBD 6%, LBD 5%, MSA 3%, ALS 1%とのことであった.この診断が確定している脳組織を用いて,種々の遺伝子,バイオマーカー研究が行われるわけである.日本でも献脳ブレインバンクが東京,新潟,名古屋で始まっているが,治療開発研究になぜ剖検脳が必要で,どのようなことが分かるのかきちんと伝えられれば,より発展していくものと考えられた.

しかしなぜ日米の患者会に上記の差が見られるようになったのであろうか.これは米国と日本における「寄付の文化」の相違が背景にあり,難病の患者会活動にも影響していることは想像に難くはない.ほかにも米国の大学では,寄付により作られた立派な施設や講座が多いことに驚くが,日本ではあまり個人や企業の名前がついた研究施設を大学では見かけることは少ない.

日米の科学への「寄付の貢献」の差には,大きく分けて「文化の違い」と「税金の制度の違い」の2つの理由が考えられるようである.前者にはアメリカでは「お金を持っている人が,貧しい人に分け与えるべきである」というキリスト教の考え方による影響が大きいといわれている.後者については,アメリカでは,自治体や学校のほか,科学分野,宗教,芸術など,幅広い団体への寄付が認められているのに対し,日本では個人が寄付として認められるのは,地方自治体や学校,ごく一部のNPO法人などの狭い範囲に限られているうえ,国が定めた団体に寄付をしようとしても,税制上,免除を受けることができないケースもあるそうだ.見直しも必要なのではないだろうか?

いずれにしても,米国のCure PSPのような患者・家族を中心とするシステムは,治療研究を推進する方策となるものと思われ,日本も学ぶべき点が多いと感じた.


ホームページ Cure PSP

参考:日本の寄付金がアメリカの100分の1の理由は?




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第8回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス@京都

2014年10月04日 | パーキンソン病
「第8回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス」が10月2日から4日にかけて行われました.教育的な講演から最新のトピックスまであり,1日参加するだけでも幅広く勉強できる学会です.ビデオセッションも充実しています.美味しいディナーとワインをいただきながら,各自経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,不随意運動や診断・治療について議論するのは何とも贅沢です.エキスパートの先生方の意見を聞き,見るべきポイントが分かります(ただ,本家MDSのVideo Challengeもそうですが,最近,判明した新しい遺伝性疾患についての知識をupdateしておかないと診断を当てるのは難しいです.要勉強).来年は東京での開催ですので,ぜひ若手の先生はふるってご参加ください.
さて今年のイブニングビデオセッションの16症例一覧を記載しておきます.

1.水頭症に対するVPシャント後に以下の所見を呈した62歳男性.
輻輳眼振,上方視制限,見当識障害,発語障害.パーキンソニズム.画像はslit ventricle(脳室がスリット状に細くなっている所見).

診断:中脳水道狭窄症と,over shunt 後に生じたParinaud徴候

2.左上肢のゆっくりとした回内回外運動が持続する81歳女性.
3年の経過.左手指の運動障害にて発症.L-DOPA内服後,上記の異常運動が出現.左筋強剛と左肘の軽度の拘縮(hemiparkinsonism).右手指にはミオクローヌス.

診断:舞踏病アテトーシスを呈したCBS?

3.両上肢,腹部の電撃的な不随意運動を合併したMiller-Fisher症候群の35歳女性.
先行感染の1週後,失調歩行,手指しびれ,下肢脱力,構音障害,眼球運動障害(外転制限)と複視,腱反射消失を認め,さらに両上肢,腹部の電撃的な不随意運動を合併.GQ1b,GT1a,GD1b抗体陽性.

診断:脊髄性ミオクローヌスを合併したMiller-Fisher症候群+α(Stiff-person症候群の合併?新しいサブタイプ?)

4.動作時の下肢不随意運動を呈した33歳男性.
学童期発症.サッカーボールを蹴ろうとすると,足がガタガタして転んでしまう(動作時ミオクローヌス).お皿を運んでも投げてしまう.構音障害.Cherry red spotあり.レベチラセタムにてかなり改善.

診断:CTSA(カテプシンA)遺伝子変異を伴うガラクトシアリドーシス

5.上肢の振戦が主徴とした26歳女性.
書字困難,小歩症,顔のこわばり,軽度の筋強剛.T1強調画像で基底核および中脳が高信号.

診断:Wilson病

6.精神発達遅滞,てんかんを呈した2症例(9歳,25歳)

いずれも精神発達遅滞,てんかんを呈し,レット症候群様の手の常同運動,痙性,失調,パーキンソニズムを合併.頭部MRIでは,異常な脳内鉄蓄積.特徴的な中脳の異常信号(図のC;Am J Neuroradiol. 33:407-414,2012)

診断:β-propeller protein-associated neurodegeneration (BPAN).別名Static Encephalopathy of childhood with Neurodegeneration in Adulthood (SENDA).オートファジー遺伝子WDR45遺伝子変異,X連鎖優性(男性致死)



7.嚥下障害,歩行障害を呈した26歳女性.
いとこ婚を認める.ジストニアに伴う嚥下障害,歩行障害に対し,アーテン8mgおよびL-DOPAが有効.

