Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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抗アミロイド抗体治療の副作用ARIAの遺伝リスクはAPOE遺伝子のみ評価すれば良い!(ついに出たGWAS解析)

2023年12月30日 | 認知症
アミロイド関連画像異常(ARIA)は,アルツハイマー病予防薬アデュカヌマブ(抗アミロイド抗体)の第3相ENGAGE試験およびEMERGE試験で報告された最も頻度の高い有害事象でした.APOEε4キャリアでは,アデュカヌマブや他の抗アミロイド治療薬の臨床試験においてARIAのリスクが増加することが示されています.最新号のNeurology誌にバイオジェン社より,APOE以外の遺伝子変異がARIAリスクに影響を及ぼしうるかを検討した研究が報告されました.

チームはENGAGE試験/EMERGE試験の参加者を対象に,ARIAのゲノムワイド関連研究(GWAS)を行っています.対象はITT解析をした3285人の参加者のうち,少なくとも1回,治療後にMRIで評価を行い,かつ遺伝子型解析アレイデータのある1691人としています.参加者はすべてヨーロッパ系で,女性が51%,平均年齢70.3歳.ARIAはARIA-E(浮腫)31%,ARIA-H(微小出血)19%,ARIA-H(脳表シデローシス)14%に認めました.

さてGWASの結果ですが,APOE locusを含んでいる19番染色体遺伝子座でゲノムワイドに有意な(p ApoE遺伝子のみ調べればリスク評価ができることになります).



APOEとARIAとの関連はε3/ε3を基準にすると,ε4/ε4ホモ接合では,ARIA-E,ARIA-H(微小出血),ARIA-H(脳表シデローシス)の順に,オッズ比(OR)4.28, 4.58, 7.84(p ,またε3/ε4ヘテロ接合ではOR 1.74, 1.46, 3.14(p ≤ 0.03)で,やはりε4は強力なARIAの危険因子でした.さらにε4/ε4ホモ接合では,MRI画像上,重度のARIA(OR 7.04-24.64,p≦2.72×10-5)の確率が高いことも分かりました(軽度のARIA;OR 3.19-5.00,p≦1.37×10-5).さらにAPOEε4は症候性(ε4/ε4 OR = 3.64-9.52; p < 0.004)と無症候性(ε4/ε4 OR = 4.20-7.94, p

結論として,現時点でARIAのリスクとゲノムワイドに有意な強い関連が同定されたのはAPOE遺伝子のみということになります.この知見はアデュカヌマブよりアミロイドβ除去効果の強いレカネマブ/ドナネマブでより重要な問題になります.リスク・ベネフィットに基づく治療の決定,そして何より患者の安全に極めて重要な問題で,日本でも米国のレカネマブ適正使用ガイドラインで定められたのと同様に,「レカネマブ治療開始前にApoE遺伝子検査を推奨すべき」と考えられます.レカネマブ/ドナネマブの臨床試験で「ε4/ε4ホモ接合の患者は参加者の16-17%程度」含まれますが,これらの患者の認知機能が長期的にむしろ悪化しないのかとても気になります.

しかし現時点でAPOE遺伝子検査は日本では保険適応外です.選択肢としては,①遺伝子診断は行わず,ARIAのリスクの高い人にもblindで治療を行う(=非オーダーメイド医療),②遺伝子検査を自施設で行う(一部の研究機関のみ),③遺伝子検査を自費・外注で行う(2万円前後)かと思います.私達は②が困難なので,③をするしかないと考えていますが,本来,ApoE遺伝子検査を保険適応にした上で,治療開始前に検査すべきだろうと思います.ただしApoE遺伝子を検査することは本人だけではなく,家族にも大きな影響をもたらすことから,すでに報告されているように,医療機関は以下のような準備が必要となります(JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432).

1. 診断結果を,適切に患者・家族に開示するコミュニケーション・スキルを身につける.
2. 開示後のカウンセリングを身につける.とくにε4キャリアが判明し,レカネマブを使用しないことになった患者・家族への対応は重要.
3. ε4キャリアは,脳卒中,てんかんなどのリスクが高いことを意識した診療を行う.
4. 親の診断結果から,その子がε4キャリアであり,将来,ADを発症するリスクを推察できるため,子どもへの配慮を行う. 
5. 患者や子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,その限界,および経済的差別(保険適用を拒否や高い保険料等)について認識する必要がある.

◆各医療機関でApoE遺伝子をどうされているのか,意見交換をしたいです.
◆来年,岐阜で開催する第14回日本脳血管・認知症学会総会(Vas-Cog Japan)では「脳と血管を意識した認知症治療新時代における治療戦略」をテーマとして行います.レカネマブ開始後のさまざまな課題を議論する会にしたいと思い準備していますので,会員・非会員を問わず,多くの方にご参加いただきたいと思います.

Loomis SJ et al. Genome-Wide Association Studies of ARIA From the Aducanumab Phase 3 ENGAGE and EMERGE Studies. Neurology. February 13, 2024 issue102 (3)




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脳神経内科を多くの人に知っていただくためのパンフレット・リーフレット

2023年12月28日 | 医学と医療
日本神経学会広報委員会では,以前より宣材資材として配布しておりました「脳神経内科にできること」(一般の方々へ)(医学生・研修医の方々へ)の改訂版を作成いたしました.



また,広く一般の皆様に脳神経内科を知っていただくために,一般広報向けの病院や薬局に置いていただけるようにコンパクトサイズのリーフレットも作成いたしました(プロジェクトチーム:髙橋牧郎先生,足立弘明先生,永田智香子先生,工藤雅子先生).

(表面)
(裏面)

いずれも学会ホームページよりダウンロード可能です.ぜひご使用いただければと思います!


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自己決定能力を失った患者さんの治療方針の決定 ―その変遷と2つの重要な疑問―

2023年12月26日 | 医学と医療
New Eng J Med誌最新号に,臨床倫理のオーソリティBernard Lo教授(UCSF)が重要な標題の課題について解説しています.私もLo教授の教科書で臨床倫理を勉強しました(当科では患者さんの自己決定能力の判定もこの教科書の基準により決めています).

解説の前半では治療の自己決定をめぐる考え方の変遷について紹介しています.重要な出来事は,延命治療の中止をめぐる「ナンシー・クルーザン事件」判決(1990)で,これを契機に代理意思決定のための厳格な要件が定められました.これは自動車事故後,植物状態になったナンシー・クルーザン(Nancy Cruzan 当時25歳)をめぐる事件で,両親は娘が植物状態で延命されることを望んでいなかったため,胃ろうによる治療を止めるよう裁判所に訴えたものの,患者による明確かつ説得力のある証拠がある場合に限り,家族が患者のために決定できるという判断が下されたものです.このあと事前指示書に関する法律が制定され,さらにアドバンス・ケア・プランニング,そしてPOLST日本版として臨床倫理学会のものが使いやすいです)という仕組みが行われるようになります.しかしこれらは実際にはうまく機能しなかったとLo教授は述べています.その理由として,患者は生命維持治療や自分の予後について予期困難な状況を推定しなければならないこと,代理人も特定のシナリオにおける患者の希望を正確に述べることが困難であること(患者の価値観や目標は,病気の悪化によって変化し,実現不可能な目標も出てくる),ACPも意思決定が患者の価値観や目標と一致する可能性が高まるわけでも,患者のQOLが向上するわけでもないこと,医師が患者や代理人と意思決定について話し合うことが可能であるにもかかわらず怠っていることなどが挙げられています.

解説の後半でLo教授は2つの重要な疑問について議論しています.
Q1)意思決定能力のない患者のために代理人が困難な決断を下す場合,臨床医はどのように手助けすればよいのだろうか?
→ Lo教授は「患者,代理人,医師の間で話し合い,代理人が後日,まさにその時が来たときに決断できるように準備すべきで,この事前の話し合いの目的は,コミュニケーションの改善と,代理人の心理的負担を軽減すること」と述べています.

Q2)代理人は愛する人のために意思決定をする際に,どのような基準を用いるべきであろうか?
上述のようにこれまで基準は実際に行ってみるとうまくいきませんでした.Lo教授は「すべての人には人生の物語があり,代理意思推定をする人は,これまで生きてきた患者に一致する『次の章を書く』べきです.進行したアルツハイマー病では,現在の患者は,以前の特定の価値観,希望,目標をもって暮らしてきた人とは根本的に異なっているかもしれない.・・・過去の希望だけでなく,その人の現在のニーズと満足を考慮する必要があります」と述べています.代理意思推定について,私は過去の患者の考えに一致することを重視してきましたが,過去と現在の双方を踏まえて考えるものだと学びました.
Lo B. Deciding for Patients Who Have Lost Decision-Making Capacity - Finding Common Ground in Medical Ethics. N Engl J Med. 2023 Dec 21;389(25):2309-2312.

Resolving Ethical Dilemmas(お勧めの教科書です.私は第2,第4版で勉強しましたが,現在,第6版です)

自己決定能力 5つの構成要素(CJDにおける病名告知:臨床倫理学会発表スライド



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“The cerebral cortex of man初版本”が届きました!

2023年12月24日 | 医学と医療
学生講義に使いたいと思い,以前より古書店にお願いしていた標題の本(初版・3刷,1955年)が手元に届きました.有名なホムンクルス(ラテン語: Homunculus: 小人の意)の図をはじめ,美しい図や写真が掲載されています.この本はWilder Penfield教授(マギル大学)と共同研究者Theodore Rasmussen教授(シカゴ大学)により書かれたものです.ホムンクルスによって人間の脳機能を客観化しようとした科学者は他にもいたそうですが,2人は感覚機能と運動機能を区別し,別々にマッピングした最初の科学者でした.この結果,2つの異なるホムンクルスが生まれました.


The Cerebral Cortex of Man: A Clinical Study of Localization of Function. By Wilder Penfield, C.M.G., M.D., B.Sc., Professor of Neurology and Neurosurgery, McGill University, Montreal, and Theodore Rasmussen, M.D., Professor of Neurological Surgery, The University of Chicago, Chicago. Cloth. $7.00. Pp. 248, with 121 illustrations.



Penfieldは最初,思考実験としてホムンクルスを考え,ホムンクルスが生きる架空の世界を思い描き,それを「if」と呼んだそうです.そしててんかんを治療するために開頭手術を受けた400例の患者(1928~1947)のさまざまな脳領域を電気刺激する実験を続け,脳地図とそれに対応するホムンクルスを作り出しました.



本書を眺めてみますと,10章から構成され,大脳皮質刺激の効果,大脳皮質切除の影響,てんかん発作の放電の影響を検討しています.大脳皮質刺激では,客観的効果(運動)と局所麻酔下の患者の主観的効果を記録しています.2人が発見した最も興味深い現象は,側頭葉を電気刺激すると,錯覚,幻覚,夢のような状態が引き起こされること,側頭葉が記憶に重要な役割を果たしていることを示したことと言われています.また本書は明確に結果と考察を分けて書かれており,最後の章で大脳皮質の機能についてまとめ,さらに仮説の提示をしています.年末年始に楽しみに読み進めたいと思います.ご興味のある方には,岐阜大学にお越しの際,宝物のCharcot先生の手紙などとともにご覧いただきたいと思います.


モントリオールのマギル大学Neuroで研修をさせていただいた際,撮影したPenfiled教授の肖像画

参考ブログ:新しい「ホムンクルス」の脳地図

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COVID-19 脳への感染とセンメルヴェイス反射

2023年12月21日 | 運動異常症
センメルヴェイス反射(Semmelweis reflex)」をご存知でしょうか?反射と言っても神経診察の教科書には載っていません.オーストリアの医師Semmelweis(1818-1865;図)は,出産した母親が産褥熱で死亡する原因が,分娩を担当した医師の手が汚染していたためであることに気づき,予防法として次亜塩素酸カルシウムを使用した手洗いを提唱,これにより死亡を劇的に減少させることに成功しました.しかし周囲の医師は長年行ってきた自分たちのやり方が母子の死の原因であったという指摘を認めず,批判し,彼を医療界から排斥しました.このように「通説にそぐわない事実を拒絶し認めないこと」を「センメルヴェイス反射」と呼びます.



さて米国UCデービス校のDr. Danielle Beckmanは,Twitter(@DaniBeckman)で脳へのSARS-CoV-2ウイルス感染を認めない研究者達の態度を「センメルヴェイス反射」として批判しています.パンデミック当初,多くの研究が,このウイルスは脳細胞には感染しないと断定し,神経細胞にACE2受容体もないと報告しましたが,その後,嗅覚伝導路を介して感染・伝播するだけでなく(Cell Rep. 2022;41(5):111573),複製することが示されました(Nature 612, 758–763 (2022)).

下図は彼女がTwitterで提示したものですが(おそらくサルの感染実験です),スパイクタンパク(🟣)が脳のほとんどすべての細胞に認められ(ニューロンやグリア細胞のACE2受容体に結合しているそうです),ウイルスの複製を示す二本鎖RNA(🔴)が神経細胞の細胞体(🟢)にのみ認めます.つまりこのウイルスは複製するためには神経細胞を好んで使うようです.そして軸索はビーズ状になり,断片化,変性しますが,ウイルスが軸索輸送を利用して伝播し障害を受けたためと考えられます.



病理学的検索でウイルスが検出されなかった理由として,神経向性ウイルス感染症の過去の実験モデルで,ウイルス感染後すぐに脳からウイルスが排除される事例があること,ほとんどの剖検研究では組織処理までの時間が動物モデルと比べ長く変化しやすいこと,感染神経細胞は早期に死滅し,検出を免れている可能性があることを挙げています.

また動物実験でも通常のマウスではACE受容体にウイルスが結合しないため,サルを用いるか,ヒトACE2受容体を発現する遺伝子改変マウスを使用する必要がありますが,ほとんどの研究室はこれらを利用することができないため,感染を確認できないようです.

SARS-CoV-2ウイルスが脳に感染し,さまざまな機序で認知機能障害を引き起こしうることを理解し,極力感染防止を行う必要があります.「センメルヴェイス反射」に陥ることなく科学的事実を認め,対策を立てる必要があります.

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医療者・科学者のバービー人形の分析@今年のBMJ誌クリスマス論文 🎄

2023年12月20日 | 運動異常症
世界一有名な人形「バービー」は,来年,デビュー65周年を迎えます.「私たち女の子は何でもできる」というスローガンのもと,バービー人形は建設作業員,教師,獣医から裁判官,科学者,医師に至るまで,あらゆる職業に就いてきました.しかし医療者や科学者のバービー人形を分析し,どのような職種に就いているのか,また専門的に正確かを検討した先行研究はありません.英国の一流医学誌BMJ誌の名物企画,クリスマス論文に,医療者・科学者のバービー人形を検討した記述的量的研究が報告されました!

主要評価項目はバービー人形(およびバービーブランド以外の比較人形群)がどのような医療・科学サブスペシャリティに従事しているかを明らかにすること,およびこれらが臨床現場および実験室の安全基準を満たしているかを明らかにすることです.

結果ですが,92体のバービー人形が対象となりました:医師(n=53),科学者(n=10),科学教育者(n=2),看護師(n=15),歯科医師(n=11),救急隊員(n=1).バービーブランド以外の人形65体(医師(n=26),科学者(n=27),看護師(n=7),歯科医師(n=2),エンジニア(n=2),MRI技師(n=1)も分析しました.



バービーブランドの医療者人形(n=80)は,主に子ども(66%、n=53/80)を対象にしており(小児科関係),大人を対象としている人形はわずか3体(4%)のみでした.つまりバービー人形は幅広い医学的サブフィールドを表現することはできていませんでした.



また12体の科学者人形のうち,髪型や服装に関して適切な個人防護具の要件をすべて満たしているものはありませんでした.付属品としては白衣,顕微鏡,聴診器,眼鏡など,子供たちがステレオタイプ的に医療者や科学者を連想するものが付属していました.比較群の人形はバービー人形よりも幅広い年齢層と民族のグループを提供していましたが,やはり適切な個人用保護具を着用しておらず,職場において怪我や感染症に見舞われる深刻なリスクを抱えていました.

以上より,医療と科学をテーマにしたバービー人形は,明日の医療者・科学者の育成に役に立ちます.玩具会社は,これらの人形が臨床現場と実験室の安全基準を満たすことを目指すこと,そして医療と科学の職種をもっと多様化すべきことが大切と思われました.とくに若い女の子たちのためにも,女性がまだ少数派である医学的・科学的サブスペシャリティへのバービー人形の進出を検討すべきと考えられました.単なるおもしろ論文ではなく,子供たちの未来を考えると,じつは大切な論文のような気がします.
Klamer K. Analysis of Barbie medical and science career dolls: descriptive quantitative study. BMJ. 2023 Dec 18;383:e077276.

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アルツハイマー病本格的治療への糸口:ミクログリアへのApoEとタウの結合バランスが発症の決め手となる

2023年12月18日 | 認知症
Cell誌最新号の報告です.早発型アルツハイマー病を来すプレセニリン1遺伝子変異を有するにも関わらず,70歳代になっても認知症を発症しない患者が報告されていました.全エクソーム解析を実施したところ,ApoE3遺伝子ホモ変異(R136S,Christchurch変異)がみつかりました.この患者の脳にはアミロイドβ(Aβ)が蓄積していましたが,異常なタウの播種・伝搬や神経変性は認めませんでした.In vitroの実験で,変異遺伝子によりコードされるApoE3chは野生型ApoE3と比べ,Aβ42の凝集を生じにくいことが示されていました.

今回,米国ワシントン大学から,APOE3chはミクログリアの反応を変化させAβにより誘導されるタウの播種・伝搬を抑制するという報告がなされました.ヒトApoE3chを発現するヒト化ノックイン(KI)マウスを作製し,APOE3chがAβ沈着とAβにより誘導されるタウの播種・伝搬に影響を及ぼすかを調べることを目的として,APOE3ch KIマウスとアルツハイマー病(AD)モデルマウスAPPPS1-21(APP/PS1)と交配させています.そのうえでAβ誘導性タウ播種・伝搬を評価するために,ヒト患者由来の不溶性タウ線維を脳内に注射しています.

まずAPOE3ch KIマウスの特徴ですが,患者と同様に,血中コレステロール異常が見られ,VLDLが上昇していました.これは脂質を運搬するAPOE3chと白血球のLDL受容体の結合が低いため,コレステロールが血中からクリアランスされにくいためと考えられました(図A).

つぎに興味深いことに,APOE3ch KIマウスではAβの沈着と,その周囲のタウ播種・伝搬が顕著に減少していることが分かりました(図B).そしてAβプラーク周囲ではミクログリアが活性化し(リソソーム活性↑),貪食とヒトタウ線維の分解が亢進していることも分かりました(図C).



このメカニズムはタウとAPOE3がミクログリアで同じ受容体を使っているため(ヘパリン硫酸プロテオグリカン;HSPGとLDL Receptor-Related Protein;LRP1),APOEの種類によってこれら受容体との結合力に変化が生じます.ここで受容体への結合力の弱いAPOE3chの場合,ミクログリアはタウとより結合ができることになり,貪食が進み分解が亢進します.さらに,APOE3ch発現細胞は,APOE3発現細胞と比較して,以前に貪食したタウの分泌量が少ないことが示され,タウ拡散の減少に寄与している可能性が示唆されました(図C中央).

結論として,APOE3chとミクログリアの相互作用により,Aβ誘導性タウの貪食・分解が亢進し,神経細胞への播種・伝播を阻害することが示唆されました.つまりAD発症の背景にはミクログリアをめぐるAβ,タウ,APOEの複雑なバランスが関与していることが分かりました.そしてミクログリアは重要なADの治療標的であり,ミクログリアを活性化し,タウとの結合力を上昇させることができれば,Christchurch変異の効果を考えると,ADの発症を遅らせることができる可能性が高いと考えられます.
Chen Y, et al. APOE3ch alters microglial response and suppresses Aβ-induced tau seeding and spread. Cell. 2023 Dec 6:S0092-8674(23)01315-6.(doi.org/10.1016/j.cell.2023.11.029)

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FTLD-FUSからFTLD-FETへ:TAF15 proteinopathyの疾患概念の誕生

2023年12月12日 | 認知症
前頭側頭葉変性症(FTLD)は分子病理学的に,タウ,TDP-43,FUS(fused in sarcoma)といったタンパク質の蓄積がみられるため,FTLD-Tau,FTLD-TDP,FTLD-FUSに分類されます.前者2つでFTLDの大部分(90%程度)を占めます.

最新号のNature誌にFTLD-FUSにおける大きな進展が報告されました.まず前提となる情報として,FTLD-FUSにおける神経細胞細胞質封入体はFUSのみならず,FUSのホモログであるTATA結合タンパク質関連因子15(TAF15)とユーイング肉腫(EWS)タンパク,transportin1に対しても免疫反応性があることが示されていました.これらFUS,EWS,TAF15は相同性のあるRNA結合タンパク質で,総称してFETタンパク質とも呼ばれていました(よってFTLD-FUSはFTLD-FETと呼ぶべきという意見がありました)

さて論文ですが,英国からFTLD-FUSの4人の前頭前皮質と側頭皮質から抽出したアミロイドフィラメントの構造を,クライオ電顕を用いて決定した研究が報告されました.驚いたことに,FUSそのものではなく,TAF15のアミロイドフィラメントが豊富に見つかりました(図1).1人の患者では,AβとTMEM106Bフィラメントの非存在下で,TAF15フィラメントが特異的に検出されています.



図2は,フィラメントの折りたたみ構造ですが,左巻きらせん状のねじれを持つ1本のプロトフィラメントからなり,TAF15のN末端,低複雑性ドメイン(LCD)の一部7~99残基から構成される秩序立った折りたたみでc,4症例で同一の構造でした.より具体的には13本のβストランドが全残基の57%を占め(図2b),アミロイドフィラメントに特徴的な平行なβシートを形成しています.



また認知症を発症する前にALSと臨床診断を受けていた2例のうち1例は,運動皮質と脳幹に上記と同じ構造を持つTAF15アミロイドフィラメントが豊富に存在していました.これらの症例では上位および下位運動ニューロンの変性を示し,それぞれにFUS,EWS,TAF15,transportin1陽性封入体を認めていました.

そうなると気になるのはTAF15遺伝子です.TDP-43やタウではそれらをコードする遺伝子に変異があると遺伝性FTLDとなりますが,FUSの遺伝子変異はFTLDとは関連がありません.TAF15の遺伝学的研究はまだ報告されていないようですが,ALSではTAF15の変異が(その病原性は確認されていないものの)報告されているそうで気になります.

以上より,TAF15は,タウ,TDP-43,αシヌクレインなどと並んで,神経変性疾患に関連するアミロイドフィラメントを形成するタンパク質の1つとして加わったことになります.著者はFTLD-FUSという用語をやめて,前述のFTLD-FETを用いることを強く主張しています.私も当然そうすべきと思いました.
Tetter, S., Arseni, D., Murzin, A.G. et al. TAF15 amyloid filaments in frontotemporal lobar degeneration. Nature (2023). https://doi.org/10.1038/s41586-023-06801-2

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月9日)

2023年12月09日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVID患者では認知機能障害が顕著である,long COVID患者脳において神経炎症が生じている,COVID-19患者脳では老化細胞が増加する,3回のワクチン接種によりlong COVIDは73%抑制できる,ニルマトルビル・モルヌピラビルはlong COVID発症を低下させるがその効果は小さい,パクスロビドは31あるlong COVID症状のほとんどを抑制できない,ボルチオキセチンはCRPで調整すると認知機能を改善する,です.

Long COVIDに伴う認知機能障害に関する研究が引き続き報告されています.Long COVIDに伴う神経炎症(ミクログリア活性化)を画像化した研究が動物での既報に続き,ヒトでも報告されました.また老化を細胞レベルでとらえ,老化細胞を体内から除去しようとするsenolyticsという概念がありますが,long COVIDに伴う細胞老化も明らかにされました.治療に関しては感染前ワクチン接種の有効性はかなり明確になってきましたが,期待された持続感染に対する抗ウイルス薬は旗色が悪いようです.Long COVIDの複数の病態を結びつける分子としてセロトニンが報告されましたが,セロトニン代謝に複数の作用を有するボルチオキセチンが条件付きですが“認知機能”を改善する可能性が報告されました.

◆long COVID患者では認知機能障害が顕著である.
PCC(=long COVID)患者における認知機能障害を調べるために,ウェブベースの認知課題,単純反応時間(simple reaction time; SRT)と数覚テスト(number vigilance test; NVT)を行った.ドイツと英国の2つのクリニックでPCC患者270人を2つの対照群,No-PCC群(COVID-19に感染したが回復後にPCCにならなかった人),およびNo-COVID群(感染していない人)と比較した.その結果,PCC群では顕著な認知機能低下が確認された(図1:赤,重症,黄色,中等症).SRTではPCC群は対照群に比べて反応が3標準偏差ほど遅かった.この所見はドイツと英国の2つのクリニックで再現された.また疲労,抑うつ,不安,睡眠障害,心的外傷後ストレス障害などの併存疾患は,PCC群における認知障害を説明できなかった.さらにSRTの認知機能障害は,持続的注意を評価するNVTの成績不良と高い相関があった.以上より,PCC患者では認知機能障害が顕著であることが示された.
medRxiv. Dec 4, 2023.(doi.org/10.1101/2023.12.03.23299331)



◆long COVID患者脳において神経炎症が生じている.
米国からPASC(=long COVID)患者における,神経炎症を示す画像所見と血管機能障害マーカーとの関連を検討した研究が報告された.具体的には,TSPO結合性リガンドを用いることで可能になったグリア細胞(とくにミクログリア)の[11C]PBR28 PET神経画像を用いている.12人のPASC患者(オミクロン前の感染,2例のみ入院,1例のみワクチン接種)と43人の対照者を比較した.その結果,中帯状皮質,前帯状皮質,脳梁,視床,大脳基底核,脳室境界部など幅広い脳領域で,対照群と比して,PASC群で神経炎症が有意に増加していた(図2).また,神経炎症と血管機能障害に関連するマーカー(フィブリノゲン,α2マクログロブリン,orosomucoid,fetuin A,sL-selectin,pentraxin-2)との間に有意な正の相関が認められた.以上より,神経炎症と血管の機能障害との相互作用が,PASCの病態に関与する可能性が示唆された.
bioRxiv. October 20, 2023.(doi.org/10.1101/2023.10.19.563117)



◆COVID-19患者脳では老化細胞が増加する.
老化細胞溶解療法(senolytic therapy)とは,脳内の老化細胞を除去し,加齢に関連するさまざまな疾患を予防・緩和することを目的とした新しい治療法で,アルツハイマー病などで検討されている.オーストラリアから,重症COVID-19患者の死後脳では,対照群と比較して,老化細胞が増加していることが報告された.ヒト脳オルガノイドにSARS-CoV-2ウイルスを感染させると,細胞老化が誘導され,トランスクリプトーム解析によりSARS-CoV-2特有の炎症の存在が示された.感染した脳オルガノイドの細胞老化を抑制すると,ウイルスの複製が阻害され,異なる神経細胞集団における老化が抑制された.ヒトACE2過剰発現マウスにおいて,NavitoclaxやD+Q,Fisetinといった老化抑制剤を使用すると,COVID-19の臨床転帰を改善し(図3),ドパミン作動性ニューロンの生存を促進し,ウイルスおよび炎症性遺伝子の発現を抑制した.以上より,SARS-CoV-2による神経病理において,細胞老化が重要な役割を担っていること,そして老化防止剤が有効である可能性が示唆された.
Nat Aging (2023). https://doi.org/10.1038/s43587-023-00519-6



◆3回のワクチン接種によりlong COVIDは73%抑制できる.
スウェーデンからCOVID-19の一次ワクチン接種(初回2回+ブースター接種)のLong COVIDに対する有効性を調査した研究が報告された.対象は感染者58万9722人.一次ワクチン接種者29万9692人のうち,追跡調査中にPCCと診断されたのは1201人(0.4%)であったのに対し,ワクチン未接種者29万0030人のうちPCCと診断されたのは4118人(1.4%)であった.つまりワクチン接種はPCCリスクの低下と関連しており(調整ハザード比0.42,95%CI 0.38~0.46),ワクチン接種による抑制効果は58%であった(図4).1回,2回,3回以上接種の効果は,それぞれ21%,59%,73%であった.以上より,感染前のCOVID-19ワクチン接種によりlong COVIDのリスクを減少できることが示された.
BMJ. 2023 Nov 22;383:e076990.(doi.org/10.1136/bmj-2023-076990)



◆ニルマトルビル・モルヌピラビルはlong COVID発症を低下させるが,その効果は小さい.
米国の65歳以上の高齢者を対象として抗ウイルス薬のニルマトルビル(パクスロビド)とモルヌピラビル(ラゲブリオ)が,long COVIDの発症を抑制するか検討した研究が報告された.外来患者397万5690人のうち,57%が対象となった.このうち19.5%でニルマトルビルが,2.6%でモルヌピラビルが使用された.PCC発症率はニルマトルビル群で11.8%,モルヌピラビル群で13.7%,無治療群では14.5%であり,絶対リスク減少率はそれぞれ2.7%,0.8%であった(ハザード比は0.87,0.92).ワクチン接種の有無については考慮されていないという限界はあるが,感染後の抗ウイルス薬によるlong COVIDの抑制効果はあっても小さいと考えられた.
JAMA Intern Med. Oct 23, 2023.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2023.5099)

◆パクスロビドは31あるlong COVID症状のほとんどを抑制できない.
ニルマトルビル(パクスロビド)によるlong COVID発症抑制効果を米国退役軍人において検討した研究が報告された.対象は9593人(男性86%,66歳)で17.5%はワクチン未接種であった.静脈血栓塞栓症および肺塞栓症の複合リスクの低下(サブハザード比,0.65)を除き(図5),ほとんどのPCC症状の罹患率において,治療群と対照群との間に差を認めなかった.著者は複合血栓塞栓イベントについても,多くのアウトカムを評価した結果,偶然に偽の相関が生じた可能性を議論している.
Ann Intern Med. 2023 Oct 31.(doi.org/10.7326/M23-1394)



◆ボルチオキセチンはCRPで調整すると認知機能を改善する.
カナダから,ボルチオキセチンがPCC患者の症状およびQoLへの効果を検討した研究が報告された.ボルチオキセチンはセロトニン(5-HT)の再取り込み阻害作用と5-HT受容体活性を直接調節する5-HT1A受容体刺激作用,5-HT1B受容体部分的刺激作用,5-HT3,5-HT1D,および5-HT7受容体拮抗作用などを有している.ボルチオキセチン群75名または偽薬群74名に割り付けた.主要評価項目は,数字符号置換検査(Digit Symbol Substitution Test:DSST)とした.これは注意力,集中力,短期記憶力など,複数の認知機能を必要とする操作を行わせて情報処理能力を評価する検査である.結果は,認知機能に有意差はなかった(p = 0.361).しかし完全調整モデルでは,ベースラインのCRPをモデレーターとした場合,ボルチオキセチンの有効性が示された(p = 0.012).さらにCRPが平均値以上の患者において,DSSTスコアの有意な改善が認められ(p = 0.045:図6),うつ症状(p<0.001)およびHRQoL(p<0.001)でも改善が得られた.
Brain, 2023;, awad377(doi.org/10.1093/brain/awad377)







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猫同士,276の表情をつかってコミュニケーションをする

2023年12月08日 | その他
Science Newsに,標題の論文が紹介されていました.私は「猫派」で,2匹の猫(キキとレオ)のパパなので興味深く読みました.今回初めて知ったのですが,猫同士は通常ニャーと鳴かず,人間にだけ鳴くそうです(適応と進化により発達した戦術らしい).では猫同士,どのようにコミュニケーションしているのか?が研究テーマです.『Behavioural Processes』誌に報告された論文によると,2名の研究者がロサンゼルスの,里親探しをする猫カフェで,10ヶ月にわたり53匹の猫を観察し,186組の猫同士の出会いを記録し,交流時の表情を記録しました.その動画をFacial Action Coding Systemsを使用して,友好的状況と非友好的状況の表情を,表情筋の動きの数と種類として調べました.

結果ですが,表情はまず3つのカテゴリーに分類されました.①友好的:表情の45%,②攻撃的:37%,③あいまいで分類困難:18%.表情としては,唇を離す,顎を下げる,瞳孔の収縮・散大,まばたきや半まばたき,口唇の角を引く,鼻をなめる,ひげを伸ばしたり引っ込めたりする,耳の位置などがあり,これら計26の顔の動きのうち4つほどを組み合わせて形成され,276の表情になるのだそうです(人間の場合は解剖学的に40以上の顔面筋があり,もっと複雑だそうです).

猫たちがこれらの表情でお互いに何を「言っている」のかはまだ不明だそうですが,猫は友好的なとき(図B)には耳やひげは相手の猫の方向に動かし,閉眼するのに対し,非友好的なときは(図C)耳は平たくなって遠ざかり,ひげも同様に遠ざかり,瞳孔を収縮させて,唇を舐めたりするそうです(図Aは平常時).興味深いことに,猫の友好的な表情の一部は,人間がする表情に似ていて,表情を共有している可能性が示唆されます.



研究者らはペットの猫は人間から餌をもらって集まるうちに,友好的な表情を獲得したのだろうと述べています.また「飼い主が猫の考えを理解するためのアプリに使われるかもしれない」「猫カフェで里親になる可能性のある人が,現在,飼っている猫と仲良くなれる可能性の高い猫を選ぶのに役立つかもしれない」とも述べています.猫と人間の絆を深めるのに役立つかもしれない素敵な研究だと思いました.
Scott L, et al. Feline faces: Unraveling the social function of domestic cat facial signals. Behav Processes. 2023 Oct 18;213:104959.(doi.org/10.1016/j.beproc.2023.104959

Science News(https://www.science.org/content/article/cats-have-nearly-300-facial-expressions


下図は以下のサイトのものを改変 https://www.rd.com/article/cat-facial-expressions/

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