診断:SRP遺伝子変異.Sepiapterin reductase欠損症(ビオプテリン合成に関わる酵素).脳性麻痺と誤診されることが多いが,L-dopa投与で劇的な治療効果があるため見逃してはならない(Ann Neurol. 2012;71:520-530)

8.翼状肩甲とパーキンソニズムを呈した51歳女性.
父類症.43歳から体幹筋の筋力低下,翼状肩甲,パーキンソニズム(筋強剛,仮面様顔貌).乏しい病識.筋生検でrimmed vacuoleあり.MRI上,大脳皮質萎縮.

診断:Valosin Containing Protein (VCP) 遺伝子変異を認めるInclusion Body Myopathy associated with Paget's Disease of Bone +/- Frontotemporal Dementia(IBMPFD).ミオパチー,前頭側頭型認知症,運動ニューロン病,パーキンソニズムを呈する.

9.頭頸部,振戦を呈した44歳女性.
MRI上,中脳,両側視床,脳梁後部,小脳に異常信号.

診断;Wilson病(5もそうであったが,振戦を主徴とし,画像も教科書的でないWilson病が存在することを認識すべきということか)

10.右下肢の規則正しいゆっくりとした不随意運動を呈した43歳男性.
上記不随意運動による歩行障害,言葉の出にくさ,全身けいれんを呈した.こども2人も転換.C-reflex陽性.抗GluR2抗体陽性.MRI頭頂葉異常信号.

診断:皮質性反射性ミオクローヌスを呈した(自己免疫性?)髄膜脳炎.

11.2歩行時に足がもつれる9歳女性.
生後3ヶ月からてんかん,幼児期から足のもつれ(運動誘発性ジストニア),IQ61,腱反射亢進,足クローヌス,髄液糖低下,ブドウ糖にて歩行障害は改善.

診断:グルコーストランスポーター1欠損症症候群(Glut1 deficiency syndrome).常染色体優性遺伝.90%にSLC2A1(GLUT1)遺伝子のヘテロ接合性変異(大多数がde novo変異).トランスポーター欠損のため,グルコースが中枢神経系に取り込まれないことにより生じる代謝性脳症.慢性低血糖状態が持続することによるてんかん,神経・精神的退行が進行する.通常,乳児期に診断されるが,この例のような軽症例では診断が遅れる.

12.転倒で顔面強打後,動けなくなった48歳男性.
転倒で顔面強打後,動けなくなった.垂直方向眼球運動制限,顔面と四肢の脱力,腱反射低下.しばらく体が動かなかったが,完全回復した.再発エピソードあり.

診断;glycine receptor α1 subunit (GLRA1)遺伝子変異を伴うhereditary hyperekplexia(遺伝性驚愕反応,びっくり病)

13.アテトーゼ様不随意運動を呈した糖尿病患者63歳男性.
もともと化膿性脊椎炎後遺症で寝たきり.顔面・上肢の発作性の短時間(2-3分の)アテトーゼ(ジストニア?),意識障害を伴う.

診断;原因不明(てんかん,低血糖,頸動脈狭窄に伴う血流低下などの可能性)


14.どもるようなしゃべりと記銘力低下をきたした37歳女性.
35歳にどもるような発語(口部ジストニア)にて発症.MMSE 17点.強制泣き・笑い,非典型パーキンソニズム,左錐体路徴候.MRI上,大脳白質病変,脳梁菲薄化.CT上,石灰化病変多発.

診断;colony stimulating factor 1 receptor (CSF1R)遺伝子変異を伴うHereditary diffuse leukoencephalopathy with spheroids(HDLS)

15.小脳失調で発症し,多彩な不随意運動を呈した女性.
肺炎,めまい,耳鳴,四肢・体幹の失調,saccadic eye movement,食後に出てくるオピストトーヌス(後弓反張)を伴う激しい不随意運動(ミオクローヌス).

診断;myoclonic cerebellar ataxiaと言えるが原因未定.後弓反張はfunctional movement disorderか?

16.げっぷが止まらない46歳男子.
当初,自動車運転中に限ったゲップ.だんだん増えて一日中になった.クロナゼパム,芍薬甘草湯無効.首を触ったり,仰臥位になると消失した.

診断;前頸部から胸部に限局した,局所性ジストニアによるゲップ(常同性,感覚トリック).ボツリヌス毒素により治療し軽快した.

私個人は,オープニングセミナーにて,「パーキンソン病における外科手術への対応」について講演をさせていただきました.とても勉強になりました.以下,Slideをアップします.

パーキンソン病における外科手術への対応(SlideShare)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする